「お、良い感じだな」

現在、霊児はご機嫌と言った表情で森の中を歩いていた。
右腰辺りに酒瓶を括り付けて。
何故、そんな出で立ちで霊児は森の中を歩いているのか。
答えは簡単。
紅葉狩りをする為だ。
秋になって暫らくすれば、木に咲き誇る葉の色も変わる。
夏と比べて色が変わっている葉を楽しみながら神社の縁側で茶を啜っていた時、霊児の頭にある考えが過ぎった。
紅葉狩りをし、その後に酒を飲もうと言う考えが。
そして、思い立ったら何とやらと言う感じで霊児は酒瓶を持って近くの森に繰り出したと言う訳である。
それはさて置き、森の中を歩いている霊児は、

「んー……森の中に居るからか空気が美味いな」

一旦立ち止まって深呼吸をし、上半身を伸ばしながら周囲を見渡していく。
周囲に見える木々に生えている葉は、紅や黄と言った色鮮やかな色合いをしている。
色を変えている葉を見て、霊児は風流だなと思いつつ、

「落葉はまだ先か」

落葉するのはまだ先かと呟いた。
霊児としては散り逝く葉を見ながら酒を飲んだりするのが好きなのだが、今回はそれを見るのは出来なさそうだ。
その事を理解した霊児はがっかりとした雰囲気を見せたが、

「……ま、いっか」

直ぐに雰囲気を戻した。
まだ木々に生えている紅葉を見ながら酒を飲むのも一興だと思ったからだ。
だからか、

「よし、行くか」

気持ちを切り替えるかの様に、霊児は再び足を動かし始めた。























霊児が気持ちを入れ替える移動を再開してから暫らく経ったが、

「中々腰を落ち着かせて楽しめる場所が見付からないな……」

霊児は未だ森の中を彷徨っていた。
どうやら、腰を落ち着かせて酒を飲める場所が中々見付からない様だ。
好い加減酒も恋しくなって来たと言う事を霊児は考えながら、

「……っと」

真横に跳ぶ。
その瞬間、霊児が居た場所に木の枝が叩き付けられた。
何故、木の枝が叩き付けられたのか。
答えは簡単。
木に擬態していた妖怪が霊児に襲い掛かって来たからだ。
兎も角、不意打ちとも言える攻撃を避けた霊児は木に擬態していた妖怪の方に目を向け、

「今日はのんびりしたかったんだけどな……」

愚痴の様なものを零しつつ、木に擬態していた妖怪の姿を確認しに掛かる。
単純な大きさは、霊児の数倍程。
風貌に関しては木に擬態していただけあって、見た目は普通の木にそっくりだ。
と言っても、普通の木と違って人間や人型の妖怪の様に目と口と手と足を生やしてはいるが。
しかし、足に関しては木の根が何本もあるせいか二歩足ではなく多脚型に成っている。
それはそうと、木に擬態していた妖怪の姿を確認し終えた霊児は、

「……一戦交える事になりそうだな」

一戦交える事になりそうだと呟き、溜息を一つ吐いた。
花見気分で森の中に繰り出した霊児に取って、今日は戦おうと言う気分には成れないからだ。
ならば、戦いを避ければ良いだろうと思われるかも知れないがそうもいかない。
何故ならば、ここで不用意に妖怪を逃がそうものなら酒盛りしている最中に妖怪に襲い掛かられる可能性が在るからである。
故に、この妖怪はここで倒して置く必要が在るのだ。

「会話が出来たり多少頭が回る奴が相手なら戦わずに済ませる事も出来ただろうが……ま、無いもの強請りを仕方がないか」

軽い愚痴の様なものを零しつつ、霊児は諦めた表情を浮べながら左腰に装備している短剣を左手で抜き放つ。
すると、周囲に見えていた何本もの木々から目、口、手、足から生え出した。
現状を見るに、何時の間にかこの妖怪達のテリトリーに霊児は入り込んでしまっていた様だ。
おそらく、自分達のテリトリーに迷い込んで来たものを複数で襲って仕留めるタイプの妖怪なのだろう。
いや、若しかしたら何らかの方法で獲物を自分達のテリトリーに誘い込んだのかもしれない。
ともあれ、これで確実に戦闘を避ける事は出来なくなったので、

「……良いぜ、掛かって来いよ」

気合を無理矢理入れるかの様に霊児が構えを取ったのと同時に、霊児を取り囲んで居た妖怪が一斉に襲い掛かって来た。
襲い掛かって来た妖怪が霊児の間合いに入ろうとした刹那、霊児は跳躍を行う。
霊児が跳躍を行なった事で目標を失った妖怪達が狼狽えている間に、正面に居た妖怪の背後に霊児は降り立ち、

「……しっ」

振り返るかの様に短剣を振るい、正面に居た妖怪を真っ二つに斬り裂く。
瞬く間に仲間を倒された事で、残っていた妖怪達は目で見えて分かる位に動揺し始めた。
無論、その動揺を見逃す霊児では無い。
動揺し、隙を曝け出して妖怪の中で一番遠い位置に居る妖怪に向けて霊児は短剣を投擲する。
投擲された短剣は霊児から一番離れた位置に居た妖怪に深々と突き刺さり、短剣を突き刺された妖怪は倒れ始めた。
倒れ始めた妖怪はこの儘地に伏すと思われたが、完全に地に伏す前に、

「よっと」

霊児は二重結界式移動術で投擲した短剣へと跳んだ。
行き成り姿を消して一瞬で短剣を突き刺した妖怪が居る場所へと移動した霊児に妖怪達が驚いている間に、霊児は短剣を引き抜き、

「後は……八体か」

振り返りながら残っている妖怪を視界に入れていく。
立て続けに自分達の仲間を倒されたからか、残っている妖怪達の動揺が先程よりも強くなった。
妖怪達の動揺の強まりを感じ取った霊児は畳み掛けるチャンスだと判断し、右手で酒瓶を押さえ、

「……ッ!!」

地を蹴り、戦場を駆け巡る。
まるで光が走り抜けたと言う様な表現が似合う様なスピードで。
そして、戦場を駆け巡り始めてから幾らかすると、

「……………………………………………………」

唐突に霊児は動きを止め、短剣を鞘に仕舞いながら右手を酒瓶から離す。
そのタイミングで、残っていた八体の妖怪全てが細切れになった。
取り敢えず、周囲の外敵を一掃し終えた後、

「んー……結構良い運動になったな」

良い運動になったと呟きながら霊児は軽く肩を回し、周囲を見渡し、

「でもま、こう言ったタイプの妖怪が居るって事は結構奥地にまで来たのかな?」

今倒した様な妖怪が居ると言う事は、森の奥地にまで自分は来ているのではないかと推察していく。
そう推察出来た理由は今までの経験上、何かに擬態するタイプの妖怪は奥地に居る事が多いからだ。
仮に今の推察が合っていた場合、奥地にも酒盛りするのに適した場所が見付からなかった事になる。
となると、更に奥地へと進む必要が在ると霊児は考え、

「……よし」

何となく目に付いた方へと足を進めて行った。























妖怪達に襲われ、妖怪達を撃退して移動を再開してから幾らかすると、

「おお……」

霊児は少し開けた場所を発見し、足を止めた。
おまけに見付けた場所は木々が綺麗に並んでおり、並んでいる木々に生えている葉は全て美しい紅や黄で彩られている。
心做か、ここに来るまでに見て来た紅葉よりも美しく見えると言う感想を霊児は抱いていた。
だからか、霊児は再び足を動かして発見した場所を探索して行く。
探索して直ぐに崖を発見出来たからか、

「お……」

崖が在る所まで霊児は足を進め、崖を覗き込む様に顔を動かす。
顔を動かした霊児の目には、美しい紅葉が映った。
何処を見ても美しい紅葉が見られるからか、

「良い所を見付けたな」

良い所を見付けたと言う感想を漏らし、振り返る。
振り返ると、霊児の目に大きな岩が映った。
大きな岩を見付けた事で、

「お、良い物見っけ」

霊児はご機嫌と言った表情を浮かべ、跳躍を行なう。
跳躍を行った霊児は大きな岩の上に足を着け、腰を落ち着かせながら右腰に括り付けている酒瓶を外す。
そして、流れる風に色鮮やかな紅葉を肴に霊児は酒を飲み始めた。
それから幾らか経った頃、

「……ん?」

鳥が羽ばたく様な音が霊児の耳に入る。
耳に入った音が気に掛かった霊児は一旦酒を飲むのを止め、音が聞こえて来た方に顔を動かそうとした時、

「どうもどうも!! 清く正しい射命丸文でーす!!」

霊児が腰を落ち着かせている岩の近くに文が降り立った。
なので、霊児は動かそうとしていた顔の進路を眼下に変え、

「よう」

軽い挨拶の言葉を掛ける。
その後、

「こんにちは、霊児さん。こんな所で何をやってるんですか?」

文も挨拶の言葉を返し、こんな所で何をしてるのかと問う。
問われた霊児はこれが答えだと言わんばかりに、酒瓶を文に見せる。
見せられた酒瓶で、

「酒盛りですか」

ここで霊児が何をしていたかを理解した文は周囲を見渡し、

「妖怪の山の紅葉も見事ですが、ここの紅葉も見事ですねー」

妖怪の山の紅葉も見事だが、ここの紅葉も見事だと言う感想を零す。
そんな文を見ながら、

「そういや、お前はこんな所に何しに来たんだ?」

何をしにここに来たんだと言う疑問を霊児は文に投げ掛けた。
疑問を投げ掛けられた文は視線を霊児の方に戻し、

「私ですか? ネタを探してそこ等中を飛び回っていたら人影……つまり霊児さんを発見しましてね。何か良いネタを持ってないかと尋ねに来たのです」

ここに来たやって来た理由を説明しながら手帳とペンを取り出し、

「と、言う訳で霊児さん!! 何か良いネタを持ってないでしょうか!?」

何か良いネタを持っていないかと期待を籠めた目で霊児に尋ねる。
しかし、文の期待を裏切るかの様に、

「ねぇよ」

良いネタなど無いと言う言葉が霊児の口から紡がれた。
間髪入れずに良いネタなど無いと言われてしまったからか、

「そうですか……」

文はがっかりとした様に肩を落としてしまう。
折角酒盛りをしていると言うのに、暗い気分をしている者が近くに居ては興が削がれると思った霊児は、

「ネタが無ければその辺の風景写真でも撮れば良いんじゃないか?」

ふと思い付いた事を文に伝える。
伝えられた内容に何か惹かれる部分が在ったからか、文は落としていた肩を戻しながら顔を上げ、

「風景写真をですか?」

どう言う事かと言った感じで首を傾げ、説明してくれと言った雰囲気を見せ始めた。
文の雰囲気から説明を欲しているのを感じ取った霊児は適当な方に指を向け、

「そうそう。例えばここ等辺の写真を撮ってそれを新聞に載せるとかさ」

風景写真の使い道を述べる。

「…………成程、それは考えた事はありませんでしたね」

風景写真を新聞に載せると言う手法を考えた事は無かったからか、何かを考え込む様な体勢を文は取り、

「…………次の"文々。新聞"をテストケースとして反応を見るのが良いのかもしれませんね」

試しに次に発刊する"文々。新聞"に風景写真を載せて購読者の反応を見る事を決め、周囲の写真を撮り始めた。
取り敢えず文の気分が持ち直したのを確認した霊児が、再び酒を飲み始めよとした瞬間、

「あら、こんちには。お二人さん」

何者かが霊児と文に声を掛けて来たではないか。
掛けられた声に反応した霊児と文は、声が聞こえて来た方に顔を向ける。
顔を向けた二人の目に、

「幽香」
「幽香さん」

風見幽香の姿が映った。
どうやら、霊児と文に声を掛けて来たのは幽香であった様だ。
ともあれ、紅葉を肴に酒盛りをしてる時に文に続いて幽香まで現れた事で、

「奇遇だな、こんな所で会うなんて」

こんな所で会うとは奇遇だと言う声を掛ける。

「そうね」

掛けられた声に同意を示しながら幽香は霊児に近付き、

「中々美味しそうな物を飲んでいるわね」

霊児が持っている酒瓶に目を向けた。
幽香の視線が酒瓶に向いている事に気付いた霊児が、

「これの事か?」

酒瓶を幽香に見せると、

「ええ。私にもくれないかしら?」

幽香から自分にも酒をくれないかと言う言葉が発せられる。
酒瓶に入ってる居る酒の量にはまだまだ余裕が在るからか、

「ああ、良いぞ」

良いぞと言う返事と共に、霊児は幽香に向けて酒瓶を投げ渡す。
投げ渡された酒瓶を受け取った幽香は早速と言わんばかりに酒を飲み、

「あら、美味しい」

美味しいと言う感想を漏らした。
飲んで直ぐに美味しいと言う感想が出て来た酒に興味を抱いたからか、

「そんなに美味しいお酒何ですか?」

文は興味深そうな視線を酒瓶に向ける。
向けられた視線に気付いた幽香は文の方に顔を向け、

「飲んでみる?」

飲んでみるかと聞く。

「是非!!」

聞かれた文は有無を言わせぬ勢いで酒を飲みたいと主張したので、幽香は文に向けて酒瓶を投げる。
投げられた酒瓶を受け取った文は楽しみだと言う表情を浮かべて酒を飲み、

「あ、ほんとですね。美味しいです」

幽香と同じ様に美味しいと言う感想を漏らした。
それはそうと、自分の許可無く勝手に酒を渡した幽香に霊児が文句の言葉でもぶつけ様かとした時、

「でも、少し刺激が足りない気もしますね」

今飲んだ酒には少し刺激が足りないと文は呟き、酒瓶を霊児に投げ返す。
酒瓶を投げ返された事で霊児はぶつけ様としていた言葉を呑み込みながら酒瓶を受け止め、

「ま、天狗の酒は人里で売っている酒よりも刺激が強いからな」

天狗の酒は人里で売っている酒よりも刺激が強いと言う事を口にしながら酒を飲む。

「何で霊児さんが天狗の酒を……って、ああ。霊児さんは普通に天狗の酒も飲める人間でしたね」

霊児が天狗の酒に付いて知っている事に文は疑問を覚えたが、直ぐに霊児が天狗の酒も平気で飲める人間である事を思い出す。
そして、少し呆れた様な表情を浮かべ、

「普通、人間が天狗の酒を飲んだら只では済まないんですけどね。霊児さん、本当に人間ですか?」

本当に霊児は人間なのかと頭を捻らせた。
自分の事を人間かどうかを疑っている文に、

「失敬な。俺は純度100%の人間だ」

霊児はそう言った突っ込みを入れ、文を睨み付ける。

「そんな睨まないでくださいよー」

霊児に睨み付けられた文が両手を振って弁明の言葉を考え様としている間に、

「処で、貴方達はここで何をしていたの?」

霊児と文の二人に幽香がここで何をしていたのかと問う。
問われた事に反応した霊児と文は今までのやり取りを中断しながら幽香の方に顔を向け、

「流れる風と紅葉を肴に酒飲み」
「私は次の"文々。新聞"に載せる風景の写真撮りを」

自分達がしていた事を教える。
酒飲みは兎も角、風景の写真に幽香は興味を抱き、

「へぇ、風景の写真をね」

文が手に持っているカメラを覗き込み、

「あや? 幽香さん、興味が御有りですか?」
「ええ。それはそうと、貴女が撮った写真の中に花の写真は在るのかしら?」
「花の写真ですか? 先程撮った中に幾らか写っているとは思いますが……」
「どんな花?」
「えーと……あ、あちらの花ですね」
「ふむ、あの花ね」

文と会話を交わし、文が撮ったと言う花に目を向け、

「あの花は……女郎花ね」

花の名前を言い当てた。

「おお、流石は幽香さん」
「ま、この程度はね」

一目で花の名前を言い当てた幽香に文が尊敬する様な言葉を掛けると、幽香は大した事では無いと返す。
まぁ、幽香は四季のフラワーマスターと称されているのだ。
花の名前の一つや二つ、言い当てる事など訳無いだろう。
それはそれとして、幽香が花の名前を言い当てたのを皮切りにしたかの様に幽香と文は会話にのめり込んでいった。
そんな二人の様子を見て、霊児は次の"文々。新聞"は花の特集になるかもしれないと考える。
"文々。新聞"に掲載されている内容は何らかの事件や出来事と言う事が殆どなので、次号が全く違うベクトルの内容と言うのであればそれはそれで楽しみだ。
次に発刊されるであろう"文々。新聞"に少し想いを馳せながら霊児は酒を飲み、

「あー……平和だ」

のんびりとした一日を過ごしていった。
























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