白玉楼でプリズムリバー三姉妹の演奏会が開かれてから一日が過ぎた朝。
白玉楼の庭先で、龍也と妖夢は戦っていた。
現在の戦況は五分と五分。
だからか、

「「ッ!!」」

龍也と妖夢は一旦後ろに跳び、間合いを取る。
これで一旦仕切り直しになると思われた瞬間、龍也は妖夢に向けて一気に駆け、

「はあ!!」

勢い良く振るった炎の剣を振るった。
速攻を掛けて来た龍也に妖夢は驚くも、

「くっ!!」

反射的に鞘から引き抜いた短刀で炎の剣を受け止め、

「しっ!!」

長刀による刺突を放つ。
放たれた刺突を、

「ぐう!!」

龍也はもう一本の炎の剣で防ぎ、

「……らあ!!」

刺突を防いだ炎の剣を強引に振るい、妖夢を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた妖夢は直ぐに空中で体勢を立て直し、短刀を鞘に納めながら龍也が追撃を阻む様に長刀を何回か振るって弾幕を放つ。
迫り来る弾幕を見て、龍也は追撃する事を止めて二本の炎の剣を使って弾幕を斬り払っていく。
龍也が弾幕の対処をしている間に妖夢は地に足を着け、

「ッ!!」

龍也目掛けて一気に駆ける。
どうやら、龍也が弾幕の対処に追われている間に一気に畳み掛け様と考えた様だ。
近付いて来ている妖夢に龍也は備え様とするが、まだ全ての弾幕を斬り払えていないのでそれは出来ない。
しかし、迫って来ている妖夢を放って置けば龍也は確実に長刀による一撃を受けてしまう事だろう。
まだ残っている弾幕、迫り来る妖夢の両方に対処する為に、

「だあ!!」

龍也は炎の剣の切っ先に爆炎を迸らせ、思いっ切り振るった。
振るわれた炎の剣からは爆炎が放たれ、残っていた弾幕が全て爆炎に呑み込まれていく。
それを見た後、龍也は妖夢の方に目を向けると、

「ッ!?」

妖夢が直ぐ近くにまで迫って来ている事が分かった。
弾幕の対処をしていた時間はそう長くはなかった筈。
だと言うのに、こんな近距離にまで妖夢が接近して来ている事に龍也は驚くも、

「はあ!!」

反射的に爆炎を放っていない方の炎の剣で刺突を放つ。
同時に、妖夢も長刀を振るう。
その瞬間、激突音が辺り一帯に響き渡った。
音の発生源は龍也の炎の剣と妖夢の長刀である。
龍也が反射的に突き出した炎の剣は、何とか妖夢が振るった長刀に当たった様だ。
完璧とも言える様なタイミングで放った攻撃に反応し切った龍也に妖夢は驚きの表情を浮かべる。
が、妖夢は直ぐに表情を戻して龍也の隣を抜けて行く。
そして、龍也と妖夢が背中合わせの様な形になった時、

「「ッ!!」」

二人は同時に振り返りながら自身の得物を振るった。
振るわれた二人の得物は相手の首元まで迫って止まり、

「……やっぱり強いな、妖夢」
「龍也さんこそ、流石です」

龍也と妖夢は互いを称賛する言葉を述べながら自身の得物を下ろす。

「ありがとうございました。手合わせに付き合って頂いて」
「別に良いって、礼なんてさ」

長刀を鞘に納めながら手合わせに付き合って貰った事に対する感謝の言葉を述べた妖夢に、龍也は礼なんて必要無いと言って自身の力を消す。
力を消した事で炎の剣が四散する様に消え、龍也は瞳の色が紅から黒に戻る。
少し体を動かして自分の体の調子を確かめた後、

「それよりも悪かったな。もう一日世話になって」

龍也は一日多く世話になった事に対する謝罪を行う。
そう、龍也は本来の予定よりも一日多く白玉楼に宿泊していたのである。
何故一日多く白玉楼に宿泊する事になったのかと言うと、プルズムリバー三姉妹の演奏会の後に行われた宴会が原因だ。
最初は軽い宴会であったのだが次第に盛り上がり、最終的に何時のも様な宴会になってしまった。
これにより、龍也はプリズムリバー三姉妹の演奏会が開かれた日に白玉楼を後にする事が出来なくなってしまったのだ。
宴会の途中で抜け出すと言う選択肢も在ったであろうが、今更言っても後の祭りである。

「いえ、別に大した事ではないので気にしないでください」

龍也の謝罪に対し、妖夢は大した事ではないので気にしないでと返す。
妖夢の表情から本当に気にしていない事を察した龍也は何処か安心した表情を浮かべ、妖夢と雑談を交わしていく。
交わしている雑談の中で、

「そう言えば、妖夢の持っている二本の刀に名前って在るのか?」

龍也は思い出したかの様に妖夢の持っている二本の刀に名前は在るのかと尋ねる。
刀の名前を尋ねられた事で、

「あ、そう言えば龍也さんに私の刀の銘を教えてはいなかったですね」

妖夢は龍也に自分の刀の銘を教えていなかった事に気付き、

「長刀の方は楼観剣。短刀の方は白楼剣と言います。楼観剣には幽霊十匹の殺傷力が有り、白楼剣は迷いを断ち斬る力が有ります。まぁ、白楼剣の方は
その能力故に斬れ味は殆ど無いんですけどね」

自分が所持してる二本の刀の銘とそれぞれの刀が有している能力を口にした。

「んー……白楼剣は解るが楼観剣の方は……斬れ味が凄いって事か?」
「ええ、その認識で良いです」

楼観剣の認識はそれで構わないと妖夢が言った後、

「……あ、だから妖夢は基本的に楼観剣一本で戦っているのか」

龍也は妖夢が基本的に楼観剣一本で戦っていた理由を理解する。
斬れ味が殆ど無い刀を積極的に使おうとは考えないであろうからだ。

「鈍器としては使えますけどね。一応、斬鉄の要領で振るえば斬れるとは思いますが……白楼剣の性質上試して見る気はないですね。それで変な癖が
付いてしまっても困りますし」

鈍器としては使える事と、斬鉄の要領で振るえば白楼剣でも対象物を斬る事も出来るだろうが変な癖が付いたら困るから試す気は無いと言う事を妖夢は話す。
妖夢の話を聞き、

「……あ、そっか。誰かの迷いを断ち斬る為に白楼剣を振るって本当に斬ったら不味いもんな」

龍也は納得した表情を浮かべた。

「ええ、まぁ。後、白楼剣には幽霊などを一撃で成仏させる効果が有るんですよ」
「へー……」

白楼剣のもう一つの能力と言える能力を聞き、龍也は便利だなと言う感想を抱く。
白楼剣が在れば冥界を放浪するのがかなり楽になるであろう。
妖夢に白楼剣を貸して貰えないか頼んでみ様かと思った時、

「……ん?」

龍也の頭にある疑問が過ぎった。
過ぎった疑問と言うのは、成仏した者が行き着く先と考えられる冥界で幽霊を白楼剣で斬ったらどうなるのかと言う事だ。
効果が無いのか、それとも冥界以外の場所に向かうのか。
いや、若しかしたら成仏した者が冥界に行くと言う考えが間違っているのかもしれない。
龍也が答えが出そうに無い事に付いて黙って考え込んでしまったからか、

「あの……どうかしましたか?」

妖夢は少し心配気な表情をしながら龍也の顔を覗き込む。
妖夢の視線に気付いた龍也は、

「いや、何でも無い」

何でも無いと言って考えていた事を頭の隅へと追いやった。
この儘考え続けたとしても、堂々巡りになりそうだと感じたからだ。
そして、龍也は頭を切り替える様に頭を振るい

「なぁ、妖夢。白楼剣を貸してくれって言ったら……」

物は試しと言う事で妖夢に白楼剣を貸してくれないかと聞いてみる。
返って来た答えは、

「駄目です」

案の定と言うべきか、駄目だと言うものであった。
これはある意味当然だ。
自分の愛刀をそう易々と渡す気にはなれないだろう。

「ま、そりゃそうか。楼観剣も白楼剣も妖夢の手に在る方が似合っているしな」

龍也は断られた事を気にせずに楼観剣も白楼剣も妖夢の手に在る方が似合うと言うと、

「そ、そうですか?」

妖夢は嬉しさと照れさを入り混じらせた様な表情を浮かべた。
そんな妖夢の表情を見ながら、

「……さて、俺はそろそろ行くな」

龍也は白玉楼を後にする旨を伝える。

「あ、もう出られるのですか?」
「ああ。それはそうと、色々と世話になったな」
「いえ、私も楽しかったですし」
「そうか。それじゃ……またな」
「はい。また」

妖夢と軽く会話した後、龍也は白玉楼を後にした。





















龍也が白玉楼を後にしてから幾日か経った頃、龍也は冥界も後して再び幻想郷を放浪していた。
放浪している龍也の表情は何処か楽しげなものを感じさせる。
どうやら、少し久し振りともなる幻想郷での放浪を楽しんでいる様だ。
そんな風に楽しげに歩いていた龍也だが、その表情は一変して少し厳しいものに変わってしまう。
何故ならば、

「……もう少し、のんびりしたかったんだけどな」

妖怪の群れに囲まれてしまっているからである。
因みに、龍也を取り囲んでいる妖怪は四足歩行で獣タイプのものだ。
取り囲んでいる妖怪全てが殺気立っている事から、龍也は確実に戦いを避けれない事を悟る。
ならば、やる事は一つだけ。
目の前の脅威を打ち払う為、龍也は自身の力を変える。
玄武の力へと。
力の変換に伴い、龍也の瞳の色が黒から茶に変わると、

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

龍也は霊力を解放し、力の解放も行った。
力の解放を行った事で龍也の瞳が輝きを発し、黒い髪が茶色に染まっていく。
龍也から解放された霊力を感じ、妖怪達は後ずさる。
が、妖怪達は逃げ出す事はなかった。

「……ま、この程度で逃げ出す様な奴等でもないか」

龍也は逃げ出さない妖怪達に特に驚いた様子を見せず、霊力の解放を止めて構えを取る。
龍也から解放されていた霊力が止まった事で重圧が無くなり、後ずさっていた妖怪達は一歩前に出て唸り声を発し始めた。
心做か、妖怪達が発している唸り声から怒りと言う感情が感じられる。
おそらく、人間である龍也如きに後ずさった事に対する怒りであろう。
そして、妖怪達の怒りが最高潮と言える様な段階まで来た時、

「……来いよ」

龍也は挑発をする様に人差し指を動かす。
その瞬間、何体もの妖怪が龍也の方へと飛び出す様に向かって行った。
獣タイプであるからか、素早い身のこなしで龍也との距離を縮めていく。
龍也と妖怪達が後少しで激突すると言う距離になった時、龍也は跳躍を行う。
龍也が跳躍を行った事で妖怪達はブレーキを掛けながら止まり、顔を上げる。
妖怪達が顔を上げた先に居る龍也は右腕を振り被りながら右手から土を生み出し、右腕を土で出来た巨大な腕にし、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおらあ!!!!」

右腕を一気に振り下ろして先程まで自分が立っていた地面に拳を叩き込む。
叩き込まれた拳は龍也に近付き過ぎた妖怪に直撃し、直撃を免れた妖怪は土の拳が叩き込まれた衝撃で吹き飛ばされて行く。
今の一撃でそれなりの数の妖怪を倒す事が出来たが、生き残っている妖怪はまだまだ存在している。
直ぐに第二波、第三波の攻撃を仕掛けて来るだろう。
妖怪達の攻撃に備える様に龍也は土で出来た右腕を崩壊させ、地に足を着けて構えを取り直して周囲を見渡す。
周囲に居る妖怪達は唸り声を上げ、龍也に敵意を向けてはいるが襲い掛かって来る様子は見られない。
しかも、龍也からそれなりの距離を取っている。
龍也が放った先の一撃を見て警戒しているのだろうか。
自分と妖怪達の距離を見ながら龍也は考える。
どう戦うべきかと。
土を生み出し、土で出来た巨大な腕を作り上げて一回転すれば妖怪達全てに攻撃を加える事は可能である。
だが、この攻撃方法は些か鈍重だ。
俊敏性の高いこの妖怪なら容易く避け、反撃を行って来る事だろう。
かと言って一体一体直接倒していくのも時間が掛かるし、弾幕をばら撒いても容易く避けられるのがオチだ。
いや、弾幕に関しては一体のみに絞れば弾幕でも倒す事は出来るだろうが、

「……んな事したら、他のが一気に襲い掛かって来るか」

そんな事をすれば弾幕の対象にしている以外の妖怪が一気に襲い掛かって来る事だろう。
地道に一体一体倒していくか、それとも別の力に変えて一気に薙ぎ払うべきか。
どちらにすべき考え始めた時、

「……そうだ」

龍也は別の手を思い付き、思い付いた事を実行に移す為に両手を地面に着ける。
すると、どうだろう。
妖怪達が足を着けている地面が突如、地割れを起こしたではないか。
何の前触れも無く地割れが発生した為、妖怪達は成す術も無く割れた地面の中へと落ちて行ってしまう。
それを感じ取った龍也は地割れを閉じ、落ちて行った妖怪達を圧殺する。
地割れが閉じられ、罅割れの無い元の地面に戻ると龍也は立ち上がり、

「……よし、上手くいった」

上手くいったと呟く。
そう、龍也が思い付いた事と言うのは広範囲に地割れを起こして妖怪達を一掃すると言う方法だったのだ。
広範囲に地割れを起こす事など、力を解放した状態でなければ出来なかったであろう。
力を解放した状態での基本能力の上昇、及び固有能力の性能上昇を改めて感じた龍也は、

「これ維持時間……もっと伸びないかな……」

力を解放した状態の維持時間がもっと伸びないかと漏らす。
最初の頃と比べて、力を解放した状態を維持していられる時間は確かに伸びている。
これは今回の様に妖怪に襲われて戦う事になった時、出来るだけ力を解放した状態で戦う事を心掛けた成果だろう。
しかし、多少維持していられる時間が伸びたところで全然足りないと龍也は思っている。
何故ならば、八雲紫の様な実力者と戦う事になった場合は常時力を解放した状態で戦わなければ話しにならないからだ。
なので、龍也としてはもっと維持していられる時間を延ばしたいところだが、

「……ま、焦って延びるものでもないしな。気長にいくか」

焦っても維持時間が延びたりする訳でもないと口にし、気長にいく事を決めて力を消す。
力を消した事で龍也の髪と瞳の色が元の黒色に戻ると、

「……はぁ……はぁ……はぁ……ふぅ」

龍也は息を整え、体から疲れを出すかの様に息を一つ吐き出す。
感じてる疲労感から、龍也は今現在の力を解放していられる限界時間を推察しながら周囲を見渡していく。
少し前までは当たり前の様に見られていた桜も、今では殆ど見られない。
本格的に夏が近付いて来ている様だ。

「今回の冬は長かったからな。桜が見られる期間が少なかったから……また次の春が来た時は、じっくり桜を見るかな」

次の春になったらじっくり桜を見ると言う予定を立て、

「さて、次は……あっちに行くか」

龍也はふと目が向いた方向へ足を進めて行った。





















「さて……そろそろ寝床になりそうな場所を探すか」

天を月と星が支配する時間帯になった時、龍也は寝床になりそうな場所を探す為に周囲を見渡す。
見渡した結果、無数の木々が龍也の目に映った。
目に映っている木々が良く見えている事から、

「ここ、森の中だって言うのに結構月の光が入って来るんだな。お陰で見易いぜ」

龍也は月の光のお陰で見易いと呟き、視線を落とす。
無数の木々が見えた時点で分かった事だが、

「……やっぱ狭いな。土の家を生み出せる程の広さが無いな」

玄武の力で土で出来た家を生み出せる程の広さが無い。
いや、正確に言えば生み出せないのではなく体を思いっ切り伸ばす事が出来る程の家を生み出せないのだ。
出来る事なら、体を伸ばした状態で寝たいと言うのが龍也の心情である。
なので、龍也は体を伸ばせる程の広さが在る場所を探す為に足を進めて行く。
しかし、

「……見付からねぇな」

幾ら歩いても土の家を生み出す事が出来る程の広さが在る場所を見付ける事は出来なかった。
まぁ、ここは森の中なのでそう簡単に見付からなくても無理はないが。
この儘歩きながら探し回っても埒が明かないと判断した龍也は、跳躍を行って空中に躍り出る。
そして、足元に霊力で出来た見えない足場を作ってそこに足を着けた。
どうやら、龍也は上空から寝床になりそうな場所を探す気の様だ。
だが、

「見付からねぇ……」

龍也の目に映るのもは無数の木々のみ。
とてもじゃないが、体を思いっ切り伸ばす程の場所は見られない。

「どうすっかな。別の場所を探すか……それとも狭くても我慢するか……」

別の場所を探すか、狭くても我慢するか。
どちらにするべきか龍也が考え始め様とした時、

「りゅーやー!!!!」

斜め後ろ上空の方から龍也の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
自分の名を呼ぶ声に反応した龍也は背後に顔を向けると、

「フランドール?」

フランドールの姿が目に映る。
それだけなら良かったのだが、龍也の目に映っているフランドールは、

「何!?」

物凄い勢いで龍也に迫って来ていた。
何でフランドールが自分に向けて突っ込んで来ているのか龍也には分からなかったが、この儘ではフランドールと激突してしまうので、

「とお!!」

龍也は突っ込んで来たフランドールを抱き止める。
が、突っ込んで来たフランドールの力が強過ぎたせいか、

「う、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

龍也は斜め下に向けて弾丸の様に吹っ飛んで行き、

「あだ!!」

吹っ飛んだ先に在った背中から大きな木に激突してしまう。
幸か不幸か、木に激突した事で吹っ飛びは止まったので、

「……ふぅ」

龍也は一息吐いて気分を落ち着かせ、フランドールに話し掛け様とする。
その瞬間、

「痛い!?」

龍也の頭頂部に大木が激突した。

「いつつつ……激突した時に木が折れたのか?」

激突した時に折れた木が自分の頭に当たったのかと龍也は思いながら頭を動かし、頭に乗っかる様になっている大木を真横に落とし、

「お前な、行き成り突っ込んで来るなよ」

フランドールに行き成り突っ込んで来るなと言う注意を行う。
そう言われたフランドールは、

「だって、龍也に会えて嬉しかったんだもーん」

龍也に会えて嬉しかったのだと返しながら満面の笑顔を浮かべる。
だから自分に向けて勢い良く突っ込んで来たのかと龍也は納得しつつ、

「……たく、次からは気を付けろよ」

呆れた表情を浮かべ、フランドールを抱き止めている腕を緩めながら次からは気を付ける様に言った。
流石に、満面の笑顔を浮かべている者に強くものを言う気にはなれなかった様だ。

「はーい」

フランドールが了承の返事をしながら龍也の腕の中から抜け出すと、

「処で、こんな所で何やってたんだ?」

龍也はフランドールにこんな所で何をしてたんだと問い掛ける。
問われた事に、

「私? 私はお散歩だよ」

フランドールは散歩だと口にする。

「散歩か……」

紅魔館から一人で出る事など殆ど無いフランドールが散歩をしている事を知った龍也は少し驚いたが、

「うん。最近、夜になったら一人でお散歩をする事を始めたんだ。満月の夜のお散歩とか、とっても楽しいの」

フランドールの話を聞き、龍也は理解した。
フランドールはフランドールで頑張っているのだと。
友達を作ったり紅魔館から出る様になったりと、フランドールは勇気を出して自分の世界を少しずつ変えているのだ。
ならば、フランドールに対して何かを言うのは無粋だと龍也が思った時、

「ねぇねぇ、龍也も一緒にお散歩しよ」

フランドールが龍也に一緒に散歩をしないかと言って来た。
散歩に誘われた龍也は誰かと一緒に歩くのも楽しいだろうし、上手くいけばそれなりの広さが在る場所を見付けられると考え、

「じゃ、一緒に散歩するか」

フランドールと一緒に散歩する事を決める。
龍也が一緒に散歩にする事を決めたからか、

「やった!! じゃ、早く行こ!!」

フランドールは嬉しそうな表情を浮かべながら龍也の手を取り、早足で歩き出した。





















龍也とフランドールが一緒に散歩し始めてから暫らく経つと、

「お腹空いた……」

フランドールが空腹を訴えて来た。
それを聞き、龍也も空腹感を感じ始める。
本来の予定ではもう寝ている筈だったので腹が空いても仕方が無いなと龍也は思いつつ、

「そういや、吸血鬼って何を食べるんだ? やっぱり血か?」

フランドールに吸血鬼は何を食べるのかを問う。

「んー……血以外と言うか血が入っていない食べ物でも普通に食べれるよ。お肉でもお野菜でもお菓子でも」
「へー……」

吸血鬼が食する事が出来る食べ物を聞き、龍也は少し驚いた表情を浮かべたが、

「……あ」

直ぐにある事を思い出す。
思い出した事と言うのは、紅魔館で出された食事の事だ。
紅魔館に宿泊した時に出された食べ物は高級レストランで出て来る様な物が多いが、どれもこれも人間が食べれる物だけだ。
この事から、吸血鬼は血以外の物も普通に摂取出来ると考えるのが自然であろう。
序に言うのなら、宴会の時はレミリアもフランドールも普通にそこ等に置いてある料理を食べていた。
こう言った事があったのだから、龍也は吸血鬼が血以外の物を普通に摂取出来る事を気付けた筈だ。
気付けなかった辺り、空腹が自分の思考力を奪っていたのかもしれない。
龍也がそんな事を考えている間に、

「うー……お腹空いたー……」

フランドールが再び空腹を訴え始める。
その訴えを聞き、

「そうは言ってもなぁ……この辺りに食い物何て無いぞ」

龍也は周囲を見渡しながらこの近辺に食べ物何て無いと言った時、

「……ん?」

少し遠くの方に屋台が見えた。
こんな森の中に屋台が在る事に龍也は少し驚いたが、あの屋台になら何か食べ物が在るのではと龍也は考え、

「あそこに見える屋台に行ってみようぜ。屋台になら、何か食い物が在るだろうしな」

フランドールに屋台に行こうと言う提案をする。
龍也の提案を、

「うん!!」

フランドールは受け入れ、龍也の手を掴んだ儘の状態で屋台へと向かって行く。
ある程度近付けば八目鰻と書かれている紅い提灯と暖簾が見え、中々に本格的な屋台で分かる。
これは期待出来そうだな思いながら龍也はフランドールと一緒に暖簾を潜ると、

「あ、いらっしゃい!!」

店主と思わしき少女が龍也とフランドールの来訪を歓迎する声を元気良く掛けて来た。
少女の風貌は鳥の羽を思わす様な耳をし、紫と桜色を合わせた様な色をした髪を肩口付近で揃えていると言った感じだ。
他に特徴的なものと言えば背中から生えている羽に胸部と腹部を茶、腕部などを白で構成された服を着ている事位であろうか。
屋台の中に居るのだから彼女が店主だろうな思いつつ、

「あんたがこの屋台の店主か?」

龍也は確認を取る様に店主かと尋ねる。

「そうよ。私がこの屋台の店主のミスティア・ローレライ。貴方達は?」

少女は自分が店主である事を肯定しながら自己紹介をし、龍也とフランドールが誰かと問うて来た。
ミスティアがちゃんと自己紹介をしてくれたからか、

「俺は四神龍也」
「私はフランドール・スカーレット」

龍也とフランドールも自己紹介を行う。

「四神龍也にフランドール・スカーレットね。うん、覚えた……ん、スカーレット? 何処かで聞いた覚えが在る様な……」

龍也とフランドールの名を口にした時、ミスティアはスカーレットと言う名に聞き覚えが在ると呟く。
何処か思案気な表情を浮かべているミスティアに、

「紅魔館って言う大きな紅い館の主の名前がレミリア・スカーレット。で、フランドールはそのレミリアの妹だ」

龍也はミスティアにフランドールは紅魔館の主の妹である事を教える。

「紅魔館……ああ、あの悪魔の館って言われてる館の事ね。あそこの主に妹って居たんだ」
「まぁ、フランドールは今まで館の外に出たりする事がかなり少なかったからな。こうやってフランドールが出歩く様になったのは少し前からだしな」

レミリアに妹が居た事に少し驚いているミスティアに、龍也はフランドールが少し前まで紅魔館から出る事は殆ど無かった事を話す。
龍也の話しを聞き、ミスティアはフランドールの存在を知らなかった事に納得しつつ、

「ま、それはそれとして……貴方達二人はお客様第一号と第二号だからね!! 色々とサービスするよ!!」

ミスティアは満面の笑顔を浮かべ、龍也とフランドールはお客様第一号と第二号だからサービスをすると言う宣言を行う。

「なんだ、今日開店したのか。この屋台」
「そ。焼き鳥撲滅の為にね!!」

この屋台が今日開店したばかりである事に龍也が少し驚いた表情を浮かべると、ミスティアは焼き鳥撲滅の為に屋台をやり始めた目標を大きな声で掲げる。
焼き鳥撲滅の為に八目鰻の屋台を始めた事とミスティアの見た目から、龍也がミスティアの事を鳥の妖怪なのではと考え始めた時、

「ささ、早く座って座って!! 注文した物なら直ぐに出せるよ!!」

ミスティアは早く座って注文をする様に促して来た。
ミスティアに促される形で二人は長椅子に腰を落ち着かせ、龍也は注文表に目を向ける。
そして、

「じゃあ……俺は焼酎と焼き八目鰻三つにご飯。フランドールはどうする?」

龍也は注文を決め、フランドールに何を注文するのかを聞く。
何を注文するかを聞かれたフランドールは、

「えっと、えっと……龍也と同じ物が良い」

少し緊張した様子を見せながら、龍也と同じ物が良いと口にした。
龍也とフランドールの注文を聞いたミスティアは、

「はいよ!! 一寸待っててね」

元気な声を上げながら八目鰻を焼いていく。
ミスティアが八目鰻を焼いていく様子を見ながら、

「何だ、緊張してるのか?」

龍也はフランドールに緊張しているのかと尋ねる。
すると、

「う、うん。こう言う所に来るの初めてで……」

案の定と言うべきか、フランドールは緊張している事を肯定した。
こう言った場所で食事を取るのは初めてだから緊張しても仕方が無いかと龍也は思いつつ、

「大丈夫だって。別に緊張する様な事何て無いさ」

フランドールの緊張を和らげ様とする。
そんな龍也の行いが幸を成したからか、

「う、うん……」

フランドールの緊張が和らいでいく。
そのタイミングで、

「へい!! お待ち!!」

ご飯、焼き八目鰻、焼酎が出された。
腹が空いている事もあってか、

「いっただっきまーす!!」

龍也は直ぐにいただきますと言い、箸を手に取って焼き八目鰻を少し冷まして口に運ぶ。
焼き八目鰻を口に含み、飲み込むと、

「……美味い」

龍也の口から自然の美味いと言う感想が漏れた。
美味しいと言う感想が聞けたからか、

「えへへ、ありがとう」

ミスティアは嬉しそうな表情を浮かべる。
龍也が美味しそうな表情で焼き八目鰻を食べているのを見て、フランドールも箸を使って焼き八目鰻を食べていく。
が、

「熱ッ!?」

フランドールは熱いと言う悲鳴を上げながら焼き八目鰻を口から離してしまう。
熱がっているフランドールを見て、

「そんなに焦って食べる必要は無いって」

龍也が言い聞かせる様に焦って食べる必要は無いと言うと、

「う、うん」

フランドールは焼き八目鰻に息を吹き掛けていく。
そして、十分に冷えた事が確認出来るとフランドールは焼き八目鰻を食べ、

「美味しー」

龍也と同じ様に美味しいと言う感想を漏らした。
どうやら、フランドールも焼き八目鰻の味に満足した様だ。
ご機嫌と言った感じで二人が箸を進めてから少し時間が経った時、

「はい」

ミスティアは焼き八目鰻を出して来た。

「何だ? 追加の注文を頼んだ覚えは無いぞ」

追加の注文を頼んだ覚えは無いと言う龍也の疑問に、

「それはサービスだよ」

ミスティアは今出した焼き八目鰻はサービスだと口にする。

「そっか。サンキュ」

サービスをしてくれたミスティアに龍也が礼を言った瞬間、

「……あっ!!」

突如、フランドールは何かに気付いたかの様に大きな声を上げた。
急に大きな声を上げられた事で龍也とミスティアは驚くも、直ぐに落ち着きを取り戻し、

「どうしたんだ、一体?」

龍也はフランドールにどうしたんだと尋ねる。
尋ねられたフランドールは、

「こ、こう言う所でご飯を食べるとお金が掛かるんだよね。わ、私……お金持ってない……」

不安気な声色でお金を持っていない事を呟く。
飲食店で食事を取れば、お金を代価として払うのが一般的だ。
つまり、お金が無く食事を取ったとなれば無銭飲食をしたと言う事になる。
この儘では無銭飲食をしてしまう事になると思っているフランドールに、

「ああ、それなら心配すんな。お前の分も俺が払うから」

龍也はフランドールの分も自分が払うから心配するなと言う。

「え? で、でも……」
「これでも結構金は持ってるんだ。二人分払ったところで大した事はねぇよ」

何処か遠慮がちなフランドールに、龍也は二人分払っても大した事は無いから気にする必要は無いと断言した。
龍也が本当に気にしていない事を感じ取ったからか、

「ありがとう、龍也!!」

フランドールは満面の笑顔を浮かべながら礼を言い、再び食事を取り始める。
フランドールの不安が解消された後、

「そういや、ミスティアは焼き鳥撲滅を目指すって言う理由で八目鰻の屋台を始めたって言ってたけど……屋台をやり始める事を決めた決定的な理由って言う
のはあったりするのか? それとも、焼き鳥撲滅って言う理由だけで屋台を始めたのか?」

龍也はミスティアにふと思った事を聞いてみる事にした。

「決定的な理由? 勿論あるよ。理由って言うのはね、ある噂話を聞いたからなの」

ミスティアは八目鰻の屋台をやり始める事を決めた決定的な理由はある噂話を聞いたからだと言い、

「その噂話って言うのはね、健康マニアの焼き鳥屋の焼き鳥がとても美味しいって話よ」

噂話の内容を龍也に伝える。

「健康マニアの焼き鳥屋?」
「あくまで噂話だけどね。それに、私も健康マニアの焼き鳥屋って言うのには会った事は無いし」

健康マニアの焼き鳥屋と言う発言を聞いて龍也が首を傾げるとミスティアは健康マニアの焼き鳥屋の事は噂話でしか聞いた事がなく、会った事は無いと話す。

「若しかしたら、その健康マニアの焼き鳥屋って言うのは只の噂でしかない可能性があるって事か」
「そうね。でも……噂話の真偽は兎も角、この屋台は何時かやり始める積りだったんだけどね。焼き鳥撲滅の為に」
「つまり……健康マニアの焼き鳥屋の話を聞いて予定よりも早くに屋台を出す事にしたのか」
「そう言う事」

ミスティアと会話を交わしつつ、龍也は気の長い計画だなと思った。
ミスティアの計画は焼き鳥の顧客を焼き八目鰻に全て移行させると言うものだろうが、焼き鳥の方が圧倒的にメジャーだ。
これを実現させるとしたら、相当な年月と労力が必要である。
普通に考えるならば、焼き八目鰻で焼き鳥撲滅は限りなく不可能に近いであろう。
しかし、ミスティアは妖怪だ。
妖怪の寿命は人間と比べて非常に長い。
それこそ、圧倒的と言っても良い程に。
ならば、焼き八目鰻で焼き鳥撲滅と言うのも案外不可能では無いのかもしれない。
まぁ、それでも龍也が思った通り気の長い計画ではあるが。

「……と、焼酎が無くなってるな。ミスティア、焼酎もう一本追加」

焼酎が空になっている事に気付いた龍也は、ミスティアに追加の焼酎を注文する。

「はいよ!! あ、これもサービスだからね」

追加の注文を頼まれたミスティアは了承の返事をしながらこれもサービスだと言って焼酎を出す。

「サンキュ」

礼を言いながら龍也は出された焼酎を飲み、ミスティアと雑談を交わしていく。
ミスティアと雑談を始めてから幾らかの時間が経った時、

「……ん?」

龍也はある事に気付く。
気付いた事と言うのは、フランドールが先程から喋っていないと言う事だ。
話しに入って来れなかったのかと考えた龍也がフランドールの方に顔を向けると、

「ありゃ……」

うっつらうっつらとしているフランドールの姿が目に映った。
明らかに眠たそうなフランドールに、

「どうした、眠くなったか?」

龍也は確認を取る様に眠くなったのかと尋ねる。
すると、案の定と言うべきか、

「んー……」

フランドールからは余り力が感じられない相槌が返って来た。
フランドールの反応から察するに、意識の半分以上が夢の世界に旅立っている様だ。
そんなフランドールを見て、龍也はポケットから懐中時計を取り出して時間の確認する。
確認した結果、もう何時間かすれば日が昇る時間になる事が分かった。
日が昇ると言う事は、日光が降り注ぐと言う事。
日光など、吸血鬼であるフランドールにとっては天敵中の天敵だ。
日が昇る前にフランドールを紅魔館に連れて行った方が良いだろうと龍也は考え、懐中時計を仕舞って焼酎を飲み干す。
そして、財布を取り出し、

「代金、ここに置いておくぞ」

飲食代をミスティアに渡す。

「毎度あり!!」

ミスティアが代金を受け取ったのを見た後、龍也は財布を仕舞ってフランドールに近付き、

「立てるか?」

立てるかと声を掛ける。
声を掛けられたフランドールは、

「んー……立てるー……」

返事を返しながら何とか立ち上がった。
が、立ち上がったフランドールの足元は覚束ない。
これでは途中で転んでしまいそうだと感じた龍也は、

「よ……っと」

フランドールを背負い始めた。
どうやら、紅魔館までフランドールを運んで行く気の様だ。
龍也が上半身を少し前に倒し、フランドールを落とさない様にしていると、

「また来てねー」

ミスティアがまたの来訪を待っていると口にする。
それに返す様に、

「ああ、お前の屋台を見掛けたらまた寄らせて貰うよ」

龍也はミスティアの屋台を見掛けたらまた寄らせて貰うと言い、跳躍を行う。
ある程度の高度に達すると、龍也は足元に霊力で出来た見えない足場を作り、

「よ……っと」

そこに足を付け、

「えーっと……紅魔館はどっちだったかな……」

紅魔館を探す為に顔を動かす。
顔を動かし始めて少し経つと、遠くの方に大きな何かが龍也の目に映った。
はっきりとした確証は持てなかったが、

「……よし、あそこに行ってみるか」

ここでボーッと突っ立っていても仕方が無いと龍也は判断し、自分の目に映ったものが在る方へと向かって行く。





















龍也が空中を駆け始めてから幾らかの時間が流れると、紅魔館が見えて来た。
龍也は自分の判断は正しかったと思いつつ、少しペースを上げて行く。
無論、フランドールに振動がいかない様に気を付けながら。
そして、眼下の方に大きな門が見え始めると、

「よ……っと」

龍也は降下して地に足を着け、顔を上げる。
顔を上げた先には美鈴が居たので、龍也は美鈴に近付いて行く。
その時、

「美鈴……起きてたのか。驚いた」

美鈴が起きている事を知り、龍也は驚きの表情を浮かべてしまう。
そんな龍也の反応を見て、

「そんな、私が起きてるのが珍しいって言う様な反応はしないでくださーい!!」

美鈴は両腕を大きく振りながら心外だと言う様な態度を示す。

「ああ、悪い悪い」
「むー……」

龍也の心が籠もっていない様な謝罪を受け、美鈴は不満気な表情を浮かべるも、

「……おや? 背負ってるいるのは妹様ですか?」

龍也がフランドールを背負っている事に気付き、少し驚いた表情に変わる。
少し驚いた表情をしている美鈴を見ながら、

「ああ、実は……」

龍也はフランドールを背負っている理由を話す。
龍也の話を聞き、

「成程……そうだったんですか。だから、咲夜さんは妹様が帰って来る前に帰って来たんですね」

美鈴は納得した表情を浮かべ、咲夜がフランドールよりも先に帰って来た事に納得したと呟く。

「咲夜が先に帰って来た? どう言う事だ?」
「実はですね、妹様が一人で外出する際は咲夜さんがこっそりと後を付けてるんですよ。で、今回に限って咲夜さんは先に帰って来たんです」

咲夜が先に帰って来たと言う発言に疑問を覚えた龍也に、美鈴は龍也が抱いた疑問に対する答えを教えた。

「へぇ……何で咲夜はフランドールの後を付けてたんだ?」
「お嬢様の命令ですね。前までは妹様、かなり不安定でしたから」
「不安定ねぇ……話には聞いた事はあるけど、今のフランドールを見てると不安定な状態って言うのは想像出来ないな」
「そうですね……お嬢様が仰るには妹様は霊夢と魔理沙に出会ってから安定し始め、龍也さんと出会ってからはかなり安定したとの事です。既に
安定し始めた妹様しか知らない龍也さんには想像出来ないかもしれないですね」

安定し始めたフランドールしか知らない龍也には不安定であった頃のフランドールを想像出来なくても仕方が無いと口にする。

「俺と出会ってからかなり安定したねぇ……俺はフランドールの背中を押してやって事位しかしてやってないんだけどな」
「多分、それが妹様にとって一番必要だったんですよ。お嬢様は妹様に負い目がありましたし、パチュリー様はお嬢様の親友と言っても紅魔館での立場は
客分。小悪魔さんはパチュリー様の使い魔と言うか配下と言った立場で、私や咲夜さんの立場は一使用人で妖精メイドは更にその下。私達では妹様に強く
ものを言えなかったですからね」

自分は背中を押す位の事しかやっていないと漏らした龍也に、美鈴は背中を押してやる事が一番必要だったのだと言い、

「とと、少し話が脱線しましたね。話を戻しますが、お嬢様が咲夜さんに妹様の後を付ける様に命令を下したのは不安定だったからと言う理由以外にも単純に
心配だったと言うのもあります。少し前までは外出する時は誰かと一緒でしたから」

話を戻す様に咲夜がフランドールの外出に付いて行く不安定以外の理由を述べた。

「……そう言えば、何で咲夜は今回に限って先に帰ったんだ?」

龍也が思い出したかの様に何で咲夜は先に帰ったのかと言う疑問を漏らすと、

「それは妹様が龍也さんと一緒に居るところを見たからでしょうね。龍也さんと一緒なら何の問題も無いと判断したんでしょう。後、龍也さんに自分の
存在を気付かれて妹様に自分の存在が露呈する事を恐れたからでしょうね」

美鈴はその疑問に対する自分の推察を龍也に伝える。
美鈴の推察を聞き、

「……ここまで色々と話してしまってから言うのもあれだけど、今まで話した内容ってフランドールに聞かれたら不味いんじゃないか?」

龍也は今まで話していた内容がフランドールに聞かれていたら不味いのでは呟く。
それを聞いた美鈴は、

「……あっ!?」

非常に不味いと言った表情になりながら、ゆっくりとした動作で龍也が背負っているフランドールの顔を覗き込む。
すると、

「……あ、妹様は寝ていらっしゃる様ですね」

美鈴はフランドールが寝ている事に気付き、安心した様に息を一つ吐く。

「何だ、寝てたのか」

紅魔館に向かう途中で寝てしまったのだろうか。
まぁ、今の会話をフランドールに聞かれなくて良かったと思いつつ、

「取り敢えず、門を開けてくれるか。フランドールを部屋まで連れて行かなきゃならないし」

龍也は美鈴に門を開ける様に頼む。

「あ、はい。分かりました」

了承の返事を返しながら美鈴が門を開けると、

「それじゃ、またな」
「はい、また」

龍也は美鈴と軽い挨拶を交わし、紅魔館の扉を目指して歩いて行く。
そして、扉を開けて紅魔館の中に入った龍也は周囲を見渡し、

「……フランドールの部屋って、何所だっけ?」

フランドールの部屋は何所だっけと言う言葉を口にした。
紅魔館にはそれなりの回数泊まっている龍也ではあるが、未だに紅魔館の全容を把握出来てはいないのだ。
龍也が未だに紅魔館の全容を把握出来ていないのは、紅魔館が広過ぎるからであろうが。
フランドールの部屋に行くのは諦め、何所か適当な部屋にフランドールを寝かせるべきかと龍也が考え始めた時、

「あら、いらっしゃい」

咲夜が音も無く現れた。
何時もの様に時間を止めて現れたのだろうと推察し、

「よ、咲夜」

龍也は咲夜の方に体を向ける。

「背負っているのは……妹様ね。どうやら、完全にお休みの様ね」
「ああ、どうも紅魔館に向かっている途中で寝ちゃったみたいでな」

フランドールが寝ている事を察した咲夜に、龍也は紅魔館に向かっている最中に寝てしまった事を話し、

「てか、お前も大変だな。フランドールが外出する度に付いて行ってるんだろ」

咲夜を労う様な事を口にした。

「何で貴方がその事を……ああ、美鈴ね。全く、お喋り何だから……」

フランドールが一人で外出する際に自分が付いて行っている事を知っていた龍也に咲夜は驚くも、直ぐに美鈴がその事を教えたのだろうと思い、

「でも、言う程大変って訳でもないのよ。妹様が一人で外出される様になっても何の騒ぎも起こしていないしね。だから、妹様の外出に付いて行くと言う
事は私にとっては良い気分転換なってるの。夜景も中々に綺麗だしね」

フランドールの外出に付いて行くのは別に苦ではなく、良い気分転換になっていると言う。

「まぁ……今の妹様を見るに、私や他の誰かが見ている必要性は感じられないけどね」
「確かに」

咲夜の発言に龍也は同意しつつ、

「そうだ、フランドールを部屋に連れて行って寝かしてやってくれないか?」

フランドールを部屋に連れて行って寝かしてくれないかと頼む。

「分かったわ」

了承の返事をしてくれた咲夜に龍也が背負っているフランドールを渡した瞬間、咲夜の姿が消え、

「お待たせ」

然程時間を掛けずに咲夜は再び龍也の目の前に現れた。

「別にお待たせって言われる程待ってねぇよ。てか、相変わらず便利な能力だな」

別にお待たせと言われる程待ってはいないと龍也は言い、時間を操れる咲夜の能力を便利であると口にする。

「確かに、自分の言うのもあれだけど私の能力は便利ね。この能力が無かったらここで働くのはかなり大変な事になったでしょうし……」

咲夜は自分の能力が便利である事を肯定し、

「それで、貴方はどうする? 泊まっていく?」

咲夜は龍也に泊まっていくかどうかを聞く。
尋ねられた龍也は少し考え様としたが、考える前に強烈な睡魔が襲って来たのを感じたので、

「ああ、泊まってく」

即決で泊まっていく事を決めた。
なので、

「分かったわ。部屋まで案内するから付いて来て」

咲夜は部屋に案内するから付いて来てと言って歩き出す。

「了解」

龍也は了解と言いながら歩き出した咲夜の後に付いて行く。
二人が歩き始めてから少し時間が経つと、

「はい、付いたわよ」

目的の部屋の前に辿り着いた。

「かなり眠たそうにしてるけど、大丈夫? ちゃんとベッドまで行ける?」
「大丈夫だって。まだそれ位の体力は十分に残ってるから」

龍也の表情からベッドまで行けるのかと心配した咲夜に、龍也は大丈夫だと返す。

「なら良いけど……私はまだ幾つか仕事が残っているからもう行くけど……本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。それはそうと、色々とありがとな」
「どういたしまして。それじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」

軽い会話を交わした後、咲夜はまた音も無く消えた。
そして、部屋の中に入る為に龍也がドアノブに手を掛ける。
その時、

「龍也」

龍也の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
自分の名を呼ばれたからか、龍也はドアノブから手を離して声が聞こえて来た方に顔を動かす。
顔を動かした龍也の目に、

「レミリア」

レミリアの姿が映る。
どうやら、龍也に声を掛けて来たのはレミリアであった様だ。

「こんばんは」
「ああ、こんばんは」

レミリアと龍也が挨拶の言葉を交わしあった後、

「咲夜から聞いたわ。フランが世話になったって。ありがとう」

レミリアはフランドールが世話になった事に対する礼を言う。
礼を言われた龍也は、

「別に対した事はしてないんだけどな……」

少し照れ臭そうになる。
そんな龍也を見ながら、

「そうそう。これも咲夜から聞いたんだけど、フランと一緒に屋台に行ったそうね」

レミリアは龍也とフランドールが一緒に行った屋台の話題を出す。

「ああ、ミスティアって言う妖怪がやっている屋台だ。因みに、ミスティアの屋台の目玉は焼き八目鰻だな。美味かったぜ」
「へぇー……妖怪がやっている屋台ねぇ……」

龍也の話を聞き、レミリアは興味深そうな表情を浮かべた。
妖怪がやっている屋台と言うのがレミリアの興味を引いた様だ。

「……今度、私もその屋台に足を運んでみ様かしら」

ミスティアの屋台に足を運ぼうと考えているレミリアに、

「行ってみろ行ってみろ。今日開店したばかりだって話しだから、暫らくは森の中でやってるんじゃないか? 俺とフランドールがミスティアの屋台を
見つけた場所も森の中だったし」

龍也は行ってみる様に促し、ここ暫らくならミスティアの屋台は森の中で見付かるだろうと口にする。

「ふむ……それなら探す時は森の中を重点的に探してみるか」

龍也の助言を聞き、レミリアはミスティアの屋台を探す際の予定を立てつつ、

「それはそうと、龍也。私のものにならない?」

話を変えるかの様に龍也に自分のものにならないかと言って来た。

「悪いが、断る」
「あら、それは残念」

ある種のお約束とも成りつつあるやり取りを終えた後、

「あー……やばい。睡魔がやばい」

龍也の睡魔が限界まで達し始める。
眠くて仕方が無いと言う表情を浮かべている龍也を見て、

「私はまだ平気だけど……そんなに眠いのなら仕方が無いわね」

レミリアは会話を切り上げ、

「おやすみ」

おやすみと言う言葉を掛けた。

「ああ、おやすみ」

龍也も返す様におやすみと言った後、ドアを開けて部屋の中へと入る。
部屋の中に入った龍也はドアを閉め、一目散にベッドへと向って行く。
向かっている途中で龍也は学ランを脱ぎ、やや乱雑に学ランを椅子に掛け、

「あー……」

靴を脱ぎながらベッドに倒れ込み、目を瞑る。
そして、龍也は体を動かして布団を被って眠り始めた。























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