龍也は湖の先にある紅魔館を目指し、湖の真上の空中を駆けて行く。
だが、その道中は楽なものではなかった。
今まで歩いて来た森の中に比べて妖精達の攻撃が激しいからだ。
チルノが放つ弾幕に比べればこの妖精達の弾幕は弾幕の量、弾速、精度の全てがチルノが放つ弾幕より劣っている。
しかし、その代わりに数が圧倒的に多い。
妖精達が圧倒的な数に物を言わせて放つ凄まじい数の弾幕を龍也はスレスレで避けたり、避けれないものは炎の剣で斬り払ったりしながら突き進んで行きながら、
「……甘いな、俺も」
龍也はポツリとそう呟いた。
妖精達の見た目のせいか、どうも撃ち落そうと気に龍也はなれないでいるのだ。
出て来た妖精がチルノ位強ければ話は別であったであろうが。
今回は無理矢理突っ切れる程度の弾幕の量であったから突っ切ったが、もしそれが出来ない位の量の弾幕を放たれたどうだったであろうか。
色々と覚悟を決めるべきかもしれない。
龍也がそんな事を考えていると、向こう岸まで後半分程度の距離まで来た。
この距離に来たのと同時に一旦襲撃が止んだので、龍也は休憩と同時に気持ちを入れ替えると言った積りで一息入れ、
「ここら辺は攻撃が激しいな。それに妖精だけじゃなく回転する変な飛行物体も攻撃して来たしな」
ここまでの事を思い返してみる。
回転する謎の飛行物体は数は少ないものの、今まで攻撃を仕掛けて来たのは妖精だけだったのでそれを見た時には龍也も驚いた。
そのせいで、僅かに動きを止めてしまって弾幕に囲まれると言う事態になった時には龍也も少し焦る事態になったが。
他にも、先に進めば進む程に攻撃が激しくなると言う事が分かった。
普通ならそこ幾らか尻込みをするであろうが、撃が激しくなろうとも龍也に引き返す気はない。
紅魔館の主であるレミリア・スカーレットと言う吸血鬼を見てみたいと思ったのは自分だ。
自分が思い、行動に起こした事を成し遂げられない様では男が廃ると言うもの。
「……よし!!」
龍也は両頬を叩いて気合を入れ直し、先へと進んで行く。
「お、ここで終点か」
湖の終わに着いたので、龍也は高度を落として地表に着地する。
紅い霧は相変わらず濃いが、紅魔館と思わしき館の輪郭は距離が近いからかよく見える様だ。
「あれが紅魔館……か……」
龍也は紅魔館を見据え、そこを目指して歩き出す。
歩きながら周りを見回すと龍也は感嘆する。
何にかと言うと、自然の多さだ。
龍也が外の世界に住んでいた場所にはあまり自然がなく、学校の行事などである修学旅行等の行事位でしか自然の多さを見た事がなかったのだから驚くのも無理はない。
先程まで歩いていた森を含め、幻想郷には自然が多いなと龍也が思っていると、
「お……」
紅魔館がはっきり見える距離まで来ていた事に気付く。
「紅魔館って……名前の通り紅いな……」
そんな事を呟きながら周囲を見渡すと、紅魔館の門を発見する。
同時にその近くに門番らしき人が立っているのを発見した為、龍也は近付いて話を聞いてみる事にした。
「すみません」
「あ、はい。何でしょうか」
声を掛けると、長い紅い髪にチャイナ服を来た少女が応えてくれた。
話は出来るみたいだなと龍也は思いながら、
「ここが紅魔館でしょうか?」
ここが紅魔館であるかどうかを尋ねると、
「はい。ここが紅魔館ですよ」
少女がここが紅魔館である事を肯定する。
紅魔館で合っていた様で、龍也は無駄足を踏まずホッと一息吐く。
「幾つかか質問していいでしょうか?」
他に質問したい事もあったので質問しても良いかと問うと、
「いいですよ」
少女は快く了承の返事をしてくれた。
その事をありがたく思いつつ、
「まず、貴女は?」
「あ、申し遅れました。紅魔館の門番をしております紅美鈴と申します」
「あ、俺は四神龍也といいます」
まずは自己紹介から始める事にした。
次に、
「この紅い霧を出しているのはここの館の主で間違いないですか?」
紅い霧を出しているのがここの主であるかを問う。
龍也が問うた事に、
「ええ、間違いありません」
少女は肯定の返事を返す。
これでここが目的地である事を完全に確信した龍也は、
「……ここに入る事は?」
紅魔館に入る方法を尋ねる。
すると、
「申し訳ありません。現在、紅魔館への立ち入りは許可されておりません」
紅魔館に入る事は出来ないと言われてしまった。
そう言われた事で龍也は少し考え、
「……つまり、入りたければ力尽くで入れと」
力尽くで入れば良いのかと問うと、
「そうなります」
美鈴はその問いも肯定する。
そう返答を受けた龍也は後ろに跳んで、構えを取った。
龍也が構えを取った事から、美鈴は龍也に戦闘の意志有りと判断する。
同時に、美鈴は一歩前に出て構えを取った。
構えを取り終えた後、二人は動かずに互いの様子を観察する。
そして両者の間に沈黙が走ってから少しすると、龍也はその沈黙を破る様にして大地を駆けて美鈴に近付き、殴り付ける様にして拳を振るう。
だが、龍也が振るった拳は美鈴に難なく避けられる。
振るった拳を避けられる事は想定の範囲内だった様で、龍也は間髪入れずに振るった拳の勢いを利用し回し蹴りを放つ。
この回し蹴りが龍也の本命であった様だ。
しかし、その本命の回し蹴りは美鈴の左腕で受け止められ、
「破ッ!!」
美鈴の掌打が龍也の顎に叩き込まれる。
掌打を顎に受けた事で龍也は後ろに倒れ、転がるも直ぐに体勢を立て直して美鈴から間合いを取って構えを取り直す。
「驚きました。今の一撃で意識を飛ばす積りでしたが……」
「それなりに頑丈なんでね」
少し驚いた様子を見せた美鈴に龍也は余裕そうな台詞を返す。
が、実際は唯の強がりで今の龍也の頭はクラクラした状態にある。
今の一撃を再び同じ場所に叩き込まれてしまえば龍也の意識は高確率で飛んでしまうであろう。
そんな龍也の内心を知ってか知らずか、
「唯の物見遊山でここに来たと……言う訳ではなさそうですね」
美鈴はそう言って気合を入れ直す。
「一応、大量の妖精やら何やらが攻撃を仕掛けて来る森を抜けて来たんだがな」
「これは失礼を」
軽い会話をしながらも龍也は先程の攻防を思い返し、一つの結論を出す。
それは、ただの格闘戦だけでは勝ち目が無いと言う結論をだ。
龍也にはあの攻防だけで解った。
美鈴は格闘戦に非常に長けた存在あると言う事を。
このまま戦い続ければまぐれか偶然かで一撃位は美鈴の体に龍也の攻撃は入るかもしれないが、その時には龍也は満身創痍の状態になっている事であろう。
そうなってはもう龍也に勝ち目は無い。
ならばどうするか。
答えは簡単だ。
他の手札も使っていけばいい。
龍也はそう考え、拳を作りながら先程と同じ様に駆けて行く。
そして美鈴に肉薄するのと同時に右手の拳全体に炎を纏わせ振るう。
龍也が右手の拳全体に炎が纏わせた事に美鈴は驚き思わず一瞬動きを止めてしまうものの、直ぐに右側に跳んでその攻撃を回避する。
「能力持ちだったんですね」
美鈴は着地しながらそう言い、
「炎に関する能力ですか?」
振り返りながら炎のに関する能力であるかを問う。
「さあ? 俺自身も自分の能力が今一わかってなくてさ。炎は俺の能力の一部だと思うぜ」
美鈴の問いを龍也は正直に答える。
「そうですか……」
美鈴はその返答が嘘か本当か分からず、取り敢えず警戒を強める事にした。
警戒を強められた事から失敗したかなと龍也は感じつつ、
「さて、また俺から行くぜ!!」
今度は左手の拳にも炎を纏わせ、地を駆けて美鈴に向って行く。
そして炎を纏ったままの拳を美鈴に向けて放つ。
迫って来る拳を美鈴は動きを見切ったかの様に回避する。
龍也はそのまま連続して拳を放っていくが、その全てが美鈴に当たる事はなかった。
時節、拳を振るうだけじゃなかう足払いも仕掛けてみたが何の意味もない。
龍也に攻撃は全て美鈴に避けられた。
その事に龍也は内心で舌打ちをしながら、思う。
ここまで差があるのかと。
美鈴は自分の生み出した炎に警戒し、注意を向けている。
だと言うのに、龍也の攻撃はまるで当たらない。
「チィ!!」
龍也は炎の出力を上げて大きく振り払った一撃を放ったが、美鈴は後ろに大きく跳んで龍也の攻撃をまた避ける。
美鈴が大きく後ろに跳んだ事で二人の間合いは離れてしまった。
また避けられたと龍也が思っていると、
「やりますね」
美鈴が龍也を称賛する言葉を発する。
「俺の攻撃が一発も当たってないのにそんな事を言われても嫌味にしか聞こえないぜ」
「いえいえ、そんな事はありませんよ」
「そいつは……どうも!!」
少し声を荒げる様に龍也はそう言い、地を蹴って駆けて行く。
若干怒りに駆られた行動に思えなくもないが、攻撃をしなければ勝ち目は無いとから故の行動でもある。
そして炎を纏わせたままの右手で殴り掛かった。
その時、龍也は気付く。
美鈴が回避行動を取る様子が見られていない事に。
これは直撃したかと龍也は思った。
だが、
「なん……だと……」
龍也が放った炎が纏った拳は、
「受け止めた……だと……」
美鈴の左手に受け止められていた。
龍也の拳は炎を纏っているのにも係わらずにだ。
その事に龍也が驚いていると、
「心頭滅却すれば……」
美鈴は炎を纏っている拳を掴み、
「火もまた涼し!!」
龍也の胴体のど真ん中に蹴りを放つ。
「がっ!!」
蹴りが直撃するのと同時に美鈴が手を放したので龍也は吹っ飛んで行く。
そして、地に落ちた衝撃で両手に纏わせていた炎が消えたのと同時に龍也は地面を転がって更に距離を離してしまった。
ある程度転がったところで龍也は止まり、両膝と右手で体を支えつつ左手で腹部を押さえ、
「ゲホ……ゲホッゲホ!!」
咳き込んでしまう。
思いのほか、龍也が受けたダメージは大きかったようだ。
それに対し美鈴はアチチと言いながら手を振っている。
平気そうな顔で炎を纏った拳を掴んでいたが、全く熱くないと言う訳でなかった様だ。
そんな美鈴を見ながら龍也は立ち上がり、構えを取り直すと、
「今度はこちらからいきますよ!!」
そう言って美鈴は駆けて行く。
そして美鈴が龍也の間合いに入ろうとした瞬間、龍也は右手から炎の剣を生み出して振るう。
「ッ!?」
眼前に迫って来た炎の剣に美鈴は驚きながらも急ブレーキを駆け、後ろに跳んでその一撃を避ける。
美鈴が跳んでいる間に龍也は大地を蹴り、左手から炎の剣を生み出して突きを放つ。
炎の剣による突きを美鈴は体を捻る事で回避する。
その瞬間、
「ぅぅぅぅううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
龍也は右足を軸とした回し蹴りを放つ。
丁度体を捻ったタイミングであったからか美鈴は龍也の回し蹴りを避けれず、直撃を受ける事になる。
龍也の蹴りを受けた美鈴は吹っ飛んで行き、地面に激突するかと思われた。
しかし、地面に激突する直前に美鈴は掌で地面を弾いて体勢を立て直して両足で地面に着地する。
その様子を見ながら龍也はやはり強いなと改めて思いながら、
「ようやく一撃」
攻撃を当てられた事を口にする。
「お見事。しかしその炎、随分自由度というか応用性が高いですね」
美鈴は自分に攻撃を当てた事を素直に称賛しつつ、龍也の生み出す炎に驚いていた。
手や腕に纏わせるだけかと思っていたものがああも形を変えられるとは……と。
「そうだろ」
龍也はその事を肯定しつつ、両手にある炎の剣を消す。
炎の剣を消した事に美鈴は怪訝そうな目で龍也を見る。
何をしているのかと言う想いを籠めて。
そんな美鈴からの視線を尻目に龍也は右手を美鈴に向け、
「だから……」
右手の掌から、
「こんな事も出来るぜ!!」
火炎放射を放つ。
放たれた火炎放射はかなりの速度で美鈴へと向かっていく。
自身に向けて迫って来る火炎放射を美鈴は大きく跳び上がる事で回避する。
そのタイミングで、龍也は美鈴の進行方向上に左手を向けて無数の炎の弾幕を放つ。
美鈴はこのままなす術も無く炎の弾幕の直撃を受けると思われた。
だが、その弾幕が美鈴の間合いに入った瞬間
「はああああああああああああああああああああああ!!!!」
美鈴は蹴りを放つ。
蹴りと言っても唯の蹴りではない。
蹴りを放った瞬間に色取り取りの弾幕を放たれたのだ。
色は赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
その弾幕を見て、虹の様だと龍也が思っていると、
「そう言えば、私の能力を言ってませんでしたね」
美鈴は着地し、
「私の能力は"気を扱う程度の能力"です。気なら大体は扱えるんですが、私は妖怪ですから妖気とか妖力とか言ったものが一番扱い易いんですよね。
……と、話が逸れましたがこう言った能力があるので弾幕を放つ位の事は普通に出来るんですよ」
自分の能力を説明して構えを取る。
美鈴の説明を聞き、遠距離戦も普通に出来そうだなと思いつつ龍也は美鈴ではなく横に向かって駆けた。
自身向って来なかった事に美鈴は少し驚くも、龍也を追う為に美鈴も横に駆ける。
追って来た事に気付いた龍也は駆けながら美鈴に向かって炎の弾幕を放つ。
勿論、美鈴もそれに応戦するかの様に弾幕を放って来た。
二つの弾幕がぶつかり合い、爆音と爆煙が発生する。
お互いの姿が視認できなくなる位に。
その瞬間、龍也は爆煙の中へと突っ込む。
煙に紛れて奇襲を掛ける為にだ。
美鈴から見れば爆煙の中から突然放たれる一撃だ。
常人であるならば避けようのない一撃ある。
そう、常人であるならば。
爆煙の中から迫って来る一撃が分かっていたかの様に、美鈴は龍也の攻撃を体を捻る事で避ける。
龍也は奇襲による一撃を避けられた事に驚愕するも、それは一瞬。
直ぐさま回し蹴りを放つ。
しかし、その回し蹴りも美鈴が一歩後ろに下がる事で避けられてしまう。
だが、ここから龍也の連撃が始まる。
肘打ち、裏拳、正拳、前蹴り、回し蹴り。
流れる様な動きで龍也は美鈴に向けて攻撃を次々と打ち込んでいく。
が、美鈴はその全ての攻撃を避け、払い、防御で直撃する事を防ぐ。
時節、龍也は攻撃に炎を纏わせているが何の意味も成していない。
龍也の放つ攻撃は美鈴に全て防がれてしまっているが、龍也は気にせずに攻撃を続けていく。
何故ならば、龍也の狙いは攻撃を当てる事ではなく別にあるからだ。
龍也の狙いは、美鈴が大きく後ろに下がる事。
それを待つ様に龍也が攻撃を続けていく、そのチャンスが来た。
龍也が炎を纏わせた腕を大きく振りかぶった時、美鈴は大きく後ろに下がったのだ。
その刹那、龍也は美鈴に近付いて掌打を放つ。
だが、放った掌打が当たる事はなかった。
美鈴は龍也の間合いの外に居るのだがから。
龍也が自分に当たらない場所で掌打を放った事を間合いを計り損ねたと判断した美鈴は攻めに転じる動きをする。
そのタイミングで、龍也の掌から特大の火炎放射が発射された。
今の龍也が出せる最大の威力を持った一撃が美鈴に向っていく。
既に動いている美鈴にはその攻撃を避けられる筈もなかった。
美鈴が咄嗟に防御の体勢をとった瞬間に特大の火炎放射に呑み込まれる。
そう、龍也の狙いはこれにあったのだ。
大技を普通に放っても簡単に避けられてしまう。
ならば避けられない状況で放てばいい。
移動中、攻撃中など。
今回は一歩間違えれば攻撃出来ずに美鈴の攻撃を受けてしまう事になるからも知れなったが、成功した。
龍也の放った最大限の一撃。
並大抵の相手ならばこれで終わっていただろう。
並大抵の相手ならば。
「今の一撃……本当に見事でしたよ」
美鈴は飲み込まれた炎の中から脱出したのと同時にそう口にする。
炎の中から出て来た美鈴は服が少々焦げているだけで大したダメージがある様には見えない。
目で見た美鈴様子から、
「ほぼノーダメージかよ……」
龍也は殆どダメージが無いと愚痴る。
今ので倒し切れるとは思ってはいなかったが、ここまでダメージが無いと流石にショックが大きい。
ショックを感じつつも、龍也は何か仕掛けがあるのではないかと考え始める。
その時、ふと龍也の頭に美鈴の能力が過ぎる。
美鈴の能力を考えつつ、
「……気による障壁か何かを張ったのか?」
気による障壁で自分の攻撃を防いだのかと問うと、
「正解です。流石にあれだけの熱量を持った物をそのまま受ける気はありませんから」
美鈴はそれを肯定した。
同時に、分かった事がある。
今の攻撃が直撃さえすればそれなりのダメージが期待できるという事だ。
だが、その攻撃を直撃させるまでが問題である。
今ので龍也の炎に対する美鈴の警戒度を更に上げてしまった。
普通に放っては直撃させる事はほぼ不可能。
超至近距離で撃ち込まねば直撃はしないであろう。
しかし、美鈴も龍也を易々とそこまで近づかせる気はあるだろうか。
答えは否である。
龍也が美鈴の懐に入る前に迎撃されてしまうであろう。
何か良い方法はないかと龍也が考えを張り巡らせている間に、美鈴は龍也との距離を詰めて正拳付きを放つ。
「くっ!!」
考える時間もくれないのかと龍也は思いつつ、腕を交差して美鈴の正拳突きを防御する。
防御には成功したものの、正拳突きを受け止めた衝撃で龍也は後ろへと飛ばされてしまう。
そこから美鈴の連続攻撃が始まる。
龍也に反撃を許さないと言わんばかりの攻撃の数々。
直撃こそしていないものの龍也の体力はどんどんと削られていき、防御している腕にも力が入らなくなっていく。
龍也の様子からそれを知った美鈴は、
「はあ!!」
龍也の両腕を弾く。
腕を大きく開かされ、龍也の胴体はがら空きとなる。
「しまっ!!」
「遅い!!」
美鈴は直ぐさま反転し、背中を勢い良く龍也に叩き付けた。
鉄山靠と言われる技だ。
「がっ!!」
龍也は口から空気が吐き出されたのと同時に吹っ飛んで行き、地面に落ちて転がっていく。
そして地面を何度も転がった後にようやく止まる。
「はぁ、はぁ……ぐ……うぅぅ……」
止まったと同時に龍也は両手両足を使って何とか立ち上がろうとした。
「まだ……立ち上がりますか」
美鈴は龍也に近付きながらそう口にする。
今の一撃で決める積りで美鈴は攻撃を放った。
だが、龍也は気を失わず立ち上がろうとしている。
その事に美鈴は感嘆していた。
そして、龍也が完全に立ち上がったのと同時に
「……続けますか?」
続けるかどうか声を掛ける。
「当たり前だろ……俺は、まだ……戦えるぜ……」
龍也は息絶え絶えの状態ではあるが、続けると言う旨を伝えた。
「……分かりました」
龍也の信念と言うべきもの感じた美鈴は駆ける。
美鈴が自分に迫って来る動作が龍也の目にはやけに遅く見えた。
格闘戦は美鈴の方が上。
弾幕を張ったところで美鈴はそれを掻い潜って来るだろう。
今の状態で美鈴の攻撃を受けたら自分は負ける。
龍也の頭にそんな事が過ぎりつつも、龍也は思う。
勝ちたいと。
同時に今、何が欲しいのか考える。
勝つためには何が必要のかを。
相手に攻撃を与えるのに何が必要かを。
その時、
「…………速さ」
速さと言う単語が龍也の口から漏れた。
そして渇望した。
相手が反応しきれないような風の様な速さを。
龍也はそれが欲しいと思った。
強く。
魂の奥底から。
「これで……終わりです!!」
美鈴が龍也の目の前に来て攻撃を放とうとした瞬間、龍也の目の前の光景が変わる。
龍也の目には、
大きな白い虎が雄叫びを上げている姿が映っていた。
「ッ!?」
龍也に攻撃を放とうとした美鈴の腹部に強い衝撃が走る。
その衝撃に美鈴が気付いた時には既に吹き飛ばされていた。
吹き飛ばされた事を美鈴が認識したのと同時に慌てて体勢を立て直し、龍也の方を見ると、
「な……」
美鈴は驚きの表情を浮かべていた。
何故ならば、龍也の姿が変わっていたからだ。
変わったと言っても劇的な変化と言う訳でもない。
龍也の瞳の色が紅から翠に変わって翠の瞳が輝きを発し、腕と脚に風を纏っている。
変わったと言うのこれだけだ。
先程まで龍也が扱っていた力が炎から風に変化した事で、
「……まさか!?」
美鈴はある可能性を思い付く。
新たな能力に目覚めたと言う可能性を。
だが、
「いや、違う……」
直ぐに違うと美鈴はその可能性を否定する。
龍也の発した『俺自身も自分の能力が今一わかってなくてさ。炎は俺の能力の一部だと思うぜ』と言う言葉を思い出したからだ。
その言葉をそのまま受け取るなら、あの炎は龍也の能力の一部。
ならば、今龍也が纏っている風も龍也の大元の能力の一部である可能性が非常に高い。
そこで、何故今まで使わなかったと言う疑問が美鈴の頭に浮かんだ瞬間に、
「何故、今まで使わなかっ……ッ!! まさか……今、使える様になった……?」
今まで使わなかったのではなく今使える様になったと言う考えに至り、思う。
戦いの中で成長する者もいる。
戦いの中で何かを掴む者いる。
追い込まれて動きのよくなる者もいる。
ギリギリの状態になって潜在能力が漏れ出す者もいる。
目の前の相手、龍也はこれらに該当する者でないかと。
美鈴がそこまで思ったのと同時に
「消えた!?」
龍也の姿が消えていた。
何所にと美鈴が思った瞬間、
「ッ!!」
反射的に右腕を立てる。
そのタイミングで龍也の蹴りが美鈴の右腕に命中し、美鈴は吹っ飛んで行く。
「威力が上がってる!?」
吹き飛んだ体勢のまま美鈴は驚愕する。
龍也の攻撃力が大幅に上がった事に。
風の力を加味したとしても、威力が上がり過ぎている。
まるで、
成長した。
強くなった。
壁を超えた
限界を超えた。
そんな言葉が似合う様に。
美鈴はそんな事を思ったが直ぐに現状を思い出して体勢を立て直すと、
「ッ!?」
何時の間にか目の前に迫って来ていた龍也が拳を振り被っている姿が美鈴の目に映った。
スピードも桁違いに上がっていると思いつつ美鈴は咄嗟に腕を交差すると、そのタイミングで龍也の拳が美鈴の腕に当たる。
何とか防御が間に合ったと美鈴が安堵した瞬間、
「ッ!?」
龍也の腕に纏っている風が突風となって美鈴に襲い掛かり、美鈴は再び吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされている中、美鈴は無理矢理体を動かして地に両足を着け、減速していく。
そして完全に止まると周囲を見渡し、
「門の近くまで飛ばされるとは……」
自分が門の近くにまで飛ばされたのだと認識する。
戦闘中色々と移動していたが、再び紅魔館の門の所まで戻って来た様だ。
周囲から目を離し、美鈴が正面に目を向けると直ぐ近くにまで迫って来ていた龍也が蹴りを放って来ている様子が見て取れた。
美鈴はその蹴りを跳躍する事で避け、カウンター気味に飛び蹴りを放つ。
その蹴りを龍也が腕で防御すると、
「ッ!? 弾かれた!?」
美鈴が龍也の腕に纏っている風に弾き飛ばされてしまう。
「蹴り飛ばす積りで放ったのにこれか……」
美鈴は生半可の攻撃ではあの両腕両足に纏わされている風に弾かれてしまうなと推察し、地に足を着けると、
「ッ!?」
目の前に龍也の拳が迫って来ていた。
その拳を何とか回避したのを合図にしたかの様に龍也の拳が連続して振るわれる。
美鈴はそれを直撃しない様に防ぐので精一杯だ。
だが、防ぐのにも限界が来て、
「がっ!!」
龍也の攻撃を胴体に受けて吹き飛んでしまう。
直ぐに体勢を立て直そうとしたところで、
「ぐっ!!」
美鈴の背中に何かが当たり、吹き飛びが止まる。
何が当たったんだと思い、顔を後ろに向けると紅魔館の門が目に映った。
その後、直ぐに正面に顔を戻すと龍也の姿が目に映る。
背水の陣とはこの事かなと美鈴は思いつつ構えを取り、目を凝らして龍也の動きを見逃さない様にする。
カウンターを狙う為だ。
相手が攻撃をしてきた一瞬の隙を狙う。
そのチャンスを逃さない様に美鈴が集中していると、龍也が動いた。
大地を駆け、右腕を後ろに引きながら美鈴に迫っていく。
龍也のスピードから後どれ位で自分の間合いに入るかを美鈴が計算していると、
「ッ!?」
龍也が突如大幅に加速する。
何事だと美鈴は思ったが、龍也の体中から大量に溢れ出ている青白い光を見て直ぐに疑問が氷解した。
あの青白い光は霊力。
霊力を解放して自身の基本能力を大幅に上げたのだ。
ならば自分も妖力を解放して対抗すべきかと美鈴は考えた時には、
「ッ!?」
龍也は美鈴の間合いに入っていた。
妖力の解放は諦め、間に合うかと思いつつ美鈴は反射的に龍也の顔面に拳を放つ。
美鈴が放った拳は龍也の顔面に向っていく。
龍也が避ける動作をしなかった為、美鈴は当たったと思ったが、
「……え?」
美鈴の拳は空を切るだけに終わった。
その時、美鈴は何かを感じて視線を下げる。
すると、そこには右手の掌に風の塊を生み出している龍也がいた。
その風の塊を見てマズイと美鈴が思った瞬間に、それは美鈴の胴体に叩き込まれ、
「ッ!?」
炸裂する。
その瞬間、美鈴は背後にあった門を巻き込みなが紅魔館の中庭まで吹き飛ばされた。
美鈴が吹き飛ばされたと同時に輝いていた龍也の瞳から輝きが消え、翠の瞳になる。
そのタイミングで龍也の体中から解放されていた霊力が止む。
自分の体に何が起こったのかを確認し様と思ったが、先に美鈴がどうなっかを確認する事にした。
美鈴が吹っ飛んで行った方に歩いて行くと、瓦礫の上に倒れている美鈴の姿を発見する。
近付き、耳を済ませてみれば呼吸音が聞こえる。
気絶しているだけの様だ。
その事にホッと龍也が息を吐き、龍也はジッと自分の掌を見て意識を集中させていく。
すると、龍也の瞳の色が翠から紅に変わって掌から炎が生み出される。
炎が生み出された事を確認し終えると、龍也は一旦炎を消して再度意識を集中させていく。
今度は龍也の瞳の色が紅から翠に戻り、掌に超小型の竜巻が生み出される。
それを確認した後、風の力が使える様になったけど炎の力が使えなくなったら如何し様かと思った事は杞憂だったなと思いつつ竜巻を消して少し体を動かすと、
「……まただ」
自分の身体能力がまた上がっている事を龍也は認識する。
更には美鈴との戦いで受けたダメージも殆ど回復していた。
「それに、あの時……」
美鈴との戦いで追い込まれた時、龍也の体中から力と言う力が溢れ出て来た。
誰にも負けないんじゃないかと思える程の力が。
力が溢れ出て来た時点で龍也の意識は半分以上なく、反射で戦っていた様な感覚を龍也は感じていた。
だが、それでも龍也は勝利をその手に掴んだ。
自分が勝ったと言う事を龍也は改めて認識しつつ、あの時の力を出してみ様と集中してみるが、
「……そう上手くはいかないか」
あの時のような力は湧き上がってこなかった。
少しガッカリした後、龍也は両腕両脚に風を纏わせて少し集中すると両腕両脚に纏わせていた風は四散し、龍也の瞳の色が翠から黒に戻る。
その状態で何をし様と炎も風も生まれなかった。
それを確認し終わった後、龍也は再び集中すると瞳の色が黒から紅に変わる。
また集中すると今度は瞳の色が紅から翠に変化し、またまた集中すると瞳の色が翠から黒に戻っていく。
その後、少し体を動かして、
「……力の切り替え問題なく出来るな」
そう呟いた。
何の能力も使えない状態が普段の自分なのかと思いつつ、
「俺の能力は"炎と風を操る程度の能力"? でも、何か違う気がするなぁ……」
自分の能力を考えてみるが、答えは出そうにない。
出ないのなら仕方が無い割り切って龍也は紅魔館に目を向ける。
中庭まで来たから紅魔館の姿がよく見えた。
分かったか事は名前の通り紅いと言う事。
これでもかって位に紅いと言う事。
この位であろうか。
よくここまで紅くしたなと龍也は思いつつ、
「よし、行くか!!」
気合を入れ直し、紅魔館の中に入って行った。
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