幻想郷の何所かを今日も今日とで歩いていた龍也は、
「んー……大分涼しくなって来たな」
吹いて来た風を感じながらそう呟く。
少し前まではこれぞ夏と言った感じの暑さであったが、ここ最近はその暑さも感じられなくなって来ている。
となれば、もう少しすれば季節が秋に成るのは確実。
春や秋と言った季節は夏や冬と言う季節と比べて、暑過ぎたり寒過ぎたりはしないと言えるだろう。
旅をするのであれば、秋は中々に快適な季節と言うもの。
秋に成ったら紅葉や落葉が良く見える場所を目指し、冬になる頃には防寒具を取りに自分の家である洞窟のある無名の丘へと戻る。
そんな予定を龍也が立てていた時、
「……ん?」
今踏み締めている地面が盛り上がったのを龍也は感じ取った。
その瞬間、龍也がその場から後ろに跳び退く。
すると、盛り上がった地面から何かが現れる。
現れたのは軟体生物に口と牙を付けた妖怪。
所謂ワームと言われる存在であろう。
兎も角、現れたワームを見ながら、
「珍しいな……こいつがこんな所に現れる何て」
ここでワームと出会うのは珍しいと言う事を龍也は漏らす。
龍也がワーム型の妖怪と会う場所は魔法の森が多かった為、そう漏らしてしまうのも無理はない。
とは言え、このワーム型の妖怪は地中を移動するタイプなので巡回経路が魔法の森に集中しているだけと言う可能性も在るのだが。
ともあれ、現れたワームは龍也を食べる気満々の様である。
それを龍也が感じ取ったのと同時に、
「っと」
ワームは龍也を一飲みにし様と襲い掛かって来た。
襲い掛かって来たワームを龍也が跳躍で避けた直後、龍也が立っていた場所から同じワーム型の妖怪が更に二匹現れる。
新たに現れた二体のワームは空中に居る龍也を噛み砕こうと、空中へと躍り出た。
空中まで追って来たワームを見て、
「危ねっ!!」
反射的に足元に霊力で出来た見えない足場を龍也は作り、作った足場を蹴って更に高度を上げる事で噛み付き攻撃を避ける。
噛み付き攻撃を回避した龍也は三体のワームから少し離れた場所に着地すると、三体のワームが雄叫びを上げて龍也目掛けて突っ込んで来た。
突っ込んで来ているワームを視界に入れた龍也はある事を思う。
思った事と言うのは、直接触る様な真似はしたくないなと言うもの。
まぁ、そう思うのも無理はない。
何せ、このワーム型の妖怪は体の表面がヌメヌメしているのだから。
しかも、目で見て分かる位に。
とは言え、撃退しなければこの三体のワームに龍也が食われてしまうのは確実。
そんな未来は龍也としてもゴメンである。
ならばどうするか。
答えは簡単。
直接触らずに倒せば良いだけの話。
そう決意した龍也は迫って来ている三体のワームを目に入れながら自身の力を変える。
青龍の力へと。
力の変換に伴って龍也の瞳の色が黒から蒼に変わり、瞳の色が変わったのと同時に龍也は両手から水の剣を生み出して構えを取った。
構えを取った龍也を見ても三体のワームは突っ込むスピードを緩めず、龍也を捉える。
そして、一体のワームが龍也を食べ様と勢い良く口を閉じた。
が、食べたと言う感触が感じられなかったので口を閉じたワームが疑問を抱いた刹那、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
上空から水の剣を振り被り被った龍也が急降下して来たのだ。
急降下して来た龍也に三体のワームが気付いた時、一体のワームが三枚に下ろされた。
仲間が呆気無く殺された事に残っているワームは驚くも、直ぐに意識を戻して地に足を着けた龍也を追う様に急降下して行く。
急降下した二体のワームは途中で別れる様にして着地し、龍也を挟み込む様にして襲い掛かる。
遅い掛かって来た二体のワームが自身の間合いに入ったタイミングで、龍也は両手を広げて回転し始めた。
すると、襲い掛かって来ていた二体のワームは真っ二つに斬り裂かれてしまう。
現れ、襲い掛かって来た三体のワーム型を全て倒したのを確信した龍也は水の剣を消して力も消す。
力を消した事で龍也の瞳の色が蒼から元の黒に戻った後、
「やれやれ、油断ならねぇな」
一寸した愚痴の様なものを零し、龍也は再び足を動かし始めた。
龍也が三体のワーム型の妖怪を倒してから幾らか経った頃。
龍也は、
「っと、あれは……人里か」
何時の間にか人里が見える場所にまで来ていた。
まぁ、適当に歩いていたら何時の間にか知っている場所が見える所にまで来ていたと言うの龍也にとって良く在る事。
なので、こうして人里が見える場所にまで来た事に龍也は驚いたりはしていない。
ともあれ、折角人里の近くにまで来たのだ。
人里に寄って行く事を龍也は決め、人里の方へと足を進めて行く。
そして、人里内にまで着くと、
「相変わらず平和で活気が在るな」
人里内を見渡しながらその様な感想を龍也は零す。
値引きで客引きをしている商人に大きな荷物を持って小走りで移動している人、楽しそうに雑談をしながら歩いている人達に食べ歩きしている人。
そんな光景が龍也の目に幾つも映った。
映った光景から零れた感想は間違いないなと言う事を龍也は思いつつ、特に目的も無く人里内をブラブラして行く。
それから少しすると、
「……何か、少し腹が減って来たな」
小腹が空いて来たのを龍也は感じる。
旅をしている最中であれば食料を探しに向かうところだが、今居る場所は人里。
食事処に一つや二つ、少し探せば直ぐに見付かると言うもの。
と言う事で、食事処を探す事を龍也が決めた直後、
「龍也君」
自身の名を呼ぶ声が龍也の耳に入って来た。
だからか、反射的に声が聞こえて来た方に体を向けると、
「慧音先生」
上白沢慧音の姿が龍也の目に映る。
どうやら、龍也に声を掛けて来たのは慧音であった様だ。
兎も角、お互いがお互いの存在を認識したと言う事で、
「少しの間、顔を見ていなかったが元気そうだね」
「はい、元気ですね。慧音先生の方は?」
慧音と龍也は軽い挨拶の様な言葉を交し合う。
交し合った言葉の中で龍也からも元気かと言う事を問われた為、
「私も元気だよ」
元気である事を肯定して、
「寺子屋で教師をしていると、自然と体調には気を使う様になったからね」
「あー……慧音先生がダウンすると、寺子屋は休みになりますからね」
「定休日……所謂お休みの日ならそこまで問題は無いんだが、崩れた体調が戻らなかったらと思うと……」
「そうなると臨時休業って事になりますね」
「そんな事になるのは出来るだけ避けたいから、体調には気を付けているんだよ」
「教師も大変ですね」
慧音は龍也と軽い雑談を交わし始めた。
雑談を始めてから少し経ち、雑談に一区切りが着いた頃、
「そう言えば、慧音先生は寺子屋の帰りですか?」
ふと思った事を龍也は慧音に聞いてみる。
「いや、ここ最近は寺子屋は休みだよ。俗に言う夏季休業と言うやつだね」
「夏季休業……夏休みですか。寺子屋にも在ったんですね」
聞かれた事に慧音がそう答えると龍也は少し驚いた表情を浮かべた。
驚いている龍也を見て、
「その口振りから察するに、外の世界にも夏季休業と言うものが在るんだね」
外の世界にも夏季休業が在る事を慧音は知り、
「夏は暑さで子ども達の集中力が持たない事が多いからね。夏は寺子屋を長期的に休みにする事にしているんだ」
寺子屋で夏季休業をしている理由を龍也に教えた。
「そうなんですか」
「うん。まぁ、最近は大分涼しくなって来たからそろそろ寺子屋を再開し様と思っているんだけどね」
教えられた事を頭に入れた龍也が納得した表情に成っている間に、その様な事を慧音は呟く。
確かに、ここ最近は慧音の言う通り涼しくなって来ている。
なので、寺子屋を再開させるには丁度良いと言えるだろう。
と言う様な事を龍也が思っていると、
「寺子屋を再開した後、機会が在ったら寺子屋の方に顔を出してくれないかい? 君に会いたがってる子供達も多いんだ」
寺子屋が再開したら、寺子屋に顔を出して欲しいと言う頼みを慧音がして来た。
断る理由も無かったからか、
「分かりました。秋の間にでも寄らせて貰いますね」
秋になったら寺子屋に顔を出すと言う約束を龍也はする。
「うん、宜しく頼むよ」
された約束を耳に入れた慧音は嬉しそうな表情になるも、
「あ、そう言えば龍也君。何所かへ向う途中だった様だが、何所へ行こうとしていたんだい?」
直ぐに何かを思い出したと言う表情になり、何所へ行こうとしているのかと言う事を龍也に尋ねてみた。
「小腹が空いたんで何所かでご飯を食べ様と思っていたんです」
「あ、それなら近くに団子屋が在るから一緒に行かないかい? 奢るよ」
尋ねられた龍也がそう言うと、奢るので近くに在る団子屋に一緒に行かないかと言う提案を慧音は行なう。
「え、良いんですか?」
「何、私は君より年長者だからね。気にしなくても良いよ」
行なわれた提案を受けてつい驚いてしまった龍也に慧音は笑顔で気にしなくて良いと返す。
そう返して来た慧音を見ながら龍也は少し考え、
「……分かりました。それではご馳走になりますね」
慧音からの提案を受け入れる事にした。
「なら、早速行こうか」
すると、善は急げと言った感じで慧音は足を動かし始める。
足を動かした慧音の後を龍也は少し慌てる様な形で追って行く。
それから大した時間を置かずに二人は団子屋に辿り着いた。
辿り着いた二人は注文をして店の長椅子に腰を落ち着かせて一息吐く。
そのタイミングで店員がお茶を持って来てくれた為、運ばれて来たお茶を慧音と龍也は受け取り、
「あ、少し熱いから気を付ける様にね」
「はい」
受け取ったお茶を啜る。
そして、啜っていたお茶の残りが半分になった辺りで注文した団子が運ばれて来た。
運ばれた来た団子を受け取った龍也は、早速と言った感じで団子を食べ始め、
「あ、美味い」
美味いと言う感想を反射的に零す。
「ここの団子屋の味は人里でも評判だからね。気に入って貰えた様で良かったよ」
零された感想を耳に入れた慧音はそう返しながら団子を口に運ぶ。
と言った感じで龍也と慧音はのんびりとした雰囲気の中で団子を食べていった。
団子屋で団子を食べ終えた後、龍也は慧音と別れて人里をプラプラと歩いていた。
そんな時、ふと龍也は空を見上げてみる。
すると、まだ日が昇っている事が分かった。
この儘人里を出たとしても、夜が来るまでには寝床を見付けられそうである。
そう考えた龍也が人里の出口を目指そうかとした時、
「龍也さん」
何者かが龍也の名を呼んで来た。
自身の名を呼ばれた事で龍也は足を止め、自身の名を呼んだ者が居る方に体を向ける。
体を向けた先には、
「阿求」
稗田阿求の姿が映った。
映った阿求の姿から自身の名を呼んだ者が誰であるかを龍也が理解している間に、
「こんにちは、龍也さん」
こんにちはと言う挨拶の言葉と共に阿求は頭を下げて来た。
なので、
「ああ、こんにちは」
龍也もこんにちはと返して頭を下げる。
お互い挨拶の言葉を交わし合った後、二人は下げていた頭を上げ、
「散歩か?」
散歩かと言う事を龍也は阿求に尋ねる。
「はい。一応、幻想郷縁起を纏め終わったので比較的に暇な時間が増えたので長い時間、散歩する事が出来るんです」
尋ねられた阿求は笑顔でそう答え、
「でもまぁ、近々書き足したりする事が在るかも知れませんが……」
完成した幻想郷縁起に書き足すかも知れないと言う事を呟く。
「そうなのか?」
呟かれた事が耳に入った龍也が首を傾げると、
「はい、加筆修正とかをしたりするかも知れませんし。それに人妖含めて力を持った新しい存在……幻想郷縁起に載せていない存在が現れないとも
限りませんからね。例えば……普通の外来人の方は幻想郷の一般的な人間と比べて身体能力などと言った基本的な力は大きく違ったりはしませんが、
龍也さんの様な強い存在が幻想入りして来ないとも限りませんし」
加筆修正の部分に付いて阿求は軽く説明する。
「あー……」
された説明を受けた龍也は少し考え込む。
幻想入りしたばかりの龍也の身体能力は普通の人間と変わらなかったが、幻想入りして早々に命に危機に晒されたのと同時に龍也は力に覚醒した。
尤も、青龍曰くその時に龍也が自分自身と言うものを無意識の内に理解して龍也の中に眠っている力を龍也が無理矢理引っ張り出したから力に覚醒したらしいが。
兎も角、自分自身と言う前例が在るので力を持った存在が外の世界から幻想入りして来ると言った可能性も捨て切れない。
と言った結論を龍也が自身の中で下した後、
「そう言う事で、今の様に暇な時間が沢山出来ると言う事は無くなりそうですが」
少し残念そうな表情を浮かべた阿求はそう言って溜息を一つ吐くも、
「あ、そうだ」
直ぐに何かを思い出したと言う顔付きになり、
「龍也さん、今暇ですか?」
今暇かと言う事を龍也に尋ねる。
「ん? 暇だけど」
「なら、これから私の家に来ませんか?」
尋ねられた龍也が肯定の返事をすると阿求はそんな誘いを行なった。
「阿求の家に? 別に良いけど」
「ありがとうございます。それで……実はお願いが在るのですが……」
阿求からの誘いを龍也が受けると、続ける形で阿求はお願い在ると言う事を口にする。
「お願い?」
「龍也さんが幻想郷中を回って見聞きしたものを教えてくれませんか?」
お願いと言うのは何だと言った感じで首を傾げた龍也に、阿求は龍也を上目遣いで見上げながらお願いの中身を述べた。
「その程度ならお安い御用だ」
「ありがとうございます!!」
断る理由も無いので阿求からのお願いを龍也が引き受ける事を約束すると、嬉しそうな表情になった阿求が礼の言葉と共に頭を下げる。
「でも、そんな事で良いのか?」
「はい。私は幻想郷縁起の編集で幻想郷中を少しは見たりしましたが、幻想郷の細かい所や深い所まで見たって事は無いですからね。解り易く言うので
あれば……広く浅くと言った感じです。その点、龍也さんなら私と違って色々な事も知ってそうですし。それと、龍也さんは幻想郷縁起に載せている方
の殆どと交友関係が在りますからね。若しかしたら、その方達の知られざる一面と言った様な話が聞けそうなので楽しみです」
頭を下げた阿求を見てそう言った龍也に、阿求は顔を上げて楽しみだと言う表情を浮かべながらその様なお願いをした理由を言ってのけた。
言われた事で納得がいったから、
「成程。それじゃ、今から阿求の家に行くか?」
思い立ったら何とやらと言った精神で龍也は阿求に今から行くかと聞く。
「はい!!」
聞かれた阿求は元気さが感じられる声色ではいと返事をして、逸る気持ちを表すかの様な動きで足を動かし始めた。
そんな阿求を微笑ましく思いつつ、阿求の後に付いて行く形で龍也も足を動かし始める。
それから少し経った頃、
「着きました」
着きましたと言う言葉と共に阿求が足を止めた。
阿求に続く形で足を止めた龍也は、ついと言った感じで阿求の屋敷に目を向け、
「それにしても、相変わらずでかいな。お前の家」
相変わらずでかいと言う感想を零す。
「そんなに大きいですかね?」
零された感想が耳に入った阿求は龍也の方に体を向け、疑問気な表情になりながら首を傾げてしまう。
紅魔館や白玉楼と比べたら小さいと言えるだろうが、人里内で阿求の屋敷より大きな建物を龍也は知らない。
しかし、幻想郷縁起の執筆の為に人里以外の場所に出向く事の在る阿求に取って自分の屋敷が大きいとは考えられないのだろう。
自分の屋敷よりも大きなものを幾つも見ているのであろうから。
と言う様な考察を龍也はしつつ、
「ま、いっか。それよりも早く入ろうぜ」
この話はこれでお終いと言った感じで阿求に中に入る様に促す。
「はい」
促された阿求が肯定の返事をして門を開くと、龍也と阿求は中へ入る。
中に入った二人が玄関にまで来た時、
「お帰りなさいませ」
女中が出迎えてくれた。
「ただいま。それとお茶とお茶菓子を私の部屋に持って来て下さい」
出迎えられた阿求がただいまと言う返事と共に指示を出す。
「畏まりました」
出された指示を了承した女中は一回頭を下げ、お茶とお茶菓子を取りに向かう。
向かって行った女中を見送った後、二人は阿求の部屋へと足を運ぶ。
そして、部屋の中に入った龍也と阿求の二人は向かい合う様な形で腰を落ち着かせた。
腰を落ち着かせた二人が少しの間まったりとしていると、
「お茶とお茶菓子をお持ちしました」
部屋の外からお茶とお茶菓子を持って来たと言う声が掛けられる。
「どうぞ」
掛けられた声に反応した阿求がどうぞと口にしたのと同時に、
「失礼します」
失礼しますと言う言葉と共に女中は襖を開いて中に入り、持って来たお茶とお茶菓子を龍也と阿求の前に置く。
「ありがとうございます」
「ご苦労様」
お茶とお茶菓子を持って来てくれた女中に龍也と阿求が礼の言葉を述べた。
「いえ。では」
述べられた礼の言葉に女中はそれだけ言って、阿求の部屋を後にする。
「それでは、色々とお話してくださいね」
再び龍也と二人っきりになった阿求は満面の笑みを浮かべて色々話して欲しいと言うお願いをした。
されたお願いを合図にしたかの様に、
「そうだな、先ずは……」
話す内容を頭で纏めつつ、龍也は幻想郷中を旅して見聞きした事などを阿求に話し始める。
因みに、話が終わる頃には日も完全に沈んでしまったので龍也は阿求の屋敷に泊まる事になった。
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