龍也が永遠亭で意識を取り戻し、何日か経った日の朝。
永琳から龍也に退院の許可が出された。
だからか、龍也は何処かウズウズしていると言う様な雰囲気を醸し出しながら何時もの学ラン姿に着替えていく。
そして、着替えが終わると龍也は体を動かし、
「……良し」
動かしても全く違和感を感じなかった為、軽い笑みを浮べた。
その後、体を動かすのを止めて龍也は部屋を出てある場所へと向かって行く。
向かって行った先は永琳の部屋。
幸いにも今回龍也が使わせて貰った部屋は前に入院した時と同じ部屋であったので、龍也は永琳の部屋まで迷わずに行く事が出来た。
永琳の部屋の前に辿り着いた龍也は足を止め、襖をノックをする。
すると、
「どうぞ」
直ぐにどうぞと言う返事が部屋の中から返って来た。
返って来た返事を受けた龍也が襖を開き、部屋の中に入ったのと同時に永琳は龍也の方に顔を向け、
「着替え終わったって事はもう出るんでしょ?」
確認を取るかの様にこれからの予定を聞く。
「ああ」
「ここを出る前の挨拶かしら?」
聞かれた事を龍也は肯定しながら襖を閉めて永琳に近付くと、永琳は続ける様にそう尋ねて来た。
「それもあるが、治療代を払って置こうと思ってな」
「治療代を?」
尋ねられた龍也がそれを含めて治療代を払う為だと言う事を口にして来たからか、ついと言った感じで永琳は首を傾げてしまう。
永琳からしたら龍也が幻想郷で過ごしていく為のアイディアを出してくれたお陰で、自分達は幻想郷で過ごせる様になったと思っている。
しかも、そのお陰で永遠亭は幻想郷の中で最も医療に優れた場所であると知れ渡った。
これならば、幻想郷から自分達が排除される様な事態になるのはかなり低いと言うのが永琳の見解だ。
と言った事もあり、永琳は龍也に強い恩義を感じている。
なので、龍也の治療費や入院費と言ったものは永続的に只にしても良いと永琳は考えていた。
そんな永琳の心中を知ってか知らずか、
「ああ。そう言う約束だったとは言っても、前回只で診て貰って置いて今回もって言うのは流石に虫が良過ぎるだろ」
二度も只で診て貰う訳にはいかないと言う主張を龍也は行なう。
「別に気にしなくても良いのに」
「けど、気にしないって訳にもいかないだろ」
行なわれた主張に気にしになくても良いと永琳は返したが、そう言う訳にもいかないと龍也は断言した。
そこまで長い付き合いではないものの、それでも永琳は龍也の性格をある程度理解している。
更に言えば龍也には恩義が在る為、言い包めるよりも引いた方が良いと判断し、
「まぁ、貴方がそう言うのなら……」
龍也から料金を貰う事を決めながら永琳は机に向き直り、机の上に置いて在った紙にペンで何かを書き込み始めた。
永琳が紙に何かを書き込み始めてから少しすると、永琳はペンを机の上に置き、
「はい」
再び体を龍也の方に向け、何かを書き込んでいた紙を龍也に差し出す。
「これは?」
「治療費の請求額とその内約」
差し出された紙を受け取った龍也が疑問気な表情を浮かべると、永琳が紙に書いた内容を教える。
教えられた事を耳に入れた龍也は紙に書かれている文字と数字を見ていく。
その後、財布を取り出して中身を確認しに掛かったのだが、
「……………………………………………………」
財布の中身をしたのと同時に龍也は硬直してしまった。
しかし、それも一瞬。
直ぐに硬直を解いて財布の中からお金を取り出して、
「はい」
取り出したお金を永琳に手渡す。
お金を受け取った永琳は、受け取ったお金を数え、
「確かに」
確かにと言う言葉と共にお金を仕舞った。
どうやら、お金が足りなかったり多かったりと言った事は無かった様だ。
ともあれ、無事に支払いが終わった後、
「永琳、頼みが在るんだけど……」
申し訳無さそうな声色で龍也は永琳に頼みが在る事を口にする。
「私に頼み?」
「……ここでバイトさせて貰えないか?」
口にされた頼みと言う部分を受けて永琳が疑問気な表情を浮かべると、永遠亭でアルバイトをさせて欲しいと言う頼みを龍也はして来た。
「……え?」
「だから、ここでバイトさせて貰えないか?」
頼まれた内容が予想外のものであったのでつい間の抜けた表情を浮かべてしまった永琳に、龍也はもう一度頼み事の内容を内容を述べる。
再び述べられた事で聞き間違いでは無いのを理解した永琳は、
「何でまた?」
何故永遠亭でアルバイトをしたいのかと言う事を龍也に聞く。
すると、
「いや、実は……今の支払いで財布の中身がスッカラカンに成った」
少々小さな声で龍也は今の支払いで財布の中が空に成った事を話す。
「…………そう言う事なら、お金返しましょうか?」
「いやいや、そう言う訳にもいかないだろ」
龍也の懐事情を知った永琳は受け取った代金を返そうかと提案したが、迷う事無く龍也はその提案を受ける訳にはいかないと言って両手を横に振った。
そんな龍也を、
「律儀ねぇ」
永琳は律儀だと称し、
「今まではどうやってお金を稼いでいたの?」
参考程度にと言った感じで龍也に今までどの様な方法でお金を稼いでいたのかと問う。
「稼いではいなかったな」
「あら、そうなの?」
問われた事に龍也が稼いではいないと言う答えを返すと永琳が意外だと言う様な表情を浮べた為、
「ああ。俺が幻想入りした時に携帯電話……外の世界の道具と外の世界のお金とかそう言った物を香霖堂、霖之助さんに売ったんだ。で、霖之助さんは
それをかなりの値段で買い取ってくれてな。そのお陰で今まで金に困った事は無かったんだよ。他にも幻想郷で見付けたって言うか、拾った外の世界の
道具を霖之助さんに売った事が何回か在ったし。まぁ、金を使う機会と言ったら人里で何か買ったり宴会での酒代ばかりって言うのも在るんだけどな」
今までお金を稼がなくても平気だった理由を説明する。
「成程……」
「で、ここでバイトさせてくれるのか?」
「そうね……」
された説明で納得した表情を浮べた永琳に龍也が改めて永遠亭でアルバイトをしても良いかと頼むと、何かを考えるかの様な表情を永琳は浮べた。
そのタイミングで、
「あら、良いじゃない」
良いじゃないかと言う言葉と共に襖が開かれ、何者かが入って来た。
それに反応した龍也と永琳の二人は、襖の方に顔を向ける。
顔を向けた二人に目には永遠亭の主である蓬莱山輝夜の姿が映った。
となると、先程の言葉を発した者は輝夜と言う事になる。
だからか、
「お前、起きてたのか」
少し驚いた表情に成りながら龍也は輝夜に起きていたのかと言う声を掛けた。
そう声を掛けられた輝夜は少し頬を膨らませ、
「失礼ね。起きてたわよ」
失礼だと言う主張をしながら永琳の方に顔を向け、
「別に良いでしょ、龍也を雇っても」
永遠亭で龍也を雇っても良いだろうと言う事を述べる。
永遠亭の主である輝夜が許可を出したのであれば、自分に拒否する権利は無いからか、
「まぁ、輝夜がそう言うのであれば」
龍也が永遠亭でアルバイトする事を認めると言った発言を永琳は零した。
永琳から許可が出たと言う事で輝夜は龍也の手を掴み、
「永琳から許可も取れたし……さ、行きましょうか」
龍也を何処かへ連れて行くかの様に輝夜は歩き始める。
「お、おい」
そんな輝夜に龍也は何かを言おうとしたが、龍也の言い分など知った事では無いと言った感じで輝夜はどんどんと足を進めて行く。
こうして、輝夜に連れられる形で龍也は永琳の部屋を後にする事になった。
輝夜に連れられる形で永琳の部屋を後にし、廊下の端にまで来た龍也は、
「……で、俺は何をやれば良いんだ?」
改めてと言った感じで輝夜に何をすれば良いのかと問う。
問われた輝夜は足を止め、
「先ずはお約束として……はいこれ」
何処からか取り出した雑巾を龍也に手渡す。
手渡された雑巾を受け取った龍也は、
「つまり、雑巾掛けをしろって事か?」
輝夜が自分に何を求めているのかを察する。
その察した事は正しかった様で、
「そ。ここの端からあっちの端までお願いね」
肯定の返事と共に輝夜は雑巾掛けをして欲しい場所を指でさす。
指でさされ、端から端までの部分を目で追った龍也の口から、
「端って……こっからはその端が見えないんだな」
端が見えないと言う台詞が零れた。
零れた台詞が耳に入った輝夜は少し胸を張り、
「ここは広いからねぇ」
何処か自慢するかの様な表情で永遠亭は広いと言う事を語る。
語られた内容から紅魔館も広かったっけと言う事を龍也が思い出している間に、
「で、どうする? やっぱり止める?」
挑発する様な声色で止めるかと言う問いが輝夜から投げ掛けられた。
投げ掛けられた問いが耳に入った龍也は不敵な笑みを浮かべ、
「まさか」
まさかと返す。
龍也は自分からアルバイトをさせてくれと言った身。
であるならば、たかが端が見えない雑巾掛け程度で根を上げる訳にはいかない。
そう思いながら龍也は自身の力を変える。
青龍の力へと。
力の変換に伴って龍也の瞳の色が黒から蒼へと変わった。
同時に、龍也は屈みながら雑巾を右手で床に押さえ付けつつ左手を前方に向ける。
そして、左手の掌から水を軽く放ち、
「……さて、行くか」
長過ぎる廊下の雑巾掛け始めた。
龍也が雑巾掛けを始めてから幾らか経った頃。
見えなくなった龍也が水の放出と雑巾掛けをしながら戻って来ているのが輝夜の目に映った。
そして、戻って来た龍也が輝夜の傍で水の放出と雑巾掛けを止めると、
「あら、お帰り」
輝夜は龍也にお帰りと言う言葉を掛け、
「思っていたよりも随分早かったわね」
早くに終わったなと言う感想を零す。
零された感想が耳に入った龍也は、
「そりゃ、長いだけで廊下は直線だったからな」
そう返しながら立ち上がり、雑巾を持っている右手から水を生み出す。
生み出された水は零れ落ちる事無く形を水球へと変え、その水球に龍也は左手を突っ込んで右手と雑巾を洗い始める。
洗い始めてから少しすると水球が汚れてしまったので、龍也は一旦洗うの中断して汚れた水球を消す。
その後、新しい水球を生み出して右手と雑巾を再び洗い始める。
それを幾らか繰り返すと手、雑巾の両方が綺麗になったので、
「……よし」
水球を消し、序と言わんばかりに雑巾の水分を消す。
後片付けが済んだと言った感じの龍也を見て、
「それにしても、変わった力よね」
龍也の顔を覗き込みながら輝夜は変わった力だと称した。
急にそう称された事で龍也は輝夜の方に顔を向け、
「ん? 何がだ?」
何がだと問いながら疑問気な表情を浮かべる。
そんな龍也に、
「能力を使うと外見的な変化が起こるって事がよ」
変わった力と称した理由を輝夜が教えると、
「そう言われれば……そうだな」
納得した表情になりながら龍也は能力を使用した状態の者達の事を思い出していく。
思い出していくと龍也が浮べた表情の通り、能力を使用しても外見が変化する者の姿は出て来なかった。
となれば、変わっていると称されても仕方が無いのかも知れない。
称された事からその様な結論を龍也が下そうとした瞬間、
「まぁ……鈴仙も能力を使うと少し瞳が輝いたりするから、一概に見た目が変化しないとは言えないけどね」
輝夜から鈴仙の能力使用時の変化に付いて語られた。
語られた内容が耳に入った龍也は鈴仙に能力を使われた時の事を思い返し、
「……ああ、確かにな」
確かになと言う言葉を漏らす。
漏らされた言葉を聞いた輝夜が龍也から顔を離した刹那、
「で、次は何をすれば良いんだ?」
龍也は次にすべき事を輝夜に聞く。
聞かれた輝夜は少し考える素振りを見せたものの、直ぐにそれを止め、
「そうね……付いて来て」
付いて来る様にと言って歩き出した。
歩き出した輝夜の後を追う様にして龍也も歩き出す。
二人が歩き始めてから少しすると、龍也と輝夜は大きな襖の前に辿り着いた。
すると、輝夜が足を止めてしまったので龍也も足を止め、
「ここは?」
この襖は何だと言う事を輝夜に問う。
「私の部屋よ」
問われた事に輝夜は自分の部屋だと答えて襖を開き、中へと入って行く。
自分の部屋へと入って行った輝夜を少しボケッとした表情で見ていた龍也に、
「何やってるの。早く入ってきなさい」
入って来る様に輝夜が言って来たので、
「あ、ああ」
ああと言う返事をして龍也は輝夜の部屋の中に入り、入ったのと同時に豪華な部屋だなと言う感想を抱く。
部屋自体は他の部屋と比べてかなり広いし部屋の構成に使われている素材、家具の類やその他備品の全てが一目見ただけでも高価な物であると解る。
豪華な部屋だと言う感想を抱くのは当然と言えるだろう。
まぁ、お姫様の部屋なのに豪華さが全く感じられなかったら逆に驚きだが。
ともあれ、部屋の中を龍也がキョロキョロと見ている間に輝夜は椅子に座り、
「じゃ、早速肩でも揉んで貰いましょうか」
肩を揉めと言う命令を出して来た。
「了解」
出された命令を了承した龍也は輝夜に近付き、輝夜の肩を揉む。
「んー……もう少し強く」
「あいよ」
「あー……良い気持ち。中々上手いわね」
「そいつはどうも」
それから暫らく、輝夜と龍也の二人の間に穏やかな空気が流れていたが、
「そう言えば……お前って普段は何してるんだ?」
ふと気になったと言う感じで龍也は輝夜に普段何をしているのかと聞く。
「私? そうね……ダラダラして過ごしたり兎と遊んだり盆栽の世話をしたりとか趣味を探してみたりとか色々と……」
「へぇー……意外とって程でもないけど色々やってるんだな」
聞かれた事に対する答えを輝夜が述べると、結構色々な事をやっているの知って少し驚いたと言った表情を龍也は浮かべる。
龍也が驚いているのを感じ取ったからか、
「そりゃね。不老不死の一番の敵は退屈だもの。貴方の様に旅とかしてみたら退屈を感じなくなるかも知れないど、それは流石に永琳が許してくれないだろうし」
色々とやっている理由を輝夜は龍也に話した。
話された内容を受け、妹紅との殺し合いもその退屈を紛らわせるものの一つなのかなと言う事を龍也は考え始める。
輝夜と殺し合いをしていると言う事を以前妹紅から聞いた時、龍也は真剣な想いと言うものが有るのを龍也は感じていた。
であるならば、輝夜も妹紅との殺し合いに何か真剣な想いを抱いているのだろうか。
二人の殺し合いに付いて一寸した興味を抱いている龍也に、
「ねぇねぇ、何か部屋に籠もりながらでも一人で出来る暇潰しって無いかしら?」
部屋に居ても出来る暇潰しは無いかと尋ねる。
尋ねられた龍也は少し考えを廻らせていく。
考えを廻らせたら真っ先にテレビゲームと言ったものが出て来たが、電気が通っている様子が永遠亭には見られないのでボツ。
かと言ってプラモデルと言った物もここには存在していない。
他に輝夜の部屋の中に在りそうな物と言ったらトランプ、花札、将棋、囲碁と言ったところか。
だが、それ等を一人でやると言うのは余りにも寂し過ぎる。
となると、他に部屋に一人で籠もっていても出来そうな事と言ったら、
「……小説を書いたり漫画を描いてみたりするのはどうだ?」
小説を執筆と漫画を描くと言う案が出て来たので、龍也は出て来た案をその儘輝夜に伝えた。
「小説に漫画……」
伝えられた内容に興味を示し始めた輝夜を見て、
「あ、後は永遠亭って大きいから何かのイベントをお前が主催してみるとか」
他にも暇潰しになりそうなものを思い付いた龍也は、それも輝夜に伝えてみる。
「イベント……」
小説や漫画を自分の手で作る、イベントを開催すると言う部分に何か感じる事でも在ったのだろうか。
輝夜は神妙そうな表情を浮かべて何かを考え込み始める。
そして、
「……これは煮詰める必要があるわね」
伝えられた案を煮詰める事を決めながら輝夜は顔を上げ、
「ま、今日のところは龍也で遊ぶか」
これからする事を決めた。
「おい、今俺で遊ぶとか言わなかったか?」
「気のせいよ気のせいよ」
輝夜が決めた事に付いて龍也は突っ込みを入れたが、当の輝夜は満面の笑顔を浮かべながら気のせいだと言って手を振る。
「……はぁ」
相変わらずと言える輝夜の態度に龍也は溜息を一つ零し、思う。
バイト先を間違えたかと。
結局、龍也のこの日はバイトは殆どが輝夜の遊び相手をするだけで終ってしまった。
前話へ 戻る 次話へ