何でも願いを叶えると言う事が書かれた紙切れがばら撒かれて一寸した騒ぎが起きたがそれは霊児の手によって普通に解決され、宴会で締め括られた。
何か事が起きた後、首謀者を含めて宴会で終わらせると言うのは若しかしたら幻想郷だけなのかもしれない。
そんな宴会が開催されてから翌日、夢美とちゆりは夢幻遺跡と言う名の船である可能性空間移動船で自分達の世界へ帰って行った。
その時、夢美はかなり名残惜しそうな表情をしていたが。
そして、夢美とちゆりが去ってから一週間程経った博麗神社の昼下がり。
霊児は、
「…………ふぅ」
縁側で茶を飲み、茶菓子を食べながら寛いでいた。
何時もなら人里に商売をしに行ったり神社の庭先で修行したりするのだが、霊児はその様な事をしていない。
何故かと言うと、今日は心地良い暖かさであるからだ。
心地良い暖かさであるので霊児はそう言った事をする気にはなれないのである。
偶にはこの様にのんびりと過ごすのも良いだろうと霊児は思いながら、また茶を啜り、
「……うん、美味い」
自画自賛な様な感想をポツリと呟く。
料理は鍋料理以外は殆ど作れない様な霊児ではあるが、茶を淹れるのだけは非常に上手なのである。
これに関しては、自分より上手に淹れられる存在は居ないのではと思っている程だ。
霊児はそんな自信を抱きながら茶を啜り、茶菓子を食べ様と手を伸ばしたのだが、
「……ん?」
手が茶菓子に触れなかった。
少し手を大きく動かしても茶菓子が手に触れなかったので霊児は茶菓子を乗せている皿の上に目を向けると、
「あ……無い」
皿の上に茶菓子に無い事に気付く。
どうやら、先程食べたので最後であった様だ。
「ストックまだ在ったかな……」
霊児は茶菓子のストックが残っていないか記憶を辿って行った結果、
「……無いな」
無いと言う結論に達した。
茶菓子が無いのであれば買いに行くのべきなのだが、霊児は縁側から動こうとはしない。
何故ならば、
「買いに行くのは面倒臭いな……」
この一言に尽きるからだ。
しかし、幾ら面倒臭いと言っても茶菓子は無いと言う事実は変らない。
なので、
「明日行こ」
霊児は明日茶菓子を買う事を決める。
面倒な事を明日に回すのは霊児らしいと言えば霊児らしい。
面倒くさい事は後回しにすると言う予定を立てた後、霊児は残っている茶を飲み干して掌を枕代わりにして横になる。
横になったのと同時に目を閉じ、ウトウトし始めた時、
「随分とダレているわね、霊児」
霊児の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
来客かと思った霊児が目を開くと、
「……アリス」
アリスの姿が目に映る。
どうやら、やって来た来客はアリスであった様だ。
霊児は体を起こしながら、
「少し久しぶりだな」
そう声を掛ける。
「ええ、少し久しぶりね」
アリスもその様に返しながら霊児に近付き、
「貴方に聞きたい事があったの」
聞きたい事があるのだと言う。
「俺に?」
霊児が首を傾げると、アリスは懐から紙切れを取り出し、
「これを見て」
取り出した紙切れを霊児に手渡す。
「何だ、これ?」
霊児は疑問気な表情をしながら紙切れを受け取った時、その紙切れに文字が書かれている事に気付く。
なので、霊児は取り敢えず書かれている文字を読み上げる事にする。
「何々、『古の遺跡"夢幻遺跡"本日10時開店。この遺跡に訪れた方にはどんな願いも叶えてみせます。皆様の御来店を心よりお待ちしております』」
書かれている文字を読み終えた霊児は思った。
思いっ切り見た事があるぞと。
そんな霊児がそんな事を思っている間に、
「それに描かれている地図にはこの近くに夢幻遺跡があるらしいのだけど、全然見当たらなくてね。それで、貴方なら何か知っているんじゃないかと
思ってここに来たの。霊児、何か知ってる?」
アリスは霊児に夢幻遺跡が何所にあるのかを尋ねる。
かなり期待した目で自分を見ているアリスに気付いた霊児は、
「あー……アリス」
「何?」
「それ、一週間位前の話しだぞ」
無常にも真実を伝えた。
「……え?」
アリスが思わず目をパチクリさせると、
「だから、それは一週間位前の話だぞ」
霊児は同じ言葉をもう一度発する。
その瞬間、二人の間に何とも言えない空気が流れた。
流れた空気を払拭するかの様に、
「じゃ、じゃあ、この遺跡って言うのは……?」
アリスは遺跡に付いて問う。
遺跡の事に付いて問うたアリスから僅かながら期待した雰囲気が感じられたが、
「もう無いぞ」
霊児の口からもう無いと言う言葉を聞いた時、
「そ、そんなー……」
そんな雰囲気も消え失せてアリスはガックリと肩を落とした。
肩を落として思いっ切り落ち込んでいるアリスを見て流石に同情したからか、
「あー……茶の飲んでくか?」
霊児は茶を飲んでいく様に勧める。
すると、
「……うん、飲んでく」
アリスは茶を飲んでいくと口に、霊児の隣に腰を落ち着かせた。
「あら、美味しい」
霊児が淹れた茶を飲み、アリスは美味しいと言う感想を漏らす。
アリスの表情から美味しいと言う感想を本心から言っている事を察した霊児は、
「どうも」
そう返し、自分の分の茶を淹れ直して茶を飲み始める。
口に含んだ茶を飲み込んだ後、
「お前って、ここ最近篭りっ放しだったのか?」
霊児はアリスに篭りっ放しだったのかと問う。
「ええ、そうよ」
アリスが篭りっ放しである事を肯定すると、
「もう少し外に出てみたらどうだ?」
霊児はアリスにもう少し外に出る様に提案した。
アリスはその提案を、
「今回の事でそうすべきだと痛感したわ」
受け入れ、溜息を一つ吐く。
流石に今回の事で色々と考え直す点が出て来た様だ。
そして心機一転するかの様に顔を上げると、
「……あら、向日葵じゃない」
アリスの目に向日葵が映る。
「花を育てているの?」
アリスが少し意外そうな表情をしながら霊児に視線を移して花を育てているのかと尋ねると、
「ああ、幽香対策にな」
霊児は幽香対策だと返す。
「幽香って……あの風見幽香!?」
アリスが少し驚いた表情をしながら幽香とは風見幽香の事であるのかと口にすると、
「ああ、その風見幽香。前にあいつ戦った事があるんだけど、それ以来どうも俺と戦いたがってるみたいでよ」
霊児は風見幽香である事を肯定し、幽香が自分と戦いたがっている事を教えた後、
「聞いたところ、幽香は花を……特に向日葵を大切にしてるらしいからな。向日葵……花を育てていれば神社近辺で戦いを挑まれる事はないだろうからな」
花を育てている理由を説明する。
「ふーん……厄介なのに目を付けられたみたいね」
「全くだ。おまけに花の世話を疎かにしたらあいつの怒りを買いそうだしな」
アリスが言った厄介なのに目を付けられたと言う事を霊児は肯定し、花の世話は疎かには出来ないと言う。
花の世話を疎かにし様ものなら間違いなく幽香の怒りに触れて神社は吹き飛んでしまう。
それ故に花の世話をしなければならなくなった霊児に、
「ま、そのうち良い事があるわよ」
アリスは慰めの言葉を掛けた。
「……おう」
慰めの言葉に霊児はそう返した後、
「そうそう、話は変わるけど引き篭もってたって言うんなら魔法の森に新しく住み始めたのが居るんだけど、知ってるか?」
思い出したかの様に魔法の森の新入居者に付いて知っているかと尋ねる。
「あら、そうなの?」
アリスから返って来た発言を聞き、霊児は何時から引き篭もっていたんだと考え始めた。
霊児がそんな事を考えている間に、
「魔法の森に住んでいるって事は、新しく住み始めたのは魔法使い?」
住み始めたのは魔法使いなのかと問う。
「ああ、そうだ」
霊児が魔法使いである事を肯定すると、
「そんな事を貴方が知っているって事は……若しかして、魔法の森に住み始めた魔法使いって貴方の知り合いかしら?」
アリスはその魔法使いは霊児の知り合いなのかと尋ねる。
「ああ、そうだ」
霊児はその事も肯定しながら、
「住み始めたのは確か今年の春ぐらいだっと思うんだが」
魔理沙が魔法の森に住み始めた時期を口にした。
すると、
「……やっぱり、もっと頻繁に外に出る様にするわ」
アリスは改めて外に出る頻度を高める決意を口にする。
それを聞いた霊児はやはりアリスは魔理沙が魔法の森に住み始めた事を知らなかったなと思いつつ、
「そうしておけ」
アリスの決意を肯定する事を言い、ボケーッとした表情をしながら空に視線を移す。
そんな霊児を見てアリスも同じ様に空に視線を移した。
そのまま二人で空を眺めてから暫らくすると、
「あ、そうだ。そう言えばアリスが持ってる人形って手作りなのか?」
霊児は唐突に頭に過ぎったアリスの人形の事に付いて口にする。
「ええ、そうよ」
アリスは霊児の言う通り人形は自作している事を肯定すると、
「人形とかを作る為の材料とかはどうしてるんだ?」
霊児は人形を作る材料はどうしているのかと問う。
「それは家に有る材料を使ってるわ。結構蓄えは有るしね」
返す答えとしてアリスが家に有る材料を使っていると口にする。
すると、
「それが無くなったらどうするつもりだったんだ?」
霊児は蓄えが無くなったらどうするのかと言う点の指摘を行う。
「それは……その……無くなった時になってから考えようかと……」
アリスから返って来た答えを聞いて霊児はお気楽だなと感じたが、直ぐに魅魔が一人前の魔法使いと言うのは不老長寿だと言っていたのを思い出した。
不老長寿の存在ならお気楽なのが丁度良いのかもしれない。
自分は不老長寿では無いからそこまでお気楽にはなれないなと霊児は思いながら、
「人形の材料とかは人里で買えばいいんじゃないか?」
アリスに人里で人形の材料を買えば良いのではと言う。
「うーん……そうは言っても私はあんまりお金を持っているって訳じゃないのよねぇ……」
アリスはあまりお金を持っている訳では無いと言って表情に難色の色を示す。
そんなアリスの表情を見て、
「何か特技とかないのか? それで稼ぐとか」
霊児は特技とかで稼いだらどうだと提案する。
「特技ねぇ……」
特技で稼いだらどうだと言われたアリスは下唇に人差し指を当てて少し考え、
「これかしらね」
唐突に自身の指を動かすと、突如アリスの人形が動き始める。
霊児はアリスが動かしている人形を見て、
「……凄いな」
思わずそう呟いた。
何故なら、生きていると言っても差し支えない程の動きであったからだ。
よくそんなに器用に動かせるなと思いながら、
「それで稼げば良いんじゃないか?」
霊児はそれで稼げば良いと言う提案を行う。
「これで?」
アリスが首を傾げると、
「そう。人形劇でもやってさ」
霊児は具体案を提示する。
「成程……」
霊児の案を聞いて納得した表情になったアリスは少し考え、
「貴方のアドバイス通り、その方法で稼いでみるわ」
人形劇で稼ぐと言う方法を取る事に決め、残っていた茶を全て飲み干す。
そして、
「ご馳走様。早速帰って劇の内容考えてみるわ」
そう言ってアリスは帰って行った。
意外と乗り気であった事から、若しかしたら明日から人里でアリスの人形劇が見られるのかもしれない。
霊児はそんな事を考えながら茶を啜り、
「あー……平和だ……」
平和だと呟きながら空を見上げた。
「やっぱ、蛇口捻れば水やらお湯やらが出て来るのは便利だなー」
霊児は風呂に入りながらそんな事を呟く。
以前、にとりに改造をして貰ったこの湯殿は蛇口を捻れば水やお湯が出ると装置が付けられている。
これのお陰で湯を沸かす時間が大幅に短縮出来た。
やはりにとりに改造を依頼して正解だったなと言う事を霊児は思いつつ、
「にしても、今日も平和だったなー」
今日も平和であったと思い返す。
少なくともここ一週間は何か事件や異変が起こったりはしない平和な日々であった。
こんな日々がずっと続けば良いなと思いながら、
「ああー……それにしても良い湯だ……」
気の緩んだ表情を浮かべ始める。
だが、緩み始めたのは気だけではなかった。
緩み始めた気に呼応するかの様に全身の力も緩み始めたのだ。
そして、
「ぶふう!?」
霊児は溺れ掛けた。
まぁ、風呂に入っている状態で全身の力を抜けばこうもなるであろうが。
このままでは溺死してしまうので霊児は慌てて水面に顔を出し、
「ぶはあ!!」
深呼吸して息を整える。
「ちっと気を抜きすぎたか」
そう言って少し反省し、湯殿から見える月に視線を移す。
「ま、それも平和だって事だな」
そして、平和な一日が過ぎていった。
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