周囲にある無数の目からの視線を龍也は受ける。
その視線にそれなりの嫌悪感を感じつつ、龍也は流されるままに落ちて行く。
だが、このような状況にあると言うのに龍也はとても落ち着いている。
落ち着いていられる原因を龍也は自分の肝が思っていた以上にあるのか、先程の超常現象のせいか、それともよくゲームをやったり漫画やアニメを見ていたりしたせいかと考えていると、
「いっ!? 痛ぅ……」
龍也は何処かに落下した。
落下した事で考えが纏まらなかったなと思いつつ、龍也は痛む部分を手で摩りながら辺りを見回す。
周囲に木々が生い茂っている事から、
「森……の中か?」
龍也は森の中であると考える。
こう言った自然が豊富な所に来たのは初めてだなと思いながら龍也は立ち上がり、もう一度辺りを見回し、
「なん……だと……」
驚愕の表情を浮かべる事になった。
何故ならば、
「紅い……霧だと……!?」
周囲一体が紅い霧で満たされていたからだ。
普通の霧なら龍也も何度も見て来た。
それだったのならば、驚く事はなかったであろう。
だが、龍也が今まで生きて来た人生の中で紅い霧などは見た事も聞いた事もない。
それ故に龍也は驚きの表情を浮かべているのだ。
もう一度周囲を見渡しても、この紅い霧が出ている原因は分からない。
その場に立ち尽くしながら龍也は少し考え、
「このままここに居ても……どうにもならないか」
その様な結論に達した。
このままここに居ても何も分からない。
この森の事もこの紅い霧の事も何一つ分からない。
誰かに聞くなり自分の目で見ない限りは。
疑問の答えを探す為、龍也は目の前の方向へと歩き始めた。
「どこまで続いてるんだ? この森」
かれこれ数時間、龍也は歩き続きたが未だに森の中から出る事が出来ないでいた。
「迷ったか?」
よく山や森の中では方向感覚が狂う事があると言う。
自分もそれに陥ったかと龍也は思い始めた。
「と言うか、この紅い霧もそうだがこの森も普通じゃないよな」
そう呟きながら、龍也はこの森で見た物を思い浮かべる。
珍妙な色をした茸に珍妙な形をした茸。
「……茸ばかりだ」
茸だけだったかなと龍也は思いつつ周囲を見渡し、
「目印でも付けながら歩けばよかったな」
目印を付けながら歩けば良かったと後悔した。
今更後悔したところでもう遅い。
ならば今からでも遅くはないと考え、龍也は近くある木に少し傷でも付ける為に石の様な硬い物を探そうとすると、
「?」
後ろから草と草が擦れる音が聞こえる。
人かという希望を持ちながら龍也は後ろへと振り返るが、
「ッ!?」
その希望は意図も容易く打ち砕かれる。
何故ならば、龍也の目に映ったのは人ではなく獣であったからだ。
大きさは2m前後で体毛は茶色。
四本足で地を踏み締め、牙を剥き出しにし涎を垂らしている。
そんな獣の様子を見て、龍也は思わず後ろに一歩下がったと同時に足に何か当たり躓く。
仰向けに倒れ掛かろうとした瞬間に獣が飛び出し、龍也の鼻の上を通過する。
飛び出した獣は進行上にある木に噛み付き、そのまま噛み砕く。
「な、嘘だろ!?」
意図も容易く木を噛み砕いた光景に龍也は驚愕の表情を浮かべる。
だが、龍也に驚き固まっている時間は無かった。
何故ならば、その獣は直ぐさま反転して飛び掛り、右前足を龍也に向けて振り下ろして来たからだ。
「くっ!!」
龍也は咄嗟に側転をし回避行動を取る。
回避行動を取ったお陰で龍也は攻撃は避ける事が出来たが、獣が振り下ろした前足は地面を抉り衝撃波を生み出した。
「なんちゅー力だ……」
あんな一撃を龍也が受けたら比喩表現無しに死んでしまうであろう。
龍也は立ち上がりながら思う。
力も速さも相手が上で逃げることもほぼ不可能と。
ならば、取れる方法は二つだけ。
攻撃を避け続けて相手が諦めるのを待つか、何らかの方法で倒すかの二つ。
だが、木々が邪魔で上手く避け続ける事は難しいだろう。
倒すにしても、その方法が何も思い付かない。
どっちを選ぶにしろ、場所を変える必要がある。
だが目の前の脅威から一時的とは言え逃げると言う事は龍也自身はしたくない。
今まで相手の数がどれだけあろうと、どれだけ血を流そうとも引かずに勝利を掴んで来たのだから。
生かプライドかのどちらかを取ろうと考え様にも考えていられる時間は殆ど無い。
獣が今にも龍也に飛び掛ろうとしているからだ。
なので、
「後ろに前進!!」
龍也は両方取る事にした。
龍也の中では後ろに前進と言うのは逃げると言うう行為に含まれていない様である。
こうして、龍也と獣の命を掛けた追いかけっこが始まった。
「はか……はぁ……」
あれから龍也は数分間、全力で走り続けている。
若干スピードが落ちたと思われた時、
「ッ!!」
龍也の体はまた斬り裂かれる。
そう、またなのだ。
この命を掛けた追いかけっこの中、龍也は獣に何度も追い付かれてはその身を獣の爪によって斬り裂かれているのだ。
龍也の肩や腕、脚などからは血が流れている。
出血量はそれなりにあるが、獣によって引き裂かれた部位の全てが致命傷ではない。
獣は龍也に何度も追い付いていると言うのに未だ龍也は未だに健在。
その事から、
「俺を徹底的に甚振ってから食い殺す気か。趣味の悪いことだな、おい!!」
龍也は自分を徹底的に甚振ってから食い殺す気であると結論付けた。
おそらく、久々に粋のいい獲物に当たった為に遊んでいるのだろう。
だが、それをすると言う事はその獣はある程度以上の頭があると言う証明だ。
そして、相手が油断と慢心をしている証拠でもある。
まだ自分には運が向いていると龍也は感じていると、
「ッ!!」
今度は右肩を切り裂かれ、そこから血が噴出する。
鋭い痛みが走るが、龍也には痛みに気を取られている暇はない。
生きる為には走り続けなければならないからだ。
そう自分に言い聞かせながら、龍也は落ちたスピードを上げて走り続ける。
それから更に数分後、森の広場らしき場所に龍也は出た。
そこから少し走った場所で龍也は足を止め、
「……ん?」
反転した。
何故なら龍也を追って来た獣が突如、龍也を追うのを止めたからだ。
龍也を追って来た獣は龍也から少し離れた場所に何もせずに佇んでいた。
その事に疑問に覚えたものの、龍也は注意深く獣の様子を観察していると、周囲から何かが出て来る音が聞こえる。
その音に反応した龍也が周囲に目を向けると、
「な……に……」
自分を追って来た獣と同じ獣が二十匹以上も存在している事に気付いた。
しかも、配置は龍也を取り囲む様な配置だ。
その配置を見た瞬間、龍也の中に読み間違えた言う言葉が過ぎる。
獣は欠片も油断も慢心もしていなかった。
ただ、確実に龍也を殺そうとしただけだ。
寧ろ、油断と慢心をしていたのは龍也の方であろう。
獣に大した知能はないと決め付けていたのだから。
「あ……あ……」
龍也が何かを口走ろうとした時、龍也を追ってきた獣が飛び掛かって来た。
龍也の頭を噛み砕くように。
それに気付いた龍也は咄嗟に右腕を目の前に掲げる。
これで助かるとは思わないが、龍也の本能にが龍也を生かす為に掲げたのだ。
だが、龍也は理解する。
自分はもう死ぬのだと。
助かる訳がないと。
「俺は……」
だが、龍也は思う。
「俺は……」
死んで堪るかと。
そして求める。
「俺は……」
力を。
そして渇望する。
「俺は……」
生を。
そして魂の奥底から求める。
「俺は……!!」
勝つ為の力を。
「……ッ!? ここは?」
気が付くと、龍也は真っ暗な闇の中に立っていた。
真っ暗な闇の中に居たからか、龍也は死んだのかと考える。
だが、龍也は獣に頭を噛み砕かれた感触を覚えていない。
それとも忘れただけなのか。
幾ら考えても答えは出ない。
ふと、龍也は周囲を伺い、
「誰か……いないのか?」
そう声を掛ける。
だが、龍也の声に応えるものはいない。
暗い場所に一人でいる状況には龍也は慣れている。
しかし、それでも寂しいものがある。
もう一度辺りを見回しても闇だけが龍也の目に映る。
何時までもここにいる訳にはいかない。
ここから出る方法を探さなければと思うが、この闇の中ではどうすればいいのかが分からない。
「どうすればいいかのかねぇ。それに驚きに続く驚きで驚けないし」
頭を掻きながらそう呟くと突如、龍也の後方から光が溢れる。
その光に気付いた龍也は慌てて後ろへと振り向き、
「な……」
驚きの表情を浮かべる。
先程の闇だけの景色と大きく変わっていたからだ。
青い空に流れる白い雲。
眼下に見えるは古い日本の町並み。
それ等の景色を目に入れ、龍也はもう一度周囲を見回すが変わったのは先程の景色だけであった。
先程の景色以外は闇に包まれたままである。
何かあそこ手掛かりがあるのかと思いながら、龍也はもう一度景色が変わった所を見ると、
「ッ!?」
再び驚きの表情を浮かべる。
そこには先程まで存在しなかったものが居たからだ。
それは、大きな紅い鳥。
神々しく、威圧感があり、そして存在感がある炎の様に紅い大きな鳥。
龍也はその存在に惹かれる様にして一歩、足を踏み出す。
普通、空中に足を踏み出せば何もせずに落下してしまうであろう。
だが、龍也は落ちはしなかった。
まるで、空中に見えない足場があるかの様に龍也は足を進めて行く。
そして一歩、また一歩と龍也は大きな紅い鳥に近付いていく。
右手を眼前に掲げながら。
掲げた右手が大きな紅い鳥に触れるとその鳥は気高く鳴き、龍也は光に包まれた。
獣達は目の前起こっている光景を理解出来ずにいた。
誘い込まれた餌に仲間が止めを刺そうと飛び掛かり、餌が右手を掲げる。
ここまではいい。
唯の悪足掻きであるとしか目に映らなかったからだ。
だが、現実はどうだ。
その餌は掲げた右手から炎をだし、あろう事か仲間を焼き殺した。
いや、炎によって消滅させられたと言った方が正しいであろう。
だからこそ、獣達には理解できなかったのだ。
唯の餌が仲間を焼き殺した事に。
獣達が混乱の極みにある中、龍也は獣達の群れへと目を向ける。
龍也に変わった様子は特に見られない。
せいぜい、黒かった瞳が紅く輝いている位だ。
そんな紅い瞳で見られた獣の一匹が後ろに一歩引き下がる。
この時点で獣達は全員で逃げていれば良かったであろう。
だが獣達はそうはしなかった。
何故ならば、仲間を殺された怒りと餌如きがと言う想いがあったからだ。
そんな想いに駆られながら、獣達は龍也に襲い掛かっていく。
一番最初にたどり着いたのは、龍也の後ろから来た獣。
前足を振り上げ、爪で引き裂こうとする。
それと同時に龍也は後ろへ振り向き、右腕を振るう。
その瞬間、獣は真っ二つにされて燃えていく。
何故そんな事を出来たのかと言う獣達の疑問は直ぐに解消される事となる。
それは、龍也の右手には炎で出来た剣が握られているからである。
その炎の剣で仲間がやられたと言うのに獣達は恐れずに龍也へと突っ込んでいく。
そして龍也の右側から獣が飛び掛かった。
その獣は炎の剣で焼き殺される。
が、焼き殺された瞬間に背後から獣の一匹が襲い掛かって来た。
龍也が攻撃を振り切る時を待っていたのだろう。
しかし、龍也にはそれが分かっているかの様にして体を反転させるのと同時に左手から炎の剣を生み出し、振り抜く。
それでその獣は真っ二つにされ、体が地面に落ちるのと同時に燃え始めた。
仲間が次々とやられていると言うのに今度は正面から五匹の獣達がまとめて飛びかって来た。
正面から来た獣達を迎え撃つ様にして龍也は剣でいえば柄にあたる部分を合わせて回転させる。
すると炎の剣は円状の炎の盾となった。
そこに獣達は突っ込んできて、燃え尽きていく。
獣達が燃え尽きた事を確認し、龍也は炎の盾を二本に炎の剣に戻す。
残った獣達はこの事態に怯えるが、それも一瞬。
全方位から一斉に襲い掛かかる。
それに対し龍也が取った行動は、炎の剣を消失させると言う事であった。
炎の剣を消失させた事ことから、獣達は諦めたかと思ったその瞬間に獣達の意識は消えてしまう。
龍也が自分を中心に巨大な火柱を生み出し、そこに獣達が突っ込んだからである。
獣達が消滅した事を感じた龍也は火柱を消滅させた。
火柱を消滅させたのと同時に龍也は糸が切れた人形の様に地面に倒れ込んでしまう。
意識が遠くなるのを感じながら。
龍也は意識が完全に無くなる直前に赤いチックの服を身に付け、緑色の髪をした少女と女性の中間位の年頃の女の人の姿を見た気がした。
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