季節は廻り、何時の間にか夏から秋へと変わっていた。
秋になると当然気温も下がり、夏と比べて随分過ごし易い日々を送れている。
そんな秋のある日。
霊児は、
「ありがとうございましたー!!」
人里の花屋で花の種を買っていた。
何故霊児が花の種を買っているのかと言うと、風見幽香対策である。
以前幽香にノコギリソウを渡されてからと言うもの、霊児は花を育てる事となっていた。
そうなると当然、秋には秋の花と言う様に季節に合った花を育てなければ意味が無い。
それ故に、霊児は花屋で花の種を買っているのだ。
「……ま、この程度の出費で幽香との戦いが避けられるのなら安いものかな」
霊児はそんな事を呟きながら花屋を出る。
花を育てる事になってからと言うもの、幽香は博麗神社にやって来ても霊児と戦う気配はあまり見せなくなった。
やはりと言うべきか、幽香にとって霊児の戦いよりも花の方が大切である様だ。
そのうち花に被害が出ない方法で戦いを挑んで来そうではあるが、少なくとも神社が倒壊する様な戦いはしないであろう。
尤も、花の世話を疎かにすれば普通に幽香の怒りを買って神社が倒壊する様な戦いを挑まれそうだが。
だが、逆を言えば花の世話をちゃんとしていればそんな戦いを挑まれる事は無い。
話は変わるがそんな幽香の対処とは関係なしに、最近霊児は花を育てるのが楽しみになっていたりする。
楽しみになっている原因の一つとしては、畑の方とは違って広い面積に淡々と水を遣ると言う作業がないと言うのがあるだろう。
若しかしたら、あの時幽香が霊児にノコギリソウ渡したのは戦いたいと言う意思表示ではなく花を好きになって欲しいと言う想いがあったのかもしれない。
そんな考えが頭に過ぎった後、
「……流石に考え過ぎか」
霊児は考え過ぎだと呟いて頭に過ぎった考えを隅の方に追い遣り、
「ま、前に買った如雨露が無駄にならなくて良かったか」
以前霧雨道具店で買った如雨露が無駄にならずに済んで良かったと言う事を口にする。
しかし畑に水を遣る為に買った如雨露が花に水を遣る為に使われる事になるとは、世の中何が起こるか分からないものだ。
そんな事を考えていると、
「……あ」
霊児の腹から音が鳴る。
同時に空腹感を感じた霊児は、
「帰る前に飯屋で何か食ってくか」
飯屋に向けて足を進めて行く。
飯屋でご飯を食べた後、霊児はもうやる事はないと言わんばかりに博麗神社へと帰って行った。
神社に着くと霊児は花屋で買った種を早速土に植え、如雨露に水を入れて種を植えた場所に水を遣る。
水を遣りながら、そう言えば何の花の種か聞いていなかったなと言う事を霊児は思い出す。
まぁ、知らないなら知らないでどんな花が咲くのかを考える楽しみがあるなと思いながら、
「……こんなものか」
種への水遣りを止める。
水の遣り過ぎは毒になってしまうからだ。
因みに霊児はその辺りの匙加減は自身の勘に任せてある。
勘の無駄使いの様な気がしないでもないが、霊児は少しも気にしていない。
その後、霊児は居間に向かって寛ごうと足を進めたところで、
「……あ」
何かを思い出した表情を浮かべ、進路を変える。
そしてある部屋の前に辿り着くと、霊児は襖を開けて中に入って行く。
部屋の中は機械的な物が色々と鎮座している。
この部屋は自動水遣り機の管理などを行っている機械を置いてある部屋だ。
霊児はそれに近付きながらある一部分を注視する。
霊児が注視している部分はメインタンクの水の残量を表すメーターだ。
そのメーターが示している水の残量は、
「あー……もう6%位しか残っていないな……」
僅か6%でしかなかった。
「最近、水の補充していなかったからな……」
霊児は水の補充をサボっていた事を少し反省しつつ、霧の湖に向かって水を補充しなければならないと考え始める。
水の残量が零になってしまえば畑に水が撒かれる事はなくなり、作物は全て枯れる事になるだろう。
如何に秋の神様である静葉と穣子の二柱が遊びに来る博麗神社の畑で育てている作物であってもだ。
まぁ、水が無ければ作物は育たないのだから当然と言えば当然である。
「……仕方無い、面倒だけど水の補充に向かうか」
霊児は気だるそうな表情を浮かべながら水の補充を行う事を決めた時、
「……そうだ、序に魚でも釣るか」
霧の湖で魚を釣る事を思い付く。
これならば水の補充と食料の確保が出来る。
正に一石二鳥。
霊児は多少やる気を取り戻した表情を浮かべながら自身の部屋へと向かい、釣竿と魚を入れる壺を取り出す。
そして縄を使って釣竿と壺を右腰に括り付けた後、霊児は部屋から出て神社の屋根上にあるメインタンクが設置してある場所まで向かう。
そこに着くと、霊児はメインタンクを取り外して霧の湖まで飛んで行く。
当然、メインタンクを持った状態で。
「お、見えて来た見えた来た」
霧の湖が見えて来ると、霊児は飛行スピード上げながらメインタンクの蓋を外す。
そして霧の湖の中心に移動し、メインタンクを湖に沈めて水を淹れていく。
メインタンクが水で満タンになると、霊児はメインタンクを引き上げ、
「水で一杯になると、流石に少しは重くなるな」
そんな事を呟きながらメインタンクの蓋を閉めて陸地に向かい、メインタンクを地面に置く。
メインタンクが地面に置かれた事を確認すると、霊児は腰に括り付けている釣竿と壺を外して地に足を着けて魚を釣る準備を始めた。
それが済むと、
「さて、早速釣りを始めるか」
霊児は釣竿を構える。
釣り針に餌を付けないままで。
これでは魚を釣る事は出来ないと思われるが、霊児は魚の口に直接釣り針を引っ掛けると言う方法を取っているので問題はない。
霊児が狙いを定める為に魚の動きを追っていると、
「あー!! あんたは!!」
突如、大きな声が周囲に響き渡った。
響き渡った声に反応した霊児は声の出所に顔を向けると、青い髪と青い服に氷の羽を生やした妖精の姿が目に映る。
その妖精の姿に見覚えがあった霊児は記憶を過去に遡らせ、
「えーと……チルノだったか?」
確認を取る様な声色でチルノと言う名を呟くと、
「あたいの名を覚えてるとは、殊勝な心掛けね」
妖精は何処か満足そうな表情を浮かべた。
どうやら、名前はチルノで合っていた様だ。
「それで、俺に何か用か?」
霊児はチルノに何の用かと尋ねると、
「あんたに会って思い出したのよ。あの時の復習よ!! 復習!!」
チルノはその様に返す。
「復讐の発音が何か違くなかったか? てかあの時?」
霊児はチルノの復讐の発音に疑問を覚えつつ、首を傾げる。
チルノの台詞から察するに過去に対する何かの復讐なのは分かるが、それが何なのかが霊児には分からなかった。
なので、霊児は過去の出来事を思い出す様に頭を回転させる。
その結果、
「……えーと……俺と妹紅がお前を倒した時の事か?」
霊児は昔、妹紅と一緒にチルノを倒した事が原因かと考え付く。
と言うより、これしか思い付かなかったのだが。
「その通りよ!!」
どうやら、それで合っていた様だ。
霊児が今更と言う感じを受けていると、
「あの女が一緒じゃないのが残念だけど……あんたはこのあたいが倒して上げる!!」
チルノは霊児に向って無数の氷の礫を放って来た。
霊児はやれやれと言った表情を浮かべながら釣竿を地面に置く。
そして左手で短剣を抜き放ち、
「そら」
短剣で氷の礫を全て斬り落とす。
それを見たチルノは、
「や、やるじゃない」
少し冷や汗を掻きながらそう言い、両手を天に翳す。
するとチルノの頭上に氷の塊が生み出され、それがどんどんと大きくなっていく。
生み出された氷がある一定以上の大きさになると、
「いっけー!!」
チルノは氷の塊を霊児に向けて射出する。
霊児は目の前に迫って来た氷の塊を、
「とりゃ」
チルノに向けて蹴り返した。
蹴り返されると言う事態は想定外であったからか、
「え? え?」
チルノはオタオタとした様子で周囲をキョロキョロと見渡す。
だが、周囲に状況を打開出来るものはなく、
「わあ!?」
隙だらけのチルノに氷の塊が激突する。
それから数瞬後、氷の塊は砕け散り、
「きゅう……」
気絶したチルノの姿が霊児の映った。
「……静かになった」
霊児は静かになったと呟きながら短剣を鞘に収めて地面に置いておいた釣竿を拾い、釣りを始める。
勿論、魚の口に釣り針を引っ掛けて釣上げると言う方法で。
そんな方法で魚を釣り上げ始めてから少しすると、
「大量大量」
壺の中は釣れた魚で一杯になっていた。
霊児は壺の中一杯の魚を目に入れながら、
「今日食い切れなかった分は甕の中に入れて置けば良いな」
その様な予定を立てながら霊児は釣竿と魚が入った壺を縄を使って右腰に括り付け、メインタンクを持って神社に向けて飛んで行く。
神社に着いた霊児は先ずメインタンクを屋根上に嵌める。
キチンと嵌められた事を確認した後、霊児が居間に戻ると、
「こんにちは」
「お邪魔してるわよ」
秋姉妹が我が物顔で寛いでいる様子が目に映った。
「……何しに来た?」
霊児は少し呆れた表情を浮かべながら何しに来たのかと問うと、
「貴方に会いに来たら留守だったので」
「只待つのもあれなんで上がらせて貰ったわ」
静葉と穣子の二柱はここに遊びに来たのだと答える。
そして只待つのもあれなので勝手に上がらせて貰ったと言って秋姉妹は茶を啜り、
「それはそうと、秋に入って早速秋の作物を育て始めた見たいですね」
「感心感心」
そう言って静葉と穣子は嬉しそうな表情を浮かべながらまた茶を啜った。
秋姉妹の話を聞きながら霊児は二柱が啜っている茶を見て、
「てか、その茶……俺の茶じゃ……」
それは自分の茶ではないかと言う。
すると、
「良いじゃない、一寸茶葉を使ったって。私達が来てるお陰で豊作が約束されているんだから」
その程度の事は些細な事と言って穣子は胸を張る。
図々しい穣子の物言いに腹が立ったからか、
「お前等って神なんだよな?」
霊児は確認を取る様に静葉と穣子の二柱に神なのだと問う。
「ええ、そうです」
「そうよ。当たり前じゃない」
静葉と穣子は不思議そうな顔をしながら神である事を肯定すると、
「俺の神降ろしってさ……俺の霊力を餌に呼びたい神を呼び寄せたり霊力を使ってこちら側に引っ張り寄せて無理矢理俺に憑依させ、憑依した後は
俺の霊力で神を縛って神の能力だけを行使させて用が済んだら体から追い出すと言う方法を取ってるんだ。この方法は当然神であるお前達にも有効
なんだよな……」
霊児は自身の神降ろしについて説明を行う。
その瞬間、三人の間に何とも言えない空気が流れる。
それから少しすると、
「あ、わ、私、ご飯作って来ますね」
静葉はそんな空気を払拭するかの様にご飯を作ると言って台所へと向かうと、
「あ、わ、私はその荷物を運ぶわね」
穣子は霊児は括り付けている釣竿と魚を入れた壺を取り外し、釣竿を壁に立て掛けると魚が入っている壺を持って静葉が向かった台所へと足を進めて行く。
「別に本気で言った訳じゃなかったんだがな……」
霊児が本気で言った訳だは無いと呟くが、霊児の呟きは二柱に聞こえていない様である。
何故ならば静葉は台所で料理を作り始めているし、穣子は穣子で静葉に魚を届け終えると頼んでもいないのに掃除を始めているからだ。
そんな二柱の様子を見て、
「……ま、いっか」
霊児はこのままで良いかと思う事にした。
少なくとも、今日一日は楽が出来るからである。
霊児は降って沸いたかの様に生まれた休暇を満喫するかの様に居間で寛ぎ始めた。
因みに、その日の夕食はやけに豪華であったとの事。
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