ふと、目が覚めた龍也は、

「ん……」

もう朝かなと思いつつ、目を開く。
目を開いた龍也が最初に見たものは、

「……え?」

無数とも言える程に存在している大量の目であった。
起き抜け早々にそんなもの見た為、

「うおわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

少々寝惚けていた龍也の頭は一気に覚醒する。
大きな叫び声と共に。
暫しの間叫び通した辺りで龍也は現状を思い出したかの様に飛び起き、周囲の様子を伺っていく。
ある程度周囲の様子を把握した辺りで、龍也は思う。
自分は紅魔館の一室で寝ていた筈であると言う事を。
だと言うのに、何故自分はこんな所に居るのかと言う疑問を龍也が抱いた時、

「あら、お目覚め?」

何者かが龍也の背後から近付いて来た。
それに気付いた龍也は、反射的に間合いを取りながら振り返る。
すると、

「……紫?」

八雲紫の姿が龍也の目に映った。
龍也が自分の存在を認識したのを感じた紫は軽い笑みを浮かべ、

「はぁい」

ヒラヒラと手を振る。
そんな紫を無視するかの様に龍也は改めと言った感じで周囲を見渡し、

「……ここは隙間の中か?」

今、自分が居る場所が何所であるのかの当たりを付けた。
付けた当たりは正しかった様で、

「正解」

可愛らしい感じで紫は正解と言う言葉を紡ぐ。
相変わらず掴み所が無さそうな雰囲気を醸し出している紫に龍也は何とも言えない感情を抱きつつ、

「……で、何で俺はこんな所に居るんだ? 俺は確か紅魔館の一室で寝ていた筈だが?」

紅魔館の一室で寝ていたと言うのに、どうして自分は隙間の中に居るのかと言う疑問を零す。
零された疑問に対し、

「それは簡単。私が貴方を拉致って来たからよ」

龍也を拉致って来たと言う答えを紫は口にした。
何の躊躇いも無く自分を拉致った事を口にした紫を、

「……おい」

龍也はジト目で見詰める。
同時に、何とも遣る瀬無い気持ちが龍也を襲った。
その瞬間、

「大丈夫よ。ちゃんと置手紙を置いて来たから」

置手紙を置いて来たから大丈夫だと言う台詞が紫から発せられた。

「置手紙?」
「そうよ」

置手紙と言う単語を聞いて龍也が首を傾げると、肯定の返事と共に紫は何かを龍也に向けて投げ飛ばす。
投げ飛ばされた何かを龍也は人差し指と親指の間で掴み、掴んだ物が何かを確認しに掛かる。
確認した結果、手紙の様だったので、

「何々……『眠れる王子様は頂いた。隙間美少女快盗ゆかりんより』」

つい、書かれている内容を龍也は声に出して読んでしまった。
読み終えて手紙の内容を理解し、更には書かれている文字が無駄に可愛らしいものであったからか、

「うわぁ……」

龍也は思わずそんな言葉を漏らし、何とも言えない表情で紫を見る。
龍也からその様な表情で見られた紫は、

「……コホン、一時のテンションって怖いわねぇ」

咳払いしを一つしながらそう言い、頬を少し赤く染めた。
どうやら、今になって恥ずかしくなって来た様だ。
ともあれ、何時までもこんな状態を維持している訳にもいかないので、

「……で、何で俺をこんな所に連れて来たんだ?」

本題に入るかの様に、龍也は紫に自分を隙間の中に連れて来た理由を尋ねる。
尋ねられた紫は扇子を取り出し、

「冬眠する前に幻想郷の様子を見ていたら、何やら悩みを抱える男の子を発見してね」

取り出した扇子を開いて口元を隠しながら、悩みを抱える男の子を発見したと言う事を述べた。
悩みを抱える男の子。
それは自分の事だろうと思いつつ、

「それと俺をここに連れて来た事に何か関係が在るんだ?」

悩んでいる自分と、その自分をここに連れて来た事が関係在るのかと言う問いを龍也は紫に投げ掛けた。
投げ掛けられた疑問に対し、

「ええ、勿論在るわよ」

紫は肯定の返事と共に扇子を仕舞って龍也に近付き、

「貴方の悩みを解決して上げ様と思ってね」

龍也をここに連れて来たのは、龍也の悩みを解決する為だと言う。
そう言った紫の表情を見た龍也は、理解した。
紫が今の自分がどう言う状態であるかを正確に把握していると言う事を。
まぁ、紫ならどの様な情報も把握していたとしても不思議では無いが。
兎も角、自分の悩みを解決すると言った事を言い出した紫に、

「……それをして、あんたに何の得がある? 何を考えている?」

何か裏が在るのではと勘繰った龍也は、紫に疑いの視線を向ける。
八雲紫は胡散臭いと言える妖怪だ。
であるならば、何か裏が在るのではと勘繰ってしまうのは仕方が無いのかもしれない。
明らかに自分の事を疑っている龍也の視線を受けた紫は、

「あら酷い。何も考えて無いわよ」

そう口にしながら笑みを作り、龍也の頬を手で振れ、

「ただ、頑張ってる男の子は応援したくなるものなのよ」

頑張っている男の子は応援したくなると言った事を語る。
何時ぞやの幽々子にも同じ様な事を言われた覚えが在る為、龍也は紫と幽々子はやはり似た部分が在ると言う感想を抱く。
その瞬間、

「さぁ、私の目を見なさい」

紫は龍也に自分の目を見る様に言い、龍也の目を覗き込む。
だからか、龍也も紫の目を覗き込んだ。
すると、龍也の意識はどんどんと遠くなっていき、

「いってらっしゃい。どうなるかは全て貴方次第よ、龍也」

そんな紫の言葉と共に龍也は意識を完全に失ってしまった。






















「ッ!?」

ふと気付いた龍也は、慌てた動作で周囲の様子を伺う。
伺った結果、つい先程まで居た空間とは似ても似付かない場所に居る事が分かった。
取り敢えず、ここが紫の隙間の中では無いのならば何所だと思いながら顔を上に向けると、

「あ……」

青い空に流れる白い雲、太陽が龍也の目に映る。
今、龍也の目に映った光景は晴れの日ならば当たり前の様に見られるもの。
だが、当たり前の様に見られる光景だと言うのに龍也はその光景から目を離せなかった。
暫しの間、空を見ていた龍也は、

「ここは……俺の精神世界……」

ポツリとここは自分の精神世界だと呟き、改めと言った感じで周囲を見渡していく。
改めて周囲を見渡していくと今立っている場所が大きな塔の上だと言う事と、眼下には古い日本の町並みが存在している事が分かった。
今にして思えば、絢爛豪華で煌びやかと言う表現が似合う町並みだ。
兎も角、目に映った空、今立っている場所、見えた町並みの三点から、

「やっぱり、ここは俺の精神世界だ……」

ここが自分の精神世界だと言う確信を龍也は得る。
その瞬間、

「何、ボケッとしてやがるんだ?」

背後から、何者かが龍也に声を掛けて来た。

「ッ!?」

掛けられた声に反応した龍也は、慌てて背後に振り返る。
振り返った場所、

「な……あ……」

そこには白い髪に白い肌、黒い眼球に紫色の瞳をし、

「あ……」

白い学ランに黒いワイシャツ、黒いシャツを着た、

「お……俺……?」

自分自身、四神龍也が居た。
余りにも予想外、想定外とも言える存在が居た事で龍也が驚きの余り言葉を失っている間に、

「ああ、そうだ。俺はテメェだ」

もう一人の龍也は口角を吊り上げながら自分は龍也であると言い、

「だが……俺はテメェと全く同じ存在であると同時に、テメェと全く違う存在でもあるがな」

補足するかの様に自分は龍也と全く同じ存在ではあるが、全く違う存在だと言う事を語る。
そう語られている間にある程度冷静さを取り戻したからか、

「……どう言う意味だ?」

龍也はもう一人の龍也にどう言うだと聞く。

「良いぜ、教えてやるよ」

聞かれた事をもう一人の龍也は教えてやると言い、

「そもそも、俺が生まれたのはテメェがガキの頃さ」

自分が生まれたのは龍也が子供の頃だと言う事を口にする。

「俺がガキの頃……」
「そう。覚えているか? 車に撥ねられて入院した時の事を」

口にされた事から子供の頃を龍也が思い出そうとした刹那、もう一人の龍也は車に轢かれて入院した時の事を覚えているかと言う事を龍也に問う。
つい最近、その時の事を龍也は夢で見た為、

「ああ……」

一言、ああとだけ答えた。
問うた事に覚えていたと言う答えが返って来たので、もう一人の龍也は余計な説明は要らないなと思いつつ、

「なら、話は早ぇか。その時テメェは病院のベッドの上で遺伝子提供者共の会話を聞き、そいつ等に抱く感情が無関心になった」

結論に入るかの様に車に轢かれた後、最終的に実の両親に抱く感情が無関心なっただろうと言う指摘をする。

「……それが何だよ?」

された指摘は正しいが、それともう一人の自分が生まれた事に何の関係が在るのかと言う疑問を龍也は抱く。
そんな龍也の疑問を察したもう一人の龍也は、獰猛さが見られる様な笑みを浮かべ、

「本当にそれだけだったか?」

本当にそれだけだったかと龍也に尋ねる。

「何?」
「本当に、僅かなりとも怒りも憎しみも悲しみも抱かなかったかと聞いてんだ」

尋ねられた事に今一つ分かっていないと言う表情を龍也が見せた事で、もう一人の龍也は尋ねた事の中身を伝えた。

「………………………………………………………………………………………………」

伝えられた内容を受けても龍也の表情は変わらなかったので、もう一人の龍也は軽い溜息を一つ吐き、

「自覚が無え様だから言ってやる。テメェは確かに抱いたぜ。怒りも憎しみも悲しみもな」

あの時、龍也は確かに怒りも憎しみも悲しみ抱いたと断言する。
すると、

「何!?」

龍也は驚きの表情を浮べると共に、ある疑問を抱いた。
本当に、自分はそんな感情を抱いたのかと。
断言された事が本当なのか嘘なのかの判別が付かず、悩んでいる龍也を無視するかの様に、

「自覚が無ぇ位だ。その感情はテメェが気付かない内に消え失せ……いや、この言い方じゃ語弊が在るな。正しくは零れ落ちたんだ」

もう一人の龍也は話を進めていく。

「零れ落ちた……」

進められた話の中に在った零れ落ちたと言う部分に龍也が引っ掛かりを覚えたタイミングで、

「もう気付いただろ。その時零れ落ちた感情が混ざり合って形を成し、意思を持ったのが俺だ」

自分の正体が何なのかと言う事を、もう一人の龍也は龍也に教え、

「尤も、所詮はテメェから零れ落ちたものだ。俺にはテメェに干渉したり、どうこうしたりする力何て無かった」

首を横に振りながら所詮自分は龍也から零れ落ちた存在である為、自分には龍也をどうこうする力など無かった事を語る。
そして、

「だがな、力を得る機会が来たんだよ」

もう一人の龍也は龍也に一歩近付きながら力を得る機会が来た事を口にした。

「力を得る機会?」
「ああ、そうだ。テメェが奪われた春度を取り返した時に……な」

一体何時力を得る機会が在ったのかと思った龍也に、もう一人の龍也が力を得たのは奪われた春度を取り返した時だと言った刹那、

「春度を……ッ!!」

龍也は思い出す。
西行妖の中から自分の春度を取り戻した際、別の何かが体の中に入って来た感覚を覚えた事を。
龍也が浮かべている表情から、春度を取り戻した際の事を思い出したと判断したもう一人の龍也は、

「思い出したか。そう、春度を取り戻しただけじゃねぇ。あの時、西行妖の力そのものが大量にテメェに流れ込んだんだ」

春度を取り戻しただけではなく、西行妖の力そのものが龍也の体に流れ込んだと言う事を述べ、

「その流れ込んだ西行妖の力を俺が喰らい、俺自身の糧にした。そのお陰で、俺はテメェと対等以上の存在になったんだよ」

流れ込んだ西行妖の力を喰らって自身の糧とし、龍也と対等以上の存在になったのだと言い切る。
今まで自分に干渉する事が出来なかったが、西行妖の力を喰らって自分の対等以上の存在になった。
以上、二つの要因を組み合わせた結果、

「それで、俺に干渉する力を得た……と?」

西行妖の力を喰らった事で、もう一人の自分が自分に干渉するだけの力を得たのではと龍也は結論付ける。
付けられた結論に対し、

「正解だ。そうそう、西行妖の力ってのは誰構わず死に追いやる……要するに西行妖が司っている力は死。最初に俺が『俺はテメェと全く同じ存在であると
同時にテメェと全く違う存在でもある』と言ったのはそう言う意味だ」

正解と言う言葉と共に西行妖が司っている力の事と、自分が龍也と全く同じ存在で全く別の存在であると言った意味をもう一人の龍也は龍也に教えた。
教えられた内容から、龍也はある事を理解する。
西行妖の力は死である為、それを喰らったもう一人の龍也の性質が死になったと言う事を。
生きている龍也の性質は、当然ながら生。
生の性質の龍也と死の性質のもう一人の龍也。
言いえて妙ではあるが二人の龍也は同じ龍也であると言うのに、正反対な関係なのだ。
色、性質なども含めて。
龍也が自分と全く同じ存在であるのと同時に全く違う存在と言う言葉の意味を知ったのと同時に、

「話を戻すぜ。テメェと対等以上の存在になったと言っても、直ぐにテメェをどうこう出来るって訳じゃ無かった。所詮、俺はテメェの内側に巣食ってる存在
だからな。直ぐに出来る事と言ったら精々、テメェが消耗し切った時にほんの僅かに干渉する事が可能……って言う程度だった」

話を戻すと言って、もう一人の龍也は新たな情報を語っていく。
語られた内容の中に在った、龍也が消耗し切ったと言う部分。
その部分に心当たりが在った龍也は、少し記憶を探っていき、

「消耗し切った時……ッ!? あの時か……」

思い出す。
萃香が起こした異変を解決する為に、萃香と戦った時の事を。
萃香との戦いで追い込まれ、止めを刺されそうになった刹那。
一瞬ではあるが、龍也の意識は無くなった。
あの時、意識が無い時に自分の体の主導権を握っていたのはもう一人の自分なのでは。
と言った答えを龍也が出した瞬間、

「そうだ。あの鬼の小娘と戦った時に力を貸してやったのは俺だ」

出した答えを察したかの様に、もう一人の龍也はそうだと言いながら龍也にまた一歩近付き、

「で、だ。さっきも言った通り、俺がテメェに本格的に干渉するにはまだまだ時間が掛かる筈だった。だが、ある奴のお陰で随分速くなったのさ」

本来であれば自分が龍也に干渉するにはまだ時間が掛かる筈であったが、ある者のお陰でその時間が短縮された事を伝える。

「ある奴?」
「兎耳女だ」

伝えられた内容を受けて疑問気な表情になった龍也に、もう一人の龍也は兎耳女と言う言葉を紡ぐ。
兎耳女。
紡がれたこの言葉から龍也はてゐと鈴仙の存在を頭に浮かべ、

「兎耳女……てゐと鈴仙……鈴仙の事か?」

てゐと鈴仙の二人から、ある奴と言うのは鈴仙では無いかと考える。
考えた事は正しかった様で、

「そうだ。あの女の能力で一度、狂わされただろ。その時、テメェの精神にデカイ隙が出来た」

もう一人の龍也は肯定の返事と共に、鈴仙に狂わされた際に龍也の精神にデカイ隙が出来た事を話す。

「デカイ隙が出来たから……一気に俺に干渉出来る様になったと?」

話された事からデカイ隙が出来たのを足掛かりにして、自分に一気に干渉出来る様になったのかと龍也は推察する。

「正解だ。何だ、随分と頭が回るじゃねぇか」

またまた正解の答えを出した龍也に対し、もう一人の龍也は少し意外と言った様な表情を向け、

「そして、本格的に干渉出来る様になったのが……」

何か言葉を紡ごうとしたが、

「ついこの間……か」

言葉を紡ぐ前に、龍也が紡ごうとした言葉を口にした。

「そうだ。後はその儘テメェをゆっくりと衰弱させ、喰らってやる積りだったんだが……」

口にされた事を聞いたもう一人の龍也は肯定の言葉を発しながら忌々しいと言いた気な表情になり、

「あのメイドと言い、隙間女と言い余計な事をしやがる」

吐き捨てるかの様に咲夜と紫に対する恨み言の様なものを呟く。
前者は龍也を持ち直させた事を。
後者は龍也を精神世界に連れて来させた事を言っているのであろう。
ともあれ、一通り話すべき事は話したからか、

「まぁ、良い」

場の空気を変えるかの様にもう一人の龍也は一つ息を吐き、

「俺が言いたい事はもう分かっただろ? 大人しく俺に喰われて……俺の糧になれ!!!!」

獰猛で好戦的な笑みを浮かべながらそう言い放ち、霊力を解放した。
どす黒い色をした霊力を。
もう一人の龍也から解放された霊力を感じ取った龍也は構えを取り、

「……ざけんなよ」

解放されている霊力に応えるかの様に龍也も霊力を解放する。
青白い色をした霊力を。
龍也ともう一人の龍也。
二人から解放された霊力がぶつかり合い、鬩ぎ合っている中で、

「俺はお前に喰われる気はねぇ。寧ろ逆だ。お前が俺に喰われて俺の糧になれ!!!!」

もう一人の龍也に向け、龍也はそう言い放った。
すると、もう一人の龍也は口角を釣上げ、

「出来んのか? テメェ如きに」

挑発を行なう。

「出来るさ。お前如きを倒すのはな」

行なわれた挑発を受けた龍也は不敵な笑みを浮かべ、もう一人の龍也に挑発を返す。
その瞬間、龍也ともう一人の龍也は同時に駆け、

「はあ!!」
「ハア!!」

同じタイミングで拳を放ち、拳と拳を激突させる。
拳と拳が激突した事で大きな激突音と衝撃波が発生し、発生した衝撃波の影響で塔の屋根の部分に存在している瓦が吹き飛んでいく。
暫しの間、二人の龍也は拳と拳をぶつけ合った状態を維持していたが、

「「ッ!?」」

唐突に、二人の龍也は弾かれる様にして間合いを取った。
間合いを取っている最中に空中に出た事に気付いた龍也は空中に霊力で出来た見えない足場を作り、作った足場に足を着ける。
霊力で出来た足場に足を着けた龍也はブレーキを掛けて止まり、顔を上げてもう一人の自分の様子を伺う。
伺った結果、好戦的な笑みを浮かべながら空中に佇んでいる事が分かった。
おそらく、龍也と同じ様に空中に霊力で出来た見えない足場を作っているのだろう。
分かっていた事ではあるが、この程度でどうこうなる相手では無かった様だ。
となれば、最大戦力で一気に叩べきであると龍也は判断し、

「……よし」

自身の力を朱雀の力へと変える。
力の変換に伴って龍也の瞳の色が黒から紅に変わったのと同時に、

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

力を解放する。
力が解放された事で龍也の髪の色が黒から紅に変わり、紅の瞳が輝き出す。
完全に力を解放した状態に移行した事を感じ取った龍也は右手から炎の剣を生み出し、空中を駆ける様にしてもう一人の龍也に近付いて行く。
近付いて来ている龍也を視界に入れたもう一人の龍也はより好戦的な笑みになり、

「ハッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

龍也と同じ様な変化を自身に起こした。
白い髪が紅に変わり、紫の瞳が紅に変わって輝き出すと言う変化を。

「何!?」

もう一人の龍也の変化を見た龍也は、心底驚いたと言った表情を浮かべてしまった。
何故かと言うと目で見た変化、変化したもう一人の龍也から感じられる霊力から理解してしまったからだ。
もう一人の龍也も朱雀の力を扱えると言う事を。
そんな風に驚いている龍也を尻目に、もう一人の龍也は龍也と同じ様に右手から炎の剣を生み出して龍也に肉迫する。

「ッ!!」

肉迫して来たもう一人の龍也に気付いた龍也は慌てて意識を戻し、炎の剣を振るう。
龍也が振るった炎の剣に合わせるかの様にしてもう一人の龍也も炎の剣を振るった。
振るわれた二本の炎の剣が激突し、炎を幾らか撒き散らしながら二人が鍔迫り合いの様な形になっていった中、

「何で……お前が……」

驚きの表情と共に龍也は何かをもう一人の龍也に問い掛け様とする。
問い掛け様とした内容ははっきりとしてはいないものの、龍也が問おうとしている内容を察したもう一人の龍也は、

「頭の緩い野郎だな、テメェは。言っただろ、『俺はテメェと全く同じ存在であると同時にテメェと全く違う存在でもある』ってな。一応は俺も
四神龍也と言う存在だ」

呆れた表情になりながら自分も四神龍也と言う存在である事を説明し、

「四神共がテメェに力を貸すって事は、自動的に俺にも力を貸すって事になるんだよ」

朱雀、白虎、玄武、青龍の四神が龍也に力を貸すと言う事は、自分にも力を貸すと言うのと同義である事を語りながら炎の剣を振り払って龍也を弾き飛ばす。

「ぐあ!!」

弾き飛ばされた龍也は近くに在った建物の屋根に激突し、建物の中に墜落していく。
激突した際に孔が開いた屋根を見ながら、

「今回のこれは四神龍也と四神龍也の戦い。だから四神共はどんな事があってもこの戦いに干渉はしない。四神共が姿を現さないのはそう言う理由だ」

序と言わんばかりにもう一人の龍也はこの戦いがどう言うものかと言う事と、朱雀、白虎、玄武、青龍の四神が現れない事の説明を行なう。
一通り抱いていた疑問に対する答えが得られた龍也は屋根を破壊しながら空中に戻り、

「そうかい」

もう一人の龍也と同じ高度に達すると再び足元に霊力で出来た見えない足場を作り、作った足場に足を着ける。
そして、

「朱雀、白虎、玄武、青龍が消えた訳じゃ無かったんだな。安心したぜ」

朱雀、白虎、玄武、青龍の四神が消えた訳じゃ無くて安心したと言う言葉と共に龍也は一瞬で移動出来る移動術を使ってもう一人の龍也の背後に回り、炎の剣を振るう。
振るわれた炎の剣がもう一人の龍也の体に激突する寸前、

「ッ!?」

もう一人の龍也の姿が消え、炎の剣は空を斬るだけに終わってしまった。
その事に龍也は驚くも、もう一人の龍也の動き自体は追う事は出来ていたので、

「らあ!!」

炎の剣を振るった際の勢いを理由する形で振り返り、再度もう一人の龍也に炎の剣を叩き込もうとする。
しかし、再度振るわれた炎の剣はもう一人の龍也の炎の剣に防がれてしまう。
それはさて置き、龍也の表情が驚いた儘であったからか、

「ハッ!! 何を驚いた顔をしてんだ? 俺が超速歩法を使える事がそんなに不思議か?」

自分が超速歩法を使える事がそんなに不思議かともう一人の龍也は龍也に聞く。

「超速歩法……?」

超速歩法と言う単語に聞き覚えが無かったからか、龍也はより疑問気な表情になってしまった。
だからか、

「何だ、テメェ今まで自分が使っていた技の名前も知らなかったのか? 呆れる位頭の緩い野郎だな、テェメは!!」

心底呆れたと言う様な表情になりながら、もう一人の龍也は今まで自分が使っていた技の名前も知らなかったのかと言う。
今まで使って来た技と言う部分で、龍也の脳裏に一瞬で移動出来る移動術が思い浮かぶ。
思い浮かんだ事に違和感を覚えなかった為、龍也は一瞬で移動出来る移動術の名前が超速歩法である事を理解した。
同時に、

「ソラ!!」

炎の剣の一部分を爆発させ、もう一人の龍也は龍也を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた龍也は体を回転させながら体勢を立て直し、右手の炎の剣を両手で掴んで炎の大剣にし、

「りゃあ!!」

切っ先に爆炎を迸らせながら炎の大剣を振るい、爆炎をもう一人の龍也に向けて放つ。
迫り来る爆炎を見たもう一人の龍也は高度を上げる事で爆炎の射線上から逃れ、龍也と同じ様に右手の炎の剣を両手で掴んで炎の大剣にし、

「ハッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

これまた龍也と同じ様に切っ先に爆炎を迸らせながら炎の大剣を振るい、爆炎を龍也に向けて放つ。
意趣返しかの様に放たれた爆炎を見て、

「ち……」

舌打ちをしながら龍也は超速歩法を使ってもう一人の龍也の頭上に移動して、

「おおおぉぉぉぉらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

もう一人の龍也目掛けて炎の大剣を振り下ろす。
振り下ろされた炎の大剣をもう一人の龍也は炎の大剣で受け止める。
上が龍也で下がもう一人の龍也。
位置で考えたら龍也の方が有利であるのだが、龍也はもう一人の龍也を押し切れないでいた。
だからか、龍也はより力を籠めてもう一人の龍也を押し切ろうとする。
しかし、その前に、

「ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

もう一人の龍也が力を籠めて炎の大剣を振り切り、またもや龍也を弾き飛ばした。
またしても弾き飛ばされる事となった龍也は後手後手に回っていると思い、戦いの流れを変える為に龍也は自身の力を変える。
朱雀の力から青龍の力へと。
力の変換に伴って龍也の髪の色が紅から蒼に変り、紅に輝く瞳から蒼に輝く瞳に変わる。
同時に炎の大剣が消失し、消失した炎の大剣の代わりと言わんばかりに両手から水を生み出す。
そして、生み出した水を龍の手を模した形にして両手に纏わせ、

「水爪牙!!」

両手を振る。
すると、両手の爪先から計十本の水で出来た斬撃が放たれた。
放たれた斬撃は当然の様にもう一人の龍也に向って行く。
迫り来る十本の水で出来た斬撃を目にしても、もう一人の龍也は攻撃に備える様な素振りも避ける素振りも見せなかった。
それに対して龍也が不審に思った刹那、もう一人の龍也に変化が訪れる。
紅から蒼に髪の色が変わり、紅に輝く瞳から蒼に輝く瞳に変わると言う変化が。
その変化を見た龍也が、自分と同じ様に力を朱雀から青龍に変えたと言う事を理解した刹那、

「ヘ……」

もう一人の龍也の手に在った炎の大剣が消え、変わりに龍の手を模した形の水が両手に纏わされていき、

「水爪牙!!」

両腕を振るって龍也と同じ様に十本の水で出来た斬撃を放った。
二人の龍也から放たれた計二十本の水で出来た斬撃は二人の中間地点で激突し、数多の雫が辺り一帯に散らばっていく。
散らばっていっていく雫を目に入れながら、

「俺と同じ技を……」

自分と同じ技を使って来た事に龍也は何かを言おうとしたが、

「何度も言わせんなよ。言っただろ、『俺はテメェと全く同じ存在であると同時にテメェと全く違う存在でもある』ってな。テメェに出来て俺に出来ない
何て事は無ぇんだよ!!!! 馬鹿が!!!!」

何かを言い切る前に、もう一人の龍也が自分も四神龍也と言う存在なのだから龍也に出来て自分に出来ない事は無いと言い放つ。
言い放たれた言葉を受けて、龍也は思わず納得してしまった。
龍也が納得した隙を突くかの様に、もう一人の龍也は超速歩法で龍也の眼前に移動し、

「ラア!!」

己が右手を突き出して龍也の顔面を刺し貫こうとする。

「ッ!!」

迫り来るもう一人の龍也の右手に気付いた龍也は、咄嗟に顔を傾ける。
お陰で顔面を刺し貫かれると言う結果を避ける事は出来たが、

「ぐぅ!!」

突き出されたもう一人の龍也の右手が龍也の頬を掠り、龍也の頬から血が流れ始めてしまった。
しかし、

「だあ!!」

流れ出る血を無視するかの様に龍也は己が腕を振るい、もう一人の龍也を引き裂こうとする。
が、

「おっと」

もう一人の龍也は大きく後ろに跳ぶ事で、振るわれた腕を避けた。
大きく後ろに跳んで距離を取って行くもう一人の龍也を龍也は追い掛け、

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

連続で腕を振るっていく。
次から次へと振るわれる腕を、

「ハッ!! どうしたよ、全然当たらねぇぞ!!」

もう一人の龍也は余裕が感じられる動きで全て避けていった。
一向に攻撃が当たる気配が見られないからか、それとも自分と同じ様な戦い方をして来るもう一人の自分が居るからか。
若しくは両方かもしれないが、龍也は苛々し始めていった。
そんな龍也の苛々を感じ取ったもう一人の龍也は獰猛さが感じられる様な笑みを浮かべ、

「何を苛々してんだ。もっと楽しくやろうぜ」

楽しくやろうぜと言う掛ける。
だが、

「うるせえ!!!!」

楽しくやる気は龍也には無い様で、苛立ちと共に腕を思いっ切り振るって水で出来た斬撃を放つ。

「おっと!!」

放たれた水で出来た斬撃を避ける為にもう一人の龍也は超速歩法で龍也から距離を取る。

「ち……」

またしても攻撃を避けられた事で龍也は舌打ちをし、距離を取ったもう一人の龍也を睨み付けた。
睨み付けられたもう一人の龍也は何処吹く風と言った感じで、両手に纏わせている水を水の剣に変える。
纏わせている水が水の剣に変わっていくのを見た龍也は、

「……ッ!!」

思わず息を飲み、警戒を強めていく。
何せ、水の剣の殺傷能力の高さを龍也は良く知っているからだ。
間違っても水の剣の直撃を受けてはならないと龍也は強く思い、構えを取り直した時、

「ハッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

もう一人の龍也は超スピードで龍也に突っ込み、龍也に向けて水の剣を振るう。

「ッ!!」

振るわれた水の剣を龍也が避けたのと同時に、

「ソラソラソラソラ!!!!」

水の剣が次から次へと龍也に向けて振るわれていく。
もし、水の剣の直撃を受けたら。
容易く斬り捨てられるのは確実。
だからか、回避行動を取っている龍也の精神的疲労がどんどんと蓄積されていった。
この儘では、もう一人の龍也の振るう水の剣で斬られるのは時間の問題あると感じたからか、

「……何時までも調子に乗ってんじゃねぇ!!」

龍也は両手をもう一人の龍也に向け、向けた両手から水流を放つ。

「うお!?」

放たれた水流はもう一人の龍也に直撃し、もう一人の龍也は水流に連れられる形で龍也から離れて行ってしまう。
もう一人の龍也が離れて行かれるのを視界に入れた龍也は水流を放つのを止め、自身の力を変える。
青龍の力から白虎の力へと。
力の変換に伴って龍也の髪の色が蒼から翠に変り、瞳の色が蒼から翠の輝きに変わった。
そのタイミングで両手に纏わされていた水が崩れ落ち、代わりと言わんばかりに龍也の両腕両脚に風が纏わさられる。
完全に青龍の力から白虎の力に移行した事を感じた龍也は、もう一人龍也に向けて突っ込んで行く。
放たれていた水流が消え、水流そのものの力が弱まったと言う事で、

「よっと」

もう一人の龍也は水流の射線上から逃れ、龍也の方に顔を向ける。
顔を向けたもう一人の龍也の目には、一直線で自分に向けて迫って来ている龍也の姿が映った。
態々接近を許す必要性も無いので、もう一人の龍也は両手の水の剣を消して近付いて来ている龍也に弾幕を放つ。
放たれ、迫り来る弾幕を龍也はかなり素早い動きで避けつつもう一人の龍也との距離を詰めていく。
弾幕を避け、近付いて来ている龍也を見て、

「……チッ、白虎の力を使っているだけあって速いな。この程度じゃあ足止めにもならねぇか」

今放っている弾幕程度では足止めにもならない事をもう一人の龍也は悟り、弾幕を放つのを止めて両手を天に向ける。
すると、天に向けられた両手に先に超巨大な水球が生み出され、

「豪水球!!!!」

生み出された水球は勢い良く龍也に向けて放たれた。
今まで細かい動きで攻撃を避けていたからか、迫り来る超巨大な水球を避ける為の回避行動が遅れてしまい、

「ち……」

避ける事が出来ない距離にまで水球の接近を許してしまったが、

「なら……」

回避出来ないのなら打ち消してしまえば良いと言った判断を龍也は下し、

「うううぅぅぅぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

急ブレーキを掛けながら霊力を解放し、自身を中心に超巨大な竜巻を発生させる。
発生した竜巻に超巨大な水球は激突し、竜巻に削り飛ばされる様な形で水球は水飛沫を辺りに撒き散らしながらどんどんと小さくなっていく。
そして、最後には水球は消えてしまった。
何とか放たれた超巨大な水球を対処し終えた後、龍也は竜巻を消して霊力の解放を止めてもう一人の龍也が居る方に目を向ける。
目を向けた先に居るもう一人の龍也は、今の龍也と同じ様に翠の髪に翠に輝く瞳をしながら両腕両脚に風を纏っていた。
どうやら、もう一人の龍也は龍也が水球の対処をしている間に自身の力を変えていた様だ。
これでは、スピードを活かして攻め立てると言う戦法を取る事が出来ないと思いつつ、

「……ま、やる事は変わらねぇか」

気持ちを切り替える龍也は右手を引き、再びもう一人の龍也が居る方へと突っ込んでいく。
再度突っ込んで来た龍也を見たもう一人の龍也は、

「ハッ」

龍也に合わせるかの様に右手を引く。
それから少し経った辺りで二人は引いた右手を放ち、拳と拳を激突させる。
拳と拳が激突した事で大きな激突音と衝撃波が発生し、周囲の空間が震えた。
周囲の空間が震えたのを合図にしたかの様に二人の龍也は拳を離し、

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「ハッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

物凄い速さで拳、脚による応酬を始める。
しかし、龍也ともう一人の龍也が繰り出している拳や脚は互いの体に直撃する事は無かった。
何故ならば大半の攻撃は相打ちになったり回避され、直撃しそうな一撃は防御されているからだ。
何発、何十発、何百発もの打ち合いを二人は続けていたが、唐突に二人は打ち合いを止めて間合いを取る。
この儘では埒が開かないと感じたのだろうか。
兎も角、距離を取った二人の龍也は右手の掌に風の塊を生み出し、

「「暴風玉!!!!」」

再び突っ込みながら生み出した風の塊を同時にぶつけ合う。
その瞬間、ぶつけ合った二つの風の塊は崩壊し、

「「ッ!!」」

炸裂して二人を呑み込んだ。
いや、呑み込まれたのは二人の龍也だけではなかった。
二人の龍也の下方に存在している建物なども呑み込まれてしまったのだ。
絢爛豪華で煌びやかと言う言葉が似合いそうな古い日本に町並みの一部が消失していく中、炸裂している風の塊の中から何かが飛び出して来た。
飛び出して来たのは龍也ともう一人の龍也。
但し、二人の龍也の髪と輝いている瞳の色が翠から茶に変わっているが。
おそらく、風の塊を激突させた後に自身の力を白虎から玄武に変えたのだろう。
ともあれ、飛び出した龍也ともう一人の龍也は巨大な土の塊を生み出し、

「おら!!」
「ソラ!!」

生み出した土の塊を投擲する。
投擲された二つの土の塊は当然の様に激突し、土の塊は無数の土の欠片となって辺り一帯に飛び散っていく。
飛び散った土の欠片を隠れ蓑にするかの様に龍也は右腕全体から土を生み出し、右腕を土で出来た巨大な腕にし、

「らあ!!」

土で出来た巨大な拳をもう一人の龍也に叩き込む為、拳を振るう。
無数とも言える土の欠片でこちらの状態が分からない状況化での、面を大きくした一撃。
必ず当たると思われたのだが、

「な……に……」

振るわれた拳はもう一人の龍也に当たる事は無いと言う確信を龍也は得た。
何故ならば、もう一人の龍也も土で出来た巨大な拳を振るって来たからだ。
もう一人の自分も自分であるからか戦い方に関する思考も幾らか似通っているのではと龍也が思った矢先、二つの土で出来た巨大な拳が激突する。
すると、先程拳と拳を激突させた時よりも遥かに大きな激突音と衝撃波が発生し、

「うお!?」
「グオ!?」

龍也ともう一人の龍也は発生した衝撃波に耐え切る事が出来ず、それぞれ相手から離れる様にして吹き飛んで行ってしまった。
吹き飛んでからある程度した辺りで龍也は体勢を立て直しつつ、

「ぐう!!」

急ブレーキを掛けながら止まり、顔を上げてもう一人の龍也の状態を確認しに掛かる。
確認した結果、もう一人の龍也は既に体勢を立て直している事が分かった。
まだ完全に体勢を立て直していない状態でもう一人の龍也に攻めに回られては厄介である為、

「ッ!!」

龍也はもう一人の龍也が行動を起こす前に体を無理矢理動かして強引に突っ込み、拳を振るう。
完全に体勢を立て直していない状態で、強引に振るわれた拳。
当たるわけないと思われた拳は、もう一人の龍也の頬に突き刺さった。
そして、

「オラよ!!」

次の瞬間、もう一人の龍也の拳が龍也の腹部に拳が叩き込まれる。
そう、龍也が放った拳をもう一人の龍也が避けなかったのは攻撃を優先したからだ。
何故、攻撃を優先したのかと言うと二人の龍也が使いってる玄武の力に答えが在る。
玄武の力は地を力を扱う様になれるだけではなく、防御力を上げると言う効果があるからだ。
それが力を解放した状態であるならば、その上昇率も更に上がる。
並大抵の攻撃なら、ダメージにならい程までに。
故に、もう一人の龍也は回避や防御を捨てて攻撃を優先したのである。
ともあれ、龍也ももう一人の龍也と同じで優先すべきは攻撃であると判断している様で、

「らあ!!」

再び、龍也はもう一人の龍也に向けて拳を振るう。
新たに振るわれた龍也の拳を合図にしたかの様に、二人の龍也の壮絶なまでの殴り合いが始まった。
防御や回避を全て捨て、攻撃にだけ特化した殴り合いを。
いや、殴り合いと言っても直ぐに蹴りも混ざり始めたが。
と言った感じで、攻撃のみに二人が集中し始めてから暫らく。
如何に玄武の力で防御力が高くなっていると言っても、こうも攻撃を防御無しに受け続けていればダメージも入っていってしまう。
目で見て分かる範囲で言えば服へのダメージ、痣、出血、腫れ、内出血の痕等々。
だが、幾ら傷を負っても二人の攻撃速度が緩む事は無かった。
であるならば、どちらかが倒れるまでこの攻撃は終わらないと思われたのだが、

「ぐお!?」
「とお!?」

放った拳が互いの体ではなく互いの拳に当たってしまい、龍也ともう一人の龍也は体勢を崩すと言う結果で二人の攻撃は終わってしまう。
攻撃一辺倒の流れが終わったのは兎も角、もしもう一人の龍也が先に体勢を立て直してしまったら。
確実と言って良い程の確率で、龍也はもう一人の龍也に一方的に攻め立てられる事になるであろう。
その様に考えた龍也は、反射的にもう一人の龍也に蹴りを叩き込んだ。
しかし、そう考えていたのはもう一人の龍也も同じだった様で、

「かっ!!」

龍也が蹴りを叩き込んだのと同時に、もう一人の龍也も龍也に蹴りを叩き込んでいた。
お互い蹴りを叩き込んだと言う事で、二人の龍也はそれぞれ正反対の方向に蹴り飛ばされて行く。
ある程度飛んで行った辺りで龍也は急ブレーキを掛けながら停止し、顔を上げてもう一人の龍也の様子を確認しに掛かる。
確認した結果、もう一人の龍也は離れた位置で既に体勢を立て直している事が分かった。
結構距離が離れているからか、近付いて攻撃するよりもここから攻撃を加えた方が良いと龍也は判断し、

「………………………………………………」

右手をもう一人の龍也に向け、掌に霊力を集中させて圧縮していく。
霊力の感じから龍也が何をし様としているのかを察したもう一人の龍也は、龍也に合わせるかの様にして右手を突き出す。
当然、突き出した右手の掌に霊力を集中させて圧縮しながら。
そして、

「「霊流波!!!!」」

二人の龍也は同じタイミングで同じ技を放つ。
違う点が在るとすれば龍也は巨大な青白い閃光を、もう一人の龍也は巨大などす黒い閃光を放ったと言う点であろうか。
兎も角、放たれた二つの閃光は激突して均衡すると思われたが、

「なっ!?」

そうはならなかった。
何故かと言うと、均衡したのはほんの僅か一瞬でどす黒い閃光が青白い閃光を一気に押し込んだからだ。
均衡させる処か進行を遅くらさせる事すらも出来なかったと言う事実に龍也が驚いている間に、青白い閃光を押し込んだどす黒い閃光はその儘龍也に迫り、

「ッ!?」

龍也を呑み込む。
龍也がどす黒い閃光に呑み込まれてから少しすると、どす黒い閃光が消える。
消えた閃光の中から、

「はぁはぁ……はぁ…………はぁ……」

ボロボロの状態の龍也が姿を現す。
具体的に言うと、学ランを含めた衣服が半壊。
今まで負った傷に加えて額、肩、脚、腕などの部位から血を流し、半壊した衣服から見える肌には軽度重度を問わずに火傷を負っている箇所が多々見られる状態。
おまけに息も絶え絶え、ダメージが大きかったせいか力が強制的に消えてしまった様で髪と目の色が元の黒色に戻ってしまっている。
更に言えば、玄武の力を使って防御力が上がっている状態だと言うのにここまでの怪我を負ってしまっていた。
それだけ、もう一人の龍也が放った霊流波が強力であったのだろう。
体中から訴えて来る痛みに耐えながら龍也は自分の体の状態を確認、そしてもう一人の龍也が放った霊流波の一寸した考察をし、

「くそ……」

訴えて来る痛みを無視するかの様に悪態を吐き、顔を上げた時、

「ハッ!! 馬鹿が!!」

馬鹿と言いながらもう一人の龍也が龍也に近付いて来た。
近付いて来る途中で今の龍也に合わせる為か、もう一人の龍也は力を消す。
力を消した事でもう一人の龍也の髪と瞳の色が元の白と紫に戻った。
まだ決着が着いていないと言うのに力を消したもう一人の龍也に龍也が舐めやがってと言う想いを抱くと、龍也の近くにまでやって来ていたもう一人の龍也は足を止め、

「あの鬼の小娘にテメェの霊流波を上回る威力の霊流波を放ったのは誰だ? この俺だぜ」

言い聞かせるかの様に萃香に龍也の霊流波を上回る威力の霊流波を放ったのは自分である事を語る。
語られた内容を受け、龍也は萃香との戦いで止めを刺されそうになった時の事を思い出していく。
あの時、ズタボロの状態であった龍也は巨大化していた萃香の拳が叩き込まれるのを待つだけの身であった。
しかし、拳が当たる直前に龍也の体の主導権を一時的ではあるがもう一人の龍也が奪って巨大化した萃香に霊流波を放ったのだ。
そのお陰で龍也は九死に一生を得て、萃香は元の大きさに戻されてそれなりのダメージを負う事になってしまった。
だが、翌々考えたらある疑問点が出て来る。
疑問点と言うのは万全の状態の龍也が霊流波を放ったとして、もう一人の龍也と同じ様に萃香を元の大きさに戻させてダメージを負わせる事が出来るかと言うもの。
ダメージ自体はもう一人の龍也との差はあれど負わせられるであろう。
が、萃香を元の大きさに戻させるまでのダメージを負わせられるのかと問われたらどうだろうか。
少なくとも、龍也自身は首を傾げてしまう。
つまり、最低でも霊流波の威力はもう一人の龍也の方が上と言う事になる。
気付こうと思えば気付く事が出来たと言うのに、気付く事が出来なかった。
そんな自分自身の間抜けさに龍也が呆れていると、

「テメェの霊流波と俺の霊流波。ぶつけ合って勝つの俺の霊流波に決まってるだろ」

心底呆れたと言う様な表情をもう一人の龍也は龍也に向け、自分と龍也の霊流波をぶつけ合ったら自分の霊流波が勝つに決まっているだろうと言う事を断言した。
直接、もう一人の龍也にそれを指摘された事で、

「…………ッ」

龍也は思わず悔しそうな表情を浮かべてしまう。
すると、

「……やっぱテメェは甘ぇよ、龍也」

ポツリと、もう一人の龍也は龍也を甘いと称した。

「……何?」
「甘いっつったんだよ、龍也」

急に甘いと称された事でつい聞き返してしまった龍也に、もう一人の龍也はもう一度甘いと言って龍也に一歩近付き、

「テェメの甘さが、テメェの攻撃も防御も殺意も本能も思考も何もかもを半端以下に成り下がらせているんだよ!!」

龍也自身の甘さが龍也の何もかもを半端以下にしていると言い放つ。

「誰が……お前に甘さ何か……」

甘いと言われた事で龍也は反射的に反論し様としたものの、

「ああ、確かに俺相手にそんな甘さはない。だがな、一度抱いた甘さがテメェにこびり付いてんだよ!!」

反論し切る前にもう一人の龍也は反論内容を予測していたかの様に龍也が自分に甘さを抱いていない事を認めつつも、一度抱いた甘さがこびり付いていると断言する。

「何……?」

こびり付いた甘さとと言う部分が良く分からず、龍也が疑問気な表情を浮かべてしまった為、

「勿論、俺に抱いた甘さじゃねぇ。毒人形の小娘相手に抱いた甘さだ!!」

こびり付いた甘さと言う部分に付いての説明をもう一人の龍也は行なう。
毒人形。
この部分に一寸した引っ掛かりを覚えた龍也は少し考えを廻らせ、

「毒人形……メディスンの事か……?」

メディスンの存在を思い浮かべた刹那、

「ああ、そうだ」

もう一人の龍也は肯定の返事をし、

「なぁ、何で毒人形の小娘を生かした? 最初っからテメェを殺す気で戦いを仕掛けて来たあの小娘を。テメェを食い殺そうとしたり、只殺す為だけに襲い掛かって
来る雑魚妖怪共を蹴散らす様によ!!!!」

どうして殺す気で戦いを仕掛けて来たメディスンを、旅の道中で龍也を殺そうと襲い掛かって来た妖怪達と同じ様に殺さなかったのかと尋ねる。
龍也は幻想郷中を己が足で旅をしている為、道中で野良妖怪に襲われるのは日常茶飯事とも言えるもの。
そして、遅い掛かって来た妖怪達を撃退するのもまた日常茶飯事。
それはさて置き、龍也は基本的に殺意には殺意で返すと言った事をしている。
故に、撃退の過程で妖怪の命を奪うと言う事も少なくはない。
で、だ。
メディスンも道中で襲い掛かって来る妖怪と同様に殺す気で龍也に戦いを仕掛けて来た。
事実、龍也はメディスンに毒殺されそうになったのだから間違ってはいないであろう。
だと言うのに、龍也はメディスンを殺すと言う事はしなかったのだ。
だからか、

「それは…………」

尋ねられた事に龍也は何も言い返す事が出来ないでいた。
そんな龍也に、

「見た目がガキの姿だったからか!? それとも意思相通が出来たからか!? 若しくは姿形が人間や人型妖怪と言ったものに似ていたからか!?」

もう一人の龍也はメディスンを殺せなかったであろう理由の推論を述べながら龍也にまた一歩近付き、

「理由なんざどうでも良い!! 前々から甘いところが在ったが、その一件でテメェに甘さがこびり付いた!!」

メディスンを生かした一件で龍也に甘さがこびり付いたのだと言い、

「だからテメェはどっかこっかで無意識の内に自身の力にブレーキを掛けちまってるんだよ!! それじゃあ素の力が上がったところで何の意味もねぇ!!」

こびり付いた甘さが龍也を弱くしている事を指摘し、

「だがらテメェは俺より弱ぇんだよ!! 龍也!!」

結論付けるかの様にだから自分よりも弱いと口にして龍也に突っ込み、

「……………………え?」

龍也の胸のど真ん中を己が手で刺し貫く。
同時に龍也は口から血を吐き出し、龍也の胸のど真ん中から血が零れ出す。

「か……は……」

何処か他人事の様に龍也が胸のど真ん中を貫かれている事を実感していると、

「一つの肉体を支配する者は二人も要らない」

そう語りかけながらもう一人の龍也は龍也の目を見詰め、

「テメェが俺より弱いなら、俺はテメェを喰らって俺自身の糧にする。弱肉強食ってやつだ」

龍也が自分より弱いのなら龍也を喰らって自分の糧にすると述べ、龍也の心臓を握る。
心臓を握られた事を感じ取った龍也は、この儘心臓を引き抜かれるのでは思いながら意識が遠のいていくのを感じ取った。










































ふと、

『頼りにさせて貰うわ、龍也』
『私は蓬莱山輝夜。ここ、永遠亭の主……要するにお姫様よ』
『な、何でここに居るの!? あの子にはこっちに来させたら駄目だって言って置いたのに!!』
『ああ、あれの事。あれは私の師匠が生み出した地上を密室にする為の秘術よ』
『お師匠様からは侵入者は追い返せって言われてるからね。悪く思わないでよ』
『私の名前はリグル・ナイトバグ。察しの通り妖怪よ』
『……っぷ、変な人間』
『……ああそう言えば名乗って無かっね。私の名前は伊吹萃香。鬼だよ』
『答えは簡単。頑張ってる男の子は応援したくなるからよ』
『そうよ。私がこの屋台の店主のミスティア・ローレライ。貴方達は?』
『あ、そうだ。龍也さんもご一緒しませんか?』
『はい。魔法の森に珍しい虫が居ると言う噂を聞きまして』
『私達は虫捕りに来たんです』
『……そうだ、私と手合わせしてみないか?』
『あ、申し送れた。私は寺子屋で教師をしている上白沢慧音と言う』
『初めまして!! 私、"文々。新聞"の記者をしております、鴉天狗の清く正しい射命丸文と申します!!』
『私の名前は魂魄妖夢。貴方を倒す女の名です、よろしくお願いします!!』
『手助けが必要なら何時でも受け付けるよ』
『頑張ってねー』
『私? 私はリリカ・プリズムリバー』
『私? 私は橙だよ』
『私はレティ・ホワイトロックよ』
『私? 私はルーミアだよ』
『あ、私は白狼天狗の犬走椛と申します』
『私は姉の秋静葉。紅葉の神です』
『あ、自己紹介がまだだったわね。私は秋穣子。豊穣の神よ』
『簡単に壊れちゃ……ヤだよ』
『えーと……よろしくお願いしますね、龍也さん』
『私はパチュリー・ノーレッジ。貴方は?』
『あたいのライバルにしてあげる!!』
『私は大妖精と言います』
『私は当神社の巫女をしております、博麗霊夢と申します』
『そうですか。あ、申し遅れました。私は稗田家当主をしております稗田阿求と申します』
『それにしても、外来人で能力持ちで強いって本当に珍しいわね』
『私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ。よろしくな』
『うん。僕がこの香霖堂の店主、森近霖之助だよ』
『ねぇ、龍也。私のものにならない?』
『ええ。紅魔館のメイド長をしております十六夜咲夜と申します』
『あ、申し遅れました。紅魔館の門番をしております紅美鈴と申します』
『風見幽香。幽香で構わないわ』
『連れて行って上げましょうか? その退屈がなくなる場所に』

龍也の脳裏に今まで出会い、交友などを育んで来た者達の姿が走馬灯の様に駆け巡っていった。
いや、本当に走馬灯なのかも知れない。
何せ、今の龍也は心臓を引き抜かれる寸前。
走馬灯の一つや二つ、駆け巡ったり思い浮かぶのは当然かもしれない。
ともあれ、今の龍也は文字通り絶体絶命。
この儘では心臓を引き抜かれて死んでしまうのは時間の問題なのだが、龍也の動かなかった。
まるで、ここで死んでもう一人の自分の糧になるのも良いかもしれないと思っているかの様に。
そんな時、『それで良いのか』、『もうあいつ等に会えなくなっても良いのか』『旅を続けられなくなっても良いのか』と言う声が龍也の頭に響いて来た。
響いて来た声に龍也が僅かばかりの意思を向けた瞬間、






















『負けても良いのか』と言う声が龍也の中から発せられる。






















その刹那、龍也の中の何かが目覚めた。






















もう一人の龍也が龍也の心臓を引き抜く為に己が腕に力を籠めたタイミングで、

「ッ!?」

突如、龍也の右手がもう一人の龍也の肘を掴んだ。
心臓を鷲掴みにされた状況でこうも素早く動いた龍也にもう一人の龍也が驚いている間に、

「なっ!?」

もう一人の龍也の肘が龍也によって握り潰されてしまった。
握り潰されたと言っても、まだもう一人の龍也の肘はまだ辛うじて繋がっていると言った状態ではあったが、

「チィ!!」

今の龍也を脅威と判断したのかもう一人の龍也は慌てた動作で後ろへと跳んだ為、肘から先から千切れてしまう。
だが、もう一人の龍也は肘から先が千切れた事など全く気にせずに龍也から離れて行く。
龍也から離れ、十分に間合いを取れたと判断したもう一人の龍也は後ろに下がるのを止め、

「ち……」

悪態と共に顔を上げて龍也の様子を確認する。
確認した結果、龍也の胸のど真ん中に突き刺さっている自分の千切れた腕が塵になっていくのがもう一人の龍也には見て取れた。
そして、突き刺さっている千切れた腕が完全に塵になったの同時に龍也の胸のど真ん中から血が零れ出す。
まぁ、栓となっていたものが消えたのだから血が零れ出す当然の事だが。
ともあれ、胸のど真ん中から零れ出している血を無視するかの様に龍也は顔を上げてもう一人の龍也を睨み付ける。
睨み付けられた時に龍也の目を見たもう一人の龍也は、

「ッ!?」

思わず目を見開いてしまう。
何故ならば、龍也の目はつい先程までとはまるで違う目をしていたからだ。
獰猛な獣の様な、殺意を凝縮した様な、戦意を滾らせた様な、そんな目をしていたから。
先の今でここまで変わるのか、何があったのかと言う思いをもう一人の龍也が思っている間に龍也が動いた。
今までとは比べものにならない程のスピードでもう一人の龍也に肉迫し、

「…………くそが」

もう一人の龍也の胸のど真ん中を己が手で刺し貫いた。
心臓、背部も纏めて。
心臓を貫かれた事を認識したもう一人の龍也が血を吐き出し、少しずつ塵になり始めた刹那、

「確かに、俺はお前の言う通り甘いのかもしれない」

自分が甘いと言う事を龍也は認めつつ、

「だが、殺らなきゃならない相手や殺らなきゃならない状況下で容赦する気は……無い!!」

殺らなきゃならない相手、殺らなきゃならない状況化で容赦する気は無いと強く断言した。
断言された内容を受けたもう一人の龍也は若干呆れた様な表情を浮かべ、

「ハッ……テメェの様な甘い奴が何を……」

龍也の様に甘い奴が何を言っているのかと言う事を口にし様としたが、

「今、お前で証明しただろ」

口にし切る前に龍也がお前で証明しただろうと述べる。
確かに、今の一撃に甘さや躊躇いと言ったものは一切見られなかった。
だからか、

「…………良いぜ」

もう一人の龍也はポツリと良いぜと呟きながら龍也の目を見詰め、

「一応は俺に勝ったんだ。取り敢えずはテメェの糧になってやる」

龍也の糧になってやると漏らす。
が、直ぐにもう一人の龍也は口角を吊り上げ、

「だが忘れんなよ!! 俺は消える訳じゃねえ!! 必ずまたテメェの前に現れる!! 必ずだ!!!!」

必ずまた龍也の前に現れると宣言し、

「その時こそ!! テメェを喰らって俺の糧にする時だ!!」

そう言い放った瞬間、龍也の精神世界は光で包まれた。






















「痛ッ!!」

体中から発せられている強い痛みを感じ取った龍也は、目を動かして周囲の状況を確認しに掛かる。
確認した結果、自身の精神世界から紫の隙間の中に戻って来た事を龍也は理解した。
同時に、意識が遠くなるのを感じ取った為、

「くそ……」

思わず悪態を付いた時、近くに妙な仮面が在る事に龍也は気付いた。
その仮面と言うのは基本色は白で、形は憤怒した鬼と悪魔を足し合わせてそれを骨にした様な造形。
そして、両方の目元の部分から米神に掛けて黒い線が走っている。
一通り存在している仮面を見て、龍也は思い出す。
もう一人の自分は、自分から零れ落ちた怒りと憎しみと悲しみから生まれた存在であると言う事を。
その瞬間、仮面が何であるかを龍也は本能で理解し、

「何度出て来てもこの体は渡さねえし、お前の糧になる気はねぇ……」

仮面に顔を向けながらそう語りかけ、闇に落ちていく意識に身を任せた。























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