自分の家へと帰る道。
その道を歩きながら、

「……何時もと同じだな」

黒い学ランを着て、右手にカバンを持ち、左手をポッケトに入れた黒髪黒目の少年はポツリとそう呟いた。

帰り道は何時もと同じ。
帰る時間も大体は同じ。
そして、その時間帯に見る顔も殆ど同じ。
当たり前の日常、当たり前の毎日。
それが悪いとは思わないが、これで良いとも思わない。
退屈だ。
単純に……刺激がたりない。
そう思うのは、ここ最近は因縁を付けられて襲われると言った事がないからだ。
少年はそんな事を思いながら、

「あ……」

刺激と言う単語で、学校であったいざこざを思い出した。





















「おい」

少年は声を掛けられたが、それを無視して本を読む。

「おい」

更に声を掛けられるが、少年は更に無視し本を読み続ける。

「おいっつてんだよ!!!」

痺れを切らしたのか、少年に声を掛けていた者は突如声を張り上げて椅子に座り本を読んでいる少年の胸倉に掴み掛かったではないか。
突然の事態に周りがザワつき始めるが、誰一人止めに入る者も助けに入る者もいなかった。
胸倉を掴まれた少年は周囲のザワめきを無視し、

「……何か用か?」

別段驚いた様子はなく、本から目を離さずに返事を返す。

「人にぶつかって置いて謝罪も無しか!? ああ!?」

少年に掴み掛かっている者は声を荒げながら胸倉を掴んでいる手に力を更に籠める。
どうやら、この者は少年がぶつかって来た事に対して謝罪がなかった事に怒っている様だ。
ここで少年が謝れば丸く収まるであろうが、

「……お前は何を言ってるんだ?」

少年は謝る事は無く、呆れた声色でそんな言葉を口にする。

「ああ!?」

そんな少年の態度が気に喰わなかったからか、少年を掴んでいる者は更に怒りに駆られた。
だが、少年は何処吹く風と言った様に、

「あの時、俺はお前にぶつかりそうだったので右半身を後ろに下げた。だと言うのにぶつかった……と言うのであれば、それはお前が
俺にぶつかって来たと言う事だろうに。ならば、俺がお前に謝罪される理由はあれど、俺がお前に怒鳴られる理由はないな」

ぶつかった原因を口にした。
少年の言葉が正しければ、謝罪すべきはぶつかって来た者であろう。
だが、

「うるせえ!! いいから謝れよ!!」

少年に掴み掛かっている者は少年に謝れと怒鳴り散らす。
一触即発。
少年と少年に掴み掛かっている者の様子を見ている者達の目にはそう映っている事であろう。
しかし、

「で?」

少年は少しも動揺した様子はない。

「ああ!? 余裕ぶっこいてんじゃねえぞコラ!!」
「なら、さっさと掛かって来いよ。喧嘩を売ってきたのはお前だ。先手は譲ってやる。但し、喧嘩が始まったら俺は容赦しない。
俺は、お前を二度と病院のベッドから出て来れない体にしてやる積りでやる」

ここで少年は初めて本から目を離し、全く感情の篭ってない目で自分を掴み掛かっている者の目を見ながらそう言い放つ。
この時、少年は自分を掴み掛かっている者は自分よりも少し背が高いなと少し暢気な事を思っていた。
それに対し、少年を掴み掛かっている者はそんな暢気な事を思ってはいられる余裕は無い。
何故ならば、見下ろしてるのに見下ろされてる。
そんな感覚に陥っていたからだ。

「どうした? 掛かって来いよ」

一向に仕掛けて来る気配がなかったので、少年は掛かって来る様に言うと、

「あ……」

少年に掴み掛かっている者は現状を思い出す。

「早く来いよ」

もう一度、掛かって来る様に言うと、

「……ッ!!」

少年に掴み掛かっていた者は少年の胸倉から手を離し、何の言葉も発さずに少し慌てる様にして教室から出て行った。
その様子を見送った後、

「……根性無しが」

少年面白くなさそうにそう呟き、読んでいた本に目を落とす。





















歩きながら学校であった事を思い出していると、

「……と」

何時の間にか自分の家に着いて事に少年は気付いた。
ポケットから鍵を取り出し、

「ただいま」

鍵を開けて家の中に入り、帰って来た事を伝えるが返事はない。
何時も通り誰もいない。
一般的な家庭であれば誰か彼かが居る事が殆どであるが、少年の家ではこれが普通。
365日一年中誰も居ない事が当然なのだ。
誰も居ない家を見つつ、遺伝子提供者から愛情と言うものを与えられた事は只の一度もなかったなと少年は思いつつ、台所に向って冷蔵庫を開けると、

「何もねーや」

何もないと言う事を知る。

このまま腹を空かしているよりコンビニとかで飲食物を買うほうが良いと少年は考え、自分の部屋に鞄を置きに向かう。
部屋に着くと、少年はベッドに鞄を投げ、机の引き出しを開け、

「財布は……あったあった。着替えるのは……面倒だし学ランのままでいいか」

財布をポケットに入れ、家を出る。
幾らか歩いていると、分かれ道に辿り付く。
コンビニへ道は右なので少年はそちらに足を向け様とするが、

「……ん?」

左の道から何かを感じた。

「……ま、少し遠回りになっても良いか」

そう呟き、少年は左の道へ行く事にする。




















気紛れで道を変えた少年は少し道を外れ、大きな橋の近くに来ていた。
少年は坂を下りて橋と真下まで行くと立ち止まり、

「折角、人気の無い場所まで着てやったんだ。いい加減……姿を現せよ」

少し大きな声でそう言い放つ。
別に少年は誰かに付けられているといった訳ではない。
何故そんな事を言ったのかと問われれば、少年は何かを感じたからと答えるであろう。
まぁ、過去にそれで何度も同じ事を言った事があるが誰かが出て来た例は無かった。
こんな事をしていたら噂になりそうであるが、少年は常に人気の無い場所で言っているので誰かの噂になることも無い。

「ほら、出て来いよ」

再びそう言い、自分の発した言葉に返答する者はまたいないと思っていた。
そう……思っていたのだ。
が、

「驚いた。まさか気付かれていた何てね」

返答はあった。

「ッ!?」

少年は息を飲みつつ思う
ありえないと。
だが、発せられた声は幻聴の類でない。
少年はその事を理解し、声の主を確認するためにゆっくりと振り返る。
振り返った少年の目には空間に穴が空き、そこから顔を出している金色の髪をした女性の姿が映っていた。
空間に開いている穴の奥には無数の目があるのが見て取れる。
普通ならばその光景に誰もがあり得ないと言う感想を抱くであろう。
が、少年の頭にはそんな感想よりも『本当に居た……だと……』と、いう言葉しかなかった。

先にも言った通り、少年は今までにも似たような事を何度も言って来たが、反応があった事は一度たりとも無い。
だと言うのに反応があった。
驚かずにはいられないだろう。

「どうかしたの?」

女性にそう声を掛けられ、少年は意識を戻す。
このまま黙っている訳にはいかない。
不自然が無い様に会話をする必要がある。
少年はそう考え、

「いや……付けられているのは分かっていたが、まさかあんたみたいな美人とは思わなくて驚いてただけさ」

実行に移した。

「あら、お上手ね」

美人と言われたのが嬉しかったのか、女性は嬉しそうな顔をする。
その女性を視界に入れた儘、

「あんた……一体何者だい?」

少年は女性が何者かと尋ねると、

「そうね……ただの妖怪ですわ」

妖怪……目の前の女性は少年の問いにそう答えた。
何を馬鹿な……と言いたいだろうが、空間に穴を開ける何て芸当が人間に出来るとは思えない。
なので、目の前の女性が妖怪だと言ううのを信じる信じないにしろ、人間以外の何かと言うのを少年が理解し始めた時、

「そういう貴方は何者?」

今度は女性が少年に何者かと問い掛けて来た。
その問いに、

「只の……人間さ」

少年はそう答えた。

「ふふ……面白いわね、貴方」

女性は少年に興味がある言った目をしながら空間に空いた穴から全身を出し、優雅に地に足を着け、

「紫」
「え?」
「八雲紫。私の名前ですわ。貴方は?」

自分の名を名乗り、少年の名を問う。

「龍也。四神龍也だ。」

問われたからか、少年も自分の名を名乗る。

「龍也ね……。ねぇ龍也」
「?」
「退屈……してるでしょう」

紫が確信を着く様な事を口にした。

「ッ!?」

自分の内心を言い当てらたからか、龍也が驚いていると、

「何で解ったって顔してるわね? それ位はわかりますわ」

紫はそれ位は解って当然と言う事を口にする。

「それを俺に聞いて……どうし様って言うんだ?」
「連れて行って上げましょうか?」
「何所に?」
「その退屈がなくなる場所に」

紫にそう言われ、龍也は考える。
それをして彼女に……八雲紫の何の特があるのだとと。

「ただの興味本意ですわ」
「…………………………」

考えを読まれたが、それを顔に出すような事を龍也はしなかった。
例え断ったとしても、自分をこのまま放置しておくことはあるまい。
少なくともあんな超常現象を見せた相手を自分なら放置しないだろう。
そう言った結論に龍也は至り、

「分かった。連れて行ってもらおうか」

龍也は八雲紫の誘いに乗る事にした。

「ふふ」

八雲紫は笑いながらどこからともなく扇子を取り出し、それを龍也に突きつける。
その瞬間、龍也の足元に先ほど紫が出て来た穴が出現した。

「な……に……!?」

龍也は為す術も無く、その穴に落ちて行く。
こことは違う、別の場所へと。






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