椛との戦いで勝利を収め、霊夢と魔理沙の後を追う為に滝の流れに逆らう様な形で再び上昇して行く龍也。
それから少し経った辺りで龍也はある事に気付く。
気付いた事と言うのは、

「……妖精が出て来ない?」

妖精が全く出て来ないと言うものだ。
霊夢、魔理沙と一緒に上昇していた時には滝の中から何体もの妖精が現れては攻撃を仕掛けて来た。
なので、龍也は再び上昇するにあたって滝には注意を向けていたのだ。
しかし、幾ら上昇しても妖精は一体たりとも現れない。
その事を疑問に思った龍也が少し頭を回転させていくと、

「……若しかして、霊夢と魔理沙が全て倒したのか?」

霊夢と魔理沙の二人が全て倒したのではと言う可能性が龍也の頭に過ぎる。
二人は龍也が椛と戦っている間にも先へと進んでいた。
であるならば、先へと進んでいる最中に出て来た妖精を全て倒していたとしても何の不思議も無いだろう。
そして、倒された妖精が復活する前に来たからこそ妖精が出て来ないのだと言う結論に龍也は達し、

「霊夢と魔理沙のお陰で楽に進めるみたいだし、二人には感謝だな」

二人への感謝を呟きつつ、早く二人に追い付く為に上昇するスピードを上げる。
と言った感じで上昇スピードを上げてから少し経った頃、

「……やっと終わった」

漸く、龍也は滝を完全に昇り切った。
昇り切った龍也は一息吐きながら足を止め、ふと振り返ってみる。
すると、

「こいつは……」

振り返った先から見える景色に龍也の目は奪われる。
見えた景色が余りにも広大だったが故に。
龍也自身、今まで幻想郷中を色々と旅して回って来た中で凄いと言う様な景色や美しいと言う様な景色などは沢山見て来た。
だが、広大と言える様な景色を見た事は殆ど無い。
自分で高度を上げて見る景色とこう言った場所に登って見る景色とでは、こうも違うものなのかと思いながら龍也は内心で驚いていた。
これからは高い場所を探しながら幻想郷中を旅して回るのも良いかもしれいと考えつつ、ここから見える景色を龍也は目に焼き付けていく。
暫しの間、その状態が続いていたが、

「……って、いけね!! ここまで来た目的を忘れ掛けてた!!」

一寸した拍子で妖怪の山までやって来た理由を龍也は思い出し、慌てて振り返った。
妖怪の山にまでやって来た理由は異変解決の為。
仮にここで龍也が抜けたとしても、霊夢と魔理沙ならば異変を解決する事は出来るだろう。
だが、だからと言って二人に任せっ切りにしても良い理由にはならない。
更に言えば、当初の目的を放棄して良い理由にもならないので、

「……よし!!」

龍也は両頬を叩いてまだこの景色を見たいと言う想いを振り切り、二人の後を追う様にして移動を開始した。






















龍也が霊夢と魔理沙の後を追い始めて暫らく。
龍也は少し拍子抜けした想いを抱きながら順調に進んでいた。
何故、拍子抜けしているのか。
拍子抜けしている理由は、妖精が全く出て来ないからである。
この事から、

「このルートは霊夢と魔理沙が通ったっぽいな」

今現在通っているルートが霊夢と魔理沙の二人が通ったルートであると言う事を推察した。
先程もそうであったが、二人が先行してくれたお陰で後から来た龍也は楽に進む事が出来ている。
その事を理解した龍也は二人に何か礼でもした方が良いかなと言う事を考え始めた時、

「ん?」
「あや?」

龍也の目の前に人の影らしきものが入り込んだ。
入り込んだ何かに反応した龍也は急ブレーキを掛けて止まり、誰が現れたのか確認する為に顔を上げる。
顔を上げた龍也の目には、

「文」

烏天狗である射命丸文の姿が映った。
目に映った存在を認識した龍也が文に声を掛け様とした瞬間、

「霊夢と魔理沙から聞いていたから貴方が来ている事は知っていたけど……まさかこんな所で会う何てね……」

愚痴と言える様なものを零しながら文は溜息を一つ吐く。
そんな文を見て何時もとは雰囲気が違うと言う感想を龍也が抱いたタイミングで、

「一応聞いて置くけど、貴方も妖怪の山の頂上に現れた神社を目指しているの?」

文からその様な問いが投げ掛けられた。

「ああ」

投げ掛けられた問いに龍也が肯定の返事をすると文は再び溜息を吐き、

「私個人としては貴方をこの儘素通りさせても良いんだけど……今の私は個人や新聞記者として立っているのではなく、一鴉天狗として立っている。おまけに
この状況は見られているしね」

そう口にする。
口にされた内容を頭に入れた龍也は文の雰囲気が違う理由を理解した。
個人ではなく組織の一員として立っているのであれば、何時もと雰囲気が違うのも当然であろう。

「成程、椛と同じか」

ともあれ、文の雰囲気が違う理由が椛と同じであると判断した龍也に、

「ええ、そう言う事」

溜息混じりに文はそう言う事だと断言して、龍也の様子を観察していく。
そして、

「貴方の風貌を見るに、椛とは通常戦闘で戦った様ね。それも結構本気で。全く、あの子は頭が固いんだから」

龍也の風貌から、椛が龍也とどの様にして戦ったのかを文は推察した。
推察した中に文は椛の事を頭が固いと称した為、

「なら、文は俺を楽に通らせてくれるのか?」

ならば自分を楽に通してくれるのかと言う事を龍也は文に聞く。

「そうして上げたいのは山々何だけど私は霊夢を素通りさせた。そして残った魔理沙とは弾幕ごっこで戦い、私に負けて魔理沙は勝って先へと進んで行ったの。
で、この場で貴方を簡単に通らせると私が手を抜いて態と龍也達を通らせたって他の天狗達に思われかねないのよ」
「天狗社会って言うのも結構大変何だな」

聞いた事に対する文の返答を受けた龍也がそんな感想を零すと、

「まぁ……ね。それでも組織に属する事でのメリットも在るから……トントンかな」

零された感想から組織に属する事のメリットデメリットを文は幾つか思い浮かべ、

「さて、これ以上話していると本気で裏切りを疑われる可能性が在るから……そろそろいくわよ」

話を打ち切るかの様にして構えを取る。

「分かった」
「……限りなく通常戦闘に近い弾幕ごっこ。これが……今の私が出来る最大限のサポートよ」

取られた構えに応える様にして龍也も構えを取ったのと同時に文はそう言い放って妖力を解放した。

「ッ!!」

文から解放された妖力を感じ取った龍也が気圧された様にして一瞬動きを止めた刹那、龍也の顔に影が掛かる。
掛かった影に気付いた龍也が再起動して顔を上げると、顔を上げた龍也の目には文の脚が映り、

「がっ!!」

文が何をし様としているのかを龍也が察したの同時に、龍也の頭頂部に文の踵落としが叩き込まれた。
不意打ち気味に攻撃を叩き込まれたせいか、龍也は成す術も無く地上に向けて叩き落とされてしまう。
叩き落された龍也は木々を圧し折りながら地面に勢い良く激突した。
地面に激突した影響で土煙が舞い上がり、叩き落された龍也の姿を隠してしまう。
舞い上がっている土煙を確りと視界に入れながら、

「これで終わりじゃないでしょう、龍也!! 貴方はあの風見幽香やレミリア・スカーレットが高く評価している人間!! この程度で終わる筈がない!!
さぁ、早く姿を見せなさい!!」

大きな声で早く姿を見せろと言う様な発言を文は行なった。
すると、

「ッ!!」

土煙が一気に吹き飛び、龍也が叩き落された場所が露になる。
露になった場所の中心部には翠色の髪に翠色の瞳を輝かせ、両腕両脚に風を纏わせた龍也が立っていた。

「……無傷か」

立っている龍也の状態から文が無傷かと呟いた瞬間、

「「…………………………………………………………………………」」

龍也と文の目が合い、それが合図となったかの様に龍也は跳躍して文の眼前に躍り出て、

「はあ!!」

拳を振るう。
振るわれた拳を、

「おっと」

文は体を傾ける事で回避して、お返しと言わんばかりに

「しっ!!」

鋭い蹴りを放つ。

「っと」

放たれた蹴りを龍也は上半身を下げる事で回避する。
互いが放った攻撃を避けられたからか、龍也と文の二人は同時に間合いを取り、

「やっぱり速いな、文」

ある程度間合いが取れた辺りで龍也は文の速さを称賛する言葉を口にした。

「これでもスピードには自信が有るからね。でも、そんな私に付いて来れる貴方も大したものよ。龍也」

口にされた事に文はその様に返しながら文は右手で腰に装備している葉の様な形をした団扇を手に取り、黒い翼を羽ばたかせ、

「この程度のスピードなら楽に付いて来れる様だし……スピードを上げていくけど、付いて来れるかしら?」

一瞬で龍也へと肉迫して団扇による突きを繰り出す。
肉迫して来た文のスピードが今までと比べて桁違いに上がっている事に龍也は驚くも、

「ッ!!」

半ば反射で手を伸ばして文の腕を掴み、繰り出された突きを防ぐ。
防いだ際に生じた文の隙を突く様にして龍也は反撃し様としたが、

「させないわよ!!」

龍也の反撃を中断させる様にして文は鋭い蹴りを放つ。

「くっ!!」

放たれた蹴りを見た龍也は反撃を中断し、空いている腕で文の蹴りを受け止め、

「りゃあ!!」

連撃されるのを防ぐの目的した蹴りを文の顎目掛けて繰り出す。

「危な!!」

繰り出された龍也の蹴りを文は慌てて顎を引く事で回避した。

「ちっ」

容易く攻撃を回避された事で龍也は舌打ちをするも、

「らあ!!」

顎を引いた事で文の視界から自分の姿が消えたと判断し、もう片方で足で蹴りを放つ。
視界外からの攻撃ならば当たると思われたが、

「読んでいたわ」

放った蹴りは文によって掴み取られてしまう。
自分の攻撃が完全に読まれていた事で龍也が驚いている間に、文は龍也に掴まれている自身の腕を力尽くで引き剥がしながら龍也の足を掴んでいる手に力を籠め、

「この儘投げ飛ばさせて貰うわよ!!」

そう言い放ちながらジャイアントスイングの要領で回転し始める。
文ならば投げ飛ばした龍也を追い抜き、連続で追撃を掛け続けるのも余裕であろう。
もし、この儘投げ飛ばされたら龍也の受けるダメージが加速度的に増えるのは確実。
態々受けるダメージを増やす気は無い為、

「投げ飛ばされて溜まるか!!」
「きゃ!?」

龍也は掴まれている足の方に纏わせている風を炸裂させ、文の拘束から強引に逃れて間合いを取る。
間合いが十分に取れた辺りで、

「あやややや、流石は男の子。無茶な事をするわね」

少し呆れた口調で文はそう零す。

「そこまで無茶って訳でもないと思うけどな」

零された事が耳に入った龍也はその様に返しながら炸裂させた脚の風を纏い直し、構えを取り直した。
そんな龍也に応える様にして文も構えを取り直す。
構えを取り直してから二人が少しの間睨み合っていると、不意に風が吹いて来た。
吹いて来た風を合図にしたかの様に龍也と文は同時に突っ込み、激突する。
だが、激突は一瞬。
激突した二人は直ぐに交差する様にして離れ、ある程度距離が取れると反転して再び突っ込んで激突した。
そしてまた交差する様に離れて反転し、また激突。
これを二人は何度も繰り返す。
何度も何度も。
数えるのも分からなくなる程の激突の後、龍也は反転して地を滑る様にして距離を取る。
対する文は反転して翼を広げて空気抵抗を大きくする様にして距離を取って行く。
ある程度の距離が取れた辺りで龍也は止まり、

「りゃあ!!」

掌から竜巻を生み出し、生み出した竜巻を文に向けて放った。
放たれた竜巻を見た文は止まりながら団扇を振るって竜巻を発生させ、龍也が放った竜巻に自身が発生させた竜巻をぶつける。
ぶつかり合った竜巻が互いを喰らい尽くすかの様にして消滅した刹那、

「この無数の風の刃から逃れられるかしら?」

自身の周囲に文は無数の風の刃を展開させ、展開させた風の刃を龍也に向けて一斉に射出した。
迫り来る風の刃を目に入れながら龍也は両手を合わせながら前方に突き出し、

「大嵐旋風!!!!」

両腕に纏わせている風を一つに合わせ、先程放った竜巻よりも威力も大きさも上の竜巻を放つ。
放たれた龍也の竜巻は文の風の刃を蹴散らしながら突き進んで行く。
突き進んで来る竜巻を見て、

「これは……避けるしかないか」

避けるしかないと文は判断して回避行動を取る。
因みに、先程と同じ様に竜巻を発生させて相殺すると言う考えが文には在った。
では何故それをしなかったのかと言うと、今龍也が放った竜巻と同レベルの竜巻を出すのは時間が少し足りなかったからだ。
兎も角、放たれた龍也の竜巻を完全に避け切った後、

「貰った!!」
「ッ!!」

何時の間にか文の眼前にまで迫って来ていた龍也が拳を振り被っていた。
勿論、両腕に風を纏い直した状態で。
ともあれ、振り被られている拳を見た文は慌てて後ろに下がる。
後ろに下がったお陰で龍也の拳が文に当たる事はなかったが、

「らあ!!」
「くっ!!」

続ける様にして放たれた龍也の二撃目の拳を文は受けてしまった。
受けたと言っても文は咄嗟に両腕を交差して防御の体勢を取った事で直撃は受けなかったものの、防御の上から殴り飛ばされてしまう。
殴り飛ばされた文は体を回転させながら体勢を立て直しつつ、顔を上げる。
顔を上げた文の目には殴り飛ばされた自分を追って来ている龍也の姿が見て取れた。
龍也が追撃を仕掛けて来る気である事を察した文は迎え撃とうとするも、

「間に合わないか……」

直ぐに間に合わないと言う事を悟る。
しかし、だからと龍也の追撃が来るのをその儘待つ気は文には無い。
ならば、どうするのか。
答えは簡単。
追撃出来ない様にすれば良いだけ。
そんな決意をした文の間合いに龍也が入った瞬間、

「はあ!!」

物凄い勢いの突風を文は全身から放った。
その様な方法を取って来るとは全く思っていなかったからか、

「どわあ!?」

放たれた突風を龍也はまともに受けてしまい、体を回転させながら後方に吹き飛んで行ってしまう。
ある程度吹き飛んだ辺りで龍也は体勢を立て直しながら強引に停止して、

「くそ……」

軽い悪態を吐きながら正面を見据える。
すると、既に体勢を立て直している文の姿が龍也の目に映った。
この事から仕切り直しかと考えつつ、

「体中から突風を放つとか……俺に無茶な事ってさっき言ってたけど、お前のそれも無茶何じゃないのか?」

体中から突風を放つと言う行為は無茶ではないのかと言う疑問を投げ掛ける。

「そんな事はないわよ。体中から風を放出する位じゃ無茶とは言えないわ」

投げ掛けられた疑問に文はそう返して姿を消す。
文の姿が消えた直後、反射的に龍也は上半身を前方に倒した。
龍也が上半身を前方に倒したのと同じタイミングで、龍也の上半身が在った場所に背後から文の脚が物凄い勢いで通り抜けて行く。
通り抜けて行く脚を目で追いながら龍也は上半身を倒した儘の体勢で文に向けて蹴りを放つ。
放たれた蹴りを文は後ろに一歩下がる事で回避する。
自分が放った蹴りが避けられた事を知った龍也は蹴りを放っていない方の足を軸にして後ろへと振り返り、

「はあ!!」

掌から風の塊を文に向けて射出した。

「甘い!!」

射出された風の塊を文は団扇で打ち払い、団扇を振るって風の刃を生み出して龍也目掛けて飛ばす。

「お前も甘いぜ!!」

飛ばされた風の刃を龍也は左腕に纏っている風で受け止め、

「らあ!!」

左腕を払って風の刃を弾き飛ばした。
これで文の攻撃を防いだと思ったのも束の間、

「ッ!!」

風の刃を弾いた際に生じた隙を突く様にして眼前にまで迫って来ていた文が拳を放っている光景が龍也の目に映る。
放たれた拳が龍也の顔面に当たる直前、

「ッ!?」

龍也の姿が消えた。
目標を失った事で文の拳は空を切り、空振った拳を文が慌てて引いた刹那、

「正面!?」

消えた場所に龍也が姿を現して蹴りを放っている光景を文は自身の目で捉える。
放たれた蹴りは文の胴体に当たるも、

「ッ!?」

何の抵抗も無い儘、龍也の蹴りは文の胴体を切断するかの様に通り抜けてしまう。
しかし、蹴りを放った龍也の脚には何の感触も無かった。
この事から、

「残像か!!」

今見えている文の姿が残像であると龍也は判断する。
その瞬間、

「正解!!」

正解と言う言葉と共に文は龍也の前方斜め上空から飛び蹴りを叩き込もうとして来た。

「危ね!!」

叩き込もうとして来た飛び蹴りを龍也は咄嗟に体を捻る事で回避する。
回避した事で一安心と思う間も無く、文が自身に向けて掌を向けているのが龍也には見て取れた。
見て取れたものから文が何をし様としているのかを理解した龍也は反射的に自身の掌を文の掌に向けて伸ばす。
伸ばした掌が文に掌とぶつかったのと同時に、ぶつかり合ったそれぞれの掌から風の塊が生み出される。
生み出された二つの風の塊は激突しながら炸裂し、炸裂した風の塊は暴風となって辺り一帯を荒れ狂った。
荒れ狂っている暴風の中心部に龍也と文は変わらず居たが、突如としてこの二人は姿を消す。
が、二人の姿が見えなくなった数瞬後には暴風の外部で大きな激突音が響き渡って衝撃波が発生していた。
何度も、何度も。
どうやら、超スピードで激突と離脱を繰り返している様だ。
そして、

「「ッ!!」」

暴風が消え去ってからの何度目かの激突の後、龍也と文は弾かれる様にして間合いを取り、

「はぁ……はぁ……ここまでスピードを上げても付いて来るか……」

息を整えながら文がそう呟く。
すると、

「はぁ……はぁ……当然だろ……」

同じ様に息を整えている龍也は呟かれた事に対して不敵な笑みを浮かべながら当然だと返す。
龍也と文の息は少々上がっているものの、二人共まだまだ余裕がある様だ。
それから少しすると上がっていた息も落ち着きを見せ始めたので、再び攻撃に入ろうかと龍也が考えた時、

「ッ!!」

文が龍也に向けて大量の弾幕を放って来た。
放たれた弾幕を見て攻撃を仕掛け様としていた龍也は出鼻を挫かれる様な形になるも、直ぐに意識を切り替えて回避行動に移る。
とは言え、回避行動だけでは終わらない。
文の弾幕を避けながら反撃すると言った感じで龍也も弾幕を放ち始めたのだ。
放たれた龍也の弾幕は文の弾幕とぶつかり合い、相殺し合っていく。
相殺し合う以外に何かが起こるのではと思われたが、それ以外の何かが起こったりはしなかった。
相殺し合っている弾幕がどちらかの弾幕を押し切ったり、二人の距離が変わったりと言う事も。
ある種、不変とも言える状況に埒が開かないと思った龍也は多少の危険を冒してでもこの弾幕の中を突っ切って行くべきかと考えて弾幕を放つのを止める。
龍也からの弾幕が途切れたのを見た文は左手を懐に入れ、懐からスペルカードを取り出し、

「風神『風神木の葉隠れ』」

取り出したスペルカードを発動させた。

「ここでスペルカード!?」

スペルカードを発動した文を見た龍也は突っ込むのを忘れたかの様に驚きの表情を浮かべてしまう。
今回の戦闘は限りなく通常戦闘に近い弾幕ごっこなので、スペルカードを使う事は別に不思議では無い。
不思議では無いが、何故このタイミングで言う疑問が龍也の頭に生じてしまった。
しかし、文を覆う様にして展開されていく大量の弾幕を見て、

「ッ!! そう言う事か!!」

生じた疑問は文の狙いに直ぐに気付けた事で解消する。
気付いたの同時に展開されている弾幕が逃げ道を塞ぎつつ龍也本人も狙う様に射出された為、

「やっぱり、俺の体勢を崩すのが狙いか!!」

気付いた事が正しかったと言う確信を得ながら最小限の動きで龍也は弾幕を避けて行く。
そう、スペルカードを使った文の狙いとは龍也の体勢を崩す事にあったのだ。
スペルカードを発動して放った技はどんな技でも発動した瞬間に放たれるのが殆どである為、技の発動スピードには極めて優れている。
しかも、霊力等の消費も極少量。
反面、スペルカードを発動して放った技には大した威力は無い。
何故かと言うとスペルカードは遊びと言う目的で作られた弾幕ごっこに付随する様にして生み出された物であるからだ。
が、大した威力は無いと言っても命中した際の衝撃はそれ相応のものがある。
衝撃がそれ相応と言う事は当たりさえすれば体勢を崩すのは十分に可能だ。
故に龍也はスペルカードを発動した文の狙いが自身の体勢を崩す事なのだと確信したのである。
さて、文の狙いが分かったと言っても迫り来る弾幕を避けると言う事に変わりは無い。
変わりは無いのだが、

「この儘いくと……」

この儘では被弾してしまうと言う可能性が龍也の頭を過ぎり始めた。
もし、被弾でもしたら戦況の優位は文に傾くのは必至。
ならば、そうなる前に何か手を打つ必要がある。
そこまで考えが至った辺りで龍也はある事を決めた。
目には目を、歯には歯をと言う精神でスペルカードにはスペルカードで対抗し様と言う事を。
そして、決めた事を実行に移す為に龍也が懐に手を入れた刹那、

「なっ!?」

大量なまでに在った弾幕が全て消えてしまった。
スペルカードを発動していられる時間にはまだ余裕が在る筈。
と言う事は、文が自分の意思でスペルカードの発動を止めたと言う事になるだろう。
何故このタイミングでと言う疑問を龍也が抱いている間に、

「さっきの話しになるけど……」

何時の間にか龍也の直ぐ近くにまで迫って来ていた文がそんな事を呟く。
呟かれた言葉に反応した龍也は文の方に顔を向けた。
すると、超高密度の風の塊が文の両手の間に存在しているのが龍也の目に映る。
その瞬間、直感的に拙いと感じた龍也は慌てて懐から手を引き抜いて文がし様としている事を止める為に攻撃を繰り出そうとするも、

「私にとっての無茶は……」

時既に遅く、

「これ位の事を言うのよ!!」

龍也が攻撃を繰り出す前に文は超高密度の風の塊を炸裂させた。

「うおわぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

至近距離で超高密度の風の塊が炸裂した事で龍也はダメージを受けながら吹き飛んで行ってしまう。
吹っ飛んで行った龍也を文は突っ込む様にして追い掛けて行き、追い付いたのと同時に龍也の背後に回り込み、

「せい!!」
「がっ!!」

打ち上げる様な形で龍也の背中に両足を叩き込んだ。
両足を叩き込まれ、打ち上げられた龍也は体を回転させながら体勢を立て直してブレーキを掛けて止まり、

「……くそ!!」

慌て気味に顔を動かして文の姿を捜そうとする。
しかし、

「ッ!! 居ない!?」

幾ら捜しても文の姿を見付ける事は出来なかった。
一体何所へと言う疑問を抱いたのと同時に背後から何かを感じ取った龍也は振り向き様に裏拳を放つ。
放たれた裏拳は、

「竜巻!?」

竜巻に当たった。
裏拳を放った先に竜巻が在ったと言う事は、この竜巻を生成したのは文と言う事になるだろう。
だが、文の姿は何所にもなかった。
この事からもう既に移動したのかと言う判断をしながら龍也が裏拳を振り抜いて竜巻を消そうとした矢先、

「がっ!?」

大きな衝撃が龍也の腹部に走り、龍也は地面目掛けて勢い良く吹き飛んで行ってしまう。
先程の竜巻は只単に自分の注意を引き付けるだけものだったのだと言う事に龍也が気付いたのは木々を圧し折り、地面に激突してクレーターを作った直後であった。
それから少しすると、

「痛ぅ……」

クレーターの中心部に倒れていた龍也は立ち上る。
立ち上がった龍也は体の節々から痛みを感じたが、無視出来る範囲だったので龍也は痛みを無視する事にした。
そして、地面に叩き落された衝撃で四散した両腕両脚に纏っていた風を纏い直して顔を上げる。
が、顔を上げた龍也の目には舞い上がっている砂煙しか映らなかった。
砂煙が舞い上がっている理由は龍也が勢い良く地面に激突したせいであろう。
ともあれ、砂煙が舞い上がっていては上空の様子を視認する事が出来ないので、

「ッ!!」

龍也は全身から突風を放って砂煙を吹き飛ばす。
舞っていた砂煙が消えると、空に浮かびながら龍也を見下ろしている文の姿が在った。
見下ろしている文は超高密度の風の塊を間近で炸裂させたせいか、多少ボロボロな風貌になっている。
取り敢えず、文の姿を見た龍也は一息吐き、

「……やっぱ強いな」

やはり強いと言う台詞を零しながら何時の間にか口端から流れていた血を左手の甲で拭い、少し考えを廻らせていく。
普段であればここで別の力に変えて戦い方等も変えると方法を取るのだが、今回に限ってはそれもかなり厳しい。
何故かと言うと、使用している力が白虎以外ならば龍也は文のスピードに付いていけないからだ。
いや、反応し切れないと言った方が正しいか。
もし仮にここで白虎から朱雀、玄武、青龍のどれかに龍也が自身の力を変えたりしたら。
龍也は文のスピードに翻弄されながらダメージを蓄積させていき、文に大したダメージを与えられずに敗北するだろう。
攻撃パターンを掴めれば話は別であろうが、掴む前に龍也が限界に達する可能性がかなり高い。
廻らせた考えから龍也は白虎以外の力を使うべきではないと言う結論に達する。
その後、

「これ以上長引かせると、霊夢と魔理沙に追い付けなくなりそうだな」

ポツリとそんな事を呟きながら龍也は左手を顔面付近に持っていく。
すると、龍也の左手からどす黒い色をした霊力が溢れ出し始め、

「妖怪の山の頂上に現れた神の強さが分からないから力は温存して置きたかったが……出し惜しみをしてやられたら笑い話にもならねぇな」

ある決意を抱きながら龍也は左手を一気に振り下ろした。
左手が振り下ろされると白を基調とした仮面が龍也の顔面に現れ、眼球の色が白から黒へと変わる。
仮面の造形は憤怒した鬼と悪魔を足し合わせて骨にし、目元から米神に掛けて黒い線が走っていると言うもの。
勿論、現れた変化は仮面が現れて眼球が黒くなっただけではない。
龍也から感じられる霊力の量は跳ね上がり、霊力の質は禍々しくなって濃度が濃くなっているのだ。
そんな龍也の霊力を感じながら、

「あれが……仮面を付けた龍也か……」

文は固唾を呑みながら警戒を強めていく。
自身の発刊している"文々。新聞"に龍也の記事を何度も載せたりしているので、龍也の使う力や力を解放した状態に付いては文は知っている。
無論、龍也が仮面を付けた状態の事も。
更に言えばその状態で戦っている時の龍也も何度か見ている。
余談ではあるが龍也の記事は人里の子供達に人気が高い。
とは言え仮面を付けた状態の龍也が子供受けするかは微妙だった為、仮面を付けた状態の龍也の事を記事にはしていないのだが。
兎も角、今の状態の龍也を見ながら、

「遠くから見た感じでは全体的に能力が大きく上がっていたけど……ッ!?」

過去に見た仮面を付けた状態の龍也の能力値上昇に付いて文が思い出している間に、文の視界から龍也の姿が消えた。
突如として消えた龍也に文は驚くも、それでも龍也の移動先を捉えられた文は、

「そこ!!」

捉えた場所に向けて拳を放つ。
しかし、

「ッ!! 捉え損ねた!?」

放たれた文の拳は空を切るだけに終わった。
攻撃を空振った事で生じた隙を突く様にして、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

文の背後に回っていた龍也が蹴りを叩き込もうとする。

「ッ!!」

龍也が背後に回った事に気付いた文は振り返りながら両腕を交差させた。
交差した両腕に龍也の蹴りが叩き込まれ、

「痛ッ!!」

かなりの勢いで文は蹴り飛ばされてしまう。
蹴り飛ばされたせいでどんどんと龍也との距離が離れて行っているのを感じた文は自身の翼を大きく広げ、空気抵抗を利用する形で減速しながら止まる。
何とか止まる事が出来た文は蹴りを叩き込まれた腕に目をやり、

「百聞は一見に如かずね。まぁ、見た事は在るから厳密には違うんだろうけど。それにしても、まさかここまで威力が上がっているとは……」

そう言いながら拳を作ったり開いたりと言った動作をし始めた。
その様な動作をしていると龍也の蹴りを受け止めた箇所が痛みを訴えて来ているが、幸いな事に戦闘に影響を与える程の痛みではない。
ある程度発する痛みの度合いに付いて把握した文は顔を上げて龍也の方に目を向ける。
目を向けた先に居る龍也は文の方を見ているだけで何かしらの行動を取ったりはしていない。
追撃などを仕掛けて来ない事から自分の動きを探っているのかと考えつつ、文はある事を理解する。
この儘戦っても仮面を付けた龍也が相手では些か不利だと言う事を。
なので、

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

全身に力を籠めて妖力を解放して、龍也との不利を埋めに掛かった。
尤も、龍也が霊力を解放してしまえば埋めた不利も意味を為さなくなるであろう。
ならば、霊力を解放して龍也が自身の力を底上げする前に仕掛けると言う決意をしながら文は突撃を仕掛けた。
突っ込んで来た文を龍也は体を捻る事で避ける。
突撃を避けられた事に気にした様子を文は全く見せず、龍也の真横をその儘通り抜けた。
龍也の真横を通り抜けた文は龍也から距離を取り、ある程度龍也との距離が取れた辺りで姿を消す。
文が姿を消した次の瞬間には龍也の正面に現れ、拳を放つ。
不意を突いたと言える一撃ではあったが、その一撃は龍也の掌によって受け止められ、

「らあ!!」

お返しと言わんばかりに龍也も文に向けて拳を放った。
放たれた拳は文には当たらず、文の団扇に受け止められてしまう。
互いが互いの拳を受け止めているからか、二人は自然と力比べをする様な状態に移行する。
力比べをし始めた当初は互角であったが、

「く……」

少しすると文が押され始めた。
押され始めた事を認識した文は更に力を籠めて均衡状態に戻そうとするも、戻す処か更に押されてしまう。
これでは完全に押し切られると文は判断し、

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

更に妖力を解放する。
解放される妖力の量が増えたお陰で龍也と文の力比べは拮抗状態に戻った。
だが、ここで龍也が霊力を解放してしまえば均衡状態も再び崩れてしまうであろう。
だからか、

「しっ!!」

龍也が霊力を解放する前にと言った感じで、龍也に向けて文は膝蹴りを繰り出す。
すると、

「ふっ!!」
「ッ!?」

まるで示し合わせたかの様に龍也も膝蹴りを繰り出して来たのだ。
龍也も膝蹴りを繰り出して来た事に文は驚くも、繰り出した膝蹴りはもう止まらない。
繰り出された二人の膝蹴りは当然の様に激突して、大きな激突音が辺り一帯に響き渡って衝撃波が発生する。
発生した激突音と衝撃波を無視する形で二人は膝も使って相手を押し切ろうとするも、

「え?」

突如として龍也が力を抜いた事で事態は一転。
龍也を押し切ろうと力を籠めていた文は間の抜けた声を漏らしながら、龍也を押し倒す形で倒れ込んでしまう。
そして、文の背中が天を向いた刹那、

「だあ!!」
「ぐっ!!」

龍也は両足を文の胴体に叩き込み、打ち上げる様にして文を上空へと蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた文は翼を広げて減速していくも、

「ッ!!」

減速している最中に自分の真横を龍也が通り抜けたのを見てしまい、減速している事も忘れて慌てて振り返った。
振り返った文の目にはスペルカードを手に持っている龍也の姿と、

「風拳『零距離突風』」

持っているスペルカードを発動した様子が映る。
その瞬間、文の腹部に龍也の拳が当たり、

「かっ!?」

当たった拳から突風が放たれて文は地面に向けて吹き飛んで行き、木々を圧し折りながら地面に激突した。
激突した際の影響で砂煙が舞い上がる。
舞い上がった砂煙のせいで文の姿は見えないものの、龍也は文が墜落した場所に目を向けていた。
それから少しすると龍也は左手を額の辺りに移動させ、振り払う様にして左手を振るう。
同時に、龍也の付けている仮面はどす黒い霊力になって風に流される様にして消えていく。
仮面が消えた事で龍也の眼球が元の色に戻った後、

「……ありがとな」

小さな声で礼の言葉を口にして龍也は自身の力を消す。
力を消した事で龍也の髪と瞳の色が元の黒色に戻って纏わされていた風が消えると、霊夢と魔理沙の後を追う形で龍也は再び進行を始めた。






















龍也が再び進行し始めてから少しすると、

「今の一撃……スペルカードでの一撃じゃなかったら危なかったわね」

文はそう呟きながら立ち上がり、

「仮面を付けた龍也の戦闘能力があそこまで上がっている何てね。龍也が戦っている姿は何度も見た事が在るから龍也の強さは知ってるけど……改めて
その強さを思い知った気分だわ」

服に付いている埃を払う。
そして、

「それにしても、大天狗様も密命ではなく普通に命令してくれれば態々龍也と戦う事も無かったのに……」

続ける様にしてそんな愚痴を零す。
文が魔理沙との弾幕ごっこで敗北した後、文は自分の直属の上司の大天狗に定時報告と言う名目で龍也達の事を報告した。
報告した理由は、自分の直属上司の大天狗なら上手い事龍也達を援護する様な命令を出してくれると思ったからだ。
事実、文の直属の上司である大天狗は他の大天狗達が龍也達の妨害をしない様に掛け合ってくれた。
が、先程文が零した愚痴の様に大天狗は文にある密命を出したのだ。
その密命と言うのは龍也達を妖怪の山の頂上に現れた神にぶつけて神達の反応を探れと言うもの。
そんな密命を出したのは妖怪の山に侵入して来た龍也達は人間であるので、例え龍也達が神と相対しても大事には至らないだろうと判断したからであろう。
文としてはこの件を密命ではなく普通の命令で出して欲しかったのだが、それが無理なのは理解している。
妖怪の山全体がピリピリしているこの状態でそんな命令を通常のものとして出されたら、確実に余計な混乱が生まれてしまう。
混乱だけならまだしも命令内容に不審を持った輩がそれを曲解解釈して天狗達に広め、そこから疑心暗鬼の空気が流れ始めたら目も当てられない。
そうなったら最悪、大義名分を得たと言って自分達が支配者に成りたい天狗の派閥が大手を振って複数立ち上がる可能性も出て来る。
もしこれが現実になったとしたら、妖怪の山全体を巻き込んだ天狗達の戦争に発展するおそれも在るだろう。
とは言え、密命のお陰で龍也と戦うなった事を思えば、

「……はぁ」

自然と文は溜息を吐いてしまう。
何で龍也みたいな強い者と戦わなければならないのかと言う想いを籠めながら。
一通り溜息から籠めた想いが出た後、

「まさか、あのタイミングで龍也とバッタリ会う事になるとは思っても無かったわ」

龍也と会う事は予想外であったと言う事を口にする。
やはりと言うべきか、今回の龍也との戦いは文にとっても想定外の事であった様だ。
しかし、そのお陰で龍也の強さを他の天狗に見せ付ける事が出来た。
一体何人の天狗が二人の戦いを見ていたかは不明である。
が、見ていた天狗は確実に自分達の戦いの事を広めるのを文は確信している。
そうなれば龍也は勿論、龍也と一緒に来た霊夢と魔理沙の二人にも手を出そうと思う天狗は居なくなるであろう。
もし居るとしたら天魔や大天狗達位であろうが、その者達は文の直属の上司である大天狗が押さえてくれる筈。
更に言えば文が霊夢を素通りさせて魔理沙に負けた言い訳作りにも一役買ってくれるだろう。
ここまで考えを廻らせた文は龍也と戦った事は結果的にプラスに働いたと思ったが、

「それでも割りに合わないわ」

だとして割に合わないと言う愚痴を文は再び零して軽いストレッチを行なっていき、

「もし、今回の件を解決出来なかったら……自棄酒位じゃ済ませないわよ、龍也」

ポツリとそんな事を呟いて妖怪の山の頂上に現れた神社へと向かって行った。






































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