目の前の光景が光に包まれた事で、龍也は反射的に目を瞑る。
目を瞑ってから少しすると、

「……ん?」

龍也は光が収まった事を感じ取った。
光が収まったのであれば、態々目を瞑っている必要は無い。
なので、龍也は何が起こったのかを確認する為に目を開いたが、

「なっ!?」

何が起こったかを確認する前に、驚きの表情を浮かべてしまった。
何故かと言うと、つい先程まで居た場所から見える光景と全く違う光景が目に映ったからだ。
繋がった幾つもの白い靄の様なものが天に向かって行き、終わりが見えない風景と言った光景が。
更に言えば龍也が踏み締めている地は博麗神社の地面ではなく、半透明な物体で出来た何か。
全く持って、摩訶不思議な光景である。
だからか、

「これは……」

龍也は紫が残した準備運動代わりと言う言葉と自分が今居る場所に付いて考える事も無く、目に見えている光景を見続けていた。
放って置けば見えている光景を何時まで見続ける事になると思われたその時、

「あれ、宴会にはまだまだ早いよね?」

龍也の背後から宴会が始まるにはまだまだ早いと言った声が聞こえて来たではないか。
それも暢気な声色で。

「ッ!?」

聞こえて来た声に反応した龍也が慌てて背後に振り返ると、龍也の目には二本の角を生やした女の子の姿が映った。
因みに髪の色は茶色で、髪の長さは女の子の腰を超えた辺り位だ。
更に鎖に繋がられた球形、三角形、四角形の形をしたアクセサリーの様な物を手首などに付けている。
突然現れた女の子に龍也は驚くも、

「誰だ……お前?」

警戒した様子を見せながら誰だと問う。
問われた女の子は、

「……ああ、そう言えば名乗って無かったね、私の名前は伊吹萃香。鬼だよ」

簡単に自分の名を名乗ってくれた。

「伊吹萃香……」

名乗られた名を龍也が口にした時、

「そう、私が伊吹萃香だ。そういう君は四神龍也だよね」

萃香は龍也の名を口にする。

「何で……俺の名を……」
「あれ、覚えてない? 一人で月見酒していた時に声を掛けたじゃん」

まだ名乗ってもいない自分の名を言い当てた萃香に龍也が驚いていると、萃香は一人で月見酒をしていた時に声を掛けたのを覚えていないのかと聞く。
萃香にそう聞かれた事で、龍也は過去の記憶を遡って行く。
その結果、

「……あの時の声か」

龍也は思い出す。
初めて宴会に参加した時、皆が寝静まった後に一人で酒を飲んでいた時に姿が見えない何者かに声を掛けられた事を。
どうやら、あの時の声の主は萃香であった様だ。
龍也が初めて参加した宴会の事を思い出している間に、

「まぁ、あの時も私は自分の存在を非常に薄くしていたからね。私の存在に気付けないのも当然と言えば当然さ」

萃香はあっけらかんとした表情で自分の存在に気付けなかった理由を話し始めた。
萃香の話を聞きながら龍也はパチュリー、幽々子から教えられた情報を頭に思い浮かべ、

「取り敢えず、一応聞いて置こうか。この短い頻度で宴会が連続して開かれているのはお前の仕業だな」

確認を取るかの様に短い頻度で宴会が連続して開かれているのはお前の仕業だろうと尋ねる。
尋ねられた事を、

「正解。皆を無意識の内に集めて宴会を開く様にしてたんだ」

萃香は隠す気は無いと言わんばかりに肯定した。
こうも色々と話してくれた萃香に龍也は少し驚くも、

「……それを止める気は?」

直ぐに驚いた雰囲気を四散させ、行っている事を止める気は在るのかと聞く。
聞かれた萃香は、

「えー、何で? 賑やかな方が良いじゃん。私も賑やかなのは大好きだしさ」

物凄く意外そうな表情を浮かべ、何故止める必要が在るのかと逆に聞き返して来た。
萃香の言動から、萃香が短い頻度で連続して開かれている宴会を止める気が無い事を龍也は確信する。
なので、

「なら……力尽くになるぜ」

龍也は力尽くで止めると言う事を萃香に伝え、構えを取った。
龍也からの宣戦布告を受けた萃香は、

「へぇ……力尽くで私を止める気かい?」

好戦的な笑みを浮かべ、

「果たして、それが出来るかな? 私は鬼。そこんじょそこ等の凡百な妖怪何かとは訳が違うよ」

鬼である自分は凡百な妖怪などとは訳が違うと言う。
自分が鬼であると宣言した萃香からは、かなりの自身が在ると言った雰囲気が発せられていた。
ならば、萃香の言葉通り鬼と言う種族は相当な力を有しているのだろう。
だが、

「それが何だよ。お前が幾ら強かろうが凄い存在だろうが知った事か。お前を倒さなきゃこの連続して開かれている宴会が終わらないって言うんなら……倒す。
それだけだ」

龍也は欠片も臆した様子見せずに萃香を倒すと言い切り、自身の霊力を解放した。
解放された霊力は突風が放たれたかの様に吹き荒れ、萃香の髪を揺らしていく。
龍也が言い放った発言を聞き、更に解放された霊力を感じ取った萃香はまたまた好戦的な笑みを浮かべ、

「……ふふふ、良いね良いねぇ!! 私を鬼と知った上でそこまで私に啖呵を切った人間はあんたが初めてだよ!! それにこの気合の入った霊力……」

龍也の事が気に入ったと言う様な事を口にしながら構えを取り、

「これは……楽しい喧嘩になりそうだ!!」

萃香も妖力を解放する。
萃香から解放された妖力も突風が放たれたかの様に吹き荒れ、龍也が解放した霊力とぶつかり合う。
霊力と妖力がぶつかり合っている中、萃香の妖力を感じ取った龍也は、

「……ッ」

気付く。
これから始まる戦いは弾幕ごっこではなく、通常の戦いであると言う事を。
同時に、龍也と萃香は同じタイミングで駆けて拳を振り被り、

「「はあ!!」」

勢い良く拳を放ち、互いの拳を激突させた。
龍也と萃香が拳を激突させ合った事で大きな激突音と激しい衝撃波が発生する。
その数瞬後、

「ぐあ!?」

龍也は力負けしたかの様に吹き飛ばされ、地面に背中から激突して滑る様にして萃香との距離を離してしまった。
そして、吹き飛ばされて激突した影響で龍也から解放された霊力が止まってしまう。
龍也から解放されていた霊力が止まったのを見たからか、萃香も妖力の解放を止め、

「ほらほら、どうした!! 威勢が良いのは口だけかい!?」

龍也を挑発しながら追い討ちを掛ける為に地を駆けて行く。
萃香が近付いて来ているのを感じ取った龍也は強引に体を起き上がらせ、自身の力を変える。
朱雀の力へと。
力の変換に伴い、龍也の瞳の色が黒から紅に変化すると、

「……ッ!!」

龍也は下半身に力を籠めて滑って行くの止め、右手から炎の剣を生み出し、

「しっ!!」

地を蹴って拳銃から放たれた弾丸の様に萃香へと肉迫し、炎の剣を振るう。
振るわれた炎の剣は吸い込まれる様に萃香の体へと向かって行ったが、

「へぇ……炎の剣を使うんだ」

炎の剣は萃香の体には当たらず、萃香の腕に受け止められてしまった。
自身が振るった炎の剣を受け止めた萃香を見て、

「なっ!?」

龍也は驚きの表情を浮かべてしまう。
仮にも炎で構成された剣を直接受け止めたと言うのに、萃香は涼し気な表情を浮かべていたのだ。
驚くのも無理はない。
龍也が驚いている間に萃香は拳を振り被り、

「でも、炎のなら私も……」

狙いを付けるかの様に龍也を見詰め、

「使えるんだよ!!」

龍也の腹部に拳を叩き込む。
萃香の拳を腹部に叩き込まれた龍也が、

「が……はっ!?」

血を吐き出した瞬間、萃香の拳の先から大きな炎の塊が放たれた。
殆ど零距離で放たれた炎の塊を避ける術は龍也には無く、放たれた炎の塊に連れられる様にして再び吹き飛んで行ってしまう。
吹き飛んで行った龍也と萃香の距離がある程度離れた辺りで突如、炎の塊が爆発を起こした。
炎の塊が爆発を起こした事で龍也は爆炎と爆煙に包まれてしまったが、

「どうしたの!? まさか、もう終わりって事は無いよね!? あれだけの啖呵を切ったんだ!! 早く出て来なよ!!」

萃香は早く爆炎と爆煙の中から出て来る様に言う。
どうやら、萃香の中ではこの程度の攻撃で龍也がどうにか成るとは考えていない様だ。
そんな萃香の考えは当たっていた様で、

「お……」

龍也を包んでいた爆炎と爆煙が吹き飛ぶ様にして掻き消えた。
同時に、

「ん……」

萃香は龍也から感じていた力が強くなった事を感じ取る。
急に龍也から感じられていた力が強くなった事に萃香は疑問を覚えたが、覚えた疑問に付いての答えを出す前に、

「ん……変わった?」

龍也の見た目が変わった事に目を奪われてしまった。
見た目が変わったと言っても、そこまで大きな変化は無い。
精々髪の色が黒から紅に変わり、紅い瞳が輝きを発し始めた程度。
暫しの間萃香が変化した龍也の姿を見ていると、龍也と萃香の視線が合う。
それを合図にしたかの様に、

「ッ!!」

龍也は地を蹴り、萃香目掛けて突っ込んで行く。
自身に向けて突っ込んで来ている龍也を見て、萃香は驚きの表情を浮かべてしまう。
何故ならば、突っ込んで来ている龍也のスピードが先程までと比べて格段に上がっていたからだ。
龍也から感じられる力、スピードが大きく上がっている事から萃香が早めに何か行動を起こそうとしたタイミングで、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

龍也は両手を合わせて炎の大剣を生み出し、炎の大剣を振り下ろした。
まだ、萃香を自分の間合いに入れてはいないのにだ。
龍也が間合い外で炎の大剣を振り下ろした事で、萃香が間合いを読み間違えたのかと思った瞬間、

「ッ!?」

振り下ろされた炎の大剣から爆炎が迸り、迸った爆炎は萃香を呑み込む。
萃香が爆炎に呑み込まれたを見た龍也は進行を止め、構えを取り直す。
すると、

「……一寸驚いたよ。さっきの炎の剣の時より火力が比べ物にならない程に上がっているね」

片手で何かを振り払う様な動作を取っている萃香が爆炎の中から姿を現した。
龍也としては今ので少しはダメージを与えられていると思っていたのだが、萃香が殆ど無傷の状態で爆炎の中から姿を現した為、

「ち……」

龍也は舌打ちをし、萃香にダメージを与える為にはもっと威力の在る攻撃を繰り出すべきかと考え始めた時、

「おまけに力も速さも随分上がってる。髪や目の色が変わった事で炎が使え、身体能力が大きく上がる人間を見たのは龍也が初めてだよ」

龍也の能力などを分析し、龍也の様な人間は始めて見たと口にする。
萃香が口にした言葉が耳に入った龍也は、

「そいつはどうも」

どうもと返し、あらゆる状況に対応出来る様に構えを取り直す。
その刹那、

「だから、私も……もう少し強くいくね」

萃香はもう少し強くいく事を決め、龍也の懐に潜り込んだ。

「ッ!?」

萃香の接近に反応し切れなかった事に龍也は驚くも、反射的に炎の大剣を盾の様に構える。
龍也が炎の大剣を盾の様に構えたのと同時に、

「……流石。ま、これ位は反応してくれなきゃ拍子抜けだけどね」

炎の大剣の腹に萃香の拳が叩き込まれた。

「ぐう!!」

炎の大剣から伝わって来る萃香の拳の重さに耐える様に龍也は歯を喰い縛り、間合いを取る為に後ろに下がろうとしたが、

「おっと、逃がさないよ」

後ろに下がろうとした龍也を妨害するかの様に萃香は一歩踏み込み、再度拳を振るう。
再び振るわれた拳を龍也はまた炎の大剣で防ぐ。
そして、それを合図にしたかの様に、

「さ、どんどんといくよ!!」

萃香は拳を連続で振るい始めた。
萃香が連続で振るって来る拳を龍也は何とかと言った感じで防いでいく。
しかし、

「ぐ……」

本来の目的である間合いを取る事や反撃に転じる事は出来なかった。
何故ならば間合いを取ろうとすれば萃香が踏み込んで来るし、反撃し様にも距離が近過ぎて炎の大剣を上手く振るえないからだ。
以上の事から、龍也は萃香の攻撃を防ぐ事しか出来ないのである。
だが、

「ぐ……うう……」

炎の大剣で萃香の拳を防ぎ続けると言う行為にも限界が訪れ始めた。
萃香から繰り出される拳撃が重過ぎて、炎の大剣を持っている龍也の両腕が痺れ始めたからだ。
この儘では押し切られてしまうのも時間の問題だろう。
そう判断した龍也は、

「ッ!!」

突如、炎の大剣全体を爆発させる。
何の前触れも無く炎の大剣が爆発したからか、

「なっ!?」

萃香は何か行動を起こす前に爆発の直撃を受け、吹き飛ぶ様にして龍也との距離を離してしまった。
爆発の直撃を受け、吹き飛んで行ったのが萃香だけなら良かったのだが、

「ぐう!!」

龍也も炎の大剣を爆発させた影響で後方へと吹っ飛んでしまったのだ。
まぁ、今回は剣全体を爆発させたのだから龍也も一緒に吹き飛ばされる事態に成ったとしても仕方が無いと言えば仕方が無い。
それはさて置き、自爆に近い形ではあったが距離を取る事に成功した龍也は強引に体勢を立て直しながら両手に炎を纏わせ、

「……ッ!!」

一瞬で移動出来る移動術を使って姿を消し、

「らあ!!」

直ぐに萃香の目の前に現れて拳を放つ。
放たれた拳は吸い込まれる様にして萃香の頭部に向かって行ったが、

「おっと危ない」

龍也の拳が萃香の頭部に当たる直前、萃香は体を傾けて龍也の拳を避けた。

「ッ!?」

不意打ちとも言える一撃を容易く避けた萃香に龍也は驚き、一瞬だけ動きを止めてしまう。
龍也が動きを止めてしまった一瞬の隙を突くかの様に萃香は体を回転させ、

「そら!!」

裏拳を龍也に向けて放った。
放たれた裏拳が龍也に直撃する瞬間、

「ッ!!」

龍也は反射的に両腕を交差させ、交差させた腕で萃香の裏拳を受け止める。
が、

「ぐ……くく……!!」

想定以上に萃香の裏拳の威力が高かったせいで、龍也は地面を削る様にして後ろに下がって行ってしまう。
いや、正確に言えば円を描く様に下がっているだろうか。
兎も角、萃香が裏拳を振り抜く様な形で力を籠めているので龍也は裏拳を防いだ後の行動が取れないでいた。
かと言って、何もしなければ防御の上から叩き潰されるのは必至。
早く何とかしなければと龍也が頭を回転させ始めた時、自然と龍也の足から蹴りが放たれた。
余りにも唐突で何の前触れも無く蹴りが放たれたものだからか、

「おっとお!?」

萃香は少々大げさな動作で龍也から距離を取る。
萃香が離れた事で龍也の両腕に走っていた衝撃は無くなったが、今まで両足を使って堪えていたのに急に片足を上げてしまった龍也は、

「どお!?」

バランスを崩したかの様に後ろに倒れ込みそうになってしまう。
しかし、

「だ……ああ!!」

龍也は後ろに倒れ込みそうになった勢いを利用して咄嗟にバク転を取り、転倒するのを防いだ。
転倒するのを防いだ後、龍也は地を蹴って萃香へと近付き、

「らあ!!」

拳を振るう。
振るわれた拳を萃香は体を傾ける事で避け、攻めに転じ様としたが、

「しっ!!」

萃香が攻めに転じる前に、第二撃と言わんばかりに龍也は蹴りを放った。
しかも、萃香が体を傾けた方向に。
これでは攻撃を龍也に当てる前に龍也の攻撃を受けてしまうので、

「く……」

萃香は攻めに転じるのを中止し、放たれた蹴り防ぐ為に片腕を立てる。
龍也が放った蹴りは萃香が立てた片腕に激突し、取り敢えずは一安心と思われた刹那、

「もう一発!!」

龍也は体を回転させながらもう片方の足で自身の蹴りを防いでいる萃香の片腕に蹴りを叩き込んだ。
続け様に第二撃が来るとは思っていなかったからか、

「うわあ!?」

二撃目の蹴りを叩き込まれた萃香は投げ出される様にして蹴り飛ばされてしまう。
萃香が蹴り飛ばされている間に龍也は体勢を立て直しながら地に足を着け、

「ッ!!」

追撃を掛ける為に蹴り飛ばされている萃香を追って行く。
そして、萃香に追い付いたタイミングで、

「らあ!!」

拳を振るう。
幸い、萃香はまだ蹴り飛ばされた影響で崩した体勢を立て直せてはいない。
この事から、今放った拳は必ず当たると言う確信を龍也は得ていたのだが、

「おっとっと……危ない危ない」
「な……に……」

萃香は不安定な体勢の儘の状態で龍也が振るった拳を容易く受け止めた。
自身が放った拳を不安定な体勢で容易く受け止めた萃香に龍也は驚くも、

「ちぃ!!」

直ぐにもう片方の手で拳を振るう。
だが、

「おっと」

龍也が続けて放った拳を萃香に受け止められてしまった。
両方の手で拳を放っている龍也と、両方の手で龍也の拳を受け止めている萃香。
奇しくも力比べをする様な形になったからか、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

龍也は両手に纏わせている炎の出力と籠めている力を大きく上げ、力で萃香を押し切ろうとする。

「おお!?」

龍也が力を籠めた事で、萃香の上半身が後ろの方へと傾いていく。
萃香の様子から龍也は確実に自分が押していると確信したのだが、萃香が体勢を立て直したのを境に状況は一変。

「何!?」

突如、萃香の上半身が後ろに下がらなくなったのだ。
それ処か、

「ほらほら、もっと力を入れないと押し返されちゃうよ」

後ろに下がっていた萃香の上半身が元の位置に戻り始めたではないか。
どうやら、体勢が万全な状態に成った事で萃香は十全に力を発揮出来る様になった様だ。

「ぐ……くく……」

今の儘では確実に押し返されてしまう事を感じ取った龍也は、霊力を解放して自身の力を底上げし様とする。
が、その時、

「よっこらせ……っと!!」

萃香は軽い跳躍を行い、手を開きながら両足を龍也の腹部に叩き込んだ。
腹部に蹴りを叩き込まれた龍也は、

「がっ!!」

空気を吐き出しながら後方へと吹っ飛んで行ってしまった。
吹き飛んだ龍也は腹部に走る痛みに堪えつつも下半身に力を入れ、地に足を着けて地面を削る様にして減速し、

「……があ!!」

痛みを振り払うかの様に気合を入れて止まり、顔を上げる。
顔を上げた龍也の目には、拳を振り被っている萃香の姿が映った。
龍也が吹き飛んだせいで、龍也と萃香の距離は開いている。
だと言うのに、萃香が拳を振り被っている事から、

「ッ!!」

龍也は萃香の狙いに気付く。
気付いたのと同時に萃香の拳が振るわれ、振るわれた萃香の拳から大きな炎の塊が放たれた。
当然、放たれた炎の塊の向かう先は龍也である。
龍也と萃香の距離が離れている事もあってか、炎の塊が龍也に着弾するまで少し時間が掛かりそうだ。
ならば、回避行動などを取るのが定石であるのだが、

「………………………………………………………………………………」

龍也は回避行動を取らずに両手を合わせ、両手に纏わせている炎を炎の大剣へと変えた。
そして、変えた炎の大剣を野球のバッターの様に構え、

「いっけええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

迫って来ていた炎の塊に炎の大剣を叩き込む。
野球のバッターの要領で炎の大剣を振るえば、炎の塊は打ち返されたりするであろうが、

「ありゃー……吸収されちゃった」

萃香が放った炎の塊は龍也の炎の大剣に吸収されてしまった。
自身が放った炎の塊が吸収されると言う事態は想定外であったからか、萃香は何処か唖然とした表情を浮かべてしまう。
萃香がその様な表情を浮かべている間に龍也は体を一回転させ、

「だりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

炎の大剣の刀身に爆炎を迸らせ、爆炎を萃香に向けて放つ。
爆炎が迫って来ている事に気付いた萃香は、

「……………………………………………………」

爆炎が目の前に来るまで待ち、爆炎が目の前に来た瞬間、

「そら!!」

片手を振るい、迫って来ていた爆炎を薙ぎ払った。
またまた自分が放った炎系統の技を容易く対処した萃香を見て、龍也は思う。
萃香は炎に耐性が在るのではと。
まぁ、萃香自身が炎系統の技を扱っているので炎に耐性が在っても何の不思議も無いが。
兎も角、この儘朱雀の力で戦い続けても状況は好転しないと判断した龍也は自身の力を変える。
朱雀の力から青龍の力へと。
力の変換に伴い、炎の大剣が消失して龍也の髪と瞳の色が紅から蒼へと変化した。

「む……炎の大剣が消え、髪と目の色が変わった……」

突然の龍也の変化に、萃香は少し用心した様子を見せ始める。
萃香が用心している間に龍也は両手から水を生み出し、生み出した水を両手に纏わさせていく。

「へぇ……」

水を生み出した龍也を萃香が何処か興味深そうに見ている間に、纏わさられていった水が龍の手の様な形に姿を変えたタイミングで、

「ッ!!」

龍也は跳躍を行い、

「水爪牙!!」

右手を振るって纏わせた水の爪先から水で出来た五本の斬撃を飛ばす。
無論、水で出来た斬撃の狙いは萃香だ。
迫って来ている水の斬撃を萃香は視界に入れ、

「今度は水か……」

何処か感心した様な表情を浮かべ、後ろに跳んで回避行動を取る。
萃香が後ろに跳んでから少しすると萃香が立っていた場所に五本の水の斬撃が激突し、五つの深い爪跡を地面に残した。

「へぇ、思っていたよりも威力が在るみたいだね」

龍也から放たれた水の斬撃の威力に感心したと言った表情を萃香が浮かべている間に、龍也は萃香の懐に入り込み、

「らあ!!」

己が爪で萃香を貫こうとするかの様に突きを放つ。
放たれた突きを、

「おっと!?」

萃香は体を逸らして龍也の突きを避ける。

「ちぃ!!」

自身の突きを避けられた龍也が舌打ちをして腕を引いた刹那、

「せい!!」

勢いの在る掌打が萃香から放たれた。
放たれた掌打を、

「ぐう!!」

龍也はギリギリではあるが一歩後ろに下がる事で避け、

「らあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

萃香にペースを握られない様にする為、一歩大きく前に踏み込みながら己が爪で萃香を引き裂こうと連続で両腕を振るう。
攻撃を放った直後に連撃を返されたのだから、一発位は当たるのではと思われたが、

「よっ、ほっ、とお!!」

萃香は器用に体を動かして龍也の攻撃を全て避けていった。
ある意味不意を突いた攻撃を避けられたのだから、仕切り直しと言った意味合いも一旦下がるべきだろう。
だが、龍也は後ろに下がると言った事はせずに攻撃を続けていた。
萃香の集中力が切れるまで粘ると考えれば良い手かもしれないが、

「ほらほら、どうしたの? 当たらないよ!!」

当の萃香は余裕の表情で龍也の攻撃を避け続けている。
これでは萃香の集中力が切れる前に龍也の動きに適応した萃香が反撃を繰り出して来てしまう。
そう思われていたその時、

「ッ!?」

突如、萃香の体勢が崩れた。
体勢が崩れ、倒れ込みそうに成っている萃香を見て、

「俺の上半身にだけ意識が向き過ぎだぜ」

自分の上半身にだけ意識を向け過ぎだと龍也は口にする。
龍也が口にした言葉で、

「……成程」

萃香は気付く。
自分の意識が龍也の上半身に向いている間に足払いを仕掛けられた事に。
意識の外から体を支えている足を攻撃されたのだから、体勢を崩すのも無理はないだろう。
が、

「けど……甘いね!!」

萃香は倒れ込んで堪るかと言わんばかりに踏ん張って転倒するのを防いだ。
更に、転倒するのを防いだ時に生まれた隙を庇うかの様に防御の体勢まで取ったではないか。
瞬時に姿勢制御を行ない、防御の体勢を取ったのは流石と言ったところなのだが、

「……あれ?」

龍也からの追撃は来なかった。
龍也に取っては絶好のチャンスとも言える状況下だったと言うのに、攻撃を仕掛けて来なかった龍也に不信感を抱いた萃香が防御の体勢を緩めると、

「へぇ……」

萃香の目に龍也の両手に纏わされている水が二本の水の剣に形を変えていく様子が映る。
自分で生み出した物とは言え、こうも自由自在に形を変える事が出来る龍也の力に萃香が感心している間に水の剣は完成し、

「しっ!!」

龍也は完成した水の剣を一本を振るう。
振るわれた水の剣は萃香の腕に当たり、

「「なっ!?」」

何かに引っ掛かった様な音と共に振り下ろされた。
龍也の水の剣は極めて殺傷能力が高い剣だ。
斬り落せないものなど無いと言える程の。
そんな水の剣での斬撃を龍也は萃香の腕に当たったと言うのに、

「斬り切れなかっただと……」

萃香の腕の斬り切る事が出来なかった。
いや、斬るには斬れたが深く斬る事が出来なかったと言った方が正しいだろう。
兎も角、水の剣を以ってしても完全に斬る事が出来なかった萃香に龍也は驚いて思わず動きを止めてしまった。
しかし、驚いて思わず動きを止めてしまったのは龍也だけではない。
萃香も龍也と同じ様に驚いて動きを止めてしまっているのだ。
何故かと言うと、龍也の水の剣が自分の体を斬る程の殺傷能力を有しているとは思っていなかったからである。
少しの間、龍也と萃香の二人は動きを止めてしまっていたが、

「……驚いた。まさか、血を流す事になるとはね」

腕に走る痛みと流れ落ちる血で龍也より先に萃香は意識を戦いへと戻し、

「益々楽しくなって来たよ!! 龍也!!」

より好戦的な笑みを龍也へと向けた。
萃香からの好戦的な笑みを受けた龍也は、萃香と同じ様に意識を戦いに戻し、

「ッ!!」

反射的に斬撃を放っていない方の水の剣で突きを放つ。
放たれた突きは吸い込まれる様に萃香の体に向かって行ったが、

「おっと、行き成りだね」

水の剣が自分の体に当たる前に萃香は手を伸ばして龍也の手首を掴み、突きを止める。
その後、萃香は龍也の水の剣に視線を向け、

「……刀身部分に水が超速で流れている……ね。成程、それで殺傷能力を大幅に上げていたって訳か」

水の剣の殺傷能力の高さの秘密を突き止めた。
同時に、

「りゃ!!」

龍也は萃香の顎目掛けて蹴りを放つ。
放たれた蹴りを避ける為に萃香は顎を引きながら龍也の手首を掴んでいた手を離し、

「おっと」

後ろに跳んで龍也から距離を取る。
自分から離れて行く萃香を視界に入れながら龍也は蹴りを放っていた足を下ろし、

「ッ!!」

地を蹴って萃香の後を追いながら水の剣を連続で振るう。
振るわれた水の剣を、萃香は少し慌てた動作で避けていく。
流石に水の剣による斬撃は萃香に取って用心すべき攻撃の様だ。
龍也の水の剣を用心しているのか萃香が中々攻めに転じて来ないので、戦いの流れは龍也に傾いているだろう。
龍也としてはこの流れを維持していきたかったのだが、

「……そこ!!」

萃香が薙ぎ払うかの様に両腕を振るった事で、戦いの流れがまた変わってしまった。
何故ならば、

「なあ!?」

萃香が振るった両腕は二本の水の剣の腹に命中し、二本の水の剣を崩壊させたからだ。

「やっぱりね。殺傷能力が高い反面、耐久性はかなり低いみたいだね。その水の剣は」
「ッ!!」

自分の水の剣の弱点を易々と看破した萃香を龍也は苦々しく思いつつ、間合いを取る為に後ろに下がる。
だが、龍也が後ろに下がり切る前に、

「ほら、お返しだよ!!」

萃香は龍也の腹部に飛び蹴りを叩き込み、

「がは!!」

龍也を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた龍也は途中で地面に激突し、地面を転がりながら距離を離して行ってしまったが、

「……だっ!!」

転がっている途中で地面を両手で弾いて体を浮かび上がらせ、強引に体勢を立て直しながら地に足を着けた。
地に足を着けた後、

「痛ぅ……」

龍也は痛みを堪えるかの様に腹部を手で押さえ、顔を上げる。
顔を上げた龍也の目には、自分の髪を何本か毟り取っている萃香の姿が映った。
自分の髪を毟り取って何をするんだと言う疑問を龍也が抱いた時、萃香は毟り取った髪の毛に息を吹き掛けて前方へと飛ばす。
飛ばされた髪の毛は、

「何!?」

小さな萃香へと姿を変え、走りながら龍也の方へと向かって行った。
自分の方へと向かって来ている小さな萃香達を見た龍也は、

「こんな術も持ってのか、萃香の奴……」

萃香の多芸っ振りに対する愚痴を零し、小さな萃香達を纏めて薙ぎ払う為に自身の力を変える。
青龍の力から白虎の力へと。
力の変換に伴って龍也の髪と瞳の色が蒼から翠に変わり、龍也の両腕と両脚に風が纏わさられた。

「……良し」

自分の力の変換が完了した事を感じ取った龍也は両手を合わせ、

「大嵐旋風!!」

両手に纏わせている風を一つにし、合わせた風を竜巻にして小さな萃香達に向けて放つ。
放たれた竜巻は小さな萃香達が居る場所に激突し、小さな萃香達を全て吹き飛ばした。
自分の方に向かって来ていた小さな萃香達が居なくなった事で、龍也は竜巻を放つのを止めて合わせていた両手を離す。
両手が離れた事で一つに合わさっていた風が二つに別れた後、龍也は構えを取ろうとしたが、

「へぇー……炎、水と来て今度は風を使うか。多芸だね、龍也」

龍也が構えを取る前に、何時の間にか龍也の懐に入り込んで来た萃香が龍也の多芸っ振りに感心したと言う発言を漏らした。

「ッ!?」

萃香の発言で萃香が懐に入り込んで来ている事に気付いた龍也が驚いた様に視線を落としたタイミングで、萃香は龍也に向けて拳を振るう。
振るわれた拳は吸い込まれる様に龍也の体へと向かって行ったが、

「なっ!?」

萃香の拳が龍也の体に当たる前に龍也が姿を消してしまった。
突如として姿を消した龍也に萃香は驚くも、反射的に右隣を向きながら腕を盾の様に構える。
その瞬間、

「ぐう!!」

盾の様に構えた萃香の腕に龍也の蹴りが叩き込まれた。
一瞬とは言え龍也の動きを追い切れなかった事から、今の龍也は風を扱える様に成っただけでは無くスピードが大幅に上がっているのかと萃香が考えていると、

「うわあ!?」

蹴りを放っている龍也の足の裏から突風が放たれ、萃香は吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた萃香は直ぐに体勢を立て直して地に足を着け、吹き飛びを止めて構えを取り直そうとしたが、

「だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

構えを取り直す前に龍也は萃香の目前にまで迫り、連撃を繰り出して来た。
とてもじゃないが構えを取り直す余裕は無いので、

「くう!!」

萃香は構えを取るのを止め、両腕を動かして龍也の連撃を防ぎに掛かる。
攻める龍也に守る萃香。
そんな状況に成ってから少し時間が経った頃、

「……どうした? 随分と消極的じゃないか」

龍也は萃香に対して挑発を行う。
この挑発で萃香に隙が生まれれば万々歳なのだが、

「おんや、龍也は積極的な女が好みなのかい?」

隙が生まれる処か、挑発にも乗ってくれなかった。
まぁ、龍也としてこの程度の挑発に乗ってくれるとは思ってはいなかったが。
とは言え、話には乗って来てくれたので、

「……さぁ、どうだろうな?」

龍也は会話を続け、萃香の隙を生み出させ様とする。
しかし、

「ちぇー……自分の好みの女位、教えてくれても良いじゃんよー」

萃香から少し拗ねた感じで会話を打ち切る様な発言をされてしまった。
萃香の反応から返す言葉を間違えたかと龍也が内心で舌打ちをした時、

「それはそうと、随分と速さが上がっているね。その風を使う様になってから」

話を変えるかの様に萃香は龍也のスピードに付いての話題を出す。
急に自身のスピードに付いての話題を出した萃香に、

「……ん? 何だよ、急に」

龍也は疑問を覚えたが、

「腕や脚に纏っている風で力の底上げをしている様だけど……」

龍也が抱いた疑問を無視するかの様に萃香は言葉を紡ぎ、

「ッ!!」

放たれていた龍也の両方の拳を自分の掌で受け止め、掴んだ。
両方の拳を掴まれてしまった龍也は咄嗟に両方の拳を引こうとしたが、

「力そのものは……炎や水を使っていた時よりも落ちてるよ!!」

龍也が両方の拳を引く前に力そのものは炎、水を使っていた時よりも落ちている事を萃香は指摘しながら龍也の腹部に蹴りを叩き込み、両手を開く。
蹴りを腹部に叩き込まれ、自身の拳を拘束するものが無くなった事で、

「がっ!?」

龍也は血を吐き出し、吹き飛んで行ってしまう。
吹き飛んでいる中、中々戦況が動かない事を龍也は感じながら地面に片手を地面に突けて減速し、

「……ッ!!」

ある程度減速した辺りで地面を手で弾いて体を浮かび上がらせ、地に足を着けて体勢を立て直す。
そして、構えを取り直そうとした刹那、

「ッ!?」

炎が燃え盛る音が龍也の耳に入って来た。
耳に入って来た音が気に掛かった龍也は音の発生源に目を向ける。
目を向けた先には、右手の拳に炎を纏わせている萃香の姿が在った。
それを見た龍也は萃香が何をする気なのかを理解し、掌に風の塊を生み出して腰を少し落とす。
掌に風の塊を生み出した龍也と、拳に炎を纏わせている萃香。
二人とも次の一手を放つ準備が整った様だ。
お互い準備が整っていると言う事で、

「「…………………………………………………………………………」」

龍也と萃香は相手の隙を探る様に摺り足で間合い詰めて行く。
ある程度間合いが詰まった辺りで、

「ッ!!」
「行け!!」

龍也は地を蹴って一気に萃香へと近付き、萃香は拳を振るって巨大な炎の塊を放った。
萃香に近付いている龍也と萃香が放った炎の塊が激突する直前、龍也は風の塊を生み出している掌を前方に突き出し、

「暴風玉!!」

風の塊を炎の塊に叩き付け、風の塊を炸裂させる。
同時に爆風と爆煙が発生し、発生した爆風と爆煙は辺り一帯を包み込む。
爆風と爆煙が発生してから少しすると爆煙などが晴れ、拳を腹部に叩き込まれている萃香と拳を萃香の腹部に叩き込んでいる龍也の姿が露になった。
どうやら、龍也は爆風と爆煙が発生して視界状態が悪い時に萃香に近付いて拳を叩き込んだ様だ。
不意を突いた一撃を叩き込まれた萃香ではあったが、

「……良い拳だね、龍也」

萃香は大して効いてはいないと言った声色で龍也の拳に対する感想を述べて頭を振り被り、

「けど、軽い!!」

龍也の拳は軽いと称しながら龍也の額に向けて、

「ぐあ!!」

頭突きを叩き込む。
頭突を叩き込まれた龍也は踏鞴を踏むかの様に数歩後ろに下がり、頭突きを喰らった部分に手を当てる。
手を当てたのと同時に、

「痛ぅ……」

龍也の額に痛みが走った。
走った痛みはかなりの激痛なのだが、走った痛みのお陰で頭突きを喰らった影響でぐら付いていた龍也の意識が元に戻ったので結果オーライと言ったところだろう。
兎も角、ぐら付いていた意識が戻った事で確りと萃香を見据えながら手を下ろした時、

「……ッ」

龍也は気付く。
額に当てていた手に血が付着している事に。
自身の手に付着している血を見て、額が出血している事を考えた龍也が額を拭おうとした瞬間、

「……あれ? 両腕と両脚に纏ってる風、弱くなってるじゃない?」

萃香は龍也に両腕両脚に纏わせている風が弱くなっているのではと問う。
問われた事に反応した龍也が視線を右腕に向けると、

「ッ!!」

萃香が聞いて来た通り、右腕に纏わされている風の出力は弱くなっていた。
特に出力を弱める様な事をしていないのにどうしてと龍也が思ったのと同時に、

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

龍也の息が上がり始める。
いや、正確に言えば息が上がり始めていた事を龍也自身が認識したと言ったところか。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

急に纏っていた風の出力が落ち、自分の息が上がっている事。
この二つの事から、

「……そうか」

龍也は理解した。
力を解放した状態を維持し続けるのももう限界だと言う事を。
しかし、だからと言って力を解放した状態を解除する訳にはいかない。
何故ならば、力を解放した状態を解除しては萃香とはまともに戦う事は出来ないからだ。
仮に力を解放した状態を解除した場合、龍也は文字通りあっと言う間に萃香に倒されてしまうだろう。
それだけ力を解放していない龍也と萃香には実力差が在るのだ。

「…………………………………………………………………………」

龍也が黙って今の自分の状態に付いて纏めていたからか、

「あれ? 若しかしてもう限界?」

萃香は龍也にもう限界なのかと尋ねる。
尋ねられた言葉に反応した龍也は意識を萃香の方へと戻し、

「……はっ、冗談!! まだまだ余裕だぜ!!!!」

まだまだ余裕である事をアピールし、弱まっていた風の出力を元に戻す。
アピールと言っても、龍也が口にした事は殆ど只の強がりだ。
何せこれからの戦闘は自然に力を解放した状態が解除されない様、無理矢理力を解放した状態を維持し続けなければならないからである。
序に言えば、何れは無理矢理維持し続けると言った事も出来なくなるだろう。
はっきり言って、龍也に余裕何てものは全く無い。
だが、

「うんうん、そうこなくっちゃ」

萃香は龍也の強気な台詞を受けて嬉しそうな表情を浮かべた。
自分とは違い、かなりの余裕を残している萃香を見た龍也は、

「……ちっ」

軽い舌打ちをし、構えを取り直そうとしたが、

「……ん」

構えを取り直す前に額から流れている血が目に入りそうだったのに気付き、瞼の上辺りを親指で拭う。
自分の血で視界が潰れる心配が無くなった後、龍也が気合を入れ直すかの様に構えを取り直した時、

「実際、龍也は凄いよ。私とここまで戦えた人間って龍也が初めてだったと思うしね」

唐突に、萃香は龍也を称賛し始めた。
行き成りの称賛の言葉に龍也は少し驚くも、

「……そいつはどうも」

取り敢えずどうもと返し、表情を用心したものに変える。
が、萃香は用心した龍也を無視するかの様に、

「だから……龍也には私の取って置き見せて上げる」

自分の取って置きを見せると宣言して体を屈め、

「ミッシングパワー!!」

自身の体を巨大化させた。
大体龍也の十倍程の大きさに。

「な……に……」

萃香が巨大化したと言う事実に龍也が思わず唖然とした表情を浮かべてしまう。
龍也が浮かべている表情から、龍也が驚いていると判断した萃香は機嫌が良さそうな表情になり、

「私の能力は"密と疎を操る程度の能力"この巨大化もそれの応用だよ」

自分の能力に付いて説明し出した。
説明された内容が耳に入った事で龍也は意識を再び萃香に戻し、

「……ご丁寧にどうも」

少し皮肉を籠めた声色でご丁寧にどうもと言う。
そう言われた萃香は、

「それじゃ……いっくよー!!」

特に気にした様子を見せずに右腕を振り上げて拳を作り、龍也に向けて拳を振り下ろした。
振り下ろされた拳が龍也に激突する直前、龍也は一瞬で移動出来る移動術を使って姿を消す。
龍也が姿を消したのと同時に萃香の拳が地面に激突し、衝撃波が発生する。
その瞬間に龍也は萃香の背後に姿を現し、

「だりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

萃香の背中に向けて飛び蹴りを放つ。
放たれた飛び蹴りは見事萃香の背中に命中したが、

「な!?」

飛び蹴りの直撃を受けた萃香からダメージを受けたと言う反応は見られなかった。
萃香がダメージを負っていないのはサイズ差のせいかと龍也が考えている間に、

「その程度じゃあ……全く効かないよ!!」

萃香は全くダメージが無い事を主張し、龍也の方へと振り返りながら腕を振るう。
どの様な攻撃であれ、今の萃香の攻撃をまともに受けてしまったら確実に大ダメージを負ってしまうので、

「だあ!!」

龍也は萃香の背中を思いっ切り蹴り、蹴った反動を利用して萃香との距離を取りに掛かる。
萃香との距離を取ったお陰で萃香が振るった腕が龍也に直撃する事は無かったが、

「ぐあ!!」

腕を振るった際に発生した風圧で龍也は吹き飛ばされてしまった。
吹き飛ばされた龍也は体勢を立て直しながら足元に霊力で出来た見えない足場を作り、作った足場に足を着けて減速して行く。
そして、完全に止まると龍也は萃香の様子を確認する為に顔を上げる。
顔を上げた龍也の目には、

「まるで怪獣だな……」

ズシンズシンと言う音を立てながら自分に向けて近付いて来ている萃香の姿が映った。
萃香の動きから巨大化したせいで動きが少し緩慢になったのかと龍也は一瞬思ったが、直ぐに思った事は攻略の鍵にはならないと悟る。
何故かと言うと、落ちた動きを補って余り在る程のパワーと耐久性能が今の萃香には備わっているからだ。
これでは多少動きが緩慢になったと言う事実など、何のプラスにも成りはしない。

「くそ……」

状況が悪化している事に対する悪態を吐きつつ、龍也は頭を回転させていく。
萃香の攻撃を全て避け、萃香に大技を叩き込むと言うが理想だ。
白虎の力を使っている今なら集中力が切れ、疲労感が限界を迎えさえしなければ避け続ける事は可能であろうが問題は大技。
今の萃香にダメージを与える大技を白虎の力を解放している今の状態で放つとなれば、それ相応の時間が掛かる。
幾ら萃香の動きが多少緩慢になっているとは言え、大技を放てる程の時間を萃香がくれるとは到底思えない。
頭を回転させた龍也がそこまでの考えに至った辺りで、

「ッ!!」

龍也は萃香が直ぐ近くにまで接近している事に気付く。
この儘頭を回転させていたら萃香の攻撃の直撃を受けてしまうので、龍也は一旦思考を止めて跳躍を行って萃香を見下ろせる程の高さにまで高度を上げ、

「……………………………………………………………………」

再び自身の足元に霊力で出来た見えない足場を作り、作った足場に足を着ける。
進行方向上に龍也が居なくなった事で萃香は足を止め、龍也が跳躍した方に顔を動かす。
見下ろす龍也と見上げる萃香。
少しの間その様な状態を維持した後、龍也は結論を下す。
自分の力を変え様と。
白虎の力で無くなればスピードが落ちて萃香の攻撃を避け難くなってしまうが、大技以外は殆ど意味を成さないと言う現状よりはマシだろう。
一応どの力を使っていてもいなくても使える霊流波と言う大技もあるが、サイズ差が在り過ぎるので大した効果は見込めそうには無い。
霊力を大量に使えば話は別だろうが、只でさえ限界を超えている様な状況で霊力を大量に消費するのは悪手だ。
以上の事から、龍也は大技を使わなくても萃香にダメージを与えられるであろう力に自身の力を変える。
白虎の力から玄武の力へと。
力の変換に伴って龍也の瞳と髪の色が翠から茶に変わり、両腕両脚に纏わさられていた風が四散した。

「……ん? また変わった?」

龍也の風貌がまた変わった事で萃香が少し用心した様子を見せていると、龍也の右手から土が生み出され始める。
生み出された土は龍也の右腕を覆っていき、今の萃香の拳に勝るとも劣らない大きさの土で出来た拳が出来上がった。
土で作られた拳を見た萃香は、

「成程……サイズ差を補って来たか」

龍也の狙いを察し、好戦的な笑みを浮かべながら拳を振り被る。
そのタイミングで龍也は霊力で出来た見えない足場を消して降下し、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

拳を振り被り、拳を放つ。
龍也が拳を放ったタイミングで萃香も拳を放ち、土で出来た拳と萃香の拳が激突した。
二人の拳が激突した事で一際大きい激突音が発生し、衝撃波が走る。
これだけ見れば龍也の土の拳と萃香の拳は互角の様に思えたが、

「ッ!!」

萃香の拳と激突している龍也の土の拳に罅が入り、崩壊した。
たった一回萃香の拳と激突させただけで自分の土の拳が崩壊した事に龍也は驚くも、

「なら……!!」

直ぐに気持ちを切り替える様に体を縦に回転させ、右脚から土を生み出させる。
生み出した土で龍也は巨大な脚を作り、

「だりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

体を回転させた勢いを利用した踵落しを放った。
放たれた踵落しは萃香の頭頂部に向けて勢い良く向かって行ったが、

「おっと危ない」

萃香は迫り来る踵落しを拳を放っていない方の手で掴んだ。

「ちぃ!!」

攻撃を防がれた事で舌打ちを零した龍也に対し、

「巨大化した私に対抗する為に自分の腕や脚を巨大な物に変える……か。単純だけど……嫌いじゃ無いよ」

龍也のやり方は嫌いじゃ無いと萃香は称して土で出来た脚を掴んだ儘、体を回転させ始めた。
そんな事をされれば当然、

「う、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

萃香に振り回される形で龍也も回転してしまう。
強制的に回転させられている龍也は、

「ぐ……くく……」

上半身を何とか起き上がらせ、右手を萃香の方に向けて右手に霊力を集中させていく。
どうやら、霊流波でこの回転を止めさせる積りの様だ。
しかし、

「うわあ!?」

萃香が土で出来た脚を直ぐに離してしまった為、龍也は霊流波を放つ前に投げ飛ばされてしまう。
投げ飛ばされてしまった龍也は霊流波を放つ必要は無いと判断し、右手に集中させていた霊力を四散させて右脚の土を崩しに掛かる。
右脚を覆っていた土が完全に崩れ去ると龍也は体勢を立て直しながら霊力で出来た見えない足場を作り、作った足場に足を着けて滑る様にして減速して行く。
減速している最中に顔を上げると、

「ッ!?」

拳に炎を纏わせ、腕を振り回している萃香の姿が龍也の目に映った。
しかも、萃香が振り回している腕の周囲は大きく歪んで見える。
それだけ、萃香が拳に纏わせている炎の熱量は膨大だと言う事だろう。
幾ら玄武の力を使っている時に防御力が上がっているとは言え、周囲の景色を大きく歪ませる様な熱量を持った炎の直撃を受けたら只では済むまい。
龍也がそう感じ取ったのと同時に萃香の拳が振るわれ、振るわれた拳の先から超巨大な炎の塊が放たれた。
龍也を一人を呑み込んでも余裕でお釣は来る程の炎の塊が。
炎の塊の大きさから回避は不可能であると判断した龍也は下半身に力を籠めて急停止しながら両手を前方に向け、

「玄武の甲羅!!」

玄武の甲羅を生み出す。
同時に、

「ぐっ!!」

炎の塊が玄武の甲羅に激突し、大爆発を起こした。
玄武の甲羅は龍也に取っての最強の盾。
故に炎の塊が激突しても玄武の甲羅に傷一つ付かなかったが、

「ぐ、うう……うううううううううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

炎の塊が激突した際に発生した衝撃はその儘龍也に伝わって来てしまったので、龍也は衝撃で玄武の甲羅が弾かれない様に堪える。
玄武の甲羅が弾かれたら爆発に付随する形で生まれた爆風に呑み込まれてしまうからだ。
龍也が歯を喰い縛って耐え始めてから暫らく経った頃、

「……ん?」

龍也は衝撃が伝わらなくなった事を感じ取った。
この事から爆発と爆風が消えたのではと考えた龍也は玄武の甲羅から少し顔を出し、状況の確認をする。
状況を確認した龍也の目には爆煙だけが映った。
爆発や爆風が無いのであれば玄武の甲羅を出し続ける必要は無いと龍也は思い、玄武の甲羅を消す。
玄武の甲羅を消した事で改めて辺り一体が爆煙で全然見えない事を知った龍也は、

「なら……」

跳躍を行い、爆煙の中からの脱出を行おうとする。
視界が不明瞭の現状で攻め難いので、視界が良好な場所に出ると言うのはある意味当然だ。
序に言えば、跳躍で萃香よりも上の位置に立つ事が出来るので上方から奇襲を掛けると言った方法も取れる。
なので、跳躍で爆煙の中から脱出すると言うのは中々に良い手だ。

「……と」

無事に爆煙の中から脱出した龍也は眼下に居るであろう萃香を探す為に顔を動かしたが、

「居ない……?」

龍也に目には萃香の姿は映らなかった。
龍也が玄武の甲羅で炎の塊を受け止めた時は萃香との距離がそれなりに開いていたのだが、萃香も爆煙に包まれてしまったのだろうか。
龍也はそう考え、爆煙の方に視線を移そうとした時、

「……ん?」

龍也の体に影が掛かった。
急に影が掛かった事に疑問を覚えた龍也は視線を移す先を爆煙から上空に変える。
その瞬間、

「なっ!?」

龍也は驚きの表情を浮かべてしまう。
何故ならば、龍也が視線を移した上空には巨大化した儘の萃香が居たからだ。
元の大きさの萃香なら兎も角、巨大化した儘の状態で飛び上がって来るのは完全に予想外であった様で、

「…………………………………………………………………………」

龍也は思考を停止させたかの様に動きを止めてしまう。
龍也が動きを止めている間に萃香は拳を振り被り、龍也に近付いて行く。
萃香が近付いて来た事に気付いた龍也は再起動したかの様に意識を戻し、

「ッ!?」

慌てた動作で防御の体勢を取ろうとする。
が、龍也が防御の体勢を取る前に萃香は拳を放ち、

「か……は!?」

放った拳を龍也に直撃させる。
巨大化した萃香が放った拳の直撃を受けた龍也は成す術も無く地面に向けて一直線に吹き飛んで行き、物凄い激突音と共に背中から地面に叩き付けられた。
巨大化して大幅にパワーを上げた萃香の拳の直撃を受け、龍也は地面に叩き付けられたのだ。
とてもじゃないがこれ以上戦う事など出来ないと思われたが、

「ぐ……く……う……うう……ぅぅ……」

龍也は立ち上がろうとしていた。
しかし、立ち上がろうとしている龍也の姿はとてもじゃないが無事と言えるものではない。
文字通りボロボロの状態であり、様々な部分から血を流しているからだ。
これだけなら未だしも、

「う……く……うう……」

龍也の髪と瞳の色が元の黒色に戻っていた。
自分の意思で強引に力の解放状態を維持出来ない程に消耗してしまったのか、それとも今の一撃が強過ぎたせいか。
どう言った理由で力を解放した状態が解除されたのかは分からないが、力を解放した状態で無くなったのならばもう萃香と戦う事は出来ないだろう。
だが、

「が……あ……ぐ……あ……あ……」

龍也はまだ戦う気の様で、必死に体を動かしてうつ伏せの体勢になり、

「ず……あ……ぐ……」

両手両脚を使って立ち上がろうとしていた。
立ち上がろうと体を動かし、力を入れる度に龍也の体中に酷い痛みが走る。
体中に走っている痛みから体の至る所の骨が折れているなと言う事を龍也は何処か他人事の様に思いながら、

「が……ぐ……う」

何とかと言った感じで立ち上がった。
これで戦力差はともあれ、龍也は再び戦う事が出来ると思われたが、

「づあ……ぐ……」

立ち上がった龍也に異変が起こる。
どの様な異変がと言うと、立ち上がった龍也が再び倒れそうになってしまったのだ。
それも無理はない。
今、龍也がこうやって意識を保っているのは奇跡の様なものなのだから。

「う……あ……」

立ち上がった龍也が再び倒れそうになってしまった時、

「……づ!!」

龍也は気合を入れるかの様に下半身に力を籠め、転倒を防ぐ。
取り敢えず転倒せずに立ち続ける事には成功したものの、

「が……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

今の龍也は少し力を加えられただけで倒れてしまいそうな状態だ。
出来る事なら少しでも体力の回復をさせる為に休息を取るべきなのだが、

「ッ!!」

空中に躍り出ていた萃香が降下して地に足を着け、龍也の方へと近付いて来てしまったので少しの体力も回復させる事が出来なくなってしまった。
こうなってしまった以上、この儘の状態で戦うしか無い。
龍也は腹を括ったかの様に構えを取ろうとしたが、

「あ……が……ぐ……」

体が動かなかった。
まるで、立ち上がる事だけで全ての力を使い果たしたかの様に。
この儘体が動かなければ敗北は必至。
故に、

「う、う……ご……け……え……!!」

龍也は強引に体を動かそうとする。
動かない体を強引に動かそうと龍也が躍起になっていると、突如として龍也の体に影が掛かった。
自分の体に掛かった影に気付いた龍也は、影の正体を確認する為に視線を動かす。
視線を動かした龍也の目には、

「ッ!?」

何かを喋りながら拳を振り被っている萃香の姿が映る。
ダメージが大きせいか萃香が喋っている言葉は龍也の耳に入って来なかったが、これから起こる事は容易く予想出来た。
だからか、

「が……ああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

龍也は右腕を何とか動かそうとする。
同時に振り被っていた拳が振り下ろされ、萃香の拳が龍也へと向かって行く。
迫り来る萃香の拳を見て、龍也は理解した。
迫って来ている拳を避ける事も防ぐ事も出来ないと言う事を。
だと言うのに龍也は萃香の拳から目を逸らさず、睨み付けながら諦めずに体を動かそうとしていた。
そして、萃香の拳が龍也の体に叩き込まれそうになった瞬間、























『情けねぇ位に弱っちいなぁ、テメェ』























そんな言葉が龍也には聞こえて来た様な気がした。























突如、龍也の右腕が勢い良く動いて迫って来ていた拳の方に翳される。
同時に、翳された掌から物凄く大きな青白い閃光が迸った。
迸った青白い閃光は、拳を振り下ろした萃香を丸々呑み込んでいく。
青白い閃光に呑み込まれていく中で、萃香は見た。
黒色に戻っていた龍也の瞳の色が紫色なって、輝きを発している事に。
龍也の掌から青白い閃光が迸ってから暫らくすると迸っていた閃光が止んだ。
そして、迸っていた閃光が止んだのを合図にしたかの様に龍也の瞳の色が紫色から元の黒色に戻った瞬間、

「ぐっ!?」

龍也は崩れ落ちるかの様に体を傾けてしまう。
が、

「づ……ああ!!」

崩れ落ちてしまう前に龍也は根性を見せるかの様に全身に力を籠めて崩れ落ちるのを防ぐ。
その後、周囲を見渡して状況を確認し、

「俺は……何をしていた……?」

考える。
一体何が起こったのかを。
龍也が覚えているのは巨大化した萃香の拳が迫って来たところまで。
そこから先は何も覚えてはいない。
只、右手の掌から感じられる自身の霊力の残留から、

「霊流波を放ったのか? 俺は……」

つい先程、霊流波を放ったのかと龍也が考えていた時、

「いやー、驚いたよ」

正面の方から萃香の声が聞こえて来た。
聞こえて来た声に反応した龍也は考え事を止めて声が聞こえて来た方に顔を向ける。
顔を向けた龍也の目には、

「ッ!?」

元の大きさに戻っている萃香が多少ボロボロに成った状態で立っているのが龍也の目に映った。
萃香が元の大きさに戻っている事から龍也は自分の意識が不明瞭な時に自分が霊流波を放ち、放った霊流波で萃香を元の大きさに戻したのだろうと言う推察を行う。
すると、

「まさか、あんな隠し玉が在った何てね。大きさも元に戻っちゃったし。正直言って驚いたよ」

萃香は暢気な声色と共に足を進め、龍也の方へと近付いて行った。
自分の方に近付いて来ている萃香を見て、龍也は少しも状況が良く成っていない事を理解する。
萃香を元の大きさに戻せたのは確かに良い。
しかし、それは只単に戦いの最初に戻っただけ。
更に言えば多少ボロボロになったと言っても萃香はまだまだ十二分に戦えるが、龍也はもう瀕死と言っても良い状態。
とてもじゃないが、今の龍也に萃香と戦えるだけの力は残っていない。
少し小突かれただけで勝負が着いてしまうだろう。

「ぐ……」

一歩一歩確実に近付いて来ている萃香を見て、龍也は打開策を思い付かせる為に必至になって頭を回転させていく。
と言っても、そんな都合良く打開策が思い付く訳でも無い。
これでは龍也が頭を回転させている間に龍也は萃香の間合いに入ってしまう思われたが、萃香は唐突に足を止め、

「でも、流石にもう限界かな?」

龍也にもう限界かと問うて来た。
萃香の目に映っている龍也は服はボロボロで体の至る所から血を流しており、息も絶え絶え。
序に言えば、龍也から感じられている霊力も最初の頃よりもかなり低くなっている。
萃香がもう限界かと問うのも無理はない。
それはそうと、萃香から限界かと問われた龍也は、

「…………………………………………………………………………」

自分の耳に萃香が問うて来た言葉を受け入れろと言う声が聞こえて来た様な気がした。
もう諦めろ、もう十分だ、もう戦う必要は無い、もう傷付く必要は無い、もう苦しむ必要は無い、もう楽になれと言った様な声が。
今の龍也は文字通りズタボロで、誰の目から見ても戦闘続行は不可能と言える様な状態。
なので聞こえて来た声に耳を奪われ、従うのも時間の問題かと思われた。
だが、

「……はっ、冗談だろ」

龍也は萃香の問いと聞こえて来た声を否定し、

「限界? 誰がだよ!? 俺……まだまだやれるぜ!!」

萃香を睨み付けながらまだまだ戦えると宣言し、全身に力を籠める。
龍也の発言だけなら第三者には只の強がりと取られるかもしれないが、

「…………………………………………………………………………」

睨み付けられている萃香には龍也の言葉が強がりでは無い事が解っていた。
何故かと言うと、龍也の目を見たからである。
龍也の目は怯えた者の目でも許しを乞う者の目でも負けを認めた者の目でも無く、勝ってやると言う目であったからだ。
文字通りズタボロの状態であると言うのに龍也が未だに勝つ事を諦めていないからか、

「……そんな状態になっても許しを得る事も命乞いもせずに戦って勝とうとするか……。良いね良いねぇ!! 本当に良い男だね、龍也は!!
攫ってしまいたい位だよ!!」

好戦的な笑みを浮かべ、ご機嫌と言った感じで妖力を解放させた。
萃香が解放した妖力に呼応するかの様に、

「……ぅぅぅぅううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

龍也も霊力を解放する。
まるで、最後の力を振り絞るかの様に。
龍也が解放した霊力からズタボロの状態で発せられたとは思えない程の力強さを感じられた為、萃香は感心した表情を浮かべながら一気に踏み込み、

「はあ!!」

龍也の顎を目掛けて拳を振るう。
振るわれた拳を龍也は体を屈める事で避け、萃香が拳を振り切ったのと同時に、

「らあ!!」

屈めていた体を勢い良く戻して萃香の顎目掛けてアッパーカットを放つ。

「ッ!?」

放たれたアッパーカットを避ける為に萃香は咄嗟に顎を引き、

「せい!!」

龍也の腹部に膝蹴りを叩き込む。
膝蹴りを叩き込まれた龍也は、

「がっ!!」

血を吐き出しながら踏鞴を踏むかの様に数歩後ろに下がってしまう。
龍也が後ろに下がっている間に萃香は膝蹴りを叩き込んでいる足を下ろして追撃を掛け様としたが、萃香が追撃を掛ける前に、

「づ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

後ろに下がっていた龍也は雄叫びを上げながら弾丸が放たれるかの様な勢いで飛び膝蹴りを繰り出した。
雄叫びを上げながら飛び膝蹴りを繰り出した龍也の気迫に押されたからか、

「ッ!?」

萃香は一瞬動きを止めてしまった。
当然、龍也が攻撃を繰り出して最中に動きを止めてしまったので、

「ぐう!!」

龍也の飛び膝蹴りは萃香の顎に直撃し、萃香を浮かび上がらせる。
浮かび上がった萃香の胴体はがら空きになったが、龍也はがら空きの胴体には攻撃を行わず、

「ッ!!」

浮かび上がった萃香の後を追う様に跳躍をして萃香の顔面を掴み、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

掴んだ萃香を地面に叩き付けた。
顔面を掴まれた儘地面に叩き付けられた事で萃香は後頭部を強打してしまい、

「ぐう!?」

萃香は軽い眩暈を起こしてしまう。
軽いを眩暈を起こし、萃香が直ぐに次の行動を起こせない事を察した龍也は萃香の顔面から手を離して空中に躍り出る。
その間に龍也は自身の力を変え、解放させた。
青龍の力へと。
力を変え、力を解放した事で龍也の髪と瞳の色が黒から蒼に変わって瞳が輝きを発した刹那、

「行け!!」

龍也は掌を萃香に向け、水流を放つ。
放たれ水流は倒れている萃香に当たり、

「冷たっ!!」

水流が当たった萃香は余りの冷たさに驚きの声を上げてしまう。
龍也が水の剣を使っていた時はここまで冷たい水を使っていなかった筈だと萃香が思っていると、

「氷った!?」

萃香に当たった水流が氷になってしまった。
突如として水が氷に姿を変えた事に萃香は驚くも、直ぐに理解する。
龍也が放った水流は極低温の水で、龍也が制御を放棄した為に瞬時に氷った言う事を。
となると、龍也は最初っから萃香を磔の様にするのが目的となるだろう。
ならば、動きを封じたところに大技を叩き込む気かと考えた萃香が龍也の方に顔を向けると、

「あれは……風を使っていた時の……」

髪と瞳の色が翠に成っている龍也の姿が目に映る。
今の龍也の姿から風の塊で攻撃する気かと萃香は予想したが、萃香の予想は間違っていると言わんばかりに龍也は頭と足の位置を入れ替える様に体を回転させ、

「ッ!?」

猛スピードで急降下し、萃香へと突っ込んで行った。
そして、龍也と萃香の距離が半分程に成ったタイミングで龍也の髪と瞳の色が翠から紅に変わり、

「なっ!?」

龍也の足の裏で大爆発が起き、突っ込んでいる龍也のスピードが大幅に上がる。
あれだけスピードを上げた状態で放たれるであろう一撃を無防備な状態で受けるのは流石に不味いと萃香は判断し、

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

全身に力を籠め、自身を拘束している氷を砕きに掛かった。
萃香が籠めた力に呼応するかの様に萃香を拘束している氷に罅が走っていくが、同時に龍也の髪と瞳の色が茶に変わる。

「ッ!!」

龍也の髪と瞳の色が茶に変わったのを見て、萃香は龍也が何を狙っているのかを理解し、

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

更に力を籠めて自身を拘束している氷を一気に砕く。
氷を砕いた事で萃香は自由の身に成ったが、

「ううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

萃香が自由に成った瞬間に龍也の拳が振るわれ、土で出来た巨大な拳が萃香に突き刺さった。























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