龍也が秋の神様である静葉と穣子の二柱と別れてから数日程経ったある日。
龍也は相変わらず自由気ままに幻想郷を回っていた。
勿論その道中で妖怪に襲われると言う事態も起こったが、それでも龍也は毎日を楽しみながら幻想郷を旅して回っている。
因みに、妖怪に襲われる事はあっても妖精に襲われる事はなかった。
やはり妖精が好戦的になるのは異変の時だけの様だ。
「んー……風が気持ち良いな……」
龍也は流れてくる風を感じながら足を進めて行くと、
「……ん?」
少し前の方に立て札らしき物が立っているのを発見した。
こんな所に立て札があるのが気になったのか、龍也はその立て札まで近付き、
「えーと、何々……『この先妖怪の山。人間立ち入り禁止。いいか、入るなよ。絶対入るなよ。絶対だからな』と書いてあるな」
立て札に書かれている事を口にし、立て札の先にある物に目を向ける。
龍也が目を向けた先には大きな山があった。
あれが妖怪の山であろうか。
思っていた以上に大きい山だなと龍也は思いつつ、
「この立て札……これじゃあ入ってくれと言ってる様に聞こえるんだがな……」
そんな事を呟く。
若しかして人間に入って来て欲しいのではと言う事を龍也は一瞬考えたが、
「……な訳ねぇよな」
直ぐにその考えを否定した。
「妖怪の山に入ってみたいけど……無理だよな……」
この前に会った秋の神様である静葉と穣子に無断で入れば天狗と敵対する事になると言われているので龍也が妖怪の山に入ったら天狗と敵対する事になってしまう。
それに今、妖怪の山に押し入らなければならない理由は龍也には無い。
余計な敵を作る気は龍也には無いので妖怪の山に入るの諦める事にした。
かと言ってこのまま引き返すのもあれなので、
「ま、この山に周囲を回る位は良いだろ」
龍也は妖怪の山の周囲を回る事を決め、足を動かす。
妖怪の山の周囲を回り始めてから暫らくすると、
「見た目以上に大きいんだな。妖怪の山って」
龍也はそんな感想を漏らす。
どうやら、龍也が妖怪の山を見た時に予想した大きさよりも遥かに妖怪の山は大きかった様だ。
まぁ、妖怪の山には多数の者達が生活しているらしいので龍也の予想よりも大きかったのは当然と言えば当然である。
龍也はそんな事を思いつつ妖怪の山の中腹に目を移すと、
「お、綺麗だな」
本格的に秋になって来たからか、妖怪の山の木々の多数が紅葉を彩っている様子が見て取れた。
そんな光景に龍也が少し目を奪われていると、
「……っと」
風が吹き始め、紅葉が宙を舞う。
中々に綺麗な光景だ。
龍也はその光景を見惚れながら足を進めて行くと、
「……ん?」
木々の間から何かが飛び出して来た事に気付く。
飛び出して来たものは丁度龍也の立って居る場所に着地し様として来たので、龍也は踏み潰されるのを避ける為に後ろへと跳ぶ。
同時に龍也の居た場所に飛び出して来た者が着地し、その衝撃で砂煙が辺りを包む。
そして土煙が晴れると、飛び出して来た者の姿が明らかになる。
見た目は猿に近い容姿で、龍也と比べて二周り程大きい。
更には口から凶悪そうな牙を生やしており、高そうな刀を手に持っている。
妖力を感じる事からこいつは妖怪かと龍也が判断すると、妖怪は龍也の存在に気付く。
龍也を敵と認識したからか、その妖怪は雄叫びを上げながら龍也に襲い掛かって来た。
「やれやれ……」
龍也は相変わらず行き成りだなと思いながら構えを取り、妖怪に目を向ける。
妖怪は何処か緩慢な様子が見れる様な動きで龍也に近付き、龍也が自身の間合いに入ると刀を持っていない腕を振り上げた。
その瞬間、龍也は跳躍して猿の様な妖怪の顎に蹴りを叩き込む。
顎に蹴りを叩き込まれた妖怪は攻撃を無理矢理中断され、体を宙に浮かせてしまう。
体を浮かび上がった妖怪が体を地に着ける前に、
「らあ!!」
龍也は妖怪の脇腹付近に回し蹴りを放つ。
龍也が放った蹴りは見事に妖怪に命中し、妖怪を蹴り飛ばす。
その時、
「お?」
妖怪の手から持っていた刀が零れ落ちた。
零れ落ちた刀が地面に落ちる前に、
「よ……っと」
龍也は刀を手で掴み取り、蹴り飛ばした妖怪に目を向ける。
少し待ってみたが、妖怪は起き上がって来る気配を見せない。
この事から龍也は自分の勝利を確信し、
「思ってたより弱かったな」
そんな感想を漏らす。
龍也としてはもう少し苦戦すると思っていたのだが、随分と楽に勝てた。
妖怪の見た目からもっと強いものだと思っていた龍也は少し拍子抜けした気分になったが、そんな気分を無視して手に持っている刀を観察する。
刀を観察した結果、やはり高価そうな物であると龍也は思った。
同時にある疑問が龍也の頭に浮かぶ。
浮かんだ疑問と言うのはあの妖怪がこんな高価な刀を持っているのかと言う事だ。
この刀があの妖怪の物と言うのは少々考え難い。
では、何故と龍也が考え始めたところで、
「……ん?」
木々の間からまた何かが飛び出し、龍也の前に降り立った。
龍也の前に降り立ったのは白い髪に犬耳、紅葉のマークが付いた丸い盾に通常の物より太い刀を持った少女だ。
因みに着ている服は腋を露出させたタイプのものである。
現れた少女は龍也と倒れている妖怪を見て、
「えーと……」
何が起きたのか分からないと言った表情を浮かべた。
龍也としても何が起きていたのか分からなかったので何とか情報を手に入れ様と思い、
「俺は、四神龍也。あんたは?」
先ずは少女に自分に名を名乗る事にする。
名を名乗られたからか少女は姿勢を正し、
「あ、私は白狼天狗の犬走椛と申します」
名を名乗り返す。
そして、
「それで、何があったのか説明してくれますか?」
椛は何があったのかを尋ねる。
どうやら、椛も何が起きたか知りたい様だ。
先ずはこちらで起こった事を話し、その後に椛から聞きたい事を聞こうと龍也は判断し、
「ああ、分かった」
龍也は椛に先程起きた事を説明した。
龍也の説明を聞いた椛は再び姿勢を正し、
「ご迷惑をお掛けした様で申し訳ありません」
龍也に向かって勢い良く頭を下げる。
急に頭を下げられた事で龍也は少し驚いた表情になるも、
「あーっと……何があったのか説明してくれるか?」
椛に謝られた事も含めて何があったのか教えてくれる様に言う。
「はい。実はですね、あの妖怪が大天狗様の自宅から刀を盗み出しまして……」
「つまり椛はその犯人である、あの妖怪を追っていたと?」
椛の話を聞き、龍也は大天狗の家から刀を盗んだ犯人を追い掛けて来たのかと問うと、
「はい。本来私の様な白狼天狗は妖怪の山の見回りと妖怪の山への侵入者の追い返しと迎撃が主な任務なのですが、
今回は事態が事態故に私が追っていたのです。まぁ、一番暇をしていたのが私と言うのもあるんですけどね……」
椛はその事を肯定し、自分が追っていた理由を説明する。
序に聞けた事だが、妖怪の山に侵入者が来る事は滅多に無いので白狼天狗は基本的に暇らしい。
それを聞いた龍也は今回の様な事態は珍しいのかなと思った。
「で、その盗まれた刀って言うのは……」
「はい、龍也さんが持っているそれです」
やはりと言うべきか、龍也が持っている刀が盗まれた刀であった様だ。
「その刀はかなり強力な力があるそうで、その力を使って何かし様と企んでいたのでしょう。あの妖怪、
知能は低いですが狡賢く、卑怯なタイプの妖怪ですから」
「狡賢く、卑怯なタイプって事は……若しかしてあれは気絶したフリをしているだけなのか?」
椛に先程倒した妖怪の話を聞いたからか、龍也は先程倒した妖怪の方に目を向けて気絶したフリをしているだけなのではと呟く。
それを聞いた椛も倒れた妖怪に目を向け、
「……いえ、大丈夫な様です。完全に気絶しています」
その心配は無用であると言う。
完全に気絶している事が分かったからか、
「じゃ、これ椛に渡して置くな」
龍也は何処か安心した表情になりながら持っている刀を椛に差し出す。
「すみません」
椛は頭を下げながら差し出された刀を受け取る。
「しかし大変なんだな。妖怪の山も」
椛が刀を受け取った後、龍也がそんな事を呟くと、
「そうですね……妖怪の山で一番多いのは天狗ですから妖怪の山は天狗社会と言われていますが、その他の妖怪や神も
沢山住んでいますからね。こう言った事も偶にですが起きるんです」
椛は多種多様な存在が生活しているが故にこう言った事が起こったりもすると返す。
「へぇ……多種多様な存在が生活していた事は静葉と穣子から聞いていたけど、そう言った事も起きているんだな」
「あのお二方からそんな話を聞いていたのですか?」
「ああ。てか、椛は静葉と穣子の事を知っているのか?」
龍也は静葉と穣子から妖怪の山の話しを少し聞いていた事を肯定し、椛の二柱の事を知っているのかと訪ねると、
「はい、知っていますよ」
椛は知っていると口にする。
そして、
「姉の静葉様は紅葉の神で、静葉様が居られるから妖怪の山では毎年綺麗な紅葉が見られて紅葉狩りが出来るのです。妹の穣子様は豊穣の神で、
穣子様が居られるから妖怪の山では豊作が約束されているのです。まぁ、流石に秋以外の季節では採れる作物の量は結構劣りますけどね。妖怪の
山は大所帯ですから、特に穣子様が居られないと食料に危機に陥る可能性が極めて高いんですよ」
紅葉は静葉と穣子の事に付いて話す。
「へぇー……あいつ等って凄い神様だったんだな」
椛から聞かされた静葉と穣子の二柱の情報を聞き、龍也が驚いたと言う様な感想を漏らすと、
「お二人も秋には必ず人里に赴いていますからこの程度の情報は知っていて当然の筈……若しかして、龍也さんって外来人ですか?」
椛は龍也が静葉と穣子の基本的な情報を知らなかった事に疑問を覚え、頭に思い浮かんだ龍也が外来人であるのではと言う可能性を尋ねる。
「ああ、そうだ」
龍也が外来人である事を肯定すると、椛は少し驚いた表情になった。
椛の表情の変化に気付いた龍也は、
「ん? どうした?」
どうかしたのかと尋ねると、
「あ、いえ。龍也さんの様に強い外来人と言うのは初めて聞いたもので……」
椛は龍也の様な強い外来人と言うのは初めて聞いたからだと返す。
やはり、龍也の様に強い外来人と言うのは珍しい様である。
強いと言われて龍也は少し嬉しい気分になっていると、
「……ん?」
龍也の頭の中にある疑問を浮かぶ。
その浮かんだ疑問を確かめる様に椛の顔を見ていると、
「何か?」
龍也の視線に気付いた椛は首を傾げてどうしたのかと尋ねる。
「いやさ、天狗って鼻が長いのを想像してたんだけど椛は鼻が長くないだろ。だから天狗は鼻が長くないのが普通なのかなって思ってさ」
龍也は疑問に思った事を口にすると、
「いえ、そう言う天狗も居ますよ」
椛は鼻の長い天狗も居ると言う。
「居るの?」
「ええ。因みに鼻が長い天狗は鼻高天狗ですね」
「へぇー……」
椛の説明を聞き、龍也は白狼天狗と大天狗と鼻高天狗以外にも天狗は居そうだなと思った。
その後、軽く雑談をすると、
「そう言えば、龍也さんは何所に行こうとしていたのですか?」
椛は龍也の目的地が何所なのかを訪ねる。
どうやら、椛は龍也が何所かを目指していると思っている様だ。
「いや、別に何所かを目指しているって訳じゃ無い。自由気ままに幻想郷を見て回ってる……要するに旅だな」
「旅ですか……龍也さん程の強さがあればそれも出来そうですね」
龍也の強さなら旅をする事も可能であると言う様な事を椛は口にし、
「あ、妖怪の山は……」
妖怪の山の事に付いて話そうとする。
が、その前に、
「立ち入り禁止だろ。立て札を見たよ」
龍也は妖怪の山が立ち入り禁止である事を口にした。
龍也の発言を聞き、椛はその事を知っていたかと思いつつ、
「すみません。上の者の許可が取れれば話は別なのですが……それは滅多な事では取れないのです」
その様な事を口にする。
何処か申し訳無さそうな表情をしている椛に、
「良いって良いって。気にするな」
龍也は気にしていないと言った表情でそう返す。
そんな風に龍也が言ったからか、
「そう言っていただき、ありがとうございます」
椛の表情は柔らかくなった。
そして、
「それでは私はそろそろあの妖怪を妖怪の山に連れて行きますね」
椛は大天狗の刀を盗んだ妖怪を連れて行くと口にする。
「あ、仕事中だったっけか。悪かったな、引き止めたりして」
龍也は仕事中の椛を引き止めてしまった事に付いて謝ると、
「いえ、良い気分転換になりましたので気にしないでください」
椛は良い気分転換になったので気にしないでと言い、大天狗の刀を盗んだ妖怪を縄を使って縛っていく。
完全に縛り終えると、
「龍也さん。御協力、ありがとうございました」
椛は龍也に頭を下げる。
「気にするな。またな、椛」
「ええ、また」
軽い挨拶を交わした後、椛は大天狗の刀を盗んだ妖怪を持って妖怪の山へと戻って行った。
それを見送った後、
「さて、俺もそろそろ行くか」
龍也は再び足を進めていく。
大体、妖怪の山を半周した辺りで、
「あれ……」
龍也は文字が刻まれている大きな石を発見した。
刻まれている文字を読む為に龍也はその大きな石に近付いて行く。
「えーと、何々……中有の道って書いてあるな」
どうやら、この先に道は中有の道と言う様だ。
ここから見た感じ、特別変わった道のりと言う訳では無い様である。
だとしたら何故この道に態々名前が付けられているのかと龍也が考えていると、
「……ん?」
中有の道の先から誰かが歩いて来て来ているのが見て取れた。
人里から遠く離れた場所に居るのだから妖怪かなと龍也は思いつつ、
「すみません」
歩いて来た者に声を掛ける。
この先に何があるのかを聞く為に。
声を掛けられた者は、
「何か用かい?」
そう言って龍也の方に顔を向けた。
取り敢えず、急に襲われると言う事態は起こらなかった様である。
龍也はその事に安心しつつ、
「この先……中有の道には何かあるんですか?」
中有の道には何があるのか尋ねた。
「中有の道には出店があるぞ」
「出店ですか?」
出店と言う予想外の答えが返って来たからか龍也が首を傾げると、
「ああ。この先の出店は地獄に落ちた奴の一種の卒業試験のような所だな」
龍也に尋ねられた者は出店は卒業試験の様なものであると言う。
「卒業試験?」
卒業試験と言われ、龍也がまたまた首を傾げてしまうと、
「ああ、地獄での模範囚みたいな奴等がここで出店を開くんだ。その売り上げの結果で輪廻転生の輪に入れたり冥界に行けたりするって言う話だ」
何の為の卒業試験であるかも話してくれた。
「成程……」
龍也は変ったシステムだなと思いつつ、
「教えて頂き、ありがとうございます」
礼の言葉を口にしながら頭を下げる。
「構わんよ」
龍也にものを尋ねられた者は構わないと言ってその場を去って行った。
龍也は良い人だったな思いながら自分の問いに答えてくれた者が去って行く後ろ姿を見送った後、中有の道に目を向けて思う。
面白そうであると。
折角だし出店を見て行こうと龍也は思い、足を中有の道の方へと進めて行く。
序に出店で何か食べ物でも買おうと思いながら。
幸いな事に中有の道は入り組んでいると言う訳ではなく、龍也は結構簡単に出店をやっている場所まで辿り着けた。
無事辿り着けた事に龍也は安堵しつつ、並んでいる出店に視線を移していくと、
「おお……」
中々に活気がある事が分かる。
更に龍也以外の客も居る事も分かった。
取り敢えず何か食べれる物が置いてある出店を探す様に龍也は改めて周囲を伺うと、
「お、見っけ」
食べ物を置いてある出店を見付ける。
龍也は早速その出店に近付き、
「すみません」
早速何か食べ物を買う事にした。
「おう、らっしゃい」
ある種の決まり文句を聞きながら、
「おにぎりをください」
おにぎりを買う事に決める。
おにぎりにした理由は、食べ歩きながら他の出店も見る事が可能だからだ。
「おう、十五円だ」
「十五円ね……ん?」
十五円と言われた時、龍也は違和感を覚えた。
幾ら何でも安過ぎないかと。
だが、龍也は直ぐにここが幻想郷であると思い出す。
幻想郷と外の世界ではお金の価値などが違う。
ならば、提示された金額は別に可笑しくは無いと納得し掛けたところで、
「……って、一寸待て!! 相場の千倍以上とはどう言う了見だ!!」
おにぎり数個に十五円は高過ぎると気付いてそんな突っ込みを入れる。
相場の二割り増し三割増し位であれば龍也も何も言わなかったが、相場の千倍以上ともなれば龍也も文句を言わざるを得ない。
話は変わるが、龍也は一瞬この店員は外の世界で死んだ人間なのでは思ったがそれは無いと切り捨てる。
もしそうならば、一万円とか十万円とか言うであろうから。
それに出店を開かせる位であるのならばお金の価値を教え直す筈である。
「うるせえ!! 俺がこうと決めたからこうなんだよ!!」
店員はぼったくりである事を認めつつ、言葉を荒げ、
「何も買わねえって言うんなら、有り金全部置いていけ!!」
カウンターから乗り出して龍也に襲い掛かかろうとする。
襲い掛かって来る店員を見ながら、龍也は模範囚じゃなかったのかよと思った。
この様子ではただ良い子ぶってただけの様である。
そんな事を思っている間に店員が龍也の胸倉を掴もうとしていたので、
「おっと」
龍也は一歩後ろに下がって掴まれない様にし、この店員を撃退する事にした。
態々、有り金全てを奪わせてやる気ないのだから。
「この!!」
店員は掴み掛かりに失敗して少し前のめりになってしまったものの、直ぐに体勢を立て直して後ろに下がった龍也に攻撃を加え様と拳を振り上げた。
その瞬間、龍也は自身の力を変える。
白虎の力へと。
瞳の色が黒から翠へと変わったのと同時に龍也は掌に風の塊を生み出し、
「暴風玉!!」
生み出した風の塊を店員に向けて叩き込む。
叩き込まれた風の塊が炸裂するのと同時に、店員は悲鳴を上げる事も出来ずに自分の出店を巻き込んで吹き飛ばされていく。
そして、店員は出店の後ろにあった岩に激突してズルズルと言う音を立てながら地に落ちて気絶した。
龍也も本気で放った訳では無かったので岩が破壊される事がなければ気絶しただけで済んだのであろう。
まぁ、死んだ者が更に死ぬのかと問われた首を傾げる事になるが。
この店員はおそらく地獄に逆戻りだろうと思っていると、
「……ん?」
龍也は周囲が騒がしくなっている事に気付く。
今の騒動が原因だなと龍也は考えながら直ぐ近くにある出店に足運び、
「おい」
声を掛ける。
「はいぃ!!」
声を掛けられた店員は怯えながら返事をした。
怯えているのは先程の光景を見たからであろうか。
龍也はそんな店員を無視しながら
「俺は買い物がしたい。相場の値段で売ってくれるなら俺は何もしない。だが……」
自身の力を変える。
白虎の力から朱雀の力へと。
瞳の色が翠から紅に変わると、龍也は片手を天に向ける。
すると、上空でそれなりの大きさのある火球が生成され始めた。
龍也はその火球を維持しながら、
「さっきの店の様にふっ掛けて来たら……これをお前に落とすぞ」
笑顔でそんな脅しを行う。
それが効いたからか、
「はいぃ!! 相場の値段で売らせて貰います!!」
店員は相場の値段で売ることを約束した。
相場の値段で売る約束したからか、龍也は維持している火球を四散させて買い物を始める。
余談ではあるが、龍也が吹き飛ばした店主は龍也の予想通り地獄に逆戻りしたらしい。
まぁ、龍也の与り知らぬ事ではある。
買い物を済ませた後、龍也は中有の道の入り口に戻って来た。
中有の道の出店の方で食べる物以外の食べ物も買って来たので、暫らくは食べる事には困らないであろう。
「さて……と」
龍也は体を伸ばしながら妖怪の山に目を向け、視線を落としてここに来る時に歩いて来た方向とは逆の方向に目を向ける。
その方向を歩いて行けば妖怪の山を一周する事になるであろう。
元々妖怪の山を一周する事が目的であった為、龍也は迷う事なくその方向に足を進めて行く。
妖怪の山を一周した後の事は考えていないが、その時はその時で考えれば良いと龍也は思う。
自由気ままな旅とはそう言うものであろうから。
「ま、風の吹くまま気の向くまま……ってな」
龍也はそんな事を呟きながら足を進めて行った。
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