魔理沙とにとりの弾幕ごっこに決着が着いた後、

「それにしても、最近の人間は強いねー」

服に付いた汚れなどを手で払いながらにとりはそう呟く。
そして、にとりが服の汚れをある程度払えた辺りで、

「さて、知ってる事を話して貰おうか」

魔理沙はにとりに知っている事を話す様に言う。

「知ってる事と言ってもねぇ……」

言われたにとりは頬を掻きながら何とも言えない様な表情になり、

「私が知ってるのは、お山の頂上に現れた神は物凄い力を持っているって言う事とその神達は外の世界から来たって言う事位なんだけどね」

自分が知っている情報を話す。
話された内容を受け、

「そう言えばさっきも外の世界から来たって言ってたけど、外の世界から来たって言うのは本当なの?」

妖怪の山の頂上に現れた存在が本当に外の世界からやって来たのかどうかの確認を霊夢は取る。

「うん、それは正しいよ。『外の世界と違って空気が美味い』って言う様に外の世界と幻想郷を比べる発言を何度かしてたからね。外の世界から
やって来たって言うのは正しいと思うよ」

取られた確認に対する答えをにとりは述べ、

「あ、そう言えばお山の頂上に現れた巫女は君達と同じ位の年頃だったよ」

思い出したかの様に現れた巫女の年頃が龍也達と同じ位であると言う発言をした。

「ああ、そう言えばそれ位だったわね」

された発言で霊夢は妖怪の山の頂上に現れた神社の巫女が自分の神社にやって来た時の事を思い出し、龍也の方に顔を向ける。
それに釣られる様にして魔理沙も龍也の方に顔を向けた。
霊夢と魔理沙の二人から顔を向けられた龍也は、

「……どうした?」

ついと言った感じで疑問気な表情を浮かべてしまう。
すると、

「いや、外の世界から来て私達と同じ位の年頃なら龍也の知ってる人間かも……って思って」
「確か……外の世界の私達位の年頃の人間は皆、寺子屋に通っているんだろ?」

自分達と同じ年頃ならば龍也が知っているのではと言う事を霊夢と魔理沙は口にした。
二人から口にされた事を受け、外の世界に居た時に通っていた学校のクラスメイト事を龍也は思い出していく。
その結果、たった一人の顔と名前すらも思い出せないと言う結果に終わってしまう。
まぁ、龍也が幻想入りしてから結構な時が流れているし只の一度も外の世界には戻ってはいないのが。
思い出せなくても仕方が無いと言えるかも知れない
尤も、龍也は学校に通っていた時にクラスメイトの顔と名前を殆ど覚えてはいなかったが。
覚えていないのは龍也自身に覚える気が無かったと言うのも理由の一つだ。
他の理由としては外の世界に居た頃は喧嘩する事が多々あったので、龍也に積極的に話しかける存在が殆どいなかったと言うのもあるだろう。
とは言え、例外は存在する。
例外と言うのは龍也の席の周りに居た者。
どう言う事かと言うと、プリント配りや小テストの回答など少しは話さなければならない機会が在ったからだ。
と言っても、それ以外では会話をする機会は無くて席替えをする度にその者達の顔や名前は龍也の記憶の彼方に飛んで行ったが。
兎も角、何も思い出せなかった為、

「んー……やっぱり記憶には無いな。流石に神社の巫女って言うなら記憶に残っていても可笑しくはなかっただろうし。序に言うなら、
外の世界に居た頃に俺が住んでいた地域に神社は無かった筈だ」

腕を組みながら龍也は現れた巫女は自分の知らない者だと言う事を二人に伝える。

「そう……」

伝えられた内容を耳に入れた霊夢は少し残念そうな表情を浮かべるも、直ぐに表情を戻して妖怪の山の頂上を見据え、

「ま、山の頂上に行けば全て分かるでしょ」

そんな事を呟く。

「……やっぱりお山の頂上に行くの?」

呟かれた内容から改めてと言った感じでにとりが霊夢にそう尋ねると、

「当然」

間髪入れずに霊夢は当然と答えた。

「うーん……龍也の事は椛から聞いてるし、魔理沙も今の弾幕ごっこで強いと言う事は分かった。そんな二人に付いて来てるんだから君も強いんだろうけど……」

霊夢の意思を感じたにとりであったが、危険な場所に行かせると言う事を悩んでしまう。
しかし、

「……多分止めても行くだろうし負けた私には何も言える事はないから、お山の事は君達に任せるよ」

大した時間を掛けずににとりは諦めた様に龍也達が先に進む事を認め、

「でも、本当に気を付けてね。お山の頂上に現れた神は相当な力を持っているみたいだから」

念を押す様にして気を付けろと言う言葉を掛けた。

「ああ、分かった」
「それじゃ、頑張ってね」

掛けられた言葉に三人を代表するかの様に龍也が分かったと返すと、にとりは頑張ってと言う言葉を残して去って行く。
去って行ったにとりの姿を見送った後、

「それにしても相当な力を持った神ねぇ……」
「今一イメージが湧かないな」

霊夢と魔理沙が妖怪の山の頂上に現れた神に付いての会話を交わし始める。
静葉と穣子の二柱とは戦わなかったし、雛も絶大な力を持っていたと言う訳では無かった。
なので、霊夢と魔理沙の二人には力を持った神と言うのは上手くイメージが出来ていない様だ。
と言った様な感じで力を持った神に付いて少し悩んでいる二人に対し、

「取り敢えず、物凄く強い妖怪って言うイメージで良いんじゃないか?」

一寸したアドバイスの様なものを龍也は行なう。

「物凄く強い妖怪か……うん、それならイメージが出来るぜ」

されたアドバイスを受けた魔理沙は顎に掌を当てながらそう言い、

「そうね、ぶっ飛ばしに行くんだからその方がイメージがし易いわね」

霊夢も続く形でそっちの方がイメージし易いと述べる。
そして、

「それじゃ、さっさと先へ進みましょ」

先陣を切る様にして霊夢が移動を再開したので、霊夢を追う形で龍也と魔理沙も移動を再開した。






















龍也達が再び妖怪の山の頂上を目指し始めてから暫らく。
道中に出て来た妖精を倒しながら順調に進んで行くと、

「おお!!」
「お!!」
「これは……」

龍也、魔理沙、霊夢の三人は巨大な滝の前に辿り着いた。
その辿り着いた巨大な滝に、

「川の流れに沿って進めば滝が在ると予想はしていたけど……」
「この大きさは予想外だぜ」
「だな」

霊夢、魔理沙、龍也は暫しの間、目を奪われてしまう。
巨大さだけではなく、大自然の美しさと言うのを感じてしまっているからだ。
それから少しすると、

「しっかし、妖怪の山の奴等のずるいよな。こんな大きな滝を独り占めしてさ」
「そうね。これを肴にお酒を飲んだらさぞ美味しいでしょうに」
「あー……そんな話を聞くと何か酒を飲みたくなって来るな」

魔理沙、霊夢、龍也はその様な会話を交わし合い、

「魔理沙、お酒持ってないの? 良く帽子の中にお酒を入れてるじゃない」

酒と言う単語が出て来た為、霊夢は魔理沙に酒を持っていないかと言う事を尋ねる。

「残念ながら帽子の中には何も入っていないぜ」

尋ねられた魔理沙は否定の言葉を口にしながら首を横に振るった。
酒が無い事を知って落ち込んだ雰囲気を見せた霊夢に、

「ま、この件が終わった後にどうせ宴会をするんだから楽しみは後に取って置こうぜ」

龍也は慰めるかの様な言葉を掛ける。

「だな。楽しみは最後に取って置くか」
「なら、さっさとこの異変を解決する事にしましょ」

掛けられた言葉に反応した魔理沙がそう言うと、霊夢は気持ちを持ち直した。
そして、大きな滝を昇る様な形で一同は上昇して行く。
上昇を始めてから少し経った頃、

「空を飛べるお前等って上昇が楽で良いよな」

霊夢と魔理沙の二人を見て、ついと言った感じで龍也は羨む様な発言を零す。
零された発言が耳に入った魔理沙は龍也の方に顔を向け、

「……ああ、そう言えば龍也は飛んでるんじゃなくて空中に霊力で出来た見えない足場を作って空中を移動しているんだったか」

龍也がどうやって空中を移動しているのかを思い出した。
思い出した通り、龍也は霊力で出来た見えない足場を作って空中を移動している。
なので、厳密に言えば龍也は霊夢や魔理沙の様に空を飛んでいると言う訳では無い。
今回の事で言うのであれば、龍也は連続で跳躍を行う事で上昇をしているのである。
ともあれ、龍也の飛行方法に付いての話が出て来たからか、

「でも、龍也の飛び方の方が良いってのを何時だったか妖夢が言ってたわね」
「ああ、そう言えば前に妖夢にそんな事を言われたな。空中でも踏ん張りが効くからって。俺としては、普通に飛べる方が羨ましいけどな」
「隣の芝生は青いってやつだな」

霊夢、龍也、魔理沙の三人は上昇しながら飛行方法に付いての一寸した雑談を交わしていく。
そんな中、

「うお!?」
「おっと!?」
「っと!?」

突如として、滝の中から何体もの妖精が飛び出して来たのだ。
予想外の場所から妖精が出て来たからか、龍也、魔理沙、霊夢の反応が遅れてしまう。
遅れた反応の隙を突く様にして妖精達が一斉に弾幕を放ち始める。
結構な至近距離で弾幕を放たれたが、三人は慌てて上昇を止めて距離を取ったので直撃だけは避けられた。
何とか直撃を避けれた三人はお返しと言わんばかりに妖精達に向けて弾幕を放つ。
三人が放った弾幕は次々と妖精達に命中していき、次々と妖精達は撃ち落とされ、

「油断したわ。まさか滝の中から妖精が出て来るとはね」

全ての妖精達を撃ち落とせたの同時に霊夢は弾幕を放つのを止め、溜息混じりにそう呟く。

「妖精は何所にでも居るって言う事は分かってたが、まさか滝の中から出て来るとはな」
「滝の流れる力って結構強いのにな」

呟かれた内容に続く形で魔理沙と龍也がその様な事を口にすると、

「異変の影響で妖精の力が強まったから……って言えば一応の説明は付くのかしら」

滝の中から妖精が出て来た事に対する仮説を霊夢は立てる。

「かもな。妖精の強さも妖怪の山の頂上に近付けば近付く程に強くなっている感じがするし。まぁ、そうでなかったら滝の妖精って事だろ」

立てられた仮説に魔理沙が賛成しながら他の意見を出した時、

「滝の中から妖精が出て来るのなら、滝からもっと距離を取った方が良いな」

これからの移動は滝からもっと距離を取るべきだと言う提案を龍也は出す。

「そうね、そうした方が良いわね」
「だな。上昇している最中に突撃を受けてバランスを崩されたら面倒臭いしな」

龍也が出した提案を霊夢と魔理沙の二人は受け入れ、滝から更に距離を取る。
それに続く形で龍也も滝から更に距離を取り、龍也達は再び山の頂上を目指して高度を上げて行った。






















龍也達が滝から距離を取って上昇し始めてから暫らく。
滝の中から妖精達は何度も飛び出して来たが、警戒している状態なら何て事は無い。
難なく撃退しながら龍也達はどんどんと高度を上げて行く。
しかし、高度を上げ始めてから結構な時間が立つのに終わりが一向に見えないからか、

「それにしても、随分でっかいっと言うか長い滝だな」

少し疲れた声色で龍也はそんな事を呟く。

「そうだな。頂上まで後どれ位在るんだ?」

呟かれた内容が耳に入った魔理沙が同意の言葉と共に終わりまでどれだけ在るのだと言う疑問を口にすると、

「そうね……後、半分位かしら」

霊夢から疑問に対する答えが発せられた。

「それは勘か?」
「ええ、勘よ」

発せられた答えの根拠は勘なのかと言う魔理沙の問いに霊夢は間髪入れずに肯定する。
霊夢の勘が優れているのは知っている為、

「なら、後半分頑張るか」

龍也は霊夢の勘を信じると言う言葉を発しながら上半身を少し伸ばし、気合を入れ直す。
その刹那、

「妖怪の山全体を探っていたら何処かで見た顔が見えたと思ったら……やはり龍也さんでしたか」

龍也達よりも少し高い位置から椛が現れた。
現れた椛に気付いた三人は上昇するのを止め、

「椛……探っていたって言うのは能力でか?」

三人を代表するかの様に龍也が椛に話し掛ける。

「はい。今の妖怪の山は状況が状況ですからね。知っていると思いますが定期的に私の能力……"千里先まで見通す程度の能力"で妖怪の山全体を探っていたのです」

話し掛けられた椛は自身の能力で妖怪の山を探っていた事を説明して一息吐く。

「それで……」
「龍也さんの顔を見れば何をしに妖怪の山まで来たのかは予想が付きます」

一息吐いた椛を見て龍也は妖怪の山に来た理由を伝え様としたが、伝える前に龍也達が妖怪の山に来た理由は予想が付くと言う事を椛は述べた。
そんな二人の会話に割り込む形で、

「だったら、何も言わずにここを通してくれないか? お前と龍也って仲が良いんだろ?」

魔理沙は椛に自分達を素通りさせてくれと言う頼みをする。

「……私も龍也さんの実力は知っていますし、そんな龍也さんと一緒に来ている貴女達もそれ相応の実力が有るのは分かります。序に言えば、貴女達二人の
事は文さんから聞き及んでいますしね」

頼まれた椛は少し難しそうな表情を浮かべてその様な事を語った。

「文から?」

語れた中に自分と魔理沙の事を文から聞いていると言う部分を受けて霊夢が首を傾げてしまったので、

「一応、あの人とは先輩後輩の間柄ですから。更に言うのであれば、私と文さんの直属の上司である大天狗様は同じ方ですからね。話す機会はそれなりに
在るのですよ。あれでもっと真面目だったらなぁ……」

自分と文の関係を椛は霊夢に教えながら溜息を一つ吐く。

「何か、苦労してるんだな……」

溜息を吐いた椛を見て魔理沙は同情する様な感想を抱きつつ、

「それで、椛は私等をこの儘通してくれるのか?」

改めてここを通してくれるのかと言う事を尋ねる。
すると、

「……龍也さんは信じるに値する人間であると思っています。ですから、私個人としては貴方達をこの儘通しても良いと思っています」

少し神妙な表情を浮かべた椛はそう言い、

「ですが、今この状況下は見られています。ですので、申し訳ありませんが皆さんをこの儘素通りさせる訳にはいかないのです」

今の状況は見られているので通せないと断言して通常の刀よりも太い刀と紅葉のマークが付いた円状の盾を構えた。

「見られてるって……近くに視線とか殺気とかは何も感じないけど?」

見られていると言うのに周囲に視線等を感じない事に疑問を覚えた霊夢に、

「確か……双眼鏡だったかな? 河童達が作った遠くを見る為の道具。私は使った事は無いですが、それを使ってかなり離れた場所から私達の事を見て
いるんです。それに、監視で視線や殺気を悟らせる事はないですよ」

視線などを感じない理由を椛は説明する。

「流石に全部の視線が妖怪の山の頂上に向いている……何て都合の良い事は無かったか」
「妖怪の山も結構広いですからね。頂上の警戒をしながらその序に他を……とはいきませんよ」
「緊急事態でも、普段やってる事は疎かに出来ないって訳か」
「そう言う事です」

された説明から軽い会話を交わし始めた龍也と椛を見て、

「見られてる……って割には天狗からの襲撃はお前だけだな」

見られていると言うのにやって来た天狗が椛だけだなと言う指摘を魔理沙がして来たので、

「それは、監視のみの命令を与えられた天狗だからですね。因みに、私の受けた命令は侵入者を発見次第追い返せと言うものです」

自分だけが来た理由を椛は話した。

「だったら、見ない振りをしてくれたら良かったのに」
「さ、流石にそれは……」

話された内容を頭に入れた霊夢が愚痴の様なものを零した為、ついと言った感じで椛は苦笑いを浮かべてしまう。
ともあれ、戦いが避けられそうに無いのを感じた為、

「兎も角、只では通さないって事か?」
「そうなります」

龍也は戦闘体勢を取り、戦闘体勢を取った龍也を椛は警戒し始めた。
遠くない内に激突しそうな二人を見て、

「はぁ、また足止めか……」

不満気な想いを籠めながら霊夢がそう呟いた直後、

「……これは独り言ですが、私の実力では一人を足止めするのが精一杯です。貴方達の内一人と相対している間に、残りの二人がここを抜けて行った
としてもそれは仕方が無い事ですね」

独り言と言う前提の元、自分では一人しか足止め出来ないと言う情報を椛は漏らす。

「ありがとな、椛」
「只の独り言ですから。礼を言われる意味は分かりませんね」

漏らされた情報を耳に入れた龍也が言った礼に椛は素っ気無い表情でその様に返した。
やはりと言うべきか、椛としてもこの件はさっさと解決して欲しい様だ。
兎も角、確実に二人は先に進む事が出来るので、

「龍也」

何処か逸る気持ちを抑えながら霊夢は龍也に声を掛ける。

「ああ、分かってる。椛の相手は俺がする」

掛けられた声に反応した龍也は椛の相手は自分がすると言う宣言をして、自身の力を変えた。
朱雀の力へと。
それに伴い、龍也の瞳の色が黒から紅に変わり、

「俺が斬り込んだら……」
「その隙を突いて私達が先へ行く」
「この場は龍也に任せるぜ」

龍也、霊夢、魔理沙の三人が簡単な計画を立て、龍也が斬り込むタイミングを探っていく。
三人から感じられる気配が強まっていくの感じながら、

「これも独り言ですが……山の頂上に現れた巫女は長い緑色の髪をしており、神の方は肩口位の長さの深い青色の髪をした女性です」

再び独り言と言う前提の元、妖怪の山に現れた巫女と神の特徴を椛は発した。
発せられた巫女と神の特徴を合図にしたかの様に、龍也は椛と距離を詰めに掛かる。
椛との距離が半分程になった辺りで龍也は右手から炎の剣を生み出し、椛が自分の間合いに入ったのと同時に炎の剣の振るう。
振るわれた炎の剣に合わせる様にして椛も刀を振るった。
炎の剣と椛の刀が激突した瞬間、霊夢と魔理沙の二人はその隙を突いて一気に上昇をして行く。
上昇して行った二人の姿が小さくなると、弾かれる様にして龍也と椛は距離を取る。
龍也としては椛をスルーして霊夢と魔理沙の後を追いたいと言うのが本音だが、それは椛が許さないであろう。
仮に許してくれたとしても、今この状況は見られているのだ。
もし椛が龍也をスルーしてしまえば、天狗達から椛が裏切り者呼ばわりされてしまうのは確実。
そうなってしまったら、手を貸してくれた椛に余りに申し訳が無い。
故に、龍也が先に進む為には椛を倒す必要が在る。
自分達を先に進ませてしまったのは仕方が無い事であると見ている天狗達に思わせる為に。
その事を龍也は確りと理解し、

「……いくぜ」

いくぜと言う言葉と共に左手からも炎の剣を生み出して構えを取り直す。

「……こちらも」

そんな龍也に応える様にして椛も構えを取り直した。
構えを取り直した二人はジリジリと間合いを詰めて行き、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

ある程度間合いが詰まった辺りで龍也と椛は同時に駆け、互いの得物を激突させる。
右の手の炎の剣と刀を。
激突してから少しの間、鍔迫り合いの様な状態を維持していたが、

「ッ!!」

突如として龍也は後ろに下がった。
龍也が後ろに下がってしまった事で椛は体勢を崩して隙を曝してしまう。
曝された隙を突く様にして龍也は左手の炎の剣による刺突を椛に向けて放つ。

「くっ!!」

放たれた刺突を見た椛は崩れた体勢の儘の状態で盾を突き出して炎の剣を受け止め、

「たあ!!」

振り払う様にして盾を振るった。

「ッ!!」

炎の剣による刺突を受け止められている状態で盾を振るわれた為、今度は龍也が体勢を崩して隙を曝してしまう。
先程のお返しだと言わんばかりに椛は瞬時に体勢を立て直し、隙だらけの龍也の真横を抜けて行く。
そして、龍也と背中合わせの様な形になると椛は勢い良く振り返り、

「はあ!!」

振り返った勢いを利用して龍也の背中に回し膝蹴りを叩き込んだ。

「ぐっ!!」

叩き込まれた膝蹴りの直撃を受けた龍也は滝に向けて蹴り飛ばされてしまう。
蹴り飛ばされた龍也は滝を突き抜けてその裏側に在るであろう岩壁に激突してしまうと思っていたのだが、

「……あれ?」

岩壁に激突する事は無かった。
どう言う事かと言うと、突き抜けた滝の先が空洞になっていたのだ。
ともあれ、空洞の中に入った龍也は体を回転させながら体勢を立て直し、

「……この辺り一帯は空洞になっているのか」

着地しながら周囲を見渡していき、何度か地面を踏んでいく。
踏んだ感触から地面は確りしていると言った感想を龍也が抱いた時、

「ッ!?」

滝を斬り裂きなながら空洞の中に進入して来た椛が龍也に向って突っ込んで来た。
突っ込んで来た椛は自身の間合いに龍也を入れた刹那、勢い良く刀を振り下ろす。
振り下ろされた刀を見た龍也は反射的に後ろに跳んだ。
後ろに跳んだお陰で龍也の被害は前髪数本斬られただけで済んだ。
斬られて宙を舞っている前髪を視界に入れながら龍也は後ろに跳んだ事を利用して椛から距離を取り、反撃に移ろうとするも、

「そう易々と攻勢には入らせません!!」

それよりも早くに椛が龍也との距離を詰めて刀を振るって来た。
これでは反撃に移る前に斬られてしまう為、

「く!!」

行なう行動を反撃から防御に強引に変え、振るわれた刀を龍也は炎の剣で防ぐ。
これで一安心と思うも暇も無く、追撃の攻撃を連続で繰り出して来た。
今度は斬撃以外にも刺突を織り交ぜながら。
次から次へと繰り出される攻撃を炎の剣で防ぎながら龍也は攻勢に移ろうとするも、

「ぐ……」

一向に攻勢へと移れないでいた。
と言うより、防ぐだけで精一杯になってしまっている。
その理由は二つ。
一つは強引に防御へ移った事で龍也の体勢が崩れてしまっているから。
崩れている体勢では椛の斬撃を受け止め切れず、椛の攻撃と攻撃の間に攻撃を差し込むと言った行為をする余裕が無くなってしまっているのだ。
もう一つは龍也の反応が遅れてしまっているから。
どうして反応が遅れているのかと言うと、椛が持っている盾にも龍也の意識が向いているからである。
現在、椛は攻撃に刀しか使っていないが何時攻撃に盾を使用するか分かったものではない。
斬撃が来ると想定して炎の剣で防御行動を取った際、椛が盾を正面に構えた突撃を仕掛けてきたら龍也は確実に弾き飛ばされるであろう。
屋外ならばそれを利用して強引に距離を取る事も出来るが、残念ながらここは空洞の中。
距離を取る前に岩壁に激突して大きな隙を曝す結果になるであろう。
当然、そんな隙を曝した龍也を椛が見逃す筈も無い。
確実に強力な一撃を叩き込んで来る。
下手したら、その一撃で勝敗が決する様なものを。
故に龍也は椛の盾にも意識を向けざるを得ず、斬撃に対する反応が遅れてしまっているのだ。

「くそ……」

防戦一方と言える状況から抜け出せないと言う事実に龍也は悪態を吐きつつ、抜け出す為の方法を見付ける為に考えを廻らせていく。
廻らせた結果、先ず超速歩法で距離を取って体勢を立て直すと言う案が思い浮かんだ。
しかし、超速歩法を使う為の隙が見付からないので却下となる。
次に思い浮かんだのは炎の剣の切っ先を爆発させ、強引に距離を取らせると言うもの。
これならばと龍也は一瞬思ったものの、現在の自分の体勢に気付いてこれも却下する事にした。
何故かと言うと、この方法を使ったら自分の体勢が完全に崩れてしまうのを悟ったからだ。
幾ら椛から距離を取らせたとしても、龍也が体勢を立て直すよりも椛が再び距離を詰め来る方が早い。
下手したら状況は今よりも悪化してしまうだろう。
中々良い考えが浮かばない事に龍也が我が事ながら呆れたタイミングで、ある光景が映る。
映った光景と言うのは椛の背後に在る大きな滝。
裏側から見る滝は初めてだと言う場違いな感想が出て来た刹那、

「……ッ」

唐突にある作戦を龍也は思い付いた。
現状を打破し、この空洞から脱出する作戦を。
思い付いた作戦と言うのは賭けの要素が強いが、賭ける価値はある。
そう判断した龍也は作戦を実行に移す為、椛が刺突を繰り出してくるのを待つ。
そして、

「ッ!!」

椛から刺突が繰り出された瞬間、龍也は椛の背後に回り込む様にして強引に体を動かす。
今まで攻撃を防ぐだけだったものが急に別の行動をすれば虚を突かれそうなものだが、

「龍也さんなら、そろそろ何かしてくる頃だと思っていましたよ!!」

椛は虚を突かれる事無く、薙ぎ払う形で刀を振るう。
何故、虚を突かれる事無く椛は直ぐに次の攻撃に移る事が出来たのか。
その理由は龍也と何度も手合わせをして来たからだ。
龍也と何度も手合わせをして来たが故に、動くのならそろそろだと言う予測を椛は立てる事だ出来たのだ。
だが、

「椛なら、反応してくれると思っていたぜ!!」

予測を立てる事が出来たのは龍也も同じ。
振るわれた刀を狙い通りと言った動作で炎の剣を使って防ぎ、踏ん張らずに椛の背後に回り込む速度を加速させる。

「しまっ!!」

龍也から発せられた台詞で椛は攻撃を誘導された事に気付き、慌てて背後へと振り返る。
振り返った先に居る龍也は地を蹴って椛から距離を取ろうとしていた。
が、崩れている体勢を立て直せていないせいか龍也の距離を取るスピードは遅い。
これならば追い付けると判断した椛は地を蹴って龍也を追い、

「はあ!!」

刺突を繰り出す。
繰り出した刺突は防がれるだろうが距離を取られるのは防げると椛は予想したが、

「なっ!?」
「痛ッ!!」

予想した事を裏切るかの様に椛の刺突が龍也の肩を掠り、掠った箇所から血が噴出すると言う結果になった。
噴出し、宙を舞っている龍也の血を視界に入れながら椛は驚いた表情を浮かべてしまう。
龍也なら今の一撃は防げた筈と言うある種の信頼があったからだ。
当たる筈の無い攻撃が当たった事に驚き、椛の思考に空白が生まれている間に龍也は自身の力を変える。
朱雀の力から白虎の力へと。
力が変わった事で龍也の瞳の色が紅から翠へと変わり、二本の炎の剣が消失する。
消失した炎の剣を見た椛が意識を戻したのと同時に龍也は再び地を蹴って後ろへと跳ぶ。

「ッ!! 速い!!」

再び後ろに跳んだ龍也のスピードが跳ね上がった事に椛が驚いている間に、滝の中の空洞から龍也は脱出した。
脱出した龍也を椛は飛び出す様な勢いで追って行く。
滝の中の空洞から飛び出した椛が最初に目にしたのは斜め下の位置で体勢を立て直し、構えを取っている龍也の姿。
しかも、その龍也は両腕両脚に風を纏っている。
纏わされている風から椛は龍也が炎の以外にも風、地、水の能力を使える事を思い出した。
龍也と椛が手合わせをする時は椛の刀と盾に合わせてか、龍也は炎の剣をメインで使っている。
なので、朱雀の力を使っている時以外の龍也と相対するのは椛にとっては初めてと言っても良い。
しかし、だからと言って椛に動揺した様子は見られない。
何故かと言うと、龍也が朱雀以外の力を使っている時の戦い方を椛はある程度知っているからだ。
知っている理由は"文々。新聞"にある。
"文々。新聞"では、過去に外来人特集と言う名目で龍也をメインに扱った記事が書かれた事が在った。
書かれた記事には龍也の戦い方に付いて載せられていたのだ。
一応、文と椛は先輩後輩の間柄。
だからか、椛は"文々。新聞"を購読していた。
いや、購読させられていると言った方が正しいであろうか。
椛としても、"文々。新聞"を購読していた事がこんなところで役に立つとは思ってもいなかったであろう。
世の中何が役に立つか分からないものである。
ともあれ、今の状態の龍也は徒手空拳主体のスピード特化で風を自由自在に操ると言う事を椛が思い出していっている中、

「賭けが強かったが……上手く脱出出来て良かったぜ」

ふと、龍也からその様な呟きが聞こえて来た。
聞こえて来た呟きに反応した椛は構えを取り直し、

「賭けと言うのは龍也さんが動いた時に直ぐに反応出来た事ですか? それとも刺突が当たった事で数瞬程動きを止めてしまった事ですか?」

賭けの部分に付いての確認を取る。

「後者だな。予想外の事で動きを止めてくれなかったら、俺は力を変えて脱出する事は出来なかっただろうぜ。前者に関しては賭けでも何でも
無いな。椛なら反応してくれると思ってたし」

取られた確認に龍也が返答した内容を受け、

「あの刺突は龍也さんなら防げると思ってましたからね。当たらない筈の攻撃が当たった事で動揺して動きを止めたのは反省です」

動揺して動きを止めた事を反省しながら椛は一息吐き、

「ですが……同じ手は二度も通じませんよ」

同じ手は通用しないと言う宣言を行なう。

「分かってるさ」

された宣言に龍也がそう返したタイミングで、椛は一気に龍也へと肉迫して行き、

「はあ!!」

龍也を自身の間合いに入れたのと同時に刀を振り下ろす。
振り下ろされた刀を龍也は体を地面に水平なる様に倒す事で避け、

「りゃあ!!」

倒した勢いを利用する様にして蹴りを放つ。
放たれた蹴りを椛は盾で受け止め、反撃に移ろうするが、

「次ぃ!!」

反撃に移る前に追撃のアッパーカットが龍也から繰り出された。
繰り出されたアッパーカットを椛は盾で何とか防ぐも、

「しまっ!?」

龍也が力を籠めた事で盾をカチ上げられてしまい、椛の胴体をがら空きにされてしまう。
がら空きにされた胴体に攻撃が来るだろうと思った椛は身構えるが、

「……あれ?」

思った事とは裏腹に胴体に攻撃は来なかった。
攻撃されない事を不審に感じた椛が改めて正面に視線を向けると、

「ッ!? 居ない!!」

視線の先に龍也が居ない事が分かる。
居なくなった龍也を椛が慌てて捜そうとした瞬間、

「かっ!?」

強い衝撃が椛の背中に走り、椛は滝壺に向けて叩き落されてしまう。
叩き落されてしまった椛は走った衝撃を無視する様にして体を回転させ、先程まで自分が居た場所に目を向ける。
目を向けた先には脚を下方に向けて放っている龍也の姿が在った。
どうやら、椛の胴体を攻撃するのではなく椛の背中に鋭い蹴りを叩き込むと方法を取った様だ。
その事を椛が理解した時、龍也は椛を追う為に急降下して来た。
降下して来た龍也を見た椛は落下している状態を維持しながら体勢を立て直す。
丁度椛が体勢を立て直し終えた刹那、椛に肉迫して来ていた龍也は拳を突き出す。
突き出された拳に合わせる形で椛は刀による刺突を放つ。
互いが繰り出した拳と刀は互いの頬を掠り、掠った部分から血が噴出する。
血が噴出した事で頬に走り始めた痛みを感じなが龍也と椛は次の一手を放とうとしたが、放つ前に二人は水面に激突して水の中へと沈んで行ってしまう。
それから少しすると、

「ぷはっ!!」

水の中から椛が飛び出して来た。
飛び出した椛は頭を振って髪に付いている水を振るい落とし、水面の真上に留まる。
そして、水面をジッと見詰めて龍也の姿を捜す。
捜し始めてから少し経った辺りで水面の一部が盛り上がり、

「ッ!!」

盛り上がった箇所から龍也が飛び出して来た。
飛び出して来た龍也の両腕両足に纏わされていた風が消え、瞳の色が翠から蒼に変わっている。
変わっている瞳の色から今度は水の力かと椛が思った時、

「ッ!!」

龍也が飛び出して来た箇所の水が水流となって椛に襲い掛かって来た。
襲い掛かって来た水流が自身の間合いに入った刹那、

「たあ!!」

手首を捻り、刀を斬り上げる様に振るって椛は水流を斬り裂く。
斬り裂かれて真っ二つになった水流は椛の両端を通過して行った。
通過して行った水流を感じ取りながら捻った手首を戻して椛が構えを取り直そうとした直後、

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

真正面から突っ込んで来た龍也が椛に向けて体当たりを仕掛けて来たのである。

「なっ!!」

体当たりを仕掛けて来た龍也を見た椛は慌てて盾で防御の体勢を取ろうとするも、

「かっ!!」

直前まで構えを取り直そうとしていた事も在ってか僅かに間に合わず、体当たりの直撃を受けて吹き飛んで行ってしまう。
吹き飛ばされた椛は、吹き飛ばされている中で強引に体勢を立て直しながらひらがなの"の"と言う字を模した弾幕を龍也に向けて大量に放つ。
放たれた弾幕を見た龍也は椛に追撃を掛けるのを止めて回避行動に移る。
回避行動を取りながら隙を突いて接近し様と龍也は考えるが、この大量の弾幕の中を掻い潜って椛に近付くのは無理だと言う事に直ぐ気付いた。
だからか、龍也は回避行動を取りながら両手に水を纏わせる。
纏わせた水を龍の手を模した形に変えながら右手を手刀の形に変え、

「水刀牙!!」

勢い良く右手を振るって水で出来た斬撃を椛に向けて飛ばす。
飛ばされた水で出来た斬撃は弾幕を打ち消しながら既に停止し、体勢を立て直している椛に向けて突き進んで行く。
突き進んで来ている水の斬撃を見て弾幕で相殺するのは無理だと言うのは椛は感じ、弾幕を放つのを止めて精神を集中させ、

「しっ!!」

一閃。
突き進んでいる最中に弾幕を打ち消し続けたせいで脆くなっていたからか、水で出来た斬撃は椛の斬撃で容易く真っ二つにされた。
今放った水の斬撃が破壊される事は想定内であったからか龍也は特に動揺した様子を見せず、

「水爪牙!!」

今度は左手を振るって水で出来た五本の斬撃を飛ばす。
新たに飛ばされて来た五本の斬撃を見た椛は迎撃するのは厳しいと判断し、急上昇する事で五本の斬撃を避ける。
急上昇した椛を追う様にして龍也は突っ込み、

「だりゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

右手で掌打を放った。

「ッ!?」

放たれた掌打に気付いた椛は咄嗟に盾を構え、龍也の掌打を受け止める。
しかし、受け止めた際の衝撃が強かったせいで椛は弾かれる様にして後退してしまう。
後退してしまった椛を龍也は追い、自身の間合いに椛を入れると、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

連続で両腕を振るって水の爪により攻撃を繰り出す。

「くっ!!」

次々と振るわれる水の爪を椛は後退しながら盾で防いでいく。
攻撃を防ぐと事は成功しているが、代わりに反撃に移る事が出来ないでいた。
今は龍也の攻撃を盾で受けられてはいるが、下手な手を打てば龍也の攻撃を盾ではなく自身の身で受ける事になってしまうからだ。
かと言って防御に徹し続ける訳にもいかない。
なので現状を打開する為に頭を回転させ様とした時、

「……ん?」

ある事に椛は気付く。
気付いた事と言うのは龍也の意識が攻撃にのみ集中していると言う事だ。
先ずは防御手段である盾を破壊するのが最優先と言う考えなのであろうか。
龍也の真意は兎も角、攻撃にのみ集中していると言うのは椛にとっては好都合。
何故ならば、この状況を覆す事が出来るからである。
だからこそ、好機であると確信した椛は龍也の攻撃の流れを注意深く観察していき、

「今っ!!」

観察し切った直後に盾を引く。

「なっ!?」

盾が引かれた事に反応出来なかった龍也は何も無に場所にしてしまい、それと殆ど同じタイミングで椛は引いた盾を勢い良く突き出す。
突き出された盾は丁度攻撃を空振った龍也の手に当たり、

「づあっ!?」

弾かれる様にして龍也は後ろに下がってしまう。
意図せずに後ろに下がってしまった事で生じた龍也の隙を突く様にして、

「たあ!!」

椛は龍也の鳩尾に飛び蹴りを叩き込む。

「かっ!!」

鳩尾に飛び蹴りを叩き込まれた事で龍也は踏鞴を踏む様にして数歩後ろに下がってしまう。
龍也が後ろに下がってしまっている間に椛は高度を上げ、刀を天に翳しながら妖力を集中させ、

「レイビーズバイト!!!!」

妖力を集中させた刀を一気に振り下ろした。
振り下ろされた刀の切っ先から狼の頭部を模した妖力の塊が龍也に向けて放たれる。

「ッ!!」

放たれた妖力の塊に気付いた龍也は咄嗟に自身の力を変えた。
青龍の力から玄武の力へと。
力を変換した事で龍也の瞳の色が蒼から茶へと変わって纏わされていた水が崩壊した刹那、龍也は両手を突き出して狼の頭部を模した妖力の塊を受け止める。
が、

「ぐっ!!」

受け止める事は出来たものの、勢いを消す事は出来なかった。
受け止めた妖力の塊に押される様にして龍也はどんどんと高度を下げて行ってしまう。
そして、

「ぐ……う、お、お……ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

水面まで後半分と言った所で龍也は霊力を解放して自身の力を底上げする。
そのお陰で妖力の塊の勢いをある程度消す事は出来た。
しかし、勢いを完全に消す事は出来なかったが故に龍也は変わらず高度を落としてしまって行き、

「ぐお!?」

滝壺付近の水面へと叩き落されてしまう。
それから数瞬後、龍也が叩き落された水面が爆発を起こして大きな水柱が上がる。
これで終わった思えない椛は龍也が叩き落された地点をジッと見詰めていると、そこから少しボロボロになった龍也が飛び出して来た。
飛び出した龍也は椛と同じに高度にまで達した辺りで上昇を止める。
先程までと違い、今の龍也は紅い髪に紅い瞳を輝かせて右手から炎の剣を生み出した状態だ。
髪の色まで変わっている事から、

「あれが力を解放した状態……」

ポツリと椛はそう呟いた。
龍也の力を解放した状態は話しで聞いたり偶に"文々。新聞"の写真で見る程度であったので、こうして直接見るのは椛にとって今回が初めてである。
初めてなのは手合わせする時は手合わせと言う事もあって龍也は力の解放をしなかったし、椛も本気を出す事は無かった為。
ともあれ、こうして龍也が力を解放した状態を見た椛は、

「百聞は一見に如かず……か」

警戒しながら構えを取り直し、油断無く龍也を見据える。
油断無くしているのは髪の色が変わって瞳が輝き出しているだけだと言うのに、先程までよりも大幅に上がっているからだ。
龍也から感じる霊力、プレッシャーと言ったものが。
油断すれば直ぐにやられる。
直感的にその様な事を感じ取った椛は龍也を視界から逃さない様にと言う強い意思を抱く。
だが、

「なっ!?」

一瞬たりとも龍也を視界から外していないと言うのに、椛の目から龍也の姿が消えてしまったのだ。
見失った龍也を捜そうとしたタイミングで、

「ッ!!」

背後に何かを感じた椛は振り返りながら刀を振るう。
振るわれた刀は背後から迫って来ていた炎の剣と激突した。
激突してから僅かな時間は均衡した状態であったものの、

「ぐうっ!!」

大した時間を置く事無く力負けをしたかの様にして椛は弾き飛ばされてしまう。
弾き飛ばされた椛は龍也からある程度離れた場所でブレーキを掛けながら止まり、構えを取り直しながら思った。
スピードもパワーも想像以上に大きく上がっていると。
今の儘では対抗する事は出来ないと言うのを本能で理解した椛は、基本能力が大きく上がった龍也に対抗する為に、

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

妖力を解放して自身の能力を底上げする。
能力が上がった感触から今なら対抗出来ると判断した椛は龍也へと一気に肉迫して、

「たあ!!」

叩き斬ると言う想いを籠めて刀を振るう。
振るわれた刀を迎え撃つ様にして龍也は炎の剣を振るった。
椛と龍也が振るった刀と炎の剣は当然の様に激突して、大きな激突音と衝撃波が発生する。
発生した激突音と衝撃波を無視する様にして二人は鍔迫り合いの状態になるも、龍也と椛は円を描く様な動作で直ぐに離れ、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

再度自分の得物同士を激突させてまた円を描く様な動作で離れた。
と言った行為を二人は何度も繰り返す。
何度も何度も。
そして、何度目かの激突の後に椛は弾かれる様にして間合いを取って妖力の解放を止め、

「妖力を解放した状態でもこれか……」

僅かに痺れている右腕を見ながらそう呟き、龍也の方に目を向ける。
目を向けた先に居る龍也が腕を痺れさせている様子をは見られない。
状況の不利を認識した椛は降下を始めた。
そんな椛を追う様にして龍也も降下していく。
降下した二人は勢い良く着水して水底に足を着ける。
足を着けた場所は滝壺から比較的離れているからか、龍也と椛は腹部付近までしか水に触れる事は無かった。
兎も角、着水した椛は勢い良く盾を投げ捨てて刀を両手で握り締め、

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

限界まで妖力を解放する。
解放された妖力の影響で椛の周囲の水は吹き飛んで水底が露になり、近くに見えている木々が揺れて大気が震え始めた。
椛から発せられる妖力を感じながら、これで椛は勝負を決める気である事を龍也は理解する。
ならば真っ向から迎え撃つと言う決意をしながら龍也は炎の剣を炎の大剣に変え、変えた炎の大剣を両手で握り締め、

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

椛と同じ様に霊力を限界まで解放した。
霊力が解放された際の影響は椛と同じ感じである。
ともあれ、解放されている霊力と妖力が鬩ぎ合っている中である一つの変化が訪れた。
変化と言うのは開放されている龍也の霊力の一部が朱雀の姿を型作ったのだ。
型作られた朱雀が嘶く様な動作をした直後、様に龍也と椛は同時に駆け、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

相手を自身の間合いに入れると二人は躊躇無く得物を振り下ろす。
振り下ろされた得物同士は激突して大き過ぎる激突音を周囲に響き渡らせ、周囲にあるものを全て吹き飛ばす様な衝撃波が発生する。
が、激突は一瞬。
二人は直ぐに交差する様にして離れて行き、ある程度離れた辺りで龍也と椛は足を止めて霊力と妖力の解放も止める。
振り返らず、背中を向け合っている間に二人の中間地点に何かが突き刺さった。
突き刺さった何かと言うのは椛の刀。
どうやら、二人が激突した時に椛の刀は持ち主の手を離れて宙を舞って水底に突き刺さった様だ。
それから少しすると吹き飛んでいた水が戻り、刺さってる刀を水の中に沈めてしまう。
そのタイミングで振り返ろうとした龍也に、

「龍也さん、貴方の……勝ちです」

少し小さな声で椛は龍也の勝ちである事を口にする。
口にされた事を受け、

「椛……色々とありがとな」

同じ様に少し小さな声で龍也は礼の言葉を述べた。

「さて、礼を言われる意味が分かりませんね」

述べられた礼に椛がそう返すと、

「……ああ、そうだな」

返って来た礼は不要と言う椛の発言を龍也は肯定しながら炎の大剣と力を消す。
力を消した事で龍也の髪と瞳の色が元の黒色に戻った瞬間、龍也は霊夢と魔理沙の後を追う為に再び流れ落ちる滝を目印にして上昇して行った。






















龍也の姿が完全に見えなったタイミングで、椛は振り返って自分の刀が突き刺さった場所まで歩いて行く。
既に水が戻っている事もあって突き刺さっている刀は見え難くなっているが、突き刺さっている刀を椛は淀み無い動作で引き抜く。
引き抜いた刀に付着している水を払う様にして椛は己が得物を振るい、刀を鞘に収め、

「ふぅ……」

息を一つ吐く。
そして、

「……反省しなきゃいけないかな」

ポツリとそんな事を呟いた。
今回椛が受けた命令は、白狼天狗の普段の仕事と同じである侵入者等の追い返し。
もし進入した来た者が自分の手に余る様な存在であれば、撤退して上の者に報告すると言うのが任務内容に含まれている。
今回の件で言えば、龍也が力を解放した時点で椛は撤退すべきであった。
だと言うのに椛は撤退する事無く龍也と戦い続ける道を選んだ。
何故撤退しなかったのかと言うと、単純に龍也との戦いを何処かで楽しんでいたからだ。
正確に言えば龍也との手合わせでは見れなかった龍也の他の力を見て、気分が乗っていったと言う感じである。
そこまで考えを廻らせた椛は、

「……文さんに似たのかな?」

小さな声でそう零す。
若しかしたら、自分の先輩である射命丸文と色々係わったり注意したりしている内に何処か似て来てしまったのかも知れない。
主に上手い感じに命令を無視したり好きな様に解釈して自分の好きな事をやっても、叱責を受けずに済んでいると言った様なところとか。
そんな事を思った椛はそれはそれで嫌だと言う感想を抱く。
しかし、戦いを続けたお陰である情報を椛は天狗達に知らしめる事が出来た。
知らしめた情報と言うのは龍也の強さ。
龍也と椛、この二人の戦いは最低でも椛が『見られている』と言った天狗達には確実に見られている筈だ。
それ即ち、見ていた天狗達から龍也と椛の戦いが上の者に報告されると言う事。
そうなれば龍也はそこ等の天狗では適わないと言う情報が広まっていく。
龍也の強さが知れ渡れば、少ないとは言え妖怪の山の頂上ではなく全体を見回っている天狗に襲撃される可能性はグッと低くなる。
更に続く形で龍也と一緒にやって来た霊夢と魔理沙が襲撃される可能性もグッと低くなるのも見込めるだろう。
今後と言うよりは龍也達の事を考えるのであれば、戦い続けたと言う事は案外悪い選択肢ではなかったかも知れない。
序に言えば、椛が弾幕ごっこではなく通常戦闘で戦ったのは素通りさせた二人の事を考えて弾幕ごっこでは体面的に悪いかなと考えたからだ。
とは言え、通常戦闘の方が龍也の強さをより知らしめる結果になった筈なのでこちらも結果オーライと言えるだろう。
唯、これで問題と言えるものが出来てしまった。
問題と言えるのが、

「問題はこの事が報告されて広まるまでの時間と大天狗様達が動き出さないかの二つ」

この二つである。
最初の方はそこまで心配する必要は無いが本当に問題となるのが二つ目。
龍也と椛の戦いと言うより、龍也の強さが報告されて一部の大天狗達が動き出さないかと言うもの。
龍也達であるならば大天狗達と戦う事になっても大丈夫だろうと椛は思ったが、直ぐに自分の直属の上司である大天狗の姿が頭を過ぎってしまう。
椛、そして文の直属の上司である大天狗は天魔に匹敵する実力が有るとまで言われている存在だ。
実際にその大天狗が戦ってる場面を椛は見た事が無かったが、そこまで言われる位なのだからそれ相応の実力は有るだろうと判断している。
もし、龍也達がこの大天狗と相対したら。
最悪とも言える可能性が頭に過ぎった為、

「……私が直接大天狗様に報告した方が良いかもしれない」

自分が大天狗に報告するべきかと椛は思案した。
椛、文の直属の上司である大天狗は全員で十数人居る大天狗達の中でも一番の武闘派である。
だが、同時に思慮深い性格をしているのだ。
であるならば、

「上手い事説明すれば……」

上手く説明すれば龍也達を援護する様な形になるかも知れない。
その様に考えた椛は今後の行動を決めながら龍也が向かって行った方を見詰め、

「山の頂上に現れた神は強敵です。気を付けてくださいね、龍也さん」

一寸したエールを龍也へと送る。
そして、周囲を見渡していき、

「…………あれ? 盾、何所に投げたっけ?」

投げ捨てた盾が見当たらないと言う様な事を漏らす。
だからか、椛は慌てて投げ捨てた盾を探し始めた。






































前話へ                                                              戻る                                                       次話へ