龍也は自分の足を使い、冥界の地を進んで行く。
進みながら周囲を見渡せば、人魂が漂っている光景が目に映る。
人里の様な場所なら兎も角、ここは冥界だ。
人魂が漂っている光景は極々普通の光景だろう。

「ま、さっきの幽霊の時の様に人魂は襲い掛かって来ないしな。気が楽だ」

襲い掛かって来た幽霊と違って人魂は襲い掛かって来ないから気が楽だと呟いた時、

「あれは……」

龍也は気付く。
周囲に見事な桜が幾つも咲き誇っている事に。
異変解決の際に冥界に来た時は周囲を余り見る事は無かったが、こうして見ると冥界に咲く桜は絶景と言う言葉がとても良く似合う事が分かる。
白玉楼に庭に咲き誇っている桜と比べたら流石に幾分か劣るが、それでも絶景と言う言葉に間違いは無いであろう。
少なくとも、龍也は外の世界でこれ程見事な桜の数々を見た事が無い。
だからか、龍也は自然と足を止めて桜を見ていた。
それから少しすると、

「……っと」

龍也は何の為に冥界に来たのかを思い出す。
桜の美しさに見惚れて本来の目的を忘れるところであったので、龍也は頭を振って気持ちを切り替える。

「俺は人里に人魂が漂い始めた原因を探しに来たんだ……」

龍也は冥界に来た理由を口にし、決意を新たにした表情を浮かべながら足を進めて行く。
今度は目的を見失わない様に。
再び移動を始めてから幾らかの時間が過ぎると、異様に長い階段が見えて来た。
白玉楼へと続く階段だ。
見ただけで上る気が失せる様な階段ではあるが、龍也は何のも迷いも無く階段を上って行く。
一歩一歩確実に。
上り始めてから暫らくすると、

「……しっかし、本当に長いな。この階段」

龍也はこの長い階段に対する愚痴を呟く。
異変を解決する際に通った時に知った事ではあるが、こうして直接自分の足で歩く事で龍也はこの階段の長さを改めて思い知った気分になった。
確実に、博麗神社へと続く階段よりも遥かに長い。
普段であれば周囲の光景とこの長さを楽しみながら進む事が出来たであろうが、今回ばかりはそうもいかないであろう。
龍也が今回冥界にやって来た理由は、人魂が人里で漂い始めた原因を探しに来たのだから。
冥界で何らかの事故が発生したから人里で人魂が漂うと言う事態が起きた可能性があるので、この件は出来るだけ早くに解決した方が良いだろう。
下手に時間を掛け過ぎて人魂漂い異変と言う様な事態にでもなったら厄介であるからだ。

「……一気に行くか」

埒が明かないと判断した龍也は空中から白玉楼に向う事を決め、空中に躍り出る為に跳躍をし様とした時、

「ッ!?」

龍也の目の前に大量の弾幕が迫って来た。
幸い、跳躍を行う直前であったので龍也は弾幕が当たる前に跳躍を行って弾幕を避け、

「誰だ!?」

上昇しながら誰が弾幕を放って来たのかを確認する為に顔を動かす。
すると、

「妖精……か」

何体もの妖精の姿が龍也の目に映る。
どうやら、弾幕を放って来たのは妖精であった様だ。

「もう異変になってるのか……それともこの前の異変の名残がまだ残ってるのか…若しくはそんなの関係無しで偶々か……」

龍也は妖精が攻撃を仕掛けて来た理由を考えながら霊力で出来た見えない足場を作り、そこに足を着ける。
そして、妖精達の方に向き直って顔を動かしていく。
その結果、

「おおう……」

妖精の数が最初に弾幕を放って来た時よりも増えている事が分かった。
この数の妖精が一斉に弾幕を放って来た場合、考え事をしながらでは被弾してしまう可能性が非常高い。
なので、龍也は考えている事を頭の隅に追いやって構えを取った瞬間、

「ッ!!」

妖精達は再び弾幕を放って来た。
放たれた弾幕の密度、量、弾速の全てが普通の妖精が放つものよりも遥かに上だと言う事を龍也は感じつつ、

「……っと!!」

大きく移動しながら弾幕を避けていく。
避けていく過程で弾幕の射線上から離れたので一旦弾幕は止んだが、直ぐに第二第三の弾幕が放たれる事であろう。
と言っても、態々第二第三の弾幕を放たさせる気は龍也には無い。
妖精達が移動した龍也に再び狙いを定める前に龍也は妖精達に向けて大量の弾幕を放つ。
龍也に狙いを付ける為に必死になっている最中であったからか、龍也が放った弾幕は容易く妖精達に命中していった。
弾幕が命中した妖精は次から次へと墜落していく。
どんどん数を減らしていく妖精を見て、

「やっぱり、攻撃性能は上がっているけど耐久面は殆ど上がっていないんだな」

龍也は妖精の攻撃性能は上がっているが耐久面は変わっていないと言う判断を下す。
そんな判断を下したのと同時に、弾幕を放って来た妖精達全員が撃ち落された。
妖精達全員が撃ち落された事で龍也は弾幕を放つのを止め、空中を駆ける様にして先へと進んで行く。
これでもう襲撃が来なければ言う事無しであったのだが、

「……そう上手くはいかないよな」

直ぐに新手が現れた。
現れた者と言うのは回転する謎の飛行物体の群れだ。
飛行物体は現れるのと同時に大量の弾幕をばら撒いて来た。
ある程度狙いを定めて放って来る妖精の弾幕とは違い、飛行物体がばら撒いている弾幕は回避先を考えなければ簡単に被弾してしまう事であろう。
だからか、龍也は一旦周囲を見渡した後に回避行動に移りながら、

「落ちろ!!」

弾幕を放って回転する謎の飛行物体を撃ち落していく。
それに呼応する様に、ばら撒かれる弾幕の量が減っていった。
弾幕の量が減り、龍也の動きに余裕が出始めた辺りで回転する謎の飛行物体全ての撃墜が完了する。
これで一息吐けると思われたが、そうはいかなった。
何故ならば、

「増援か……」

妖精の大群が現れ、一斉に弾幕を放って来たからだ。
今までの襲撃と妖精の強さから、

「……これもう、異変何じゃないのか?」

龍也は異変なのではと言う疑念を抱きながら迫り来る弾幕を避け、弾幕を放って妖精達の撃ち落として先へと進んで行く。
進んでも進んでも妖精達が現れては弾幕を放って来たが、龍也は被弾する事無く自身が放つ弾幕で妖精達を撃ち落しながら先へと進んで行った。
取り敢えずは順調だと思っていると、

「あれ、お兄さん?」

龍也の進行方向上に何者かがお兄さんと言う声と共に現れる。
聞こえて来た声に反応した龍也は一旦止まり、視線を声が聞こえて来た方に移すと、

「……橙」

橙の姿が目に映った。
どうやら、龍也に声を掛けて来たのは橙であった様である。

「どうしたんだ、こんな所で?」

冥界で会う事になるとは思わなかったからか、龍也は少し驚いた表情でこんな所でどうしたんだと問う。
問われた事に、

「藍様のお手伝いです」

橙は少し驚いた表情を浮かべながら藍の手伝いだと返す。
表情から察するに、橙も冥界で龍也と会う事になるとは思っていなかった様である。

「手伝い?」

藍と言う名は初めて聞く名だが、様付けされている事から橙の上司か何かかと考えながら龍也は首を傾げてしまう。
首を傾げた龍也の姿を見たからか、

「はい。結界修復のお手伝いです」

橙は笑顔で結界修復の手伝いだと答えてくれた。
結界修復と言う言葉から、龍也は結界に不備があったから人里に人魂が現れ始めたのではと推察していると、

「お兄さんは何しに冥界まで来たんですか?」

今度は橙が龍也に冥界にやって来た理由を尋ねて来た。

「ああ、俺はここ……冥界を調べに来たんだ」
「調べにですか?」

冥界を調べに来た事を話すと橙が首を傾げてしまったので、

「人里の方で結構な数の人魂が現れ始めてな。それで、冥界の方に原因あると思ったんだ」

龍也は冥界に来る事となった原因を口にする。

「人里……そんな事になってたんですね」

人里の状況を聞き、驚いた表情を浮かべている橙に、

「それで、結界の修復の方はどれ位進んでいるんだ?」

龍也は橙に結界の修復状況を問う。
すると、橙は少し申し訳無さそうな表情を浮かべ、

「ごめんなさい、私にはよく分からないんです。結界の修復の大部分は藍様がやっているので……」

結界の修復の大部分は藍が行っているので自分には分からないと言う事を龍也に伝えた。
申し訳無さそうな表情を浮かべている橙に、

「ああ、気にしなくて良いって」

龍也は気にしなくても良いと言い、

「それよりその……藍って人はこの先に居るのか?」

龍也はこの先に藍が居るのかと尋ねる。

「はい、この先で結界修復の作業していると思いますよ」

尋ねた事に橙から肯定の返事が返って来たので、

「なら、俺がこの先に行って藍って人に会って来ても良いか?」

龍也は先に進んで藍に会っても良いかと聞く。

「え? お兄さん、先に進むんですか?」
「あ、ああ。一応結界を修復している者に話を聞いて置こうと思ってな」
「え、うーん……どうしよ……」

龍也が先に進む気である事が分かったからか、橙は何やら悩み始めた。
悩んでいる橙を見て、そんなに悩ませる事を言ってしまったのかと龍也は考える。
それから少しすると、

「藍様からは誰も通すなと言われているんですが……お兄さんなら良いですよね。先に行っても良いですよ」

橙は答えを出した。
龍也を通すと言う答えを。

「い、良いのか? 通したら駄目だって言われてるんだろ?」

橙の台詞を聞き、龍也は誰も通すなと言われていたのに自分を通しても良いのかと問う。
問われた事に、

「本当は駄目ですけど……お兄さんなら大丈夫だと思います!!」

橙は満面の笑顔で龍也なら大丈夫だと返す。
満面の笑みを浮かべている橙を見て、龍也はこんなに信頼を買う様な事をしたかなと思いながら、

「そっか、ありがとな」

先を進む事を許可してくれた事に対する礼を言い、

「ええっと……橙は見張りか? それ、頑張ってな」

見張りを頑張ってと言う言葉を掛ける。

「はい!! 頑張ります!!」

橙が笑顔で頑張ると口にした後、龍也は橙の横を通る様にして先へと進んで行く。
橙と別れてから少しすると、再び妖精達が襲撃を仕掛けて来た。

「橙に勝って先に進んだとは思えないし……こいつ等は元々この辺に居た奴等かな」

現れた妖精は元々この近辺に居たのだと龍也は考え、弾幕を放って妖精を撃ち落していく。
妖精達を全て撃ち落すと、今度は回転する謎の飛行物体が現れた。

「……何か既視感が」

妖精を倒した後に回転する謎の飛行物体が現れた事で龍也は軽い既視感を覚えたが、直ぐに狙いを回転する謎の飛行物体に移して弾幕を当てていく。
回転する謎の飛行物体を全て撃ち落すと、

「……ん? 襲撃が……止んだ?」

突如、襲撃が止んだ。
突然襲撃が止んだ事を不審に思った龍也は進行を止め、周囲を見渡していく。
が、別段怪しいものは見付からなかった。

「……単純に襲撃が止んだ……だけか」

何も見付からない事から龍也は単純に襲撃が止んだだけだと判断し、進行を再開し様とした時、

「あれは……魔法陣……か?」

前方に魔方陣の様なものが現れる。
急に魔法陣が現れた事が気に掛かったからか、龍也は魔法陣に近付いて手を伸ばす。
その瞬間、

「ッ!?」

魔法陣から大量の弾幕が放たれた。
放たれた弾幕に何とか反応する事が出来た龍也は、体を逸らす事で弾幕を回避し、

「くっ!!」

横に跳ぶことで魔法陣から距離を取る。
幸い、魔法陣は方向を変える事は出来ない様で射線から離れた龍也の方に弾幕が来る事はなかった。

「くそ、今度はトラップかよ……」

自身に向けて弾幕を放って来た魔法陣を視界に入れながら悪態を吐いた時、龍也は気付く。

「囲まれてる!?」

幾つもの魔法陣が自分の周囲を取り囲む様に現れた事に。
ここはトラップの宝庫かと龍也が思うと、龍也を取り囲んでいる魔法陣が一斉に弾幕を放って来た。
迫って来ている弾幕を回避する為に龍也は下半身に力を籠め、跳躍を行う。
龍也が跳躍を行った数瞬後、弾幕同士がぶつかり合って爆発を起こす。
弾幕を避け切った事で安堵するも束の間、龍也は再び周囲を魔法陣に囲まれてしまう。
しかも、魔法陣が現れたタイミングは跳躍を行った龍也が最高点に達して動きが僅かに止まってしまった時だ。
これでは弾幕の直撃を受けてしまうと思われたが、そうはならなかった。
何故かと言うと、魔法陣から弾幕が放たれる一瞬前に龍也は急降下したからだ。
体を回転させて頭と足の位置を入れ替え、足元に霊力で出来た見えない足場を作ってそれを力一杯蹴ると言うやり方で。
急降下した龍也は最初に魔法陣に囲まれた場所まで降下し、

「らあ!!」

再び体を回転させ、足元に霊力で出来た見えない足場を作ってそこに足を着ける。
流石に一度魔法陣が展開された場所から再び展開される事は無いと思って龍也は何処か安堵した表情を浮かべたが、

「ッ!?」

直ぐに浮かべた安堵の表情は驚愕の表情に変わってしまう。
何故ならば、また魔法陣が龍也を取り囲む様にして現れたからだ。
おまけに今度は、

「前後左右だけじゃない!! 上下もか!?」

龍也を完全に包囲する形で。
龍也が必死に顔を動かして脱出出来る場所を探している間に、魔法陣から一斉に弾幕が放たれた。
こうなってしまったら、もう考えている時間は無い。
龍也は力尽くで突破する事を決め、自身の力を変える。
朱雀の力へと。
力の変換に伴い、瞳の色が黒から紅に変わると、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

龍也は両手から二本の炎の剣を生み出し、迫り来る弾幕を炎の剣で斬り払いながら前方へと突き進んで行く。
そして、

「はあ!!」

前方の方に展開されている幾つかの魔法陣を斬り裂いた。
そのお陰で脱出口が出来た為、龍也はそこから魔法陣による包囲網から脱出する。
龍也が魔法陣による包囲網を脱出してから数瞬後、龍也の後方から大きな爆発音が聞こえて来た。
大方、放たれた弾幕同士が激突し合って連鎖的に爆発を起こしたのだろう。

「……もう、魔法陣が出て来たりはしないだろうな?」

龍也は少し警戒した様子を見せながら周囲を伺うが、魔法陣が現れる兆候は見られない。
どうやら、先程の魔法陣で最後だった様だ。
だが、魔法陣が現れなかった代わりに、

「ッ!!」

後方から弾幕が迫って来ていた。
弾幕が迫って来た場所を見るに、爆発から逃れた弾幕が幾らか在った様だ。
迫り来る弾幕に対処する為、龍也は左手の炎の剣の切っ先に爆炎を迸らせ、

「らあ!!」

振り返りながら左手の炎の剣を振るい、炎の剣から爆炎を放つ。
放たれた爆炎は弾幕を呑み込み、弾幕を消滅させる。

「……今度こそ、何も無いよな?」

弾幕が消滅した事を感じ取った龍也は足を止め、改めて周囲を見渡していく。
見渡した結果、

「……大丈夫みたいだな」

魔法陣が現れる兆候は勿論、弾幕が迫って来る様子も見られなかった。
安全が確保出来ている事が分かったからか、龍也は二本の炎の剣を消して階段の先に目を向ける。
目に映るのは長い階段のみ。
まだまだ白玉楼が見えて来る気配は見られない。
だからか、龍也は改めて実感した。
白玉楼へと続く階段の異様なまでの長さに。

「異変を解決しに来た時は常に誰かと一緒だったからか? そんなに長いと感じなかったのは」

異変を解決する際にこの階段を長いと感じなかったのは誰かと一緒だったからと考えながら、龍也は移動を再開する。
それからと言うもの、道中で妖精などが攻撃を仕掛けて来たりと言う事は起こらなかった。
これならばもう襲撃などは来ないだろうと龍也が思った時、

「まさか……冥界に生きた人間がやって来るとはな……」

そんな声と共に一人の女性が現れた。
金色の髪を肩口辺りで揃え、導師服の様な服を着た女性が。
この他に目立ったものと言えば変わった帽子を被っており、九本の狐の尾の様なものを生やしている位であろうか。
現れた女性を見て、

「あんた……誰だ?」

龍也は少し警戒した様子を見せながら誰なのかと問う。

「おっと、申し送れた。私は八雲藍と言う者だ」

女性が名乗った名を聞き、

「あんたが橙の言ってた……」

龍也は目の前の女性が橙の言っていた人物である事に気付く。

「おや、君は橙の事を知っているのかい?」

龍也が橙の名を出したからか、藍は龍也に橙の事を知っているのかと尋ねる。

「ああ。それと、先に行けば結界を修復しているあんたが居るって教えてくれたぜ」

龍也は尋ねられた事を肯定し、橙が藍の事を教えてくれたのだと言うと、

「橙は普通に君を通してしまったのか。しかも、不用意にこちらの情報を話して……」

藍は何所か呆れた表情を浮かべた。
浮かべた呆れは橙が龍也を素通りさせた事と自分達の情報を漏らしてしまった事に対するものであろう。
その後、藍は何かを思い出した表情になり、

「……君の名を聞いても?」

龍也に名を聞いても良いかと聞く。
藍は自分の名を名乗ってくれた。
ならば、ここは自分も名を名乗るのが礼儀だと龍也は考え、

「龍也。俺の名前は四神龍也だ」

自分の名を藍に伝える。
龍也の名を聞いた藍は、

「そうか……君が紫様の言っていた……」

少し驚いた表情を浮かべながら紫と言う人名を漏らす。
藍が漏らした人名に、

「紫様……?」

龍也は聞き覚えがあった。
何所で聞いたか名であったか思い出そうとしている龍也に、

「覚えてないかい? 紫様は君を幻想入りさせた御方なのだが……」

藍は紫が龍也を幻想入りさせた者である事を話す。
藍の話を聞いた瞬間、龍也は思い出す。
空間を裂いて現れた女性、八雲紫の事を。

「思い出した。あの時の人か……」
「その様子だと、紫様の事を覚えていた様だね」

龍也が紫の事を覚えていた事を藍が確認した後、

「そう言えば、あんたの名字も八雲だけど……あんたと八雲紫は姉妹か何かか?」

藍よ紫の関係が気になったからか、龍也は二人の関係を聞いてみる事にした。

「いや、私と紫様は親族と言う訳ではないよ」

聞かれた事に対し、藍は紫との関係が親族である事を否定し、

「私は紫様の式……解り難かったら従者や部下の様なもの思ってくれて良い。で、私が紫様の式だから八雲の姓を与えられているんだ」

紫の式であるから八雲の姓を与えられたのだと言う。
自分の親族でもないのに自分の姓を与えたと言う事は、それだけ紫は藍の事を気に入っているのかと龍也が思っていると、

「それはそうと、橙が言っていたよ。君に優しくして貰ったって。ありがとう」

藍は橙が龍也に優しくして貰ったと言っていた事を口にし、礼の言葉を述べながら頭を下げた。

「いや、別に礼を言われる程の事をした覚えは……」
「橙は私にとって可愛い式だからね。橙が世話になったと言うのなら、礼を言うのは当然さ」
「まぁ、そう言う事なら……どういたしまして?」

龍也が取り敢えずどういたしましてと返すと、藍は頭を上げる。
同時に、

「あんたは式って言うのだけど、式が式を使役する……で良いのかな? そう言う事って簡単に出来るのか?」

龍也は今の会話で疑問を覚えた事を藍に問う。

「式が式を持つと言うのはかなり難しい事何だが……私は"式神を操る程度の能力"と言う能力があるからね。だから、私の場合は式を持つと言う事は
比較的簡単な事なんだ」
「へー……」

藍の説明を聞き、龍也は改めて能力と言うのは本当に多種多様何だなと感じた。
龍也が一人で感心している間に、

「聞くタイミングを逃してしまった感があるが……龍也。君は何をしに冥界まで来たんだい?」

藍は龍也に冥界までやって来た理由を尋ねる。
冥界に来た事を尋ねられた事で龍也は冥界にやって来た理由を思い出し、

「そうだ、結界の修復状況を教えてくれないか?」

藍に結界の修復状況を教えてくれと頼み始めた。

「結界の修復状況を?」

結界の修復状況を聞かれるとは思わなかったからか、藍は首を傾げてしまう。
藍が抱いている疑問を解消させるかの様に、

「ああ、そうだ。実は、人里の方で結構な数の人魂が現れたんだ。その原因を俺は冥界の方に異常があるからだと考えて冥界まで来たんだ。妖夢と幽々子
なら何か知ってるんじゃないかと思ってな。で、幽々子と妖夢が住んで居る白玉楼にまで行く道中で橙に会ったんだ。橙に話を聞くと、結界に何か問題が
あったから人里の方で人魂が現れる様になったんだと推察したから結界の修復状況を聞いたんだ」

龍也は冥界に来た理由と結界の修復状況を聞いた理由を話す。

「成程、そう言う理由で冥界まで来たのか。と言うか、人里ではそんな事態になっていたのか……」
「そう言う事。てっきり、白玉楼の方で結界の修復をやってるんじゃないかと思ったんだけどな。それで、結界の修復はどれ位進んでるんだ?」

藍が納得した表情になったからか、龍也が藍に改めて結界の修復状況を聞くと、

「……私の担当している部分は既に終わっている」

自分の担当している部分は既に終わっていると言う答えが返って来た。

「私の担当している部分は?」

返って来た答えを聞いた龍也は思わず首を傾げてしまう。
首を傾げてしまった龍也を見て、

「ああ、そうだ。残りの部分は紫様でなければ修復出来ないんだ」

藍は残りの部分は紫でなければ修復出来ない事を教える。

「ふーん……じゃあ、今日中には結界は直りそうだな」
「いや、まぁ……普通に考えればそう何だか……」

龍也が今日中に結界は直りそうだなと呟くと、藍は急に視線を泳がし始めた。

「ん? どうかしたのか?」
「いや……その……少なくとも、今日中に結界が直る事は無いと思う……」

藍が何処か申し訳無さそうな表情をしながら今日中に結界が修復される事は無いと言う。

「え? どうしてだ?」

思わず疑問気な表情を浮かべてしまった龍也に、

「実は……紫様がまだ冬眠から目覚められていなくてな……」

藍は今日中に結界が修復されない理由を説明する。

「は? 冬眠? 冬眠してる事には驚いたが……もう春だぞ」

冬眠している事に龍也は驚いたものの、直ぐにもう春なのにまだ冬眠しているのかと言う疑問を藍にぶつけた。
ぶつけられた疑問に、

「ほら、今回は冬が長かっただろ。そのせいで……な」

藍は冬が長かったせいだと返す。
返された発言を聞き、龍也は納得した表情を浮かべながら、

「で、八雲紫は何時起きるんだ?」

紫が何時起きるのかを尋ねる。

「今日の深夜……若しくは明日の朝には起きられると思うよ。結界の方は……まぁ、明日の夜には直っている筈だ」

藍から紫の起床時刻及び、結界の修復時刻を聞かされた龍也は今はそれを信じて待つしかないかと判断した。
龍也には結界に関する知識は全く無い。
自分の手でどうにか出来ない以上、当然の判断だろう。

「……話を聞く限り、冥界まで来る必要は無かったな。若しかして、無駄足だったか?」

龍也が少し愚痴る様に無駄足だったのではと呟くと、

「……そうだ。私と手合わせしてみないか?」

藍は龍也に自分と手合わせしないかと言う提案をする。

「手合わせ?」

藍が言って来た事が予想外であったからか、龍也が虚を突かれた様な表情になっていると、

「そう、手合わせだ。私としても紫様が起床されるまでは暇だし、君としても何もせずに帰ると言うのもあれだろう? それに、私は君に結構な興味が
あるんだ。紫様が御自身の手で幻想入りさせた君に……ね」

藍は龍也に興味がるから手合わせしたいのだと言う。
自分の主が幻想入りさせた存在だ。
興味を持つのはある意味当然であろう。
だが、藍が龍也に手合わせを申し出た理由はそれだけではない。
他にどんな理由があるのかと言うと、橙に優しくしてくれた事に対する礼である。
何故手合わせをする事が礼になるのかと言うと、藍は紫からある事を聞いていたからだ。
四神龍也の本能は戦う事と強くなる事を求めていると言う事を。
なので、藍は龍也に手合わせを申し出たのである。

「そうだな……確かに、このまま帰るってのもあれだな」

龍也はそう言いながら両手から二本の炎の剣を生み出し、それを藍に突き付け、

「……戦おうか」

戦う意志を示しながら構えを取った。
龍也から戦う意思を感じ取ったからか、藍は一旦後ろに下がって構えを取る。
その後、少しの間睨み合いの様な状態が続く。
何時まで睨み合いの状態が続くのかと思われた時、

「ッ!!」

龍也が動いた。
正面から藍へと突っ込み、右手の炎の剣を振るう。
振るわれた炎の剣を、

「おっと」

藍は涼し気な表情を見せながら一歩後ろに下がる事で回避する。
が、龍也は攻撃を避けられた事に気にした様子は見せず、

「はあ!!」

攻撃を避けられた位置から大きく一歩踏み込み、左手の炎の剣による刺突を放つ。
迫り来る炎の剣を藍は体を逸らす事で避け、

「しっ!!」

体を逸らした勢いを利用し、龍也の体を引き裂く様にして己が爪を振るう。
振るわれた爪を、

「ぐうっ!?」

龍也は強引に後ろに下がる事で何とか避ける。
だが、強引に後ろに下がった事で龍也の体勢が崩れてしまった。
それをチャンスと見た藍は追撃を掛け様としたが、

「……っと」

龍也が藍の接近を防ぐ様に炎の剣を無理矢理振るって来たので、藍は追撃を中断して後ろへと跳ぶ。
藍が後ろに跳んでいる間に龍也は体勢を立て直し、接近戦を仕掛ける為に距離を詰め様とした瞬間、

「何っ!?」

龍也の接近を遮るかの様に藍が炎の塊を幾つか飛ばして来た。
飛んで来た炎の塊を見た龍也は少し驚いた表情を浮かべるも直ぐに表情を戻し、真横に跳ぶ事で炎の塊を避ける。
自分が避けた炎の塊を見ながら、

「まさか、あんたも炎を使える何てな……」

龍也は藍も炎を扱えるのが意外だったと言う様な事を口にしながら構えを取り直す。
意外そうな表情を浮かべている龍也を見たかたか、

「今のは属に言う狐火と言うものだ。聞いた事はないかい?」

藍は今放った炎の塊は狐火と言うものであると龍也に教えた。
狐火と言う単語から、

「その九本ある狐を思わす様な尻尾を見て何となく予想は出来ていたが……藍は九尾の妖狐の妖怪か?」

龍也は藍は九尾の妖狐の妖怪なのかと問う。
問われた事に、

「惜しい。私は妖怪ではなく妖獣だ。まぁ、細かい違いではあるがね」

藍は自分は妖怪ではなく妖獣だと言う訂正を行い、再び炎の塊を龍也に向けて放つ。
今度は連続で。
再び迫って来た炎の塊を龍也は炎の剣で斬り払いながらある事を考える。
炎の技を扱うのだから藍には炎に対する耐性があるのではないかと言う事を。
だとしたら、朱雀の力で戦い続けも藍に大したダメージを与える事は出来なさそうだ。

「………………………………………………………………」

その様な考えに達したからか、龍也は斜め後ろ上空に跳んで炎の塊の射線上から離れて二本の炎の剣を消す。

「む……?」

龍也が二本の炎の剣を消したのを見た藍は炎の塊を放つのを止め、龍也の様子を探り始める。
勝負を捨てた訳でもないのに何故自身の得物を消したのかと言う想いを抱きながら。

「……ん?」

突如攻撃を止めた藍を龍也は少し不審に思いつつも、自身の力を変える。
朱雀の力から青龍の力へと。
力の変換に伴い、龍也の瞳の色が紅から蒼に変化する。
力の変換が完了したのと同時に、龍也は両手から二本の水の剣を生み出す。
生み出された水の剣を見て、

「ほう……水の剣か。若しかして、私の様な式の弱点が水である事を知っていたのかい?」

藍は感心した様な声色で式の弱点を知っていたのかと聞く。

「そうなのか?」
「知らなかったのに水の剣を出した……か……」

式の弱点を知っている訳でもないのに水属性の得物を出した龍也に、藍はかなりの戦闘センスを持っていると感じつつ、

「だが、如何に式の弱点が水であろうとも私位のレベルになると絶大な効果があると言う訳じゃないぞ」

自分にとっては水が絶対的な弱点になる訳じゃないと口にする。

「分かってるさ。元々、炎よりは水の方が効果あるんじゃないかと思って力を変えたんだしな」
「なら……構わないさ」

話す事はもうないからか、藍はそれだけ言って龍也の方へとかなりのスピードで突っ込んで行き、

「しっ!!」

龍也が自身の間合いに入るのと同時に己が爪を振るう。
振るわれた爪を回避する為に龍也は回避行動を取ったが、

「ッ!?」

頬から血が零れ落ちてしまった。
どうやら、完全に回避する事は出来なかった様だ。
血が零れ落ちた数瞬後に頬に鋭い痛みが走るが、

「はあ!!」

龍也は走る痛み無視するかの様に水の剣を振るう。
振るわれた水の剣を藍は紙一重で避け、

「ふむ……刃の部分に水が超高速で流れているな。殺傷力は極めて高そうだ」

龍也の得物である水の剣の殺傷力が極めて高い事を見抜き、

「しかし……その反面、耐久性はかなり低い様だか……な」

更に水の剣の耐久性が低い事を言い当て、蹴りを放つ。
放たれた蹴りは龍也が左手に持っている水の剣に当たり、水の剣を崩壊させる。

「く……」

水の剣の弱点を容易く看破された事で龍也が苦々しい表情を浮かべていると、藍は蹴りを放った勢いを利用して体を回転させながら己が爪を振るう。
振るわれた爪が龍也の体に当たる瞬間、

「何……」

龍也の姿が消えた。
目標が消えた事で藍の攻撃は空振る事となったが、今度は攻撃を空振った勢いを利用して体を回転させる。
そして、藍はある方向に向けて手を伸ばして何かを掴む。
藍が掴んだものと言うのは、

「なっ!?」

龍也の腕であった。
腕を掴まれた事が予想外であったからか、驚愕の表情の浮かべている龍也に、

「驚いたよ、凄い移動術じゃないか。かなりのスピードだ」

藍は称賛の言葉を掛け、

「だが……捉え切れない程のスピードじゃない」

捉え切れない程のスピードじゃないと言い、龍也を更に上空へと放り投げる。
放り投げられた龍也は体勢を立て直しながら藍の方に目を向けると、自分の方に向けて突っ込んで来ている様子が見て取れた。
体勢を立て直し切れていない今の状態で攻撃を受けるのは不味いと龍也は感じ、右手に持っている水の剣を藍に向けて投擲する。

「ッ!?」

迫り来る水の剣を見て、藍は反射的に真横へと移動して水の剣を避けた。

「普段であれば無視したり手の甲で弾くなりの方法で強引に突破する事も出来たが……あの殺傷力なら防ぐより避けるのが正解だな……」

避けた水の剣が眼下にある石段を軽く貫通しているのを見て藍は避けて良かったと漏らし、龍也の方に視線を戻すと、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

水を龍の手を模す様な形で両手に纏わせ、自分の方に突っ込んで来ている龍也の様子が目に映る。
片手を振り被っている事から、爪で攻撃する積りかと考えた藍は、

「……面白い」

自身の爪先に炎を纏わせ、

「はあ!!」

龍也の水の爪を己が爪で真っ向から迎え撃った。
水の爪と炎の爪がぶつかり合い、水が蒸発していく音が聞こえて始めると龍也と藍は交差する様にして距離を取って行く。
ある程度距離が離れると、

「「ッ!!」」

二人は同時に振り返り、再び激突し合う。
激突し、交差して振り返って再び激突し合うと言う行為を二人は何度も繰り返す。
何度も、何度も。
何度目かになるか分からない程の激突を終えた後、

「……再生する得物と言うのは思っていた以上に厄介だな」

藍は振り返りながら再生する得物は厄介だと呟き、再び激突しには行かずに龍也の様子を伺う。
藍の爪で龍也が手に纏わせている水を削ったりなどはしているのだが、纏わせている水は直ぐに再生されてしまっている。
自分で生み出した得物なのだから、再生や再構成を行うのは容易い様だ。

「向こうは再生出来て、此方は再生出来ず……か」

そこそこの傷を負っている自身の手を見ながら藍がそう漏らした時、

「水爪牙!!」

龍也は水を纏わせている手の爪先から水で出来た五本の斬撃を飛ばして来た。
迫り来る水で出来た斬撃を避ける為に藍は横に跳ぼうとするが、

「む……」

跳ぼうとしている先にも水で出来た斬撃が迫って来ている事に気付く。
なので、藍は横に跳ぶのではなく高度を上げる事で水で出来た斬撃を回避する。
しかし、

「何……」

高度を上げた先にも水で出来た斬撃が迫って来ていた。
迫って来る水で出来た斬撃を見て、

「……回避先を誘導されたか?」

藍は回避先を誘導されたかと考え、今度は細かい動きで水で出来た斬撃を避ける。
藍が大きく動かないのを見たから、龍也は藍が今居る場所を目掛けて連続で水で出来た斬撃を放つ。
次から次へと絶え間無く放たれて来る水で出来た斬撃を全て避けながら、

「ふむ……これだけ威力があるものをこうも連射する事が出来るのか……」

威力、連射性が優れている龍也の水爪牙と言う技に藍は感心した表情を浮かべる。
だが、

「だが……斬撃その物が水で出来ているのならば……」

直ぐに何か良い手を思い付いたと言う表情になり、大きな炎の塊を水で出来た斬撃に向けて放った。
放たれた炎の塊が水で出来た斬撃に激突した瞬間、水蒸気が発生して辺りを包んでいく。
発生した水蒸気が辺りを包んだ事で周囲の光景が不明瞭になった時、

「……そこだ!!」

藍はある場所に向けて蹴りを放つ。
藍が蹴りを放った先には、

「か……は……」

藍に向けて水の爪で攻撃をし様としていた龍也の姿があった。

「視界が不明瞭になったの同時に私の不意を突く様に動いたのは良かったが……私が不意を突かれるであろう可能性を考慮していないと思ったかい?」

不意を突かれる可能性は考慮していたと言いながら、藍は龍也の腹部に突き刺している脚を動かして龍也を投げ飛ばす。
投げ飛ばされた龍也は体を回転させながら体勢を立て直し、霊力で出来た見えない足場を作ってそこに足を着け、

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

息を整えながら思う。
この儘では勝てないと。
基本能力では負けており、放つ技も悉く対処され、不意を突いた攻撃も効果が無い。
これでは龍也が勝てないと思うのも無理は無いであろう。
ならば、諦めるのか。
いや、龍也はそんな事はしない。
龍也ならば、最後の最後まで諦める事は絶対にしないであろう。

「力が足りないのなら……上げれば良いだけだ……」

龍也は何かを決意した表情になり、

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

霊力を解放し、力の解放を行った。
力の解放を行った事で、龍也の姿が変わっていく。
変わったと言っても髪が蒼く染まり、蒼い瞳が輝き出しただけだ。
たったそれだけの変化なのだが、

「……………………………………………………」

藍は直ぐに気付く。
龍也の基本能力、霊力などが大幅に上がっている事に。

「……先程までの龍也とは別人と思った方が良さそうだな」

藍が警戒した様子を見せたのと同時に龍也から解放されていた霊力が止み、

「ッ!?」

龍也の姿が消えた。
自分が想定していた以上に龍也の基本能力が上がっていたからか、藍は龍也の姿を見失ってしまう。
が、直ぐに体をある方向に向けて両腕を交差させる。
その瞬間、

「ぐう!!」

藍の腕に龍也の蹴りが叩き込まれ、藍は蹴り飛ばされてしまう。

「後少しでも反応が遅れてたら直撃を貰っていたな……」

藍はそう口にしながら体勢を立て直し、ブレーキを掛けて止まったのと同時に顔を上げる。
顔を上げた藍の目には両手に纏わせている水を消し、水の大剣を両手で持っている龍也が物凄い勢いで自分に向けて突っ込んで来ている様子が映った。
突っ込んで来ている龍也の姿を目に入れながら、

「正面から来ているのなら……」

藍は右手を前方へと突き出し、龍也をギリギリまで引き付けて掌から巨大な炎の塊を放つ。
タイミングとしては完璧。
炎の塊は確実に直撃すると思われたが、そうはならなかった。
何故ならば、龍也は斬って来たからだ。
炎の塊を。
しかも、それだけには留まらず、

「ぐう!?」

藍の掌も少し斬られていた。
掌から血が流れ出た瞬間、龍也は藍の隣を抜けて距離を取って行く。
自身の隣の抜けて行った龍也を追う様に藍が体を動かすと、既に水の大剣を両手で構えている龍也の姿が映った。
急激なパワーアップを遂げた龍也の姿を改めて見て、藍は何処か好戦的な表情を浮かべたが、

「……あ」

直ぐに何かを思い出した表情になり、

「ここまでにしよう」

龍也にこれで終わりにし様と言う。

「……え?」

急に勝負を中止し様と言われ、龍也が少し唖然としていると、

「戦いに集中し過ぎて忘れているのかもしれないが、この戦いは手合わせだ。これ以上続けたのならば、手合わせのレベルでは済まなくなってしまう」

藍はこれ以上は手合わせでは済まなくなると口にする。
藍が口にした言葉で龍也は思い出す。
自分達は手合わせをしていたのだと言う事を。
同時に、藍から戦意が無くなった事を感じ取った。
なので、龍也は水の大剣と自身の力を消す。
髪と瞳の色が元の黒色の戻ると、

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

息を整え始めた。
力を解放していた時間はそんなに長くはなかったが、それでも消耗する事は避けられなかった様だ。
先はまだまだ長いなと思いながら、

「……にしても、藍は強いな」

龍也は藍は強いなと呟く。

「これでも、紫様の式だかね。弱かったら、紫様は私を式にし様とはしなかったさ」

呟いた事に紫の式だからと返しながら藍は龍也に近付き、

「頬の傷は治して置くぞ」

頬の傷は治して置くと言って龍也の頬に手を当てる。

「……あ、痛みが和らいでいってる」

龍也が頬に感じていた痛みが和らいでいっている事を感じてから少しすると、藍は龍也の頬から手を離す。
藍の手が離れた事で龍也は自身の頬に手を持っていって触れると、傷が治っている事が感じられた。

「凄いな……」
「ま、一寸した治療術だ。傷も大した事は無かったから短時間で治せたよ」

龍也の呟きに藍がそう返した後、

「と言う事は、俺が付けた傷も?」
「ああ、既に治療済みだ」

龍也が藍の掌に付けた傷の事を言って来たので、藍は先程斬られた掌を龍也に見せる。
龍也の目には傷一つ無い掌が目に映った。
治療術と言うのは凄いんだなと言う事を龍也は感じつつ、藍と雑談を交える事にする。
特に急ぎの用事が無いからであろうか、藍は快く雑談に応じてくれた。
雑談と言って簡単にお互いの事を話したり、最近あった事など他愛のないものだ。
そんな雑談を始めてから幾らかの時間が過ぎると、雑談も一段落着いたので龍也は藍と別れて来た道を戻って行った。
去って行った龍也の姿が見えなくなると、

「……成程、紫様が興味を持つのも分かる気がする」

藍は紫が興味を持つのも分かると呟く。
戦っている最中に気付いた龍也の潜在能力の高さ。

「紫様はあの風見幽香も龍也の潜在能力などをかなり高く見ていると仰られていたが……納得だ。龍也の強さは全く底が見えなかったからな。序に、
爆発力もかなり高かったしな」

紫の他にも風見幽香が龍也に興味を示しているのも納得だと口にし、ある事を思った。
何時か、龍也とは本気で戦ってみたいと。

「……戦う時期によったら、下手をしたら惨敗しそうだな。龍也の潜在能力を考えると」

仮に自分が惨敗する事態になったとしても、藍は何も心配していなかった。
何故ならば、龍也からは悪党独特の臭いと言うものを感じなかったからだ。

「……さて」

気持ちを切り替えるかの様に藍は空を見上げ、

「……紫様、早く起きて来ないかな」

自分の主の起床を心待ちにする様な台詞を漏らした。























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