「はぁ……」
白く長い髪をした少女、藤原妹紅は自分の家の屋根の上に腰を落ち着かせて溜息を一つ吐いた。
自分の心の中に在る、モヤモヤとしたものを吐き出すかの様に。
このモヤモヤを晴らそうと妹紅は自身の宿敵とも言える女、永遠亭の姫である蓬莱山輝夜と殺し合いをしたのだが晴れる事はなかった。
だが、輝夜との戦いで分かった事もあったのだ。
分かった事と言うのは、モヤモヤの原因。
原因は、四神龍也。
四神龍也と言う男が、妹紅のモヤモヤの原因なのである。
何時ぞやの満月の夜、蓬莱山輝夜に嵌められる形で妹紅はある九人と戦う破目になった。
九人と言うのは博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイド、レミリア・スカーレット、十六夜咲夜、西行寺幽々子、魂魄妖夢の事。
九人共、幻想郷の中でも屈指の実力者。
と言っても、戦闘方法は弾幕ごっこであったのでそこまで危機的状況と言う訳では無かったが。
兎も角、一対九と言う不利極まりない状況下で戦っていた妹紅に龍也は妹紅の味方となって共に戦ってくれた。
まだ知らなかったとは言え、不老不死の蓬莱人である妹紅の味方に。
しかも、妹紅が戦っていた九人全員が龍也の友とも言える者ばかりだと言うのにだ。
そして、弾幕ごっこが終わった後に妹紅が不老不死の蓬莱人であると言う事を知っても龍也は拒絶する事も態度を変える事もしなかった。
まぁ、それに関してはあの場に居た全員がそうであったが。
「……………………………………………………………………」
只、自分の味方になってくれたと言う事と自分を拒絶しないでくれたと言う事。
たった二つの事ではあるが、その二つの事は妹紅にとって如何し様もなく嬉しい出来事であった。
「……………………………………………………………………」
それからだ。
妹紅の心の中に龍也の姿がチラ付き始めたのは。
最初は時偶龍也の事を思い浮かべる程度であったが、今では常に龍也の事を思い浮かべている様な状態だ。
不老不死となり、今まで長い時を生きて来た妹紅であったが今回の様な状態は初めてである。
殺したい相手として輝夜の事が常に頭の居たと言う事もあったが、それとは全然違うと言う事だけは妹紅にも理解出来ていた。
故に、
「はぁ……一体何だって言うのかしら……」
妹紅は今、自分が抱いている想いが何なのかが解らずにいるのだ。
一人で考えても一向に答えが出なかったからか、
「と言う訳何だけど……慧音、何か分かる?」
妹紅は自分にとって一番親しい仲と言える人物、上白沢慧音に自身が抱いている想いに付いて相談する事にした。
相談を受けた慧音は、思わずポカーンとした表情を浮かべてしまう。
まぁ、行き成りその様な相談をされたその様な表情を浮かべてしまうのも無理はない。
ともあれ、そんな表情を浮かべている慧音を見た妹紅は、
「どうしたの、慧音?」
つい、どうかしたのかと声を掛けてしまう。
掛けられた声に反応した慧音は直ぐに表情を戻し、
「あ……ああ、すまない」
軽い謝罪を行なった。
取り敢えず、慧音の意識が戻った事が確認出来たからか、
「で、何か分かった?」
何か分かったのかと言う事を妹紅は聞く。
「ああ、分かったぞ」
聞かれた事に対し、慧音が自信満々の表情で分かったと断言した為、
「本当?」
思わず本当なのかと言う確認を妹紅は取った。
「ああ、本当だ」
「それじゃ、教えてよ」
取られた確認に慧音が肯定の返事をした事で、早速と言わんばかりに妹紅は教えてくれと頼んだ。
だからか、
「端的に言うとだな……妹紅。君は龍也君の事を異性と意識しているんだ」
簡潔に妹紅が龍也の事をどう思っているのかを慧音は口にした。
「異性と意識している……?」
「解り易く言えば、恋愛感情を抱いていると言う事だな」
異性として意識していると口にされても今一つ分かっていないと言った様な表情を妹紅が浮かべた為、慧音は少し口にした内容を変えたものを妹紅に伝える。
すると、
「恋愛……って、えええええええええええええええええええええ!?」
今度は確りと理解出来た様で、妹紅は驚きの声を上げてしまう。
妹紅の反応から、自分が口にした事を妹紅が理解したと慧音は考え、
「それにしても龍也君か。放浪癖が有る処が少々偶に傷な様な感じはするが……龍也君なら妹紅を幸せにしてくれるだろう」
一人で納得し、そう呟いた。
呟かれた事から察するに、慧音は龍也を強く信頼している様だ。
それはさて置き、
「え、え!? だって!? え!?」
驚きの声を上げてからずっと混乱の中に居る妹紅に、
「取り敢えず、お茶でも飲んで落ち着いたらどうだ?」
茶を飲んで落ち着く様に促す。
「う、うん」
落ち着く様に促された事で妹紅はある程度の落ち着きを取り戻し、湯飲みの中に入っているお茶を飲み始める。
そして、妹紅がお茶を飲み干したタイミンングを見計らって、
「落ち着いたか?」
慧音は妹紅に落ち着いたかと声を掛ける。
一息入れると言う行為を挟んだ事で、落ち着きを取り戻した妹紅は、
「……うん」
肯定の返事をしながら空になった湯飲みを畳の上に置き、
「それで、どうして私が龍也にれ……恋愛感情を持っていると言う結論に達したの?」
どうして自分が龍也に恋愛感情を持っていると言う結論に達したのかと問う。
「一番の理由は特定の異性の事が頭から離れないと言う点だな」
「それだけで?」
問うた事に対して返って来た答えが余りにも単純なものであったからか、妹紅はついそれだけかと問い返してしまった。
「うん。妹紅以外にも色恋沙汰で相談を受けた事が何度もあるからね。その時に多かったのは特定の相手の事が離れないって言うのがあったんだ」
問い返される事は慧音に取って予想の範囲内であった様で、言葉を詰まらせる事無く嘗てあった前例に付いて話す。
「……でも、それは私にも当て嵌まるものなの?」
話された内容を理解した妹紅はその前例は自分にも当て嵌まるのかと言う疑問を抱き、首を傾げてしまう。
確かに、今まであった前例が妹紅にも適用されるとは限らない。
前例が適用されて来た者と妹紅では生きて来た年月、見聞きして来たもの、今まで抱いて来た感情と言ったありとあらゆるものが違うのだから。
兎も角、その前例となった者達と自分が同じとは限らないと思っている妹紅に、
「ふむ、そうだな……妹紅、龍也君のどんな姿でも良いから思い浮かべて見てくれないか?」
どんな姿でも良いから龍也の姿を思い浮かべる様に慧音は言う。
「龍也の?」
そう言われた妹紅は、言われるが儘に龍也の姿を思い浮かべる。
今まで見て来た、龍也の様々な姿を。
それから少しすると、
「…………………………………………………………」
段々と、妹紅の頬が赤く染まっていった。
その様子を見て、慧音が少しニヤニヤと言った感じの笑みを浮べる。
「……はっ!!」
龍也の姿を思い浮かべている途中で慧音が浮かべている表情に妹紅は気付き、
「いや、これは!! 違うの!!」
何かを否定し様とし始めた。
しかし、
「しかし、意中の相手が居ると言うだけでここまで変わるとはな」
否定し様としている妹紅を無視するかの様に、慧音は一人で話を進めていく。
「い、意中って……」
意中と言う言葉に反応し、妹紅は何か返そうとしたが、
「好きなんだろ、龍也君の事が」
慧音に龍也の事が好きなのだろうと言われ、何も言えずに押し黙ってしまった。
どうやら、ここに来て妹紅ははっきりと龍也に抱いている感情を理解した様だ。
押し黙ってしまった妹紅に、
「処で、切欠と言うのは……」
興味本位と少しばかりの確信が入り混じった感じで慧音は龍也を好きになった切欠を聞くと、
「慧音が思っている通りよ。切欠は、あの満月の夜に龍也が私の味方になって一緒に戦ってくれた事。あの時は、本当に嬉しかった。私が不老不死の蓬莱人と
知っても態度を変えたりしなかった事も嬉しかったな。不老不死である事を知られて、恐れられたり迫害された事が多々遭ったから特に……ね」
昔を思い出すかの様に妹紅は切欠となった出来事を説明し、
「だから私はそんな龍也に惹かれ、龍也と接していく内に何時の間にか龍也の事を好いて愛する様になった」
はっきりと龍也の事をどう思っているかを口にした。
「……それで、龍也君には何時想いを告げる気なんだい?」
妹紅自身の口から龍也への想いを聞けた慧音は、妹紅に何時龍也へ自分の想いを告げるのかと尋ねる。
想いを自覚したのだから直ぐにでも龍也にその事を告げるだろうと思われたが、
「……告げる気は無いわ」
告げる気は無いと妹紅は断言した。
「どうしてだ?」
「分かるでしょ。私は不老不死の蓬莱人で龍也は普通の……では無いけど種族は人間。仮に龍也が私の想いを受け止めてくれて、私と龍也が結ばれたと
しても……龍也は幸せにはなれないわ」
そう断言した妹紅に慧音が疑問を抱くと、妹紅は想いを告げないと断言した理由を教える。
無限と有限の命を持つ二人では、有限の命を持つ者が幸せになる事は無いと妹紅は考えている様だ。
「龍也君はそう言った事を気にする子じゃないと思うけどな……」
妹紅から教えられた内容を受けた慧音は、龍也はそう言った事を気にするタイプでは無いと思うと零しつつ、
「妹紅、仮に龍也君が他の女性と結ばれたどうする? 龍也君は幻想郷中を旅しているから、旅をしている時に知り合った女性の中の誰かが龍也君に恋心を
抱いている……と言う可能性は十分に在るぞ」
幻想郷に居る誰かが龍也に想いを抱いているかもしれないと言う可能性と、誰かが龍也と結ばれたどうすると言う事を述べた。
「それは……」
述べられた内容を耳に入れた妹紅は悲しそうな表情になったが、
「もしそれが永遠亭の姫で、龍也君と永遠亭の姫が結ばれたら……」
「その時は輝夜を殺すわ」
可能性の一つとして輝夜と龍也が結ばれたらと言う事を慧音が漏らした瞬間、間髪入れずに妹紅は怒りの表情を浮かべて物騒な発言を発する。
今の発言から、妹紅と輝夜の仲が良くなる事は文字通り一生来ないのかもしれないなと慧音は思いつつ、
「想い告げる告げないの意志は妹紅自身に任せるが……後悔だけはしない様にな。それと、もっと我を通す様にしても良いと思うぞ。更に言えば、
龍也君をもっと信じてみたらどうかな?」
アトバイスを送った。
慧音の家で自分が抱いている想いに付いて相談をした後、帰宅する為に迷いの竹林の中を歩きながら妹紅はどうすれば良いか考えていた。
帰路に付いている中で、頭が冷えた妹紅は自分がどうしたいのかがはっきりと理解出来ている。
龍也へと抱いている感情を確りと認識した以上、龍也と結ばれたいと言うのが妹紅の本音だ。
しかし、仮に龍也が妹紅の想いを受け入れて二人が結ばれたとしても二人の間には大きな壁がある。
無限の命と有限の命と言う壁が。
幾ら龍也が強いと言っても、龍也は不老不死や妖怪と言った存在ではなく人間。
普通に年老いて死んでいくであろう龍也に、年老いる処か死ぬ事の無い妹紅。
そんな二人が結ばれたとしても、龍也は一体何を感じて何を思うのだろうか。
それで、龍也は本当に幸せを感じてくれるであろうか。
はっきりと自分の中での答えが出てからと言うもの、妹紅はそんな事ばかりを考えていた。
まだ、龍也が妹紅の想いを受け入れてくれるとは決まった訳では無いと言うのに。
だが、妹紅の頭の中では勝手に龍也と結ばれたと言う仮定を前提に回転を続けていく。
ともあれ、一応ではあるが有限の命と無限の命の差を無くす解決策の様なものはある。
解決策の様なものと言うのは、龍也を不老不死にすると言うもの。
龍也だけに限らず、普通の人間を不老不死にする方法を妹紅は知り得ている。
ならば実行すれば良いと思われるが、妹紅は龍也も龍也以外の人間も不老不死にする気は無い。
何故ならば、不老不死などと言う業を誰かに背負わせたくは無いからだ。
でも、無限の命と有限の命の差が在ったとしても龍也と一緒になりたい。
しかし、不老不死の自分と一緒になって龍也は幸せになれるのか。
「……はぁ」
思考が堂々巡りなって来た事で、妹紅は気持ちを入れ替えるかの様に溜息を一つ吐く。
もし、今龍也に会えたら。
堂々巡りの思考にも答えは出るのであろうか。
「って……龍也は幻想郷中を旅して回っているし、直ぐに会えるって事は……」
自分に取って都合が良過ぎる考えが頭に過ぎり、妹紅がそれを否定し様とした瞬間、
「あれ? 妹紅?」
目の前に龍也が現れた。
突然の事態に妹紅は思わず目をパチクリさせ、
「な、な、何で龍也がここに!?」
驚きながら龍也が迷いの竹林に居る理由を尋ねる。
すると、
「ああ、数日位前に迷いの竹林に入っててな。ずっと彷徨ってた」
数日前から迷いの竹林に居たと言う答えが返って来た。
先程慧音の家に行く時に龍也と会わなかったのは幸か不幸かのどちらかなのは分からなかったが、
「そ、そう」
取り敢えず、龍也らしいと妹紅は思う。
しかし、そんな事を思いつつも妹紅の頭の中は混乱の極みにあった。
まぁ、それも当然であろう。
ずっと頭の中に居た男が急に現れたのだから。
どうすれば良いか、何をしたら良いか、何を喋れば良いのか。
一体何を話したら良いか分からず、急に黙ってしまったからか、
「どうした?」
龍也は妹紅にどうかしたのかと声を掛ける。
掛けられた声に反応した妹紅は龍也の方に視線を移し、
「な、何でも無いわ!!」
精一杯の声で、何でも無いと言う。
発せられた声量が予想外の大きさで気圧されたか、
「そ、そうか……」
龍也は若干後ろに下がってしまった。
兎も角、大声を出してある程度落ち着いた妹紅は改めて龍也に視線を向ける。
そして、龍也との目線が合うと妹紅は改めて理解した。
龍也と言う存在を自分は何よりも誰よりも愛おしく感じており、欲していると言う事を。
同時に、もう自分の想いを押さえる事は出来ないと言う事を感じ、
「あ……その……」
自分が抱いている想いを伝え様とするが、中々伝えるべき言葉が出て来なかった。
無限の命と有限の命。
この二つが妹紅の言わんとしている事を妨げているのだ。
やはり自分の心の中に仕舞って置くべきか。
妹紅がそう考えた時、慧音の言葉が頭の中を過ぎった。
後悔しない選択、我が侭、龍也を信じろと言う言葉が。
慧音の三つの単語が過ぎったのと同時に、妹紅は決心する。
想いを伝え様と。
決心するや否や、
「ねぇ……龍也……」
静かに、ゆっくりと妹紅は龍也の名を呼び、
「あのね……私は……貴方の事が好きなの。愛しているの」
自分自身の想いを告げる。
突然とも言える告白を受け、
「え……あ……え!?」
驚き、上手く言葉を出せない龍也に、
「ごめんね、突然こんな事を言って。でも、抑え切れなかった。私は不老不死だけど、龍也はそうじゃない。私は龍也の最期を見届ける事になるし
龍也は変わらない私を見続ける事になる。それはきっと、龍也にとってつらい事になると思う」
妹紅は自分の胸の内に在るものを吐き出すかの様に伝えながら龍也を抱き締め、
「けど、私が龍也にそんな想いをさせない様にする。龍也が先に逝ってしまっても、私は龍也と結ばれて龍也と共に生きて来たと言う思い出があれば、
私は永遠に生きていく事は出来る。だから……私と……共に生きてくれます……か?」
精一杯の告白を行なう。
「……………………………………………………………………」
恋愛面に疎い龍也でも、妹紅に告白されたと言う事は理解出来た。
はっきり言って、龍也は愛情と言うものをよく理解出来ていない。
理解出来ていない理由としては、実の親から与えられたのが愛情ではなく全く別のものであったからであるが。
ともあれ、そんな龍也ではあるが妹紅から告白をされてある事を思った。
必死になって自分の想いを告げた妹紅に応えたい、傍にずっと居たいと。
故に、
「妹紅……」
自分を抱き締めている妹紅を龍也は抱きしめ返し、
「俺が……一生傍に居る」
簡潔に自分の想いを伝える。
龍也からの返事を聞いた妹紅は龍也の顔に視線を向け直し、
「本当に……本当に私で良いの?」
恐る恐ると言った感じで、本当に自分で良いのかと聞く。
「ああ、本当にお前で良い」
聞かれた事に対し、龍也は妹紅の目を確りと見て良いと答えた。
そう答えた龍也の言葉と目から、今の言葉が偽り無いものである事を妹紅は理解する。
そして、互いの想いが通じ合っている事も。
だからか、妹紅と龍也は顔を近づけ合い、
「龍也……」
「妹紅……」
目を閉じ、唇を重ねた。
こうして、龍也と妹紅の関係が恋人同士へと変わった。
これから先、有限の命を持つ者と無限の命を持つ者の二人がどうなるかは分からない。
若しかしたら、何処かで歪が生じてしまうかもしれない。
だが、今と言う時間を生きている二人はとても幸せそうであった。
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