龍也が冥界へと向かい、妖夢と手合わせと新作のスペルカードのテストに付き合って貰ってから一週間と言う時が流れた。
因みにその一週間、龍也はどうしていたのか。
なんて事は無い。
白玉楼でのんびり過ごしていたのである。
つまり、白玉楼に一週間泊り込んだと言う事だ。
ともあれ、白玉楼で一週間過ごした龍也は現世である幻想郷に戻って来ていた。
何故かと言うと、一週間もすれば涼しくなると考えたからだ。
その結果は、

「……暑い」

龍也の口から発せられた暑いと言う単語で全て察せられるであろう。
そう、現世は涼しくなってはいなかったのだ。
いや、正確に言えば少しは涼しくなってはいる。
だが、それでも暑いと言える程の気温なのだ。
兎も角、そんな状況の現世に戻って来てしまったからか、

「……冥界を後にするタイミングを間違えたかな」

と言った後悔とも言える愚痴を龍也は零してしまう。
とは言え、後悔し様が愚痴を零そうが溜息を吐こうが涼しくなる事は無い。
ならば白玉楼に戻ろうかと言う考えが龍也の脳裏に過ぎるが、やっぱり暑かったからと言う理由で戻るのは格好悪過ぎるので過ぎった考えを一瞬で却下した。
が、それに代わる形であるアイディアが龍也の頭の中に浮かんで来た。
浮かんで来たアイディアと言うのは、人魂を捕まえて瓶詰めにし様と言うもの。
これならば冥界に戻っても白玉楼にまで戻らずに済むので、龍也の仕様も無いプライドも守られるであろう。
我ながら良いアイディアが浮かんだと龍也は内心で自画自賛したものの、

「……いや、これは無理だ」

直ぐに無理だと言う事を悟った。
何故かと言うと、既に霊夢と魔理沙が人魂を瓶詰めにしていたと言う情報を妖夢が語っていたのを思い出したからだ。
人魂を瓶詰めにする事を妖夢は快く思っていなかったので、人魂に関しては妖夢の目が光っていると予想出来る。
幾ら何でも人魂を瓶詰めしに冥界に戻り、そこで妖夢と遭遇でもし様ものならバツが悪い。
暑さから逃れる方法が尽く却下する事に成った為か、

「……はぁ」

自然と龍也の口から溜息が漏れてしまった。
正直言ってこの暑さでも動き回る分には問題ないのだが、それでももう少し涼しくなってから動き回りたいと言うのが龍也の心境だ。
そんな心境が在るからか、冥界以外で涼しい場所を思い付かせる為に龍也は頭を回転させていく。
それから少しすると、

「……ああ」

龍也はある場所を思い付いた。
思い付いた場所と言うのは自身の家である無名の丘の洞窟。
洞窟であるならば、他よりは涼しいであろう。
思い立ったら何とやら言わんばかりに、

「……よし」

よしと言う言葉と共に龍也は空中へと躍り出て、空中に霊力で出来た見えない足場を作る。
そして、作った足場に足を着けた龍也は空中を駆ける様にして無名の丘へと向かって行った。






















無名の丘が眼下に見えて来た辺りで、

「よっと」

龍也は空中から飛び降りる様に降下して地面に着地し、自分の家である洞窟に向けて足を動かして行く。
そんな中、

「ここの鈴蘭も相変わらずだな」

キョロキョロと周囲を見渡しながらその様な感想を零す。
相変わらずと言う言葉の通り、無名の丘の至る所に鈴蘭が咲き誇っている。
とは言え、それが不満と言う訳でもない。
少し久し振りと言える無名の丘の光景を楽しみながら足を動かしている龍也に、

「あ、龍也」

何者かが声を掛けて来た。
掛けられた声に反応した龍也は足を止め、声が発せられたであろう方に体を向けると、

「メディスン」

メディスンの姿が龍也の目に映る。
映ったメディスンの姿から自分に声を掛けて来たのが誰であるかを龍也が理解した時、

「その……元気……だった?」

少し小さな声でメディスンが元気だったかと問うて来た。

「ああ、元気だよ」

問われた龍也は元気だと言う返答をして、

「メディスンは?」

メディスンはどうなのかと言う問い返す。

「私は……スーさんが居れば何時でも元気よ」

問い返されたメディスンは胸を張りながらそう答える。

「鈴蘭があればずっと元気って言うのも凄いな」
「龍也はそうじゃないの?」

答えられた事を受けて何処か感心したかの様な表情になった龍也がそう呟くと、疑問気な表情になったメディスンが首を傾げた為、

「俺は鈴蘭が在ればずっと元気って事は無いな。もう少し涼しければ十二分に元気でいられるんだけどよ」

鈴蘭が在っても元気でい続けられないと言う説明を龍也は行なう。

「ふーん。私はスーさんが居れば暑くても寒くても元気だけどな……あ、そうだ!!」

された説明を頭に入れたメディスンは不思議そうな表情を浮かべるも、直ぐに何かを思い付いたと言う表情になり、

「私ね、毒の使い方が上手くなったの」

自慢するかの様な表情で毒の使い方が上手くなったと言う事を語る。

「毒の使い方?」
「うん、見て見て」

語られた内容を耳に入れた龍也が良く分からないと言った様な表情になった為、メディスンは右手の掌から濃い紫色の煙を生み出し、

「毒を圧縮出来る様になったの」

生み出した紫色の煙を得意気な表情で圧縮して、

「後は強い風が吹いても毒が消えなければ完璧ね」

そんな事を呟きながら圧縮された紫色の煙を消す。
呟かれた中に在った強い風でも消えない毒と言うのを受け、龍也は初めてメディスンと戦った時に風で毒を吹き飛ばした事を思い出した。
この事から、呟かれた内容が対自分用の戦術であるのを悟った龍也は、

「何気に恐ろしい事を言うのな、お前」

若干口端を引く付かせながらそう零す。
その後、

「あ、そうだ。龍也って、幻想郷中を旅して回ってるんだよね」

ふと思い出したと言う様な表情でメディスンは龍也が普段している事の確認を取る。

「ああ、そうだけど」
「ならさ、龍也がどんな所を見て回ったか教えてよ」

取られた確認を龍也が肯定するとメディスンがそんな頼みをして来た。
行き成りこの様な頼みをされて龍也は驚くも、別に隠して置く事でも無い。
それにメディスンと長時間会話をすると言う機会は余りないので、

「ああ、良いぜ。話してやるよ」

メディスンからの頼みを龍也は引き受ける事を決め、軽く周囲を見渡していく。
すると近くに少し小さめ目な岩が在るのを見付け、見付いた岩に龍也は腰を落ち着かせて旅をして見て来たものなどをメディスンに話し始めた。






















メディスンとの話しが終わった後、朱雀の力を使って灯りとなる炎を片手から生み出して洞窟の中に入り奥にまで来た龍也は、

「あー……暑かった」

関口一番で暑かったと言う台詞を零した。
この様な台詞を零した理由はメディスンとの話しにある。
どう言う事かと言うと、メディスンとの話しが一番暑くなる時間帯まで続いたからだ。
因みに龍也との話しが終わったメディスンは、疲労した様子を全く見せずに元気良く鈴蘭畑の奥に向かって行った。
鈴蘭が在れば元気と言う発言に嘘は無かったと言う事か。
兎も角、元気良く去って行ったメディスンを羨ましく思いつつ龍也は洞窟の入り口にまで戻った。
そして、ポストの中に溜まっていた"文々。新聞"を回収して現在に至ると言う訳である。
ともあれ、回収した"文々。新聞"を龍也は机の上に置き、

「しっかし、思ってた以上に新聞が溜まってたな」

机の上に置かれた"文々。新聞"にその様な感想を抱きつつ、近くに立て掛けているランプを手に取った。
その後、生み出している炎を使ってランプに火を入れる。
火が点いたのを確認した龍也は生み出していた炎を消し、自身の力を消す。
力を消した龍也の瞳の色が紅から黒に戻った後、改めてと言った感じで"文々。新聞"に目を向け、

「ま、暇潰しには成るから丁度良いか」

暇潰しには丁度良いと言う結論を龍也は下し、一番奥の方に貼って在るお札へと向かって行く。
お札の前にまで来た龍也はお札に霊力を供給して、ダンボールの中を除き込む。
覗き込んだダンボールの中には酒や保存食と言った物が入っていた。
因みに酒は人里、保存食は香霖堂で買った物である。

「んー……この量から見るにまだ結構持ちそうだな」

ダンボール内の酒や保存食の量から急いで補給する必要は無いと龍也は判断しつつ、保存食を幾つか取り出す。
取り出した保存食を持ちながら"文々。新聞"を置いて在る机の近くに戻り、

「さて、溜まりに溜まった"文々。新聞"でも読むとするか」

保存食を食べながら"文々。新聞"を読み始めた。






















龍也が自分の家である洞窟に帰って来てから幾日か経った頃、龍也は無名の丘を後にして何所かの草原を歩いた。
そんな中、

「んー……少しはマシになったな」

マシになったと言う感想を龍也は零す。
龍也の本音としてはもう少し涼しくなってから外に出たかったのだが、早くに外に出て動き回りたいと言う欲求が勝ってしまった。
なので、龍也は現在こうやって外を出歩いているのである。
ともあれ、草原を歩いている龍也は軽く自分の体の調子を確かめていき、

「ま、これ位の暑さならダレる事もないだろ」

そう判断しながら足を動かしていると、

「……ん?」

動かしている足に何かが当たるのを龍也は感じた。
なので、龍也は足を止めて足元に目を向けると、

「……本?」

本が落ちている事が分かった。
何故こんな場所に本が落ちているのかと言う疑問を龍也は抱きつつ、屈んで落ちてい本を拾う。
拾った本は見た目が古いものの、作り自体は意外と確りとしていた。
おまけに痛んでいる様子も見られない。
兎も角、こんな所に落ちている本に興味を惹かれたからか、

「どれどれ……」

龍也は両手で本を持ち、本のページを捲っていく。
しかし、

「……何所の国の字だ、これ?」

見た事が無い文字で書かれていた為、読む事が出来なかった。
だからか、龍也の頭にふとある場所が思い浮かんだ。
浮かんだ場所と言うのは紅魔館の図書館。
あそこの蔵書量なら、この本に書かれている文字の辞書の一冊や二冊は在るであろう。
と言う考えが思い浮かんだ場所から連想される形で龍也の頭に過ぎった時、

「あれ、龍也じゃないか」

上空から自身の名を呼ぶ声が龍也の耳に入って来た。
入って来た声に反応した龍也が上空に顔を向けると、箒に腰を落ち着かせている魔理沙が降下して来て、

「よっ」

地に足を着けたのと同時に片手を上げて挨拶の言葉を発し、

「こんな所でボーッと突っ立ってて、何してたんだ?」

そんな事を尋ねる。

「ああ、実はこんな本を拾ってな」

尋ねられた龍也はそう答えながら手に持っている本を魔理沙に見せた。
すると、本を見た魔理沙が驚愕の表情を浮かべてしまった為、

「ん? どうかしたのか?」

つい疑問気な表情を龍也は浮かべてしまう。
その間に魔理沙は表情を戻して龍也の両肩を掴み、

「そ……それ、かなり高位の魔導書じゃないのか!?」

興奮したかの様な声色で龍也が持っている本が高位の魔導書であると言う指摘を行なった。

「え、そうなのか?」

された説明を受けた龍也は反射的に手に持っている本に目を向ける。
高位の魔導書だとと思って見ると、何だか高位の魔導書に見えて気がして来たと龍也が感じた刹那、

「な、なぁ!!」

高位の魔導書と思わしき本を注視している龍也に魔理沙が大きな声で話し掛けて来た。

「ん?」
「その本を私に貸してくれないか!?」

話し掛けられた龍也が反応を示すと、熱意が感じられる声色で魔理沙がその魔導書を貸してくれと言う頼みをし出す。
魔理沙の貸しては一生借りると言う事であろうが、魔導書ならば別段龍也に必要な物と言う訳ではない。
何せ、龍也は魔法が使えないのだから。
更に言えば、霊力を有していても魔力は欠片も有してい無い。
はっきり言って、魔導書何て代物を龍也が持っていても宝の持ち腐れ。
ならば、高位の魔導書と思わしきこの本を魔理沙に渡したとしても問題ないだろう。
魔法使いである魔理沙なら、有効活用してくれるであろうし。
そこまで考えが至った辺りでこの魔導書を魔理沙に渡す事を龍也が決め様とした時、

「待ちなさい!!」

待てと言う発言と共にアリスが現れた。

「「アリス」」

何の前触れも無く現れたアリスに二人は驚くも、

「おいおい、盗み聞きとは趣味が悪いぜ」

直ぐに驚きの感情を抑えた魔理沙は盗み聞きは趣味が悪いと言う指摘を行なう。

「失礼ね、別に盗み聞き何てしてないわよ。それに聞かれたくない話ならもう少し声のトーンを落としなさい」

された指摘を受けたアリスは少し呆れた表情になりながらその様に注意をし、

「それはそうと、こんにちは。龍也、魔理沙」

改めてと言った感じで挨拶の言葉を発した。

「ああ、こんにちは」

された挨拶に龍也も挨拶の言葉を返しつつ、

「何所かへ向う途中だったのか?」

ふと思った事を問い掛ける。

「向かう途中じゃなくて帰りよ。人形作成に使う素材を人里で買った帰り」

問われた事に何所かに行くのではなく帰って来たのだと説明しながらアリスは買い物籠を龍也に見せ、

「それはそれとして、貴方が持っている魔導書は私に譲ってくれないかしら? 勿論、それ相応のお礼はするわよ」

対価を払うので龍也が持っている魔導書を魔理沙ではなく自分に譲って欲しいと言う頼みをして来た。
つい先程までは魔導書は自分が借りる流れになっていた為、

「おいおい、横入りはずるいぜ」

不満気な表情になった魔理沙がそう言ってのける。

「あら、貴女よりも私の方が間違いなく有効活用出来るわよ。私はパワー馬鹿の貴女と違って人形を操る事以外の魔法もそれなりに扱えるしね」

言われた事に対してアリスが魔理沙と違って自分は専門以外の魔法もそれなりに扱えると言う主張をした瞬間、

「何をー!! 私だって光と熱以外の魔法を使う事だって出来るぜ!!」

心外だと言わんばかりの表情で魔理沙が光と熱以外の魔法も使えると断言した。
その後、

「貴女の場合、本当に使えるだけ……でしょ」
「失礼な。ちゃんと使いこなしてるぜ!!」
「どうだか。私から言わせて貰えば、貴女は魔法の使い方が粗いからねぇ。本当に使いこなせているのか疑問だわ」
「そう言うお前は、小手先の技術ばっかでパワーが足りてないんだよ」
「貴女みたいに必要以上にパワー重視をしていないだけで、パワーなら十分に有るわよ」
「私から言わせれば十分にパワー不足だぜ。お前が展開は人形達を私は一撃で薙ぎ払えるしな」
「あら、それをさせない為のブレインでありテクニックよ。ま、魔法の使い方が粗い貴女では無理な方法でしょうけど」
「は、そのブレインもテクニックも纏めて吹き飛ばせてこそのパワーだろ。ま、パワーの足りないお前じゃ無理だろうけど」
「……………………………………」
「……………………………………」
「なによ」
「なんだよ」

アリスと魔理沙が言い合いを始めたのだが、途中から言い合いだけでは済まなさそうな雰囲気になり始める。
明らかに雲行きが怪しくなったのを感じ取った龍也が、どうするべきかと言う事を考え始めたタイミングで、

「それなら、その魔導書は私に譲ってくれないかしら?」

龍也の背後から何者かが声を掛けて来た。
掛けられた声に反応した龍也が背後に振り返り、それに釣られた魔理沙とアリスの二人は言い合いを中断して龍也の背後に体を向ける。
振り返り、体を向けた三人の目は、

「「「パチュリー」」」

パチュリーの姿が映った。
目に映ったパチュリーの姿から声を掛けて来た者が誰であるかを三人が察したのと同時に、

「珍しいな、お前が宴会以外で紅魔館から出て来る何て」

魔理沙が三人の思いを代弁したかの様な事を言ってのける。

「レミィも小悪魔も偶には外に出たらどうだって煩くてね。落ち着いて本も読めやしない」

パチュリーは疲れを感じさせる表情になりながら言われた事に溜息混じりで返し、

「でもま、偶には外出もするものね。お陰でかなり高位の魔導書を見付ける事が出来たし」

興味深そうな視線を龍也が持っている魔導書に向けた。
まるで龍也が持っている魔導書が自分の物になるのが確定事項である様な感じを受け、

「おいおい、それは龍也が私に貸してくれる事になってるんだぜ」
「一寸、まだ貴女に譲るだなんて決まってないでしょ」

魔理沙は文句の言葉をぶつけたがそれにアリスが突っ込みを入れた事で、再び、二人の言い合いが始まりそうになってしまう。
しかし、

「少なくとも、パワー馬鹿の魔法使いと人形一辺倒の魔法使いよりは私の方が有効活用出来るわね。私は全ての属性、全ての系統の魔法をオールマイティに扱えるし」

パチュリーから発せられた挑発の様な発言にイラっとしたからか、魔理沙とアリスは矛先をパチュリーに変え、

「何だ、一芸特化と言う言葉を知らないのか」
「あら、紅魔館の魔女は器用貧乏と言う言葉を知らないのね」

挑発する様な言葉を発した。

「私がその程度の言葉も知らないと思えるだなんて。魔理沙、貴女の観察眼も高が知れてるわね。それにアリスも。私の魔法を見て器用貧乏と言う感想が
出て来る何て。人形を操る魔法ばかり使っているせいか、それ以外の魔法の認識が解らなくなってるんじゃないかしら?」

発せられた挑発の様な言葉にパチュリーが挑発で返した為、

「高が知れてるねぇ……ああ、確かに。私の魔法に何度も負けてるのに、私よりもこの魔導書を有効活用出来るだ何てお前が言うとは思わなかったからな。
まさかお前が敗北から何も得られない奴だったとは……私の観察眼もまだまだだぜ」
「器用貧乏と言う言葉の意味を知っているのかと言っただけで、別に貴女の魔法が器用貧乏だと言った訳ではないのだけど。若しかして貴女自身、自分の
魔法が器用貧乏だと思っているのかしら。だとしたら、失礼な事を言ってしまったわね。謝罪させて貰うわ」

魔理沙とアリスは明確な挑発と取れる発言をする。
それを合図にしたかの様に魔理沙、アリス、パチュリーの三人から一触即発の空気が漂い始めた。
何か小さな切欠でもあれば、漂っている空気は一気に爆発する。
そして、その空気が爆発するのは遠い未来ではない、
そんな予測をしてしまったからか、はたまた三人の雰囲気に中てられたからか。
反射と言っても良い動作で龍也は数歩、後ろに下がってしまう。
後方へと下がった龍也に気付いた魔理沙、アリス、パチュリーの三人は一斉に龍也の方に体を向け、

「それは私に貸してくれるんだよな?」
「それは私に譲ってくれるのよね?」
「それは私に譲ってくれるわよね?」

ジリジリと龍也に近付きながらそう尋ねる。

「いや……その……」

近付いて来ている三人の気圧された龍也が更に大きく一歩下がると、三人は大きく一歩前に出た。
一歩前に出た三人を見て、魔導書を誰に渡しても一波乱起きるのは確実だと言う事を龍也は確信した。
とは言え、一波乱起こさずに上手くこの場を穏便に収める様な良い案は龍也の頭からは出て来ない。
だからか、

「……あっ!!」

龍也は三人の注意を引くかの様に何か気付いたと言う表情になりながら、明後日の方向へと指をさす。

「「「えっ!?」」」

さされた指に反応した三人が明後日の方向に顔を向けた瞬間、チャンスだと判断した龍也は自身の力を変える。
白虎の力へと。
力を白虎の力に変えた事で龍也の瞳の色が黒から翠へと変化する。
力の変換が完了した後、魔理沙、アリス、パチュリーの目が自分に向いていない隙を突くかの様に龍也は空中へと躍り出てこの場から逃げ出した。
そう、場を穏便に収める良い案が出て来なかったので龍也は逃げの一手を取ったのである。
何とも情けない事ではあるが、龍也としてはあんな修羅場に居るよりは逃げる方が遙かにマシであった。
ともあれ、何とか危機を脱した龍也は安堵の息を吐いてチラリと顔を背後に向ける。
すると、

「げ……」

自分を追って来ている三人の姿が龍也の目に映った。
予想出来て事ではあるが、あの三人は龍也を追って来たみたいだ。
龍也としては自分が居なくなっている間に頭が冷える事を願っていたが、願いは叶わなかった様である。
人に夢と書いて儚いと言うのは、こう言う事を言うのかも知れないと思ったのと同時に、

「……あれ、ジワジワと距離が縮まって来てないか?」

追って来ている三人との距離が少しずつではあるが詰まって来ている事に龍也は気付く。
この儘では追い付かれてしまうのは確実。
もしそう成ってしまったら、どうなるか分かったものではない。
最悪とも言える未来が差し迫っていると言う事実を認識した龍也の背中に、嫌な汗が流れる。
こうなったら、力を解放して仮面を付けて一気に振り切ろう言う決心を龍也がした直後、

「これはこれは龍也さん」

何時の間にか龍也の隣に文が現れ、龍也と並走するかの様に飛行している文がそう声を掛けて来た。

「文……」

行き成り声を掛けて来た文に龍也が驚いている間に、ニヤニヤとした表情を文は浮かべ、

「それにしても三人の女性に追っ掛けられるとは……モテモテですね!! よっ!! 色男!! 次の"文々。新聞"の題名は『幻想郷の旅人、四神龍也さんが
三人の女性に求婚される!!』で決まりですね!!」

次回発刊する"文々。新聞"の題名を決め始める。
決められた題名は事実無根と言えるものである為、

「ちげーよ」

違うと言う否定の言葉を口にした。

「あや、それでは何故あのお三方に追っ掛けられているのですか?」

自分が付けた題名を否定されてしまった文は疑問気な表情になりながら三人に追われている理由を龍也に尋ねる。

「ああ、実は……」

尋ねられた龍也はまぁ良いかと言う感じで三人に追われている理由を話す。

「何だ、そんな事情ですか。つまらないですね」
「つまらないって……お前なぁ……」

話された理由を頭に入れたのと同時に急に興味無さ気な表情になった文に龍也は反射的に突っ込みを入れる。

「やっぱり、色恋沙汰が在った方が面白いと思うのですよ」
「そう言うものなのか?」

入れられた突っ込みに文がそう返すと龍也はついと言った感じで首を傾げてしまう。
新聞を作った事が無い龍也に取って、文から返された事は今一つピンと来なかった様だ。
そんな龍也の心中を察したからか、

「そう言うものです。どうです、ここらで誰かと色恋を起こしてみては? インパクトの大きさで言えばやはり人間と妖怪が恋仲になったって言うのが一番だと
思いますし……あ、そう言えば龍也さんは椛と仲が良かったですよね。何なら椛辺りと恋仲になってみては? 生意気なところは在りますが椛の見目は良い方で
すし龍也さんも不満は無いでしょう。はい、決定!! 安心してください。椛と恋仲になれる様に私が全力でサポートしますから、で、椛と恋仲になった暁には
この私に取材の独占権をですね……」

そう言うものであると断言し、"文々。新聞"の為に椛と恋仲になって自分に取材の独占権をと言う案を文が出して来た。
出された案に何と返答すべきかと龍也は考え様としたが、

「……ん?」

考える前に何かを感じ取ったので、背後へと顔を向ける。
背後へと顔を向けた龍也の目に、

「げっ!!」

巨大な閃光が迫って来ている光景が映った。
迫って来ている閃光は魔理沙のマスタースパークであると察した龍也は咄嗟に射線上から抜ける様に動く。
出した案に対する詳細を語っていた文は、行き成り動いた龍也に気付けなかった。
が、文は直ぐに気付き、

「一寸、龍也さん。ちゃんと聞いてるんですか?」

自分の話を聞いて無さそうな龍也に文句を言いながら、興味本位と言った感じで龍也が見ている方に顔を向ける。
すると、

「あ……」

眼前にまで迫って来ている巨大な閃光が文の目に映った。
映った閃光から龍也が急に移動する様に動いた理由を文は察し、龍也に倣う形で射線上から逃れ様とする。
だが、時既に遅く文は巨大な閃光に呑み込まれてしまう。
文は閃光に呑まれてしまったが、文よりも先に移動した龍也は閃光に呑まれる事はなかった。
しかし、呑まれる事が無かっただけで完全に回避出来た訳では無い。
どう言う事かと言うと、龍也は自身の体に閃光を掠らせてしまったのだ。
並大抵の攻撃なら兎も角、マスタースパークが掠ったともなれば龍也も平然としていられる訳も無く、

「ぐあ!!」

弾き飛ばされる様な形で龍也は地面に向けて墜落して行ってしまった。






















マスタースパークを掠らせて地面に墜落してしまった龍也は、

「いててててて……」

頭部を押さえながら上半身を起こす。
同時に、先程掠ったマスタースパークの感触からあれはスペルカードを用いて放ったものだと思った。
もしスペルカードを用いたもので無ければ、掠っただけで龍也はそれ相応のダメージを負った事であろう。
ともあれ、上半身を起こした龍也は軽く頭を振り、

「ま、スペルカードでの一撃の様だったし呑み込まれた文も無事だろ」

弾かれる寸前で見たマスタースパークに呑まれた文も無事だろうと言う結論を下した時、

「あ……」

気付く。
魔理沙、アリス、パチュリーの三人が目の前に居ると言う事に。
これでは再び距離を取る事は出来ないだろう。
更に言えば先程と同じ手はもう通用する見込みは無い。
ある意味絶体絶命と言う状況の中、何か手はないかと龍也は頭をフル回転させていく。
すると、

「…………弾幕ごっこ」

弾幕ごっこと言う単語が龍也の口から自然と零れた。
零れた単語を受けた三人の顔色が変わったので、それを見た龍也はチャンスだと判断し、

「弾幕ごっこで勝った奴にこの本をやるよ」

その様な提案をする。
された提案に、

「成程、勝った奴が魔導書を手に入れるって訳か。分かり易くて良いじゃないか」
「単純な方法も偶には悪く無いわね。これなら文句は言わせないもの」
「どの道、魔導書は私の物になるのだけど……偶には運動もしなきゃね」

魔理沙、アリス、パチュリーの三人は乗り気な台詞を発して空中に躍り出て弾幕ごっこを始めた。
空中で弾幕ごっこをしている三人の様子を見ながら、

「……最初っからこう言えば良かった」

何故最初にこう言う発想が出なかったのかと言う疑問と共に龍也はそう零し、

「ったく、これを見付けてから散々だぜ」

ずっと手に持った儘の魔導書に向けて愚痴の様なものをぶつける。
そして、決着が着くまで龍也は三人の弾幕ごっこを見続ける事になった。





































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