現在、龍也は紅魔館に赴く為に霧の湖上空を駆ける様にして進んでいる。
その道中は何の襲撃も邪魔も無く、平和そのものであるのだが、
「……妙だな」
龍也は妙だと言う想いを抱いていた。
普段の異変であるのならば、進行中に妖精などが嫌と言う程に現れては主に弾幕などの攻撃で邪魔をして来る。
だと言うのに、今回は妖精と言った存在などの襲撃が一切無い。
この事から、
「……若しかして、今回のこれは異変じゃ無いのか? いや、今回の異変は危険度が低いから出て来なかったって言う可能性も在るな」
龍也は今回の短い頻度で宴会が連続して開かれているのは異変では無いのか、若しくは異変としての危険度が低いのではと考える。
簡単に答えが出そうに無い事に付いて龍也が考えている間に、
「……お、見えて来た」
紅魔館が見えて来た。
なので、龍也は考えていた事を頭の隅に追いやり、
「よ……っと」
降下して地に足を着け、歩いて紅魔館へと近付いて行く。
歩き始めてから少しすると紅魔館の門と美鈴の姿が見えて来たので、
「よっ、美鈴」
龍也は美鈴に声を掛ける。
が、
「……あれ?」
美鈴は何の反応も示さなかった。
反応が無かった事で、龍也は声が小さかったのかと思い、
「美鈴」
先程よりも大きな声で美鈴の名を呼ぶ。
しかし、
「……やっぱり反応が無いな」
やはりと言うべきか、美鈴は何の反応も示さなかった。
美鈴が何の反応も示さなかった事が気に掛かった龍也は美鈴に近付き、美鈴の顔を覗き込む。
美鈴の顔を覗き込んだ龍也は、
「……こいつ、寝てやがる」
美鈴が立った儘の状態で幸せそうな表情で寝ている事を知った。
つまり、美鈴は寝ていたから何の反応も示さなかったのだ。
今日の天気は良く、ポカポカと暖かいので眠りたくなる気持ちは良く解る。
だが、門番としてはどうなのだろうか。
まぁ、美鈴が門番をしている間に寝ている光景は結構見慣れているので龍也は大して驚きはしなかったが。
それはさて置き、黙って門を越えるのはあれなので龍也は美鈴の肩に手を置き、
「美鈴」
美鈴の名を呼びながら肩を揺すり、美鈴を起こそうとする。
普通ならばこれだけで少しは起きそうなものだが、
「……欠片も起きる気配が見られねぇ」
美鈴は肩を揺すっても幸せそうな表情を浮かべた儘で、起きる気配は欠片も見られなかった。
この事から肩を揺すった程度では目を覚まさないと判断した龍也は美鈴の肩から手を離し、息を大きく吸い込んで美鈴の耳元に顔を近付け、
「美鈴!!!!」
大きな声で美鈴の名前を呼ぶ。
耳元で大きな声を出されたからか、
「ひゃい!?」
美鈴は慌てた動作で飛び起きながら周囲の様子を伺い始める。
流石に耳元で大きな声を出されれば起きる様だ。
「やれやれ……」
やっと起きたかと言う表情を浮かべながら龍也が美鈴の耳元から顔を離すと、周囲の様子を伺っていた美鈴は龍也の存在に気付き、
「あ、何だ。龍也さんじゃないですか。脅かさないでくださいよー」
自分に声を掛けて来たのが龍也だと理解して安心した表情を浮かべた。
安心した表情を浮かべている美鈴に、
「紅魔館に来ると、半分位の確率でお前が寝ている姿を見るけど……良いのか? 門番が居眠りをしてて」
龍也は門番として居眠りをしても良いのかと問う。
問われた美鈴は、
「ち、違いますよー。寝ていたのではなく瞑想をしていただけです。ほ、本当に」
視線を彷徨わせながら寝ていたのではなく瞑想をしていたのだと言う主張をして来た。
視線が彷徨っている時点で瞑想をしていたと言う美鈴の主張は怪しいものだが、
「……ま、そう言う事にして置くか」
龍也は美鈴の主張が正しいと言う事にする。
明らかに自分の主張を殆ど信じていない龍也を見て、
「そ、それはそうと!! 本日はどの様な御用件ですか!?」
美鈴は強引に話を変えて来た。
美鈴が話を変えた事で龍也は何の為に紅魔館にやって来たのかを思い出し、
「ああ、パチュリーに用があるんだ」
パチュリーに用がある事を美鈴に伝える。
「パチュリー様にですか?」
「そうだ。で、通してくれるか?」
「ええ、構いませんよ」
龍也から用件を聞いた美鈴は通行の許可を出し、門を開いていく。
そして、門が完全に開くと、
「ありがとな」
龍也は軽い礼を述べ、足を進め始めた。
足を進め始めた龍也を見て、
「あ、それと先程の件は咲夜さんには御内密に……」
美鈴は先の居眠りだか瞑想だかの件は咲夜に内緒してくれと言う頼みを口にする。
美鈴の頼みが耳に入った龍也は一旦止まって顔を美鈴の方に顔を向け、
「分かった分かった。咲夜には黙って置くから安心しろ」
咲夜に黙って置く事を約束しながら顔の位置を戻し、再び足を進めて紅魔館の庭内に入って行く。
再び足を進めた龍也が紅魔館の中へと続く扉まで後半分と言った所にまで来た時、
「あら、いらっしゃい。龍也」
何の前触れ無く、唐突に咲夜が龍也の目の前に現れては挨拶の言葉を掛けて来た。
行き成りその様な現れ方をされれば驚きそうなものだが、咲夜の神出鬼没っぷりにはある程度慣れているからか、
「よ、咲夜」
龍也は然程驚いた様子を見せず、足を止めながら片手を上げて挨拶の言葉を述べる。
その後、
「それはそうと、何の用かしら?」
咲夜は龍也に紅魔館にやって来た理由を聞く。
聞かれた事に、
「ああ、パチュリーに用が在るんだ」
龍也は上げていた片手を下ろし、二度目だな思いながら紅魔館にやって来た理由を話す。
「パチュリー様に?」
「そうだ。実はな、博麗神社近辺に妖力が漂っててさ。で、パチュリーなら博麗神社近辺に在る妖力に付いて何か知ってるんじゃないかと思ったんだ。
仮に知らなかったとしても、パチュリーの図書館には大量の本が在るからな。何らかの情報は手に入るだろ」
パチュリーに用がある事を話したら咲夜が疑問気な表情を浮かべながら首を傾げたので、龍也はパチュリーに何の用が在るのかを咲夜に伝える。
パチュリーへの用件を伝えられた咲夜は、
「成程」
納得したと言った表情になり、
「それにしても妖力……か。それも考慮に入れて調べた方が良いかもしれないわね」
何かを考える素振り見せながら妖力も考慮に入れて調べた方が良いかもと呟く。
咲夜の呟きが耳に入った龍也は、
「若しかして、咲夜もこの短い頻度で連続して開かれている宴会に付いて調べてるのか?」
咲夜もこの短い頻度で連続して開かれている宴会に付いて調べているのかと尋ねる。
尋ねられた事に、
「調べてると言うより、今から調べ様としていたが正解ね。で、調べる為に出掛け様したら貴方の姿が見えたから声を掛けたって訳」
咲夜は訂正するかの様に今から調べ様としてた事と、調べる為に外に出たら龍也の姿を見掛けたから声を掛けた事を言う。
若干の喰い違いがあったものの、咲夜も短い頻度で連続して開かれている宴会に付いて調べ様としている事を知り、
「……となると、宴会に参加していた他の面々も俺達の様に調べているかもしれないな」
龍也は宴会に参加していた他の面々もこの件に付いて自分達と同じ様に調べているのではと考える。
龍也が把握している範囲で今回の短い頻度で連続して開かれている宴会に付いて調べている者は自分、霊夢、咲夜の三人。
だが、この三人以外にも今回の件を調べていると言う可能性は十分に存在している。
紅魔館を後にしたら宴会に参加していた面々に会いに行き、情報交換をすると言うのも良いかもしれない。
咲夜から得られた情報で龍也が今後の予定を立てていると、
「それはそれとして、私も運が良いわね。この件を調べる為に出発し様とした矢先に重要参考人に出会えたんだから」
咲夜は出発し様とした矢先に重要参考人に出会えて運が良いと漏らす。
咲夜が漏らした発言を聞いた龍也は、
「……ん?」
ある言葉に引っ掛かりを覚えた。
引っ掛かりを覚えた言葉と言うのは出発し様とした矢先に重要参考人に出会えたの部分。
今現在、紅魔館の庭園には龍也と咲夜以外の存在は見られない。
となれば、咲夜が漏らした重要参考人と言うのは龍也と言う事になる。
龍也は一寸した既視感を覚えつつも、
「……何故に俺が重要参考人?」
何故自分が重要参考人になるのかと問う。
問われた事に咲夜は何処か呆れた様な表情を浮かべ、
「あら、貴方が博麗神社に居座る様になってから短い頻度で連続して宴会が開かれる様になったのよ。だったら、先ずは貴方を疑うのが自然じゃない?」
龍也を重要参考人と判断した理由を話す。
咲夜が龍也を重要参考人と判断した理由は尤もであるからか、
「ああー……」
龍也は何の反論も出来ず、ついつい視線を彷徨わせてしまう。
同時に、博麗神社でも似た様な理由で霊夢に戦いを吹っ掛けられた事を思い出し、
「……となると、他の連中も同じ様な理由で襲い掛かって来そうだな」
思い出した事に付随するかの様に他の面々も今の咲夜や霊夢と同じ理由で襲い掛かって来そうだと言う可能性が龍也の頭に過ぎった。
下手をしたら、龍也が宴会に参加した面々に会うだけで戦闘開始になるかもしれない。
つい先程考えた宴会に参加した面々に会いに行って情報交換を行う言うのは保留するべきかと考えつつ、
「俺が無実を訴えても……見逃してはくれないんだろ?」
龍也は確認を取る様に自分が無実を訴えたとしても見逃す気は無いのだろうと尋ねる。
「ええ、勿論見逃す気は無いわ」
「やっぱりか」
見逃す気は無いと言う咲夜の答えは予想出来ていたからか、龍也の表情に落胆の色は見られなかった。
序に言えば、行き成り戦いを仕掛けられるのは幻想郷では割と良く在る事なので一々落胆などしてはいられないのだろう。
それは兎も角、一戦交える事が確定した事で龍也は肩を回したりと言った軽いストレッチを行い始めた。
軽いストレッチを行っている龍也を見ながら、
「それと、貴方が怪しいからって言う理由だけで戦いを仕掛ける……って言う訳でも無いのよ。何時ぞやのリベンジもして置きたいしね」
咲夜は龍也が怪しいと言う理由だけで戦いを仕掛けたのでは無く、何時ぞやのリベンジもして置きたいからと言う事を口にする。
「リベンジ……」
リベンジと言う単語に反応した龍也はストレッチを止めて記憶を探って行くと、初めて咲夜と戦った時の記憶に行き着いた。
あの時の戦いは龍也が勝利を収めたものの、その勝利は土壇場で玄武の力が覚醒したお陰。
更に付け加えればあの時の龍也は力が覚醒した直後と言う事もあってか、魂の奥底から溢れ出た力の奔流が体中を駆け巡っている様な状態にあった。
端的に言えば力の覚醒と力の奔流が体中を駆け巡った事による大幅なパワーアップが無ければ龍也は咲夜に勝つ事は出来なかった可能性が極めて高い。
だからか、龍也は乗り気な表情になり、
「リベンジ……ね。上手くリベンジをする事が出来るかな? あの時より、ずっと強くなった積りだぜ。俺は」
戦う言う意志を咲夜に見せる。
龍也が戦う意志を示したからか、咲夜は何処か嬉しそうな表情を浮かべ、
「あら、あの時よりも強くなっているのは私も同じよ」
あの時よりも強くなってるのは自分も同じだと言って太腿辺りに装備してあるナイフを一本引き抜いた。
咲夜がナイフを引き抜いたのを見て、
「……と、ルールは近接戦込みの弾幕ごっこでやるのか?」
龍也は確認を取る様に戦闘方法は近接戦込みの弾幕ごっこで良いかと尋ねる。
すると、
「そうね……うん、それで良いわ」
咲夜から近接戦込みの弾幕ごっこで良いと言う答えが返って来た。
大して時間を掛けずに近接戦込みの弾幕ごっこを了承した辺り、咲夜も咲夜で近接戦込みの弾幕ごっこに興味が有る様だ。
霊夢に続き咲夜もそうであったからか、ここ暫らくの弾幕ごっこは近接戦込みのが主流になりそうだと言う事を龍也は思いつつ、
「よ……っと」
間合いを取る為に後ろに跳ぶ。
咲夜からある程度離れた所で龍也は地に足を着けて着地し、周囲を見渡すと今自分が居る位置から少し離れた場所に花が咲いている事が分かった。
通常の弾幕ごっこでは紅魔館の庭園に咲き誇っている花を吹き飛ばしてしまいそうだが、近接戦込みの弾幕ごっこならその心配もなさそうだ。
とは言え、変に大きく動けば花を踏み荒らす事になってしまうだろう。
流石にそんな事をしたくは無いので、移動する際には気を付けると言う事を頭に入れながら龍也は構えを取る。
龍也が構えを取った事で、咲夜も構えを取った。
構えを取った二人は動かず、様子を伺っていく。
二人が様子を伺い始めてから少しすると、唐突に風が吹いた。
その吹いた風を合図にしたかの様に、
「…………ッ」
龍也は咲夜に向けて霊力で出来た弾を何発か放つ。
まるで挨拶代わりと言わん様に。
対する咲夜は、避ける素振りを見せない処か龍也が放った弾に向けて突っ込んで行き、
「何……」
必要最小限の動きだけで龍也が放った弾を避けて行った。
放たれた弾を避けながら突っ込んで来た咲夜に、龍也は思わず驚いた表情を浮かべてしまう。
てっきり、手に持っているナイフで斬り払うと言った事をして来ると思っていたからだ。
だが、何時までも驚いた表情を浮かべていると言う訳にもいかない。
何故ならば、既に咲夜は自分の間合いに龍也を入れているからだ。
自分が咲夜の間合いに入った事に気付いた龍也が表情を戻したのと同時に、
「しっ!!」
咲夜はナイフを振るう。
振るわれたナイフを龍也は一歩後ろに下がる事で避け、咲夜がナイフを振り切ったタイミングで、
「らあ!!」
咲夜に向けて肘打ちを放つ。
放たれた肘打ちを、
「……っと」
咲夜は大きく後ろに跳ぶ事で回避し、龍也の追撃を防ぐかの様にナイフを数本投擲した。
投擲されたナイフを見て、
「……ちっ」
龍也は舌打ちをしながら跳躍を行い、投擲されたナイフを避ける。
舌打ちしたのを見るに、龍也は追撃する気が満々であった様だ。
それはさて置き、跳躍を行った龍也がどんどんと高度を上げている間に咲夜は地に足を着け、
「それだけで避け切った気になっていると……怪我をするわよ」
再び龍也に向けてナイフを数本投擲した。
「ッ!!」
この儘高度を上げて行ったら確実にナイフの直撃を受けてしまうと龍也は判断し、自身の足の裏付近に霊力で出来た見えない足場を作り、
「だあ!!」
作った見えない足場を思いっ切り蹴って後ろに跳ぶ。
後ろに跳んだ事で咲夜が投擲したナイフは龍也に当たる事は無かった。
しかし、投擲されたナイフを避けたと言う結果の代わりに、
「逃がさないわよ」
「なっ!?」
龍也は咲夜の接近を目の前までの許してしまう。
龍也が目の前まで咲夜が近付いている事に気付いた瞬間、咲夜は龍也に向けて蹴りを放つ。
放たれた蹴りに何とか反応出来た龍也は咄嗟に両腕を交差させ、
「ぐうっ!!」
咲夜の蹴りを腕で受け止める。
蹴りを受け止めた事でダメージは最小限に抑えられたが、
「く……」
まだ後ろに跳んでいる最中で踏ん張りが効かないと言う事もあり、龍也は容易く蹴り飛ばされてしまう。
蹴り飛ばされた龍也は何所まで吹っ飛んで行きそうであったが、龍也は直ぐに体勢を立て直して自分の足の裏に再び霊力で出来た見えない足場を作り、
「だ!!」
作った足場に思いっ切り足を着け、減速して行く。
そして、完全に止まると龍也は勢い良く顔を上げる。
無論、追撃を仕掛けて来ているであろう咲夜の状況を探る為だが、
「何……」
当の咲夜は追撃を仕掛けずに蹴りを放った位置で太腿辺りに装備してあるナイフ両手で一本ずつ引き抜き、構えを取っているだけであった。
追撃処か何の攻撃も仕掛けて来なかった咲夜に、龍也は不信感を抱く。
蹴り飛ばされ、隙だらけで有ったと言うのに何の攻撃も仕掛けて来なかったのだ。
不信感の一つや二つを抱くのも無理はないだろう。
「………………………………………………」
不信感を抱いた事で龍也が咲夜に探る様な視線を向けた時、
「ッ!?」
龍也は何かを感じ取ったかの様に体を逸らした。
体を逸らした龍也の目には、
「な!?」
自身の目の前を通過して行く数本のナイフが映る。
因みに、ナイフの進行方向は龍也から見て右上がりの斜め上。
そう、今龍也の目の前を通過したナイフは地上から来た物なのだ。
「咲夜は空中に来てから一度も地上に降りて無いのに何で地上からナイフが……そうか」
地上からナイフが来た事に龍也は疑問を覚えたが、直ぐにある事を思い出す。
咲夜は投擲したナイフを反射させるのを得意としている事を。
咲夜が最初に投擲した数本のナイフ。
あれが反射して来たと考えれば、今飛んで来たナイフに付いての説明が着く。
説明が着いたと言っても、咲夜とて投擲したナイフ全てを反射する様に投擲している訳でも無いだろう。
咲夜がナイフを投擲した際は反射するナイフなのか反射しないナイフなのかを見極める必要が有る事を龍也が感じ始めた瞬間、
「余所見は良く無いわよ」
余所見は良く無いと言う言葉が龍也の耳に入って来た。
耳に入った言葉に反応し、言葉が聞こえて来た方に体を向けた龍也の目には、
「ッ!!」
間近にまで迫って来ている咲夜の姿が映る。
どうやら、龍也が反射して来たナイフを避けたタイミングで咲夜は距離を詰めに掛かった様だ。
龍也が咲夜の接近に気付き、体勢を立て直す前に、
「しっ!!」
咲夜は右手に持っているナイフを振るう。
龍也の体勢はまだ戻っていないので、咲夜が振るったナイフは龍也の体に当たってしまうと思われたが、
「させるか!!」
龍也は反射的に左手を伸ばし、咲夜の右手首を掴んで振るわれたナイフを止める。
「なっ!?」
今の龍也の体勢で自分が振るったナイフを止めた事に咲夜は驚くも、直ぐに左手のナイフを振るう。
振るわれたもう一本のナイフは勢い良く龍也に向かって行くが、
「だりゃあ!!」
龍也は自分の体にナイフが当たる前に右手を伸ばして咲夜の左手首を掴み、ナイフが自分の体に当たるのを防ぐ。
両手首を掴まれた事で咲夜の攻撃は失敗に終わってしまったが、
「ぐ……くく……」
咲夜は押し切るかの様に両腕に力を籠める。
咲夜が力を籠めた事でナイフが少しずつ龍也の体に近付いて行ったので、
「うぐ……く……くく……」
龍也も力を籠め始めた。
そのお陰か、咲夜のナイフの進行は止まる。
だが、幾らナイフの進行が止まったと言っても龍也と咲夜の両名が力を籠める事を止めた訳では無い。
咲夜は押し切ろうとする為に更に力を籠め、龍也はナイフの進行を止めるのでは無く逆に押し返そうとする為に力を籠める。
ナイフを当てるか防ぐかから、力比べ勝負に変わり始めてから幾らか時間が経つと、
「く、押され……」
咲夜が押され始めた。
押され始めたと言ってもほんの僅かなのだが、押された事に変わりは無い。
純粋な力勝負では龍也には敵わない事を悟った咲夜は、
「はあ!!」
瞬時に龍也の腹部に向けて膝蹴りを放つ。
咲夜の下半身に意識を向けてはいなかったからか、
「が……」
龍也は膝蹴りの直撃を腹部に受けてしまう。
腹部にダメージを受けた事で龍也は咲夜の両手首から手を離してしまい、踏鞴を踏む様にして数歩後ろに下がってしまう。
両手が自由になった事で再びナイフによる攻撃が行われるかと思われたが、咲夜はナイフによる攻撃を行わずに膝蹴りを放った脚を大きく上げ、
「せい!!」
大きく上げた脚を勢い良く龍也の頭頂部目掛けて振り下ろす。
俗に言う、踵落しだ。
放たれた踵落しは、
「があっ!?」
何の抵抗も無く龍也の頭頂部に直撃し、龍也を頭から地面に向けて叩き落とした。
叩き落とされた龍也は勢い良く地面に向かって行ったが、頭から地面に突っ込む寸前、
「だあ!!」
龍也は体を回転させて頭と足の位置を入れ替え、頭から地面に突っ込むのでは無く地に足を着けて着地する。
何とか頭から地面に突っ込むと言う事態だけは避けられたものの、
「ぐ……」
頭頂部に踵落しを受けた影響で龍也の意識がぐら付いてしまった。
咲夜相手に意識がぐら付いた儘の状態では危険だからか、龍也はぐら付いた意識を戻そうと頭を振るう。
龍也が頭を振るっている間に咲夜は降下して地に足を着け、
「流石ね。今の踵落とし、気絶させる積りで放ったんだけど」
今の踵落しで気絶しなかったのは流石だと言う言葉を龍也に掛ける。
掛けられた言葉に反応した龍也は意識がある程度が戻って来たからか、頭を振るのを止め、
「てか、気絶してたら頭から地面に刺さってたよな。俺」
気絶していたら自分は頭から地面に突き刺さっていただろうと呟く。
龍也の呟きを聞いた咲夜は、
「そうなったら窒息死する前に私が引っこ抜いて上げたわ……よ」
地面に突き刺さったら窒息死する前に自分が引っこ抜くと返しながら両手に持っているナイフを投擲する。
投擲されたナイフを見て、龍也はナイフが反射するのかしないのかを見極め様としたが、
「……分からん」
直ぐに分からないと言う結論を下し、体をギリギリまで下げながら突っ込んで行く。
体を下げた事で咲夜が投擲したナイフが龍也の体には当たらず、龍也の体の真上を通過して行った。
自身の真上をナイフが通過して行った事を感じ取った龍也は体を上げ、
「はあ!!」
咲夜に向けて拳を振るう。
振るわれた拳を、
「ぐ……」
咲夜は両腕を交差させる事で防ぐ。
が、
「おおおお……らあ!!」
龍也は防がれた事を無視するかの様に力任せに拳を振り抜き、防御の上から咲夜を殴り飛ばす。
「くう!!」
殴り飛ばされた咲夜は両腕に走る痛みに耐えながら両腕を自身の背後に持って行き、
「しっ!!」
両腕を前方に戻すのと同時に両手に持っていたナイフを投擲した。
迫り来るナイフを見た龍也は至る所にナイフを隠し持っているなと言う感想を抱きつつ、拳を振り切ったばかりの今の状態で満足な回避行動は出来ないと判断し、
「ぐう!!」
自分から地面に倒れ込む事で強引にナイフを避ける。
ナイフが自分の体が在った場所を通過したのを確認した後、龍也は立ち上がろうとしたが、
「ッ!?」
立ち上がる前にある光景が龍也の目に映った。
映った光景と言うのは、咲夜の周囲に幾本ものナイフが展開されていると言うもの。
展開されているナイフを見て、咲夜が何をする気なのかを察した龍也が慌てて立ち上がった瞬間、
「やっぱりか!!」
展開されていたナイフが龍也の方に向けて一斉に射出された。
射出されたナイフの速度と立ち上がったばかりの今の自分の体勢では回避は不可能だと龍也は感じ、
「くっ!!」
反射的に両手を突き出し、霊力で出来た弾幕を放つ。
放たれた弾幕は射出されたナイフに次々と当たっていき、爆発と爆煙を発生させていく。
発生した爆煙からナイフが突き抜けて来ない事から、龍也が放った弾幕は咲夜が射出したナイフを上手く撃墜出来ている様だ。
取り敢えず射出されたナイフを上手く撃墜出来た事に龍也は安堵しつつ、体勢を立て直しに掛かった時、
「……ん?」
龍也はある事に気付く。
気付いた事と言うのは、爆煙の中から爆発音が聞こえなくなった事だ。
爆発音が聞こえなくなったと言う事は、龍也の弾幕が咲夜のナイフに当たらなくなったと言う事。
しかし、爆煙を突っ切る様にしてナイフは飛び出して来てはいない。
この事から、咲夜がナイフを射出するのを止めたと考えた龍也は弾幕を放つのを止める。
龍也が弾幕を放つのを止めたのと同時に爆煙が晴れ、一枚のスペルカードを右手に持った咲夜の姿が見えて来た。
「ッ!!」
咲夜がスペルカードを手にしている事から、次に何が来るのかを理解した龍也が間合いを取ろうしたタイミングで、
「幻符『殺人ドール』」
咲夜はスペルカードを発動させる。
「ちっ!!」
スペルカードが発動する前に間合いを取る事が出来なかった事に龍也は舌打ちしつつ、直ぐに来るであろう攻撃に身構えていると、
「……何」
無数のナイフが咲夜を中心にして全方位に向けてかなりのスピードで射出された。
黙って突っ立て居れば確実にナイフの直撃を受けてしまうので、龍也は回避行動を取り始める。
全方位に射出さているだけあって、龍也へと向かって行くナイフの数は全体で見れば少ない。
だからか、龍也は回避行動を取りながら考え事をする余裕があった。
何に付いて考えているのかと言うと、全方位に射出されたナイフに付いてだ。
ナイフを龍也に向けて射出するのであれば、態々全方位にナイフを射出する必要は無い。
では何故と言う疑問も、直ぐに氷解する事になる。
何故ならば、
「なっ!?」
全方位に射出されたナイフが途中で合流したかの様に一斉に龍也の方へと向かって行ったからだ。
急激に自分の方に向かって来るナイフの数が大幅に増えた事で、龍也は次の回避先をどうするべきか一瞬だけ迷ってしまった。
その迷った一瞬が、
「しまっ!!」
向かって来たナイフを回避不可能な距離まで近付けさせる事を許してしまう。
どう足掻いても回避は無理なので、龍也は少しでもダメージを抑え様と腕を急所を庇う為に動かしながら体を若干丸め、
「……ッ!!」
歯を喰い縛り、体の至る所に刺さるであろうナイフの痛みに予め耐え様とする。
だが、
「……あれ?」
龍也の体にナイフは刺さらなかった。
自分の体にナイフが刺さらず、自分の体に当たったナイフが地面に落ちていく現状に龍也は疑問を覚えたが、
「……ああ」
疑問を覚えた次の瞬間には、疑問に対する答えが龍也の頭の中に浮かぶ。
浮かんだ答えと言うのは戦闘方法が近接戦込みの弾幕ごっこである事と、全方位に射出されたナイフはスペルカードによって射出されたものだと言う事。
幾ら近接戦込みの弾幕ごっことは言え、事故や過失を除いた殺傷行為は禁止と言うルールは変わっていない。
それに、スペルカードで発動された技などは衝撃は有れど殺傷能力は殆ど無いのだ。
だから、龍也の体にナイフが刺さらなかったのである。
と言うより、あの数のナイフが全て刺さったら流石に命の危機だろう。
取り敢えず自分の体にナイフが刺さらなかった理由を龍也が理解したのと同時に、
「ん……」
龍也は自分の体にナイフが当たっていない事を感じ始める。
自分の体にナイフが当たらなくなった事で、ナイフが射出されなくなったと思った龍也が周囲を見渡すと、
「これは……」
龍也の体に当たった後に地面に落ちて行ったナイフ全ての刀身に霊力が纏わされている事が分かった。
おそらく、刀身に纏わされて霊力のお陰でナイフが刺さらなかったのだろう。
この分だと、スペルカードを発動する前に咲夜が投擲していたナイフにも同様の処理が施されていた可能性が高い。
だとしたら、態々投擲されたナイフを避ける必要性は余り無かったかもしれないと龍也が考えている間に、
「げ……」
再び咲夜から全方位に向けて無数のナイフが射出された。
考え事に集中していたせいで射出されたナイフに対する反応が遅れてしまった龍也は、
「く!!」
動かずに再度防御の体勢を取る。
防御の体勢を取り、動かなかった事で今度は射出されたナイフの全てが龍也に命中していく。
幾らナイフが体に刺さらないと言っても、ナイフが体に激突した際の衝撃等はそれ相応に有る。
只防御を続けたしても、龍也の体力が削れていくだけ。
何とか突破口を見付けなければジリ貧だ。
なので、龍也は防御の体勢を取った儘の状態で咲夜の様子を観察する為に視線を動かした時、
「……ん?」
ある事に気付く。
気付いた事と言うのは、ナイフを射出している間の咲夜は無防備になっていると言う事だ。
咲夜がナイフを展開、射出している間に攻撃と言うのが理想だが、
「下手に攻勢に移ったら、ナイフの直撃を受けるよな。これ」
下手に攻勢に移ったら幾本ものナイフの直撃を受ける事になるだろう。
しかし、攻勢に出なければジリ貧だ。
埒を明かす為にもここは一か八かで突っ込もうとした瞬間、自分の懐からスペルカードが零れ落ちそうになっているのが龍也の目に映った。
自分のスペルカードが目に映った事で、
「……そうだ」
龍也の頭にある作戦が浮かび上がる。
作戦と言っても大したものでは無い。
スペルカードにはスペルカードで対抗し様と言うだけ。
龍也がそう決めたのと同時に龍也の体にナイフが当たらなくなったので、龍也は防御の体勢を解きながら懐に手を入れてスペルカードを取り出す。
龍也がスペルカードを取り出したタイミングで咲夜は第三波を放つ為に幾本ものナイフを展開させていたので、
「咆哮『白虎の雄叫び』」
龍也は間髪入れずに両手を突き出しながらスペルカードを発動させる。
スペルカードを発動させた事で龍也の瞳の色が黒から翠に変わり、龍也と咲夜の周囲に超小型の竜巻が発生した。
「ッ!!」
突如自分の周囲に発生した超小型の竜巻に咲夜は驚くも、防御の体勢を解いている龍也を見てチャンスだと判断して展開しているナイフを全て射出する。
射出された幾本ものナイフが超小型の竜巻に命中すると、命中した幾本ものナイフは全てあらゆる方向に跳ね返って行った。
何も無い所、龍也が居る所、そして、
「なっ!!」
咲夜の居る所に。
龍也の読み通りナイフを射出している間は無防備である様で、咲夜の方に跳ね返ったナイフは全て咲夜に命中していき、
「ぐ……」
咲夜は思いっ切り体勢を崩してしまう。
思いっ切り体勢を崩してしまったのは、無防備であった事とナイフが自分の方に来る事が予想外であったからであろうか。
兎も角、咲夜が体勢を崩した事で龍也はナイフの直撃を受けて崩れた体勢を強引に戻すかの様に足を大きく前に出して体勢を整えた。
本来であれば、ここで龍也は弾幕を放って更に場を混沌とさせるのだが、
「お……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
龍也はそれをせずにスペルカードの発動を止め、左手を懐に入れながら咲夜に向けて一気に駆ける。
スペルカード発動を止めた事で超小型の竜巻が全て消え、龍也の瞳の色が翠から黒へと戻った。
突然超小型の竜巻が消えた事に不信感を抱きながらも咲夜は顔を動かし、龍也が居る場所に視線を動かす。
視線を動かした咲夜の目には、
「ッ!?」
自分の近くにまで迫って来ている龍也の姿が映った。
今の状態では龍也が攻撃して来たら確実に避け切れない事を直感的に感じ取った咲夜は、
「くっ!!」
回避に専念する為、スペルカードを発動を止めながら斜め後ろ上空へと強引に跳ぶ。
これで龍也が攻撃して来ても避けられると咲夜が思った瞬間、龍也は懐からスペルカードを取り出しながら右手を咲夜の方に向け、
「霊撃『霊流波』」
急ブレーキを掛けながらスペルカードを発動させた。
スペルカードが発動すると龍也の右手から青白い閃光が迸り、
「ッ!?」
咲夜を呑み込んだ。
青白い閃光が咲夜を呑み込んでから少しすると青白い閃光が消え、
「あう」
咲夜がうつ伏せの体勢で地面に墜落して来た。
墜落し、うつ伏せの状態で倒れている咲夜に龍也は右手を向け、
「どうする? 続けるか?」
続けるかと問う。
問われた事に答える為か、咲夜は周囲を見渡し、
「…………降参。私の負けよ」
少し考えた後、自分の負けを宣言した。
咲夜が負けを宣言した事で、
「ほら」
龍也は咲夜に右手を差し伸べる。
差し伸べられた手を掴んで咲夜は立ち上がり、
「それにしても、魔理沙のマスタースパークの様な技を使って来るとは思わなかったわ」
魔理沙のマスタースパークの様な技を使って来るとは思わなかったと口にしながら手を離し、服に着いた汚れなどを手で払っていく。
その後、
「あー……そう言えばそれ、霊夢にも言われたな」
「あら、霊夢とも戦ったの?」
「ああ、こっちに来る前に俺が異変の犯人と疑われてな」
「それは御愁傷様」
「お前がそれを言うか」
龍也と咲夜は軽い雑談を交わし、
「けどま、これで俺の二連勝だな」
龍也が締め括る様に勝ち誇った表情を浮かべ、自分の二連勝である事を宣言する。
「リベンジをする積りがリベンジする内容を増やされる事になるとはね……」
龍也の宣言を聞いた咲夜は悔しそうな表情を浮かべるも、直ぐに表情を戻し、
「それはそうと、近接戦込みの弾幕ごっこって通常の弾幕ごっこ大分勝手が違うわね」
近接戦込みの弾幕ごっこと通常の弾幕ごっこは色々と勝手が違うと言う事を漏らす。
「ま、それは少しずつ慣れていけば良いんじゃないか?」
「少しずつ……ね。そう言う貴方は結構近接戦込みの弾幕ごっこに慣れてたわね。若しかして、結構やってた?」
「いや、近接戦込みの弾幕ごっこはここに来る前に霊夢とやったのが初めてだ」
「二回目であの立ち回り……ああ、そう言えば龍也は美鈴と同じで近接戦闘は得意だっけ。なら、元々近接戦闘が得意な者は近接戦込みの弾幕ごっこへの
適応が早いのかしら?」
龍也の話を聞き、近接戦闘が得意な者は近接戦込みの弾幕ごっこへの適応が早いのかと考えた後、
「……と、そう言えば龍也はパチュリー様の所に行くのよね。案内は必要かしら?」
咲夜は話を切り替えるかの様にパチュリーの居る場所までの案内は必要かと尋ねる。
尋ねられた龍也は少し考え、
「いや、大丈夫だ。入り口からだったら多分、迷わず行ける」
ここからならパチュリーの居る所にまで迷わずに行けると思うから大丈夫だと返すと、
「そう。なら、私はそろそろ行くわね」
咲夜はそろそろ行くと言う事を伝えながら少し体を屈めた。
「行くって事は……犯人探しか?」
「ええ、取り敢えず龍也以外に怪しい輩を探すなり当たって行こうと思っているわ」
「……因みに、探しても犯人が見付からなかったら?」
「そうね……その時はまた龍也に戦いを吹っ掛け様かしら」
「おいおい……」
咲夜からこれからの予定と犯人が見付からなかった場合はどうするかを聞き、龍也は少し顔を引き付かせる。
もし最後まで犯人が見付からなかったら、今回の件の犯人を探していた者全員が自分に襲い掛かって来ると言う可能性が思い浮かんだからだ。
改めて次の宴会が開かれる前に犯人を見付ける必要が在ると龍也が思っている間に、
「さて、今度こそ私は行くわ。くれぐれもパチュリー様に失礼の無い様にね」
咲夜はパチュリーに失礼の無い様にと言う言葉を残し、空中に躍り出て行った。
飛んで行った咲夜を見た龍也は気持ちを切り替える様に紅魔館の中へと続く扉まで近付き、
「……よし」
扉を開けて紅魔館の中へと入って行く。
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