眼下に鈴蘭畑が見え始めた辺りで龍也は降下し、

「よ……っと」

鈴蘭が咲いていない場所に足を着ける。
その後、周囲を見渡し、

「久々に無名の丘に来たって感じだけど……余り変わってないな」

余り変わっていないと言う感想を漏らす。
まぁ、別に何年も帰って来ていないと言う訳では無いのだ。
もし変わっていたら、それはそれで驚いたであろう。
兎も角、地に足を着けた龍也は自分の家である洞窟に向けて足を進めて行く。
周囲に見える鈴蘭畑を楽しみながら。
鈴蘭畑を楽しみ、足を進め始めてから少し経った頃、

「お、着いた着いた」

龍也は自分の家である洞窟の前に辿り着いた。

「やっぱ、ここも変わってないな」

洞窟を見ながらここも変わっていないと呟き、周囲を見渡すと、

「おおう……」

大量の新聞が突き刺さっているポストが龍也の目に映る。
突き刺さっている新聞は十中八九"文々。新聞"であろう。
暫らく帰って来なければ新聞も溜まるよなと思いつつ、龍也はポストまで近付き、

「せー……のっと」

ポストに突き刺さっている新聞を纏めて引っこ抜き、引っこ抜いた新聞を小脇に抱えて洞窟の中へと入って行く。
当然、洞窟の中は暗いので直ぐに先が見えなくなってしまう。
なので、龍也は一旦足を止めて自身の力を変える。
朱雀の力へと。
力の変換に伴い、龍也の瞳の色が黒から紅へと変わったのと同時に、

「……と、新聞を燃やさない様にしないとな」

新聞を抱えていない方の腕を動かし、新聞を燃やさない様に注意しながら龍也は掌から炎を生み出す。
掌から生み出された炎のお陰で洞窟内が照らされ、周囲の様子が明らかに成る。
周囲の様子が明らかに成ったのであればもう足を止めている必要は無いので、龍也は再び足を進めて行く。
そして、普段生活している開けた場所まで来た時、

「……うん、ここも変わってないな」

龍也は再びここも変わっていないと呟きながらテーブルの上に新聞を置き、テーブルの上に置かれてランプに火を入れる。
ランプに火が入ったのと同時に龍也は掌から生み出している炎を消し、自身の力を消す。
力を消した事で龍也の瞳の色が紅から元の黒に戻る。
取り敢えず灯りの確保が出来たと言う事で、

「さてと……」

自分の家である洞窟に戻って来た本来の目的、お札に霊力を補充すると言う目的を果たす為に龍也はお札を貼っている場所まで足を進めて行く。
足を進め、お札の目の前にまで来た龍也はお札に手を当て、

「……………………………………………………」

お札に霊力を籠め始めた。
それから少し時間が過ぎた辺りで、

「……よし、こんなもんだろ」

龍也はお札から手を離して霊力を籠めるのを止める。
少なくとも、これで暫らくはお札が結界を張らなくなると言う事態は起きないであろう。
これで安心して旅を再開出来ると言う事を龍也は思いつつ、

「さてと……」

隅の方に置いてある四角いボックス状の物に近付き、ボックス状の物の中から何かを取り出す。
取り出した物は保存食だ。
因みに、取り出した保存食はこの洞窟を家として使い始めた時に香霖堂で家具などと一緒に買い揃えた物である。
霖之助曰く、外の世界から流れて来た物との事。
幻想郷に保存食が入って来た経緯はどうであれ、頻繁に洞窟に帰って来る事の無い龍也に取って保存食はありがたい食べ物だ。
幾ら洞窟内の温度が低いと言っても、普通の食べ物ならば龍也が帰って来る前に腐ってしまうのは確実であろう。
ともあれ、保存食を取り出した龍也は新聞を置いたテーブルに近付き、

「よっと」

テーブルとセットになっている椅子に腰を落ち着かせて保存食をテーブルの上に置き、新聞の一部を手に取り、

「お、やっぱり"文々。新聞"だ」

手に取った新聞が"文々。新聞"である確認し、保存食をお菓子代わりにしながら"文々。新聞"に目を通していった。























ポストに大量に突っ込まれいた"文々。新聞"の全てに目を通し終えた龍也は、

「……結構面白かったな」

結構面白かったと言う感想を漏らした。
尤も、自分の事が書かれている号に関しては少々気恥ずかしい想いをする事になったが。
ともあれ、幻想郷で起きた一寸した出来事などを知れたのは中々の収穫であろう。
それはそうと、目を通し終えた新聞を龍也は一箇所に纏め、

「んー……」

上半身を伸ばし始めた。
伸ばし始めてから少しすると、

「……ふぅ」

龍也は上半身を伸ばすのを止め、ポケットに仕舞っている懐中時計を取り出して現在の時間を確認する。
確認した結果、

「あー……もう真夜中か」

真夜中である事が分かった。
"文々。新聞"に目を通している間に真夜中になっていたのは少々予想外であったからか、

「どうすっかなー……」

どうするべきかと頭を捻らせていく。
別に今直ぐに旅に出ても良いのが、その場合は直ぐに寝床を探す事になってしまう。
一応徹夜で進み続けると言う事も出来なくも無いが、旅の道中で何が起きるかは分からない。
体力を浪費する行為は避けるのが無難であろう。
となれば、

「……よし、寝るか」

さっさと寝るのが吉だ。
寝る事を決めた龍也は立ち上がり、布団を置いて在る場所へと目を向ける。
目を向けた先に在る布団の数は、それなりと言ったところ。
洞窟内は少々冷えているが、布団を全部掛ければ温かく眠れるだろう。
布団の量を確認し終えた龍也はランプの火を消し、学ランを脱ぎながら布団が在る場所へと向かって行く。
そして、布団の中に入り込んで目を閉じる。
目を閉じたら直ぐに睡魔が襲って来た為、龍也はその儘襲って来た睡魔に身を預けて夢の世界へと旅立って行った。























「……んあ」

目を覚ました龍也は寝惚け眼の状態で上半身を起こし、ボーッとした表情で正面を見据える。
それから少しするとある程度頭が覚醒して来たので、龍也は周囲の状況を確認するかの様に顔を動かす。
その時、

「……明るい?」

龍也は洞窟内、正確に言えば生活している区画が明るい事に気付いて表情を疑問気なものへと変える。
寝る前にランプの火は消した筈なのにと思いながら。
取り敢えず、ランプがどうなっているかを確認する為に龍也が立ち上がろうとした時、

「おはよう、龍也」

突如、おはようと言う声を掛けられた。
龍也が家としている洞窟は、龍也以外の存在は住んでいない。
つまり、洞窟内で誰かが龍也に声を掛けて来ると言うのは在り得ないのだ。
だからか、龍也は若干警戒した様子を見せながら、

「……………………………………………………」

おはようと言う声が聞こえて来た方に顔を向ける。
顔を向けた先には、八雲紫の姿が在った。
紫の姿が在った事に龍也は驚くも、直ぐに紫の能力ならば結界を張っている場所にでも容易に入って来れると言う考えに至ったので、

「……何やってんだ? 人の家で?」

龍也は比較的冷静な突っ込みを入れる事が出来た。
突っ込みを入れられた紫は、

「あら、冷たい反応ね。朝起きたら可愛い女の子が朝食の準備をしていた。男なら普通は感涙物でしょ?」

龍也の反応が不満だと言いた気な態度を示す。
勝手に人の家に入って来たと言うのに少しも悪びれた様子を見せない紫に、

「自分で自分の事を可愛い女の子とか言うか、普通?」

龍也は呆れた表情を向け、

「……で、何しに来たんだ?」

何し来たのかと問う。
すると、

「あら、今さっき言ったじゃない。朝食の準備をしていたって」

つい先程言った事を再び言って、紫は扇子でテーブルの上を指す。
テーブルの上を指した扇子の動きに釣られる様に視線を動かした龍也の目にはご飯、味噌汁、焼き魚、漬物と言った和食が映った。
起きたばかりで腹が空いていると言う事もあり、龍也はテーブルに並べられている和食に目を奪われてしまう。
が、直ぐに意識を取り戻したかの様に、

「これ、お前が作ったのか?」

この和食は紫が作ったのかと聞く。
聞かれた紫は、

「そう見える?」

答えを述べると言った事はせず、逆に自分が作った様に見えるかと聞き返して来た。
そんな紫の反応から、相変わらず掴み所が無いなと龍也は思いつつ、

「見えねーな」

間髪入れずに見えないと口にする。

「少しも悩んでくれないなんて、酷い男ね。でもま、正解。これを作ったのは藍よ」

間髪入れずに見えないと答えた龍也に紫は不満気な表情を向けるも、瞬時に表情を戻して正解と言う言葉と共に藍が作った事を教えた。

「藍がか?」

藍が和食を作ったと言う事を教えられた龍也は藍の姿、立ち振る舞い、言動などを思い浮かべ、

「……確かに、藍ならこう言った料理を作るのも楽勝で出来るだろうな」

藍ならこう言った料理を作るも楽に出来そうだと呟き、

「でもよ、何だって俺の所に朝ご飯を持って来たんだ?」

話を変えるかの様に何で自分の所に朝ご飯を持って来たんだと言う疑問を投げ掛ける。
投げ掛けられた疑問に、

「食料庫を少し大きくする為に中の食料を全て使わせたら、想定以上の量のご飯が出来ちゃってね。どうも、思っていた以上に食料が残っていたみたいなのよ。
だから、こうやってお裾分けに来たって訳。捨てるのも勿体無いしね」

紫は朝ご飯を持って来た理由を話す。
話された理由を聞き、納得した表情を龍也が浮かべたタイミングで、

「それじゃ、届ける物も届けたし私はもう行くわね。あ、そうそう。食器は後で回収しに来るからその儘で良いわよ」

伝えるべき事は伝えたと言わんばかりに紫は自分の真下に隙間を開き、開いた隙間に身を沈めて隙間を閉じた。
紫が去った後、朝ご飯を食べる為に龍也は布団の中から抜け出して立ち上がる。
そして、椅子に座ろうとした刹那、

「……ん?」

龍也の目に大き目のダンボールが映った。
普段であれば大して気にも留めなかったであろうが、今回に限っては妙に気に掛かった様で、

「………………………………………………」

椅子に腰を落ち着かせる前にダンボールの中身を確認しに掛かる。
確認した結果、

「……やられた」

ダンボールの中身が空である事が分かった。
本来、龍也が確認したダンボールの中には酒が保存されている。
だと言うのに、ダンボールの中身は空。
と言う事は、先程までここに居た紫が酒を持って行った可能性が極めて高い。
ここは一つ、紫に文句の一つでも言ってやりたいところだが、

「……はぁ、朝食の飯代だと思う事にするか」

腹が空いており、紫も居ない今の状況で文句を言っても仕方が無いと判断した龍也は持って行かれた酒は朝食代と思う事にし、

「さて……」

改めてと言った感じで椅子に腰を落ち着かせ、

「いっただっきまーす」

朝食を食べ始めた。























「……うん、美味かった」

朝食を食べ終えた龍也は美味かったと言う感想を漏らしながら立ち上がり、

「本当だったら保存食でも食う予定だったから……ま、酒の事は水に流すか」

龍也は紫に酒を持って行かれた事を完全に水に流す。
その後、脱ぎ捨てられたかの様に地面に落ちていた学ランを拾って着込み、

「さて……」

空になった食器を一箇所に纏めてランプの火を消し、自身の力を変える。
朱雀の力へと。
力の変換に伴い、龍也の瞳の色が黒から紅へと変わった。
瞳の色が変わったタイミングで、消したランプの火の代わりと言わんばかりに龍也は掌から炎を生み出す。
生み出された炎のお陰で再び周囲が明るくなった後、龍也は洞窟内から出る為に出口へと向けて足を進めて行く。
そして、外に出た龍也は、

「んー……良い天気だ」

空を見上げながら良い天気だと呟きながら上半身を伸ばし、生み出している炎と自身の力を消す。
力を消した事で龍也の瞳の色は紅から元の黒へと戻る。
瞳の色が元に戻ったのと同時に龍也は上半身を伸ばすのを止め、旅を再開する為に歩き始めた。
歩きながら無名の丘を出るまでは目に見える鈴蘭畑を楽しもうと龍也が思いながら顔を動かし始めた時、

「……ん?」

龍也の目にあるものが映る。
映ったものと言うのは、金色の髪を肩口辺りにまで伸ばした女の子の後姿。
そう、鈴蘭畑の中に女の子が居たのだ。
自分以外にも無名の丘に家でも持っている者でも居たのかと言う事を龍也は考えつつ、鈴蘭を踏まない様に気を付けながら女の子に近付き、

「なぁ、一寸良いか?」

声を掛ける。
すると、

「ひゃあ!?」

女の子は驚いた様な悲鳴を上げ、慌てて龍也が居る方に体を向けた。
どうやら、急に声を掛けられた事で驚いてしまった様だ。

「あっと、ごめん。驚かせる積りは無かったんだけど……」

驚かせてしまった事に対する謝罪を龍也は述べ、何か女の子に言葉を掛け様とした瞬間、

「……貴方……誰?」

女の子が龍也は誰だと聞いて来た。
それで自己紹介をしていなかった事に気付いた龍也は、

「俺は龍也。四神龍也。君は?」

自分の名を名乗って君は誰だと聞き返す。
龍也が自分の名を名乗ったからか、

「……私はメディスン。メディスン・メランコリーよ」

女の子も自分の名を名乗ってくれた。
お互い簡単な自己紹介を終え、一息吐こうとしたタイミングで、

「ここに何しに来たの? スーさんを盗みに来たの?」

メディスンは警戒した表情を浮かべながら龍也に何をしに無名の丘にやって来た理由を尋ねる。

「スーさん? ……鈴蘭の事か? 別にそんな気はねーよ」

スーさんと言う単語から鈴蘭の事かと予想した龍也はメディスンに鈴蘭を盗む気は無いと伝えたが、

「本当?」

メディスンから警戒した表情が解かれる事は無かった。
そんなメディスンの警戒を解かせるかの様に、

「ああ、本当だ」

本当に鈴蘭を盗む気は無いと言う主張を龍也は行う。
一応、二度も鈴蘭を盗む気は無いと龍也が言ったからか、

「……そう、なら良いわ」

メディスンは龍也の言い分を信じる事にし、警戒を解く。
が、直ぐに表情を何かに気付いたものに変え、

「貴方……人間?」

確認を取るかの様に龍也は人間かと問う。
問われた事に何の疑問も抱かず、

「ああ、俺は人間だ」

龍也が自分は人間である事を肯定した刹那、メディスンから妖力で出来た弾が龍也に向けて放たれた。
放たれた弾を、

「どわ!?」

咄嗟に体を逸らす事で龍也は避け、

「行き成り何すんだよ!?」

放たれた弾から感じた妖力からメディスンが妖怪である事に気付くも、気付いた事などどうでも良いと言いた気な表情でメディスンに文句の言葉を叩き付ける。
まぁ、何の前触れも無く行き成り攻撃を仕掛けられたのだ。
文句の言葉の一つや二つ、出て来たりもするだろう。
しかし、叩き付けられた文句を、

「お前が人間なら私の敵よ!!」

メディスンは無視するかの様に龍也が人間なら自分の敵だと宣言し、己が手で潰してやると言わんばかりに龍也へと突っ込んで行く。
突っ込んで来たメディスンを避ける為に龍也は跳躍を行い、空中へと躍り出る。
そして、ある一定の高度に達すると龍也は足元に霊力で出来た足場を作り、

「よ……っと」

作った足場に足を着けた。
そのタイミングで、メディスンが龍也と同じ高さにまでやって来た。
自分と同じ高さにまでやって来たメディスンを見て、龍也は取り敢えずメディスンに話し掛け様としたが、

「ッ!!」

話し掛ける前に大量の弾幕がメディスンから放たれた為、話し掛けるのを中止して回避行動に集中し始める。
回避行動に集中し始めてから少しすると余裕が出て来たからか、

「襲って来るにしても何か理由は無いのか!?」

龍也はメディスンに襲って来る理由を問う。
だが、問うた事にメディスンは一切の反応を見せずに放つ弾幕の数を増やした。
まるで、これが答えだと言わんばかりに。
メディスンが妖怪だから人間である龍也を襲っているのか、それとも何か別の理由が在るのか。
何となくではあるが、龍也はメディスンが自分を襲って来る理由は後者であると感じていた。
それはそれとして、何時までも避けているだけでは埒が明かないので、

「……さて、そろそろ俺からも反撃させて貰うぞ」

龍也もメディスンに向けて弾幕を放つ。
二人が放った弾幕はぶつかり合い、相殺し合ったが、

「ッ!?」

放った弾幕量は龍也の方が多かったらしく、相殺を逃れた弾幕がメディスンの方に向かって行った。
迫り来る龍也の弾幕を見たメディスンは慌てた動作で回避行動を取り始める。
だが、回避行動を取った事で龍也に向けて放つ弾幕が甘くなってしまい、

「ッ!!」

メディスンへと向かって行く龍也の弾幕の量が増えてしまった。
自分に向けて迫って来る弾幕が増えた事でメディスンは動揺するも、咄嗟に自分の正面に弾幕を集中させて龍也の弾幕が直撃しない様に防ぎに掛かる。
先程までとは一変して攻守が逆転してから少し経った頃、

「何……」

一際大きな弾がメディスンから放たれた。
放たれた弾は龍也の弾幕を蹴散らしながら龍也の方へと向かって行く。
どうやら、メディスンは強力な一発を放って龍也の弾幕を突破し様とした様だ。
中々に単純な手ではあるが、実際突破出来ているのだから馬鹿に出来た手では無い。
ともあれ、自分の弾幕を弾き飛ばしながらメディスンの弾が迫って来ているので、

「…………………………………………………………」

龍也は弾幕を放つのを止め、

「だあ!!」

腕を思いっ切り振るい、手の甲で迫って来ていた弾を明後日の方向に弾き飛ばした。
眼前の脅威を処理した龍也はメディスンの方に再び顔を向ける。
顔を向けた先に居るメディスンは、再び弾幕を放つと言った事はせずに龍也の事を睨み付けていた。
てっきり再び弾幕を放って来るものだと思っていた龍也は肩透かしを喰らった気分になったが、メディスンの戦意は消えていなかったので、

「…………………………………………………………」

油断せずに構えを取り、メディスンを視界に入れる。
龍也とメディスンが睨み合いの様な形を取ってから少しすると、

「ん……?」

メディスンは全身に力を籠め始めた。
力を籠め始めた事で龍也が警戒した表情を浮かべ始めた時、

「紫の……煙?」

メディスンから紫色の煙が放出されたではないか。
放出された煙から毒々しいものを感じ取った龍也が思わず後ずさろうとした瞬間、発生した紫色の煙は急激に範囲を広げて龍也を包み込んだ。
紫色をした煙が龍也を包み込んでから数瞬後、

「……がはっ!?」

龍也の口から血を吐き出された。
口から血を吐き出した龍也は反射的に口を手で押さえ、メディスンの方に視線を向ける。
視線を向けた先に居るメディスンは得意気な表情を浮かべ、

「ふふ、強力でしょ。私の毒」

自分の毒は強力だろうと呟く。
メディスンの呟きが耳に入った龍也が、

「毒……」

確認を取る様に毒と漏らしたからか、

「正解。私の能力は"毒を操る程度の能力"」

メディスンは得意気な表情を浮かべた儘、自分の能力が何であるかを説明し出す。
説明された事を理解した龍也は、

「な……に……」

驚愕の表情を浮かべ、思う。
何て凶悪な能力なんだと。
はっきり言って、メディスンの能力は文字通り必殺の威力を持っている。
毒の種類によっては一瞬で殺されてしまうかもしれない。
そこまで考えが至った瞬間、

「ッ!!」

龍也は咄嗟に口だけではなく鼻も手で押さえて息を止める。
これで一安心と思うも束の間、

「な!? ……く!!」

龍也は体に力が入り難く成り始めた事を感じ取った。
呼吸を止めたと言うのに、血を吐き出した時以上に毒が回っている感覚。
この事から、龍也は毒が呼吸だけでは無く接触だけでも体に入って来ると言う推察を行う。
しかし、その事を推察出来たからと言って事態が好転したと言う訳では無い。
何せ時間と共に毒が体中を駆け巡り、龍也の体を蝕んでいるにだから。
こんな事なら紫色の煙が放出された時点で距離を大きく取れば良かったと龍也が後悔している間に、

「ふふふ、どう? もう打つ手は無いでしょう?」

勝ち誇った表情をメディスンは浮かべ、もう打つ手は無いだろうと言う。
確かに、メディスンの言う通りだ。
現状の龍也は毒で体を蝕まれ、体の自由が効かなく成り始めている。
おまけに毒のせいか、意識も少しずつでは薄れていっているのだ。
打つ手が無いと言われても仕方が無いし、実際龍也には打つ手が無い。
何せ、毒のせいで紫色の煙の範囲外へと強引に逃れ出る程の力を発揮出来ないのだから。
せめて、紫色の煙が無ければ言う考えが龍也の頭に過ぎった刹那、

「……ッ!!」

龍也は気付く。
まだ、打つ手が在ると言う事を。
気付くや否や、龍也は自身の力を変える。
白虎の力へと。
力の変換に伴って瞳の色が黒から翠に変わったのと同時に、

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

突如、龍也の体中から突風が放たれた。
放たれた突風は龍也を包んでいた紫色の煙を全て吹き飛ばす。
自身が放った紫色の煙が吹き飛ばされていく様子の一部始終を見ていたメディスンは、

「……嘘」

唖然とした表情を浮かべてしまった。
まぁ、自分の必殺の一撃をあっと言う間に無効化されたのだ。
唖然とした表情の一つや二つ、浮かべるのも無理はないだろう。
それはそうと、メディスンがそんな表情を浮かべている間に龍也は放っていた突風を球形を形にして自身を護る様に纏わせ、

「どうだ、これでもうお前の毒は効かないぜ」

もう毒は効かないと言い放つ。
風を纏っている以上、龍也は紫色の煙が迫って来ても簡単に四散させる事が可能だ。
が、

「なら、効くまで続けるだけ!!」

メディスンは効くまで続けるだけだと宣言し、再び紫色の煙を発生させ始める。
発生した紫色の煙は爆発的な勢いで範囲を広げ、龍也を包み込もうとしたが、

「効かねぇ!!」

紫色の煙は龍也が纏っている風を突破する事が出来ず、弾かれてしまった。
だと言うのに、メディスンは諦めずに紫色の煙を発生させ続けていく。
だが、メディスンの努力も空しく紫色の煙は龍也が纏っている風に全て弾かれてしまう。
暫らくの間、メディスンが紫色の煙を発生させてそれを龍也が纏っている風で防ぐと言った事を始めてから幾らか時間が過ぎた頃、

「……ん?」

唐突にメディスンから紫色の煙が発せられなく成ったではないか。
その事を不審に思った龍也がメディスンを注視すると、

「体の毒……切れちゃった……」

体の毒が切れたと呟き、無防備な体勢で落下しているメディスンが映った。
心做か、落下しているメディスンは意識を失っている様に見える。
幾ら妖怪と言えど気を失い、無防備な体勢でこの高さから落下したら流石に不味いと判断したからか、

「……ああ、くそ!!」

龍也は悪態を吐きつつ、纏っている風を消して落下しているメディスンを追う為に急降下を行った。























「……ここ、何所?」

上半身を起こし、ここは何所と呟いたメディスンに、

「お、起きたか?」

龍也は起きたかと言う声を掛けた。
掛けられた声にメディスンは反応し、声が聞こえて来た方に顔を向ける。
顔を向けた先には、

「あ……」

岩の上に腰を落ち着かせた龍也の姿が在った。
気を失っていた自分と、呑気に岩の上に腰を落ち着かせている龍也。
そして、記憶の中に存在している落ちて行く自分。
これ等の事からメディスンは自分が負けた事を悟る。
同時に、

「……あんたが助けてくれたの?」

龍也が自分を助けてくれたのかと言う事を問う。
問われた事に、

「ん? 確かに、お前が地面に地面に叩き付けられる前に拾い上げたのは俺だ。後、落下する直前に体の毒が切れたって言ってただろ? だから、
お前を鈴蘭畑に寝かせて置いたんだ」

肯定の返事と共に龍也はメディスンを鈴蘭畑に寝かせておいた理由を話す。
龍也から話を聞いたメディスンは周囲を見渡し、自分が寝ていた場所が鈴蘭畑である事に気付く。
お陰で自分が意識を取り戻し、体を動かせる様に成った事を理解した後、

「何で……私を助けたの?」

メディスンは何で自分を助けたのかと言う疑問を龍也に投げ掛けた。
メディスンがそんな疑問を投げ掛けるのも無理はない。
態々、自分を殺そうとした相手を助ける必要性は無いからだ。
投げ掛けられた疑問に対する答えを、

「確かに、俺がお前を助ける理由は無い。けど、助けない理由も無い。序に言えば、俺的には戦えなくなった相手に攻撃を加えるって言うのは気分が
良いものじゃ無いしな」

龍也はその儘伝える。
伝えられた事を耳に入れたメディスンはポカーンとした表情を浮かべ、

「……っぷ、変な人間」

軽い笑みを浮かべた。
メディスンの浮かべた笑みから少しは会話が出来そうかと考えた龍也は、

「なぁ、何で俺に襲い掛かって来たんだ? やっぱ俺が人間でお前が妖怪だからか?」

改めてと言った感じで何で自分に襲い掛かって来たのかを尋ねる。
尋ねれらメディスンはそっぽを向き、

「私は人形の妖怪。人間から人形を解放する為に戦ってるの。人形を乱雑に扱っては捨てる人間からね。だから、人間は私の敵」

龍也に襲い掛かった理由を口にした。
メディスンが口にした事に、

「別に人間全部がそうだって訳じゃ……」

弁明の様な発言を龍也は返そうとしたが、

「人間の言う事何て信用出来ない」

返す前にメディスンは聞く耳持たないと言った態度を示す。
メディスンが示した態度に、龍也は何も言えなくなってしまった。
何故かと言うと、メディスンが人間の事を全く信じていない事を感じ取ったからだ。
この分だと、下手な事を言えば火に油を注ぐ結果に成る可能性が高い。
故に龍也がこの話題を終わらせ様とした時、

「でも、龍也の事は……ほんの一寸だけなら信じても良い」

メディスンはポツリと龍也の事ならほんの一寸だけなら信じても良いと呟いた。
メディスンを助けた事と今までの会話で少しは信頼を得られたのだろうか。
ともあれ、メディスンが少しは自分を信じてくれたからか、

「……そっか」

軽い笑みを龍也は浮かべ、立ち上がりながら岩の上から降り、

「それじゃ、俺はそろそろ行くな」

そろそろ出発する旨を伝え、

「またな」

またなと言う声を掛け、メディスンに背を向ける。
掛けられた声に、

「えっと…………………………またね」

メディスンもまたねと返してくれた。
返って来たまたねと言う挨拶に返す様に龍也は片手を上げ、足を進めて無名の丘を後にして行く。























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