雲一つ無い、ある晴れた日の事。
幼い年頃の男の子が公園で遊んでいた。
たった一人で。
その男の子は鉄棒、アスレチック、ブランコ、滑り台などで遊んでいた。
一人で遊んでいる男の子は寂しそうな表情を浮かべていたが、体を動かしていたら気が晴れるからか男の子の表情は次第に何処か楽しそうなものに変わっていく。
それから暫らくすると、遊具で遊ぶのに飽きたからか男の子は公園内を走り回り始めた。
全速力で、無茶苦茶に。
そんな時、男の子の耳に変な音が入り込んで来た。
入り込んで来た音が気に掛かった男の子は走り回るのを止め、聞こえて来る音に耳を傾け始める。
すると、その音がどんどんと自分が居る場所に近付いて来ている事が分かった。
同時に、発生している音の正体が何かが圧し折れると言う音と車が発生させる様な音である事も。
音の正体とその音が自分に近付いて来ている事を男の子がはっきりと認識した瞬間、茂みの中から大きな車が現れた。
現れた車は男の子目掛けて猛スピードで突き進み、何が起こっているのか理解出来ていない男の子を跳ね飛ばす。
跳ね飛ばされた瞬間、男の子の意識は闇に閉ざされた。






















男の子は朝に目が覚める様な自然さで、目を開いた。
目を開いた時、男の子の目には白い天井が映り込む。
映り込んだ白い天井を認識した後、どうして自分はこんな所に居るのだろうと男の子は思った。
男の子の中では、ついさっきまで公園で遊んでいたと言う記憶しか無いのだ。
だと言うのに、自分は公園に居ない。
だからか、男の子は公園で遊んでいた時の事を思い出していく。
思い出した記憶の中で一番新しいものは、目の前に大きな車が迫って来ていると言う記憶。
その記憶から、自分はその大きな車に轢かれたのだと言う結論に男の子は達した。
車に轢かれた今になって、男の子は漸く理解する。
幼稚園の先生が『車には気を付けなさい』と常々口にしていた事を。
だからか、男の子は幼稚園の先生や両親にその事を教え様と思って体を動かそうとする。
しかし、男の子の体は全く動かなかった。
更に言えば、声も出ない。
仕方が無いので、男の子は眼球だけを動かして周囲の様子を探っていく。
すると、自分の周囲が白いカーテンで囲まれている事が分かった。
何で自分の周囲が白いカーテンで囲まれているのかと言う疑問を男の子が抱いたのと同時に、男の子の耳に誰かの話し声が入って来る。
入って来た話し声に意識を集中させていくと、話しているのが自分の両親である事が分かった。
なので、男の子は何とかして自分が起きている事を両親に伝え様とする。
まさにその時、

『何で生きていたんだか。車に轢かれた時はやったと思ったのに』
『全くだ。死んでいれば楽だったと言うのに。あれの悪運も相当強いな』
『慰謝料はかなり入ったけど……障害が残っていたり、植物状態になったり、死んでいればもっと入っただろうに。と言うより、死んでいればもうあれに時間を
割く必要が無くなったんだけど。まさか、五体満足で何の障害も残らなかった何てね。突っ込んだって言う車、かなりのスピードだったって言うのに』
『俺もあれが車に轢かれたと言う連絡を受けた時はやっと死んだかと思ったんだがな』
『私もよ。こう言うのを、糠喜びと言うんでしょうね』
『だろうな。全く、あんなのが生きていても邪魔なだけなんだが』
『ほんとよ。あ、そうだ。医療事故に見せ掛けてここで殺してしまうってのはどうかしら?』
『駄目だ。そんな事をしたら必ずバレる。あれには俺達の全く関与していな状態で死んで貰わなければ意味が無い』
『分かっているわよ、それ位。だけど、今回は本当に惜しかったわね』
『全くだ』
『それにしても、何度も何度も見舞いに来て心配する振りをしなければならない何て。普通の親を演じるのは苦労するわ』
『それには同意だ。俺が今やっている仕事も良いところなのに、まさかこんな下らない事で帰されるとはな。まぁ、これで帰らなかったら不審に
思われるのは確実だが。本当に、普通の親を演じるのは苦労する』
『……はぁ、本当に何であんなのが生まれてしまったんだか。あんなのさえ居なければ、こんな苦労をする事も無かったでしょうに』
『仕方無いだろ。俺達の年齢で子供が居ないと言うのはかなり不自然だ。更に言えば、俺の稼ぎで子供を作らないと言うのもな』
『そうよねぇ……あんたと結婚した時は、遊ぶ金が労せず手に入る位にしか思ってたのに』
『俺の倍以上生き、未婚の奴は年齢に比べて地位が余り高くないのがそれなりに居るからな。結婚して子供が出来れば上に行き易いと判断したから、
俺はお前と結婚したんだがな』
『私はお金が欲しい、あんたは地位を早くに上げて自分の主導で仕事がしたい。そう言う理由で結婚したんだったわね』
『そう、お互い自分の欲しているものを手に入れるのは俺達で結婚するのが一番だと言う理由でな』
『そして、結婚した後は順調だったわね』
『お互いやりたい事だけをやり、お互いのやってる事に何の不満も無かったからな』
『けど、あれが生まれてからはあれの為に時間を割く必要が出て来た』
『ああ、下手な事をすれば虐待やら育児放棄やら何やらと言われるからな。普通の親を演じる為には、どうしてもあれに時間を割かなければならない』
『…………………………………………………………』
『…………………………………………………………』
『本当、早く死んで欲しいものだわ。あれには』
『本当、あれには早く死んで欲しいものだ』

母親と父親とそんな会話の内容が男の子の耳に入って来た。
耳に入って来た会話の内容を頭に入れた男の子は悟る。
自分の両親に取って、自分は邪魔な存在なのだと。
必要無い存在なのだと言う事を。
今まで男の子は自分の両親に好かれ様と、構って貰おうと色々していたが何の意味も無かった。
掛けられた言葉、向けられた表情に態度は全て嘘。
最初っから、男の子の両親は男の子の事を見ていなかった。
両親から男の子への存在している想いは、早く死んでくれと言うものだけ。
男の子は、その事を完全に理解した。
同時に、男の子は両親にある感情を抱く。
抱いた感情と言うのは、無関心。
そう、無関心であったのだ。
不思議と、男の子は両親に何の感情も抱けなかった。
怒りも、憎しみも、悲しみも。
只、男の子の中で両親はどうでも良い存在になっただけであったのだ。






















「ッ!?」

目を覚ましたのと同時に龍也は飛び起き、周囲の様子を確認する。
周囲の様子を確認している龍也の目には、土の壁が映った。
映ったものから、龍也はここが玄武の力を使って自分が作った簡易型の家の中である事を認識する。
その後、

「チッ!!」

舌打ちをしながら、龍也は自分の手で頭を押さえ、

「何だって今更こんな夢……」

苛立ちを吐き出すかの様にそう呟く。
つい先程まで、龍也は過去の自分の夢を見ていた。
今更過去の夢を見たとしても、龍也は自身の両親を只の遺伝子提供者としか思っていない。
と言うより、その遺伝子提供者が生きてい様が死んでい様が龍也に取ってどうでも良い事。
何の関心も興味も湧いて来ない。
それは今も変わらない事である。
だが、見ていて気分の良い夢でも無い。
だからか、

「……くそっ!!」

龍也は八つ当たり気味に土の壁に蹴りを叩き込む。
すると、叩き込んだ蹴りの威力が強過ぎたせいか土の壁に孔が出来てしまう。
そして、出来たから孔から風が入り込み、

「……寒ッ!!」

入って来た風をその身で感じた龍也は、反射的に寒いと零してしまった。






















良い夢とは言えない夢を見てから暫らく経った頃、龍也は何時もの様に幻想郷の何所かを歩いていた。
そんな時、

「大分冷えて来たな……」

龍也は大分冷えた来たなと言う感想を漏らしながら、一息吐く。
すると、吐いた息が白くなったのが龍也の目に映る。
まだ雪と言ったものは見られないが、季節はもう冬に成っているのかもしれないと言う事を思いながら、

「一旦、防寒具を取りに戻った方が良いかもしれないな」

防寒具を取りに戻るべきかと龍也は考える。
今の季節が秋か冬のどちらかなのかまでは分からないが、これからどんどんと寒くなっていくのは確実。
となれば、凍える程に寒くなる前に防寒具を取りに戻ると言うのは理に適っているだろう。
因みに、龍也の言う防寒具とは以前アリスに作って貰った物。
アリスが作ってくれた防寒具は保温性と防寒性が非常に高く、冬の間はその防寒具を龍也は何時も着用している。
だからか、龍也は内心でアリスに改めて感謝の念を抱く。
その瞬間、それなりの数の妖怪が龍也の進行方向上に現れた。
現れた妖怪の存在を認識した龍也は足を止め、

「妖怪か……」

顔を動かして妖怪の風貌を確認していく。
確認した結果、両腕を肥大化させた熊の様な妖怪である事が分かった。
見るからにパワーが在りそうだと言う感想を龍也が抱いている間に、その妖怪達は唸り声を上げながら龍也に近付いて行く。
何時も通り言葉が通じない妖怪は問答無用だなと思いつつ、龍也は一番近い位置に居る妖怪に肉迫し、

「うおおおおおおおおおおおりゃ!!」

拳を叩き込んでその妖怪を殴り飛ばす。
殴り飛ばされた妖怪が勢い良く飛んで行ったのを見届けた龍也は、妖怪達が居る方向に体を向ける。
すると、体を向けた先に居る妖怪達の中でかなり自分に近い位置に居る妖怪が腕を振り上げているのが龍也の目に映った。
どうやら、やられた仲間の救助と言ったものよりも龍也を倒す事を優先した様だ。
ともあれ、既に攻撃態勢に入っていたと言う事もあって龍也が妖怪達の方に体を向けた数瞬後には妖怪の腕が振り下ろされた。
普通の人間であれば、受けただけで文字通り叩き潰されてしまう様な一撃。
だが、そんな一撃を龍也は己が腕で受け止め、

「らあっ!!」

攻撃してきた妖怪に蹴りを叩き込んで蹴り飛ばし、

「次い!!」

そう言って、龍也は一番近い位置に居る妖怪に向かって行った。
向かって行った龍也は一体、また一体と言った感じで妖怪達を倒していく。
順調と言った感じで龍也が妖怪達を次々と倒していき、妖怪達が全滅するのも時間の問題だと思われた瞬間、

「ッ!?」

異常が起きた。
突如として、龍也の動きが止まったのだ。
何故止まったのか。
止まった理由は龍也にも分からない。
分かっている事は只、急に体が動かなくなった。
これだけである。
兎も角、急に動きが止まってしまったと言う事で今の龍也の状態は隙だらけ。
隙だらけと言った状態の龍也に妖怪達が何もしない訳は無く、妖怪の内の一体が龍也に近付いてその巨大な腕を思いっ切り振るう。
今の龍也は動く事が出来ない状態なので、

「がっ!?」

当然の様に振るわれた腕の直撃を受け、吹き飛ばされてしまった。
吹き飛ばされた龍也は地面を数回バウンドした後、地面を少し抉りながら転がって行く。
ある程度転がった辺りで体の自由が戻って来た事を感じた龍也は片手で地面を押さえ、強引に急停止を掛けた。
完全に止まった事を確認した龍也は、

「ぐ……ぐぐ……」

両腕を使って立ち上がろうとする。
その時、

「ッ!?」

地面に向けて血がポタポタと零れ落ちて行っているのが龍也の目に映った。
血が零れ落ちている場所から龍也は自分の額から血が流れているのだろう推察し、顔を上げると、

「ん……」

額から流れている血が左目に入りそうなっている事に気付く。
流れた血が左目に入ったら少々厄介であるからか、龍也は左手の手の甲で流れている血を拭う。
しかし、拭っても拭っても流れ落ちる血が止まる事は無かった。
この儘では埒が開かないと判断した龍也は流れる血を拭うのを止めて左目を閉じ、左目に血が入るのを防ぐ。
そして、片膝を着きながら立ち上がると龍也の体に影が掛かる。
掛かった影が何なのかを確認する為に龍也が顔を上げると、上空の方から降下して来ている妖怪の姿が見て取れた。
今の龍也の状態が状態であるからか、何処となくその妖怪からは余裕と言った様なものが感じられる。
たった一発攻撃を当てられただけで調子に乗られた事に腹を立てたからか、龍也は拳を振り被り、

「舐めんじゃ……ッ!?」

タイミングを合わせて降下して来ている妖怪を迎撃してやろうとした刹那、またしても龍也の動きが止まってしまった。
動きが止まってしまった龍也の隙を突くかの様に、降下している妖怪は、

「がっ!!」

降下している勢いを利用して龍也の頭頂部に拳を叩き込む。
頭頂部に拳を叩き込まれた影響で踏鞴を踏む様に龍也がふら付き始めると、降下していた妖怪は地に足を着け、

「かっ!!」

龍也の腹部に蹴りを叩き込む。
蹴りを叩き込まれた龍也は血を吐き出しながら斜め上空へと吹き飛び、地面に向けて落下して行く。
当然、

「がふ!!」

体の自由が効かない龍也は受身を取る事が出来ない儘、地面に激突してしまった。
無防備ば状態で地面に激突してしまったが、そこまで深刻なダメージを負ってはいなかった様で、

「ぐう……うう……」

直ぐに体を動かして立ち上がろうとする。
その過程でまた急に体の自由が戻った事に龍也は一寸した疑問を抱いたが、立ち上がる事を優先するかの様に抱いた疑問を振り払う。
余計な事を考えず、只立ち上がる事だけに集中する。
幾らかダメージを負っていた事で少々動きが緩慢ではあったものの、龍也は立ち上がる事に成功した。
しかし、

「……ッ!?」

ここでまた龍也に異常が起こる。
異常と言っても三度、体が唐突に動かなくなったと言う訳では無い。
声が聞こえて来たのだ。
龍也の内側から発せられている様な声が。
聞こえて来た声が何を喋っているのかと言う事は龍也にも分からなかったが、自身の内側から声が発せられていると言う事だけは理解出来た。
だからか、

「誰だお前は!?」

龍也は思わずそう叫んでしまう。
だが、龍也の叫び声に反応する者は誰も居なかった。
反応する者は居なくとも、内側からの声は変わらずに聞こえて来る。
無視し様として無視出来ない様な声が龍也には響いて来ている為、

「邪魔すんな!!」

誰かに命令する様な、言う事を効かせる様な強い声色で龍也は邪魔をするなと言い放つ。
が、

「……くそ!!」

内側から発せられる声が聞こえなくなる事は無かったので、龍也は思わず悪態を吐いた。
発せられている声を認識する度に集中力を掻き乱される様な、自分が自分で無くなる様な感覚を龍也は味わっているものの、

「ッ!!」

まだ戦闘中である事を思い出し、慌てて妖怪達の状態を確認しに掛かる。
すると、何体かの妖怪が目の前にまで迫って来ているのが分かった。
この儘複数の妖怪達から攻撃を繰り出されたら面倒なので、龍也は弾幕を放って迫って来ている妖怪達を追い払おうとしたが、

「ッ!?」

三度、体が動かなくなってしまう。
しかも、内側から聞こえて来る声が大きくなっているのを龍也は感じた。
自身の体の異常に龍也が気を取られている間に、龍也に迫って来ていた妖怪達は拳を振り被る。
只でさえ内側から発せられている声のせいで龍也の精神状態は悪く、おまけに体の自由が効かない。
これでは如何に龍也と言えど、回避も防御も迎撃も出来はしないだろう。
故に、振り被られた拳は龍也の顔面に当たるのは確実。
そう思われたその時、

「メテオニックシャワー!!」

そんな声と共に無数の星型の弾幕が現れ、現れた弾幕は妖怪達に次々と命中していく。
弾幕が命中した妖怪達は次から次へと吹っ飛んで行き、気付けば龍也の周囲に妖怪は居なくなっていた。
さて、突然の弾幕による攻撃で吹っ飛んでしまった妖怪達の中で無事な者は起き上がってある方向に向けて顔を向ける。
無論、顔を向けた先は星型の弾幕が放たれたであろう場所。
妖怪達としては邪魔をした相手を先に片付けてやろうと言う心算なのだろうが、それは撤回せざるを得なくなってしまう。
何故ならば、つい先程のものとは比べ物にならない量の星型の弾幕が顔を向けた先からまた飛んで来たからだ。
圧倒的とも言える弾幕の物量を目にした妖怪達は本能的に不利を悟ったのか、倒れている仲間を連れて一目散に退散して行った。
妖怪達が去り、辺り一帯が静かになった辺りで、

「おーい、大丈夫かー?」

大丈夫かと言う声と共に何者かが龍也の傍に近付いて来る。
誰かが近付いて来た事に気付いた龍也が顔を上げると、

「てっきり人里の人間が妖怪に襲われてると思ったから一応助けたんだが……まさか龍也だったとはな」

意外と言った様な表情を浮かべている魔理沙の姿が龍也の目に映った。
映った魔理沙の姿から、自分を助けてくれたのは魔理沙なのかと言う事を龍也が思っている間に、

「それにしても、らしくないな。あれ位の妖怪に追い詰められる何てさ」

魔理沙は少々疑問気な表情を浮かべ、龍也にらしくないと言う言葉を掛ける。
何故そんな言葉を掛けたのかと言うと、今程度の妖怪に龍也が追い詰められていたと言うのは魔理沙としては予想外の事であったからだ。
四神龍也と言う人間は、幻想郷を己が身一つで旅している男。
今程度の妖怪に追い詰められている様は、とっくの昔に龍也は死んでいるだろう。
だからこそ、魔理沙は龍也があの程度の妖怪に追い詰められていた事実が予想外なのだ。
ともあれ、らしくないと言う言葉に反論は出来ない為、

「…………ああ、そうだな」

ポツリと龍也は元気が無く、覇気の無い声で肯定の返事を返す。
同時に、内側から響いていた声が何時の間にか聞こえなくなっている事と体の自由が戻っている事に龍也は気付く。
しかし、

「………………………………………………………………………………」

龍也に元気と覇気が戻る事は無かった。
だからか、龍也の雰囲気はどんどんと暗くなっていく。
それを感じ取った魔理沙は心配気な表情で龍也の顔を覗き込み、

「……大丈夫か?」

大丈夫かと言う問いを投げ掛ける。

「……ああ」

投げ掛けられた問いに龍也はああと答えたが、

「……本当に大丈夫か?」

疑うかの様な声色で、魔理沙はもう一度龍也に大丈夫かと言う問いを投げ掛けた。

「……ああ」

再度、龍也はああと答える。
龍也は二度大丈夫だと答えたが、その両方には明らかに力が籠もっていなかった。
明らかに空元気である事を感じ取った魔理沙は、この儘龍也を放っては置けないと思った様で、

「……取り敢えず、私の家に来いよ。怪我の治療してやるからさ」

負っている怪我の治療をする為に自分の家に来たらどうだと言う提案を龍也にする。
別に断る理由も無いので、

「……ああ」

魔理沙の提案を龍也は受け入れた。
その瞬間、

「……ッ」

体の力が抜けたの様に、龍也はふら付いてしまう。
戦いで負ったダメージが、今になって響いて来た様だ。
兎も角、ふら付いている龍也は傍から見ると何時倒れるか分かったものでは無かった為、

「おっと」

ふら付いている龍也を魔理沙は支え、

「全然大丈夫じゃなさそうだな」

少し呆れた様な声色で、全然大丈夫じゃなさそうだなと言う。

「……悪い」

色々と迷惑を掛けていると言う事で、龍也が謝罪の言葉を述べると、

「気にすんな。私の箒に乗っけてやるから後ろに乗れよ」

魔理沙は気にしていないと返しながら龍也を支えるのを止め、自分の箒に乗る様に指示を出して箒に腰を落ち着かせる。
どうやら、今の龍也では自力で自分の家にまで来るのは厳しいと判断した様だ。
実際、体を動かす事態を龍也は億劫に感じていた。
少なくとも、魔理沙の判断は間違っていないだろう。
それはさて置き、そう指示を出された龍也は、

「ああ……」

文句の言葉を一つ述べず、魔理沙の箒に跨った。
龍也が箒に跨ったタイミングで二人を乗せた箒は浮かび上がり、魔理沙の家を目指して飛んで行く。
魔理沙の家へと目指している途中で、

「……ッ」

力が抜けたかの様に、龍也は魔理沙に凭れ掛かってしまう。
凭れ掛かられた事に気付いた魔理沙は顔を龍也の方に向け、

「おいおい、本当に大丈夫か?」

改めて、本当に大丈夫かと聞く。

「…………ああ」

聞かれた龍也は相も変わらずと言った感じで一言だけああと言い、開いている右目も閉じる。
そして、魔理沙の家に着くまで龍也は目を閉じてジッとしていた。






















二人が魔理沙の家に着いてから幾らか経った頃、

「ほい、終ったぜ」

龍也が負っていた怪我の治療を終えた魔理沙は龍也にそう声を掛け、包帯を巻いていた龍也の頭部から手を離す。
怪我の治療と言っても、別に大した事をした訳では無い。
固まった血を取り除いて消毒して包帯を巻き、痣と成っている部分に薬を塗っただけ。
割と簡単な処置で済んだのは、龍也がそこまで重い怪我で負っていた訳では無かったからだろう。
兎も角、怪我の治療をしてくれたと言う事で、

「ありがとな、魔理沙」

龍也は魔理沙に礼の言葉を伝える。

「良いって良いって」

伝えられた礼の言葉に魔理沙は構わないと言う様な事を返しつつ、龍也の様子を観察していく。
幾らか元気は戻っているものの、とてもじゃないが本調子には見えない。
とは言え、龍也の雰囲気から元気が無い理由を聞いても答えてくれる事は無いだろう。
一寸した観察からそんな結論を下した魔理沙は、これからどうするかを考える。
今の龍也から儚さと危うさと言うのを感じられるし、負傷したせいか疲労感と言ったものも見られた。
流石にこんな状態の龍也を放って置く事は出来なかったからか、

「……龍也、一寸付いて来いよ」

少し何かを考える様な素振りを見せた後、魔理沙は龍也に自分に付いて来る様に言う。
そう言われた龍也は何かを言う事無く治療の際に座っていた椅子から立ち上がり、魔理沙の方に向き直る。
すると、魔理沙は歩き出したので龍也も歩き出す。
二人が歩き出してから少しすると、二人はある部屋に辿り着く。
辿り着いた部屋を軽く見渡した龍也は、

「ここ、お前の部屋か?」

魔理沙にここはお前の部屋かと尋ねる。
尋ねられた魔理沙は龍也の方に体を向け、

「ああ、そうだぜ」

そうだと言う肯定の返事をし、

「私のベッドを使って良いから、寝てろよ」

自分のベッドで寝てろと口にした。
さっさと横になりたいと龍也は思っていたが、流石に家主を差し置いてベットを使うのは気が引けたからか、

「いや、だけど……」

遠慮すると言った様な台詞を述べ様としたが、

「流石に怪我人をソファーに寝かせる気は無いって。良いから、ベッドで寝てろよ」

気にせずにベッド寝る様に魔理沙は言い、部屋から出て行ってしまう。
言うだけ言って部屋から出て行ってしまった魔理沙を見送った後、龍也は改めてベッドに視線を向ける。
ベッドの上には色々な物が置かれているが、数自体はそう多くはないし置かれている物の大きさも掌に乗る物ばかり。
ベッドを使える様にするまでに、大した時間は掛からないであろう。
そう考えたのと同時に、

「ん……」

龍也は眠気を覚えた。
肉体的にも精神的にも疲労は溜まっていたのだ。
眠気を覚えるもの無理はないだろう。
ともあれ、覚えた眠気は抗い難い程に強力になって来たからか、

「……よし」

ベッドに置かれている物を片付ける事を龍也は決める。
少しノロノロとした動きではあったが、想定通り大した時間を掛けずにベッドの上を片付ける事が出来た。
まぁ、ベッドの上には小物が転がっていた程度。
片付けに時間が掛からないのは当然と言うもの。
兎も角、片付けが終わったと言う事で龍也はベッドの中に潜り込んで寝始めた。






















ふと気付くと、龍也は前後左右上下全てが真っ黒い空間の中に居た。
自分が居る場所に疑問を抱きながら、龍也は周囲を見渡していく。
その瞬間、何かが龍也の顔に絡み付いて来た。
絡み付いて来た何かを引き剥がす為、龍也は己が顔に手を伸ばす。
しかし、引っ張ろうが何をし様が顔に絡み付いて何かを引き剥がす事は出来なかった
触っている感触から、龍也は自身の顔に絡み付いているものが少しずつ何かを形作り始めているのを感じ取る。
同時に、少しずつではあるが龍也の意識が薄れ始めた。
自分が自分でなくなる様な、消え去ってしまう様な、何かに乗っ取られる様な感覚を抱きながら。
それに必死になって抵抗していると、誰かが龍也の肩に手を置いた。
置かれた手に反応した龍也は、背後へと振り返る。
振り返った龍也の目には…………






















「ッ!?」

龍也は慌てて上半身を起き上がらせ、周囲の様子を探る。
探っている最中に、龍也は今居る場所が魔理沙の家である事を思い出す。
同時に、龍也は少し安堵した表情を浮かべながら窓に目を向ける。
窓から見える景色からは、今の時間帯が夜であると言う事が分かった。
今の時間帯を理解した後、龍也は上半身をベッドの落とす。
そして少しの間、ボケーッとしながら天井を見詰めてながら思い返していく。
何を思い返しているのかと言うと、つい先程まで見ていた夢。
不気味な位、龍也は今見た夢は良く覚えていた。
上下左右前後全てが真っ暗な空間に居た事も。
自分の顔に何かが絡み付いて来た事も。
自分が自分でなくなる様な感覚も。
消えてしまいそうな感覚も。
何かに乗っ取られる様な感覚も。
肩に手を置かれた事も。
何もかも、全てを鮮明に。
だが、自分の肩に手を掛けた者が誰かまでは分からなかった。
と言うより、自分の肩に手を置いた者の顔を見たかどうかと言う事を龍也は覚えていない。
只、自分の肩に手を置いた者からはとても嫌な感じを受けたと言うのだけは覚えていた。
覚えていない、分からない事だらけ。
そんな自分自身に何とも言えない気持ちを抱いた龍也はうつ伏せになり、

「……くそ!!」

自分でも良く分からない感情を籠めた拳をベットに振り下ろした。























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