夢子を倒した後、霊児と文は去って行った神綺の後を追う様にして魔界の奥へと進んで行く。
その道中は当然平和と言えるものではなく、

「ま、こうなるよな」
「いやー、お約束って感じですね」

進行方向上に大量の妖精が現れる。
現れた妖精達は当然の様に弾幕を放ち、霊児と文の行く手を阻む。
放たれる弾幕の量、密度は今まで現れた妖精達よりも圧倒的に上だ。
だが、それでも霊児と文の足を止める事は出来なかった。
霊児も文も妖精の放つ弾幕を避け、弾幕を放って妖精を撃ち落しながら先へと進んで行く。
妖精の襲撃を受け始めてから少し経った頃、

「……お」
「……あや」

急に妖精が現れなくなる。
妖精の襲撃が突如として止んだ事で霊児と文は弾幕を放つのを止めて周囲を警戒していると、

「あら、さっき振りね。貴方達がここに居るって言う事は……夢子ちゃんは負けたのね」

神綺が少し驚いた表情を浮かべながら現れた。
現れた神綺を見た霊児と文は進行を止めて身構えた時、

「……ふむ、夢子ちゃんは気絶しているだけの様ね。それにしても、驚いたわ。夢子ちゃんは私が創った者達の中でも最強と言っても良い存在なのに。
まさか、その夢子ちゃんを打ち負かしてここまでやって来る何てね……」

神綺は夢子は魔界でも最強クラスの存在だと言う事を口にする。

「だろうな。夢子は今まで現れた奴等とは文字通り桁違いに強かった。あの時、地面が割れなかったらもっと時間も掛かっていただろうし傷も負っていたな」

霊児は夢子が強い事を肯定しつつ、一寸でも運が悪かったらもっと時間が掛かっていたし傷を負っていた事を口にし、

「まぁ、霊児さんが苦戦する程ですからねぇ。魔界最強と言われても頷けます」

文も続ける様に夢子が最強であると言う事に納得したと言う発言を行う。
その後、

「まずは謝罪をするわ。魔界の者が地上で暴れ回っていたのはどうもある一部の者の命令で動いていた様なの。で、その者達の目的は地上への侵攻……侵略と
言った方が解り易いかしら? 要は地上を自分達好みに変えて支配し様としていたみたいなの」

神綺は魔界の者が幻想郷で暴れた理由を説明して頭を下げ、

「その者達の方には既に私直属の子を向かわせたわ。もう魔界の者が地上に行って悪さをする事何て出来ないわ」

もう幻想郷には被害が出ないと断言する。

「そうか」
「被害が出たり出そうになった地上の方の関係各所には後日、私の方から直接謝罪に向かわせて貰うわ」

それを聞いた霊児と文はこれでこの一件は終わり、後は帰るだけだと思った。
だからか、霊児と文の気が少し緩む。
しかし、このまま帰れると言う事は無かった。
何故ならば、

「でも、それとこれとは別」

神綺はそう言いながら、

「私の魔界で大暴れした罪……償って貰いましょうか!!」

自身の持つ魔力と神力を解放したからだ。

「「ッ!!」」

神綺が解放した魔力と神力から敵意や戦意と言ったものを感じた霊児と文は表情を引き締めながら反射的に身構える。
並大抵の者なら解放された魔力と神力の余波で簡単に吹き飛んで行ってしまいそうなものだが、霊児と文は普通に耐えていた。
まぁ、これで簡単に吹き飛ぶ様ならここまで来る事は出来なかったであろうが。
先程と雰囲気が一気に変わった事から、霊児はアリスが神綺の事を気分屋と称していた事を思い出しつつ、

「暴れたと言うが、向こうから襲い掛かって来たんだから正当防衛だろ」

暴れたのではなく正当防衛だと言う事を口にする。

「正当防衛ね……でも、貴方達が魔界に来る前に大量の弾幕が飛んで来たと言う報告が上がっているけど。それと、その後にも巨大なエネルギーの塊が
魔界の空を駆け抜けて行ったと言う報告もね」
「…………あ」

神綺が口にした事を聞いた霊児は間の抜けた表情を浮かべてしまう。
何せ、大量の弾幕に巨大なエネルギーの塊に思いっ切り心当たりがあるからだ。
弾幕はサラと戦っている時に霊児が放ったものの流れ弾。
次の巨大なエネルギーの塊を放ったのも霊児だ。
最初の弾幕が魔界に入ってから直ぐに霊児達が魔界に突入した為に襲撃者と思われ、巨大なエネルギーの塊を放った事で魔界の者に侵略か殲滅に来たと
判断されて警戒度を大きく上げてしまったのだろう。
これでは道中で魔界の者が襲い掛かって来るのも無理は無い。
今の様な状況下に陥っているのが殆ど自分の責任であると思った霊児は、

「……まぁ、そっちの言い分は最もだ」

神綺の言い分を認め、

「で、俺に何をして欲しいんだ?」

何をして欲しいんだと問う。

「そうね……」

問われた神綺が何かを考える素振りを見せ、

「文字通り……消えて貰おうかしら」

消えて貰うと言うながら霊児に向けて殺気を叩き込む。
神綺の殺気を受けた霊児は、

「ッ!!」

背筋に寒気が走るのを感じた。
並大抵の者なら、今の殺気で一瞬で死んでしまっていた事だろう。
そうでなくても、恐怖で体が動かなくなっても可笑しくは無い。
だが、霊児は背筋に寒気が走るだけで済んでいる。
だからか、

「へぇ……やるじゃない」

神綺は称賛の言葉を霊児に掛けた。
称賛の言葉を受けた霊児は一旦深呼吸をして息を整え、

「生憎、俺は消えてやる訳には……いかないんだよ!!」

消えてやる訳にはいかないと言って霊力を解放する。

「わっ……と!!」

直ぐ近くで霊力を解放されたからか、文は吹き飛ばされない様に体に力を入れて耐えていく。
霊児が解放した霊力。
神綺が解放した魔力と神力。
二人が解放した力が相手を押し潰そうと鬩ぎ合っている様子を見て、

「あら、私の魔力と神力に対抗するなんて驚きだわ。地上の子供は皆ああなのかしら?」

神綺は少し驚いた表情を浮かべながら幻想郷の子供は皆霊児の様なのかと尋ねる。

「いや、霊児さんだけだと思いますよ」

文は霊児だけだと返しながら冷や汗を流す。
そんな文を尻目に、霊児は神綺を見ながらどうするべきかと考える。
少なくとも、神綺の怒り具合から霊児一人の命でどうこうなるとは思えない。
このままでは魔界に突入して来た霊児以外の者全員にも何らかの危害を加えられる可能性がある。
霊児は死にたがりではないが、仮に霊児一人の命で場が収まったとしても別の問題が出て来てしまう。
次の博麗をどうするかと言う問題が。
今代の博麗である霊児は男。
更に言うのであれば先代の博麗の巫女が亡くなり、霊児が今代の博麗になるまでの間には結構な開きがあるのだ。
これ即ち、霊児が博麗の名を継ぐまでの間に博麗の名を継ぐに足る者が全く生まれなかった事を意味をする。
博麗の名を持つ者がこれ以上不在なのは不味いと思われた始めた時に霊児が生まれた。
生まれたのは男であったが、博麗の名を継ぐに足り得る力を十分に有している。
なので、霊児が博麗の名を継ぐ事になった。
歴代初となる男の博麗として。
霊児は自分が博麗の名を継いでいるのはこう言う理由であると推察している。
故に、今霊児が死ねばまた博麗の名を持つ者が長期間不在と言う事態になるであろう。
その様な事、幻想郷にとって宜しくない。

「………………………………………………………………………………」

霊児は事を丸く収める為にはどうするか考えを廻らせていく。
考えた結果、

「……神綺、こうし様ぜ。お前が勝ったら俺の命だろうと何だろうとくれてやる。だが、俺が勝ったらこの一件……全て水に流せ」

霊児は神綺にその様な提案を行った。
自分が口にした提案に乗って来いと言う想いを霊児が抱いていると、

「ええ、それで良いわ」

神綺は霊児の提案に乗ると言う発言を返す。
乗って来たのなら後は勝つだけだと霊児が思った瞬間、

「あのー……私はどうしましょうか?」

文が霊児に自分はどうすべきかと尋ねる。

「下がってて良いぞ。こう言う状況下になったのは俺に責任がある。自分のケツ位、自分で拭くさ」

霊児は文に手を出す必要性は無いと言って左手で短剣を抜き放ち、

「ッ!!」

短剣を振るいながら神綺の真横を通り抜けた。
だが、

「あら、中々速いわね」

霊児の放った一撃を涼しげな表情を浮かべた神綺に回避されてしまう。
霊児は攻撃を避けられた事を気にした様子を見せず、

「しっ!!」

振り返りながら神綺に向けて短剣を投擲した。
投擲された短剣を神綺は振り返る事もせずにこれまた涼しい表情で避けるが、

「ッ!!」

短剣の柄頭が目に映った瞬間、神綺は慌てて後ろに下がる。
神綺が後ろに下がったのと同時に、神綺が居た場所に閃光が走った。
閃光の正体は、霊児が振るった短剣だ。

「チッ!!」

霊児は今の一撃を避けられた事に舌打ちしつつ、神綺に肉迫して接近戦を仕掛けていく。
次々と振るわれていく短剣を神綺は後ろに下がりながら避けていき、

「今、どうやって私の正面に回ったの? 全く見えなかったわ」

少し驚いた表情を浮かべながらどの様にして自分の正面に回ったのかを問う。

「教える訳……ないだろ!!」

霊児は教える訳が無いと言いながら短剣を振るうのを唐突に止めて神綺に右手を向け、掌から霊力を放つ。
かなりの至近距離で放たれたものだが、神綺は急上昇をする事で放たれた霊力を回避した。
その瞬間、霊児は神綺に向けて左手に持っている短剣を投擲し、更に両手で背中に隠し持っている四本の短剣を瞬時に抜き放って全て投擲する。
投擲された短剣が神綺を取り囲む様な位置になった時、霊児は二重結界式移動術を発動して五本の短剣の内の一本に跳び、

「夢想封印・瞬!!!!」

己が技を放ち、短剣を回収したのと同時にまた別の短剣に跳んで己が技を放つ。
夢想封印・瞬とは、夢想封印と二重結界式移動術を組み合わせた技である。
先ず相手を取り囲む様に短剣を投擲し、二重結界式移動術で投擲した短剣に跳んで短剣の回収と同時に夢想封印を最速で放つ。
これを五回行うと言う技だ。
想像を絶する速さに相手には霊児が五人に分身して夢想封印を放った様に見えるだろう。
無論、それだけではなく何が起きたのか分らないまま上下左右全てから迫る七色に光る弾をその身に受ける事になるのは必至。
勿論、それぞれの弾がぶつかって相殺し合わない様に霊児は弾道などを計算して撃っている。
そして、

「ッ!?」

七色に光る弾が次々と神綺に着弾し、爆発と爆煙が発生した。
霊児はその場から離れた位置で最後に回収した短剣を左手に持って構えながら様子を見る。
爆煙が晴れて来ると、

「驚いたわ……」

爆煙の中から無傷の神綺が姿を現した。

「まさか、私が展開した障壁が粉々になるなんて……」

夢想封印・瞬は一見突破口が無さそうな技であるが、実は幾つか突破口がある。
その一つが神綺が口にした障壁だ。
七色に光る弾が着弾する前に障壁を展開して防げば良いのである。
だが、並大抵の者……いや、熟練者が展開した障壁でも霊児が放った夢想封印・瞬を防ぎ切る事は出来はしないだろう。
出来たとしても一発だけ。
それだけで障壁は崩壊し、残り全ての弾が着弾してまう。
だと言うのに、神綺は霊児が放った夢想封印・瞬を全て防ぎ切った。
自身の必殺の一撃を完全に防がれた事で霊児は驚きの表情を少し浮かべながら、

「…………魔界の創造神と言う名は伊達じゃない……って事か」

ポツリとそう呟いた。
霊児がそんな事を呟くと、神綺は霊児を見詰め、

「ふむ……思っていた以上にやるわね」

思っていた以上に力があると言い、

「何で夢子ちゃんがこんな子供にと思ったけど……それだけの実力があるならマグレや偶然で夢子ちゃんに勝った訳ではないみたいね」

霊児が夢子に勝ったのはマグレや偶然では無いと口にする。

「認めるわ。貴方が極めて強大な力を有している事を」
「そいつはどうも」

神綺の霊児の実力を認めると言う発言に、霊児は警戒の色を強めながらどうもと返した刹那、

「だから……少し本気を出させて貰うわ」

神綺は本気を出すと言いながら白い翼を生やした。
六枚三対の翼を。
生えた翼から何処となく神秘的なものを霊児が感じていると、神綺は霊児に指先を向ける。
その瞬間、神綺の指先が発光し、

「ッ!!」

霊児が慌てて顔を傾けた時、霊児の頬に何かが掠る。

「あら、避けられてしまったわ」

神綺は攻撃を避けられて残念と言う様な表情をしながら指先を発光させるのを止めた。
同時に、霊児は自分の頬に掠っていたものが消えるのを感じる。
どうやら、神綺が指先から放ったいたものはレーザーであった様だ。
レーザーが消えた事で霊児の頬から血が流れ落ちるが、霊児は流れ落ちる血を無視するかの様に一瞬で神綺へと近付き、

「はあ!!」

短剣を振るう。
振るわれた短剣を神綺は一歩後ろに下がる事で回避し、

「この距離での弾幕……避けきれるかしら?」

大量の弾幕を放つ。

「くっ!!」

霊児は神綺から反射的に距離を取り、弾幕を放って神綺の弾幕を相殺し様とする。
幾らかは相殺出来たものの、神綺の弾幕の方が数が多かったので霊児は神綺の弾幕を幾らか受けてしまう。
が、それ程大きなダメージ受けたと言う訳では無かったので霊児はそのまま後退していき、

「……………………………………………………………………」

ある程度神綺から距離が取れると霊児は弾幕を放つのを止めて迫って来る弾幕を短剣で斬り払い、冷静に状況を分析していく。
神綺の放つ弾幕は非常に高密度で弾幕量も多く、おまけに弾速が非常に速く威力も高い。
弾幕の中を掻い潜って神綺に近付くのはかなり厳しいだろう。
大きく動いて弾幕をバラ付かせた良いかと考えた時、

「……いや、待てよ」

霊児はある方法を思い付く。
態々大きく動かなくても神綺に近づける方法を。
思い立ったら何とやら。
霊児は短剣で弾幕を斬り払うのを止めて素早く両手を広げ、

「夢想封印!!」

己が技を放つ。
霊児の体から次々と放たれた七色に光る弾は全て神綺に向って行く。
そして、放たれた七色の弾を盾にする様にして霊児も神綺へと向う。
そう、霊児が思い付いた方法と言うは七色に光る弾を盾にして神綺に近付こう言うものであったのだ。
有用な手に思えるが、これは一種の賭けでもある。
何故ならば、神綺に近付き切る前に七色に光る弾が神綺の放つ弾幕に全て破壊されてしまうと言う可能性があるからだ。
事実、七色に光る弾は神綺の放った弾幕を受けてどんどんと数を減らしていってしまっている。
このままでは七色の弾は全て破壊されてしまうと思われた時、

「ッ!!」

七色に光る弾は全て破壊されてしまった。
が、

「……賭けには勝った」

賭けにはギリギリ勝った様で、霊児はダメージ無しで神綺の懐に入り込み、

「夢想封印・脚!!」

七色に光る蹴りを神綺に向けて放つ。
放たれた蹴りはそのまま神綺に当たると思われたが、

「……捕まえた」

神綺はその蹴りを容易く掌で受け止めた。

「なっ!?」

自身が放った夢想封印・脚を容易く受け止められた事に霊児が驚愕の表情を浮かべると、神綺は霊児の脚を掴む。
その瞬間、神綺が掴んでいる霊児の脚が爆発した。
爆発に付随する様にして爆煙が発生し、霊児と神綺は爆煙に包まれていくが直ぐに爆煙の中から何かが飛び出す。
飛び出して来たのは霊児だ。
飛び出した霊児はそのまま神綺から間合いを取る様にして離れて行き、

「痛ッ!!」

蹴りを放った脚から痛みを感じたの同時に霊児は顔を歪めながら後退を止める。
そして、自分の脚に目を向けると、

「……取り敢えず無事か」

取り敢えず脚が無事である事が分かった。
霊児の脚は爆発したが、霊児の脚そのものが吹っ飛んでいると言う訳ではなかった様だ。
至る所から血は流れているものの、脚と言う形は保っている。
痛みは走るが脚は何とか動く事を確認した後、霊児は爆煙の方に目を向けると既に爆煙が晴れて驚いた表情を浮かべている神綺の姿が目に映った。
至近距離で爆発が起きたと言うのに神綺は殆どダメージを受けた様子は見られないなと思いながら、

「……お前、俺の脚の中に在った夢想封印に干渉して暴発させたな?」

霊児は自分の脚をどうやって爆発させたのかを口にする。
霊児が口にした爆発の原因を、

「正解」

神綺は正解と言い、

「でも、貴方も凄いわ。私が貴方の脚を掴んだ瞬間に脚の中に在ったそれを消し始めて受けるダメージを最小限に抑えたんだから」

自分が脚を掴んだ瞬間に脚の中に在った夢想封印を消し始めてダメージを最小限に抑えた霊児に称賛の言葉を掛けた。
そう、霊児は神綺の言う通り神綺が脚の中に在る夢想封印に干渉して暴発させる前に夢想封印を消し始めてダメージを最小限に抑えたのだ。
もし、脚の中に夢想封印が完全なレベルで残っていたら霊児の脚は吹っ飛んでいたかもしれない。
不用意に自分の体の中にエネルギーを留めるタイプの技を使うのは危険だと霊児が考え始めた辺りで、

「おまけに離れる直前に私に一撃を与えるなんてね……」

神綺の米神から血が流れた。

「その短剣の長さじゃ私に届かないと思っていたんだけど……まさか、短剣に霊力を流して短剣から霊力で出来た刃を発生させるなんてね」
「……よくあの一瞬で気付いたな」

爆発と爆煙が発生した瞬間に自分が行った行動を言い当てた神綺に霊児が返す様に称賛の言葉を掛けると、

「それ位は当然よ。それにしても、随分器用な事をするわね」

神綺はその程度の事は当然と返し、霊力の刃を発生させた事を器用だと言う。
その時、霊児は神綺の翼が白から紫に少しずつ染まっていっているのに気付く。
神綺の翼が紫に染まっていくにつれ、神綺から感じる魔力と神力がどんどんと大きくなっている事を霊児が感じ始めたのと同時に、

「思っていた以上にやる様だから……ここからは私も本気でやるわ」

神綺は本気を出すと言う様な事を言い、神綺の翼が完全に紫に染まった時、

「ッ!?」

霊児の肩から血が噴出した。
自身の肩が斬り裂かれた事を理解し、慌てて後ろに振り返った霊児の目には、

「あら、反応出来たの? 結構速く動いたのに少し吃驚だわ」

拳を振り被りながら少し驚いた表情をしている神綺の姿が映る。
霊児は体が反応するが儘に拳がぶつかるであろう場所に短剣を持っていった瞬間、

「ぐうっ!!」

短剣の腹の部分に神綺の拳が激突した。
だが、神綺が放った拳撃の威力はあまりに高く、

「ぐ……う……うう……う……」

短剣を持っている霊児の腕は少しずつ押し込まれていってしまう。
このままでは短剣の上から殴り飛ばされるだけだと判断したからか、

「う……うう……ぉぉ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

霊児は霊力を解放して自身の身体能力の全てを急激に上昇させる。
身体能力を大きく上げた事で均衡状態となり、霊児は神綺に短剣の上から殴り飛ばされる事は無くなった。
だが、

「がっ!!」

殴り飛ばせないのならその代わりと言わんばかりに霊児の顎は神綺の足が当たり、霊児は蹴り上げられてしまう。
どうやら、神綺は放った拳が完全に防がれたと見るや否や直ぐに第二撃を放った様だ。
蹴り上げられた霊児は更に上空へと舞い上げられ、舞い上げられた霊児が体勢を立て直す前に神綺は霊児の頭上に現れて飛び蹴りを叩き込む。

「があ!!」

上昇から一変、霊児は斜め下に向けて物凄い勢いで吹き飛んで行く。
吹き飛んだ霊児はそのまま地面に激突し、巨大なクレーターを作ったが、

「ッ!!」

直ぐに霊児は斜め後ろ上空に体に飛び出させて体勢を立て直し、止まって顔を上げると、

「中々に良い反応をするわね」
「ッ!?」

目の前まで神綺が迫って来ている事が分かった。
神綺の接近に気付いた霊児が攻撃、防御、回避の何れかをする前に、

「が……はっ!!」

神綺の拳が霊児の腹部に突き刺さり、霊児は血を吐き出しながら吹き飛んで行く。
吹き飛んで行った霊児に追撃を掛ける為に神綺は後を追って行くが、神綺が自分の間合いに霊児を入れる前に霊児は体勢を立て直し、

「しっ!!」

左手に持っている短剣を投擲する。
投擲された短剣は神綺の体に吸い込まれる様に迫って行き、

「何ッ!?」

神綺の体を何の抵抗も無く通り抜けた。
その事実に霊児は驚きの表情を浮かべるが、直ぐに今見えている神綺が幻影である事を直感的に感じ取った霊児は投擲した短剣に跳ぶ。
霊児が投擲した短剣に跳んだのと同時に霊児が居た場所に何かが通り抜けた。
どうやら、神綺は幻影を囮にして霊児の背後に回って攻撃を仕掛けた様だ。
霊児が投擲された短剣を左手で掴み、神綺の方に向き直って停止した時には幻影は消えていた。
少し驚いた表情を浮かべている神綺を見ながら霊児は警戒した様子で構えを取り直したタイミングで、

「凄い移動術ね、それ。私でも見切れなかったわ」

神綺は霊児の二重結界式移動術を褒める様な事を言う。

「……そいつはどうも」

霊児はどうもと返しながらも神綺を視界から外さない様にしてる間に、

「けど、その移動術と先程の夢想封印・瞬と言う技を使うにはその短剣が重要な鍵になっている様ね」

神綺は二重結界式移動術を使う為に短剣が重要な鍵になっていると口にする。
神綺の推察を聞いた霊児は半分程当てられたと思った。
確かに、神綺の言う通り二重結界式移動術を使う為には短剣が必要ではあるが正確に言うと必要なのは短剣の柄に刻まれている術式が必要なのだ。
まだそこまで気付かれていないのか、それとも気付いた上で気付いていない振りをしているのか。
どちらかのか霊児には分からないが、不用意に神綺の体に二重結界式移動術を付けたりはしない方が良いだろうと判断する。
夢想封印・零辺りの技を使っている時なら自然に二重結界式移動術の術式を付けれるなと霊児が思っていると、

「さて、何時までも睨み合っていても仕方が無いし……そろそろ仕掛けさせて貰おうかしら」

神綺は一瞬で霊児の目の前に近付いて来た。
神綺に警戒を向けていたお陰で神綺の動きを追えた霊児はカウンター気味に短剣による突きを放つ。
が、

「なっ!?」

霊児の放った突きは神綺の掌に容易く受け止められてしまった。
霊児が驚きの表情を浮かべている間に、神綺はお返しと言わんばかりに霊児の頬に向けて蹴りを放つ。

「ッ!?」

寸前で気付いた霊児は上半身を後ろに倒す事で蹴りを回避し、上半身を倒した勢いを利用して回転しながら無傷な方の脚で蹴りを叩き込もうとする。
しかし、

「おっと」

蹴りが当たる寸前に神綺が後ろの下がった為、霊児の蹴りは空を斬る結果に終わってしまう。

「ちっ」

霊児は舌打ちをしながら一回転した後、体勢を立て直すと目の前に神綺の手刀による突きが迫って来ている様子が目に映った。
反射的に短剣を盾の様に構え、そこに神綺の指先が激突した時、

「光ってる……」

霊児は神綺の手が光っている事に気付き、理解する。
あの光は魔力と神力を集中させた事で発生したものだと。

「そうか……さっき俺の刺突を防いだのも手に魔力と神力を集中させてたからだな」
「正解。流石にある程度魔力と神力を集中させて置かないと刺さりそうだったしね。まぁ、集中させてた量は今よりも少なかったけど……ね」

霊児の推察を正解だと神綺は言い、指先から集中させていた魔力と神力を放出させる。

「ぐう!!」

放出された魔力と神力で霊児はどんどんと神綺から離れて行く。
神綺との距離が大分離れた所で、

「……らあ!!」

霊児は斬り払うかの様に短剣を振るい、短剣に当たっていた魔力と神力を四散させる。
魔力と神力を四散させた事で霊児は止まり、神綺が居た場所に目を向けるが、

「居ない!?」

神綺の姿は霊児の目に映らなかった。
消えた神綺を探す為に霊児は周囲を見渡した後、顔を上げると、

「なっ!!」

自身の斜め上空に神綺が居るのを発見する。
だが、発見しただけでは終わらなかった。
何故ならば、神綺自身と神綺の翼から雨と見間違うかの量の弾幕とレーザーが放たれているのが目に映ったからだ。
絶え間なく降り注いで来る弾幕とレーザーを霊児は距離を取りながら回避していく。
弾幕を避けていく中、反撃する隙が全く見付からない事に苦々しい表情を浮かべた時、

「……ッ!!」

霊児は直感的に気付く。
今、自分と神綺の距離こそが神綺の最も得意とする距離だと言う事を。
気付いたのと同時に霊児は理解する。
神綺が最も得意とする戦い方を。
神綺の最も得意とする戦い方と言うのは、莫大過ぎる量の魔力と神力を湯水の如く使っての殲滅戦。
途切れる事を知らない様に放たれる弾幕とレーザーを見れば霊児が理解した事は間違ってはいない。
しかし、神綺の最も得意とする戦い方を理解したからと言ってどうにかなるものではなかった。
接近戦を仕掛ける為に近付こうにも、弾幕が濃過ぎて距離を詰める事が出来ない。
逆に今居る位置から遠距離戦を仕掛け様にもあの量の弾幕とレーザーの前では無意味な結果に終わりそうである。
それに、攻撃に転じる為に僅かでも回避行動から意識を逸らせば全弾叩き込まれる可能性が非常に高い。

「……くそ!!」

殆ど打つ手が無い事に霊児は悪態を吐くも、それでも何とか突破口を探そうとしていると、

「ッ!?」

突如、霊児の斜め下辺りで大きな爆発が発生した。
霊児は発生した爆発の影響で生まれた爆風に体の動きを乱されながらも、何故爆発が発生したのかを瞬時に気付く。
爆発の原因は神綺が放っている弾幕とレーザーにあるのだ。
神綺が放っている弾幕かレーザー、或いはその両方が地面に着弾した時に大爆発を起したのである。
おそらく、途中から着弾したら爆発するタイプに切り替えたのだろう。
ここで一つ、疑問が浮かぶ。
何故、神綺は最初から着弾したら爆発するタイプにしなかったのかと言う疑問が。
答えは簡単。
霊児に着弾しても爆発しないと言う先入観を与える為だ。
少々回りくどい様に思われる神綺の企みではあるが、それは成功したと言っても良いだろう。
何せ、今現在の霊児は爆風の影響で体の動きを乱されて体勢を崩しているのだから。
崩れた体勢の儘では神綺の攻撃は避けきれず、体勢を立て直そうにも立て直している間に攻撃に当たる未来が容易く想像出来る。
どう足掻いても神綺の弾幕とレーザーをその身に受けるしかないと判断した霊児は覚悟を決めた表情をし、

「ッ!!」

気合を入れながら急所を護る様な防御の体勢を取った瞬間、霊児の体に弾幕とレーザーが次々と当たっては爆発を起こしていく。
少しでも気を抜けば簡単に意識が飛んでしまいそうな衝撃が絶え間なく体中に走るが、霊児は歯を喰い縛りながら何とか耐える。

「……………………………………………………………………………………」

霊児が神綺の放つ弾幕とレーザーを耐え始めてからどれ位の時間が過ぎたであろうか。
一秒か、十秒か、百秒か、千秒か。
流れた時間がどれ程なのかは霊児には分からないが突如、

「……ん?」

霊児の体に衝撃が走らなくなった。
衝撃が走らなくなったと言う事は攻撃が止んだと言う事であろうか。
不審に思った霊児は防御を解きながら神綺の方に顔を向けると、神綺が膨大な量の魔力と神力を集中させている人差し指を自分に向けているのが見て取れた。

「ッ!?」

神綺が何をし様としているのか霊児が気付いたのと同時に、神綺の人差し指からレーザーが放たれる。
放たれたレーザーの太さは先程まで大量に放たれていたレーザーと然程変わらないが、内包されている魔力と神力は今の方が桁違いに高い。
霊児は反射的にレーザーの射線上に短剣を持っていき、短剣の腹でレーザーを受け止める。
受け止める事には成功したが、予想外の事態が起きた。
何が起きたのかと言うと、

「なっ!?」

レーザーを受け止めた短剣に罅が入ったのだ。

「そんな馬鹿な……」

この事態に霊児は驚きの表情を隠せないでいた。
霊児の使っている短剣は緋々色金製。
非常に頑丈な金属でこの短剣は作られているのだ。
今まで霊児がどれだけ力を籠めて使っても、どれだけ強力な攻撃を受け止めたとしても皹は勿論掠り傷一つ付かなかった。
そんな極めて頑丈な短剣に今、罅が発生している。
しかも、霊児が驚いている間にも罅はどんどんと広がっているではないか。

「ッ!!」

その事に気付いた霊児が短剣が砕け散る前にレーザーの射線上から体を逸らした時、短剣は砕けてレーザーが霊児の直ぐ近くを通り抜けて行く。
レーザーを避けれた事に霊児が一安心した瞬間、レーザーの軌跡が大爆発を起して霊児を飲み込んだ。
爆発が発生してから少しすると、その爆発の中から何かが落下して来た。
落下しているのは霊児だ。
霊児は落下中に体勢を立て直す事が出来ずに、

「ぐっ!!」

背中から地面に激突してしまう。
地面に激突してから少し経った辺りで、

「ぐ……ぎ……があ……あ……ぐ……」

霊児は体中から感じる激痛を何とか堪えながらゆっくりとではあるが立ち上がる。
しかし、

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

立ち上がった霊児の容態は無事と言えるものではなかった。
解放されていた霊力は消え、体中はボロボロで着ている服も羽織も同じ様にボロボロな状態。
破けた服や羽織の部分から見える肌の殆どからは血が流れ落ちている様子が見て取れる。
おまけに息も絶え絶え。
今の霊児は最悪のコンディションと言っても良い状態だ。
頭部から流れ、目に入りそうになった血を霊児は鬱陶しそうに指で拭いながら、

「俺が避ける事も計算に入れてあのレーザーを放ったな……」

レーザーの軌跡が爆発したのは神綺の計算通りであると呟く。
自分の成す事の殆どが神綺の計算通りであった事を苦々しく思っていると、

「……ん?」

霊児は魔力と神力の急激な高まりを感じ取る。
慌てて顔を神綺の方に向けると、

「ッ!!」

霊児の目には掌を自分の方に向け、その掌に絶大な量の魔力と神力を集中させている神綺の姿が映った。
どうやら、神綺はこれ以上霊児が動き回れないと判断して強力な一撃を放って終らせる積りの様だ。

「……結局、最後は力比べか」

霊児はそう呟き、下手に動きながら戦うよりも一撃に全てを賭けた方が勝率はあると考えながら右手を拳銃の形にする。
受けたダメージの影響で震える右腕を左手で支え様とした時、霊児は左手に持っていた短剣が無くなっている事に気付く。
先の爆発で何所かに飛んで行ったのだろうと考えつつ、探すのは後回しだと言う様に左手で右腕を支えて右手の指先を神綺に向けると、

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

霊児は再び霊力を解放し、右腕に全ての霊力を集めていく。
集められた霊力は霊児の右腕の許容範囲を大幅に超えており、右腕からダムが決壊したかの様に霊力が溢れ出る。
その影響でまだ残っていた右腕部分の羽織り、シャツが吹き飛び、

「ぐ……ぐぐ……」

血が噴出していく。
時間が経つにつれて血が出る場所が増えていくが、そんなの関係ないと言わんばかりに霊児は右腕に集中させる霊力の量を増やす。
右腕から溢れ出た霊力の影響で右腕全体に雷の様なものが走り、骨が軋む音が聞こえてもだ。
そして、

「いっけええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

霊力の全てを籠めた弾と魔力と神力を合わせた特大のビームが、それぞれ霊児と神綺から同時に放たれた。























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