「ッ!?」

レミリアが突き出した手刀は龍也の肩を掠り、龍也の肩から血が噴出する。
レミリアとの戦いを続けている龍也だが、かなりの劣勢を強いられていた。
殆どノーダメージのレミリアに比べ、龍也は傷だらけ。
そして攻め続けているレミリアと違い、龍也は防戦するだけで精一杯。
龍也は防御に二本の炎の剣を使っているが、レミリアはそんなの関係無いと言わんばかりに己が爪を振っている。

「ぐう!!」

龍也は守りに入っているが、傷は増える一方だ。
それだけレミリアが強いと言う事である。

「チィ!!」

攻めなければ勝てないので龍也は何とか隙を見付けて攻撃を仕掛けるも、

「おっと」

容易く避けられてしまう。

「はぁ……はぁはぁ……」

おまけに龍也の息は切れて来ていると言うのに、レミリアの息は少しも切れていない。
レミリアのとってこの程度は軽い運動程度のものの様だ。

「まだ続ける?」

息も絶え絶えになっている龍也にレミリアはまだ続けるのかと問うと、

「とーぜん……だ!!」

続けると言う言葉を龍也は自身の口から発し、一旦左手の炎の剣を消す。
そして、レミリアに左手を向け、

「いけ!!」

大量の炎の弾幕を放つ。
迫って来る炎の弾幕をレミリアは空中に躍り出る事で避ける。
レミリアが空中に躍り出た瞬間、龍也は弾幕を放つのを止めてレミリアを追う様にして跳躍を行う。
炎の剣を振り被りながら。
レミリアが自分の間合いに入った瞬間に斬る積りの様だ。
回避した途端に突っ込まれては流石のレミリアも反応出来ない。
そう思われたが、

「甘い」

レミリアは確りと反応しており、龍也が跳躍した瞬間にレミリアは龍也へと頭から突っ込んで行く。

「がっ!?」

そのレミリアの行動に龍也は反応出来ず、レミリアの頭からの突撃をまともに喰らってしまう。
空中に出ていた龍也は床に叩き付けられてバウンドし、転がって行く。
因みに床に叩きつけられた衝撃で、右手の炎の剣が消失してしまった。
何回か転がって回転が止まると、龍也は両腕を使って立ち上がる。
そして、息を整えながら両手から炎の剣を生み出して構えを取った。
構えを取り、戦う意思を消さない龍也を見たレミリアは、

「ふふふ……」

思わず笑みを浮かべてしまう。
別に龍也が滑稽だったからではない。
感心したからだ。
ここまで実力差を見せ付けても立ち上がり、戦おうとする龍也の気概に。
おまけに龍也の目は恐怖や怯え、助けてくれと言う自身の救いを請う様な者の目ではない。
龍也がしているのは勝つと言う目。
龍也はここまでの実力差を見せ付けられても勝つ気なのだ。
そんな龍也の目を見て、レミリアは昔の事を思い出す。
ハンターや教会と言った者が自分を殺そうとしてきた時の事を。

ああいった連中はよくもまあ、飽きずに異種族の存在そのものを否定できるものだとレミリアは思った。
そう言った連中はやれ『悪魔め!!』だの、やれ『神の裁きを!!』だのと言った謳い文句を声高々に口にし、レミリアへと挑んでいく。
無論、挑んで来た連中にレミリアは文字通り実力差を見せ付けてやった。
その後の台詞は決まってこうだ。
『自分が悪かった』、『もうしない』、『命だけは助けてくれ』、『どうか慈悲を』等々。
揃いも揃って怯えた目をしながら命乞いをして来る。
命を奪いに来ておいて自分が殺されそうになると態度を変えて命乞い。
随分と調子の良い連中だとレミリアは思ったものだ。
助けてやるかどうかはその時の気分次第だったが。

少し昔の事を思い出した後、レミリアは改めて龍也の姿を見る。
龍也は自分の命を奪いに来たと言う訳ではないが、自分に挑んで来た。
そして、自分は龍也に実力差を見せ付けたと言うのに龍也は諦めも命乞いもしない。
それ処か、自分に勝とうとしている。

「ふふ……」

だから面白いとレミリアは思った。

「? さっきから何が可笑しい?」
「ごめんなさい。別に可笑しかった訳じゃないの」

だがら、

「ねぇ、龍也」

レミリア・スカーレットは、

「私のものにならない?」

四神龍也と言う存在を気に入ったのだ。

「………………は?」

対する龍也は何がなんだか分からなかった。
それも当然であろう。
戦っている相手が行き成り自分のものになれと言って来たのでは。

「どういう意味だ?」

龍也はどう言った意味で自分のものになれと言ったのかと問うと、

「そのままの意味よ」

そのままの意味だと言う答えが返って来た
そしてレミリアは笑みを浮かべながら、

「ただ単純に貴方の事が気に入ったのよ。だから龍也、貴方を私のものにしたい。私のものになれば衣食住の全てを保障して上げるし、
貴方が望むものなら可能な限り全て用意するわ。それにこれ以上傷つく事もない。どう? 悪くない提案だと思うけど?」

自分のものになる利点を口にする。
確かに、レミリアの提案に乗れば龍也はもう傷付く事も無い。
更にはレミリア・スカーレットと言う存在の庇護の下での安寧の生活を約束される。
普通なら乗らない手はない。
だが、

「悪いが、断らせて貰うぜ」

龍也は乗らず、これが答えだと言わんばかりに右手の炎の剣をレミリアに突き付け、

「俺はお前のものになりに来たんじゃない。お前に勝ちに来たんだ」

ボロボロの体で迷い無く自分はレミリアに勝ちに来たのだと言い放つ。

「あら、残念」

レミリアは残念そうな顔をするが、表情とは裏腹にそこまで残念がってはいなかった。
勿論、レミリアとしては今ので自分のものになっていても良かったであろう。
だが、それ以上にそれでこそだという想いの方が強かった。
故に、レミリアはそこまで残念がってはいなく、

「ふふ……ますます貴方を私のものにしたくなったわ」

残念がる処か龍也をますます気に入り、より自分のものにしたくなった。
そして、口元を釣上げながら、

「なら、貴方を屈服させて永遠の忠誠を私に誓わせてあげるわ」

レミリアはそう言って翼を広げ、龍也に肉迫する。
龍也はレミリアが自分の間合いに入った瞬間に炎の剣を振るう。
が、

「ッ!?」

炎の剣を振るった場所にレミリアは居なかった。
何所に、と龍也が思った刹那、

「ここよ、ここ」

龍也の直ぐ真下からレミリアの声が聞こえて来る。
その声に反応した龍也は視線を降ろすと、既に自分の懐に入り込んでいるレミリアの姿が目に映った。
目に映ったレミリアに対抗する行動を龍也が起こす前に、

「がっ!?」

レミリアは翼で龍也の顎を強打して龍也を浮かび上がらせ、

「はあ!!」
「があ!!」

腹部に蹴りを叩き込んで龍也を蹴り飛ばす。

「くっ!!」

吹き飛んでいる最中に龍也は何とか体勢を立て直すが、

「ッ!!」

龍也が体勢を立て直した時にはもう既に、レミリアは龍也の目の前にまで来ていた。
しかも、拳を振り上げた状態で。
龍也が防御の体勢を取る為に咄嗟に二本の炎の剣を交差させたのと、レミリアの拳が放たれたのは粗同時であった。
レミリアの放った拳は炎の剣が交差している部分に当たったので、龍也は防ぐ事には何とか成功する。
しかし、レミリアの拳が激突した衝撃で更に吹き飛ばされてしまう。
そして、

「ぐあ!!」

龍也は壁に激突し、

「ッ!!」

壁を砕く様に貫通して龍也は紅魔館の外へと出てしまう。
どうやら、レミリアの力は龍也を壁に叩き付ける程度には収まらなかった様だ。
自分が屋内から屋外に出た事を認識した龍也はクルンと一回転し、空中に見えない足場を作る。
龍也は作った足場に足を着け、滑りながら減速していく。
完全に止まるのと同時に龍也は顔を上げる。
すると、

「飛んでる……と言うよりは空中に見えない足場を作っている……が正解ね。中々面白い技を使うわね」

龍也から少し離れた位置にレミリアは現れ、そんな事を口にした。
空中に足場を作る者などレミリアは聞いた事が無いので、龍也がやった事にはそれなりの興味がある様だ。

「そいつはどーも」

そう言って、龍也はレミリアに斬り掛かる為に駆ける。
普通に斬り掛かってもレミリアに迎撃されるだけ。
それは龍也も解っている。
なので、龍也は駆けている途中で二本の炎の剣を合わせて一本の炎の大剣に変えた。
これならば、何時もの間合いから離れた所で炎の大剣を振ってもレミリアに攻撃を当てる事は可能だ。
斬り掛かる位置が急に変わればレミリアも避ける事は出来ないと思われたが、

「残念」

振るった炎の大剣はレミリアに簡単に避けられてしまう。
そして、炎の大剣を振り切った直後にレミリアは瞬時に龍也へと近付き、

「威力は大きく上がっている様だけど、動きが緩慢よ」

動きが緩慢である事を伝え、龍也の腹部に拳を叩き込む。

「ぐあ!!」

腹部を殴られた龍也は再び吹っ飛んで行く。
腹部から感じる痛みに耐えながら龍也は顔を正面に向ける。
そこには自分の後を追う様に迫って来ているレミリアの姿が龍也の目に映った。
この儘体勢を立て直しからの攻撃は間に合わないと龍也は判断し、炎の大剣を消す。
自分の得物を消した龍也を見たレミリアは、炎の大剣を消した意図が解らないと言った表情になる。
その間に龍也は両手を合わせて突き出し、レミリアに向けて特大の炎を放つ。
迫り来る炎を見ながら、

「成程……体勢を立て直してからの攻撃は間に合わないと踏だから今、攻撃を仕掛けて来たのね」

レミリアは龍也が今攻撃を仕掛けてきた理由を推察する。
が、レミリアは迫り来る炎などお構いなしに突っ込んで行く。
その程度の炎など、自分には何の効果もないと言いたいのだろう。
だが、それで良い。
龍也の狙いはレミリアにダメージを与える事ではないのだから。
レミリアが炎の中に入った瞬間、龍也は自身の力を変える。
炎の力から風の力へと。
力の変換と同時に龍也の瞳の色は紅から翠に変わり、両腕両脚に風が纏わされる。
力の変換が完了したのと同時に龍也は無理矢理ブーレキを掛けて停止し、瞬時に跳躍を行う。
龍也が跳躍を行ったタイミングで炎の中から出て来たレミリアは、

「ッ!!」

龍也の姿が見えなかった為、動きを止めてしまった。
そう、これが龍也の狙いだったのだ。
自分の姿をレミリアに見失わせる事が。
レミリアが動きを止めた瞬間、龍也は急降下しながら踵落としを放つ。
風の力と落下速度をプラスした踵落としならレミリアにもダメージを与えらると思われたが、

「惜しかったわね」

龍也の踵落しはレミリアの翼に容易く防がれてしまっていた。

「不意を突いた良い攻撃だったけど、反応出来ない程じゃ無かったわ」

レミリアは不意を突いた良い攻撃だが反応出来ない程では無いと言って龍也の胴体に膝蹴りを叩き込む。

「かっ!!」

龍也は空気を吐き出しながら吹き飛んで行く。
吹き飛んだ体勢のまま龍也は顔を上げると、真紅の槍を生み出して投擲し様としているレミリアの姿が目に映った。
生み出された真紅の槍を見た瞬間に龍也は本能的に危機感を覚え、瞬時に自身の力を風の力から地の力に変える。
瞳の色が翠から茶に変わるのと同時に目の前に大きな亀の甲羅を生み出す。
龍也が亀の甲羅を生み出したのと同時にレミリアは真紅の槍を投擲する。
レミリアが投擲した真紅の槍は一直線に龍也が生み出した亀の甲羅に向かい、激突した。
そして大きな衝撃音と共に爆発を起こし、爆発音と爆煙が発生する。
その後、爆煙が晴れると皹一つ無い無傷の亀の甲羅が姿を現す。

「……驚いた、まさか無傷だなんてね」

自分の攻撃でも掠り傷一つ亀の甲羅にレミリアは驚きの表情を浮かべた。
自分が生み出した亀の甲羅ならレミリアの攻撃を完全に防ぎ切る事が出来ると龍也が安堵している間にレミリアは龍也の真横に超スピードで移動し、

「油断大敵。幾ら鉄壁を誇る盾でもそこに攻撃が当たらなければ意味が無い」

油断大敵と言う言葉を掛ける。

「ッ!!」

レミリアの声に反応した龍也が顔を動かした時、

「ぐっ!!」

龍也の頬にレミリアの拳が突き刺さった。
拳が突き刺さった龍也は当然の様に殴り飛ばされ、紅魔館にある少し高い塔を貫通して紅魔館にある時計盤に叩き付けられ、磔にされてしまう。
まるで、聖者が十字架に磔にされるが如く。

「が、あ……く……あ……」

龍也は声を出そうとしたが、声が上手く出ない。
地の力の使っている時は防御力がかなり高くなっているのに、龍也は声が上手く出せない程のダメージを受けていた。
それだけレミリアは龍也を強い力で殴り飛ばしたのだ。
受けたダメージが大きかったせいか、地の力は消えて龍也の瞳の色は元の黒色に戻っていた。

「ぐ……あ…………く……」

龍也は体を動かそうとするが、ダメージが大きいせいか思い様に動いてくれない。
鉛の様に体が重いと龍也は感じた。
更には周囲から聞こえる音が小さくなっていき、視界も霞み始める。
龍也の霞み始めた視界に、レミリアが自分に向けて倒れてくる塔を翼で斬り裂いた様子が見えた。
レミリアに取って邪魔な塔が無くなったからか、レミリアは言葉を発する様に口を動かす。
いや、実際にレミリア何か言葉を発している。
唯、龍也には聞こえないだけ。
目も霞み、音も聞こえなくなって来て本格的に不味いなと龍也が思っているとレミリアが龍也に近付く様にゆっくりと移動を始める。

「う…………が……あ……く……」

レミリアを迎え撃つ為に龍也は体を動かそうとするが、動かない。
同時に霞んでいた視界が少しずつ黒に染まっていき、意識が薄れていく。
これではもう、勝ちの目など見える筈がない。
だが、そんな状態でも龍也の目は勝とうとしていた。
まだ、勝つ気でいる。
そんな龍也の目を見たからか、レミリアは笑みを浮かべて口元を釣上げた。
そして龍也の直ぐ近くにまで来ると、レミリアは龍也の頬に手を添える様に右手を動かす。
視界の半分以上が黒に染まり、霞んでいる状態ではレミリアが何をしているのかが龍也には分からなかったが、何かをし様としている事だけは分かった。
故に龍也は体を動かそうとする。
戦う為に。
勝つ為に。
戦いと勝利を欲した強い想いが通じたからか、龍也の右腕は僅かながら動いた。
しかし、その瞬間に龍也の視界は完全に黒く染まってしまう。





















「…………あ?」

気付いた時には時には紅魔館とは別の場所に龍也は居た。

「俺は……レミリア戦っていた筈……」

レミリアと戦っていた自分が何故こんな所に居るのかと言う疑問を龍也は覚えつつ、自分の周りを見渡すと、

「俺は……塔の上に立っているのか」

龍也は自分が大きな塔の上に立ってる事を知る。
今自分が居る場所を知った後、周囲を見渡すと龍也から見て右側は闇で染まっていて先が見えない事が分かった。
だが、

「右側以外は普通に見えるな」

右側以外は闇に染まっていなかった為、普通に様子を見て取る事が出来たではないか。
青い空に流れる雲、そして太陽。
眼下には古い日本の町並みが見えた。
それ等を見た瞬間、

「あれ? この景色……何所かで……」

龍也は今、目に見えている景色を何所かで見た事があると言う事を感じる。
その事が気になった龍也は思い出す為にここから見える景色を見続けていく。
すると、

「……思い出した……俺はここに来たことがある……」

幻想郷に来て、下級妖怪に襲われて殺され掛けた時にここに来たと言う事を龍也は思い出す。
何故かその事を忘れていた。
忘れていた事を疑問に思いつつ、

「俺は……どうなったんだ」

あの後、どうなったかを思い出そうとする。
レミリアと戦い、やられそうになった。
ここまでは覚えている。
が、この先が龍也は思い出せないでいた。
以上の事から、

「俺は……」

自分は死んだのか龍也は思い、その事を口にし様とした瞬間、

「お前はまだ生きている」

左側からそれを否定する声を掛けられる。
声が聞こえて来た方に龍也が顔を向けるとそこには神々しさ、威圧感、存在感を感じさせる大きな白い虎が居た。

「お前は……」

顔を向けた先に居る白い虎を見て龍也が何かを言おうとしたが、

「ふむ、その反応から察するに我等の声は届く様だな」

龍也が何かを言うより先に白い虎が声を発する。
声が届く。
龍也はその言葉に引っ掛かりを覚える。
前に同じ様な事が合ったのではないかと。
そう思い。記憶を遡って行った結果、

「……あ」

思い出す。
大きな紅い鳥が声を発していた事を。
大きな紅い鳥が発した声が自分には聞こえなかった事を。

「お前は……」

更に思い出す。
大きな紅い鳥。
大きな白い虎。
大きな亀。
この三体の姿を力に目覚めた時に見ていた事を。
そして本能が理解する。
目の前の存在がどう言った存在であるかを。
だからか、

「白虎……か?」

龍也は自然と目の前の存在の名を口にした。

「正解だ、龍也よ」

大きな白い虎……白虎が自分の名が合っている事を口にした時、

「ふむ、儂等がどう言った存在かは理解出来た様じゃの」

龍也の正面の位置に白虎と同じ様なものを感じさせる大きな亀が現れる。

「玄武……」

大きな亀……玄武の名も龍也は自然と口にした。

「私の声も、漸く届く様になったな」

背後に現れた白虎、玄武の二体にも勝るとも劣らないものを感じさせる大きな紅い鳥の名も、

「朱雀……」

龍也は口から自然と漏れる。
同時に風、地、炎の力の源がこの三体であると言う事を龍也は本能で理解した。
その後、

「なぁ、ここは何所なんだ?」

ここが何所なのかを尋ねる。

「ここはお前の精神世界だ」
「精神世界?」

白虎に精神世界と言われて龍也が首を傾げたからか、

「そう。言うなればお前の内なる世界だ」
「まぁピンとこんかもしれないがの。ここはそう言う世界だと認識してくれれば良い」

朱雀と玄武が補足する様な事を言う。
それを聞き、ここが自分の中だと言う事を龍也は理解した。

「見ろ。レミリア・スカーレットとの戦いでもこの世界は微動だにしない。それだけこの世界は頑丈なのだ」

白虎にこの世界の頑丈さを伝えられ、龍也は周囲を見渡す。
白虎の言う通り、眼下に見える古い日本の町並みは少しも崩れたりしている様子はない。
ならば、自分は相当打たれ強いと言う事なのかと龍也は思いつつ、

「なぁ……」

何かを言おうとした時、

「進めば良い」

言い切る前に朱雀に遮られてしまう。

「その闇の先、今のお前ならば進める筈だ」

そして、朱雀に促される様に進めと言われた龍也は闇が支配している方に足を進めて行く。
一歩一歩龍也が足を進めて行く度に闇は晴れ、今まで見えている景色と同じものが見えていった。
そのまま足を進めて行くと、奥の方には白虎、朱雀、玄武と変わらないものを感じさせる大きな青い龍が佇んているのに気付く。
見た目はドラゴン型だなと思いつつ、

「青龍……だな」

龍也はその者の名を口にする。

「ええ、そうです。龍也」

青龍は自身の名が合っていると肯定した後、

「なぁ、何で最初ここに来た時は何も見えなかったんだ」

龍也は最初にここに来た時に闇で閉ざされていた理由を問う。

「それは貴方が自身と言うものを理解していなかったからです」

青龍から闇に閉ざされた理由を聞かさられた、龍也は、

「自身を?」

思わず首を傾げてしまった。

「ええ。自分がどう言った存在か、どう言った力を持っているのかを貴方は理解していなかった」

龍也が抱いている疑問の答えを言う様にして青龍は口を動かす。

「一生理解出来ないのかと思われましたが、貴方はこの地に来た。幻想郷と言う地に降り立ち、今までの固定概念の一部が崩れ、新たな概念が生まれ、
そして貴方は自分と言うものを本能的に理解して、生と力を求めた」

青龍の言葉で、龍也は下級妖怪に殺されそうになった時の事を思い出した。

「まぁ、あの時は力尽くで無理矢理朱雀の力を引っ張り出した言った方が正しいでしょうが」

青龍に力尽くで無理矢理朱雀の力を引っ張りだしたと言われ、

「そうなのか……」

あの時は朱雀と会話なんて出来なかったし、声も聞こえなかったなと言う事を龍也が思い返していると、

「ですが、貴方は少しずつ本能的に理解した事を自覚していき、朱雀は勿論白虎と玄武の力も使える様になり、私達の声が聞こえるまでになった」

青龍は自分達の声が聞こえる様になった理由を話す。

「今回は朱雀、白虎、玄武の事から私が居ると言う事が解っていた様なので、すんなりと私の所まで辿り着けましたが」

青龍の話を聞き、龍也は自分が朱雀、白虎、玄武、青龍の声が聞こえる様になった事と青龍に会えた理由を理解した。
その後、龍也は青龍の方を見て、

「俺は……」

何かを言おうとしたが、

「勝ちたいのでしょう」

青龍に言おうとしていた事を言われ、驚いた表情を浮かべてしまう。

「分かるのか?」
「ええ、分かりますよ。今の貴方は私の力も使える様になりました。そう簡単に後れを取る事は無いでしょう」

青龍が龍也に自分の力を使える様になった事を口にしたのを皮切りに、

「そうだ。それに龍也、お前は一人で戦っているのでは無い」
「左様。御主には儂等が憑いておる」
「その事を忘れはしない様にな」

朱雀、玄武、白虎が一人で戦っているのではなく、自分達が常に憑いている事を龍也に伝える。
龍也にはその事がとても頼もしく感じられ、

「ああ!!」

朱雀、白虎、玄武、青龍が憑いている事を忘れない様に力強く応えた。





















「ッ!?」

レミリアは咄嗟に左腕を盾にしながら大きく後退する。
龍也が僅かに動かしていた右腕が突如勢い良く動き、自分の方を向いた右手から物凄い勢いで水流が放出されたからだ。
咄嗟に左腕を盾にしながら下がったからか、直撃だけは避けられた。
だが、

「く……」

レミリアの左腕は焼け爛れた様になってしまう。
流水など吸血鬼にとっては天敵中の天敵。
それ故にレミリアはここまでの大きなダメージを負ってしまったのだ。

「この分じゃあ……直ぐに再生したりはしないわね」

左腕を見て直ぐに再生はしないとレミリアは判断し、龍也へと視線を向ける。
レミリアが視線を向けた時には龍也は体中から大量の霊力を解放し、貼り付けにされた状態から抜け出していた。
そして、

「……………………」

蒼い瞳を輝かせながらレミリアを見ている。
そんな龍也の姿が一瞬だけ、レミリアには大きな青い龍に見えた。
レミリアが龍也の方を見ている間に龍也は右手を再びレミリアに向けて水流を放つ。

「ッ!!」

迫って来る水流に気付いたレミリアは高度を上げることで回避する。
完全に避け切った後、レミリアは水流を放った龍也の方を見るが、

「居ない!?」

そこに龍也の姿は無かった。
龍也が何所に行ったのかを探そうとしたタイミングで、不意にレミリアに影が掛かる。
自分に影が掛かった事に気付いたレミリアは上空を見た刹那、

「ッ!!」

龍也が何かを振り被りながら落下して来ている様子が見て取れた。
レミリアは龍也を迎え撃つ為に右手から真紅の槍を生み出し、

「はあ!!」

タイミングを合わせて真紅の槍を振るう。
その瞬間、激突音と共に何かが削れる音がする。
音の発生源にレミリアが視線を移すと、

「なっ!?」

レミリアは驚きの表情を浮かべる。
何故ならば、レミリアの真紅の槍に切り口が入れられていたからだ。
おまけにその切り口は少しずつ深くなっていっている。
レミリアはその事に驚きつつも、それを起こしている龍也の得物に目を向けた時、

「水の……剣……」

龍也の得物が水の剣である事に気付く。
おそらくこれだけではないだろうとレミリアは思い、水の剣を観察し始めた瞬間、

「……ん?」

レミリアは刃先の部分に何かを感じる。
なので、その刃先の部分を注意深く見てみると水が流れている事が分かった。
それもかなりのスピードで。

「刃先の部分に水が超高速で流れてる……ッ!! だからか!!」

漸く、レミリアは自身の槍が破損されていっている事に合点がいった。
言うなれば、龍也の水の剣はチェーンソーの様なもの。
殺傷能力は極めて高い。

「ぐっ!?」

水に剣に気を取られ過ぎていたからか、レミリアは龍也の蹴りをまともに受けて吹き飛んでいく。
だが、レミリアは翼を広げて空気抵抗を大きくさせながらブレーキを掛けて直ぐに体勢を立て直す。
体勢を立て直した後、レミリアは龍也の方に視線を移し、

「火、風、地ときて水か……随分と手札が豊富ね」

率直な感想を漏らした。
しかし、それに対する龍也の反応は無い。

「あら、無視? つれないわね」

反応の無い龍也にレミリアは不満気な声を出すが、龍也を見ているとそれも納得する。
龍也から溢れ出る力の奔流。
その力に呑まれまいとしているのだ。

「無いのは口数だけで動きに問題は無い……いや、動きは格段に良くなってるわね」

口数が無いだけで龍也の動きに問題が無い事は今の攻防で分かっている。
そして、追い詰めていた時よりもずっと強くなっている事も知れた。
これは龍也自身が追いつめられればられる程にその戦闘中に基本能力が上がるタイプある事。
その様なタイプであるが為に潜在能力が開放されたせいだろうと言う推察をレミリアは立てた。
更には吸血鬼の天敵でもある流水を操れる。

「……左腕は使い物にならない……か」

レミリアは自身の左腕を見てそう漏らし、かなりのハンデがあるなと思った。
左腕に走る痛みを無視して視線を龍也に戻し、

「ま、それでも負けてやる気はないがな」

レミリアはそう呟き、右手に持っている破損した真紅の槍を修復する。
真紅の槍の修復が完了したタイミングで、龍也がレミリアへと突っ込んで行く。
しかし、レミリアは動かない。
レミリアが動かない為、レミリアは容易く龍也の間合いに入ってしまう。
間合いに入ってしまったのと同時に、龍也は水の剣を振り下ろす。
振り下ろされたそれをレミリアは紙一重で避け、水の剣の側面に向けて、

「はあ!!」

真紅の槍による突きを放つ。
するとどうだろう。
水の剣は簡単に崩壊した。
予想通りとレミリアは内心で呟く。
龍也の生み出した水の剣は殺傷能力は高いが、剣自体の耐久力は低いとレミリアは考えたのだ。
無論、結果を見ればレミリアの考えは当たっていた。
水の剣を崩壊させられた事に龍也は顔色を変えず、直ぐに新たな水の剣を右手から生み出そうとする。
それを阻止する為、

「させん!!」

レミリアは再度突きを放つ。
レミリアが放った真紅の槍が龍也の体に当たる直前、真紅の槍は何かに掴まれて進行を止められる。
真紅の槍を掴んだのは龍也の手だ。
掴んだ龍也の手は全体が水で覆われており、指先には鋭い爪が付いている。
宛ら龍の手の様に見えた。
水で覆われた龍也の手にレミリアがそんな印象を抱いていると、龍也は空いている手をレミリアに向ける。
龍也の手が自分の方に向いている事に気付いたレミリアは、

「ッ!!」

真紅の槍から手を放して急上昇を行う。
その数瞬後、レミリアの体が在った場所を大量の水が通過する。
間一髪であった。
もし、直撃していたらレミリアは戦闘不能かそれに近いダメージを負っていた事であろう。

「……不用意に近付かない方が賢明か」

放たれた水流を見て、レミリアはそんな結論を出す。
下手に近付いて水流をまともに受けたら目も当てられない。
出来るだけ距離を取って戦おうとレミリアが考えていると、龍也がレミリアの真紅の槍を握り潰した。
それを合図にしたかの様に、レミリアは龍也に向けて弾幕を放つ。
放たれた弾幕に反応するかの様に龍也も水の弾幕を放って来た。
龍也は自分に当たる弾幕を相殺しながらレミリアへと向って行く。
レミリアは龍也の進行を阻む様に弾幕を濃くし、後ろに下がる。
そんな追いかけっこの様な事をレミリアは何度も繰り返す。
これでは只時間を無駄に浪費している様なものであるが、時間を浪費している事がレミリアの狙いである。

今の龍也は大量の霊力を体中から解放している状態だ。
つまり、大量の霊力を使って自身の基本能力を大幅に上げていると言う事。
言い換えれば、それをしなければレミリアとは戦えないと言う事だ。
あれだけの霊力を消費しているのであれば何れは枯渇する。
そうなった時に一気に勝負を掛けるのがレミリアの狙いなのだ。

龍也の霊力が枯渇するのをレミリアは待ちながら追いかけっこモドキを続けていると、

「……ん?」

不意に龍也が弾幕を放つのを止めた。
自分の狙いに気付かれたかとレミリアは思い、弾幕を放つのを止めて龍也の様子を見始める。
様子を見始めたレミリアの目には弾幕を放っていた手にも水を纏わせ、その場で引っ掻く様に腕を振るう龍也の姿が映った。
同時に、振るった爪先から水で出来た五本の斬撃が放たれる。
放たれた水で出来た斬撃は猛スピードでレリミアへと向って行く。

「ッ!!」

レミリアは慌てて今居る場所から移動し、水の斬撃を避ける。
水の斬撃を回避出来た事にレミリアは息を吐こうとするが、

「チィ!!」

息を吐く前に龍也が次々と同じ攻撃を放って来た。
一息入れる暇も無いなとレミリアは思いながら回避行動を取り続けていくと、

「……止んだ?」

突如、水の斬撃が止む。
それを不審に思ったレミリアが龍也を見ると、龍也は手を手刀の形に変えて腕を振るい、

「ッ!!」

今までの五本の水で出来た斬撃よりも大きな水で出来た斬撃を飛ばして来た。
迫って来るそれをレミリアは間一髪で避け、水の斬撃が飛んで行った方に顔を向けた時、

「な……」

水の斬撃が当たった紅魔館の一部が容易く斬り取られた様子がレミリアの目に映る。
思っていた以上に高い威力を目にし、レミリアが冷や汗を流した瞬間、

「ッ!!」

レミリアは龍也から目を放していた事を思い出し、直ぐに龍也の方に目を向けた。
龍也は追撃を放つ事も無く、ただ両手を上げて佇んでいるだけ。
レミリアは一瞬降参かと思ったが、

「なっ!!」

直ぐにそれは違うと思い知らされる。
何故ならば、龍也の上空に水球があったからだ。
しかも、それはどんどんと大きくなっていっているではないか。
その水球を自分に投げ付けつる気かと考えたレミリアは、何時でも回避行動が取れるように身構える。
水球が放たれるのを今か今かと待ち続けていると、

「な……上?」

水球はレミリアにではなく上空に放たれた。
何故、自分にではなく上空に放ったのかレミリアは疑問を覚えたが、

「……ッ!! しまった!!」

直ぐに龍也の狙いに気付く。
だが気付いた時にはもう遅く、水球は上空で破裂してまう。
そして、辺り一面に大量の水粒が降り注ぐ。
擬似的な雨だ。
自分の体に水粒が当たる直前にレミリアは慌てて自身の翼を動かして、翼を傘の様に頭部を覆ったタイミングで、

「ぐううううううううぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」

翼から煙が上がり、耐え難い激痛がレミリアを襲う。
レミリアの翼は目に見える速さでボロボロになっていき、孔だらけになっていく。
常に走って来る激痛に耐えているレミリアの隙を突く様にして龍也は距離を詰め、水の爪で引き裂こうと腕を振るう。

「チィッ!!」

レミリアはそれを体を反らして回避しようとするが、

「グッ!?」

左腕に掠ってしまう。
タイミングは完全だったのに何故とレミリアは思ったが直ぐに原因を思い付く。
原因はこの擬似的な雨。
この擬似的な雨がレミリアの体力をどんどん奪い、動きが鈍らせているのだ。
何時になったらこの雨は止むんだと言う想いを籠めながら、

「はあ!!」

レミリアは龍也を殴り飛ばす。
殴り飛ばされた龍也はそのまま紅魔館に激突するかと思われたがその前に体勢を立て直した為、紅魔館に激突すると言う事態にはならなかった。
龍也は口元から血を流している程度でそれほど大きなダメージを負っている訳ではなさそうだ。
龍也のダメージの少なさから、力も大きく下がっている事を認識したレミリアは早々に勝負を決めないと不味いと思い始め、レミリアは超スピードで龍也の懐に入り込み、

「はあ!!」

爪で胴体を引き裂こう右腕を振るうが、その一撃は紙一重で避けられてしまう。
その次の瞬間、龍也はレミリアを刺し貫こうと手刀による突きを放つ。
が、レミリアは体を捻ってその一撃を避ける。
そんな風に、二人は一進一退の攻防を何十回と続けていく。
何時までそんな攻防が続くと思われたが、終わりはと唐突に訪れる。
一瞬の隙を付き、レミリアが龍也に膝蹴りを叩き込んだからだ。
膝蹴りを叩き込まれ、動きを僅かの間止めた龍也にレミリアは追撃の踵落し放ちって地面へ叩き落す。
地面に叩き落とされた龍也はそのまま地面に激突し、土煙を上げる。
上がった土煙目掛け、レミリアは一直線に急降下を行う。
この一撃で勝負を決する為に。
龍也との距離まで後少し。
そう言った所で

「なっ!?」

土煙の中から水流が放たれた。
咄嗟に反応したレミリアは直撃を避ける為に右腕を盾にするが、

「ぐう!!」

吹き飛ばされ、地面に墜落してしまう。
そして、水流を受けた影響で右腕も焼け爛れた様になる。
両腕が使えなくなったかとレミリアは内心で悪態を吐きながら両脚を使って立ち上がり、体勢を立て直して龍也の方に視線を移す。
龍也はボロボロで息も切れ掛かっている様だが、感じる雰囲気からまだまだ戦えると言う事が分かる。
レミリアがそんな推察をしている間に龍也は右手から水の剣を生み出し、レミリアへとゆっくり近付いて行った。
足技だけでやるしかないとレミリアは決心し、一歩踏み出したが、

「なっ!?」

レミリアは右側へと倒れ込みそうになってしまう。
突如、右脚の力が抜けてしまったからだ。
レミリアは左脚に力を籠めて転倒するのを防ぎ、何事かと思い右脚に目を向けると、

「焼け爛れてる!! 右脚もか!?」

右脚も焼け爛れている事が分かった。
どうやら、先程の水が右脚にも掛かっていた様だ。

「……くそ!!」

レミリアが左脚一本で体を完全に支え様としている間にも龍也はレミリアへと近付いて行く。
そして、龍也の間合いにレミリアが入るまで後少しと言った所で唐突に龍也の霊力の解放が止んだ。
続ける様にして瞳の色が黒に戻り、水の剣を崩壊させながら龍也は糸が切れた人形の様に崩れ落ちた。























前話へ                                      戻る                                          次話へ