紅魔館にある大きな門。
その門の前で、
「はっ!!」
「しっ!!」
男と女が戦っていた。
二本の炎の剣と長と短の棒を使いながら。
戦っているのは龍也と美鈴の二人だ。
二人が戦っている理由は修行の為。
正確に言うと、美鈴が龍也の修行に付き合っているのだ。
彼是一週間以上も。
妖怪である美鈴にとって一週間と言う時間は本当に大した時間ではないだろうが、それでも美鈴の自由時間と言うものを奪ってしまっているのは事実だ。
だと言うのに、美鈴は嫌な顔を一つせずに龍也の修行に付き合ってくれている。
そんな美鈴に龍也が感謝の念を抱いていると、
「ッ!!」
龍也は目の前に棒の先端が迫っている事に気付く。
迫って来た棒を避ける為に龍也は顔を傾け、後ろに跳んで美鈴から距離を取る。
後ろに跳んだ龍也が地に足を着けると、美鈴は突き出した棒を引き、
「どうしました? 集中力が切れましたか?」
集中力が切れたのかと問う。
問われた事に、
「まさか!!」
龍也はまさかと返して地を駆け、美鈴に肉迫して炎の剣を振るう。
それを向かい打つ様に美鈴も長い方の棒を振るって炎の剣に激突させる。
激突させた炎の剣と棒で少しの間鍔迫り合いの形を維持すると、
「「……ッ!!」」
龍也と美鈴は自分の得物を一旦離し、自分達の得物を激しくぶつけ合うと言う方法に変えた。
互いの得物をぶつけ合っている中、美鈴は思う。
成長速度が速いと。
何故そう思ったのかと言うと龍也の斬撃の鋭さ、防御の取り方などが最初の頃とは比べ物にならないほど高くなっているからだ。
龍也の成長速度の速さはこうやって毎日半日以上は戦っている成果なのか、それとも敗北を知ったからか。
どちらかかは分からないが、龍也はもっともっと強くなると言う事だけは美鈴にも分かった。
龍也が何処まで強くなるか楽しみだと言う事を美鈴が思っていると、
「ッ!!」
龍也は炎の剣を大きく振り被っている様子が美鈴の目に映る。
重い一撃を放つ積りだと考えた美鈴はその一撃を受け止め、カウンターを叩き込むと言う予定を立てながら長短二本の棒を動かす。
そして美鈴の持っている短い方の棒に龍也の炎の剣が当たろうとした瞬間、
「なっ!?」
炎の剣が短い方の棒に当たる直前で止まった。
予定を崩される事となった美鈴は一瞬だけ体を硬直させてしまう。
その一瞬だけ生まれた隙を突く様に龍也は美鈴の腕に向けて蹴りを放つ。
放たれた龍也の蹴りは見事美鈴の腕に命中し、
「しまっ!!」
美鈴が手にしていた短い方の棒が宙を舞う。
同時に、
「俺の勝ちだな」
美鈴の首元に炎の剣が突き付けられていた。
あの時、体を硬直させてしまった事が勝負の分かれ目になったなと美鈴は思いながら、
「ええ、龍也さんの勝ちです」
龍也の勝ちだと言う。
自身の勝利を認められたからか、龍也は炎の剣を消して力を消す。
龍也の瞳の色が紅から黒に戻ると美鈴は戦闘体勢を解き、
「お見事でした、龍也さん」
お見事と言う言葉を掛ける。
掛けられた言葉に、
「ありがとう」
龍也はありがとうと返しながら頬を緩めた。
どうやら、褒められて嬉しい様だ。
「……っと」
自分の頬が緩んでいる自覚した龍也は頬を引き締め直すと、
「それでどうしますか? もう一本いきますか?」
美鈴はもう一度やるかどうかを尋ねる。
そう言われた龍也は少し考え、
「……いや、止めとくよ。これ以上付き合わせるのも悪いしな」
これ以上自分の修行に付き合わせるのは悪いと言って美鈴の提案を断った。
流石に一週間以上、しかも一日の半分以上を自身の修行に付き合わせている事を龍也は心苦しく思っていた様だ。
「それと悪かったな、本業でも無い棒術で俺の修行に付き合ってくれてさ」
龍也が拳術ではなく棒術で修行に付き合って貰って悪かったなと言うと、
「いえいえ、気にしないでください。私も良い勉強になりました」
美鈴は良い勉強になったから気にするなと返す。
美鈴としても棒術の練度を上げる結果となったので、龍也の修行に付き合って良かったと思っている様だ。
本心から気にしないでと言っている事を何となく察した龍也が何処か安心した表情を浮かべていると、
「それで、龍也さんはこれからどうするお積りですか?」
美鈴は龍也にこれからどうする積りなのかと尋ねる。
「あいつ対策の次は俺自身の単純なレベルアップを図ろうと思っている。端的に言うなら暫らくは修行の旅をする積りだ」
美鈴から尋ねられた事に龍也は迷い無くそう返す。
要するに、龍也は今までの物見遊山でお気楽な旅から自身のレベルアップに重点を置いた旅をし様と言うのだ。
「そうですか……少し寂しくなりますね」
美鈴が少し寂しくなると言うと、
「またそのうち遊びに来るさ」
龍也はまたそのうち遊びに来ると言い、
「今日はもう遅いから、明日出発するよ」
明日出発する事を伝える。
「そうですか……でしたら今日はゆっくりと休んでくださいね」
「ああ、そうさせて貰うよ」
美鈴と軽い会話を交わした後、龍也は紅魔館の中へと入って行く。
紅魔館の中に入って直ぐに龍也は使わせて貰っている部屋に向かおうとしたが、汗を流すのが先だなと思って進路を浴場へと変更した。
因みに何度も行き来しているからか龍也は紅魔館の入り口から使わせて貰っている部屋、浴場へは案内無しでも行く事が出来る様になっている。
と言っても、少しでも気を抜いたりすれば直ぐに迷ってしまいそうではあるが。
「良い湯だった。しっかし、未だに迷いそうになるな」
浴場で汗を流し終えた後、龍也は自分が使わせて貰っている部屋に向かう最中にそんな事を呟く。
一応、龍也が紅魔館に泊まり始めてから一週間以上経つがそれでも全容を把握出来てはいない。
それだけ紅魔館は広いのだ。
咲夜やレミリアはよく迷わないで歩き回れるなと言う事を龍也が思っていると、
「……っと、ここだここだ」
使わせて貰っている部屋の前に辿り着いていた。
下手をしたらこのまま通り過ぎていたかもしれない。
龍也は紅魔館の中で考え事をしながら歩くのは危険だなと判断しながら部屋へと続くドアのドアノブに手を伸ばすと、
「龍也」
自分の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
声が聞こえて来た方に顔を向けると、
「レミリア」
レミリアの姿が龍也の目に映る。
龍也がレミリアの存在を認識していると、
「聞いたわよ、明日には出て行くそうね」
レミリアは龍也に明日出発する話題に付いて言う。
「ああ、そうだ」
龍也は明日紅魔館を出る事を肯定し、
「それはそうと、色々と世話になったな。ありがとう」
世話になった事に対する礼の言葉を述べる。
「どういたしまして」
その言葉にレミリアがどういたしましてと返し、
「それはそうと龍也、随分と強くなったみたいじゃない」
龍也に強くなったなと言う。
「そう……なのか? 自分じゃ今一分からないんだけど……」
自分じゃ強くなったかどうか今一分からないと龍也が口にすると、
「ええ、貴方は確実に強くなっているわ。貴方と美鈴の手合わせを何度か見させて貰ったけど、貴方の動きなどは目に見える速さで良くなっていったわ」
レミリアは確実に強くなっていると断言する。
「何だ、見てたのか。少し照れ臭いな……」
美鈴との修行を見られていた事に龍也が少し照れ臭いもの感じていると、
「ふふ……やっぱり良いわね、貴方は。どう、私のものにならない?」
レミリアは龍也に自分のものにならないかと言う。
その提案に、
「悪いが断る」
龍也が断ると返すと、
「あら、それは残念」
レミリアは残念と口にしながらクスクスと笑いながら笑みを零す。
龍也はこのやり取りも何かお約束なって来たなと言う事を思ったのと同時に、
「ふぁ……」
強い眠気を感じた。
そんな龍也に、
「あら、眠くなったのかしら?」
レミリアは眠くなったのかと問う。
「ああ……そうみたいだな」
龍也が眠くなった事を肯定すると、
「残念ねぇ。私達の様な夜の眷属に取っては月が天を支配する時間帯がこれからだって言うのに」
レミリア少し残念そうな表情を浮かべる。
「ま、俺は人間だからな」
「それもそうね」
二人がそう言って軽い笑みを浮かべあった後、
「おやすみ」
「ええ、おやすみ」
龍也はドアを開けて部屋の中へ入って行った。
龍也が入って行ったドアを見ながら、レミリアは改めて思う。
龍也は本当に強くなったと。
会う度に龍也が強くなっている事は感じていたが、紅魔館に泊まってからは成長スピードが著しい。
龍也の成長スピードが大きく上がった原因を、
「一箇所に留まって鍛えたから……いや、敗北を知ったからか……」
レミリアは敗北を知ったからではないかと考えた。
敗北を知った者のその後は大体二つに分けられる。
そのまま永遠に立ち止まってその道を捨てる者か、それとも再び歩み始めて進める者かの二つに。
レミリアとしては龍也がウジウジとしてい様ものなら慰める序に龍也を自分のものにし様と考えたのだが、龍也は自分一人で立ち上がって再び歩み始めた。
勝つ為に。
強くなる為に。
自分一人の力で立ち上がった龍也をレミリアは少し残念に思う反面、それでこそ自分のものにしたい男だと嬉しく思っていた。
「ふふ、益々貴方を私のものにしたくなったわ……龍也」
レミリアはポツリとそう呟き、龍也が使っている部屋の前を後にする。
この後は適当に夜の散歩と洒落込もうかと言う予定を立てながら廊下を歩いていると、
「あ、お姉様」
レミリアの進行方向上にフランドールの姿が見えた。
「あら、フランじゃない。どうしたの?」
どうしたのかと問うとフランドールはレミリアに近付き、
「龍也に遊んで貰おうと思って」
龍也と遊ぼうしていた事を口にする。
それを聞いたレミリアは、龍也は紅魔館に泊まり始めてから結構頻繁にフランドールと遊んでいた事を思い出す。
だから今日も遊んで貰いに来たのだろうと推察しつつ、
「フラン、龍也はもう休んでいるわ。それと、龍也は明日紅魔館を出るそうよ」
龍也がもう休んでいる事と明日紅魔館を出る事を伝えると、
「えー!! 龍也もう行っちゃの!?」
フランドールは不満気な声を上げた。
龍也にもっと遊んで欲しいと言う想いを抱いているフランドールの心情を察しながらも、
「我が侭を言わないの」
レミリアが我が侭を言わないのとフランドールを嗜める。
窘められたフランドールは、
「……はーい」
渋々ではあるが了承の返事を返す。
そんなフランドールの様子を見て、レミリアは大分落ち着いて来たなと思った。
一昔前なら気に入らない事があれば直ぐ癇癪を起こして暴走していた可能性があったが、最近はその心配も無い。
フランドールが落ち着き始めたのは龍也のお陰かなとレミリアは考えながら、
「今日は私が遊んで上げるから」
龍也の代わりに自分が遊んで上げると言う。
「ほんと!?」
フランドールが嬉しそうな表情を浮かべながら本当かと口にすると、
「ええ、本当よ」
レミリアは本当だと返し、散歩の予定を潰してフランドールと遊ぶ事にした。
そして、翌日の早朝。
「もう出発するんですか?」
門番をしていた美鈴が龍也の姿を発見したのでもう出発するのかと尋ねると、
「ああ、善は急げって言うからな。それと、俺の修行に付き合ってくれてありがとう」
龍也は出発する事を伝え、修行に付き合ってくれた事に対する礼を改めて言って軽く体を動かす。
「……よし!!」
体を動かして体調が万全である事を自覚した龍也は気合を入れて出発し様とすると、
「一寸待ちなさい、龍也」
音も無く現れた咲夜が龍也に待つ様に言う。
急に待つ様に言われた龍也は少し前のめりなってしまうも直ぐに体勢を立て直して咲夜の方に顔を向け、
「どうした?」
どうしたのかと尋ねる。
「これを貴方に渡そうと思ってね」
そう言って咲夜は龍也に包みを手渡す。
手渡された包みを受け取り、
「これは?」
これは何だと言う様な事を口にすると、
「おにぎりよ。道中でお腹が空いたら食べて。それと具は貴方の好きなおかかだから」
咲夜は中身はおにぎりである事を教える。
どうやら、龍也が道中でお腹を空かした時の為に態々作ってくれた様だ。
しかも龍也が好きなおかかで。
「ありがとな、咲夜。それと、色々と世話になった」
龍也は咲夜に礼の言葉を言った後、
「あ……」
咲夜と美鈴以外の紅魔館の面々にきちんと挨拶をしていない事を思い出す。
レミリアとフランドールはこの時間帯は寝ているであろうが、パチュリーと小悪魔は多分起きているだろう。
なので今から挨拶に向かおうかと龍也は少し考えたが、これから出発し様と言う状況で戻ったのではあまりにも格好悪過ぎる。
とは言っても何も言わないと言うのはあれなので、
「レミリアとフランドールとパチュリーと小悪魔によろしく言って置いてくれ」
龍也は咲夜に言伝を頼む事にした。
「分かったわ」
咲夜が了承の返事を返すと、
「それじゃ、またな」
龍也は咲夜と美鈴にまたなと言う言葉を掛けて紅魔館に背を向けて歩き出す。
紅魔館から離れて行く龍也に、
「またいらっしゃい」
「また来てくださいねー」
咲夜と美鈴はまた来てねと言う言葉を投げ掛ける。
そんな二人の声を背に受けながら、龍也は足を進めて行った。
龍也が紅魔館を後にしてから何日か経ったある日の早朝。
吹雪が吹き荒ぶ中、
「はあ!!」
龍也は水の剣を振るう。
振るった水の剣は、龍也に襲い掛かって来ていた妖怪を真っ二つに斬り裂く。
襲い掛かって来た妖怪を倒して一息吐く間も無く、周囲を取り囲んでいた無数の妖怪が龍也に向けて突撃を仕掛けて来た。
周囲から迫って来る妖怪を一通り目に入れた後、龍也は跳躍を行いながら自身の力を変える。
青龍の力から玄武の力へと。
力の変換に伴い瞳の色が蒼から茶に変わると、水の剣が崩れ落ちる。
同時に、龍也は体を反転させながら右手から土を生み出していく。
生み出した土で巨大な拳を作り出すと龍也は足の裏側に見えない足場を作る。
そして、作った足場を思いっ切り蹴って急降下を行い、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃあ!!!!」
妖怪達が一塊になったタイミングで土で出来た拳を振り下ろす。
振り下ろされた土の拳が妖怪の一団に当たって粉雪が宙を舞うと、龍也は土の拳を崩壊させて地に足を着ける。
その瞬間、
「ッ!!」
宙に舞った粉雪を隠れ蓑に近付いて来た一匹の妖怪が龍也の肩口に噛み付いて来た。
そのまま龍也の肩は食い千切られてしまうかと思われたが、そうはならなかった。
何故ならば、妖怪の歯が龍也の肩に刺さり切らなかったからだ。
それでも尚、食い千切ろう自分の肩から離れない妖怪を龍也は強引に体を動かして振り落とし、
「はあ!!」
振り落とした妖怪に向けて霊力で出来た弾を一発だけ放って倒す。
倒した事を確認し終えると、龍也は周囲を見渡して残りの妖怪はどの位残っているのかを確認する。
確認した結果、
「……まだ結構残ってるな」
結構残っている事が分かった。
しかも、妖怪達の配置はバラバラだ。
これでは先程の様に纏めて倒すと言う事は出来そうに無い。
玄武の力の使っている今の状態では全部倒し切るには時間が掛かってしまう。
なので、龍也は再び自身の力を変える。
玄武の力から白虎の力へと。
力の変換に伴って瞳の色が茶から翠に変わると、龍也の両腕両脚に風が纏わさられる。
準備が完全に完了すると、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
龍也は妖怪達に肉迫して次々と打ち倒していく。
拳で。
脚で。
そして纏っている風で。
近付いて倒し、また別のに近付いて倒すと言う極めて単純な倒し方ではあるがかなり有効な倒し方であった様である。
その証拠に、
「……ふぅ」
龍也は残っていた妖怪達を全て倒し、一息吐いていたからだ。
一息吐き、息を整えながら龍也は力を消す。
瞳の色から翠から黒に戻り、両腕両脚に纏っていた風が四散すると龍也はこの場を後にする為に足を動かす。
「…………………………………………………………」
心做か、龍也の歩く速度が速い。
いや、確かに速い様だ。
修行の旅と言っても何所かに急いで行かねばならないと言う事は無い。
それなのに何故急いでいるのかと言うと、龍也は焦っているからだ。
紅魔館を出てからと言うもの、龍也は今回の様に数多くの妖怪と戦って勝利して来た。
得た勝利の中で強くなったと言う実感は確かに龍也にはある。
だが、幾ら強くなっても銀色の髪をした少女に近付いていると言う実感がないのだ。
このままではまた負けてしまう。
そんな自身の敗北の事ばかりが龍也の心の中を過ぎっていく。
紅魔館に居た頃はこんな想いを抱いた事は龍也には無かった。
だと言うのに今、龍也は負けてしまうと言う様な想いを抱いてしまっている。
何故か。
答えは簡単。
自身の傍に誰も居なくなった事でくだらない恐怖などが龍也の心の中を過ぎり始めてしまったのだ。
今、自分の心の中で過ぎっているものがくだらない恐怖心である事を龍也は理解している。
理解しているが、振り切れないのだ。
「……くそ!!」
強引に振り切ろうと龍也は苛立ちながらも力強く足を踏み出したが、
「……あ?」
踏み出した足は地面を踏むことはなかった。
龍也が踏み出した先は崖であったからだ。
力強く足を踏み出したのだから当然、
「うおわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
龍也は崖から滑る様に落ちていき、
「ぶほあ!?」
顔面から雪原へとダイブして雪の中へと埋まってしまう。
雪の中へ埋まってから少し経つと、龍也は何とか這い出て再び歩み始めるが、
「どうわあ!?」
直ぐに足を滑らせて再び雪の中へと埋もれてしまった。
尤も、今度は仰向けの体勢でだが。
後頭部から広がる冷たさを龍也は感じつつ、
「はぁ、何やってるんだろ……俺」
そう呟いて空を見上げた。
龍也の目に映るものは青い空に白い雲、そして光り輝く太陽。
目に映るものを見て、龍也は前にもこんな事があったなと思いながら立ち上がりもせずにボーッと空を見上げる。
空を見上げ始めてから暫らく経つと、龍也はある事に気付く。
気付いた事と言うのは、今見ている空は自分の精神世界の空と似ていると言う事だ。
その事に気付いたのと同時に、
「……ッ!?」
龍也はある事を思い出す。
思い出した事と言うのはレミリアとの戦いで自分の精神世界に行き、そこで玄武が言った儂等が憑いていると言葉だ。
玄武が言った言葉を思い出した瞬間、
「はは……」
龍也は笑みを浮かべながら立ち上がり、
「そうだよ……そうだよな。俺は一人で戦っているんじゃない」
体に付いている雪を払い落としていく。
「俺には朱雀が、白虎が、玄武が、青龍が居る。こいつ等が居てくれる」
雪を払い落とした後、龍也は前を見詰め、
「俺は自分を、そしてこいつ等を信じて進めば良い」
自分の胸に手を当てながら目を瞑り、
「何も……恐れる事は無い。そうだ……恐れるものは何も無い。唯、恐怖を捨てて前を見れば良い」
自分自身に言い聞かせる様にそう言い、目を開いて再び正面を見る。
再び正面を見た時には、不思議と焦っていた気持ちは無くなっていた。
「……空って、やっぱり凄いな」
空の凄さを改めて思い知った気分になりながら龍也は自信溢れる足取りで先へと進んで行く。
強くなり、銀色の髪をした少女に勝つと言う想いを改めて胸に抱きながら。
龍也が想いを新たにしてから何日か経ったある日。
龍也は相変わらず一面雪だらけの白銀の世界を歩いていた。
今日はまだ妖怪に襲われてはいないなと言う事を思いながら足を進めて行くと、
「……ん?」
少し遠くの方に人影らしきものが龍也の目に映る。
誰か居るのかと思った龍也は見えた人影に近付いて行く。
見えた人影の風貌が分かる距離まで来ると、
「椛か?」
龍也は椛かと声を掛ける。
声を掛けられた者は龍也の方に顔を向け、
「あ、龍也さん」
龍也の名を言う。
どうやら、椛で合っていた様だ。
間違ってなくて良かったと思いながら、
「珍しいな、こんな所で会うなんて」
龍也はこんな所で会う何て珍しいと言う事を口にする。
現在、龍也と椛が居る場所の近くに妖怪の山は存在しない。
普段は一白狼天狗として妖怪の山で見回り等をしている椛と妖怪の山から離れた場所で出会うとは龍也は思わなかった様だ。
珍しいと口にした龍也に返す様に、
「今日はお休みなんです。折角の休みですからにとりと大将棋でもし様と思いにとりの家に行ったのですが留守でして。かと言って、折角の休みに家で
ゴロゴロとするのもあれかと思いましたので妖怪の山から離れて散歩をする事にしたんです」
妖怪の山から離れている理由を説明する。
椛の説明を聞いた時、
「……にとり?」
初めて聞く名が聞こえたからか、龍也は首を傾げてしまう。
そんな龍也を見て、
「ああ、にとりは私の友達の河童です」
椛はにとりが誰なのかを説明する。
「へー……」
椛の説明を聞いた龍也は河童の姿形も自分が想像しているのとは違うんだろうとなと言う事を思った。
同時に、
「……なぁ、椛」
龍也は何かを思い付いた表情をしながら椛に話し掛ける。
「何ですか?」
椛が首を傾げると、
「今、少しいいか?」
龍也はワンクッションを置く様に少しいいかと言う。
「ええ、暇ですので構いませんよ」
椛が構わないと言ってくれたからか、
「軽くでいい。俺と手合わせしてくれないか?」
龍也は自分と手合わせして欲しいと口にする。
そう、龍也が思い付いた事と言うのは椛に自分と手合わせをして貰う事だったのだ。
「手合わせですか?」
椛が少し驚いた表情を浮かべながら確認を取る様に手合わせかと言うと、
「ああ、そうだ。勿論、嫌なら断ってくれて構わない」
龍也は手合わせである事を肯定し、嫌なら断ってくれて構わないと返す。
突然こんな申し出をして受けてくれるかは微妙であったが、
「いえ、構わないですよ」
椛は構わないと返し、太めの刀と紅葉のマークが付いた盾を装備した。
「ありがとう、椛」
自分の申し出を受けてくれた椛に礼を言いながら龍也は椛を見る。
椛を見た時、龍也は直ぐにかなりの実力者であると感じた。
少なくとも、今まで倒してきた野良妖怪達よりは遥かに。
軽い手合わせと言ってもこれは集中して気合を入れた方が良さそうだなと思い、龍也は自身の力を変える。
朱雀の力へと。
力の変換に伴って瞳の色が黒から紅へと変わると、
「……ん?」
龍也は何時もより力が馴染んでいる事を感じた。
その事を少し不思議に思ったが、直ぐに別に問題無いと判断して両手から二本の炎の剣を生み出す。
龍也が生み出し二本の炎の剣を見ると、椛は構えを取った。
構えを取った椛を見て準備完了と判断した龍也は、
「……いくぞ」
地を駆けて椛へと肉迫して間合いを詰めて行く。
そして椛が自身の間合いに入ったのと同時に龍也は炎の剣を振り下ろす。
振るわれた炎の剣を椛は盾を前面に押し出す事で防御し、
「はあ!!」
盾で炎の剣を逸らす様に体を回転させて龍也に刀を振るう。
自身に向けて迫って来た刀を龍也はもう一本の炎の剣で防ぎ、後ろに跳んで椛から距離を取る。
すると、今度は椛が地を駆けて龍也との距離を詰めて来た。
龍也が地に足を着けたタイミングで椛は自身の間合いに龍也を入れ、
「……しっ!!」
刀を突き出す。
突き出された刀を龍也は体を逸らすで避けるがその次の瞬間、
「がっ!?」
龍也は腹部に強い衝撃を感じたのと同時に吹き飛ばされてしまった。
吹き飛ばされた龍也は強引に体勢を立て直しながら雪原に足を突き立てて減速して椛の方に顔を向けると、盾を突き出している椛が見て取れた。
どうやら、盾による突き出しを行った様だ。
本来防御に使う盾で攻撃に使って来た椛に龍也が感心していると、椛は再び間合いを詰めて来た。
間合いを詰めて来た椛を見て、龍也は対抗するかの様に椛との間合いを詰めに掛かる。
椛を上回るスピードで。
「ッ!?」
てっきり迎え撃つと言う行動に出ると思っていた椛がタイミングをずらされたと言う表情を浮かべると、
「はあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
龍也は椛を自身の間合いに入れ、炎の剣を連続で振るっていく。
次々と振るわれる斬撃を、
「くっ!!」
椛は盾と刀を使って的確に防ぐ。
構図としては攻める龍也に守る椛と言った感じであるが、状況はここで止まってしまっている。
龍也の攻撃は椛の体に当たっていないからだ。
このままでは埒が開かないし時間を無駄に浪費するだけだと判断した龍也と椛は同時に後ろに跳んで間合いを取る。
間合いが取れた後、龍也と椛は息を整えながら互いの様子を伺っていく。
伺った結果、お互い大したダメージは無いと分かったからか、
「「……………………………………………………………………………………」」
龍也と椛は構えを取り直して睨み合いを行う。
「「……………………………………………………………………………………」」
睨み合いを行ってから少しすると、龍也は痺れを切らしたかの様に二本の炎の剣を合わせて一本の炎の大剣へと変えた。
二本の炎の剣を一本の炎の大剣に変えた様子を見た椛は龍也が勝負を決めに来たのだと判断し、盾を投げ捨てて刀を両手で構える。
龍也と椛は攻撃をタイミングを計る為にジリジリと間合いを詰めていくと、近くにあった木に乗っかっていた雪が落ちた。
それを合図にしたかの様に、
「「ッ!!」」
龍也と椛は同時に駆ける。
そして、同時に自分の得物を振り上げて振り下ろす。
「ぐっ……!!」
「くっ……!!」
自分達の獲物が激突した事で体に走った衝撃に耐えながら、龍也と椛は力を籠めて鍔迫り合いの形へと持っていく。
「ぐううぅぅ……」
「くううぅぅ……」
二人は押し切ろうと更に力を籠めるが、鍔迫り合いの形から脱却する事は出来なかった。
それから暫らくすると、
「「……ッ!!」」
二人は弾かれる様に後ろに下がって距離を取り、息を整える。
息を整え終わると、
「ありがとな、手合わせに付き合ってくれて」
龍也は手合わせに付き合ってくれた事に対する礼を言って炎の大剣を消して力を消す。
龍也の瞳の色が紅から黒に戻ると、
「いえ、私の方も色々と勉強になりました」
椛は勉強になったと返しながら戦闘体勢を解き、近くに転がっていた盾を拾いに向かう。
椛が盾を拾うと、龍也は椛に近付き、
「やっぱ強いな、椛」
椛の強さを称える様な事を言う。
「ありがとうございます」
強いと言われたからか椛は少し嬉しそうな表情をしながら礼を言い、
「でも、龍也さんも流石ですね。とても御強かったです」
龍也も強いと返す。
「そうか? ありがとな」
龍也は少し照れ臭そうな表情をしながらありがとうと言って椛と雑談を交わしいく。
椛との雑談を始めてから暫らくすると、
「おっと、日が暮れ始めて来たな」
龍也は日が暮れ始めて来た事に気付く。
「あ、私もそろそろ妖怪の山に帰らないと」
日が暮れ始めた事に気付いた椛は帰らなければならない事を口にすると、
「それじゃ、またな椛」
龍也はまた会おうと言う様な言葉を掛ける。
すると、
「ええ、また会いましょう。龍也さん」
椛もまた会おうと言う言葉を返し、空中に躍り出て妖怪の山に帰って行った。
飛んで行った椛の姿が見えなくなると、
「……よし、あっちに行くか」
龍也は適当に進む方向を決めて足を進め始めて行く。
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