紅魔館の扉を開け、龍也は紅魔館の中に入る。
中に入った龍也は周囲を見渡し、
「紅いな……」
ポツリとそう感想を漏らす。
全部が全部……と言う訳ではないが、この紅魔館の色合いは紅が大多数を占めていた。
紅でない部分は部屋へと続くドアや階段に鎧や壺、絵画と言った置物や絵と非常に少ない。
レミリア・スカーレットと言うのは紅が好きなのかなと龍也は思いつつ、もう一度周囲を見渡した瞬間、
「……廊下の先が見えねぇ」
廊下の先が見えない事に気付く。
どれだけ広いんだと思いつつ、
「これだけ広いと、闇雲に探しても無駄に時間を喰うだけだな」
龍也は闇雲に探しても時間の無駄だなと判断する。
ならば、どうすれば良いか。
答えは簡単だ。
何所を探すかをある程度決めれば良い。
なので、龍也は探す場所をある程度固定する為にレミリア・スカーレットが何所に居るか考え始める。
考え始めて少しすると、
「…………こう言う場合、主って言うのは最上階か最下層にいるものだよな」
龍也は最上階か最下層に居るのではないかと言う推察を行う。
合っているかは分からないが、闇雲に探すよりはマシだと結論付け、
「次は……上か下かどっちから調べるかだが……」
次に最上階か最下層のどちらから調べ始めるかを龍也は思案し始めた。
そして、
「……上から探し始めるか」
上の部屋から探していく事を決め、龍也は正面に見えている階段を使って上の階へと進んで行く。
上の階に上がった龍也は次の階へと続く階段を探す為に歩き回る。
歩き回り始めてから少しすると、それなりの数の妖精が現れた。
その妖精は森で襲ってきた妖精とは違い、メイド服を着ている。
この館のメイドであろうか。
これだけ広い館ならメイドが居ても不思議じゃないなと龍也が思っていると、
「うお！？」
妖精達が弾幕を放って来た。
行き成り攻撃を放たれた事に龍也は驚いたものの、直ぐに回避行動を取って距離を取る。
今の自分は侵入者なのでこの妖精メイドの襲撃を受けているのかと考え、この妖精メイドが放つ弾幕の量、密度、弾速は今まで出て来た妖精よりも上だと龍也は感じていた。
先に進めば進む程に妖精は強くなっていくのか龍也は思いつつ、折角なので風の力のテストをし様と考え、自身の力を変える。
風の力へと。
すると龍也の瞳の色が黒から翠へと変わり、両腕両脚に風が纏わされる。
力の変換が完了したの同時に龍也は少し体を動かし、
「美鈴と戦った時は半分以上意識がなかったからな……ちゃんと出来る事を知っておかないとな」
そう呟いて妖精達の方へ向き直ると、妖精達が弾幕を一斉に放って来た。
迫って来ている弾幕を見据えながら、龍也は自分と弾幕の射線上に左腕を持っていく。
そして弾幕が左腕に纏っている風に当たると、弾幕が弾かれる。
弾かれた弾幕を見て、
「思った通り、これは盾にもなるんだな」
龍也は思った通りと言う事を呟く。
龍也が纏っている風は盾になると言うある程度の確信を得ていたのには理由がある。
ぼんやりとではあるが、これで美鈴の攻撃を防いだ記憶が在ったからだ。
流石に強力な攻撃なら破られるであろうが妖精が放つ弾幕なら普通に弾けるなと龍也が思っている間に、
「おっと……」
第二射が妖精達から放たれて来た。
放たれた弾幕を見据えながら龍也は右手の掌に風を集め、一気に突き出す。
すると、そこから小型の竜巻が放たれる。
それに巻き込まれた弾幕や妖精が吹き飛んでいく。
その様子を見ながら、
「これも炎の力と同じで形を結構自由に出来るんだな……」
風の力も炎の力と同じ様に形を自由に変えられると言う確信を得る。
これならば、突風や風の刃といったものも生み出したりする事も可能そうだ。
「今ので結構吹っ飛んだ様だけど……」
今の竜巻で吹き飛ばなかった妖精メイドに龍也が目を向けると、残った妖精メイド達は一斉に弾幕を放って来た。
「根性あるなぁ……」
龍也はそんな事を口にしつつ、迫って来ている弾幕を拳や足で迎撃していく。
その時、龍也はある事に二つ気付いた。
一つ目は拳撃や蹴りの威力が上がっている事。
これは腕や脚に纏っている風が拳撃や蹴りの威力を底上げしているのだろう。
二つ目は攻撃速度……拳撃や蹴り放つ速度が大きく上がっている事。
この分なら通常のスピードも大きく上がっている事だろうと龍也が想い始めた時、
「…………あれ？」
何時の間にか妖精達が居なくなっていた。
少し当たりを見渡すと、先程の竜巻で遠くにまで吹き飛ばなかった妖精が気絶している様子が見て取れた。
逃げたのかなと思いつつ、龍也は力を消す。
すると、両腕両脚に纏っている風が四散して瞳の色が翠から黒に戻る。
力を消し終えた後、手を握ったり開いたりしながら、
「もう少し、力の変換を早くしたいな……」
そんな事を呟き、再び足を進めて行く。
「やっと見付けた……」
あれから一時間以上歩き続けて龍也は漸く次の階へと続く階段を見付けた。
やっと見付かったと安堵するの同時に龍也は思う。
幾ら何でもこの館、広過ぎないかと。
歩いてる途中で迷ったり妖精メイドの襲撃を受けたりはしたが、それでも階段一つを見付けるのに一時間以上も掛かるであろうか。
「それだけこの館が広いって事か？ いや、でも紅魔館の外観からここまで広くなかった様な……」
龍也はそう言いながら紅魔館の全体像を思い出そうとするが、
「……駄目だ、思い出せない」
思い出せなかった。
こんな事ならもっとしっかりと見て置けば良かったと龍也は思ったが既に後の祭り。
これ以上紅魔館の大きさを考えても仕方がないと思い、龍也は気持ちを入れ替えて階段を上って行く。
階段を上りきった後、周囲を見渡す。
見渡した結果、
「うへー……」
龍也の目には長い廊下が映った。
またかと思いつつ、龍也は右側に見える廊下の方から調べる為に足を進める。
歩きながらこの階も廊下も長いな思いながら龍也は周囲を伺っていく。
部屋へと繋がるであろうドアが見付かるだけで変わった物は特に見付かりはしない。
この辺りは前の階と同じだ。
「若しかして……紅魔館って部屋の数は百処か千を超えてるんじゃないのか？」
そんな推論を思い浮かべながら歩いて行くと、左側の方に通路があるのを発見する。
このまま真っ直ぐ行くか曲がるか龍也は少し考え、
「……曲がるか」
曲がる方を選んだ。
曲がる方を選んだ理由は何て事はない。
只の勘だ。
自分の勘が合ってるのか合ってないのかを確かめる意味合いも籠めて曲がる。
曲がった先には、
「お……」
今までの道よりも幅が広く、天井が高い廊下が龍也の目に映った。
これは当たりかなと龍也は思いながら足を進めて行く。
周囲を見ると、部屋へと続くであろうドアが幾つも見受けられる。
この辺りは今までの廊下と変わらない様だ。
そんな事を思いつつ、周囲を見渡しながら歩いて行くと、
「あら、侵入者？」
侵入者かと問う様な声が聞こえて来た。
声が聞こえて来た方に龍也は顔を向ける。
龍也が顔を向けた先には銀色の髪を肩口付近で揃え、メイド服を着た少女が立っていた。
「……あんた、ここのメイドか？」
十中八九そうであろうが、龍也は一応ここのメイドであるかを尋ねてみる。
「ええ。紅魔館のメイド長をしております十六夜咲夜と申します」
そう言ってメイド……咲夜は自己紹介をしながらスカートの端を摘みお辞儀をした。
「俺は四神龍也だ」
自己紹介をされたからか、龍也も自分の名を名乗る。
「四神龍也ね。貴方が紅魔館に侵入した目的は？」
龍也の名前を口にし、咲夜が龍也に紅魔館にやって来た目的を問うて来たので、
「レミリア・スカーレットに会う事だな」
尋ねられた事に龍也は正直に答えた。
「お嬢様に？」
「そ。この紅い霧を何とかしてほしくてね」
「成程……」
龍也が口にした紅い霧と言う単語を聞いて、納得した表情になる。
「で、ここをすんなり通してくれるかレミリア・スカーレットの所まで案内して欲しいんだが」
龍也が何もせずにここを通すなり案内なりして欲しいと言うが、
「無理ね」
バッサリと断られてしまう。
「だろうな」
断られる事はある程度は予想していたので龍也に落胆の色は無い。
「私の仕事には侵入者の排除も含まれてるの」
「そうかい」
結局力尽くかと龍也は思いながら構えを取る。
龍也に交戦の意志有りと見なし咲夜も構えを取り、
「まったく。唯でさえ多い私の仕事が増えるじゃない」
仕事が増えると言う愚痴を口にした。
「？ さっき下の階でメイド服を着た大量の妖精に襲われたんだが、メイド服を着てるって事はあんたの部下か何かだろ。幾らこの館広いと言っても
あれだけの数がいるんだ。あんたの仕事がそんなにあると思えないんだが……」
咲夜の愚痴を聞いた龍也はそんな疑問を口にすると、
「ああ、妖精メイドね。役に立たないわ」
妖精メイドは役に立たないと言う事を咲夜は口にする。
「え？」
「妖精は基本的に自分の事だけで精一杯。ついでに頭も悪いし。とてもじゃないけど他の世話をしたりする何てとてもとても……。中には
使えるのもいるけど……ねぇ……」
「……雇ってる意味……あるの？」
咲夜の話を聞き、龍也は妖精メイドを雇っている意味があるのかと聞く。
聞かれた事に、
「殆ど無いわね」
咲夜はハッキリ無いと口にした。
「……………………」
それを聞いて龍也は何とも言えない表情になる。
「妖精メイドに関しては今後に期待かしらね。それで、私としては貴方がこの館から出て行ってくれれば私の仕事が増えずに済むのだけど……」
龍也が大人しく紅魔館から出て行ってくれれば自分の仕事が増えずに済むと咲夜が言うが、
「それは、無理な相談だな」
龍也はそれは無理だと言う。
「でしょうね」
龍也がそれは無理だと言った瞬間、咲夜一本のナイフを投擲する。
自身に向って迫って来るそれを龍也は身を屈めて避け、床を駆けて行く。
同時に、自身の力を変える。
炎の力へと。
すると、龍也の瞳の色が黒から紅に変わる。
力の変換が完了したの同時に咲夜が自分の間合いに入ったので龍也は両手から炎の大剣を生み出し、それを振るう。
振るわれた炎の大剣を咲夜は後ろに跳ぶ事で回避し、無数のナイフを龍也へと投擲する。
飛んで来た無数のナイフを見た龍也は炎の大剣を二本の炎の剣にし、それを使ってナイフを斬り払っていく。
斬り払われていくナイフを見て、咲夜は普通に投擲しても効果なしと判断してナイフの投擲を止める。
咲夜がナイフの投擲を止めた数秒後に龍也に飛来するナイフが止む。
飛来するナイフが止むと龍也は咲夜の方を見て、
「これで終わりか？」
これで終わりかと問う。
その問いに対し、
「まさか」
咲夜はそう返してナイフを天井、壁、床に投擲する。
咲夜が自分ではなく天井、壁、床にナイフを投擲した事に龍也は疑問を覚えたが、その疑問は直ぐに解消する事になった。
何故ならば天井、壁、床にぶつかったナイフが跳ね返って龍也の方に向かって来たからだ。
跳弾ならぬ跳ナイフである。
そんな芸当を行った咲夜に龍也は驚くも、咄嗟に後ろに跳んでそのナイフを避けていく。
避けれた事に龍也が安堵した瞬間、
「ッ！！」
咲夜が龍也目掛けてナイフを投擲して来た。
どうやら、龍也が後ろに跳んだ瞬間に投擲してきた様だ。
真正面から迫って来るナイフを防ぐ為に龍也は両手に持っている炎の剣の柄の部分を合わせて回転させ、炎の盾を創る。
それに激突したナイフは次々と弾かれていった。
飛んで来たナイフを防いだのを確認したの同時に龍也が炎の盾を二本の炎の剣に戻して床に足を着けた時、
「ッ！！」
先程避けたナイフがまた跳ね返って自分に迫って来ているのに龍也は気付く。
炎の剣を使って迎撃は間に合わないと判断した龍也は無理矢理体を動かしてナイフを避け様とする。
「痛ッ！？」
無理に体を動かしたお陰か、ナイフは直撃ではなく掠るだけに終わった。
走る痛みからそこまで深く斬られた訳ではないと龍也は思いつつ、
「ナイフを跳ねさせるとか……凄い技持ってるじゃねえか」
そんな軽口を叩く。
「お褒めに預かり光栄ですわ」
咲夜はそう返し、無数のナイフを投擲する。
今度は距離があったので龍也は右手の炎の剣を消し、右手から炎の弾幕を張ってナイフを迎撃していく。
その時爆煙が生まれるが咲夜はその爆煙に紛れて龍也に近付き、接近戦を仕掛ける。
咲夜の接近に気付いた龍也が左手の炎の剣を振るう。
それと同じタイミングで咲夜はナイフを振るった事で、炎の剣とナイフが激突する。
左手の炎の剣でナイフを抑えてる間に龍也は右手から炎の剣を生み出し、咲夜目掛けて振り下ろす。
振るわれた炎の剣を咲夜は後ろに跳んで避け、龍也が炎の剣を振り切った直後に再び近付いてナイフを振るう。
龍也は咲夜が振るったナイフを迎え撃つ様にして炎の剣を振るった。
そして、炎の剣とナイフが激突する。
炎の剣とナイフが激突した瞬間、二人は自分の得物を離して再度激突させた。
互いの得物を何度も激突させると言う行為を、龍也と咲夜は何十回と繰り返していく。
「最近のメイドさんは強いな、おい！！」
「あら、メイドは今も昔も強いんですよ」
「そうかい！！」
斬り結びながらそんな会話をする龍也と咲夜。
咲夜は余裕がある表情なのだが、龍也の表情に余裕は無かった。
何故ならば、夜の方が速いからだ。
斬り結んで最初の頃は龍也も攻撃を与える為に炎の剣を振るっていたのだが、今では自分の身を守る為に振るっている。
そうしなければ、咲夜のナイフは確実に龍也の体を捉えてしまうからだ。
何時までこの斬り合いが続くかと思われたその時、斬り合いは唐突に終わりを見せ始める。
咲夜の振るったナイフを龍也が炎の剣で防いだのと同時に、咲夜はもう片方の手に持っているナイフを突き出した。
「ッ！？」
突き出されたナイフに龍也は反応し、咄嗟に体を動かす。
「痛ッ！！」
体を動かした事でナイフは掠っただけで済んだものの、斬り結んでいる最中に体を動かしたせいか、龍也の体勢が崩れてしまう。
体勢の崩れた瞬間を狙い済ました様にして咲夜が龍也の胴体に蹴りを放つ。
「がっ！！」
咲夜の蹴りをまともに受けた龍也は後方へと吹っ飛んでいく。
龍也は吹き飛んでいる最中に地面に手を着けて減速し、直ぐさま体勢を立て直して床に足を着けて完全に止まる。
完全に止まったのと同時に龍也は顔を上げて咲夜の方を見ると、ナイフを投擲する体勢に入っている咲夜の姿が目に映った。
だが、咲夜がナイフを投擲する体勢に入っているのなら好都合。
蹴り飛ばされたせいで龍也と咲夜の距離は離れたので、力を変える余裕があるからだ。
咲夜がナイフを投擲する直前に龍也は意識を集中させ、自身の力を変える。
炎の力から風の力へと。
自身の力を変えた瞬間、龍也の瞳の色が紅から翠へ変わる。
同時に二本の炎の剣が消失して龍也の両腕両脚に風が纏わさられた状態になると、咲夜が投擲したナイフは二人の中間地点にまで来ていた。
自身に向けて迫って来るナイフに龍也は右手を向け、そこから突風を放つ。
突風に当てられたナイフは失速して墜落するか、あらぬ方向へ飛んで行く。
「風！？」
龍也が突風を放った事に対し、咲夜は驚きの声を上げる。
目の前の相手、龍也の力は炎に関係する能力だと思っていたからだ。
咲夜が驚いている間に龍也は床を駆けて咲夜に迫る。
先程とは比べ物にならないスピードで。
そう、龍也が自分の力を風の力に変えた一番の理由はそれだ。
速さは咲夜の方が上回っている。
ならば、自分の速さを上げてやれば良いと言う考えの下に風の力を使ったのだ。
そんな龍也の考えは成功した様で、
「ッ！？」
跳ね上がった龍也のスピードに咲夜が驚愕の表情を浮かべている。
そんな咲夜の表情を見て、チャンスだと思いつつ龍也は距離を詰めていく。
懐付近にまで龍也が近付いて来た事で現状を思い出した咲夜は咄嗟に後ろに跳んで距離を取ろうとする。
しかし、直ぐに龍也は離れた咲夜との距離を詰めて拳を振り抜く。
咲夜は反射的に腕を交差さて防御の体勢を取る。
「ぐっ！？」
腕を交差させたお陰で直撃は避けれたものの、咲夜は後方へと飛ばされてしまう。
だが、直ぐに床に足を着けて減速していく。
完全に止まると咲夜は顔を上げ、
「貴方……能力を二つ持っているの？」
能力を二つ持っているのかと尋ねる。
「いや、おそらく炎も風も俺の大本の能力の一部だと思うぜ。もっとも、俺もまだ自分の能力についてよく解ってねぇんだけどな」
「そう」
龍也の返答を聞き、咲夜は考えを張り巡らせていく。
自分の能力の様に色々と応用性があるのか、それとも今の発言は嘘なのかと。
もし、嘘であるのなら龍也は能力を二つ持っている事になる。
能力が二つある何て聞いた事がないと思いつつ、
「……これ以上考えても無意味ね」
思考を打ち切り、気持ちを切り替える様に改めて龍也の方に視線を移す。
「確かに、今の貴方は速い。だけど……」
「だけど？」
「私には止まっていると同じ」
「本当か？」
咲夜の発言が本当かどうかを龍也は尋ね返すと、
「ええ、本当よ」
咲夜はそれを肯定する。
その瞬間、
「ッ！？」
龍也の目の前に無数のナイフが迫って来ていた。
そう、迫って来ていたのだ。
つまり、龍也には咲夜がナイフを投擲した瞬間が見えなかったと言う事。
咲夜の動きが全く見えなかった事に龍也は驚くも反射的に上半身を後ろに倒し、飛んで来たナイフを避ける。
あのまま棒立ちで立っていたら串刺しになってしまっていたであろう。
飛んで行ったナイフを目に入れつつ上半身を戻すと、龍也の目の前には咲夜が迫って来ていた。
龍也は咄嗟に風を纏った腕を盾にすると、咲夜はそこに向かってナイフを突き出す。
風に阻まれて龍也の腕にナイフは突き刺さらなかったものの、
「思ってたよりも風力があるわね」
咲夜が力を力を籠めた為、龍也の腕にナイフがジワジワと近づいていく。
ナイフが近付いて来てる事に気付いた龍也は後ろに跳んでナイフから逃れる。
咲夜の姿を視界から外さない様に。
が、
「なっ！？」
咲夜は消えた。
一瞬たりとも目を放していないと言うのに。
全く反応出来ない速度で動かれたのかと龍也は思っていると、不意に背後から気配を感じた。
背後に体を向けた龍也の目には、
「ッ！！」
咲夜が斬り掛かろうとしている姿が映る。
龍也は慌てて腕を盾にする様に動かすと、
「……チッ」
咲夜が振るったナイフがそこに激突した。
このままでは先程の焼き回しなると感じた龍也はナイフと激突している風を炸裂させる。
すると、
「くっ！！」
「きゃっ！！」
二人は弾かる様にして吹き飛ばされてしまった。
少々強引な方法であったが、龍也と咲夜の距離は離れる事となる。
距離が離れると同時に龍也は体勢を立て直して右手を手刀の形にし、腕を振るって風の刃を飛ばす。
咲夜は風の刃を龍也の反対方向を目指すように跳躍する事で回避し、龍也の頭上辺りに差し掛かると同時に咲夜はナイフを投擲する。
「くっ！！」
龍也は飛び込み前転を行ってナイフを回避し、前転が終わるのと同時に反転して炸裂させた風を纏い直す。
それと同じタイミングで咲夜は着地していた。
仕掛けて来るかと龍也は思ったが、咲夜は動かずに龍也の様子を伺うだけ。
「………………………………」
咲夜を視界内から逃さない様にしながら龍也は考えを張り巡らせる。
一瞬で現れたナイフ。
一瞬で消えた咲夜。
風の力を使ってる龍也のスピードは大きく上がっている。
だと言うのに、龍也は咲夜の動きを全く捕らえる事が出来なかった。
今の自分を遥かに凌駕するスピードの持ち主。
そんな言葉が龍也の頭を過ぎる。
更にはナイフの投擲速度。
さっきのナイフには偶々反応出来た。
「……ん？」
そこまで考え、龍也は疑問を覚える。
偶々反応出来たと言う言葉に。
ナイフを投擲した瞬間と自身にナイフが向って来ているのは全く見えなかったと言うのに、飛んで行ったナイフは十分追えた。
この矛盾。
そこで一つの可能性に思い至る。
咲夜の能力は時間を操る能力ではないのかと言う可能性を。
その可能性が合っているかどうかを確認する為に、
「なぁ……」
「何？」
「あんたの能力……時間を操れたりとかそう言った類のものか？」
咲夜に能力が時間を操る能力なのかを尋ねる。
「ッ！！ ご名答です」
咲夜は驚いた表情をしながら肯定の言葉を口にした。
咲夜の肯定の言葉を聞いて、龍也はやっぱりかと内心で呟く。
「参考までに、どうして私の能力に気付いたか聞いても？」
「ナイフだよ」
「ナイフ？」
咲夜が思わず首を傾げたからか、
「最初に時間を止めたと思わしき場面でナイフは俺の目の前に来ていた。それにはまったく反応が出来なかった。だと言うのに、
避けて飛んで行ったナイフを見ると十分追えた。減速するにしても早過ぎる。だからだよ」
龍也は咲夜の能力に気付いた理由を口にする。
「成程……」
咲夜は納得した表情になり、龍也に目を向ける。
それに返す様にして龍也も咲夜に目を向け返す。
二人の視線がぶつかり合い、睨み合いの状態になる。
何時までこの睨み合いが続くかと思われた刹那、
「……しっ！！」
咲夜は龍也に向かって無数のナイフを投擲した。
迫って来たそれを龍也は右手から突風を放って撃ち落とす。
ナイフを撃ち落とした瞬間、咲夜の姿は消え、
「ッ！？」
咲夜は龍也の背後に密着した状態で現れ、ナイフを龍也の首に突き立て様と動かして来た。
それに気付いた龍也はナイフを左手で咄嗟に掴み上げる。
「痛ッ！！」
ナイフを素手で掴んだせいで龍也の関節から血が流れ落ちた。
素手でナイフを掴むと思わなかったからか、咲夜は驚いて一瞬動きを止めてしまう。
その隙を突く様にして龍也は咲夜に肘打ちを叩き込む。
「くっ！？」
肘打ちを叩き込まれた咲夜はナイフを離し後ろに下がる。
龍也は左手に掴んだナイフを投げ捨て、咲也の方を向く。
その時、少しナイフを強く握り過ぎたかと思いながら左手を握ったり開いたりする。
握ったり開いたりする時には痛みが走るが、それ程強い痛みと言う訳でもない。
何もしてなくても血は流れ落ちるがこの程度のなら直ぐ止まるだろうと龍也は思い、問題無しと判断する。
そして、咲夜を視界を入れながら構えを取ろうとしたところで、
「……ん？」
何か違和感を覚えた。
少し探っていくと、直ぐに自分が違和感を覚えた原因に行き着く。
何故咲夜は攻撃を受ける時に時間を止めて逃げなかったのかと言う事と、時間を止めている間に攻撃を加えなかったのかと言う事にだ。
前者は咄嗟の事で反応出来なかったと言う事で説明は着くが、後者は説明が着かない。
この事を少し思案していると、ある考えが龍也の頭を過ぎる。
これが合っているかを確認する為に、
「……なぁ？」
「何？」
「時間を止めている間は俺を傷付ける事が出来ず、時間を止め再び動かし、また時間を止める為にはある程度のインターバルが必要で、
時間を止めている間はお前から一定の範囲内は時間が止まらないんじゃないのか？」
龍也が頭に過ぎった事を口にすると、
「ッ！？」
咲夜は驚いた表情を浮かべた。
その表情から、
「その反応……図星と取るぜ」
自分の頭に過ぎった事は当たっていると龍也は推測する。
だとしたらまだ突け入る隙があるだろう。
次に咲夜が時間が止めた後、そのインターバルが終わるまでに勝負を決め様と龍也が考えていると、
「……まだよ」
咲夜はポツリとそう呟く
「？」
咲夜が何時時間を止めるかを探っていた為、その呟きを聞き逃したなと龍也が思ったタイミングで、
「何も時間を止めるだけが私の全てじゃない！！」
そう言って咲夜は自分の周囲にナイフ投げる。
それは回転しながら咲夜の周囲に留まり、それ等は一斉に龍也へ向って飛んで行った。
今までとは比べ物にならない速度で。
「なっ！？」
予想を遥かに上回る速度で飛来するナイフに龍也は驚きの表情を浮かべつつも回避行動を取る。
だが、
「痛ッ！！」
完全には避け切れなかった様で龍也の右腕の二の腕部分を斬られてしまう。
この程度で済んで良かった思う時間も無く、ナイフは次々と龍也に襲い掛かる。
龍也はそれを後ろに下がり、体を傾けて避けていく。
が、正面から迫って来るものとは別に下から跳ねてきたナイフに龍也は気付く。
それを避ける為に回避先を探そうと龍也は一瞬動きを止めた瞬間、
「しまっ！！」
自分に向けて高速で飛来して来ているナイフの存在に気付き、それが避けれないと本能的に理解する。
動きを止めた事が攻撃を避けれなくなった原因だなと龍也は思いつつ、咄嗟に左腕を盾にする様に動かす。
飛来したナイフの一部は纏っている風に弾かれたが、
「ッ！！」
その風を抜いたり風が無い部分にと言った様に幾つものナイフが龍也の腕に突き刺さっていく。
更に、腕にナイフが突き刺さって怯んだ時に跳ねて来たナイフも避けれず右脚に直撃した時、
「が！？ ぎ……い、痛うぅぅ……」
左腕、右脚に激痛が走っている事を龍也は認識する。
今までに感じた事の無い程の痛みだ。
龍也は痛みに耐えながら刺さったナイフを一本一本抜き捨てていきながら思う。
自分は咲夜の力を見誤っていたと。
時間を止める能力だけではなく、ナイフの投擲技術と時間の両方に気を付けるべきであったと。
ナイフを全て抜いて床に捨てると、龍也は倒れない様に歯を食い縛りながら顔を上げる。
顔を上げた龍也の目には、
「な……に……」
咲夜は先程と比べ物にならない量のナイフを展開している様子が見て取れた。
今の脚の状態ではとてもじゃないが避けられない。
そんな龍也の事情なんて知った事じゃないと言わんばかりナイフは一斉に発射される。
避けれないと判断した龍也は咄嗟に身を屈め、急所を護ろうとする。
身を護る亀の様に。
ナイフを放ち終わった咲夜はこれで終わったと思った。
これが当ればこれ以上戦闘は出来ないだろうと。
そして、ナイフが龍也に当るその瞬間。
咲夜は龍也の姿が一瞬、巨大な亀になった様に見えた。
「……………………あれ？」
龍也は痛みがこない事を不思議がる。
咲夜が放ったナイフは全て自分に当った筈。
なのに全く痛みが来ず、
「…………ん？」
更には左腕、右脚に走っている痛みが弱くなっていく。
その事に龍也が疑問を覚えていると、
「貴方……何をしたの……」
咲夜が龍也に何をしたのかと問う。
「？」
咲夜のその言葉に反応し、龍也は辺りを見渡し自分の状況を確認する。
最初に目に付いたのは周囲に散らばっている血の付いたナイフと綺麗なナイフ。
血の付いた方は先程、龍也の腕や脚に刺さっていた物であろう。
なら、血の付いていない方のナイフは何であろうか。
咲夜が外したのかと龍也は一瞬考えたが、それでは咲夜のあの反応は説明が付かない。
答えが出そうに無いのでこれは保留にし様と龍也は考え、自分の身に起こった事を確認する為に視線を下げた時、
「な、治っていっている……」
自分の傷がどんどんと治っていっている事に気付く。
同時に纏っていた風が消え、腕から青白い光が勢い良く発せられている事にも気付いた。
よく見れば、その光は腕だけではなく全身から発せられている。
龍也はどう言う事だと思い、視線を動かすとナイフの刀身に映る自分の姿を見ると、
「目の色が……茶色になってる」
自分の瞳の色が茶になっている事に気付く。
その瞬間、
「ッ！？」
自分の内側から莫大な力が溢れて来るのを龍也は感じた。
同時に龍也の体中から発せられる青白い光は更に勢いを増し、茶色い瞳が輝き出す。
溢れ出る力を感じながら龍也は美鈴と戦った時と同じだと思い、本能的に理解する。
今の自分が何の力を使えて何が出来るのかと言う事を。
何もせず、棒立ちの状態の龍也を隙だらけと判断した咲夜はナイフを投擲する。
放たれ、命中したナイフは龍也の体に刺さらずに弾かれる様に床に落ちていく。
「弾いた！？ ……いや、違う。単純に刺さらなかった……」
自分の放ったナイフが刺さらなかった事を、咲夜は単純に硬くて刺さらなかったと判断する。
圧倒的な防御力。
それが今の状態の龍也の最も大きな利点なのだ。
龍也の防御力から普通に投擲しても意味が無いと咲夜は思い、
「なら！！」
斬鉄作用を付加させる様にして一本のナイフを投擲する。
そのナイフに対し、龍也はがした事は手を翳すだけ。
この儘では龍也の掌にナイフが刺さってしまう。
そう思われたその時、龍也に目の前に大きな亀の甲羅が出現し、咲夜の放ったナイフはそれに弾かれてしまった。
「そんな……」
自分が必勝の意味合いを籠めて投擲したナイフが容易く弾かれた事に咲夜が驚愕していると、龍也は亀の甲羅を消し、掌から大量の土を生み出す。
生み出された土は咲夜の足元まで向かい、
「な！？ これは！？」
固まる。
土が固まった事で咲夜の動きを完全に封じる事となったのだ。
「動くことが出来なければ時間を止めても意味無いだろ！！」
龍也はそう言う、駆ける。
動けなければ時間を止めての奇襲や逃走を心配しなくていい。
そんな考えがあるからか、龍也は真っ直ぐに咲夜を目指す。
そして二人の距離が狭まり、龍也が咲夜の間合いに入った瞬間、
「しっ！！」
咲夜は龍也に向けてナイフを突き出す。
そのナイフを龍也は左手で掴み取り、
「貰った！！」
咲夜の鳩尾に掌底を叩き込む。
「あ……」
掌打を叩き込まれた咲夜は意識を失い、そのまま前方に倒れ込んだ。
だが、完全に倒れ込む前に、
「おっと」
龍也が咲夜の腹部に左腕を回して支えた為、咲夜は床に身を預ける事はなかった。
勝負は決したと思った龍也が固めてた土を戻しところで、
「…………お？」
龍也の体中から溢れ出ていた青白い光が消え、瞳の輝きが消える。
同時に内側から……まるで魂の奥底から湧き上がって力の奔流も消えていた。
それを感じながら、そう言えば美鈴との戦いが終わった時にも力の奔流は消えていたなと龍也は思いつつ、力を消す。
すると、瞳の色が茶から黒に戻った。
そのタイミングで龍也は一息吐き、自分に体を預ける様にして気絶している咲夜の方を見て、
「……若しかして、人間？」
咲夜が人間ではないかと思い始める。
改めて咲夜の方を見ると、感じる気配と言うべき様なものが幽香や美鈴、チルノのものとは違うと言う事を龍也は感じた。
感覚的なものではあるが、おそらく間違ってはいないであろう。
幽香曰く、妖怪は非常に頑丈で妖精は自然のそのものと言う事なので美鈴やこれまでの道中で倒した妖精達はそのまま放置して来た。
だが、咲夜は人間だ。
このまま放置したのでは風邪とかを引いてしまうのではないだろうか。
そこまで考えた龍也は、
「はぁぁー……」
溜息を吐きながら咲夜を抱き上げ、周囲を見渡す。
すると近くにドアを発見したのでそこに近付き、ドアノブを捻って中に入って行く。
ドアの先には綺麗な部屋があり、ベッドも見られる。
龍也はそこに咲夜を寝かせ、咲夜に布団を掛けた後部屋から出て、
「……やっぱり甘いのかな、俺」
ポツリとそう呟いた。
少なくとも、敵である咲夜にここまでしてやる義理はない。
過去に路上で喧嘩を売られてそれを買い、相手を打ちのめした時はそのまま放置した。
相手が人間の女性であったから気を使ったのだろうか。
龍也はそんな事を思いつつ足を進める。
レミリア・スカーレットの居場所を求めて。
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