「後……一回寝たら正月だなー……と言うか後もう少しで正月か……」

神社の外で霊児はそんな事を言いながら七輪を使って餅を焼いていた。
季節が過ぎるのも早いもので、もう年末だ。
早く感じるのは修行をしたり、人里行って商売したりと言った事ばかりしていたせいかもしれないが。
普通、年末年始と言えば神社が忙しくなる時期であるが、博麗神社は例外だ。
何せ博麗神社へと続く道のりには凶暴な妖怪が普通に出て来る。
その為、霊児自身が人里の人間に博麗神社には来ない様に言っているのでこの神社は基本的に暇なのである。
そう言ったのは、自分の神社に来る道中で妖怪に襲われて死のうものなら流石に寝覚めが悪くなるからだ。
序に言うと、お守りやらお札の販売、お払いなどは少し前に人里で前倒し気味に済ませたので大晦日や正月に霊児がすべき事は殆どない。
霊児は平和だなと思いながらボーッとしていると、

「あ、餅焼けた」

餅が焼けた事に気付く。
霊児は焼けた餅を手に取り、小皿に入れていた砂糖醤油を餅に付けて食べる。
良く噛んで喉に詰まらせない様に餅を飲み込み、

「……何か、無性に空しくなってきた」

霊児はポツリとそう呟いた。
世間一般では今頃家族団欒で過ごしたり、大掃除している頃であろう。
博麗神社の中は然程汚れてはいないので大掃除する必要もないし、霊児には家族も居ないので家族団欒で過ごすと言う事もない。
序に言えば、霊児の記憶の中には過去に家族が居たと言う記憶はない。
前世の記憶の中には家族団欒で過ごした記憶も在ったであろうが、記憶が磨耗し過ぎていてどう言うものであったかは思い出せない状態だ。
思い出せないのならどうでもいいかと霊児が思った処で、

「……眠くなって来たな」

霊児は眠気を覚える。
このまま寝正月に洒落込もうかと考えていると、

「……あ、儀式しなきゃ」

儀式の事を思い出す。
儀式の事を思い出したのと同時に霊児は月の位置を見て時間を確認する。

「そろそろ日付が変わるか。ま、早い方がいいかな」

今の時間帯を確認した後、霊児は神社の中に入って超特急で儀式の準備を行って儀式を行う。
霊児が何の為の儀式を行っているかと言うと、天照大神と天香香背男命が戦うので天照大神を勝たせる為の儀式である。
何故この様な儀式を行っているかと言うと、この戦いで天香香背男命が勝ってしまうと困るからだ。
もしこの戦いで天香香背男命が勝つとその年は妖怪の力が増してしまう。
霊児にとってはそこんじょそこ等の妖怪の力が仮に十倍に上がったとしても何の問題も無い。
普通に無双する事が出来る。
だが、人里の人間にとっては死活問題だ。
妖怪の力が増した場合、人里の外で山菜を採ったり魚を採ったり薬草を採ったりとしている者達の行動に大きな支障が出てしまう。
それに、天香香背男命が勝った事で力を増した野良妖怪辺りが集団で調子に乗って人里に襲い掛かると言う可能性も捨てきれない。
そして、もしそれが原因で人里が壊滅と言う事態になれば幻想郷のバランスが崩れる。
それを避ける為にもこの儀式は必要なのだ。

さて、儀式と言っても然程難しいものではない。
まず、儀式を行って霊児を天香香背男命に干渉出来る様にする。
干渉出来る様になったのと同時に霊児の霊力で天香香背男命を縛り、天香香背男命の実力を大幅に落とし、その間に天照大神が天香香背男命を倒す。
これで天照大神が動かなければ天照大神にも干渉して天香香背男命と戦う様に嗾ければいい。
これだけの非常にシンプルなものだ。

この儀式をしている最中、霊児は自分が天香香背男命を倒しに向かった方が早いんじゃないかと考えたが、直ぐにそれでは意味が無いと悟ってその選択肢を捨てる。
天照大神が天香香背男命を倒さなければ意味がなからだ。
霊児は毎年毎年こんな儀式をしなければならないのは面倒だな思いつつ、儀式を完全に簡略化させて神と干渉させる方法でも確立させ様かと考えていると、

「………………お」

霊児は天照大神が天香香背男命を倒したのを感じ取ったので儀式を終了する。
少し儀式を始める時間が早かったかなと霊児は思ったが、無事に終わった様でなによりだ。
自分の手助けなしでも勝てる様になって欲しいなと思いながら体を伸ばし、居間へ移動する。
腹が減って来たので寝る前に何か食べ様と思ったからだ。
そして居間へと続く襖を開けると、

「明けましておめでとうございまーす!!」

射命丸文と白髪で犬耳の少女がいた。
文は知っているが、犬耳の少女は初めて見る顔である。
彼女も同じ天狗であろうかと霊児は思いつつ、

「……何しに来た?」

何をしに来たのかをジト目で尋ねる。

「新年のご挨拶ですよー、だからそんな顔をしないでくださいよ。ほら、お酒やお節料理も持って来ましたし」

ジト目で見られたからか、文はそんな事を口にする。
そんな文を見た後、文が持って来たであろうお節料理やお酒に目を向ける。
食い物を持って来たんだから別にいいかと霊児は思い、犬耳の少女の方に顔を向け、

「……まぁ、いいや。で、お前は誰だ?」

誰かなのを訪ねる。

「あ、私は白狼天狗の犬走椛と申します」

そう言って犬耳の少女……椛は頭を下げて霊児に自己紹介をした。

「俺は今代の博麗、博麗霊児だ」

自己紹介をされたからか、霊児も自己紹介すると椛は驚いた顔になる。

「? どうした?」
「あ、いえ、今代の博麗は男だと噂や文さんの新聞で知っていたのですがまさか本当だったとは思わなくて……」

同じ天狗の筈なのに、文の新聞はあまり効果が無かった様だ。
と言うより信憑性がないのだろうか。
インタビューを受けたのは完全に無駄だったなと思いつつ、

「じゃあ椛は何しに来たんだ?」

椛が博麗神社にやって来た理由を尋ねる。
椛とはこれが初対面なので文と同じ新年の挨拶ではないだろうと霊児が思っていると、

「いえ、私も文さんに無理矢理連れてこられたので何とも……」

椛がそう言う。
どうやら、椛は文に連れて来られただけで霊児に用があるとかそう言う訳ではなさそうだ。
何故、椛を連れて来たのかと言う視線を霊児が文に向けると、

「いやー、一番暇そうにしてたので……」

文からそんな答えが帰って来た。

「暇そうって……とゆーか天魔様主催の新年会は……」

椛は呆れた視線は文に向ける。
すると、

「大丈夫よ、一寸位抜けたって問題ないって」

文は何てこと無いと言った顔でそう言う。

「態々、妖怪の山の宴会を抜けて来たのか?」
「ええ、そうですよ」
「何の為に?」
「いやー、霊児さん一人では寂しいだろうと思いまして」

文はそう言うが、霊児は今一信用出来なかった。
何か裏があるのではないかと霊児が勘繰っていると、

「あ、若しかして……」

椛が何かに気付く。

「今の内に霊児さんに媚を売っておいて、異変が起きたさいに取材して記事を独占して"文々。新聞"の購買数増加って言う事を考えてませんか?」

椛が自分の考えを口にすると、文の動きが止まる。
そんな文を霊児と椛がジト目で見ると、

「…………い、いやですねー、そんな事考えていませんよー」

文は白々しい事を口にした。

「……本当かよ」
「ほ、本当ですよー」

そう言って少し慌てながらも、文は霊児に近づいていき、

「それにほら。今この状況は霊児さんに取っても役得ですよ」

今の状況は霊児にとって役得であると口にする。

「役得?」

霊児が首を傾げると、

「ほらほら、こんな可愛い女の子二人も侍らせて。両手に花ですよ両手に花」

文は現状が両手に花であると口にする。
確かに、文の言う通り今の霊児の状況はそれに当たるであろう。
霊児はそんな事を思いつつ、自分で可愛い女の子と普通言うかと考えていると、

「あ、若しかして照れてますか? いやー、霊児さんってあまり子供らしい所がないなと思ってましたが意外と可愛い所があるんですね」

文はそんな事を言いながら霊児の頭を撫でる。
霊児の反応が無いのを文は照れていると捉えた様だ。

「ほらほら、文お姉ちゃんと呼んでも良いんですよ?」

仕舞いにはそんな事まで言い出す始末。
段々と調子に乗っていく文の態度に腹を立てたのか、霊児は右手を拳銃の形にしてその指先を文に向ける。
そして指先に霊力を集め、指先から青白い光を発生させ始めた。
その青白い光が次第に強く、大きくなっていく様子を見た文は冷や汗を流し始め、

「じょ、じょーだんです、冗談!! で、ですからそんなに怒らないでください!!そんなのまともに喰らったらほんとにやばいです!!
ほ、ほら!! ここでそんなのを放ったら折角のお節料理やお酒も吹き飛んでしまいますよ!!」

霊児の右手の人差し指から発せられる青白い光で顔を照らされながら、文は霊児の頭から手を離して必死に言い繕い始めた。
そんな文の様子を見た霊児は大人気なかったかなと思い、指先に集めていた霊力を四散させる。
その様子を見て文はホッと息を吐く。
もう同じ事はしないだろうと霊児は思いながら右手を元の形に戻すと、椛が自分を見ている事に気付いた。

「ん、どうした?」
「あ、いえ。あれだけの霊力をその年で楽に集めていたので少し驚いていただけです」

椛は霊児の霊力の扱い方に驚いて霊児の方を見ていた様だ。

「そんなに凄かったか?」

比較対象がないので霊児は今一ピンとこず、首を傾げていると、

「そうですね、今ほどの速さであの量を集められる者はそうそう居ないでしょう」

文がそう教えてくれた。
霊児としては軽く集めた位なのだが、どうやら凄い様だ。

「それより、早く食べましょう」

話を変える様にして文はお節料理を食べる様に言い、霊児の背中を押しながらお節料理とお酒がある所まで進ませる。
椛もその後に続くように歩いて行く。
その後、霊児を座らせると文は霊児の対面の位置に移動して座る。
それに対し、椛は霊児の隣に座った。
全員が座った事を確認すると、文がそれぞれの杯に酒を注いでいく。
全員の杯が酒で満たされると、

「それじゃ、乾杯!!」

文が乾杯の音頭を取るのと同時に三人は酒を飲む。

「いやー、大天狗様の持っているお酒は美味しいわ」

杯に入っている酒を飲み干し、文が酒の感想を口にすると、

「え、これ大天狗様の? いいんですか、持って来て?」

椛は大天狗の酒を持って来ても良いのかと文に尋ねる。
椛の顔にはそんなお酒を自分が飲んでしまって大丈夫なのかと言う様な事が読み取れたが、

「問題ないでしょ。新年会でも振舞ってたし」

椛の心配をよそに文は何て事ないように言う。
そんな会話をしている二人を見ながら、

「そういや、お前等二人ってどういう関係なんだ?」

霊児は何となく気になった事を尋ねてみた。

「私と文さんですか? 一応、先輩後輩の間柄になりますね」

椛が一応先輩後輩の間柄であると口にすると、

「一応ってなによ」

文が一応と言う単語に突っ込みを入れる。

「ならもう少し真面目に仕事をしてください」

椛が呆れたようにそう口にした。

「してるわよ」
「そうですか?」

何やら口喧嘩になりそうになって来たので、

「そーいや、天狗社会ってどうなってるの?」

霊児は話題を変える為に天狗社会に付いて尋ねる。
口喧嘩が発展して暴れられて神社が壊されたら洒落にならないと思ったからだ。

「ええとですね、まず頂点に天魔様。その次に十数人の大天狗様。その下に烏天狗、鼻高天狗、白狼天狗、山伏天狗っと言った感じになっています」

椛が天狗社会の簡単な組織図を説明し、

「ちなみに私と椛の上司である大天狗様は同じ大天狗様なんです」

文が補足する様な事を口にする。
その話を聞き、だからこの二人はそれなりの付き合いがあるのかと霊児は思い、

「そういや新聞に拘ってるのも何かあるのか?」

新聞の事に付いても尋ねる。

「あ、それはですね、毎年恒例で新聞大会があるんですよ。それでは発行部数を競うのです」
「まぁ、文さんは負けてばかりなので、異変が起きたさいは自分だけに情報を提供して欲しい様ですが」
「あー、それで……」

だから、こんな豪華なお節料理などを持って来たんだなと霊児は思った。

「にしても気が長いな。若しかしたら俺が引退するまで異変は起きないかもしれないのに」
「まぁ、妖怪は人間と比べたら遥かに寿命が長いですから」
「たがだか数十年は気にならない……か?」
「そうですね」

妖怪ならではの感覚であろうか。
人間の自分には一生分からないかもしれないなと霊児が思っていると、

「そう言えば、私を連れて来た理由は何ですか?」

椛は今更ながら自分を連れて来た理由を文に尋ねる。
酒も進んで来たので喋るかもと椛が思っていると、

「色仕掛けをするなら一人より二人の方が良いでしょ」

文は椛を連れて来た理由を口にする。

「そんな理由ですか」

理由を聞いた椛の顔は呆れ顔だ。

「今までの博麗は女だったから色仕掛けは通用しない、けど、今代の博麗は男。色仕掛けも通用すると思ったんだけど……」

そう言いながら文は霊児を見て、

「まさか通用しなかったとは……」

ガックリと肩を落とす。

「俺の年で色仕掛けが通用するのもどうかと思うぞ」

霊児はまだ少年と呼べる様な年ではない。
前世の事を思い出して直ぐの時なら兎も角、今では前世の記憶はあくまで過去のもので主体は霊児と言うのしっかりと確立しているのだ。
故に、今の霊児の年で色仕掛けには引っ掛からないであろう。
序に言えば、前世の記憶は磨耗しまくっているのでその影響は更に少なくなっている。

「あ、そうだ椛。実際の所、"文々。新聞"ってどのくらい購読者数がいるんだ?」
「そうですね……あまりいませんね。でも、年々微妙に増えていってはいるみたいですね。他の烏天狗と違って自分の足で取材したり、自分で宣伝したりしてるからでしょうが」
「ふーん……」

自分の事が広まるのはまだまだ先かなと思っていると、

「あ、そう言えば」

文は何かを思い出した顔をする。

「どうした?」
「いえ、つい流れで霊児の杯にも天狗の酒を注いでしまいましたが……その酒を霊児さんは普通に飲んでいます様ね?」
「ああ」

天狗の酒を飲んでる事を霊児が肯定すると、

「普通、人間が天狗の酒を飲むとただでは済まないんですが……霊児さん、天狗の酒を飲んでも全然平気そうですね。霊児さん、本当に人間ですか?」

文は霊児が人間であるかを疑い始める。

「失敬な。俺は純度100%の人間だ」

霊児は自分が純度100%の人間であると言い、お節料理を口に運ぶ。
そして、三人でお節料理を食べたり酒を飲みながら盛り上がっていく。





















「それじゃ、そろそろ戻りますね」

日が上がる少し前に文はそろそろ戻ると言う事を口にする。

「少し位と言いながらも結構な時間ここに居ましたしね」
「いい加減、あっちの新年会に戻ったほうがいいでしょうしね」

天魔主催の新年会に戻った方がいいと言う事を口にして文と椛が立ち上がると、

「あ、一寸待て」

霊児が文と椛を呼び止める。
何だと思いながら文と椛が霊児の方を向くと、霊児はポケットから取り出したお守りを取り出し、

「ほら」

二人に投げ渡す。
二人がそれを受け取ったのと同時に、

「酒とお節の礼代わりだ。効果は保障するぜ」

酒とお節料理の礼だと言う事を口にする。
同時に、売れ残った物である事は言わぬが花であるだろうと霊児は思った。
言ってしまったら色々とぶち壊しになるであろう。

「ありがとうございます」
「大事にしますね」

文と椛はそう礼を言って妖怪の山に帰っていった。
それを見送った後、

「さて、眠いから片付けは明日にするか」

霊児は目を擦りながら自分の部屋へと向って行く。














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