寺子屋でテストの採点を終えた後、龍也は空中を駆ける様に移動していた。
目指している場所は香霖堂。
香霖堂を目指している理由は勿論、ドッチボールに使うボールを探す為だ。
香霖堂と言うより、霖之助のなら多分ボールの一つや二つは所持しているだろう言う事を思っている間に、
「お、着いた着いた」
龍也の目に香霖堂が映った。
すると、龍也は空中から飛び降りて香霖堂の前に降り立ち、
「霖之助さん、居ますかー?」
扉を開いて香霖堂の中に入り、そう言いながら奥の方へと足を進めて行く。
同時に、
「おや、龍也君か。いらっしゃい」
カウンターの方に居た霖之助が龍也の存在に気付き、いらっしゃいと言う言葉を掛けて来た。
「こんにちは、霖之助さん」
掛けられた挨拶に龍也はそう返しながら霖之助に近付き、
「実は探している物が在るんです」
単刀直入にと言った感じで探している物が在る事を伝える。
「探している物?」
「はい。ボールって在りますか?」
伝えられた事を受けて少し驚いた表情を浮かべている霖之助に、龍也は探し物が何であるかを話した。
「ボールかい? 少し待っていてくれ」
龍也が欲している物を知った霖之助は龍也に待つ様に言ってカウンターから離れ、奥の方に向かう。
それから少しすると大き目のダンボールを両手で持った霖之助が戻って来て、
「今ここに在るボールはこれ位だね」
そう言って持っているダンボールをカウンターの上に置く。
カウンターの上に置かれたダンボールの中には沢山の種類のボールが入っていた。
これだけ在るのなら目的のボールも見付かりそうだと龍也は思い、
「結構な数が在りますね」
早速と言わんばかりにダンボールの中を物色し始める。
物色し始めてから少しすると、
「お、在った在った」
探していたゴムボールを龍也は見付け、見付けたゴムボールをダンボールの中から両手を使って取り出した。
取り出したゴムボールは少し力を加えただけで簡単にへこんだので、思いっ切りぶつけたとしても子供が怪我をする事はないだろう。
そんな龍也を見て、
「そう言えば、ボールなんて何に使うんだい?」
ボールを何に使うのかと言う事を霖之助が尋ねて来た。
尋ねられた事を受けて龍也はボールを欲している理由を言っていなかったのを思い出し、
「ああ、実はですね……」
霖之助にボールを欲している理由を説明し始める。
「成程……人里の子供達の為にね……」
「はい、これの結果次第では慧音先生が寺子屋の授業で体育を導入するって言ってました」
された説明を受けて霖之助が納得した表情になると、序と言わんばかりに龍也は補足を行なう。
兎も角、龍也がボールを欲している理由を知った霖之助は、
「ふむ……そう言う事なら只で譲ろう」
只でボールを譲る事を決めた。
「え、良いんですか?」
まさか只で譲ってくれるとは思っていなかったのでついそう聞き返してしまった龍也に、
「うん、構わないよ。それに、龍也君には色々と世話になっているからね」
龍也には世話になっているので構わないと霖之助は返す。
世話と言うのは外の世界の電子機器などの使い方を教えた事であろうか。
ともあれ、折角の厚意を無碍にするのもあれなので、
「分かりました。そう言う事なら」
ゴムボールを只で受け取る事を龍也は決める。
その後、何となくと言った感じで龍也は香霖堂内を軽く見渡してみた。
軽く見渡すと幾つもの服が陳列している場所を龍也は発見する。
発見した服のデザインは幻想郷で作られたと言う感じでは無かった為、
「あれ……外の世界の服ですか?」
確認を取る様に今自分が見ている服は外の世界の服かと言う事を龍也は霖之助に問うた。
「うん、そうだよ」
問われた霖之助は肯定の返事をしてくれたので、龍也は外の世界の服が陳列している所に向かい、
「結構在りますね……」
外の世界の服を見ていく。
そんな時、衣替えでもし様かと言う考えが龍也の頭に過ぎった。
幻想郷に来てからと言うもの、ずっと学ランを着ているのだ。
そろそろ新しい服を着てみたくなっても可笑しくは無いだろう。
だからか、自然と気に入った服を幾つか龍也は手に取った。
少々真剣な表情で外の世界の服を龍也が見ていたからか、
「何か気に入ったのは在ったかい?」
気に入ったのは在ったのかと言う発言が霖之助から発せられる。
「そうですね……幾つかは……」
「何なら、買っていくかい?」
発せられた発言に龍也がそう返すと何か買っていくかと言う事を霖之助は聞いて来た。
永遠亭でのバイト料のお陰で服を何着か買う位は出来るが、いざ買ったとなると財布の中身が少々心許無くなるのは自明の理。
なので、
「んー……もう少しお金が入ったら買いに来ます」
金がもう少し入れば買うと言う返答をしながら手に取った服を戻す。
そして、改めてと言った感じで霖之助の方に向け、
「それでは、また」
またと言う言葉と共に龍也は頭を下げた後、出口へと足を進めて行き、
「またの御来店を」
霖之助からのそんな言葉を背に受けながら香霖堂を後にした。
香霖堂を後にした龍也は空中を駆ける様にして人里、つまり寺子屋への帰路に着いていた。
目的の物は無事手に入れる事が出来たからか、空中を駆けている龍也の表情は満足気なものになっている。
何処かご機嫌とも言える雰囲気を醸し出している龍也の目に、
「お……」
寺子屋が映った。
だからか、龍也は進行速度を緩めながら飛び降り、
「到着っと」
寺子屋の目の前に着地し、足を動かして寺子屋の中に入って行く。
中に入った龍也は職員室と思わしき部屋へと向かい、
「慧音先生、只今戻りました」
そう声を掛けながら襖を開く。
すると、
「お帰り、龍也君」
お帰りと言う言葉を慧音は返してくれた。
そして、龍也が慧音の方に近くに移動した時、
「そろそろ戻って来るだろうと思って、お茶とお茶菓子を用意して待っていたんだ」
お茶とお茶菓子の用意して待っていた事を慧音は口にする。
「あ、何かすみません」
口にされた事を受けて龍也は若干申し訳無さそうな表情になりながらテーブルの方ではなく、卓袱台が置かれている方に向かい、
「よっと」
卓袱台の前で腰を落ち着かせた。
腰を落ち着かせた龍也の反対側に慧音も腰を落ち着かせ、
「それで、龍也君が持っているそれがゴムボールなのかい?」
確認すると言った感じで慧音は龍也に今持っているのがゴムボールなのかと問う。
「あ、はい。そうです」
問われた龍也は肯定の返事をしながらゴムボールを慧音に手渡す。
手渡されたゴムボールを受け取った慧音は、
「ほう、これがゴムボール……」
興味深そうな表情を浮かべながらゴムボールを触っていく。
「これならぶつけ合っても怪我をする事は無さそうだね」
一通りゴムボールを触った慧音は問題無しと判断しながらゴムボールを床に置き、
「それで、幾ら掛かったんだい? お金を払おう」
ボールの代金を払おうとする。
そんな慧音に、
「いや、只で譲って貰ったんでお金は掛からなかったです」
ボールは只で譲って貰った為、代金は要らないと言う返答を龍也は行なった。
「只で譲って貰ったのかい?」
「はい」
只で譲られたと言う事を知って驚いた表情を浮かべた慧音が確認を取ると、取られた確認は正しいと龍也は断言する。
「あそこの店主が只で物を譲るとは……珍しい事も在るものだな……」
正しいと断言された事で慧音は少し意外そうな表情を浮かべるも、
「まぁ、それは兎も角どうぞ」
話を変えるかの様に用意しているお茶とお茶菓子を飲み、食べる様に促す。
人里に来てからと言うもの、何の飲み食いもしていなかった。
小腹も空いて来るのも当然と言えるだろう。
だからか、
「そうですね」
促された事を龍也は受け入れ、お茶とお茶菓子に手を付け始めた。
それを見た慧音もお茶とお茶菓子に手を付け始める。
と言った感じでお茶を飲み、お茶菓子を食べながら二人は雑談を交わしていった。
「ご馳走様でした」
「お粗末様」
お茶を飲み干してお茶菓子を食べ終えた龍也がそう言うと、慧音はその様に返しながら空になった湯飲みとお茶菓子が入っていた皿を手に持つ。
そして、手に持ったそれ等を何処かへと運んで行った。
後片付けなら自分がやろうと思っていた龍也は何処は虚を突かれた表情を浮かべたものの、慧音が戻って来るのを待つ。
待ち始めてから少しすると慧音が戻って来たので、
「それで、他にやる事は何か在りますか?」
他にやる事は在るかと言う問いを投げ掛ける。
投げ掛けられた問いを受けた慧音は少し考える素振りを見せ、
「そうだね……教室と廊下の掃除をし様と思うのだが……良いかな?」
教室、廊下の掃除をしたいと言う案を出した。
「俺は構いませんよ」
「そうか。教室の掃除は私がするから廊下の雑巾掛けを頼めるかな?」
別段断る理由も無いので出された案を了承した龍也に慧音はして欲しい事を口にする。
「分かりました」
口にされた事を受けた龍也が了承の返事をした後、龍也と慧音は二手に分かれてそれぞれの場所へと向かって行く。
さて、廊下の雑巾掛けを頼まれた龍也は先ず雑巾を探し始める。
見付けるまで多少の時間が掛かると思われたが、大した時間を掛けずに雑巾を見付ける事が出来た。
見付けた場所と言うのは廊下の端の隅の方に置かれているロッカーの中。
雑巾を見付けた場所からこのロッカーは幻想入りした物かなと思ったのの、直ぐに思った事を頭の隅に追い遣りながら雑巾を手に取って龍也は自身の力を変える。
青龍の力へと。
力の変換に伴って龍也の瞳の色が黒から蒼へと変わった。
力を変えた龍也は屈みながら右手で雑巾を床に押し付け、左手を前方に向ける。
そして、左手から水を放ちながら龍也は雑巾掛けを始めた。
龍也が雑巾掛けを始めてからそれなりの時間が過ぎた頃。
龍也は、
「よし、終わり」
雑巾掛けを終わらせ、
「あー……思っていたよりも時間が掛かったな」
思っていたよりも時間が掛かってしまったと言う台詞を零す。
寺子屋の廊下は永遠亭の廊下と比べたら圧倒的に短い。
勿論永遠亭の廊下を雑巾掛けした時程の時間は掛からなかったが、それでもそこそこの時間が掛かったのは事実。
では、どうしてそんなに時間が掛かったのか。
その答えは廊下の汚れにある。
永遠亭は廊下が長いから人の行き来が密集している訳でも無いので直ぐ綺麗にする事が出来たが、寺子屋は違う。
永遠亭と比べたら圧倒的に狭い上に人の行き来も密集している。
ならば、頑固な汚れと言うものが出て来るのは当然と言えるだろう。
で、そんな汚れと格闘した結果が雑巾掛けを終わらすまでに時間が掛かったと言う事の答えだ。
ともあれ、雑巾掛けを終えた龍也は水球を生み出し、
「よっと」
生み出した水球に両手と雑巾を突っ込み、雑巾を洗い始める。
汚れた雑巾を洗い始めて少しすれば水球が汚れてしまったので、水球を新しくしてまた雑巾を洗い始めていく。
それを何回か繰り返すと雑巾が綺麗に成ったので、龍也は水球と雑巾の水気を消し、
「ふう……」
一息着きながら自身の力を消す。
力を消した事で瞳の色が蒼から黒に戻ったのを感じ取った龍也は、雑巾をロッカーの中に仕舞う。
そして、慧音が居るであろう教室の方に向かい、
「慧音先生、雑巾掛け終りましたよ」
教室の襖を開きながら雑巾掛けが終わった事を龍也は慧音に報告する。
龍也からの報告を受けた慧音は龍也の方に体を向け、
「もう終ったのかい、随分早かったね」
少し驚いたと言う様な表情を浮かべた。
「能力を使えば水を入れ替えは必要無いですからね」
驚いている慧音に龍也は雑巾掛けが早くに終えれた理由を話し、
「何か手伝う事は在りますか?」
まだ教室内の掃除が終わっていない様だったので、手伝う事は在るかと聞く。
「そうだね……教室を掃除する為に外に出した長机を持って来てくれるかな?」
聞かれた慧音は少し考え、掃除をする為に外に出していた長机を持って来てくれと言う頼みを行なう。
「分かりました」
頼まれた事を龍也は了承しながら視線を窓から見える外に移す。
視線を向けた龍也の目には茣蓙の上に置かれている幾つもの長机が映った。
廊下ではなく外に長机を出したのは、廊下の雑巾掛けをしている龍也の邪魔にならない様に配慮したのだろうか。
そう考えた龍也は慧音に内心で感謝しながら開いている窓から外に出て長机を持って教室に戻り、
「机、何処に置けば良いですか?」
持っている机を何処に置けば良いのかと言う事を尋ねる。
「そうだね……後ろから二列で等間隔で並べてくれるかい」
「分かりました」
尋ねられた慧音がその様な指示を出すと、龍也は出された指示に従う様に机を指定された場所に置いていく。
その後、再び外に出て机を教室に戻すと言う行為を龍也は何度も繰り返す。
何回かそれを繰り返すと、外に出されて長机が全て教室の中に戻された。
これで掃除が全て終わったからか、
「いやー、龍也君が来てくれたお陰で随分早く終ったよ。ありがとう」
慧音は龍也に礼の言葉を述べる。
「別にそれ程大した事はしていませんよ」
述べられた礼に龍也がそう返すと、
「こら。こう言う時は、素直に礼を受け取って置くものだぞ」
慧音から軽い注意をされたしまった。
された注意を受けた龍也は確かになと思い、
「それでは、どういたしまして」
言い直すかの様にどういたしましてと言う返答を行なう。
「うん」
行なわれた返答に応えると言った感じで慧音は笑みを浮かべ、
「それはそうと、お給金の方を渡さなければな」
給金を渡さなければと言いながら自分の財布を取り出し、取り出した財布の中からお金を抜き取り、
「はい」
抜き取ったお金を龍也に手渡した。
「どうも」
手渡されたお金を受け取った瞬間、
「って、こんなにですか!?」
渡されたお金がかなり多かったので、思わず驚いた表情を龍也は浮かべた。
はっきり言って、テストの採点と掃除をしただけにしては貰える金額が多過ぎるのだ。
だからか、
「幾ら何でも、これは多過ぎるのでは……」
多過ぎるのではと言う言葉が龍也の口から紡がれる。
紡がれた言葉が耳に入った慧音は、
「気にしなくて良いよ。その代わり、明日も来てくれるかな。ドッチボールのルールをちゃんと説明出来る者が欲しいからね」
気にしなくて良い事と言った後、可能なら明日も来て子供達にドッチボールの事を教えて欲しいと言う頼みをして来た。
頼まれた内容から多過ぎる給金には明日の分も含まれていたのかと龍也は考え、
「分かりました。ドッチボールの説明は任せてください」
ドッチボールの説明は任せてくれと断言する。
まぁ、断言している中でそれでも給金額は多いのではと思いはしたが。
それはさて置き、受け取ったお金を何時までも手に持っている訳にもいかない。
なので、龍也は受け取った給金を財布の中に仕舞う。
同時に、
「ありがとう、龍也君」
自分の頼みを引き受けてくれた龍也に慧音は改めてと言った感じで再び礼の言葉を述べ、
「ふむ……そろそろ食事するのに良い時間か」
ふと思い出したかの様に食事を取るには良い時間であると零す。
零された事を耳に入れた龍也は、一寸した空腹感を覚えた。
先程茶菓子を食べたが、量としては大した事は無い。
腹が直ぐに空いてしまうのも当然と言うもの。
故に、
「そうですね。ご飯にしますか」
零された発言に龍也は同意する。
そして、龍也と慧音の二人は寺子屋を後にして食事処へと向かった。
食事処で食事を終えた後、龍也は慧音の提案で慧音の家に来ていた。
何故かと言うと、慧音に明日のドッチボールの打ち合わせをし様と提案されたからだ。
その打ち合わせには結構な時間が掛かった為、気付いた頃には日が暮れてしまっていた。
だからか、慧音は自分の家に泊まったらどうだと言う提案を龍也にする。
時間が時間であるからか、龍也はされた提案を受け入れて慧音の家に泊まる事にした。
翌日、慧音の家で朝食を頂いた龍也は慧音と一緒に寺子屋へと向かう。
そして、寺子屋で龍也は子供達にドッチボールを教えた。
因みに、龍也が教えたドッチボールは子供達に大好評であったと言う。
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