一人の男と一人の女が楽しそうにしていた。
じゃれ合ったり、ふざけ合ったりしながら。
それから暫らくすると女は突然立ち上がり、走り出す。
楽しそうな表情を浮かべながら。
女が走り出したのを見たからか、男も立ち上がって女を追う様に走り出した。
走り出した二人は楽しそうな表情を浮かべた儘、追い駆けっこを始める。
走るスピードは男の方が上だった様で男と女の距離は目に見える早さで縮まっていき、男は女に追い付いて女を捕まえる。
女は捕まえられたと言うのに嬉しそうな表情を浮かべ、唐突に目を瞑る。
目を瞑った女を見た男は、自分の顔を女の顔に近付けながら目を瞑っていく。
そして……………………………………………………





















「……はっ!!」

少女は慌てる様に飛び起き、周囲を見渡す。
少女の目に映ったものは机、窓、ベット、本棚等々。
目に映ったものから、少女は今居る場所が自分の部屋だと理解する。
その後、

「……はぁ」

少女は気持ちを落ち着かせる様に息を一つ吐き、視線を落とす。
視線を落とした少女の目には、自分の机と作り掛けの人形が映った。
作り掛けの人形から、少女は人形を作っている間に寝てしまったんだなと推察する。
途中で寝てしまった自分をらしくないなと思いつつ、

「…………何て夢を見てるんだろ、私」

少女……アリス・マーガトロイドはそう呟き、溜息を一つ吐いた。
同時に、

「……あ、もう朝か」

もう朝である事に気付く。





















朝、目が覚めたアリスは軽いストレッチを行う。
ストレッチが終わると部屋から出て風呂に入り、居間で朝食を食べ始める。
朝食を食べ終えるとアリスは人形を操って片付けをし、片付けが済むと自分の部屋へと戻って行く。
部屋に着くと作り掛けの人形が置いて在る机の前まで移動し、椅子に腰を落ち着かせて考える。
考えている事と言うのは今朝、アリスが見た夢の事だ。
アリスが夢に出て来た男と女。

「夢に出て来た男と女。女の方は……私よね」

女の方はアリス。
そして男の方は、

「男の方は……龍也……よね」

四神龍也。
幻想郷中を旅している男の名だ。

「でも……何で……」

龍也はアリスにとって一番親しい異性である。
親しいと言う事もあり、アリスは龍也に自分の研究に付いての相談したら龍也は快くアドバイスをしてくれた。
アドバイスと言っても、龍也のアドバイスは外の世界のロボットアニメなどの内容を元にしたものを話すと言った程度の事。
とは言え、そのお陰で劇的とまではいかないが自分の最終目標である完全自立人形作成の為の研究が少しは進んだ様な気がアリスにはしていた。
それ以外にも完全自立人形とは関係無いが、アリスの人形の中には龍也のアドバイスがふんだんに盛り込まれたものが存在する。
龍也のアドバイスをふんだんに盛り込んだお陰か、その人形の戦闘能力はかなり高い。
と言った事もあり、アリスは龍也に友情以外にも恩義などを感じている。
そう、アリスが龍也に抱いている感情はそれだけだった筈だ。
だが、今朝アリスが見た夢。
あの夢がアリスの願望であるとしたら、

「私は龍也とそう言う関係に成る事を望んでいる……」

アリスは龍也と恋人関係に成る事を望んでいる。
自分が何を考え、何を口走ったのかを理解したアリスの顔は真っ赤になっていく。
同時に、アリスの心臓の鼓動は強くなって思考が上手く纏まらなくなり始める。
この儘では不味いと判断したアリスは、

「落ち着け……落ち着くのよ、私」

落ち着く様に自分に言い聞かせ、深呼吸を行う。
深呼吸を行なった事で幾分か落ち着きを取り戻したアリスは、

「そもそも、私は龍也の事を……」

龍也の事をどう思っているかを口に出そうする。
が、言葉を途中で詰まらせてしまった。
何故ならば、そこから先の言葉が出て来なかったからだ。
言葉は出ないものの、アリスの心の中は何かモヤモヤとしたものに支配されていく。
自分の心の中を支配していっているモヤモヤが何なのかを確かめる為に、アリスは龍也の事を考える事にした。
初めて龍也と出会った時の事。
龍也が戦っている姿を見た時の事。
龍也が外の世界のロボットアニメなどの話をしている時の事。
龍也の修行に付き合った時の事。
龍也と他愛ない会話をした時の事。
他にも…………………………





















「……はっ!!」

窓を強く叩く音が耳に入り、アリスは意識を取り戻したかの様に周囲を見渡す。
周囲を見渡すとアリスの目に窓が映る。
窓には無数の水滴が付着している事と、窓を叩く様な音がしている事から、

「何時の間にか雨が降り、風が吹いていた様ね」

雨風が吹いている事が分かった。
どうやら、外の天気の変化に気付かない程にアリスは龍也の事を考えていた様だ。

「……はぁ」

外の天気に気付かない程に龍也の事を考えていた自分自身にアリスは呆れつつも視線を机に落とすと、

「あ……」

ある事に気付く。
何に気付いたのかと言うと、作り掛けの人形が完成している事にだ。
作り掛けの人形が完成していると言う事は別に問題では無い。
考え事をしている最中に無意識に作って完成させたと言う事で説明が付くからだ。
では、何が問題なのかと言うと人形の造形が問題なのである。
アリスが無意識に完成させた人形は何時もの女の子タイプの人形ではなく、それとは真逆の男の子タイプで、

「これ、龍也…………よね?」

しかも、その人形は四神龍也そっくりなのであったのだ。
殆ど無意識の状態で作ったにも係わらず、人形の完成度はかなり高い。
流石は七色の人形遣いと言ったところか。

「でも、殆ど無意識で作ったのなら何時もと同じタイプの人形を……いえ、龍也の事を考えていたから龍也そっくりの人形を作ったのかしら……」

龍也とそっくりの人形を作った理由をアリスは推察しつつ、今作った龍也の人形を観察していく。
見れば見る程に今作った人形は龍也そっくりだ。
一通り人形を観察し終えた後、

「……どうし様かしら、この人形」

アリスは龍也そっくりの人形をどうするべきかを考える。
無論、捨てると言うのは論外だ。
かと言って戦闘や弾幕ごっこに使うのも気が引けるし、家の中に飾って置いて誰かに見られたらそれはそれで恥ずかしい。
中々決まらない龍也そっくりの人形の処遇に付いてアリスが悩み始めた時、アリスの家のドアをノックする音が聞こえて来た。

「ひゃう!?」

突然聞こえて来たノックの音に、アリスは驚いてそんな声を上げてしまう。
同時に、アリスの心臓の鼓動が強くなり始めた。
何故ならば、ノックをして来た者は龍也なのではないかと考えてしまったからだ。
来訪して来た人物や今の自分の状況はどうであれ、早く来客の対応に向かわなければならないので、

「すぅ……はぁ……」

アリスは深呼吸をし、気持ちを落ち着かせ様とする。
深呼吸をした事でアリスは幾分か落ち着きを取り戻したが、それでも完全では無い。
しかし、これ以上来客を待たせる訳にはいかない。
なので、アリスはまだ落ち着きを取り戻していない儘の状態で玄関へと向かって行く。
そして、玄関に着いたアリスがドアを開けると、

「よう」

四神龍也が居た。
噂をすれば影と言うのは正にこの事を言うのかもしれない。
本当に龍也が居た事でアリスの心臓の鼓動が再び強まり始めるが、

「あら、こんな悪天候の時にどうしたの?」

アリスはそんな自分の状態を欠片も感じさせない表情と声色でこんな悪天候の時にどうしたのかと尋ねる。
尋ねられた事に、

「いや、さっき急に天候が崩れて雨が降って来てさ。出来れば、雨宿りをさせて欲しいんだけど……」

龍也は急に雨が降って来たので雨宿りをさせて欲しいのだと言う。
雨宿りをさせて欲しいと言う龍也の言い分を聞き、

「成程……」

龍也が結構長い間雨風に曝されていた事をアリスは察した。
何故そんな事を察する事が出来たのかと言うと、龍也が一目で見て分かる程にずぶ濡れであったからだ。
更に言うのであれば、龍也の体や服から水滴が零れ落ちているのも見て取れたからである。
ここまで濡れているのなら早く家の中に入れるべきだが、この儘家に上げたら床などが水で濡れてしまうので、

「一寸待ってなさい。今、タオルを持って来て上げるから」

アリスは龍也を玄関まで上げ、一寸待つ様に言って居間へと向かって行く。
居間に着いたアリスは箪笥からタオルを取り出し、玄関に戻ろうとした時、

「……あ、タオルで体を拭かせただけじゃ風邪を引いちゃうわね。お風呂、沸かし直して置きましょうか」

体を拭かせた程度では龍也が風邪を引いてしまう事に気付き、アリスは一体の人形に命令を出して風呂場に向かわせる。
風呂場に向かって行く人形を見ながら、

「与えられた命令をある程度考えながら実行する半自立人形までなら問題は無いんだけど……完全自立人形までの道はまだまだ遠いわね……」

アリスは自分の夢まではまだまだ遠いと言う事を口にし、今度こそ玄関に戻ろうとした瞬間、

「ッ!?」

ある事を思い出す。
思い出した事と言うのは、先程完成させた龍也そっくりの人形の事だ。
龍也は無許可でアリスの部屋に入ったりはしないであろうが、何かの拍子で露見する可能性は幾らか存在する。
念には念を入れると言う事で、アリスは先程風呂場に向かわせた人形とは別の人形に命令を出す。
出した命令は勿論、龍也そっくりの人形を隠す為の命令だ。
今命令を出した人形が自分の部屋に行くのを見届けた後、アリスは今度こそと言う意気込みで玄関に向かい、

「お待たせ」

待たせたと言う言葉を掛けながら龍也にタオルを手渡し、

「ちゃんと、それで体を拭いてよね」

体を拭く様に言う。

「ああ」

龍也は了承の返事をし、渡されたタオルで体を拭いていく。
そして、体や服から水滴が零れない程に拭き終えタイミングで、

「ありがとな、アリス」

龍也はアリスに礼の言葉を述べた。

「別に構わないわ」

龍也の礼にアリスは構わないと返し、

「上がって。今、お風呂の準備を人形にさせてるから」

上がる様に言って風呂の準備を人形にさせている事を伝える。

「何から何まで悪いな」
「別に気にしてないわよ、この程度の事位」

龍也とアリスは軽い会話を交わしながら居間へと向かって行き、居間に着くとアリスは箪笥の中から男物の服を取り出し、

「はい」

龍也に渡す。
この男物の服は、龍也が修行の為にアリスの家に泊まり込んだ時にアリスが龍也の為に作った物だ。
折角自分の為に作ってくれた物なので、龍也はアリスの家に数日以上泊まる時にはこの服を使わせて貰っている。
渡した服を龍也が受け取ったのを見たアリスは、

「今着ている服とさっき使ったタオルは洗濯籠の中に入れて置いて。後で私が洗濯して置くから」

今着ている服とタオルは洗濯籠の中に入れて置く様に言う。

「ほんと、何から何まで悪いな」
「別に良いわよ、何時もの事でしょ」

再び礼を言って来た龍也にアリスは何時もの事だと返し、暖炉に向けと人差し指を向ける。
すると、暖炉にセットされていた薪に火が点き、

「お風呂が沸くまでまだ少し時間が掛かるから、それまで暖炉で温まっていなさい」

アリスは龍也に風呂が沸くまで暖炉で温まる様に促す。
幾ら水滴が零れない様に拭いたとは言え、龍也の服がずぶ濡れである事に変わりは無い。
この儘突っ立っていても体が冷えていく一方なので、龍也はアリスに促される形で暖炉の傍に行って温まり始める。
龍也が温まり始めてから幾らか時間が経つと、アリスの人形が居間に戻って来た。
戻って来た自分の人形を見たアリスは風呂が沸いたのだと判断し、

「龍也、お風呂が沸いたみたいよ」

龍也に風呂が沸いた事を知らせる。

「お、そうか。なら、早速入らせて貰うかな」

風呂が沸いた事を知った龍也は暖炉から離れ、風呂場へと向かって行く。
風呂場に向かって行った龍也の姿が見えなくなると、アリスは力が抜けたかの様な動きでその場に座り込み、

「……平常を装うのって、思っていた以上に大変なのね」

平常を装うのは思っていた以上に大変だと呟いて自分の胸に手を置く。
掌から伝わる激しい心臓の鼓動を感じ、アリスは我が事ながら良くここまで冷静に対処出来たなと思った。
同時に、自分で自分の事を褒めてやりたい気分にもなる。
それから暫らくの間何もせずにボーッと座っていると心臓の鼓動も落ち着きを取り戻し始めたのでアリスは立ち上がり、壁に掛けてある時計に視線を移す。
時計を見て今の時間を理解したアリスは、

「んー……一寸早いけど、夕食でも作り始め様かしら」

夕食を作る事を決め、台所へと向う。
台所に着き、夕食を作り始めてから少しすると、

「……あれ?」

アリスは違和感を覚えた。
普通に料理を作っているのに、何かが違う。
決定的な何かが違うと言う違和感を。
覚えた違和感の正体を探る為にアリスが頭を回転させ始めた瞬間、

「……ああ」

答えが出た。
違和感の正体は、料理の作り方。
アリスは料理を作る時、自分の手を使わずに人形を操って料理を作ると言うのが殆どだ。
だと言うのに今回、アリスは人形を使わずに直接自分の手で料理を作っている。
人形を使って料理を作るのと自分の手で直接料理を作ると言うこの違いに、アリスは違和感を覚えたのだ。
覚えた違和感に付いての答えが出た時、

「……あれ?」

アリスはある事を二つ思い出す。
一つは、

「……今日が久々と言う訳じゃないわよね? 自分の手で直接料理を作るのは」

今日が久々に自分の手で料理を作った訳では無いと言う事。
もう一つは、

「……龍也が来た時は、直接自分の手で料理を作っていたわよね。そう言えば」

龍也がやって来た時は直接自分の手で料理を作っていると言う事だ。
この二つの事を思い出したのは別に良いが、また新たな疑問がアリスの頭に浮かんでしまう。
浮かんだ疑問と言うのは、

「何時からだっけ? 私は何時から龍也が来た時は自分の手で直接料理を作る様になったんだっけ……?」

何時から龍也が来た時には自分の手で直接料理を作る様になったのかと言う事だ。
はっきり言って、龍也が来た時に直接自分の手で料理を作る様になったのが何時なのかをアリスは覚えていない。
気付いたら、龍也が来た時は直接自分の手で料理を作る様になっていたのだ。
少しの間考え事に集中していたからか、

「……っと」

料理を作る手が止まっていた。
龍也が風呂から上がった時に料理が出来ていなかったら、色々と台無しだ。
なので、アリスは考えている事を頭の隅に追いやって料理を作る事に集中し始めた。





















深夜。
龍也とアリスが夕食を食べ終え、龍也が眠りに就いてから暫らく経った頃。
アリスは龍也が寝ている部屋の前に来ていた。
因みに、龍也が寝ている部屋はアリスの家に泊まる際に何時も使わせて貰っている部屋だ。
それはそれとして何故、龍也が寝ている部屋の前にアリスが居るのか。
答えは簡単。
自分の中に存在している龍也への想いの答えを見付ける為。
龍也の顔を見ていればその答えが見付かるのではとアリスは考えたので、こうして龍也が寝ている部屋の前に来ているのだ。
態々龍也が寝入り始めたこの時間帯に、アリスが自分の答えを見つけ様としたのかと言う理由は勿論ある。
理由と言うのは、龍也に『何、俺の事をジッと見てるんだ?』と問われたら返す答えが見付からなかったからだ。
兎も角、アリスは暫しの間龍也が寝ている部屋の前に突っ立て居るだけであったが、

「……よし」

小さな声で気合を入れ、意を決したかの様にドアをそーっと開けて部屋の中に入る。
そして足音を立てない様に龍也が寝ているベットに近付き、龍也の顔を覗き込む。
覗き込んだ龍也の表情は、物の見事に爆睡と言った感じだ。

「ふふ……良く寝てるわね」

龍也の寝顔を見たアリスは柔らかい笑みを浮かべ、龍也の顔を観察する。
龍也の顔を観察し始めてから幾らか時間が経つと、

「そっか……」

アリスは理解した。

「私、何時の間にか龍也の事を好きになってたんだ」

何時の間にか自分は龍也の事を好きになっていたと言う事を。
自分の作った料理を美味しそうに食べたり、自分の体の事を心配してくれたり、自分の作った人形を褒めてくれたり、自分の相談を嫌な顔一つせずに聞いて
アドバイスをくれたり、何処か抜けてたり、偶に男らしい顔を見せたり、無駄に自信があり、優しい。
そんな龍也と接していく事でアリスは龍也に惹かれ、好きになっていたのだ。
龍也に対する想いと共に、アリスは龍也が来た時に自分の手で直接料理を作っていた理由も理解した。
理由と言うのは単純に、自分の作った手料理を龍也に食べて欲しかったからだ。

「……この分だと結構前から、自分でも気付かない内に龍也の事を意識していたみたいね。私」

アリスは今の今まで自身の気持ちに気付かなかった自分に呆れた感情を抱きつつ、

「ふふ……」

何処か楽し気な表情を浮かべ、音を立てない様に龍也が寝ている部屋から退出した。





















翌日。
龍也が起きた後、龍也とアリスは雑談を交わしながら朝食を取っていく。
そして、二人が朝食を取り終えた後、

「ご馳走様。それじゃ、そろそろ行くな」

龍也はご馳走様と言いながら椅子から立ち上がり、そろそろ出発する旨をアリスに伝える。
龍也が出発すると言う意思を示した事で、

「あ……」

アリスは小さな声を上げてしまう。
アリスの声が耳に入ったからか、

「ん? どうかしたか?」

龍也は少し疑問気な表情を浮かべながらアリスの方へ顔を向ける。
顔を向けられたアリスは、

「あ……えと……その……」

つい言葉を詰まらせてしまう。
どうやら、龍也に対する想いを自覚したから龍也が居なくなると寂しいとは流石に言えなかった様だ。
だが、何かを言わなければ龍也はこの儘何所かへと行ってしまう。
いっその事、自分の想いを龍也に伝え様かとアリスは考えたが、

「でも……」
「ん?」

それを龍也に伝える勇気が中々出て来なかった。
まぁ、無理もない。
自分の想いを伝えると言うのは、相当な勇気が必要なのだから。
この想いは伝えずに仕舞って置こうと言う考えがアリスの頭に過ぎったが、アリスは直ぐにある事を思い出す。
思い出した事と言うのは、龍也は幻想郷中を旅して回っていると言う事だ。
旅をしていると言う事は即ち、龍也がこの儘旅に出たら次は何時会えるかが分からないと言う事。
更に言うのであれば、アリスが次に龍也と会うまでに龍也が他の誰かと恋仲になっている可能性は十分に存在するだろう。
アリス以外に龍也に惹かれている存在が居ないとは言い切れないのだから。
今、ここで自分の想いを伝えなければ確実に後悔する。
そんな確信を得たアリスは何かを決意した表情を浮かべながら立ち上がり、龍也に近付いて龍也の顔を確りと見て、

「………………好き」

好きと言う言葉を伝えた。
が、声が小さくて聞き取れなかったのか、

「えっと……もう一回言ってくれるか?」

龍也はもう一回言う様にアリスに頼む。
龍也の反応を見るに、アリスは土壇場で尻込みをして上手く声が出せなかった様だ。
肝心なところで声が小さくなってしまった自分に恥じるも、アリスはならばと意気込んで大きく息を吸い込みながら拳を握り、

「私は!! 龍也!! 貴方が好きなの!! 愛しているの!! 一人の女として!!!!」

顔を赤くしながら大きな声で自分の想いを叫ぶ。
アリスの叫びを聞き、龍也は一瞬何を言われた解らなかったが直ぐに理解する。
自分はアリスに告白されたと言う事を。
何で自分なのか、何故今なのか、と言った様な疑問が次々と龍也の頭の中に浮かんでいく。
だが、アリスの表情を見れば今口にした事が嘘偽り無いものである事を龍也は瞬時に理解出来た。
ならば、自分はアリスの想いに対する答えを出さねばならない。
龍也はそう思い、自分がアリスに抱いている感情に付いて考えていく。
アリスの事を好きか嫌いかと問われたら、好きと言う答えが出て来る。
そもそもの話し、嫌っていたらアリスの家に来たりはしない。
ならば、愛しているのかと問われると首を捻ってしまう。
首を捻ったのは別にアリスの事を愛していないと言う訳ではなく、龍也には愛情と言うものが良く解らないからだ。
龍也がこの世に生を受けてから、実の親から愛情を受けた事は只の一度も無い。
尤も、実の両親が自分に愛情何て持っていないと知った時点で龍也が両親に抱いた感情は無関心になった。
両親に抱く感情が無関心になってからは両親の事を只の遺伝子提供者としか思えなくなったので、龍也は荒む事はあっても変にぐれる事はなかったが。
とは言え、愛情と言ったものがどう言うものか解らないと言ってもそれを理由に答えを先延ばしにするのは勇気を振り絞って告白したアリスに失礼だ。
ならば、自分も今抱いている想いをアリス伝えるべきだと言う結論を龍也は下し、

「アリス……」

アリスの目を確りと見ながらアリスの名を口にする。
確りと目を見て自分の名を呼ばれた事でアリスの心臓の鼓動はこれでもかと言う位に強くなるが、

「……何?」

今の自分の状態を欠片も感じさせない態度で何かと返す。

「……俺もお前の事は好きだ。だけど、お前に抱いている好きって言う感情が愛情かどうかなのかが解らない。だから……」
「だから……?」
「だから……お前に抱いている感情が愛情かどうかが解るまで……この家で暮らしても良いか?」

龍也が発した発言を聞いたアリスはポカンとした表情を浮かべたが、直ぐに何処か嬉しそうな表情を浮かべて龍也に近付き、

「良いわ、ここで暮らしても」

自分の家で暮らしても良いと言う許可を出しながら龍也の体を抱きしめる。

「ア、アリス?」

急に抱きしめられた事で龍也は驚くも、アリスは驚いている龍也を無視するかの様に、

「そして、貴方が抱いている感情が愛情だって言う事を解らせて上げるわ」

龍也が抱いている感情が愛情である事を解らせて上げると言って顔を上げ、

「これはその契約」

目を瞑って龍也の唇に自分の唇を押し付けた。
それから少しするとアリスは自分の唇を龍也の唇から離し、

「……その、何か勢いでキスしちゃったけど……嫌……だっ……た?」

少し頬を赤く染め、不安を感じさせる様な声色で嫌だったかと聞く。
聞かれた龍也は、

「……嫌じゃないさ。嫌だったら、突き飛ばしてる」

比較的冷静な声色で嫌だったら突き飛ばしていると言う。
冷静なのは、驚きに驚きが重なったからであろうか。
それはそれとして、龍也が自分にキスをされた事を嫌がっていないと言う事が分かったからか、

「……そう」

アリスは安心と柔らかさが入り混じった表情を浮かべた。





















こうして、龍也はアリスの家で暮らす事となった。
龍也とアリスが一緒に暮らし始めて幾らかの時が流れると、この二人が幸せそうな雰囲気を出しながら一緒に居るのが良く見られる様になったらしい。























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