「うーん……」

目を覚ました龍也は、上半身を起こしてボケーっとした表情で正面を見据える。
それから少しすると龍也は周囲の様子を探る様に顔を動かし、

「……ああ、慧音先生の家に泊まったんだっけか」

慧音の家に泊まった事を思い出す。
今居る場所が何所であるかと言う事を思い出した龍也は、リラックスしたかの様に両腕を伸ばしたり腰を回したりしていく。
そんな感じで軽いストレッチを行ない、ある程度眠気が吹き飛んだ辺りで龍也は布団から抜け出し、

「ふあ……ああ……」

立ち上がりながら上半身を伸ばして体を覚醒させ、借りていた部屋を後にして居間に向けて移動を開始する。
そして、龍也が居間に着いた時、

「おはよう、龍也君」

台所の方から朝の挨拶の言葉が聞こえて来た。
おそらく、慧音が朝食を作っているのだろうと龍也は考えつつ、

「おはようございます、慧音先生」

慧音に朝の挨拶を返す。
お互い、挨拶の言葉を交わした後、

「もう少ししたら朝ご飯が出来るから、洗面所の方で顔を洗って来ると良い」

朝食がもう少ししたら出来るので、洗面所で顔を洗って来ると良いと言う事を慧音は口にする。
当たり前の様に慧音が自分の分の朝食を用意してくれているからか、

「あ、何かすみません。俺の分まで用意して貰って」

何処か申し訳無さそうな表情を龍也は浮かべてしまう。

「何、一人分追加する程度なら大した手間では無いからね。気にする必要は無いよ」

申し訳無さそうな表情になっている龍也に慧音が気にする必要は無いと言ってくれたので、龍也は表情を戻し、

「ありがとうございます。取り敢えず顔を洗って来ますね」

礼の言葉を述べながら口にされた通り顔を洗って来る事を決め、洗面所へと向って行く。
洗面所に着くと水が入った桶を発見したので、その桶の水を使って龍也は顔を洗う。
顔を洗い終えた龍也が居間に戻ると、卓袱台の上に朝食が並べられている事が分かった。
因みに、並べられている朝食は白いご飯、味噌汁、焼き魚、漬物と言った感じの和食である。
ともあれ、戻って来た龍也に気付いた慧音が、

「さぁ、座ってくれ。食べよう」

朝食を食べる様に促して来た為、

「はい」

龍也ははいと返事をして卓袱台の前に腰を落ち着かせた。
そして、

「「いただきます」」

龍也と慧音はいただきますと言って朝食を食べ始める。






















朝食を食べ終えた後、

「ご馳走様でした」

そう口にしながら龍也は箸を茶碗の上に置く。
それに対し、

「お粗末様。昨日もそうだったが、龍也君は男の子だからか沢山食べるね。普段よりも多めに作って置いて良かったよ」

慧音はお粗末様と返しながら普段よりも多めに作って置いて良かったと呟く。
態々自分の為に作る量を増やしてくれた事を知った龍也は、

「何か、すみません……」

また何処か申し訳無さそうな表情になってしまったが、

「何、気にする事は無いさ。それに、私も一人で食事を取るのでは無く龍也君と一緒に食事を取れて楽しかったしね」

気にする事は無いと言う事を慧音が述べてくれたからか、龍也の表情は元に戻った。
その後、慧音は空になった食器を持って台所に持って行こうとしていたので、

「あ、洗い物位でしたら俺が……」

洗い物なら自分がすると言いながら龍也は立ち上がろうとする。
が、

「いや、構わないよ。龍也君はお客様何だから、気にせず居間で寛いでいると良い」

慧音からそう返されてしまった為、龍也は立ち上がるのを止めた。
お客様である自分に手伝わせる訳にはいかないと言う慧音を気持ちを感じ取ったからだ。
色々と気を使わせて貰っている様で若干申し訳無さそうな気持ちに龍也がなっている間に、慧音は空になった食器を持って台所へと向かって行く。
台所へと慧音が向かって食器洗いをしている中、龍也は両足を伸ばしながらのんびりし始める。
そんな時、

「……ん?」

隅の方に"文々。新聞"が転がっているのが龍也の目に映った。
慧音が台所から戻って来るまで暇と言う事もあり、龍也は"文々。新聞"を手に取り、

「えーと何々……『人里でプリズムリバー楽団のライブが開催!!』か。って、これ昨日の事じゃねぇか。しかも写真付き。情報早いな、あいつ。となると、
文もライブを見ていたのか? まぁ、昨日はライブチケットを必要としないライブだったから立ち見でもしてたのかね?」

"文々。新聞"の内容を読み進めていく。
読み進めていきながら新聞に成る早さに幾らか驚いていると、

「ん、他にもまだ記事が在るな」

プリズムリバー三姉妹のライブ以外にも記事が在る事に龍也は気付く。
なので、龍也は他の記事も読み進めていき、

「んっと……『人里から抜け出し、人里外で野良妖怪に襲われていた絶体絶命の人間の子供!! その子供を幻想郷の旅人、四神龍也さんが救う!!』か。
って、あいつこの事も記事にしてたのかよ。てか、これも写真付きだし。文の奴、絶対あの時……てかライブの後からずっと俺を付けてたな」

読んでいる中でまた驚きつつ、プリズムリバー三姉妹のライブの後からずっと自分を付けていたなと言う確信を龍也は得た。
得た確信から怒りを覚えるよりも、龍也は感心を覚えてしまう。
何故かと言うと、付けられている事に全く気付けなかったからだ。
まぁ、今回の"文々。新聞"に載せられている写真は隠し撮りされたと思われるものばかり。
文としても龍也に気付かれない様に行動していたと考えられるので、龍也が気付けなかったのも仕方が無いだろう。
気付けなかったのは文が高々度を飛行していたからではと言う事を龍也が推察している間に、

「お待たせ」

食器洗いを終えた慧音が台所から戻って来た為、読んでいた"文々。新聞"を畳の上に置いて龍也は慧音の方に顔を向ける。
すると、

「はい」

慧音は包みを龍也に手渡した。
手渡された包みを受け取った龍也は、

「これは?」

少し疑問気な表情になりながら首を傾げてしまう。
そんな龍也に、

「おにぎりを作ってみたんだ。良かったら、お腹が空いた時にでも食べてくれ」

包みの中身がおにぎりである事を慧音は教え、良ければお腹が減った時にでも食べてくれと口にする。

「何か……すみません。色々と気を使わせてしまって……」
「龍也君が気にする事じゃないさ。私が好きでやってる事だしね」

色々と気を使わせている事を実感した龍也が何処か申し訳無さそうな表情になると、自分が好きでやっている事なので気にする必要は無いと慧音は返す。
そう返された龍也は表情を戻し、気持ちを入れ替えるかの様に、

「ありがとうございます、慧音先生。後で頂かせて貰います」

礼の言葉を伝えた。
伝えられた礼の言葉を受けた慧音は軽い笑みを浮かべ、

「うん、どういたしまして」

どういたしましてと言う言葉を紡ぐ。
そして、

「さて、私はそろそろ寺子屋に向うが……龍也君、君はどうする?」

そろそろ寺子屋に向かわなければならないと言う事を慧音は龍也に教え、龍也はどうするのかと問う。
これから慧音が寺子屋に向かうと言う事は、慧音の家は家主不在と言う事になる。
だと言うのに、家主でも無い龍也がこの家に居座る訳にもいかないだろう。
だから、

「なら、俺もそろそろ行きますね」

自分もそろそろ行くと言う事を龍也は決め、立ち上がる。
その後、龍也と慧音は防寒具を着込んで外に出て、

「そう言えば、毎日毎日授業内容を考えるのは大変じゃないですか?」
「うーん、大変と言えば大変だが言う程ではないかな。何かを教える事と言うのは割と好きだしね」
「成程、好きな事だから苦にならないと言う事ですか」
「そう言う事になるのかも知れないね。実際、寺子屋で教鞭を振るうのに苦を感じた事は無いし」
「となると、慧音先生に取って教師と言うのは天職なのかも知れませんね」
「はは、そう言って貰えると嬉しいよ。処で龍也君、寺子屋で教鞭を振るって見る気は無いかい?」
「俺がですか?」
「うん。龍也君は子供達に好かれているし、向いていると思うんだ」
「子供達に好かれているからと言っても良い教師になれるとは限りませんよ。一対一でなら兎も角、一対多で何かを教えると言うのは俺に向いているとは
思えませんし。それに、今はこうやって色々な所に行ったりする方が楽しいですしね」
「そうか、それは残念だ」
「と言うか、教師だったら俺よりも妹紅の方が向いているんじゃないですか? 妹紅って、何だかんだで面倒見が良いって感じですし」
「妹紅には前に……永遠亭の存在が知られる様になってからその事に付いて提案して見たんだ。まぁ、断られてしまったが」
「何となく予想はしていましたが、やっぱりですか」
「妹紅は余り人と余り係わろうとしないからなぁ。まぁ、優しい奴ではあるんだけどね」

人里の里内を歩きながら雑談を交わしていく。
それから幾らかすると分かれ道に辿り着いた為、慧音は足を止め、

「さて、寺子屋の道はあっちだが里の出口はあっちだね」

寺子屋への道と人里の出口への道を指でさして龍也に教える。
教えられた内容を受けた龍也は慧音に倣う形で足を止めて慧音の方に向き直り、

「昨日今日と、ありがとうございました」

改めてと言った感じで礼の言葉と共に頭を下げた。

「何、私の方も楽しかったよ」

龍也からの礼に慧音がそう返すと、龍也は頭を上げ、

「それでは、また」
「うん、また。旅の道中、気を付けて」

龍也と慧音は軽い挨拶の言葉を掛け合い、それぞれが行くべき場所へと向かって行く。






















人里を後にしてから暫らく。
少々小腹が空いて来た龍也は近くに合った岩の上に腰を落ち着かせ、慧音に作って貰ったおにぎりを食べ始める。
食べ始めてから少しすると、

「酸っぺ」

酸っぱいと言う感想が龍也の口から出て来た。
どうやら、慧音が作ってくれたおにぎりの具は梅干であった様だ。
更に言えば、この梅干は予め種が抜かれていた。
おそらく、旅をしている龍也に気を使って慧音が梅干の種を抜いてくれたのだろう。
何せ、旅をしている最中に都合良くゴミ箱やゴミ捨て場が見付かるとは限らないであろうから。

「そういや、酸っぱい物は疲労回復に良いって聞くな」

ふと、酸っぱい物は疲労回復に良いと言う事を龍也は思い出す。
この辺りも気を使って、おにぎりの具を梅干にしたのであろう。
色々と気を使ってくれた慧音に龍也は内心で感謝しつつ、残りのおにぎりも食べていく。
そして、全てのおにぎりを食べ終えた龍也は、

「ご馳走様」

ご馳走様と言う言葉と共に龍也は包みを仕舞いながら立ち上がり、岩の上から飛び降りて地に足を着ける。
地に足を着けた龍也は、目の前の方向へと足を動かし始めた。
目的地など決めずに適当に進んでいる為、先に何が在るのかは龍也にも分からない。
だが、龍也はそれで良いと思っている。
何故ならば、先に何が在るか分からない方が楽しいからだ。
まぁ、これは何時も通りであるが。
兎も角、そんなこんなで足を進めている龍也の目に、

「……ん?」

女性の後ろ姿が映った。
映った女性の後ろ姿に見覚えが在った為、龍也は記憶を探っていき、

「……レティ?」

探った記憶の中から出て来た名を、龍也は口にする。
口にされた名が耳に入った女性は振り返り、

「貴方は……龍也じゃない」

振り返った先に居る龍也の名を紡ぐ。
どうやら、龍也の目に映った女性はレティで合っていた様だ。
取り敢えず、互いが互いの存在を認識した後、

「久しぶりだな」
「ええ、久しぶりね」

龍也とレティは久し振りと言う言葉を掛け合いながら近付き、

「確か、冬以外はどっかに隠れているんだっけ?」
「ええ、そうよ。冬以外の季節は調子が出なかったり調子が悪かったりするからね」
「で、冬の今は?」
「絶好調」
「だろうな。見ただけで好調そうだって事は分かるし」
「あら、そうなの?」
「ああ」
「それは……一寸恥ずかしいわね」
「そうなのか?」
「そうなのよ。それより、龍也は相変わらず幻想郷を旅して回っているの?」
「ああ」
「ほんと、良くやるわねぇ。体一つで幻想郷を旅する何て」
「それ、言われる事が多いけどそんなにか?」
「そりゃねぇ。普通の人間が貴方の様な事をしたら、一日も経たずに妖怪のお腹の中よ」
「あー……確かに。一対一なら兎も角、複数の妖怪に同時に襲われでもしたら不味いか」
「不味いじゃなくてアウトよ。まぁ、人里の自警団の人間ならそれでも少しの可能性は有るでしょうけど」

雑談を交わしていく。
それから少し経った辺りで、

「折角だし、再会を祝して私と弾幕ごっこをしない?」

折角だから弾幕ごっこをしないかと言う提案がレティからされる。
そう提案された龍也は少し悩んだものの、

「良いぞ」

弾幕ごっこをし様と言うレティの提案を受け入れた。
自分の提案を受け入れて龍也に、

「ありがとう、龍也」

レティは嬉しそうな表情を浮かべながら礼を言い、空中へと躍り出る。
空中へと躍り出たレティを追う様に龍也も空中へと躍り出た。
空中に出た二人はどんどんと高度を上げて行き、ある程度の高度に達した辺りで二人は高度を上げるのを止めて間合いを取る。
そして、

「いくわよ」
「ああ、来い」

レティと龍也の弾幕ごっこが始まった。
弾幕ごっこが始まると、先ずは様子見と言った感じの弾幕を二人は放つ。
放たれてた弾幕の一部は相殺し合ったものの、それでも無数の弾幕が二人に向かって行った。
とは言え、放たれた弾幕は様子見感覚で放たれたもの。
その程度の弾幕に当たる程未熟では無いからか、迫り来る弾幕を二人は余裕が感じられる動きで避けていく。
そんな中、

「あら、前に私と弾幕ごっこした時よりも随分と弾幕の放ち方が上手くなったじゃない」

レティから弾幕の放ち方が上手くなったと言う称賛の言葉が口にされた。

「そいつはどうも」

口にされた称賛の言葉に龍也はどうもと返し、放つ弾幕を密度を濃くしていく。
迫り来る弾幕が濃くなって来たの感じたレティは、龍也の弾幕に応えるかの様に放っている弾幕の密度を濃くし始める。
二人して弾幕の密度を濃くした事で、二人に迫る弾幕の量が増大した。
となれば、今までの様に余裕が感じられる動きで回避行動を取る事が出来なくなってしまうだろう。
事実、弾幕を避けている龍也とレティの回避行動の取り方に変化が現れているし表情にも真剣さが表れて来ている。
だが、だからと言ってそれが決定打になる事は無かった。
何故かと言うと、弾幕が掠る事は在っても直撃だけはしていないからだ。
直撃の一つでもしたらバランスが崩れ、状況も変わるだろうがそれが無いのなら状況も変わりはしない。
ともあれ、何時までも動かない状況を維持するする気は無いからか、

「ふーむ……これじゃ埒が開かないわね」

埒が開かないと言う言葉を零しながらレティは一旦弾幕を放つのを止め、懐に手を入れた。
懐に手を入れたレティは懐からスペルカードを取り出し、

「寒符『コールドスナップ』」

スペルカードを発動させる。
スペルカードが発動すると、レティの周囲に目に見えて分かる程の冷気が現れ、

「ッ!!」

冷気の中から大量の弾幕が放たれて来た。
現れた冷気を隠れ蓑にするかの様に放たれた弾幕に反応が遅れてしまった為、龍也は反射的に弾幕を放つのを止めて距離を取るかの様な回避行動を取る。
距離を取りながらの回避行動が幸を成した様で龍也は弾幕に当たる事は無く、距離を取った事で余裕も出て来た。
これならば、この儘反撃に転ずる事も可能であろう。
そう思いながら龍也はレティに狙いを定め様としたが、

「何……」

現れていた冷気の量が増え、レティの姿を覆い隠してしまった。
レティの姿が隠れてしまった事で狙いを定められなくなってしまった為、狙いを定める事からレティの居場所を見抜くと言う行為に龍也は自分の行動を移行させる。
すると、

「ッ!!」

再び冷気の中から大量の弾幕が放たれて来た。
迫り来る大量の弾幕を前にレティの居場所を見抜く事に集中出来る筈も無く、レティの居場所を探り当てるのを後回しにするかの様に龍也は再び回避行動を取り始めた。
先程までとは違い、距離を取らずにではあるが。
まぁ、先程と違って今回は距離に余裕が在るのだ。
態々距離を取る必要は無いと言う事であろう。
ともあれ、そんな感じで回避行動を取りながらチャンスを伺っていた時、

「これは……」

龍也は気付く。
周囲がレティの放った弾幕で囲まれていると言う事に。
この状況化で下手に動いて自分を囲んでいる弾幕に当たって動きを鈍らせ様なものなら、冷気の中から放たれる弾幕の直撃を受けるのは必至。
回避する際に余り大きな動きを取る事は避けなければと考えながら、慎重さが感じられる動きで龍也は回避行動を取っていく。
だが、今までと違ってチャンスを伺うと言う事はしていない。
何故かと言うと、回避行動に以外に意識を向けてしまったら被弾してしまう可能性が濃厚であるからだ。
しかし、この儘ではジリ貧である。
だからか、

「落ち着け……落ち着けよ……」

落ち着けと言う言葉を龍也は自分に言い聞かせ、軽く深呼吸をして気分を落ち着かせていく。
深呼吸をしてある程度気分が落ち着いた後、改めてと言った感じで龍也は現在の状況を確認しに掛かる。
確認すると冷気の中から放たれる弾幕に、自分が弾幕に囲まれていると言う事が分かった。
が、言い方を変えたら弾幕発射のタイミングが分からず移動制限がされていると言うだけ。
これならば幾らでもやり様は在ると龍也が思い直した刹那、

「ッ!?」

レティから放たれた弾幕の直撃を龍也は受け掛けてしまった。
別に龍也がミスをしたとか集中力を切らしたとかと言う訳では無い。
ではどう言う事かと言うと、絶え間無く生み出されている冷気が周囲の気温を下げて龍也の動き鈍らせてしまったのだ。
レティの弾幕に気を取られた過ぎた事で気温の低下に気付けなかった自分自身の間抜けさに龍也は呆れつつも、一寸した脅威を覚えた。
龍也が着ている防寒具はアリスに作って貰った特別製。
はっきり言って、そこ等の防寒具よりも遥かに性能が良いのだ。
だと言うのに、動きを鈍らせてしまう程の寒さを龍也は感じてしまっている。
脅威を覚えるのも仕方が無いだろう。
性能の良い防寒具でも遮断し切れない冷気を生み出す辺り、流石は冬の妖怪と言ったところか。
それはさて置き、現状を打破するにはこちらもスペルカードを使う必要が在ると龍也は考えている。
しかし、スペルカードを使おうにもそのチャンスは中々廻って来なかった。
何せ、今の龍也は寒さのせいで動きが鈍っている状態。
これでは、適切なタイミングでスペルカードを使えないと言うもの。
更に言えば、スペルカードを取り出してスペルカードの発動するまでの隙をレティに突かれる可能性が極めて高い。
こんな事ならレティがスペルカードを使った時点で自分もスペルカードを使えば良かったと言う後悔を龍也がした瞬間、

「ぐうっ!!」

再び弾幕の直撃を受け、龍也は体勢を崩してしまった。
大量とも言える弾幕が迫り来る中で、体勢を崩す。
これがどう言う結果を齎すか、分からない龍也では無い。
敗北と言う二文字が龍也の頭に過ぎった刹那、

「……あれ?」

目に映っていたレティの弾幕が何の前触れも無く消失してしまった。
突然とも言える事態に驚いてしまった龍也が思わず目を点にしてしまうと、

「あーあ、時間切れか」

残念さが感じられる声色で時間切れかと言う事をレティは口にする。

「時間切れ?」
「スペルカードには発動していられる制限時間が在るでしょ」

時間切れと言う部分に疑問を覚えた龍也に、レティはスペルカードに制限時間が在る事を語った。
語られた事を受け、

「…………ああ」

龍也はスペルカードの特性を思い出す。
今までやって来た弾幕ごっこではスペルカードの制限時間が来る前に決着が着いた事が多々在り、龍也はその事を失念していた様だ。
取り敢えず、九死に一生を得たと言った感じの龍也が、

「弾幕ごっこのルール……と言うより、スペルカードの特性に助けられたな」

そう呟いたのと同時に、

「それはそうと残念、私の負けね」

自分の負けと言う台詞をレティは零す。

「負けって……まだ全然戦えそうだし、スペルカードだってまだ残ってるだろ」

零された発言が耳に入ったからか、ついと言った感じで龍也はそう言った指摘を行なう。
弾幕ごっこのルール上、気絶と言った様な戦闘不能状態になるか降参宣言にスペルカードを使い切ったと言う状況にならなければ勝敗が決したとは言えない。
だと言うのに、レティは自分の負けだと言う事を言い出した。
そんな感じでレティの負け宣言に疑問を抱いた龍也に、

「実は、スペルカード今の一枚しか持って来ていないのよね」

スペルカードは今の一枚しか持って来ていないと言った事をレティは伝える。

「スペルカード一枚だけで弾幕ごっこを仕掛けて来たって事は、あのスペルカードには自信が有ったって事か」
「別に自信が有った訳じゃ無いのよ。と言うより、今日は弾幕ごっこをする気は無かったし」
「じゃあ、何だって弾幕ごっこを仕掛けて来たんだ?」
「貴方に会えたから……かしらね。前に弾幕ごっこしてから、貴方がどれだけ腕を上げたのか気になってたし」

伝えられた内容を受けた後、龍也とレティは軽い会話を交わし、

「にしても、俺もまだまだだな。どんどん気温が下がっていった事に気付けなかったし」

会話の中で今回の弾幕ごっこの内容を思い返した龍也はまだまだだと言う事を呟く。
もし、体の動きが鈍る前に気温の低下に気付けていたら。
敗北と言う二文字が龍也の頭に過ぎる事は無かったかもしれない。
と言った感じで、まだまだだと思っている龍也に、

「でも、大したものよ。あの寒さの中であれだけ動けたんだもの」

フォローするかの様な言葉をレティは掛けた。

「そうか?」
「そうよ。普通の人間処かある程度腕に覚えの在る人間でも、あの寒さなら凍えて動けなくなってるわ。寒さで痛みを感じる事も無くね」

フォローされた事に一寸した疑問を龍也は覚えたが、それを無視するかの様にレティは並大抵の人間なら凍えて動けなくなっていたと言う事を言い、

「只、覚えて置いてね。冬と言う季節はクリスマス、大晦日、お正月、節分と言った楽しい行事が在る季節じゃない。冬と言う季節は、津々たる寒さが全ての
生きとし生けるものを冷たき永遠の眠りに誘う季節だって言う事を」

真剣さが感じられる目を見ながらそう語る。
ある種の警告とも言えるものを受けた龍也は表情を真面目なものに変え、

「ああ、肝に銘じて置く」

そう返し、思う。
強くなり、出来る事が増えた事で大自然と言うものを甘く見ていたのかも知れないと。
ある意味、今回の弾幕ごっこは寒さと言う自然の恐ろしさを再確認する結果となった。
今回再確認した事を忘れない様にし様と龍也が決意したタイミングで、

「さて、小難しいお話はこれでお終い。これから楽しいお話しをしましょ」

真面目な表情からお気楽さが感じられる表情にレティはなり、楽しくお話しをし様と言い出す。

「お前な……」
「龍也って幻想郷中を旅しているんでしょ。どんな話が聞けるか楽しみだわー」

突然と言える態度の変化に龍也は突っ込みを入れ様としたが、突っ込みを入れる前にレティが龍也とお話しする気満々になってしまった為、

「はぁ……」

溜息を一つ吐き、龍也はレティと話しをし始めた。























前話へ                                          戻る                                              次話へ