龍也が人里の寺子屋でドッチボールの事を教えてから幾日か経ったある日。
龍也は、
「さて、これが今日の分だ」
「ありがとうございます」
慧音から給金を貰っていた。
そう、ドッチボールの事を教えた後も龍也は寺子屋でのアルバイトを続けていたのだ。
「それにしても、龍也君が来てくれたお陰で私も随分楽が出来たよ」
「そこまで大した事はして無いんですけどね……」
龍也のお陰で楽が出来たと言う事を慧音が零すと、大した事はしてい無いと返しながら龍也は人差し指で自身の頬を掻く。
寺子屋でのアルバイトで龍也がした事と言えば、慧音の補佐が殆ど。
例えば慧音の変わりに教材を運んだり、生徒が帰った後に率先して掃除をしたり、慧音が作ったプリントの誤字脱字のチェックをしたり等々。
はっきり言って、龍也がした事で慧音の劇的な助けになったと言う訳では無い。
ともあれ、受け取った給金額を龍也は確認し、
「しかし毎回思うんですが、俺への給金……多過ぎませんかね?」
自分への給金額が多いのではと言う事を慧音に尋ねる。
「これ位は正当な報酬さ」
尋ねられた慧音はそう返しながら一旦言葉を切り、
「それに、龍也君には以前私の生徒達の命を救って貰った事があったからね。その分も入っていると思ってくれて良いよ」
以前龍也が人里の子供達を助けた際の礼金が入っている事を話す。
「別に報酬欲しさで助けた訳では無いんですがね……」
「解っているさ。只、それは私の気持ちだ」
話された事を受けて龍也はそう返したが、慧音にその様に言われた為、
「まぁ……そう言う事でしたら」
これ以上何かを言う様な事をせず、受け取ったお金を財布の中に仕舞う。
その後、
「それで、龍也君はこれからどうするのかな? もう暫らく寺子屋でのアルバイトを続けてみるかい?」
今後の予定を付いて龍也は慧音から問われた。
慧音としてはもう暫らく寺子屋でのアルバイトを続けてくれる事を希望している様だが、
「そうですね……そろそろ別の場所でバイト先を探そうと思います」
龍也本人はバイト先を変える事を希望している様である。
「そうか、もう行ってしまうのか」
それを知った慧音は残念そうな表情になってしまったからか、
「ええ。一つの場所に留まり続けると言うのはどうも性に合わなくて……」
何処か申し訳無さそうな表情を浮かべながら龍也は後頭部を掻く。
そんな龍也を見て、
「落ち着きが無いとも言えるが……龍也君位の年齢だとそれ位が丁度良いのだろうな」
一つの場所に留まるのが苦手なのは落ち着きが無いと取れるが、龍也の年齢なら丁度良いのだろうと言う事を慧音は零す。
零された発言を耳に入れた龍也が若干照れ臭そうな表情を浮かべると、
「大丈夫だとは思うけど、道中気を付けて」
道中気を付ける様にと言う龍也の身を案じる発言を慧音は発した。
「はい。それと色々とお世話を焼いて頂き、ありがとうございました」
発せられた発言を受け取りながら、色々世話になった事に対する礼を述べて龍也は頭を下げる。
下げられら龍也の頭を見て、
「私も龍也君には色々と世話になったからね。お互い様だよ」
自分も龍也の世話になったのだからお互い様だと慧音は返す。
返された内容を頭に入れた龍也は下げていた頭を上げ、
「それでは、また」
軽い別れの挨拶の言葉を慧音に伝えて寺子屋を後にした。
寺子屋を後にして外に出た龍也は空中へと躍り出る。
空中に躍り出た龍也は空中に霊力で出来た見えない足場を作り、作った足場に足を着け、
「さて……」
体を回転させて周囲の様子を確認して行く。
そして、
「行くか」
何となく何かを感じ取った方向に体を固定し、空中を駆ける様にして龍也は体を固定した方向に移動した。
人里を後にした龍也は、紅魔館を目指して空中を突き進んでいた。
紅魔館を目指している理由は勿論、次のアルバイト先を紅魔館に決めたからだ。
それ以外にも、美鈴に組み手を頼んで仮面の力が映姫との戦いで変化したのかどうかを確認して置きたいと言う考えも在るが。
と言った感じで紅魔館に着いてからの予定を頭の中で立てている間に、
「……おっ、見えて来た」
龍也の目に紅魔館が映った。
紅魔館が見えて来たと言う事で龍也は一旦立てていた予定を頭の隅に追い遣り、走り幅跳びの要領で跳躍する。
跳躍した龍也は紅魔館の近くに降り立ち、降り立った場所から歩いて紅魔館に向って行く。
そして、門番をしている美鈴の姿が確りと確認出来る距離にまで来た時、
「美鈴」
龍也は美鈴に声を掛けながら足を止める。
掛けられた声に反応した美鈴は、声が発せられたであろう方に顔を向けた。
顔を向けた美鈴の目には龍也が映った為、自分の名を呼んだのは龍也であると美鈴は判断し、
「こんにちはです、龍也さん」
軽い挨拶の言葉を掛け、
「図書館にご入用ですか?」
図書館に用が在るのかと尋ねる。
「いや、一寸金欠何でここでバイトをさせて貰おうかと思ってさ……」
尋ねられた事を否定しながら龍也は紅魔館にやって来た理由を美鈴に教えた。
「ここでバイトですか……」
「何か問題でも在るのか?」
話された事を受けて難色を示した美鈴に、何か問題が在るのかと言う疑問を龍也は投げ掛ける。
すると、
「問題……と言う程では無いんですが……紅魔館で働いているの妖精メイドの待遇は知っていますか?」
紅魔館で働いている妖精メイドの待遇に付いての話を美鈴は出して来た。
妖精メイドの待遇。
言われて見れば、紅魔館で働いている妖精メイドの待遇を知らない事を龍也は思い出し、
「いや」
そう口にしながら首を横に振る。
そんな龍也に、
「紅魔館での妖精メイドの待遇は制服貸与の三食有り、昼寝、休日、有給無しです」
妖精メイドがどの様な待遇で働いているかを美鈴は簡単に説明し始めた。
された説明を受け、
「うわぁ……」
何とも言えない表情を龍也は浮かべてしまう。
はっきり言って、労働者への対価としては結構酷い部類であると判断出来るからだ。
とは言え、紅魔館で働くと言う事はレミリア・スカーレットの庇護下に入るのと同義。
レミリアの庇護下に入れば、余程の事や自ら危険の中に突っ込む様な事さえしなければ幻想郷での安全は保障されると言っても良い。
であるならば、この様な条件でもマイナスにはなら無いのではないだろうか。
とは言え、ここまでの条件なら紅魔館で働いても給与が払われない可能性が出て来てしまう。
だからか、アルバイト料を得られそうに無いのなら紅魔館でアルバイトをさせてくれと頼むのは止めて置こうか言った考えが龍也の頭に過ぎった時、
「まぁ……お嬢様は龍也さんの事を気に入っていますので、最低でもお給金は出ると思いますよ」
まるで龍也の頭の中を読んだかの様に、レミリアは龍也の事を気に入っているので給金は出るだろうと言う予測を美鈴は語った。
述べられた予測を耳に入れた龍也は、やはり当初の予定通り紅魔館でバイトをする事を決めたのと同時に、
「もう少ししたら咲夜さんが来ると思いますので、ここでアルバイトをするのであれば咲夜さんにそう言えば良いと思いますよ」
後程来る咲夜に紅魔館でアルバイトしたいと伝えれば良いと言う事を美鈴が口にした。
「成程……分かった、ありがとう。それと、美鈴に一つ頼みが在るんだけど……」
色々と情報を教えてくれた美鈴に龍也は礼を言いつつ、少々申し訳なさそう表情で美鈴に頼みが在ると述べる。
「私にですか?」
頼みが在ると述べられた美鈴が首を傾げると、
「ああ。仮面の力をどれだけ使いこなせているか確かめたいんだ。手合わせ……お願い出来るか?」
頼みたい事の中身を龍也は話す。
手合わせなら美鈴としても望むところであるからか、
「ええ、私は構いませんよ」
乗り気だと言う様な表情になりながら美鈴は龍也と手合わせする事に応じ、龍也から間合いを取って構える。
「ありがとう、美鈴」
自分との手合わせを了承してくれた美鈴に龍也は礼を言い、体を美鈴の方に向けて左手を額の方へと持って行く。
そして、左手からどす黒い色をした霊力を溢れ出させて一気に左手を振り下ろす。
すると、龍也の顔面に仮面が現れた。
憤怒した鬼と悪魔を足し合わせてそれを骨にし、目元から米神に掛けて黒い線が走っている白い仮面が。
勿論、現れた変化はそれだけでは無い。
現れた仮面に付随するかの様に龍也の眼球は黒くなり、瞳の色が紫色に変わる。
と言った感じで変化した龍也を見て、
「ッ!!」
以前と比べて仮面を付けた際の霊力の量、密度、禍々しさが大きく上がっている事を美鈴は感じ取った。
単純に龍也が強くなったからそれ等が上がったのか、それとも仮面の力が上がったせいか。
若しくは両方か。
今直ぐにその判断が着きそうに無いので、以前よりも腕を上げたが故と言う結論を一時的ではあるものの美鈴が己の中で下した時、
「いくぜ」
いくぜと言う言葉と共に龍也は大地を駆け、美鈴に肉迫して拳を放つ。
肉迫して来た龍也のスピードが予想よりも速かった事で美鈴は驚くも、反射的に防御の体勢を取る様に両腕を交差させる。
その瞬間、
「ぐっ!!」
放たれた拳は美鈴の腕に当たり、龍也は美鈴を殴り飛ばす。
殴り飛ばされた美鈴は両腕に走った衝撃から、思っていた以上に強くなっていると思いながら両足を大地に着け、
「しっ!!」
大地を蹴って龍也との距離を詰めに掛かる。
龍也との距離を詰め、龍也が自分の間合いに入ったとのと同時に、
「はあ!!」
美鈴は肘打ちを繰り出す。
しかし、繰り出された肘打ちは体を逸らした龍也に回避されてしまった。
だが、肘打ちを回避された美鈴は気にした様子を見せず、
「せい!!」
続ける様にして回し蹴りを放つ。
美鈴としては最高のタイミングで放てたと思える回し蹴り。
が、
「なっ!!」
放った回し蹴りは龍也の腕に防がれてしまっていた。
だからか、驚いたと言った表情を美鈴は浮かべてしまう。
驚いた事で生まれた隙を突くかの様に、
「はあ!!」
回し蹴りを防いでいない方の腕を使い、美鈴の顎目掛けて龍也は掌打を叩き込もうとした。
迫り来る掌打に寸前で気付いた美鈴は、
「くっ!!」
咄嗟に頭部を後ろに倒し、繰り出された掌打を回避する。
回避したと言っても、この儘では龍也の追撃を受ける事は必至。
なので、龍也が次の行動に映る前に美鈴は後ろに跳んで龍也から間合いを取り、
「……ッ!!」
体勢を立て直しながら再度龍也との距離を詰め、
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
正拳突き、裏拳、肘打ち、掌打、前蹴り、回し蹴り、膝蹴り、踵落しなどの連撃を流れる様な動作で繰り出した。
並大抵の者なら何が起こったのか分からない儘全ての攻撃を受けていたであろうが、並大抵の者では無い龍也は別。
何と、繰り出されている連撃を全てを紙一重で回避したのだ。
「ッ!!」
全て紙一重で避けている龍也に美鈴はまたしても驚くも、連撃を繰り出し続ける。
攻める美鈴に避ける龍也。
暫らくの間、そんな状況が続いたが、
「なっ!?」
連撃の中で繰り出していた美鈴の拳が龍也に掴み取られた事でそれも終わりを告げた。
避けている最中に自分の動きを見切ったのかと美鈴が思った刹那、
「はあ!!」
カウンターの要領で龍也は肘打ちを美鈴の腹部に叩き込み、掴んでいた美鈴の拳を離す。
「くっ……」
叩き込まれた肘打ちのせいで美鈴は数歩後ろに下がり、
「ッ!!」
大きく後ろに跳んで龍也から再び間合いを取った。
そして、
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
美鈴は妖力を解放する。
解放された美鈴の妖力に応えると言った感じで、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
龍也も霊力を解放した。
解放された妖力と霊力は相手を押し潰さんと言わんばかりに鬩ぎ合う。
そんな中、龍也と美鈴の二人はジリジリと間合いを詰めて行き、
「「……ッ!!」」
ある程度距離が詰まった辺りで二人は同じタイミグで駆けて拳を振り被り、
「「はあ!!」」
振り被った拳を二人はこれまた同じタイミングで放ち、二人の拳と拳が激突した。
拳と拳が激突した事で大きな激突音と衝撃波が発生し、発生した激突音と衝撃波は辺りを駆け巡る。
それから少しすると、
「随分……強くなりましたね、龍也さん」
龍也に称賛の言葉を掛けて美鈴は拳を下ろす。
された称賛を受け取りながら龍也も拳を下ろし、
「手合わせ、ありがとう。美鈴」
手合わせをしてくれた礼を言いながら龍也は左手を額の辺りにまで持って行き、仮面をどす黒い色をした霊力に変え、
「ふう……」
振り払うかの様に左手を動かした。
すると、どす黒い色をした霊力は風に流される様に消えて龍也の眼球と瞳の色が元の色に戻る。
何時もの龍也に戻ったのを確認した美鈴は、
「それにしても……仮面の保持時間……かなり延びましたね。それに、仮面を消した際に見られていた疲労感が殆ど見られませんし。あの時からそれ程
時間が経った訳でもないのに……」
少し驚いた表情になりながら仮面の保持時間の上昇、及び仮面を消した際の疲労感の減少に付いて口にした。
口にされた事を受け、
「ああ、俺も驚いたよ。仮面の保持時間が延びた事に伴い、疲労感もかなり下がっていたし。あの時限りかも知れないと思ってたけど……これも映姫と
戦ったお陰かな」
仮面の力が上がったのは映姫と戦ったお陰かと言う事を龍也は返す。
「映姫……閻魔様の事ですか。天狗の新聞には龍也さんが閻魔様と戦ったと書かれていましたが、本当だったんですね」
返された内容を理解した美鈴は少し呆れた表情になり、
「閻魔様に戦いを挑むとか……随分な無茶をしますねぇ」
閻魔相手に戦いを挑んだ龍也を無茶な事をする男だと称した。
「ははは……」
称された事を頭に入れた龍也は、似た様な事を良く言われるなと思いながら後頭部を掻きつつ、
「あ、そうだ。仮面を付けた俺って前と比べて他に何か変った事が有ったか?」
話題を変えるかの様に前までの自分と今の自分で仮面を付けた際の変化に保持時間、疲労感以外で何か有ったかと言う事を美鈴に尋ねる。
「そうですね……保持時間と疲労感を除いたら龍也さんから感じる霊力の量、密度、禍々しさなどが前に比べて格段に上がってますね。基本能力に関しては
龍也さんの力があれからどの程度上がっているのかと言う事と、仮面が龍也さんの力をどの程度上げているのかが分からないので詳しくは言えませんが……
こちらも以前より格段に上がってます」
尋ねられた美鈴は龍也の仮面の保持時間を上げる為の修行に付き合った時の事を思い出しながらそう語り、
「それとは別に……少し気になった点が……」
気になった点が在る事を漏らす。
「気になった点?」
「はい、もう一度仮面を出して貰えますか?」
気になった点が在る漏らされた事で首を傾げた龍也に、もう一度仮面を出してくれと言う頼みを美鈴はして来た。
「仮面をか? 分かった」
美鈴からの頼みに一寸した疑問を抱いたものの、龍也は頼まれた件を了承しながら再び仮面を顔面に出現させる。
再び出現した仮面を美鈴はジッと見詰め、
「あ、やっぱり」
何かに気付いたと言った表情を浮かべた。
「何がやっぱりなんだ?」
美鈴が浮かべた表情を見て龍也が首を傾げてしまったからか、
「この仮面の目元から米神に掛けて走っている黒い線。これが前の時より太く成ってます」
やっぱりと言う言葉を発した理由を美鈴は龍也に教える。
「え?」
黒い線が太くなっていると言われた龍也反射的に両手を仮面の目元付近に持って行く。
しかし、手を仮面の目元付近に持って行っても黒い線が太くなっているかどうかは分からなかったので、
「……そうなのか?」
念の為と言った感じで龍也は確認を取る。
「ええ、確かに太く成ってます」
取られた確認を美鈴が肯定したので、龍也は少し考えを廻らせた。
廻らせた考えと言うのは自分が強く成ると仮面の黒い線は太く成るのではと言うものだ。
まぁ、黒い線が太く成ろうが成るまいが戦いに影響がある訳でも無い。
だからか、廻らせた考えを放棄しながら龍也は仮面を消す。
その瞬間、
「お疲れ様」
お疲れ様と言う言葉と共にタオルと飲み物を持った咲夜が二人の間に現れた。
「咲夜さん」
行き成り現れた咲夜に驚いている美鈴を余所に、
「取り敢えず、はい」
咲夜は龍也と美鈴にタオルと飲み物を手渡す。
手渡されたそれを、
「ありがとうございます」
「サンキュ」
美鈴と龍也は礼を言いながら受け取って汗を拭き、飲み物を飲んでいく。
そして、二人が汗を拭き終わって飲み物を飲み終えた時、
「それで、龍也は図書館に用が在るのかしら?」
本題に入るかの様に咲夜は龍也に図書館に用が在るのかと尋ねる。
「いや、実は……」
尋ねられた事を龍也は否定し、紅魔館にやって来た理由を説明し始めた。
龍也の説明が終わると、
「そうね……」
何か考える様な素振りを見せ、
「お嬢様に聞いてくるから、少し待ってて」
少し待つ様に言って咲夜は姿を消す。
姿を消す際の咲夜を目で追う事が出来なかった為、時間を止めて移動したのだろうと龍也は推察する。
それから幾らかすると咲夜が再び姿を現し、
「お嬢様から貴方が紅魔館で働く事の許可が取れたわ。それと、お給金も出すそうよ」
紅魔館で働く事の許可が取れた事、働くのであれば給金を出すと言う確約が得られた事を龍也に伝えた。
伝えられた内容が美鈴の耳に入ったからか、
「良かったですね、龍也さん」
祝福する様な台詞を美鈴は龍也に言う。
「ああ」
言われた事に応えるかの様に龍也は嬉しそうな表情でああと零す。
龍也が零した発言を聞いた咲夜は、
「なら、ここで暫らく働くと言う事で良いのかしら?」
念の為と言った感じで龍也に紅魔館で働くのかと聞く。
「ああ、宜しく頼む」
聞かれた龍也は当然と言った感じで肯定したので、
「それじゃ、付いて来て」
自分に付いて来る様に言って咲夜は紅魔館の方に向けて足を進め始める。
そう言われた龍也も咲夜の後に続く様にして紅魔館の方に向けて足を動かし、
「頑張ってくださーい」
美鈴からの声援を背中に受けながら紅魔館の中へと入って行った。
咲夜の後に続く形で紅魔館の中に入った龍也は、
「やっぱり、これを着る事になるのか」
ある一室で咲夜から渡された執事服を見ながらそう零す。
「当然よ。ここでの仕事着と言ったらそれかメイド服になるわ。それとも……メイド服を着る?」
零された発言を耳に入れた咲夜は少し悪戯っぽい笑みを浮かべながらそんな事を言い出した。
その瞬間、
「これで良いです」
執事服で良いと龍也は断言する。
まぁ、執事服とメイド服。
男である龍也がどちらを選ぶかは自明の理と言うもの。
ともあれ、
「そう。着替え終わったら外に出てね。ああ、それと貴方の着ている服はそこに在る籠の中に入れて置いて。後で洗濯して置くわ」
執事服を着る事を龍也が了承した後、咲夜は軽い指示を出して部屋の中から出て行く。
咲夜が部屋から出て行ったのを見届けた龍也は、ポケットなどに仕舞っている物を全て出して執事服に着替える。
着替えが終わると龍也は出していた物を執事服の方に仕舞い直し、脱いだ服を籠の中に入れて部屋の出た。
出た部屋の直ぐ近くに咲夜が居たので、
「それで、俺は何をすれば良いんだ?」
何をすれば良いのかと言う事を龍也は咲夜に尋ねる。
尋ねられた咲夜は人差し指を下唇に当て、
「そうね……館の掃除は一通り終わっているから……パチュリー様の所へ行って貰おうかしら。パチュリー様が何も用が無いと仰られたらまたここに
戻って来る様に」
取り敢えずと言った感じでパチュリーの所に行く様にと言う指示を龍也に出す。
「了解」
出された指示を受けた龍也は軽く周囲を見渡し、ここから迷わずに図書館に行けるかどうかを確認する。
確信した結果、迷わずに図書館に行ける事が分かった。
だからか、図書館までの道筋を咲夜に聞く事無く龍也はパチュリーの下へと向って行く。
図書館に辿り着いた龍也は、
「パチュリー、居るかー?」
パチュリーの名を呼びながら図書館の中を進んで行く。
それから少しすると、
「あら、龍也じゃない」
パチュリーが本棚の間から姿を現し、
「……何で執事服なの?」
執事服を着ている理由を尋ねた
尋ねられた龍也は足を止め、
「ああ、それは……」
そう言って執事服を着ている理由を説明し始める。
「成程、それで執事服を着てるのね」
説明された内容を頭に入れたパチュリーが納得した表情を浮かべたのと同時に、
「それで、何か手伝う事は在るか?」
咲夜からの指示を遂行するかの様に龍也はパチュリーに手伝う事は在るかと聞く。
「そうね……小悪魔と一緒に本の整理をして貰えるかしら?」
聞かれたパチュリーは少し何かを考える素振りを見せた後、小悪魔の手伝いをして欲しいと言う事を口にした。
「分かった」
口にされた事に龍也は了承の返事を返し、軽く周囲を見渡して小悪魔を探す。
すると直ぐ近くに見える本棚で本の整理をしている小悪魔の姿を龍也は発見し、発見した小悪魔に龍也は近付き、
「それで、俺は何をすれば良い?」
自分のするべき事を尋ねる。
龍也とパチュリーの会話は聞いていたからか、小悪魔は動じた様子を見せず、
「そこの机に積まれている本をあちらの本棚に入れてください。並び順は『ABCD』を先に、その次に『あいうえお』としてください」
やって欲しい事を龍也に伝えた。
「了解、任せとけ」
伝えられた事に龍也はそう応え、早速と言わんばかりに机の上に置かれている本を本棚に入れていく。
とは言え、只本棚に本を入れていくのも暇だったので、
「それにしても、相変わらず凄いな。ここの図書館の蔵書量は」
「ほぼ毎日と言える程にここの本は増えてますからね。龍也さんがそう思うのも当然ですよ」
「増えている……ね。そういや、ここの本ってどうやって増えていってるんだ?」
「そうですね……基本的に幻想入りして来た本を入手する、香霖堂で買う、パチュリー様が魔導書を作る、パチュリー様が本を召喚すると言った感じですかね?」
「召喚ねぇ……それって、狙った本を召喚するって事か?」
「いえ。パチュリー様でもそれは出来なかった様で、召喚の際は狙った本以外の本も召喚されてしまう様です。後、狙った本が全く召喚されないと言う事も
多々在りますね」
「まぁ、そこまで便利な訳でも無いのか」
「パチュリー様もそこ等辺の改良はしている様なのですが、中々上手くいっていない感じですね」
「上手くいけば、便利そうだけどな」
「ですね」
龍也は小悪魔と雑談を交わしながら作業を進めていった。
そして、本棚に本を入れ終えると龍也はパチュリーの下に戻り、
「小悪魔の手伝いは終わったけど、他にする事は在るか?」
小悪魔の手伝いが終わった事を伝え、他にする事は在るかと問う。
「そうね……今日はもう良いわ。ご苦労様」
「おう」
問うたパチュリーからもう仕事が無い事と労いの言葉が発せられた為、龍也はおうと返す。
その瞬間、
「こら」
「てっ」
何の前触れも無く咲夜が龍也の背後に現れ、龍也の後頭部を小突いた。
小突かれた龍也は左手で後頭部を押さえながら振り返り、
「何だ、咲夜か。どうしたんだ? と言うか、何すんだよ」
咲夜の存在に気付いたのと同時に、小突いて来た事に対する文句の言葉を咲夜にぶつける。
しかし、ぶつけられた言葉に咲夜は何の反応も示さず、
「私はパチュリー様に紅茶をお届けに来たのよ。それよりも……」
図書館に来た理由を話ながら一歩、龍也へと詰め寄った。
「……何だよ?」
有無も言わせずと自分との距離を詰めて来た咲夜に龍也は若干押されたものの、用件を言う様に促す。
促された咲夜は一息吐き、
「貴方は短期間とは言え、今は紅魔館の執事なのよ。その執事がお嬢様の御友人であり紅魔館の客人に対して、『おう』は無いんじゃないかしら?」
執事が紅魔館の当主の友人兼客人に対して使う言葉使いでは無いだろうと言う指摘を行なう。
「それもそうか……」
行なわれた指摘を受けた龍也は納得した表情になり、何かを考え始める。
考えが纏まると龍也はパチュリーの方に向き直り、
「その御言の葉、有り難く承り候」
そう言い直した。
「んー……何かが違う様な気が……」
言い直された言葉が耳に入った咲夜は何かが違う様に感じ、少し悩んでしまう。
パチュリーへの言葉使いに付いて更に注意すべきか否かを。
と言った感じで咲夜が悩んでいる間に、
「りゅーやー!!」
何時の間にか図書館にやって来たフランドールが龍也に気付き、猛スピードで龍也に突っ込んで来た。
突っ込んで来たフランドールに気付いた龍也は、フランドールの方に体を向けて両手を広げ、
「……っとお!!」
フランドールを抱き止める。
が、突っ込んで来たフランドールの勢いが強過ぎた為、
「く……」
滑る様な形で龍也は後ろに下がって行ってしまう。
この儘行けば本棚に激突し、パチュリーの怒りを買う事になるのは確実。
また本棚を淡々と作る作業はしたくないからか、龍也は下半身に力を籠めてブレーキを掛ける。
それから少しすると本棚に激突する前に止まる事が出来た。
本棚が壊れるのを避けれた事で一安心しながら龍也は抱き止めていたフランドールを床に降ろし、
「お前な、もうちょい力を落として突っ込んで来いよ」
フランドールに軽い注意をする。
「はーい、ごめんなさーい」
された注意にフランドールはそう返しつつ、龍也をジッと見詰め、
「ねぇ、龍也。どうして執事服を着ているの?」
執事服を着ている理由を尋ねた。
「ああ、実はな……」
別に隠して置く必要も無いので龍也はフランドールに執事服を着ている理由を話す。
龍也が執事服を着ている理由を知ったフランドールは、
「なら、龍也は暫らく紅魔館に居るんだね」
龍也の隣に回り、
「龍也は幻想郷を旅して回っているんだよね。じゃあさ、その旅のお話を聞かせて」
そんな頼みをしながら龍也の手を掴んだ。
何やら勝手に龍也の予定を決めている様だが、フランドールは紅魔館の当主であるレミリアの妹。
であるならば、バイト執事一人の予定を好きにする権利位は有しているだろう。
だが、だからと言って何も言わずにフランドールとずっと一緒に行動する訳にはいかないと思いながら龍也は咲夜の方に顔を向ける。
龍也から顔を向けられた咲夜は少し悩んだものの、
「本当なら妹様への言葉使いを改めて欲しいんだけど……妹様はその儘の言葉使いを望んでいる様ね。なので、妹様への言葉使いはその儘で良いわ。
それと、妹様の相手をお願いね」
フランドールへの言葉使いはその儘で良い事を認め、フランドールの相手をする様にと言う指示を出す。
出された指示はフランドールの耳にも入ったからか、
「ほら、あっちでお話を聞かせて」
ご機嫌と言った感じの笑顔を浮かべながらフランドールは龍也を連れて大き目の机が在る方に向けて足を動かし始める。
こうして、紅魔館でバイトを始めた龍也の一日目はフランドールとのお喋りして過ごすと言う形で終わり告げた。
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