「う……ううん……」

瞼が重いと言う事を感じを抱きながら、龍也は目を開く。
すると、木で出来た天井が龍也の目に入った。
目に入った天井をボケーッとした表情で暫らく見詰めた後、軽く顔を動かして周囲の様子を確認する。
確認し始めてから直ぐに畳、壺、掛け軸、襖と言った物が在ると言う事が分かった。
目に映った物と確認した物からここが和室ではないかと考えつつ、

「…………………………………………………………」

再びボケーッとした表情に龍也はなる。
それから幾らか経った辺りで、

「……ここ、何所だ?」

ふと、ここは何所だと言う疑問を抱いた。
疑問を抱くのと同時に龍也は上半身を起き上がらせ、より詳しく周囲の様子を探ろうとする。
その瞬間、

「ん?」

龍也は自身の腕に管が刺さっている事を発見した。
何で管が刺さっているのかと思いながら管の先に目を向けると、液体が入った透明なパックに管が繋がっている事が分かる。
自分の腕に刺さった管に、管と繋がっている液体が入った透明のパック。
以上、二つの点から、

「……点滴?」

点滴と言う単語が龍也の口から零れた。
零した単語から龍也は病院を連想し、連想した病院から、

「……永遠亭?」

永遠亭を思い浮かべた。
永遠亭は病院と言う訳では無いが、永遠亭には八意永琳と言う者が居る。
八意永琳は医者ではなく薬師であるが、医療知識や技術と言ったものも十分過ぎる程に身に付けているいるのだ。
元々永遠亭の面々は他との接触を頑なに拒んでいたが、偽者の満月が天を支配すると言う異変が解決されて以降はそれも無くなった。
人里で薬などの販売をしたり、妹紅が怪我人や病人を永遠亭に連れて行ったり等々。
こう言った活動をしている事もあり、今では永遠亭は医療や薬学が発達している場所と言う認識が人里や他の場所でされている。
まぁ、永遠亭と言うより永琳に医療などを知識や技術を使って他との交流を図る様に薦めたのは龍也なのだが。
兎も角、そう言った事もあって龍也は病院から永遠亭を連想したのだ。
ともあれ、ここが永遠亭ではないかと言う考えを龍也が廻らせている間に、

「あら、お目覚め?」

襖が開かれる音と共そんな声が聞こえて来た。
聞こえて来た声に反応した龍也は、声が発せられたであろう場所に顔を向ける。
顔を向けた先には、

「永琳……」

八意永琳の姿が在った。
龍也が永琳の存在を認識し、永琳の名を言い当てた事から、

「その様子だと記憶の混濁は見られない様ね」

記憶の混濁は見られないと判断しながら永琳は龍也に近付いて座り、龍也の顔をジッと見詰め、

「ふむ……顔色良し。血行も……良い見たいね」

顔色、血行の状態は良好と言う結論を出す。
そして、

「あの時は吃驚したわ。朝ご飯を食べ終わったら卓袱台の上に貴方が降って来たんだもの」

朝食後に龍也が卓袱台の上に降って来た事を永琳は話し始めた。

「……卓袱台の上?」

話された内容の中に在った、卓袱台の上に降って来たと言う部分に龍也が引っ掛かりを覚えた刹那、

「ええ。もう少し詳しく言うと隙間が開き、開いた隙間の中から貴方が降って来たの。おそらく、八雲紫の仕業だと思うけど」

肯定の言葉共に軽い状況説明と、龍也が卓袱台の上に降らせたであろう者の名を告げる。
状況説明と告げられた名から龍也は紫の手によって隙間の中から直接永遠亭にまで運ばれたと言う事を理解し、ある事を思う。
落とすにしても、場所を考えろと言う事を。
一体、どう言った意図があって自分を卓袱台の上に落としたのかと言う事を龍也が考え始めた時、

「それにしても、あれだけの大怪我を負って良く生きてたわね。普通の人間なら、先ず間違い無く死んでいたわ」

良く生きていたなと言う発言が永琳から発せられた。
発せられた発言を受けた龍也は考えていた事を頭の隅に追いやり、

「……そんなに酷かったのか?」

つい、永琳にそんなに酷かったのかと聞く。
聞かれた永琳は人差し指を下唇に当て、

「ええっと……胸部に貫通の孔、心臓が不必要なまでに圧迫された形跡、軽度及び重度の火傷、裂傷、擦過傷、腫れ、出血多量、打撲、内出血、骨折、
内臓損傷と言った感じだったかしらね。貴方の怪我の度合いは」

一通り、龍也が負っていた怪我の内容を口にする。
口にされた事から察するに、精神世界で負った怪我がその儘現れた様だ。

「確かに良く生きてたな、俺」

負っていた怪我に付いて教えられた事で、龍也は自分の事ながら良く生きていたなと漏らしつつ、

「永琳が俺を?」

永琳が自分を治してくれたのかと言う事を聞く。

「ええ。私が手術と怪我の治療をしたわ」

聞かれた永琳は肯定の返事をし、手術と治療を施した事を教える。
教えられた内容を受けた龍也は、

「そっか、ありがとう」

礼を言って永琳に向けて頭を下げた。
そんな龍也に、

「別に構わないわ。大怪我したら只で綺麗に治すって約束だったしね」

元々大怪我を負ったら只で綺麗に治すと言う約束をしていたのだから、気にする必要は無いと言った様な事を永琳は返す。
確かに、永琳からしたら約束を果たしただけ。
礼何て必要無いだろう。
だが、それでも龍也からしたら永琳は命の恩人。
なので、

「それでもだ。永琳が居たから俺は死なずに済んだ。だから、ありがとう」

それでもと言いながら龍也は永琳にもう一度礼の言葉を述べた。
二度も礼の言葉を述べられたからか、

「……そう言う事なら、どういたしましてと返して置くわ」

永琳は少し照れ臭そうな表情を浮かべてしまう。
若しかしたら、永琳は礼を言われ慣れていないのかもしれない。
まぁ、頭を下げている龍也から永琳が浮かべている表情は見えてはいないのだが。
ともあれ、何時までもこの儘で居る訳にもいかないからか永琳は表情を戻し、

「それはそうと、体の調子はどう?」

体の調子はどうかと言う事を龍也に尋ねる。
尋ねられた龍也は頭を上げ、軽く体を動かしていく。
暫しの間、体を動かした後、

「んー……一寸体がダルイな」

一寸体がダルイと言う感想を龍也は永琳に伝える。

「あら、一ヶ月以上も寝ていたのにそれだけで済んでいるのね。一応筋肉などが衰えない様に処置はしていたけど。と言っても、貴方の負った怪我を
考慮して軽めのものをだったけどね」
「一ヶ月!? 一ヶ月も寝てたのか!? 俺!?」

伝えられた内容を受けて少し驚いた永琳に対し、龍也は思いっ切り驚いてしまった。
何せ、自分の体の調子を伝えたら一ヶ月も寝ていたと言う発言が返って来たのだ。
驚くのも無理はない。
更に言えば、龍也は二、三日位しか寝ていないと思っていた。
そんな感じで驚きの渦中の中に居る龍也に、

「ええ、序に言うなら年明けが過ぎたわ」

既に年明けが過ぎている事を教える。
一ヶ月以上も寝ていた事も驚きだと言うのに、既に年が明けていると言う事を知ったら驚きも倍増するのは確実。
だが、驚き過ぎて逆に冷静になれたからか、

「あー……今一実感が湧かないな……」

比較的落ち着いた声色で、龍也は今一実感が湧かないと呟く。
呟かれた事を耳に入れた永琳は、

「まぁ、そうでしょうね」

そうだろうと言い、

「貴方の傷は殆ど塞がっているから、リハビリがてらに永遠亭の中を歩いてみたらどうかしら? その点滴には車輪も付いてるし」

リハビリがてらに永遠亭の中を歩いてみたらどうだと言う提案を龍也に行なう。
龍也からしてみたら余り自覚と言うか実感は無いのだが、一ヶ月以上も寝ていたのだ。
そして、今日その眠りから覚めた。
であるならば、幾ら永琳が筋肉が衰えない様に処置をしてくれたとしても鈍った体の慣らし位はして置きたいと龍也は考え、

「そうするかな」

永琳の提案を受け入れながら立ち上がる。
立ち上がると、龍也は自分の格好が入院患者が着る様な格好になっている事に気付く。
同時に、

「おっと」

ズボンがずれているのが目に入り、ズボンのずれを直そうとした瞬間、

「…………ん?」

龍也は見てしまった。
自分自身の下着、つまりトランクスの柄が変わっている事に。
今まで意識が無かった龍也のトランクスの柄が変わっていると言う事は、誰かが龍也の下着を取り換えたと言う事。
だからか、

「あ、あの、俺の……下着……」

恐る恐ると言った感じで龍也は自分の下着の件に付いて尋ね様とする。
一抹の希望を抱きながら。
しかし、そんな龍也の希望を払拭するかの様に、

「ええ、衛生面の問題も在ったから服も下着も勝手に換えさせて貰ったわ」

服、下着の両方を勝手に換えた事を永琳は断言し、

「取り敢えず、立派なものをお持ちねと言って置きましょうか」

爆弾発言を発した。
その刹那、

「ほげええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

龍也は素っ頓狂な声を上げながら赤面し、後ろに倒れ込んだ。
突如、その様な動きをした龍也に向け、

「あ、一寸。傷が殆ど塞がっていると言っても余り激しい動きはしない方が良いわよ。傷が開くかもしれないし」

傷が開く可能性が在るから余り動かない方が良いと言う突っ込みを永琳は入れる。
入れられた突っ込みは正しいものであるのだが、意識が無い間に異性に着替えさせられた言うのは龍也に取ってかなり恥ずかしい出来事である為、

「いや、おま、ちょ、まっ」

混乱したかの様に、龍也の口からちぐはぐな言葉が零れ出した。
言葉が上手く出て来ないでいる龍也を見て、

「何を恥ずかしがっているの。本業は薬師だけど私は医者よ。別に恥ずかしがる事は無いでしょ」

医者に裸を見られても恥ずかしくは無いだろうと言う様な事を永琳は述べる。
述べられた事を受け、龍也は幾らか冷静になれた。
手術、治療と言った行為をする為に医者が患者の裸を見るのは良くある事だからだ。
とは言え、それでも幾らかの気恥ずかしさは残っているが。
ともあれ、幾らか冷静になった事で龍也の精神状態は会話が出来る状態にまで戻ったのだが、

「まぁ、鈴仙がキャーキャー言って煩かった事が何度も在ったけど」

更なる爆弾発言を永琳が投下してしまった事で、

「おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

再び、龍也は素っ頓狂な声を上げながら赤面してしまった。
またしても混乱の渦中に入ってしまった龍也を見ながら、

「あら、あの子は私の弟子で一応は医者よ。まだまだ未熟だけど」

鈴仙も医者だと言う事を龍也に話す。
話された事から、龍也は鈴仙が永琳を呼ぶ際の呼称が師匠である事を思い出し、

「…………あんた、俺をからかっているのか?」

思い出した事からある程度冷静さを取り戻せたので、永琳に自分の事をからかっているのかと聞く。
聞かれた永琳は軽い笑みを浮かべ、

「さぁ? でも、それだけ元気があれば数日中には退院出来るでしょ」

曖昧な返事をしながら数日中には退院出来るだろうと言う事を龍也に伝える。

「やっぱ数日は掛かるのか」
「そりゃね。貴方が寝ている間に術後の経過観察、心肺機能の検査と言った事はしてたけど本格的な診察はしてなかったし。それに、起きたばかりの
貴方を退院させると言うのは医療に携わる者として許可出来ないわね」

退院まで数日は掛かると言う事で一寸した不満を龍也は抱いたが、永琳から数日は掛かる理由を説明された事で抱いていた不満は消えた。
取り敢えず、後数日は永遠亭に留まる事に龍也が納得した時、

「……さて、それじゃあ行くわね」

永琳は何処かに行くと言って立ち上がる。
すると、

「あ、一寸待って」

立ち上がった永琳を龍也は呼び止め、

「俺の服は何処に在るんだ?」

自分の服の在り処を尋ねる。

「ボロボロだった貴方の服なら、修繕が終ったから洗濯しているわ」
「そっか。何から何まで悪いな」

尋ねた事に修繕が終わったから洗濯をしていると言う答えが永琳から返って来たので、龍也は少し申し訳なさそうな気分になった。
そんな龍也に、

「気にしなくて良いわ。あ、そうそう。ポケットに入ってた物は私が預かっているから、ここを出て行く時には私の所に来てね」

気にする必要は無いと永琳は言い、龍也の所持品を預かっている事を伝えて部屋を後する。
部屋から永琳が出て行くのを見届けた龍也は今度こそと言う意気込みで立ち上がり、部屋を出て永遠亭の中を散歩する事にした。






















永遠亭の中を歩きながら、

「やっぱ広いな、ここ」

やっぱり広いと言う感想を龍也は零す。
はっきり言って、紅魔館と同じで永遠亭も外観と比べて中は随分と広い。
紅魔館は咲夜の能力の応用で広くなっているとの事だが、永遠亭も誰かしらの能力で中を広くしているのだろうか。
と言った感じで永遠亭の広さに付いて龍也が一寸した考察をしていると、

「おっと」

目の前を兎の大群が通過した為、少し慌てながら龍也は足を止める。
そして、ある事を思い出す。
思い出した事と言うのは、永遠亭の兎は妖怪兎で構成されていると言う事。
となれば、今通過して行った兎は妖怪兎と言う事になるのだが、

「見た感じ普通の兎と変わらなかったな……」

見た目は普通の兎と大差無かった為、龍也は少し驚いた表情を浮かべてしまう。
幻想郷を旅している道中、龍也は日常茶飯事と言わんばかりの頻度で妖怪に襲われている。
そして、その襲い掛かってる来る妖怪は肥大化や変異と言った変化をしているものの動植物タイプのものが多い。
だが、今通って行った妖怪兎と思われる妖怪の見た目は普通の兎。
龍也が驚くのも当然なのかもしれない。
若しかしたら永遠亭の妖怪兎が変化の少ないタイプばかりと言う可能性や、兎は妖怪化しても変化が少ないと言う事も考えられる。
まぁ、妖怪の生態や妖怪化した後の姿の変化に付いて龍也は詳しいと言う訳では無いので考えても答えは出なさそうではあるが。
なので、龍也は考え様とした事を忘却の彼方へと追いやる。
そのタイミングで、

「あれ、お兄さん」

何者かが龍也に声を掛けて来た。
掛けられた声に反応した龍也は、声が聞こえて来た方に顔を向ける。
顔を向けた先には、

「てゐ」

てゐの姿が龍也の目に映った。
どうやら、龍也に声を掛けて来たのはてゐであった様だ。
ともあれ、龍也がてゐの存在を認識したからか、

「見た感じだと、出歩けるまでには回復した様だね」

出歩けるまでには回復した様だと言う言葉をてゐは龍也に掛ける。

「ああ、この通りな」

掛けられた事に龍也がそう返すと、

「いやー、お兄さんが全然目覚めなくて心配で心配で……」

演技掛かった動作でてゐは龍也の心配をしていた事を口にし始めた。
口にした時にてゐの動作を見て、少し怪しんだ龍也は、

「お前の賽銭箱に金を入れる奴が居ないからか?」

心配しているのは賽銭箱にお金を入れる者が居なくなるからかと言う事をてゐに聞く。
聞かれたてゐは体をビクッとさせ、龍也から視線を逸らす。
そんなてゐの反応を見て、

「……おい」

龍也がつい突っ込みを入れた瞬間、

「わ、私はお兄さんを純粋な気持ちで心配してたんだよ」

これでもかと言わんばかりにてゐは目をキラキラさせ、龍也の事を純粋な気持ちで心配しているんだと言う事を語り始めた。
どう見ても胡散臭かったのだが、

「…………ま、信じとくよ」

仮にその事を指摘しても有耶無耶にされるのは目に見えているので、龍也は仕方が無いので信じると言う様な言葉を零す。
取り敢えず、話に一段落付いたからか、

「それは兎も角」

気持ちを切り替えるかの様にてゐはそう言いながら小さめの賽銭箱を取り出し、

「ここにお金を入れるとお兄さんに幸運が……」

少々露骨な感じで龍也にお賽銭を要求し始めた。
しかし、今の龍也の財布を含めて所持品は全て永琳に預けている為、

「悪い、今財布持ってないから金は入れられないぞ」

財布を持って来てはいないので賽銭を入れる事は出来ないと龍也はてゐに伝える。
すると、

「……………………チッ」

てゐは龍也から顔を逸らして舌打ちをした。

「……おい」
「あはは、何でもないよ」

舌打ちが耳に入った龍也はてゐをジト目で見た直後、満面の笑顔でてゐを龍也の方に顔を戻し、

「それじゃ、またねお兄さん」

またねと言う言葉と共に何処かに行ってしまった。
言うだけ言って去って行ったてゐを見て、

「……何つーか、自由に生きてるな。あいつ」

自由に生きているなと言う感想を抱きつつ、再び永遠亭内の散歩へと龍也は戻る。
キョロキョロと周囲を見渡しながら足を進めて行く中で、龍也は改めて思う。
永遠亭内の雰囲気は阿求の屋敷や白玉楼に似ていると。
永遠亭は阿求の屋敷、白玉楼と同じで全体的に和で構成されているので、似ていると思うのは当然と言えるだろう。
こう言う時、和では洋で構成されている紅魔館に行くとより新鮮さが増すだろうと言う事を考えつつ、

「そうだ、次は紅魔館にでも行くかな」

退院したら紅魔館にでも向かおうかと言う予定を立てる。
そんな時、

「……ん?」

龍也の目に洗面所と思わしき場所と鏡が映った。
その刹那、

「……………………………………………………………………」

何かに惹かれるかの様にして洗面所と思わしき場所に入って行き、龍也は鏡を覗き込む。
覗き込んだ鏡には、当然の様に龍也の顔が映っていた。
何処からどう見ても自分の顔なのだが、自分の顔故に龍也はある存在を思い出してしまう。
もう一人の自分の事を。
文字通り死闘と呼べる戦いを龍也はもう一人の龍也と繰り広げ、龍也はもう一人の龍也に勝利した。
お陰で、龍也はもう一人の龍也に喰われる事無くこうして自分の儘で生きていられている。
もし、龍也がもう一人の龍也に負けていたら。
四神龍也という存在は消えてしまっていたかもしれない。
と言った若しかしたらの可能性を考えていると、

「そう言えば、あいつは取り敢えずは俺の糧になるって言ってたな……」

ふと、龍也の頭にもう一人の自分が言っていた言葉が思い浮かんだ。
同時に、龍也は無意識に左手を自分の額へと持って行く。
そして、額まで持っていかれた左手からどす黒い色をした霊力が溢れ出した。
どう見ても龍也が出す霊力の色では無いのだが、龍也は躊躇う事無くどす黒い色をした霊力が溢れ出ている左手を勢い良く下ろす。
左手を勢い良く下ろした後、溢れ出ていた霊力は消えて鏡には、

「なっ……」

眼球は黒く、瞳は紫、白を基調とした仮面を付けた龍也の姿が映っていた。
仮面のデザインは憤怒した鬼と悪魔を足し合わせて骨にし、目元の部分から米神に向けて黒い線が走っているもの。
突如として現れて付ける事となった仮面に、

「こ……この仮面は……」

龍也は見覚えが在った。
見覚えと言うのは自分の精神世界でもう一人の自分を倒し、隙間の中に戻って意識を失う時の事。
あの時、龍也は今付けている仮面が漂っているのを自身の目で見ている。
見覚えが在るのも当然だろう。
ともあれ、鏡に映っている仮面を付けた自分を見た龍也は本能が既に理解していた事を理解する。
理解した事と言うのは二つ。
一つは、この仮面の出し方。
出し方と言うのはどす黒い色をした霊力を手から出し、手を額から下ろすと言うだけ。
もう一つは、この仮面が何であるかと言うもの。
端的に言えば、この仮面はもう一人の龍也の力と言えるものなのだ。
精神世界での戦いに決着が着いた後、もう一人の龍也はこう言った。
取り敢えずはテメェの糧になってやると。
糧になると言うのは、単純にもう一人の龍也は龍也の力そのものになると言う事。
であるならば、何故もう一人の龍也の力が仮面と言う形で現れたのだろうか。
答えは簡単。
もう一人の龍也は龍也と全く同じ存在であるのと同時に全く違う存在であり、龍也から零れ落ちた怒り、憎しみ、悲しみの三つの感情が合わさった存在であるからだ。
全く同じ存在であるが故にもう一人の龍也の力は龍也に馴染み、全く違う存在であるが故にもう一人の龍也の力は龍也に反発する。
零れ落ちた存在であるが故にもう一人の龍也の力は龍也の内には還らず、合わさった三つの感情の表情の表し方が仮面。
以上四点が組み合わさった結果、もう一人の龍也の力を使う時はその力が龍也の顔面に仮面を付けると言う形で現れたのだ。
因みに、仮面の造形が骨であるのはもう一人の龍也の性質が死であるから。
眼球、瞳の色の変化はもう一人の龍也の力が表に出て来ているからである。
と言った感じで瞬間的に本能で理解した事を龍也が理解し、仮面が現れてから数秒程経った辺りで、

「ッ!?」

何の前触れも無く仮面全体に皹が走り、仮面が崩壊してしまった。
仮面の崩壊と共に龍也の眼球と瞳の色が元に戻り、

「ッ!! はぁ!! はぁ!! はぁはぁ…………はぁ…………」

途方も無い疲労感が龍也を襲う。
襲い掛かって来た疲労感に影響される形で足が震え始め、膝から崩れ落ちるのを耐え様としていると龍也は何歩か後ろに下がってしまい、

「……ッ」

下がった先に在る壁に激突し、壁を背にしながら尻餅を付く形で崩れ落ちてしまった。
立つ事さえ儘ならない程に疲労してしまったと言う事実に幾らか驚いている龍也の目に、ポタポタと床に落ちていく汗が映る。
目に映った汗から、汗を零している事を自覚した龍也は気付く。
今の自分の状態は、初めて四神の力を解放出来る様になった時と酷似していると言う事に。
だが、今は四神の力を長時間解放した状態を維持していてもそれだけでは疲労感は殆ど感じられない。
だと言うのに、今回はものの数秒で出した仮面が崩壊して疲労困憊と言う状態になった。
と言う事から、

「要はまだ、使いこなせていないって訳か……」

まだもう一人の自分の力を使いこなせていないと言う事を龍也は実感し、溜息を一つ吐く。
そして、これは骨が折れるぞと思った。
何せ四神の力を解放出来る様になった時と比べたら持続時間は圧倒的に短く、疲労感は圧倒的に大きいからである。
これでは、旅の道中で使いこなせる様にすると言うのは難しいだろう。
何故かと言うと、この疲労感の後に最下級妖怪数体に襲われると言う事態になっただけでも非常に不味いからだ。
が、リスクはどうであれこれも自分の力であるので使いこなせる様にしなければ意味がない。
となれば、

「……暫らく修行が必要か」

修行が必要であると龍也が結論付けた瞬間、

「ちょ、一寸!! 大丈夫!?」

大丈夫かと言う言葉と共に誰かが慌て気味に龍也へと近付いて来た。
何者かが近付いて来た事に気付いた龍也は、顔を近付いて来ている者が居る方に向ける。
顔を向けた龍也の目には、

「鈴仙……」

鈴仙の姿が映り込む。
映った鈴仙の姿から、近付いて来ていた者が鈴仙であると言う事を龍也が認識すると、

「鈴仙……じゃないわよ!! 貴方、一体に何したの!?」

強い声色で何をしたんだと言う問いを鈴仙は龍也に投げ掛けた。
問いを投げ掛けて来た鈴仙の剣幕が凄まじかった為、

「いや、一寸……」

龍也は言葉を詰まらせながら何かを言おうとする。
しかし、

「一寸じゃないわよ!! 貴方、怪我人だって自覚有るの!?」

言い切る前に鈴仙は龍也に顔を近付け、怪我人だと言う自覚は有るのかと聞く。

「いや、永琳からはもう傷は殆ど塞がったって……」

鈴仙の剣幕に押されているからか、龍也は弱々しい声色で永琳から傷は殆ど治っていると言う言葉を掛けられた事を話す。
話した内容の中に鈴仙の師匠である永琳の名を出したので、これで鈴仙の剣幕も弱まるだろうと言う希望を龍也は抱いたのだが、

「だからと言って、そんなになるまで無茶して言い訳ないでしょ!! さっき師匠から聞いたけど、今日意識を取り戻したばかりの癖に!!」

抱いた希望は無常にも砕け散ってしまった。
まだまだ未熟と言えど、鈴仙は永琳の弟子で一応は医者だ。
医療に携わる者として一ヶ月以上も寝た切りだった患者が、起き抜け早々に疲労困憊の状態になっていたら怒りたくもなるだろう。
兎も角、鈴仙の剣幕に押されっ放しの龍也は、

「あ、はい。すいませんでした」

取り敢えず、謝罪の言葉は発した。
発せられた謝罪の言葉を受け、幾らか落ち着いたからか、

「……兎に角、部屋に戻ってゆっくり休む事」

幾らかの優しさが感じられる声色で、鈴仙は龍也に戻って部屋でゆっくり休む様に言う。
この疲労感を何とかする為にも、鈴仙の言う通り休むのが一番だと龍也は判断し、

「分かったよ」

分かったと言う言葉と共に立ち上がった。
だが、

「……っと!!」

立ち上がって直ぐに倒れそうになったので、龍也は慌てて壁に手を付ける。
どうやら、まだ膝が震えている様だ。
これでは歩いて部屋に戻る事は不可能だろう言う判断をした鈴仙は仕方が無いと言う表情いなり、

「はぁ……ほら、肩を貸して上げるから」

溜息を一つ吐いて龍也の腕を自分の肩に回させた。
鈴仙に手を煩わせる形になったからか、

「悪いな」

つい、悪いなと言う言葉を龍也は鈴仙に掛ける。
すると、

「別に良いわよ。一応、貴方はここの入院患者なんだしね。さ、早く行く行きましょ」

気にしていないと言う返答と共に、早く行こうと促して来た。
促されたのと同時に龍也が足を動かすと、鈴仙も足を動かし始める。
二人揃ってと言うよりは、龍也は鈴仙に支えられる形ではあるが。
ともあれ、そんな感じで足を進めている龍也と鈴仙の二人は、

「そういや、腹減ったなぁ……」
「まぁ、一ヶ月以上も寝てたからねぇ。栄養自体は点滴で摂らせていたけど」
「つー訳で、何か食う物無い?」
「食べる物って言っても、あんたは一ヶ月以上は寝てた訳だし。内臓が弱っているだろうから、胃に優しい物位しか持って来れないわよ」
「えー」
「文句言わないの。ま、師匠から許可が出たら好きな物を食べて良いと思うわ」
「そっか。なら、その胃に優しい物を食ったら永琳に診て貰うかな」
「……って、食べる気満々なのね」
「駄目か?」
「別に良いわよ。そろそろお昼ご飯を作ろうと思っていたところだったから、作る物が一種類増えたとしてもどうって事無いしね」
「あ、もう昼なのか」
「ええ。そう言った意味じゃあ良いタイミングで起きたかも知れないわね」
「ほー……」
「兎に角。後でご飯は持って行って上げるから部屋に着いたら大人しく待ってる事。良いわね」
「あいあい」

軽い会話を交わしながら龍也が寝ていた部屋まで向かって行った。






















お昼を食べた後。
龍也は永琳の診察を受けた。
診察を受けた理由は、勿論普通のご飯を食べても良いのかを知る為だ。
ともあれ、診察の結果は問題無しとの事。
つまり、普通の食事を食べて良いと言うお墨付きを貰ったのである。
そして、それから幾らか時間が流れて夕食時になった頃。
永遠亭に住まう者達の好意で、龍也は夕食を御馳走になる事なった。
なのだが、

「はい、あーん」

何故か、

「ほら、どうしたの? 口を開けて」

輝夜が龍也に夕飯を箸を使って食べさせ様としているのだ。
どうして輝夜がこんな事をして来たのか分からないので、

「……何の真似だ?」

輝夜に何の真似だと言う問いを龍也は投げ掛けた。
投げ掛けられた問いを受けた輝夜は、

「あら、今日目が覚めたばかりである貴方にご飯を優しく食べさせて上げ様と思っただけなのに……そんな言い方酷いわ」

ヨヨヨと言う声が聞こえて来そうな動作で泣き崩れ、龍也の為にやっているのと漏らす。
初見の者ならば、今の輝夜を見たら罪悪感に駆られるであろう。
だが、何度も輝夜に騙された龍也は罪悪感を抱く事無く、

「流石にもう騙されないぞ」

もう騙されないと言い切った。

「あら、残念」

引っ掛からなかったからか、残念と言いながら輝夜は表情を元に戻しながら体勢を整え、

「なら、正攻法でいくしかないわね」

正攻法でいくしかないと呟く。

「正攻法?」

呟かれた内容が耳に入った龍也が、また色仕掛けでもして来るのかと予想した瞬間、

「私に借りを返すと言う事で、大人しく私からご飯を食べさせられなさい」

予想していた内容を裏切るかの様に、輝夜は借りを返すと言う事で自分にご飯を食べさせられろと言う案を出して来た。
借りと言う単語が出て来たからか、

「……借り?」

龍也はつい首を傾げてしまう。
輝夜に借り何て在ったかと思いながら。
そんな龍也の心中を察した輝夜は一息吐き、

「貴方が何時も着ている服、私が修繕して上げたのよ」

龍也が何時も着ている服を修繕したのは自分であると言う事を龍也に教える。

「……え?」

教えられた内容を理解した龍也は間の抜けた表情になりながら、永琳、鈴仙、てゐの方に顔を向けた。
顔を向けられた三人は同時に頷いた為、龍也はつい信じられないと言った表情で顔を輝夜の方に戻す。
戻された際の龍也の表情を見て、

「何よ、その信じられないって顔は?」

若干不機嫌な表情を輝夜は浮かべた。
今見せた自分の反応で輝夜が不機嫌になった事は龍也にも分かったのだが、

「いや、だってなぁ……」

撤回の言葉が出て来ず、言葉を詰まらしてしまう。
はっきり言って、輝夜がボロボロの衣服を修繕しているイメージが龍也には湧かなかったからだ。
咲夜やアリスと言った者達ならば、簡単にイメージ出来るのだが。
ともあれ、言葉を詰まらせた龍也が何を考えているのか察した輝夜は、

「只長く生きるのも退屈でね。永琳が外に出してくれなかったから暇潰しに色々やったのよ。料理、華道、書道、弓術、盆栽等々。裁縫もその一つ」

従者である永琳が外に出してくれなかったので、暇潰しに色々と修めた事を語る。
永遠亭の面々が起こした偽者の月が天を支配する異変より前までは、月に住まう者達から自分達の存在を隠す為に永遠亭の者達は他との接触を極力断っていた。
取り分け、その中でも輝夜は永琳に取って何が何も護りたい存在。
蓬莱山輝夜と言う存在を外部に曝すのを避ける為、外出禁止令を永琳が輝夜に出すのは当然なのかもしれない。
まぁ、異変の後に幻想郷に居るのであれば月に住まう者達の事で心配する必要は無いと言うのが分かったのだが。
兎も角、語られた事から輝夜が自分の服を修繕したと言う情報に信憑性は有ると龍也が考え始めた時、

「で、貴方は受けた借りを返さずにいられるタイプかしら?」

挑発する様な視線を輝夜は龍也に向ける。
挑発に乗る乗らない置いとくとして、龍也の心情的に借りを返さないと言う選択肢は存在しない。
龍也としては、容易く挑発に乗る様な感じで少々癪であったのだが、

「……分かったよ」

大人しく輝夜から夕食を食べさせて貰う事にした。
すると、

「はい、あーん」

早速と言わんばかりに輝夜は笑顔で龍也にご飯を食べさせ様と、食べ物を箸を使って差し出す。
そして、差し出された食べ物を龍也が食べた刹那、

「どう、美味しい?」

美味しいかと言う事を輝夜は聞いて来た。
味に関しては文句が無い。
もっと言えば、一ヶ月振りに食べた普通のご飯であるからか余計に美味しく感じている。
だからか、

「ああ」

肯定の返事を龍也は返す。
その後、

「にしても、何でお前は俺に構いたがるんだ?」

ふと、疑問に思った事を龍也は輝夜に尋ねてみる事にした。
尋ねられた輝夜はシレッと表情で、

「ああ、それは簡単。貴方が私に求婚して来た男達と全然違うからよ」

龍也に構いたがる理由を説明する。
要するに面白半分、興味半分なのだろう。
文字通り、腐る程の数の男達に求婚された経験が在る輝夜。
求婚して来た男達とは全然違うタイプの龍也は、輝夜の目には新鮮に映っているのだろう。
数多と言える程の男に求婚される何て、お姫様みたいだなと龍也が思ったが、

「……ああ、お姫様だったな。お前」

思ったのと同時に輝夜が本物のお姫様である事を思い出し、その事を呟く。
呟かれた内容が耳に入ったからか、

「ええ、お姫様なのよ。私」

お姫様である事を輝夜は肯定し、

「ほらほら、もっと嬉しそうにしなさいよ。このかぐや姫様にご飯を食べさせて貰う何て、当時でも滅多に無かった事よ」

もっと嬉しそうにしろと言い出した。
ここで輝夜が言って来た事を無視したら面倒な事になりそうなので、

「はいはい。かぐや姫様の食べさせて貰えて俺は天下一の幸せ者ですよ」

適当な事を言って龍也は場を濁す。
こうして、龍也は輝夜にご飯を食べさせられる形で夕食を取っていく事になった。























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