冥界での異変を解決し、幻想郷に少し遅い春がやって来てから何日か過ぎたそんなある日の昼下がり。
「……ふぅ」
霊児は縁側で茶を啜り、一息吐いた。
のんびり、まったりとした時間を満喫していると言う雰囲気を出している霊児であったが、
「一体……どう言う状況だよ、これ」
何とも言えない表情を浮かべ、そんな事を呟く。
何故そんな事を呟いたのかと言うと、縁側で茶を啜っている霊児の目に、
「何なんだよ、この人魂やら亡霊は……」
大量の人魂やら亡霊と言った存在が映っているからだ。
もう少し正確に言うと、人魂や亡霊っと言ったものが居る場所は縁側から見える範囲だけではなく博麗神社の敷地内全体。
それを感じ取ってしまった霊児は、
「……はぁ」
思わず溜息を漏らしてしまう。
確実に面倒な事が起こっているぞと言う想いを籠めながら。
「……………………………………………………………………」
お盆の様な日なら兎も角、お盆でも何でも無い日に人魂やら亡霊がこんな大量に闊歩する事などまず在り得ない。
いや、仮に今がお盆でもあったとしてもここまで大量に霊が現れる事はないであろう。
となると、この大量の霊達は人為的な方法で博麗神社に引き寄せられたのではと言う可能性を霊児は考えた。
そう考えた理由として、嘗て魅魔が邪気に当てられて暴走した際に今と似た様な状況を引き起こしたからだ。
昔起きた事を霊児は思い出しつつ、
「この大量の霊達はお前の仕業か? 幽々子」
近くにある柱に顔を向け、そう語り掛ける。
すると、
「あら、良く私が居るって分かったわね」
霊児が語りかけた柱の影から幽々子が現れた。
「良く言うぜ。気配を隠してもいない癖によ」
まるで自分の存在に気付けた事で驚いたと言った風を装っている幽々子に突っ込みを入れつつ、霊児は幽々子の方に体を向け、
「それで、この惨状はお前の仕業か?」
ストレートに、博麗神社に霊達が湧いて出ている原因は幽々子に在るのかと問う。
問うた幽々子は亡霊の姫とも言われている様な存在。
霊達を引き連れたり、一箇所に留ませると言った事は幽々子に取っては赤子の手を捻るが如し。
この事から、博麗神社に霊達が蔓延っている原因は幽々子に在るのは確実と思われたが、
「違うわ。私の仕業じゃない」
幽々子の口から否定の言葉が紡がれた。
紡がれた否定の言葉を耳に入れた霊児は少し思案する様な表情を浮かべ、
「……じゃあ、誰の仕業だ?」
では誰の仕業なのかと尋ねる。
「別に誰かの仕業って訳でも無いのよね」
「ん? どう言う事だ?」
尋ねた事に幽々子が誰かの仕業と言う訳では無いと言う答えを返した為、霊児は疑問気な表情を浮かべながら首を捻ってしまう。
そんな霊児を見て、
「今回のこれの原因は……」
何処か得意気な表情を浮かべながら幽々子が霊達が蔓延っている原因を霊児に教え様とした瞬間、
「あー、見付けた!! ここに居たのか!!」
「最初にここに来たのは色々な意味で正解だった様ね」
魔理沙とアリスの二人がそう言いながら空中から霊児達の傍に降り立った。
行き成り現れた二人に霊児は驚く事無く、
「よう、何か用か?」
片手を上げて何の用かと聞くと、
「ああ。元凶退治に一緒に行かないかって誘いに来たんだが……」
魔理沙は霊児の方に体を向けてやって来た理由を話し、改めてと言った感じで幽々子の方にも体を向け、
「ここに元凶が居ると言うなら手間が省けたぜ!! さぁ、幽霊達を連れ帰って貰おうか!!」
宣戦布告をするかの様に幽々子に人差し指を突き付け、そう言い放つ。
「元凶って……私?」
指を突き付けられ、元凶扱いされた事で少し困惑した表情になった幽々子に対して、
「惚けても無駄よ。幽霊をこんな大量に冥界から連れて来られる存在なんて貴女位でしょう」
全て解っているんだぞと言う様な口調でアリスはそう語った。
「お前等の口振りから察するに、魔法の森もここと似た様な事になってるのか?」
二人の口振りから魔法の森も博麗神社と同じ様になっているのではと霊児が推察したからか、
「ああ。朝起きて外に出たらご覧の有様だったぜ」
「それで、何か遭ったと思ったから取り敢えず霊児の所に向う事にしたのよ。あ、因みに魔理沙とはここに来る途中で会ったの」
推察した内容が正しい事と、二人で一緒に来た理由を魔理沙とアリスは話す。
そして、
「さて、さっさとこの大量の幽霊を連れて帰って貰おうか」
「断るって言うんであれば、力尽くになるわよ」
魔理沙とアリスは体中から魔力を少し溢れ出させ、軽く構えを取った。
どうやら、魔理沙とアリスも霊達が大量に沸いて出た原因が幽々子にあると判断している様だ。
ともあれ、証拠も無しに犯人扱いされた事で、
「酷いわ、人の事を犯人扱いして。貴方もそう思うでしょ、霊児」
心外だと言わんばかりの表情を幽々子は浮かべ、霊児に同意を求め様とする。
しかし、
「お前、何日か前に自分が何をしたのか忘れたのか? 疑われるのは当然だろうが」
ついこの前異変を起こした言う事もあってか、霊児から同意は得られなかった。
「あーん、ひどーい」
孤立無援と言った様な状況下に陥った幽々子が気の抜けた声色でそんな事を言ったが、それを無視するかの様に、
「さて、さっさとこの幽霊達を連れ帰って貰おうか」
ミニ八卦炉を取り出した魔理沙がさっさと幽霊達を連れ帰る様に促す。
「だーかーらー、これは私の……」
武力行使何歩か手前と言う感じになったからか、幽々子が皆に言い聞かせるかの様に何かを言おうとした刹那、
「驚いた、まさか幽々子が博麗神社に居る何て。手間が省けたわね」
驚いたと言う台詞と共に今度は妹紅が霊児達の近くに降り立って来た。
魔理沙、アリスの二人の例から、
「若しかして、妹紅の所にもか?」
察していると言う雰囲気を出しながら、霊児は妹紅にそう声を掛ける。
声を掛けられた妹紅は、
「ええ、迷いの竹林も人魂や亡霊で溢れ返っているのよ」
何処か疲れたかの様な表情を浮かべながら現在の迷いの竹林の状況を語りつつ、
「人魂は兎も角、亡霊は何かを持って行くかもしれないから面倒なのよね。まぁ、適当に威圧して追い払ったけど」
溜息混じり一寸した苦労話を漏らし、
「まぁ、そう言う訳で霊児を誘って元凶を叩きのめしに行こうと思ってここに来たのよ」
迷いの竹林から博麗神社にまでやって来た理由で締め括り、幽々子の方に体を向け、
「さぁ、この幽霊達を連れて帰って貰いましょうか」
さっさと幽霊達を連れ帰る様に言い放つ。
やはりと言うべきか、妹紅も霊達が大量に沸いて出ている原因が幽々子にあると判断した様だ。
霊児、魔理沙、アリスに続いて妹紅にまで疑われているからか、
「だーかーらー、これは私の……」
幽々子は再び何かを言い掛け様とする。
が、
「こんなに早くに見付かる何て……一応は幸先が良いのかしら?」
言い切る前に幸先が良いと言う台詞と共に今度は咲夜が霊児達の近くに降り立った。
「ごきげんよう」
降り立った咲夜が軽い挨拶の言葉を掛けたのと同時に、
「咲夜の所もか?」
何となくではあるが解っていると言った感じで霊児が咲夜の所もかと言う声を掛けた時、
「ええ、紅魔館も人魂やら亡霊やらで溢れ返っているのよ。おまけに家の妖精メイドと小競り合いを始める霊も出て来てるし。作業は進まないし館に損害は
出るしで大変なのよ。一通り館に居た霊は蹴散らしたから、元凶を倒す為に貴方を誘って冥界に行こうと思ってここに来たって訳」
苦労話をするかの様に現在の紅魔館がどうなっているのかを語り、博麗神社にやって来た理由を語る。
予想通りと言うべきか、咲夜が博麗神社にやって来た理由も魔理沙、アリス、妹紅の三人と同じ様であった。
だからか、
「成程、こいつ等と同じか」
魔理沙、アリス、妹紅の三人を見ながら霊児はこいつ等と同じかと呟く。
呟かれた内容が耳に入ったからか、
「あら、そうなの?」
少し驚いた表情を浮かべながら咲夜は魔理沙、アリス、妹紅の方へと顔を向ける。
すると、
「ああ、そうだぜ」
「魔法の森もそっちと同じ様な状況ね」
「迷いの竹林もね」
魔理沙、アリス、妹紅の三人から肯定の返事が返って来た。
その後、霊児を除いた四人は幽々子の方へと向き直り、
「さぁ、さっさとこの幽霊達を連れて帰って貰いましょうか」
四人を代表してか咲夜が幽々子に幽霊達を連れて帰る様に言い放つ。
またしても言い放たれた言葉が自分を犯人扱いするものであった為、
「だーかーらー、これは私の……」
三度幽々子が何かを言おうとする。
だが、
「幽々子様、みょんな所に居たんですね!!」
またまた言おうとした言葉を遮られてしまった。
今度は誰だと言う思いを抱きながら一同は声が聞こえて来た方に顔を向ける。
顔を向けた先には妖夢の姿があり、この事から幽々子の言葉を遮ったのは妖夢である事を理解しつつ、
「「「「「……みょん?」」」」」
みょんと言う単語に霊児、魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の五人は疑問を抱いたかの様に首を傾げてしまった。
そんな五人を見て、
「か、噛んだだけよ!!」
妖夢は顔を赤く染め、慌て気味に噛んだだけだと口にする。
妖夢が弁明の様なものを口にしたタイミングで、
「妖夢ー……」
非難するかの様な視線を幽々子は妖夢に向けた。
まぁ、自分の従者に話そうとした事を遮られてしまったのだ。
幽々子が非難するかの様な視線を向けるのも仕方が無い事であろう。
兎も角、自分の主からその様な視線を向けられた事で、
「な、何でしょうか……?」
つい、妖夢は何歩か後ずさってしまった。
後ずさった妖夢を見て、この儘では埒が開かないと判断したからか、
「はぁ……良いわ。それで、何の用?」
溜息を一つ吐き、今の事を水に流すと言った感じで幽々子は妖夢に何の用かと尋ねる。
「あ、はい。冥界の方の結界の事で……」
尋ねて来た幽々子から怒っていると言う雰囲気が感じられ無かったので、妖夢は何処か安心したかの様な表情を浮かべて冥界の結界に付いての話しを始め様とした。
結界と言う単語を聞き、
「ああ、結界ね……ん……」
何かを思い付いた表情を幽々子は浮べる。
「幽々子様?」
急に表情を変えた幽々子に妖夢が疑問を覚えると、幽々子は霊児達の方に顔を向け、
「ねぇ、一寸冥界に言って来てくれないかしら?」
何の脈絡もなく、冥界に行って来てくれないかと言い出した。
「おいおい、何を言ってるんだ。この幽霊達を連れて来たのはお前何だろ? なら、私達が冥界に行く必要は無いじゃないか」
言い出された事に対し、魔理沙が反論の言葉を返すと、
「だーかーらー、私は大量の幽霊達を連れて来たりはしてないわよー」
三度目ならぬ四度目の正直と言った感じで、幽々子は若干涙目になりながら自分の無実を訴える。
自分は無実と訴える幽々子に対し、
「「「「……………………………………………………………………」」」」
魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人は疑いの眼差しを幽々子に向けた。
明らかに信じていないと言った視線を向けられた事で、幽々子は霊児に助けを求める視線を向けたが、
「言って置くが、俺も半分以上は疑っているからな」
半分以上は疑っていると言う発言が霊児から発せられた為、幽々子はションボリとしてしまう。
が、そんな幽々子を無視するかの様に、
「……貴女の仕業じゃないのなら、一体誰の仕業なのかしら?」
ならば犯人は誰なのかと言う疑問をアリスは幽々子に投げ掛ける。
「別に誰かの仕業って訳じゃないの。霊達が蔓延っている原因は冥界の結界にあるのよ」
投げ掛けられた疑問に対する答えとして、幽々子は霊達が蔓延っている原因は冥界の結界にあると言う情報を霊児達に教えた。
「結界に?」
「ええ。どうも冥界の結界が緩んでいるみたいなのよ。それで、幽霊達が大量にこっちに来ちゃったって訳。結界が緩むと全然力が無い霊でも簡単に
こっちとあっちを行き来出来てしまうの」
教えられた内容を頭に入れたアリスが首を傾げると、幽々子は冥界の結界に付いて簡単に説明する。
「つまり、その結界を何とかして貰う為に霊児の所に来たの?」
幽々子の説明から、幽々子が博麗神社にやって来た理由の推察を妹紅は行なう。
しかし、
「いいえ、違うわ。結界の方は私の友人に任せてあるから」
妹紅の行なった推察を否定し、結界は自分の友人に任せてある事を霊児達に教えた。
教えられた内容から察するに、冥界の結界に発生している異常は何れ直ると言う事。
だとしたら、幽々子が博麗神社にやって来た理由が分からないので、
「じゃあ、何しにここに来たの?」
何しに博麗神社にまでやって来たのかと言う事を妹紅は幽々子に問う。
「ここに来た幽霊達の様子を見によ。霊児は対象を直接地獄に叩き落す様な術を使えるらしいじゃない?」
問われた幽々子は霊児が使える対象を直接地獄に叩き落す術に付いて漏らし、霊児の方に視線を向けた。
幽々子が漏らした通り、霊児は生者、死者、霊体関係なくどんな相手でも直接地獄に叩き落すと言う術を使う事が出来る。
おそらく、蔓延っている霊達を鬱陶しく思った霊児がその術を使わないかと言う事を危惧しているのだろう。
何となくではあるが、幽々子が自分に視線を向けた理由を察した霊児は、
「あれ、霊力の消費がでかくて疲れるから進んで使いたくないんだよなぁ……」
消費する霊力が大きいし疲れると言う理由でその術は使いたくないと返した。
「それ、逆を言えば霊力の消費が少なくて疲れなければ容赦なく使うって言ってる様に聞こえるけど」
「そりゃな。霊力の消費と技を発動するまでの時間に難があるのを除けば相手を纏めて一掃出来るって言う術だ。あの術、空間に地獄へと繋がる入り口を作って
対象を吸い込ませるって言う術だからな」
返された内容から消耗が少なければ躊躇わずに使うのではと考えた幽々子に、霊児はその術の欠点と利点を語る。
「怖いわねぇ」
術の詳細を簡単にではあるが知った幽々子が怖いわねと零しながら扇子で口元を隠した時、
「この数の霊を一体一体除霊やらお祓いをしろってか? どれだけ時間が掛かると思ってるんだ」
霊児は庭先を指でさしながらあの霊達を一体一体除霊やらお祓いしたらどれだけの時間が掛かると思っているのかと口にした。
確かに、神社を漂っている霊を一体一体祓っていたら途方もない程の時間が掛かってしまうであろう。
下手をすれば、博麗神社に居る霊達を祓うだけで一日が潰れてしまうかもしれない。
更に言うのであれば、魔理沙達の発言から察するに霊達は幻想郷中に蔓延っていると考えられる。
それ等全てを祓うとばれば、どれだけの時間が掛かるか分かったものではない。
となれば、霊達を纏めて直接地獄に叩き落す術の使用を霊児が考慮するのも当然とも言えるだろう。
まぁ、それをやられたら霊達は悲惨処の騒ぎではないだろうが。
ともあれ、少々話が脱線して来ていると感じた魔理沙は、
「それで話を戻すが、お前の友達が結界を見ているんなら私等が冥界に行く必要は無いんじゃないか?」
話を戻すかの様に自分達が冥界に行く必要は無いのではと言う疑問を幽々子に投げ掛けた。
「ええ、そうね。けど……今、結界の状態がどうなっているかは分からないの。だから、結界の様子が今どうなっているのかを確かめて来て欲しいのよ」
「私達が行かなくても、お前が冥界に戻れば済む話だろ」
投げ掛けられた疑問に対する答えを幽々子が述べると、魔理沙は自分達が行かなくても幽々子達が冥界に戻れば済む話だろうと言う正論を述べる。
魔理沙が述べた通り、霊児達が冥界に行かなくても幽々子が冥界に帰ればそれで解決する話。
だと言うのに、どうして霊児達に冥界に行って欲しいと言ったのか。
そんな疑問と述べられた正論に対し、
「私はこっちに来た幽霊達を纏め上げなきゃならないから無理よ」
此処、つまり幻想郷中に来てしまった幽霊達を纏め上げる必要が有ると言う理由を幽々子は霊児達に教えた。
教えられた内容を頭に入れたアリスは少し考える素振りを見せ、
「つまり、冥界の結界が修復されていないと幽霊達を冥界に戻して意味が無い……と言う事で良いのかしら?」
纏めるかの様に、冥界の結界が修復されなければ霊達が蔓延っている現状が解決する事は無いのかと結論付ける。
「そう言う事。冥界の結界が緩んだ儘だと、霊達を連れ帰ってもまた同じ事の繰り返しになるわ」
付けられた結論が正しい事を幽々子が言った瞬間、
「どうする?」
どうするのかと口にしながら魔理沙は霊児の方に顔を向けた。
霊児の方に顔を向けた魔理沙に釣られる様にしてアリス、妹紅、咲夜の三人も霊児の方に顔を向ける。
どうやら、全員霊児の意見を待っている様だ。
四人からの視線を受け、
「そうだな……」
霊児はそう呟きながら湯飲みに入ってる茶を飲み干し、空になった湯飲みを自分の近くに置き、
「結界の状態が確認出来なきゃこの状況を改善されないって言うなら、行くしかないだろ」
ポケットの中に入っている夢美から貰ったグローブを取り出し、グローブを付けながら冥界に行く意思を示しながら立ち上がり、
「お前等はどうする?」
四人の方に顔を向けてお前らはどうするのかと聞く。
聞かれた魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人は、
「当然、付いて行くぜ」
「事の顛末を見届ける必要性が有ると思うから私も行くわ」
「特にしなければならない事も無いから私も同行するわ」
「結界がどうなっているかの確認が出来ないと今後の対策が取れないから私も行くわ」
自分達も一緒に行くと答えた。
五人が冥界に赴く事になったので、
「あ、それなら……」
「妖夢は残りなさい」
監視と言う意味合いも籠めてか妖夢は自分も行くと言い出そうとしたが、幽々子に留まる様に言われた為、
「あ、はい。分かりました」
言おうとしていた事を途中で止め、妖夢は了承の返事を発する。
幽々子、妖夢以外の面々が冥界に行く事になった後、
「ちゃんと、幽霊達を纏め上げて置けよ」
幽霊達を纏め上げて置く様にと言う警告の様なもの霊児は幽々子に残す。
残された警告の様なものを受け、
「分かってるわ」
幽々子が分かっていると言う返事をする。
それを聞き届けた霊児は空中へと躍り出た。
空中へと躍り出た霊児を追う様にして魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人も空中に躍り出る。
そして、霊児達は冥界へと向って行った。
霊児達が博麗神社を飛び出してから少し経った後、
「良かったのですか? 彼等を行かせて」
妖夢は自分の主である幽々子に霊児達を行かせて良かったのかと尋ねる。
尋ねられた幽々子は妖夢の方に顔を向け、
「何か不味かったかしら?」
逆に何か不味かったかと尋ね返す。
「いえ、別に彼等を冥界に向わせなくても結界なら直ぐに修復されると思いまして」
「そうね、貴方の言う通りだわ」
返された事に妖夢は幽々子に自分の意見を述べると、幽々子は述べられた意見は正しいと断じた。
自分の意見が正しいと断じられた事で、益々訳が分からないと言った表情を妖夢は浮かべ、
「でしたら何故……」
でしたら何故と言う発言を零した瞬間、
「あいつが霊児に会いたがっていた様だから、折角だから会わせて上げ様かなと思ってね」
霊児達を冥界に向かわせた理由を幽々子は答える。
「会いたがっていたからって……あの方、まだ霊児と会った事が無かったのですか?」
返って来た答えを頭に入れた妖夢が少し驚いた表情を浮べると、
「彼……博麗霊児は長い間博麗の名を持つ者が不在だった時期に現れた博麗であり、しかも歴代初の男の博麗。更に言えば、霊児が博麗となった事にあいつは全くと
言って良い程に係わってはいない。おまけに、博麗霊児の実力は他を超絶して寄せ付けない程。直接戦った貴方なら分かるでしょ、彼の異常なまでの強さを」
軽くではあるが博麗霊児と言う存在に付いて説明し、確認を取るかの様に妖夢に霊児が異常なまでの強さを持っているのは分かるだろうと聞く。
そう聞かれた妖夢は、ついこの前に幽々子が起こした異変で霊児と戦った時の事を思い出し、
「はい……」
かなり悔しそうな表情を浮かべながら肯定の返事を漏らす。
どうやら、霊児との戦いで終始圧倒される様な形になった事が悔しい様だ。
が、直ぐに持ち直し、
「でも、それだけで霊児と接触する事を躊躇する様な方ではないと思いますが?」
説明された内容で幽々子の友人が霊児との接触を躊躇するとは思えないと言う疑問を抱いた。
抱いた疑問は尤もであるからか、
「博麗の名を持つ者には様々な者が居た。争いを好まない者、他者との接触を徹底的に避ける者、戦いを好む者、人間以外の存在を見ると直ぐに殺しに掛かる者、
力だけを求める者、金銭にかなりの執着を持つ者……と言った感じでね。思想や信念がどうこうだけだったら、あいつも今までの経験を活かして全く問題が無い対応
を取る事が出来たのは確実。けど、霊児はどの歴代の博麗の巫女達よりも戦闘能力が飛び抜けて高かったのよ。それも、幼少期の時点で歴代の博麗の巫女達の
全盛期の戦闘能力を遥かに上回る程に。だから、時折遠くから霊児の事を見たり彼の噂などを又聞きする程度にしていたのよ。あいつは」
幽々子は簡単にではあるが歴代の博麗には色々な者が居た事と、霊児が歴代のどの博麗巫女よりも戦闘能力がずば抜けて高い事を妖夢に教える。
教えられた内容を受け、
「幽々子様って、霊児より前の博麗の事を知っているのですか?」
現博麗である霊児以外の博麗も知っているのかと言う事を妖夢は幽々子に問う。
「ええ。全員と言う訳ではないけど、過去の博麗とも会った事があるわ」
問われた事を幽々子は肯定し、
「話を戻すけど、霊児が異常なまでに強いからあいつも直接的な接触を避けていたのよ。下手をしたら殺し合いになった結果、幻想郷が崩壊する事態に
なり兼ねないからね」
どうして自分の友人が霊児との接触を避けているのかと言う理由を話す。
話された理由の中には霊児が幻想郷を破壊する可能性が在ると言うものが含まれていた為、
「しかし、彼はそんな存在には見えませんが……」
幻想郷を破壊する様な事を霊児がするとは思えないと言う発言を妖夢は発した。
「そりゃ実際に会って戦い、言葉を交えたのならそれも分かるでしょう。でも、それが出来ていなかったら彼の人成りは分からない。先程も言った様に様々な
博麗が居たし、彼の戦闘能力が途方も無い程に高い。彼が危険な思想を持っていて、敵対するものを周りの被害を考えずに完膚無きまでに叩き潰す様な
存在だとしたら大変じゃない」
「はぁ……」
発せられた発言に幽々子がそう返すと、妖夢は何処か分かっていない様な表情を浮かべるも、
「あ、そう言えば……」
直ぐに何かを思い出したかの様な表情になる。
「ん? どうかしたのかしら?」
妖夢の表情の変化に幽々子が気付くのと同時に、
「いえ、あの方はまだ寝ていて今はその従者の方が作業に当たっていると言う事を幽々子様にお伝えしに来たんだと言う事を思い出しまして」
今現在、幽々子の友人ではなくその従者が冥界の結界の修復に当たっている事を妖夢は幽々子に伝えた。
「あら」
伝えられた内容を受け、幽々子は少し驚いた表情を浮かべたが、
「……ま、何とかなるでしょ」
浮かべていた表情を戻し、何処か楽観的な発言で締め括る。
博麗神社を出発し、冥界に着くと、
「しっかし、また冥界に来る事になるとはね。人生、分からないものだわ」
妹紅は何処か感慨深そうな表情を浮かべ、ポツリとその様に呟く。
それに続く様にして、
「確かに、普通は出来ない経験よね」
「そうね、生者が冥界に来るって事は普通は出来ない経験だし」
「ま、ここで花見をする為にも冥界の下見をするのも良いかもな」
アリス、咲夜、魔理沙の三人は思い思いの感想を述べ、
「それにしても、あの巨大な門は冥界の結界とは関係無かったんだな」
魔理沙が冥界に来る際に通った巨大な門は冥界の結界には関係無かったんだなと呟く。
呟かれた内容に返すかの様に、
「あの門はこの世とあの世を隔てているものであって、冥界から幽霊の流出を防ぐ為のものじゃないからな。ま、あの門に異常が無かったから良かったけど」
改めと言った感じで霊児は巨大な門に付いての説明をする。
どうやら、巨大な門と冥界からの幽霊の流出は関係無かった様だ。
兎も角、冥界に着いたと言う事で、
「さて、冥界に来たは良いけど……その幽々子の友人とやらは何所に居るのかしら?」
幽々子の友人を探すかの様にアリスは周囲を見渡していく。
しかし、見渡して見えるものは冥界の景色、幽霊、人魂と言ったものだけ。
何所をどう見ても、幽々子の友人らしき者の姿は見られない。
だからか、アリスは周囲を見渡すのを止め、
「対象が何所に居るのか分からないのなら……貴方頼りね」
霊児頼りと言いながら霊児の方に顔を向ける。
「……俺?」
「……ああ、霊児の勘なら最低でも何所に進めば良いか位は分かるわね」
顔を向けられた霊児が疑問気な表情を浮べると、咲夜は霊児の勘なら進行方向を決める事は出来ると言う事に気付いて霊児の方に顔を向けた。
すると、魔理沙と妹紅は成程なと言う表情になって霊児の方に顔を向ける。
一同の視線を一身に受ける事になった霊児は、
「……はぁ」
溜息を一つ吐き、周囲を見渡す。
そして、
「多分、あっちだ」
何かを見付けた様な表情を浮かべ、ある方向に指をさす。
指がさされた方向に一同が目を向けた時、
「あっちって……白玉楼の方だな」
ポツリと、白玉楼が在る方だと魔理沙が呟いた。
その呟きを合図にしたかの様に、
「となると、結界の修復には白玉楼を基点とする必要が有るのかしら?」
「白玉楼は冥界の姫と言われている幽々子が住む場所。となれば、重要なものや機能が在っても可笑しくはないわね」
「そういや、博麗神社もそんな感じだって霊児が言ってたな。後は霊脈も良いとか」
「強者、若しくは権力者の近くに重要な何かを置くって言うのは昔から使われている手法だらからね」
咲夜、アリス、魔理沙、妹紅の四人は重要な何かは強者や権力者の近くに置かれるものかと言う話を始める。
話し始めた四人を見て、長くなりそうだと霊児は感じ、
「おーい、そろそろ行こうぜ」
四人にそろそろ行こうと言う声を掛けた。
そう声を掛けられた四人はハッっとした表情になりながら会話を止め、改めてと言った感じは五人は白玉楼へと向かって行く。
「それにしても、相変わらず異様に長い階段ね」
白玉楼へと続く階段の前に辿り着いたのと同時に、アリスはポツリとそう呟く。
呟かれた内容に対し、
「本当ね。紅魔館の内部は私が空間を弄って広くしてるけど……何度見てもこの階段の長さは紅魔館の廊下より遥かに上ね」
咲夜は同意する様な発言を零す。
そんな二人に続く様に、
「前にも言った様な気がするが、空を飛べて良かったぜ」
「全くね。歩いて行ったら日が暮れてしまうわ」
魔理沙と妹紅は空を飛べて良かったと言う言葉を発した。
やはりと言うべきか、この異様に長い階段を自分の足で歩いて行くと言う発想は出て来ない様だ。
兎も角、後は階段の先に行くだけなので、
「それじゃ……行くか」
行くかと言う霊児の発言を合図にし、一同は異様に長い階段に沿う様な形で移動を開始した。
それから少しすると、進行方向上に何体かの妖精が現れる。
現れた妖精達を見て、妖精と言う存在は本当に何所にでも居るんだなと言う事を霊児達が思った瞬間、
「「「「「ッ!!」」」」」
妖精達が霊児達に向けて大量の弾幕を放って来た。
行き成り妖精達から弾幕を放たれた事で霊児達は驚いたものの、直ぐに散開して迫り来る弾幕を避けつつお返しと言わんばかりに霊児達は弾幕を放つ。
放たれた弾幕は次々と妖精達に当たり、妖精達を撃ち落していった。
そして、全ての妖精達を撃ち落したタイミングで霊児達は弾幕を放つのを止め、
「驚いた。まさかこうも妖精達が好戦的になっているとはね」
現れた妖精達が好戦的な事に驚いたと言う台詞を妹紅が漏らした時、
「確かに、妖精がこんなにも好戦的と言うのは異変の時位だし。異変が終わったと言うのにこうも妖精達が好戦的と言うのも変な話ね」
既に異変が終わったと言うのに妖精が好戦的になっている事に咲夜は疑問を抱く。
「でも、好戦的な事もそうだが変に強くなかったか?」
抱かれた疑問に補足するかの様に、好戦的になっている妖精が変に強かった事を魔理沙は話す。
確かに、今現れた妖精達が放った弾幕は妖精が放ったものとは思えない程に量が多く弾速が速かった。
変に強いと言う疑問を魔理沙が抱いたのは当然であろう。
ともあれ、その疑問に対し、
「まだ異変の時の影響が残ってるのかもな」
まだ異変の影響が残っているのではないかと言う推察を霊児は述べる。
「確かに……異変が終わってからまだ一週間も経ってないし、まだ異変の影響が残っていると考えても不思議じゃないわね」
述べられた推察を受け、アリスは霊児の推察は的外れと言う訳ではないと考え始めた。
そう考えたアリスに釣られる様にして魔理沙、妹紅、咲夜の三人は何処か納得した表情になり、
「つまり、ここから先も異変の時と同じ様に妖精が襲って来ると言う事ね」
「やれやれ、異変が終わったから楽に進めるかと思っていたけど……そうはいかない様ね」
咲夜と妹紅は楽に進めなくて残念と言った表情を浮かべたが、
「私としては騒がしいのは大歓迎だから、それ程苦にはならないけどな」
残念がっている二人とは対照的に、魔理沙は騒がしいのは歓迎だと言いながら笑みを浮かべる。
そんな魔理沙を見て、
「貴女のその何でも楽しもうと言う姿勢、見習うべきかしらね」
何でも楽しもうとする魔理沙の姿勢を見習おうかと妹紅は思い始めた。
兎も角、これからも妖精達が攻撃を仕掛けて来る事が分かったので霊児達は警戒心を幾らか強めながら先を急ぐ。
すると、大した時間を置かずに大量の妖精達が現れて弾幕を放って来た。
先程霊児達が感じた通り、妖精達から放たれている弾幕は量、密度、弾速のどれを取っても妖精が放っているものとは思えない程に多く、濃く、速い。
しかし、そこは霊児、魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の五人。
迫り来る弾幕を的確な動きで避け、お返しと言わんばかりに弾幕を放ち始めた。
放たれた弾幕は妖精達の弾幕を掻い潜るかの様にして妖精達へと向かって行き、妖精達を撃ち落していく。
現れた妖精達全てを一掃し終えた後、五人は弾幕を放つのを止め、
「ふぅ……五人も居れば直ぐに片が着くわね」
一息吐きながら五人なら直ぐに片が着くと言う台詞をアリスは零す。
零された発言が耳に入ったからか、
「ん? お前は大量の人形を持っているんだからお前の場合は一人でも変わらないんじゃないのか?」
大量の人形を展開出来るアリスに取ってはアリス一人でも変わらないだろうと言う疑問を魔理沙は口にする。
口にされた内容を受けたアリスは、
「確かにそうだけど人形から放てる弾幕等の威力や範囲にも限度が有るし、大量の人形を操るとなれば集中力をそれなりに使うのよ。それに今の状況の様に
一対多で大量の人形を展開するとなると、突然の不意打ちへの反応が遅れる可能性が出て来てしまう。その辺りは私が人形の配置や数を考えればどうとでも
なるけど……まぁ、私一人で対処するよりは誰かと組んで対処した方がずっと効率は良いわね」
そう返す。
幾ら人形の数を増やしたとしても、その人形を操っているのアリス一人。
一人で大量の人形を操りつつ大量に居る相手の位置などを全て補足して戦うよりも、誰かと一緒に戦った方が効率は良いだろう。
とは言え、そう言う結論を出させたのはアリスが人形遣いであるから。
同じ魔法使いではあるが人形遣いではない魔理沙に取って、
「ふーん……私は人形遣いじゃないからよく分からんが、アリスがそう言うんならそうなんだろうな」
今一つ、掴みに難い話であった様だ。
「貴女ねぇ……」
魔理沙の反応を受け、アリスが少し呆れ顔になった瞬間、
「ああー!!」
何所からか、何者かの声が聞こえて来た。
聞こえて来た声に反応した霊児達が一旦進行を止め、声が聞こえて来た方に顔を向けると、
「やっぱりあんた達だ!!」
マヨヒガで出会った妖獣の橙の姿が五人の目に映る。
霊児、魔理沙、妹紅、咲夜の四人と違ってアリスは橙との面識が無い為、
「誰? 知り合い?」
つい、アリスは霊児達に誰かと尋ねてしまう。
「あの子は橙と言ってマヨヒガを縄張りにしている妖獣よ」
「へぇ……マヨヒガを……」
尋ねられた事に妹紅が橙を指でさしながら簡単に橙の説明をすると、アリスは興味深そうな視線を橙に向ける。
長い時を生きている妹紅でさえ、マヨヒガに到達したのは先の異変が初めて。
そんなマヨヒガに橙は入り浸っている。
興味が出て来るのも無理はないだろう。
後で橙から話を聞いてみ様かと言う事をアリスが考えている間に、
「今日は憑けて来たばっかり!! しかも強いのを!! もう負けたり何かしないもんね!!」
自信満々と言った表情を浮かべながら橙は宣戦布告の様なものを霊児達に叩き付ける。
叩き付けられた内容と橙の雰囲気から一戦交える事が避けられないと言う事を感じたからか、
「なら、それが虚言でないのかどうか……私が確かめて上げ様かしら」
咲夜はそう言いながら一歩前に出た。
前に出た咲夜に気付いた橙は少し間合いを取り、
「お姉さんが相手か……あの時のお返しをさせて貰うよ!!」
強気な台詞を言う。
「そう上手くいくかしら?」
対する咲夜は余裕が感じられる表情で軽い挑発を行なう。
ともあれ、咲夜と橙が戦う事になったので、
「じゃ、任せたぞ」
「頑張れよ」
「弾幕ごっこで一度勝っている相手とは言え、油断しない様にね」
「貴女なら大丈夫だとは思うけど、気を付けて」
霊児、魔理沙、妹紅、アリスの四人は咲夜に任せると言う様な言葉を残し、二人から距離を取る。
四人が十分な距離を取ったのを確認した後、
「さて、戦い方はどうするの?」
「んー……この前と同じで弾幕ごっこ!!」
咲夜と橙は軽い会話をし、弾幕ごっこを始めた。
始まった弾幕ごっこで、先手を取った橙だ。
橙は体を回転させながら縦横無尽に動き回り、弾幕をばら撒いていく。
橙がばら撒いている弾幕の量、密度、弾速は以前マヨヒガで戦った時よりもずっと上である。
その事に咲夜は驚きながらも橙が放つ弾幕を的確に避け、
「成程、大口を叩くだけの事は有るわね」
感心したかの様に大口を叩くだけは在ると零しつつ、橙に向けてナイフを数本投擲した。
投擲されたナイフは、
「もうそんなナイフに何か当たらないよ!!」
橙に簡単に避けられてしまう。
「ふむ……動きもかなり良くなっている様ね」
自身が投擲したナイフを簡単に避けられた事から、咲夜は弾幕だけではなく動き自体も良くなっていると判断する。
投擲されたナイフを楽に避けられ、咲夜が自分の事を評価する様な発言をしたからか、
「ふふん」
何処か得意気な表情を橙は浮かべた。
が、咲夜はそんな橙を無視しながら橙の動きを観察しつつ再びナイフを何本か投擲する。
再び投擲したナイフも簡単に避けられてしまったが、咲夜は気にした様子を見せず、
「………………………………………………………………」
冷静に回避行動を取っている橙の動きを観察していく。
そして、
「……よし」
何かを決意した様な表情を浮かべながら咲夜は両手の指の間全てにナイフを挟め、二種類のコースに向けてナイフを投擲する。
直撃するコースと直撃しないコースの二つで。
更に、投擲されたナイフの進行スピードは今までのものよりも遥かに速い。
突如としてナイフが飛んで来るスピードが速くなった事に橙は驚くものの、慌てずに自分に向って迫って来るナイフを何とか避ける。
今回も無事に避けられた橙が思った瞬間、
「あ痛ッ!?」
橙の体に直撃しないコースで投擲されたナイフが命中した。
命中したナイフが地面に向けて降下していったタイミングで、
「気付いていないのかもしれないけど、貴女は攻撃を避ける時にある程度のパターンがあるのよ」
橙自身の回避行動にある程度のパターンをある事を咲夜は橙に教える。
「……ッ」
自分自身でも気付いていなかった事を教えられた事で橙は驚いた表情を浮かべ、咲夜の方に顔を向けると、
「良かったわね、これが弾幕ごっこで。弾幕ごっこじゃなかったら、ナイフが刺さってもう終わってたわよ」
挑発する様な声色で咲夜はこれが弾幕ごっこで良かったなと言う。
弾幕ごっこでは故意の殺傷行為は禁止されている為、咲夜は弾幕として使っているナイフの刀身を霊力でコーティングして刺さったりしない様にしている。
もし、そのコーティングをしていなかったらナイフは橙に刺さっていたであろう。
弾幕ごっこで戦っていなかったらと言う仮定の話ではあるが、その事実に気付いてしまった橙は悔しそうな表情を浮かべてしまった。
そんな橙とは対照的に、咲夜は余裕が感じられる表情を浮かべている。
だからか、橙は反射的に懐に手を入れてスペルカードを取り出し、
「鬼符『青鬼赤鬼』」
スペルカードを発動させた。
スペルカードが発動すると、橙から大き目の青い弾と赤い弾が射出される。
射出された二色の弾の弾道を咲夜は見切り、回避行動を取ろうとしたが、
「ッ!?」
射出された弾の軌跡からそれぞれ青と赤の色をした細かい弾幕が大量に現れた為、思わず動きを止めてしまう。
下手に動いてはその細かい弾幕に当たってしまうと感じたからだ。
なので、最初に想定していた回避行動を変える為に咲夜は頭を回転させたが、
「……ッ」
頭の回転が終わる前に軌跡から現れた細かい弾幕が咲夜目掛けて飛んで行った為、咲夜は頭の回転を中止した。
細かい弾幕が自分に向かって来た事から、
「……成程、追尾型か」
青と赤の細かい弾幕は追尾式であると咲夜は判断し、それをギリギリまで引き付けて回避していくと言う方法を咲夜は取る。
何とか追尾式の弾幕を避けた後、咲夜は反撃する為に橙に向けてナイフを投擲し様とするが、
「……ちっ」
橙が動き回りながら再び大き目の青と赤の弾を放って来た為、ナイフの投擲を中止する事になってしまった。
何故ならば、今この状況下で狙いを付ける為に少しでも動きを止めてしまったら橙の放っている弾幕全てをその身に受けてしまうからだ。
だからか、咲夜は回避行動に徹しながら橙の弾幕を観察する。
観察し始めてから少しすると、咲夜は橙が今使っているスペルカードがどう言ったものであるかと言うのを大体理解した。
理解した内容は大きい方の弾幕は移動を制限させて細かい弾幕で敵を仕留め、橙自身が動き回って狙いを付けさせないと言うもの。
それはそれとして、回避行動に徹するだけで咲夜が中々攻撃に移って来ない事からか、
「ふふん。どうやら手も足も出ない見たいね!!」
橙は再び得意気な表情を浮かべ、そう口にする。
手も足も出ないと言われた咲夜は、
「……そうね」
口にされた内容を肯定する様な言葉を零す。
確かに、普通にナイフを投擲しても橙に当たらずナイフの無駄遣いになるであろう。
かと言って、狙いを付ける為に少しでも動きを止めたり橙に集中してしまえば弾幕の餌食になって仕舞うのは確実。
以上の事から、橙の言う通り現時点で咲夜に出せる手はない。
ともあれ、零された言葉から自分の優位性を確信した事で、
「なら……」
更に得意気な表情になりつつ、橙は何かを言おうとする。
が、
「けど、忘れた訳じゃないでしょ? スペルカードを使って放った技は普通に放った技と違って時間制限が在るって言う事を」
言おうとしている事を遮るかの様に咲夜はスペルカードで発動した技には時間制限が在るのを橙に伝えた。
伝えられた内容が耳に入ると、
「ま、まさか時間切れまで……」
スペルカードの発動時間が切れるまで逃げ続けるのではと橙は予想する。
しかし、
「まさか。そんな事をしなくても飛び回る子猫を撃ち落す方法の一つや二つは在るわよ」
橙の予想した事を咲夜は不敵な笑みを浮かべながら否定し、懐に手を入れ、
「光速『C.リコシェ』」
懐からスペルカードを取り出し、スペルカードを発動させた。
その瞬間、咲夜は物凄い速さで一本のナイフを明後日の方向へと投擲する。
投擲されたナイフの余りの速度に橙は驚きの表情を浮かべるも、
「下手糞!! 何所狙ってるのよ!!」
見当違いの方向に投擲されたナイフを見て、直ぐに表情を戻す。
ナイフの投擲をミスしたと判断している橙に、
「それはどうかしら?」
それはどうかと咲夜が言った刹那、明後日の方向へ飛んで行ったナイフが反射しだした。
ナイフが反射した事を本能的に感じ取った橙は、
「ッ!!」
反射して来たナイフの方に顔を向ける。
顔を向けた橙の目には反射して来たナイフが映ったが、映ったナイフは橙に当たらず橙の傍を通り抜けてしまう。
再びナイフが外れてしまったからか、
「なーんだ、やっぱり当たらな……ッ!?」
何処か安心したかの様な表情を浮かべて当たらなかったと言う台詞を漏らそうとした時、通り抜けたナイフは再び反射して戻って来た。
戻って来たナイフを見て、橙は反射的に身構えるが、
「……あれ?」
反射し、戻って来たナイフは橙に当たらずまた橙の傍を通り抜けてしまう。
二度も反射して来たナイフが自分に当たらなかった事に橙が疑問を覚えている間に、ナイフは三度反射して来た。
勿論、今回も反射して来たナイフも橙には当たらず橙の傍を通り抜ける。
いや、それだけでは無い。
反射しているナイフは反射する度にどんどんとスピードが上がっているのだ。
軌跡が少しの間残って見える程に。
そして、
「え? え? え?」
投擲されたナイフは橙を取り囲む様にして反射を繰り返していく。
この状況下で下手に動こうものならナイフの直撃を受けてしまうのは確実なので、橙は動く事が出来なくなってしまった。
動けずにいる橙はどうやってナイフの包囲網から脱出し様かと頭を捻らせている時、
「……ッ!? まさか!?」
気付く。
気付いた事と言うのは、自分をこの位置に縛り付ける為に咲夜は今のスペルカードを発動したのではと言うもの。
動きを止めている相手ならば、例え弾幕が飛び交う中でも目標にナイフを当てる事など咲夜に取っては容易であろう。
そう考えればこの一向に当たらないスペルカードを使った事にも納得がいく。
そこまで考えが回った辺りで、
「かっ!?」
橙の後頭部に先程から反射していたナイフが命中し、橙の意識が刈り取る。
意識を刈り取られた橙は、当然の様に地面に向けて墜落して行った。
「……ふぅ」
橙との弾幕ごっこで勝ち収めた咲夜が一息吐くと、
「結構余裕な感じだったな」
「やっぱり勝ったな」
「お疲れ」
「安心して見ていられたわね。流石は紅魔館のメイド長と言ったところかしら」
霊児、魔理沙、妹紅、アリスの四人が咲夜の勝利を祝いながら、咲夜の傍へと向かって行く。
霊児達が咲夜の傍を来た辺りで、
「ええ」
咲夜はナイフを仕舞いながらそう返し、
「それにしても……前に戦った時よりもずっと強くなってたわね、あの子」
ふと、戦った橙がマヨヒガで戦った時よりも強くなっていたと言う事を零す。
零された内容を受け、
「確かに。見てる分だけでもあいつの動きは良くなっていたな」
魔理沙も同意するかの様に橙の動きが良くなっていた事を口にする。
そんな二人に向け、
「あいつが式神だったからだろ」
橙がマヨヒガで戦った時よりも強くなっていた理由として、霊児は橙が式神だからだろうと言う事を教える。
教えられた内容が耳に入った魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人が霊児に顔を向けた時、
「さっき、強いのを憑けて来たって言ってたしな。強くなってたのはそのせいだ」
もう少し詳しく橙が強くなった訳を霊児は話す。
しかし、
「式神で何かを憑けると強くなるのか?」
「使い魔とは違うのかしら?」
「私はそう言った関連の技術を習得したりはして無いから、良く分からないわね」
「紅魔館ではそう言った関連の術を扱えるのは私も含めて誰もいないから私も分からないわね」
魔法使い、戦闘関連の技術を中心に収めた者、吸血鬼が住まう館でメイド長を務めている者達に取っては今一つピンと来ない説明であった様だ。
自分の説明で疑問気な表情を浮かべてしまった魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人を見て、
「んー……かなり解り易く言うのなら、式神はかなり強い武器とか防具を装備する事が出来てその装備したもので己が力を大きく上げる事が出来る妖怪だな。
まぁ、式神は妖怪以外でもなれるけどな。後、式神は基本的に誰かに仕えているってのが一般的だ」
より簡単に式神に付いての説明を行なう。
「へぇー、結構便利そうだな」
行なわれた説明を頭に入れた魔理沙が便利そうだと言う感想を抱いたからか、
「まぁ、手足を増やしたいって奴や怠け者向けだな。式神は。基本的に式神は主及び主が出した命令には逆らえないし。唯、式神にする奴の性格などをちゃんと
把握していないと命令以外の内容だからと言って好き放題される可能性が在る。だから、式神によっては命令内容をかなり詳しくする必要が在るな。それと強い
妖怪などを式神にする場合、霊力やら魔力やらを結構消費するぞ。後、式神は水が弱点だ。まぁ、これに関しては強い奴には当て嵌まらない場合もあるけど」
式神に対するメリットとデメリットを霊児は口にした。
口にされた内容から式神の事を知れた魔理沙は、
「何か、面倒臭そうだな」
便利そうだと言う発言を撤回するかの様に面倒臭そうだと呟く。
すると、
「そう言えば、霊児は何処かの妖怪を式神したりはしないの? 霊児の霊力なら百や二百の式神を維持する位は軽く出来るでしょう? 霊児の霊力の
総量は神綺様の魔力と神力の総量と同等って聞いたし」
アリスから霊児は妖怪を式神にしたりはしないのかと言う事を尋ねられた。
世界を丸ごと一つ創る様な創造神である神綺の有している魔力、神力の二つと霊児の有している霊力の総量はイコールで結ばれている。
となれば、アリスが尋ねた通り霊児が式神を使役する事は大した手間にはならないであろう。
だが、
「それは考えた事も在るんだが、最終的に式神を動かすよりも俺自身が直接動いた方が早いと言う結論に達したんだ。序に言うと、式神の管理とかが面倒なんだよな。
どの式神にどう言う仕事を任せただとか、何処にどの式神を配置したかとかさ」
霊児は式神を持つ気は無いと返す。
返って来た内容を理解したアリスは、
「序って……結局はそれが一番の理由でしょうに」
溜息を一つ吐いて少し呆れた表情を浮かべた。
式神の話が出てから、先に進むと言う事から意識が逸れているのを感じ取った為、
「ほら、無駄話をしてないでさっさと行きましょ」
早く先に進もうと台詞を妹紅は一同に向けて発する。
発せられた発言で冥界にまでやって来た本来の目的を一同は思い出し、再び白玉楼に向けての移動を再開した。
それから少しすると、当然の様に妖精達が現れては弾幕を放って来る。
そして、これまた当然の様に霊児達は弾幕を放って現れた妖精達を次々と撃ち落していく。
順調と言った言葉が似合う感じで突き進んでいたのだが、
「……あれ?」
突如、妖精達の襲撃が止んだ。
妖精達の襲撃が止み、その事に霊児達が疑問を抱いたのと同時にあるものが現れる。
現れたものと言うのは、魔法陣。
今まで現れて来た妖精達の代わりに現れた魔法陣に霊児達が疑問を抱いている間に、魔法陣は霊児達を取り囲む様にして数を増やしていく。
前後左右は勿論、上下も。
完全に包囲されたと言う事を霊児達が理解したタイミングで、全ての魔法陣から一斉に弾幕が放たれ、
「……っと」
「おっと!!」
「危なっ!!」
「っと!!」
「ッ!!」
霊児、魔理沙、妹紅、咲夜、アリスの五人は反射的に回避行動を取る。
不意打ち気味に放たれた弾幕ではあったが、大した時間を置かずに霊児達は放たれている弾幕に慣れていく。
なので、霊児達は攻撃を行なって魔法陣を破壊し様としたが、
「……あれ?」
攻撃を行なう前に魔法陣が消失してしまった。
何やら肩透かし喰らった気分に霊児が成っている間に、
「今のは……」
「設置型の魔法陣だな」
アリスと魔理沙から今のは設置型の魔法陣であると言う発言が発せられる。
「知ってるのか?」
発せられた内容を受け、霊児が知っているのかと問いながらアリスと魔理沙の方に顔を向けると、
「ああ。魅魔様が空中に魔法陣を描いて、そこから魔法を放ったりしてただろ。今出てた魔法陣はその設置型……要はトラップ型だ」
魔理沙は肯定の返事をしながら今現れた魔法陣はトラップ型である事を霊児に説明し、
「因みに、私も魅魔様程じゃないけど魔法陣系統の魔法を使う事が出来るぜ」
補足するかの様に自分も魔法陣系統の魔法を扱う事は出来ると言う事を口にした。
「そう言えば、パチュリー様も設置型の魔法陣を扱えたわね。主に貴女対策で図書館に設置し様かと考えておられるらしいけど」
今の説明が耳に入った咲夜はふと思い出したかの様に、パチュリーも設置型の魔法陣を扱える事と図書館に魔理沙対策でそれを設置し様と考えている事を語る。
すると、
「おいおい、私対策とか酷いな。私は借りてるだけだぜ」
「貴女が死ぬまででしょ? しかも無断で」
「そうは言うがな、パチュリーと弾幕ごっこで私が勝ったら持ってってるだけだぜ」
「それは貴女が本を盗む際にパチュリー様に見付かった時、弾幕ごっこで戦って勝ったら本を勝手に持っていっているだけでしょうに」
「一応、私が負けたら魅魔様から教わった魔法を見せるって約束何だけどな」
「でも、それは本の盗難が見付かってパチュリー様が弾幕ごっこで勝ったらの話。貴女は基本的にパチュリー様に見付からない様に本を持って行くし」
魔理沙と咲夜が軽い言い合いを始めてしまった。
二人がそんな言い合いをしている間に、再び魔法陣が霊児達を取り囲む様にして現れる。
会話と言い合いに意識を割いていた為、霊児達は魔法陣から放たれる弾幕の直撃を受けてしまう。
そう思われたが、弾幕が来る事が分かっていたかの様な動きで霊児達は魔法陣から放たれた弾幕を避けていく。
更に、お返しと言わんばかりに強めの弾幕を放って魔法陣を破壊していった。
新たに現れた魔法陣を全て破壊し、霊児達が弾幕を放つのを止めたタイミングで、
「やれやれ、無駄話をしている暇も無いな」
溜息混じりに魔理沙が無駄話をしている暇も無いと零す。
「私達はお喋りをしにここに来た訳じゃないでしょ」
零された内容が耳に入ったアリスは、少し呆れた声色で自分達はお喋りをしにここまで来た訳では無いと言う突っ込みを魔理沙に入れる。
アリスからそう突っ込みを入れた魔理沙は、
「分かってるって」
分かっていると返しながら前方を見据える。
前方を見据えた魔理沙に釣られる様にして一同も前方を見据えると、白玉楼の門まで後少しと言う事が分かった。
ならば、一気にペースを上げてしまおうかと言う事を霊児達が考えた瞬間、
「おや、こんな所にまで生きている者が来るとは……あの子は何をやってるんだ?」
一人の女性が霊児達の進行方向上に現れる。
現れた女性は変わった帽子に肩口に届くか届かない位の長さの金色の髪、白と青を基調とした導師服の様な服を着ていた。
更に、九本の金色の尾が見て取れる。
見て取れた金色の尾から、
「お前……九尾の妖狐か?」
現れた女性は九尾の妖狐でないかと霊児は推察し、そう尋ねた。
尋ねられた女性は特に表情を変えず、
「ああ、その通りだ」
隠す必要など無いと言った感じで自分が九尾の妖狐である事を肯定した。
冥界と言う場所で九尾の妖狐に出会った事実に霊児達は驚くも、
「九尾の妖狐ねぇ……貴女があの亡霊……西行寺幽々子の友人?」
直ぐに貴女が幽々子の友人かと言う事をアリスが女性に問う。
「私が幽々子様の? 違う違う。幽々子様は私の主の御友人だ」
問われた事に女性が手を振りながら否定した為、霊児達が博麗神社で得た情報とは違うと言う事を思っている間に、
「そう言えば自己紹介がまだだったな。私は八雲藍と言う」
女性、藍は軽い自己紹介を行なった。
八雲藍と言う名を聞き、
「八雲藍……貴女まさか、八雲紫の式の?」
妹紅は驚いた表情を浮かべながら藍の顔を注視する。
「おや、私の事を知っていたのか」
「知ってたのか、妹紅?」
妹紅の反応から自分の事を知っているのを理解した藍が少し驚くと、知っているのかと言う問いが霊児から妹紅に投げ掛けられたので、
「彼女……八雲藍は妖怪の賢者と言われている妖怪、八雲紫の式神。八雲紫は遥か昔から存在している妖怪よ。八雲紫はかなり強い力を持っていて、その能力は神に
匹敵するとも言われているわ。多分、私よりも年上ね。後、余り誰かの前に姿を現したりもしないって言うのも聞いた事もあるわ。私も噂話を聞いた事があるだけで
実際に会った事はないしね。それはそうと……西行寺幽々子の友人が八雲紫とはね。まぁ、あの妖怪なら冥界の住人と交友があっても不思議じゃないか」
八雲藍にその主である八雲紫に関する情報を妹紅は簡単にではあるが伝え、何処か納得した表情になった。
その後、
「取り敢えず、貴女は結界を修復している八雲紫の護衛……と言ったところかしら?」
八雲藍が現れたのは結界の修復をしている八雲紫の護衛の為かとアリスは推察したが、
「いや、今結界の修復を紫様ではなく私だ」
間髪入れずに結界の修復を行なっているのは自分だと言う発言が八雲藍から発せられた為、
「……変ね。幽々子は私の友人が結界を見ているって言ってたけど? 妖夢も特に何も言ってなかったし」
幽々子と妖夢から得た情報とは違うと言う台詞と共に咲夜は疑問気な表情を浮かべ、他の面々も同じ様に疑問気な表情を浮かべてしまう。
咲夜の台詞と一同が浮かべた表情から、
「変だな。幽々子様の従者である魂魄妖夢にちゃんと伝えた筈なんだがな。結界の修復は紫様ではなく私がしているって事を」
藍も藍で紫ではなく自分が結界の修復を行なっていると言う情報を妖夢には教えた筈なのにと言いながら疑問気な表情を浮かべてしまった。
妖夢には自分が結界の修復を行なっていると言う情報を教えている事を藍が零した刹那、
「そんな話聞いたか?」
「いんや、記憶に無いぜ」
「そうね、妖夢からはそんな話を聞いてないわ」
「となると、言い忘れてた……と考えるのが妥当かしらね?」
「おそらくね」
霊児、魔理沙、妹紅、咲夜、アリスの五人は顔を見合わせて軽い話し合いをし、
「それが一番可能性高いな。あいつ、結構抜けてるし」
結構抜けていると言う評価を霊児が妖夢に下す。
「「「「確かに」」」」
下した評価に魔理沙、妹紅、咲夜、アリスの四人はそれに同意した。
取り敢えず、八雲紫ではなく八雲藍が結界の修復を行なっているのは妖夢の伝え忘れであると言う結論を霊児達が付けた時、
「あー……話は終わったかい?」
藍が霊児達に話し掛けて来たので、霊児達は藍の方に顔を向けると、
「それで、君達はここまで何し来たんだ?」
何をしにここまで来たのかと言う問いが藍から投げ掛けられる。
「結界がどうなっているのかを確かめに」
「結界か……私が担当していた部分は既に終わったな」
投げ掛けられた問いに一同を代表するかの様に霊児が答えると、自分が担当している部分は終わったと言う答えが返って来た。
「なら、もう結界は修復されたのか?」
返って来た答えから結界の修復はもう終わったのかと言う事を霊児は推察したが、
「いや、そう言う訳でもないんだ」
直ぐに推察した内容を藍に否定されてしまったので、
「? どう言う事だ?」
またもや疑問気な表情を霊児は浮かべてしまう。
だからか、
「終わったのは私が担当してる部分だけだ。後の残りの部分は紫様でなければ手が付けられない部分なんだよ」
結界の修復が終わったのは自分が担当している部分だけで残りは紫でなければ手を出せないと言う情報を藍は霊児達に伝えた。
「なら、その八雲紫を連れて来れば良いじゃないか」
伝えられた内容を受け、霊児は尤もらしい意見を述べる。
すると、
「あー……それはそう何だが……」
藍は困った表情を浮かべてしまった。
「どうした?」
「確かに、君の言う通り紫様を連れて来れば万事解決何だが……それは出来ないんだ」
困った表情を浮かべた藍に霊児が続きを促そうとすると、藍は八雲紫を連れて来る事は出来ないのだと言う。
「どうしてだ?」
言われた事に当然の様に疑問を抱いた霊児に、
「それは……その……紫様がまだ……御就寝されているからだ」
何とも申し訳無さそうな表情で、藍は八雲紫を連れて来れない理由を話す。
話された理由が余りにも予想外なものであった為、
「「「「「……はぁ?」」」」」
霊児達は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
そして、
「……叩き起こしてこい」
適切で的確な突っ込みを霊児は藍に入れる。
寝ているのなら起こせば良いと言う突っ込みは正しいものであるのだが、
「あー……その言い分は尤も何だが……紫様は冬の間は所謂冬眠状態でな。滅多な事では起きられないんだ。下手に起こすと紫様の怒りを買う事になるからな……」
溜息混じりに藍は八雲紫を起こす事が出来ない訳を話した。
「……あれ、冬はとっくの昔に終わった筈だろ。なのにまだ冬眠してるってのは可笑しくないか?」
話された内容を受け、とっくに冬は終わっていると言うのにまだ冬眠しているのは可笑しいと言う事を口にしながら魔理沙が首を傾げてしまったからか、
「それ何だがな、今年の冬は異様に長かっただろ。それのせいで……な」
何故、紫が未だに冬眠状態になっているのかの理由を説明する。
どうやら、幽々子が起こした異変のお陰で八雲紫の起床がずれ込んだ様だ。
ともあれ、この儘では結界の修復が終わらないので、
「それなら霊児、貴方が結界の修復を行ったらどう? 貴方なら出来るでしょう?」
霊児が冥界の結界を修復したらどうだと言う案をアリスは出した。
確かに、霊児なら冥界の結界を修復する事も可能であろう。
だからか、霊児は少し考える様な素振りを見せつつ、
「んー……藍、その八雲紫って奴が起きるのは何時頃になるんだ?」
八雲紫が起きるのは何時頃になるかと言う事を藍に尋ねる。
「今日の夜頃には起きられる筈だから、結界の方は明日の朝方には直っている筈だ」
「なら、俺が何とかする必要性は無いな。俺にしか出来ないって訳でも長期間この儘って訳でも無さそうだしな」
尋ねた事に対して返って来た答えを聞き、霊児は自分の出る幕では無いと言う事を悟った。
悟ったと言うより、面倒な事をしなくて良かったと言う雰囲気が感じられた為、
「相変わらずのグータラっ振りね」
「ま、そこが霊児の良いところだぜ」
相変わらずのグータラっ振りに咲夜は呆れるも、魔理沙は笑顔でそこが霊児の良いところだと評する。
その瞬間、
「……ん、霊児?」
霊児と言う人名に藍は反応し、霊児の方に顔を向け、
「若しかして、君が今代の博麗か?」
今代の博麗なのかと言う確認を取る様に霊児にそう声を掛けた。
隠す必要性がある情報でも無いので、
「ああ。俺が今代の博麗、七十七代目博麗、博麗霊児だ」
霊児は正直に自分が今代の博麗であると断言する。
「そうか……君が……」
はっきりと霊児が今代の博麗である事を肯定した事で、藍は何かを考え込みつつ、
「黒白、もんぺ、メイド……」
魔理沙、妹紅、咲夜の三人に顔を向け、
「そうか……マヨヒガで橙と戦ったのは君達だったのか」
マヨヒガで橙と戦った者が霊児達である事を理解した。
「そうだが、橙の事を知っているのか?」
「知ってるも何も、橙は私の式神だよ」
橙を知っている様な事を漏らした藍に、霊児が橙を知っているのかと問うと橙は自分の式神だと言う答えが返って来たので、
「式神? 自分も式神なのに式神何て居るのか?」
自分も式神なのに式神が居るのかと言う当然の様な疑問を抱いた魔理沙に、
「普通ならかなり難しいだろうが、私の能力は"式神を操る程度の能力"だからね。式神を持つ事は比較的容易なんだよ」
自分自身の能力が能力故に、式神の自分が式神を使役する事は容易であると言う情報を藍は魔理沙に教え、
「さて、それはそれとして……霊児、私と一つ戦ってくれないか?」
唐突に、藍は霊児に戦いを申し込んだ。
「俺と? どうしてだ?」
「単純に今代の博麗がどの程度の実力を有しているのか興味があると言うのと……橙を痛め付けてくれたからだな」
自分と戦いたいと藍が言い出した事で霊児が訝し気な表情を浮べると、藍は今代の博麗である霊児の力に興味があるのと橙を痛め付けてくれたからだと言う事を語る。
「橙を……か?」
「そうだ。橙は未熟だが私に取っては可愛い式神でね。それにここまで来たと言う事は道中にいた橙を倒して来たんだろう? ならば、敵の一つでも討ってやらねばな」
戦う理由に橙を出した藍に霊児がどう言う事だと言う表情を向けると、藍は橙は自分に取って可愛い式神である事と敵討ちと言う理由を出した為、
「敵って……死んではいない筈だけどね」
橙は死んではいないと言う突っ込みを咲夜は藍に入れる。
が、入れられた突っ込みを藍は反応を示す事は無かった。
どうやら、今の藍には霊児しか目に入っていない様だ。
ともあれ、戦いを挑まれた霊児はこれからどうするべきかを少し思案する。
賢者とまで謳われ、能力は神に匹敵すると言われている妖怪の式神である藍。
ここで藍の実力を知れれば、八雲紫の最低限の実力は知る事が出来るであろう。
八雲紫が幻想郷に対してどう言うスタンスを取っているか分からない以上、最低限とは言え八雲紫の実力を知る事はマイナスにならない筈。
そう結論付けた霊児が左腰に装備している短剣に手を伸ばしたタイミングで、
「代わりましょうか?」
代わろうかと言う声を咲夜が霊児に掛けて来た。
マヨヒガで、そしてつい先程橙を倒した咲夜。
だと言うのに、霊児が戦いの相手に選ばれた。
その事に、咲夜は何処か想う所があった様だ。
兎も角、咲夜にそう言われた霊児は、
「いや、あいつ目には俺しか映ってないみたいだしな。どう足掻いても俺の方に向ってくるだろ。なら、俺が迎撃した方が色々と手っ取り早い」
気にするなと言った感じで左手で短剣を取り、構える。
言外に、俺一人で十分だと言っているのを感じたからか、
「そう……なら霊児、貴方に任せるわ」
咲夜は霊児にそう声を掛けながら後ろに下がる。
そんな咲夜に続く様にして、
「霊児なら全然問題無いだろうけど、気を付けてな」
「ま、霊児になら任せても問題ないわね」
「幾ら霊児が強いと言っても、相手は八雲紫の式神で九尾の妖狐。油断だけはしない様にね」
魔理沙、アリス、妹紅の三人もそれぞれ霊児にそう声を掛け、後ろに下がって行く。
四人が後ろに下がったのを見て、
「随分と信頼さている様だな」
随分と信頼されているなと言う言葉を藍は口にする。
「さぁな」
口にされた事に霊児は素っ気無い反応を示しながら藍に視線を向けた時、
「だが、その四人の手を借りなくても良かったのかい?」
後ろに下がって行った四人の手を借りなくても良かったのかと言う事を藍が霊児に尋ねた。
「必要ねぇよ。お前程度、俺一人でお釣りが来るさ」
尋ねられた霊児は不敵な笑みを浮かべ、自分一人でも十分過ぎると言う挑発を行なう。
「ほう……言うじゃないか。九尾の妖狐であり、紫様の式である私に対して」
行なわれた挑発に応えるかの様に藍も不敵な笑みを浮かべ、
「それが過信なのか自信なのか……確かめてやろう」
確かめると言う言葉と共に腕を振るった。
すると、振るわれた腕から突風が放たれる。
しかし、
「……………………………………………………」
霊児は何の反応もせずにその場に留まっていた。
霊児が動かすにその場に留まった事で霊児の髪やら羽織が風で揺れるが、霊児に気にした様子は見られない。
そして、突風が止んだのと同時に霊児は突如藍にお辞儀をする様な形で上半身を前方に勢い良く倒す。
その刹那、
「なっ!?」
霊児の上半身が在った場所に藍が振るった爪がかなりのスピードで通り抜けた。
己が一撃を避けられた事で藍は驚きの表情を浮かべるが、二人の戦いを見ていた魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人も驚きの表情を浮かべてしまっている。
何故ならば、霊児に攻撃を加えた藍の他にも先程の突風を起こした位置に腕を振り切った状態の儘の藍が居たからだ。
攻撃を避けられた事と藍が二人居る事。
これらの事象に各々が驚いているのを無視するかの様に霊児は上半身を倒した体勢の儘の状態で体を回転させて藍に蹴りを叩き込もうとしたが、
「くっ!!」
蹴りが当たる直前、藍は咄嗟に後ろへと跳ぶ。
お陰で、藍の被害は前髪数本で済んだ。
後ろへと跳んで霊児から距離を取った藍が体勢を立て直して顔を上げると、既に体勢を立て直した霊児の姿が藍の目に映った。
万全と言っての良い程の体勢を取っている霊児の様子から仕掛けて来るかと藍が思っていると、
「そんな小細工は俺には通用しないぞ」
自分に小細工は通用しないと霊児は言い放ち、
「狐や狸は人を化かすと言うからな。あそこに居るお前、幻術で作り出したものだろ」
腕を振るった体勢の儘の状態で居る藍に指をさし、あの藍は幻術だろうと言う指摘をする。
そう指摘されたからか、指をさされている藍は風に流される様にして消えていった。
霊児の言った通り、霊児が指をさした方向に居た藍は幻覚の類であった様だ。
「……何時、気付いた?」
容易く幻術である事を見抜いた霊児に藍が何時気付いたのかと言う疑問を投げ掛けた時、
「最初っから。具体的に言うなら突風起こした直後に幻術……と言うか幻覚を出してただろ」
何時、藍が自分の幻覚を出したのか言う事を霊児は答えた。
「……正解だ」
出された答えは正しかった為、藍は正解と言う言葉と共に見事だと言わんばかりの表情を浮かべ、
「どうやら、この手の小細工は意味を為さない様だ……な!!」
霊児へと一気に肉迫し、己が爪で霊児の体を貫かんとする様にして腕を突き出す。
突き出された藍の爪を、
「っと」
霊児は短剣の腹で受け止める。
己が一撃を受け止められてしまった事を無視するかの様に藍は力を籠めてその儘押し切ろうとしたが、
「ッ!!」
押し切れなかった。
霊児に力を籠めている様子は見て取れないと言うのにである。
それでも、
「くう!!」
何とかして押し切ろうと藍が更に力を籠め様としたが、
「らあっ!!」
振り払うかの様に霊児は短剣を振るう。
「ッ!!」
短剣が振るわれた事で突き出していた腕が弾かれ、藍は体勢を崩してしまい、
「まだだ!!」
体勢を崩した隙を突くかの霊児は藍に向けて蹴りを放つ。
「ぐう!!」
放たれた蹴りは見事藍の脇腹付近に当たり、藍を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた藍に追い討ちを掛ける為、霊児は飛んで行った藍の後を追って行く。
追って行った霊児が藍を自分の間合いに入れたのと同時に、藍は体勢を立て直してしまった。
この儘攻撃を仕掛けるべきか否か。
一瞬の思考の後、霊児は攻撃する事を選び、
「しっ!!」
短剣を振り下ろす。
既に体勢を立て直していたと言う事もあり、藍は振り下ろされた短剣に合わせる様にして己が爪を振るう。
短剣と爪が激突した瞬間、金属と金属が激突した様な音と衝撃波が発生する。
激突させた短剣と爪で鍔迫り合いの形を維持するかと思われたが二人は直ぐに短剣と爪を離し、これまた直ぐに再び短剣と爪を激突させた。
何度も何度も。
未来永劫続くかと思われた激突は、
「くっ!!」
突如として藍が後ろに大きく下がった事で、終わりを告げた。
ある程度霊児から距離を取れた辺りで藍は後ろに下がるのを止め、
「……打ち合っていて私の爪がダメージを受けるとはな。そこ等の金属なら容易く斬り裂く自信はあるんだが……その短剣、一体何で出来ているんだ?」
霊児の持つ短剣が何で出来ているのかと尋ねる。
「緋々色金」
「緋々色金!?」
隠す必要性は無いと言った感じで霊児が短剣の素材を答えると、藍は驚きの表情を浮かべてしまう。
が、
「そうか……緋々色金か……」
直ぐに何所か納得したと言う表情になった。
己が爪で斬り裂けず、逆にダメージを負う事になったので納得するのは容易であった様だ。
「それにしても、良く緋々色金何て良く手に入れる事が出来たな」
「ま、色々と伝手が在ってな。そいつに頼んで作って貰った」
緋々色金製の短剣を入手している霊児に驚いたと言った様な表情を藍が向けると、霊児は藍に伝手が在って入手した事を教える。
勿論、伝手の言うのは森近霖之助の事。
当の霊児はお気楽そうに言っているが、霊児の短剣に使われている緋々色金は霖之助のコレクションの物を使っている。
短剣作成の為に大量の緋々色金を消費する事になった霖之助に取って良い迷惑であったであろう。
兎も角、霊児の持つ短剣が緋々色金製である事が分かったからか、
「ふむ……その短剣が緋々色金製ならまともに打ち合う不利だな……」
これ以上爪で短剣と打ち合うのは不利であると言う判断を藍は下し、霊児に掌を向け、
「なら、攻め手を変えるだけだ!!」
掌から巨大な火球を生み出し、放った。
「狐火か……」
放たれた火球を見て霊児はそれを狐火であると推察しつつ、左手に持っている短剣を右腰付近に持って行く。
そして、放たれた火球が目の前にまで迫って来たのと同時に、
「しっ!!」
短剣を一閃。
すると火球は真っ二つに斬り裂かれ、真っ二つにされた火球は霊児の真横を通り抜ける様にして通り過ぎて行った。
その次の瞬間、
「貰った!!」
何時の間にか霊児の背後に現れた藍が大量の弾幕を展開し、展開した弾幕を全て霊児目掛けて射出する。
藍が背後に現れた事と弾幕が射出された事に気付いた霊児が後ろへと振り返ると、目の前にまで弾幕が迫って来ている事が分かった。
この距離ならば気付いても回避も防御も出来はしないだろうと思っている藍の目に、
「ッ!?」
投擲された霊児の短剣が迫って来ているのが映った。
回避や防御よりも攻撃を優先した事に驚くも、藍は慌てて顔を傾けて投擲された短剣を避ける。
避けた事で後ろへと飛んで行った短剣を無視し、弾幕が当たっているであろう霊児に藍は目を向けたが、
「何!?」
つい先程まで霊児が居たであろう場所に、霊児の姿が無かった。
一体何所にと言った様な表情を浮かべながら霊児を探そうとしている藍の耳に、
「後ろだ」
後ろだと言う声が背後から入って来る。
入って来た声に反応した藍が振り返ると、
「なっ!?」
飛んで行った短剣を左手で掴み、それを振るった状態の霊児の姿があった。
「くっ!!」
振るわれた短剣を避ける為に藍は弾幕を放つのを止め、体全体を後ろに向けながら咄嗟に後退する。
咄嗟に後退したお陰で、
「痛……」
藍の被害は頬を少し斬られる程度で済んだ。
斬られた事で頬から流れ落ち始めた血を藍は手の甲で拭い、
「一体……何時、私の背後に回った? 何かの術を発動した気配は無かったが……」
つい、どの様な方法で自分の背後に回ったのかと言う事を聞く。
「ついさっきだ。それに、この術はそう簡単に察知されないのも利点でな」
聞かれた事に霊児は簡潔とも言える答えを述べ、一気に藍へと肉迫して短剣を突き出す。
しかし、
「何……」
突き出された短剣は藍ではなく行き成り現れた薄い赤色をした壁の様な物に阻まれてしまった。
「こいつは……」
現れた薄い赤い色を壁を見て霊児が何かを言い掛け様とした時、
「察しの通り、結界だ」
言い掛け様と言葉の中身は分かっていると言う様な雰囲気を見せながら藍は口を開き、
「これでも冥界の結界の修復の大部分を任せられる身だ。結界の知識はそれなりに有るんだよ」
結界に関する知識には自信が有ると語りつつ、右手に妖力を集中させていく。
どうやら、霊児が結界に手古摺っている間に妖力を溜めて最大限の一撃を放つ腹積もりの様だ。
妖力の高まりから藍の狙いを何となくであるが察した霊児は、改めと言った感じで藍が張った結界を観察していく。
観察した結果、藍が張っている結界は今まで見た事が無いタイプであるのが分かった。
おそらく、今張られている結界は妖怪特有のものなのであろう。
幾ら妖怪特有のもので初めて見るタイプの結界であっても、霊児ならばどんなタイプの結界かと言う分析をする事は出来る。
だが、分析して有効な手を打つ前に藍の攻撃の方が早いと言う事を霊児は直感的に感じ取った。
だからか、霊児はある方法を取る事を決める。
力尽くで結界を破ると言う方法を。
そう決めたの同時に霊児は脚を振り上げ、振り上げた脚から七色の光を発せさせ、
「夢想封印・脚!!」
己が技を結界へと叩き込む。
その瞬間、
「なぁ!?」
意図も容易く藍が張った結界は崩壊してしまった。
こうも容易く結界が破壊された事に藍は驚きの表情を浮かべるも、直ぐに表情を戻し、
「はあ!!」
妖力を集中させていた拳を放つ。
放たれた拳を霊児は右手の掌で受け止め、掴み、
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ジャアントスイングの要領で回転し、藍を投げ飛ばす。
投げ飛ばされて離れて行く藍に追撃を掛ける為、霊児は藍の後を追って行く。
霊児と藍の距離がある程度詰まった辺りで藍は上半身を起こして掌を霊児に向け、火球を放つ。
藍が放った火球は先程放たれた火球よりも小さかったが、それでも並大抵の者であれば軽く消し炭にする程度の威力は有していた。
そんな火球を、
「しっ!!」
霊児はこれまた先程と同じ様に短剣を振るって真っ二つに斬り裂く。
そして、その儘突き進んで短剣を藍に突き刺した。
のだが、
「なっ!?」
突き刺した筈の短剣は藍の体をすり抜けてしまい、
「ぐあ!!」
霊児の背中に衝撃が走り、霊児は眼下に広がる階段へと一直線に落下して行く。
落下して行った霊児が階段に激突する直前、霊児は体を回転させて階段に足を着ける。
着地した際の勢いが強過ぎたせいで階段の一部が割れ、石片が宙を舞うが霊児はそれを無視して空中に目を向けた。
目を向けた先には藍が二人居り、二人の内の一人が風に流されて消えていく様子が霊児の目に映る。
目に映った光景から全てを察した霊児は残っている藍の正面へ超スピードで移動し、
「幻術か」
ポツリと、幻術かと呟く。
呟かれた内容が耳に入ったからか、
「その通り。それとも、先程の私の台詞でもうこの手の術は使わないと思ったのかい? 君自身が『狐や狸は人を化かす』と言ったのに」
正解と言う言葉と共に、藍は霊児にもう自分が幻術を使わないと思った判断は間違いであったと言う。
言われた事から、
「成程、あの時の発言はブラフか」
あの時の発言がブラフである事を理解し、自分が火球を斬り裂いた際に藍が幻影と入れ替わったのかと推察し、
「化かし合いなら俺が圧倒的に不利か」
化かし合いでは自分が圧倒的に不利である事を感じ取った。
見た目相応にしか生きていない人間である霊児と九尾の妖狐に成る程に長い年月を生きて来た藍。
化かし合いでどちらに分があるかは自明の理だろう。
兎も角、化かし合いでは不利と言う事で、
「……なら、今度は俺の得意な事に付き合って貰うぜ!!」
もう幻術は使わせないと言った勢いで霊児は藍へと一気に肉迫して短剣を連続で振るう。
次から次へと振るわれる短剣を、
「くっ!!」
藍は一つ一つ冷静に対処していく。
致命傷になるものを爪で迎撃し、それ以外のものを避けると言った感じで。
だが、時間が経つにつれて藍は少しずつ斬り傷を負い始めた。
何故か。
答えは簡単。
単純に、霊児の攻撃を防ぎ切れなくなったからだ。
この儘霊児の斬撃を捌いていても状況が悪化するだけだと判断した藍は、
「……ちぃ!!」
少々強引な動きで後ろに下がり、間合いを取る。
間合いを取っている中で直ぐに霊児は追って来るだろうと予想した藍は、左手から大量の弾幕を霊児目掛けてばら撒く。
「……ち」
藍の考え通り、藍を追おうとしていた霊児は弾幕が邪魔で追うと言う行為を中断する事になってしまった。
ばら撒かれている弾幕のせいで霊児が藍に近付けていない間に、藍は右手を霊児に向けながら右手に妖力を急速に集中させていく。
集中させている妖力が限界まで溜まると、藍は左手から弾幕を放った状態の儘右手から巨大な妖力の塊を撃ち出す。
撃ち出された妖力の塊は、弾幕を飲み込みながら霊児へと向って行く。
弾幕と一緒に迫って来ている妖力の塊を目に入れた霊児は右手を拳銃の形にし、右手の人差し指の先を妖力の塊に向ける。
そして、
「いけ!!」
人差し指の先から巨大な霊力の塊を放った。
霊児が放った霊力の塊はばら撒かれている弾幕を蹴散らしながら藍が放った妖力の塊へと向って行き、激突する。
一瞬の激突の後、
「なっ!?」
霊力の塊は妖力の塊を四散させ、藍へと向って行く。
自分が放った妖力の塊が簡単に四散させられた事に藍は驚くも、直ぐに表情を戻しながら体を逸らして向って来た霊力の塊を避ける。
「く……」
避けた際に感じ取った霊力の密度に気圧されるも、藍が何とか体の位置を戻した時、
「どうする、続けるか?」
何時の間にか藍の真正面に来ていた霊児が藍の首元に短剣を突き付けながらそう問い掛けた。
「な……」
全くと言って良い程に霊児の接近に気付けなかった藍は驚愕の表情を浮べつつ、抵抗するかの様に霊児を睨み付ける。
睨み付けられた霊児は、当然の様に藍を睨み返す。
暫しの間、二人は睨み合いを続けていたが、
「……降参だ。私の負けだよ」
ふと、藍は霊児を睨み付けるのを止めて自身の敗北を認めた。
藍が自身の敗北を認めた事で霊児が短剣を藍から離し、鞘に収めたタイミングで、
「それにしても、今代の博麗は随分と強いな。まさか、ここまで手も足も出ないとは思ってもいなかったよ」
現博麗である霊児がここまで強いとは思わなかったと口にする。
「強くなければ博麗何てやってられないからな」
口にされた事に返すかの様に強くなければ博麗何てやってられないと言った刹那、
「霊児ー!!」
魔理沙が霊児の傍にやって来た。
それに続く様にしてアリス、妹紅、咲夜の三人も霊児の傍にやって来る。
四人が霊児の傍に来た後、
「流石、霊児だぜ!! 私は霊児が必ず勝つって信じてたぜ!!」
「流石ね。ま、神綺様に勝ったんだから負ける事は無いとは思っていたけど」
「九尾の妖狐相手でも終始押しており、かなりの余裕が感じられた。ここまで来ると流石としか言い様がないわね」
「お嬢様と妹様に勝ったのだから、これ位はして貰わないとね。そうでなければ御二人の名が下がってしまうもの。とは言え流石ね、霊児」
魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人は霊児に勝利を称賛する様な言葉を掛けていく。
その後、五人は雑談を始める。
そんな五人の様子を見てた藍は安心感を覚え、思う。
あそこまで慕われ、信頼されているのなら大丈夫であろうと。
博麗霊児は長い間博麗の名を持つ者が不在であった時期に現れた博麗であり、歴代初の男の博麗。
しかも、その実力は幼少期の時点で歴代の博麗の巫女達の全盛期の力を軽く超える力を持った歴代最強の博麗と言う噂も聞こえて来る程だ。
だが、霊児の他を超越する程の戦闘能力に付いての噂が聞こえて来るのに対し霊児の人成りやら性格などの噂が聞こえて来る事は殆どなかった。
それ故に、藍の主である八雲紫は博麗霊児との直接的な接触を避けて来た。
藍も自身の主の決定に異論を挟む事無く、従う様にして来たのだが、
「……余計な心配だったのかもしれないな」
霊児とこうして戦った結果、霊児に対する警戒は余計なものであったのではと藍は思っていた。
少なくとも霊児の様子を見る限り、自分や主である八雲紫が危惧する様な危険人物ではないと藍は判断する。
尤も、霊児が危険人物であったのであれば霊児に戦いを挑んだ時点で藍も只では済まなかったであろう。
いや、確実に一矢も報いる事なく藍は殺されていたと言った方が良いかもしれない。
霊児が危険人物であった場合、そうなって可笑しく無いほどの実力差を藍は霊児との戦いで感じ取っていたのだから。
兎も角、殺される危険もあったと言うのに何故藍は霊児と戦う事にしたのか。
答えは簡単。
自身の主である八雲紫の為。
八雲紫自身、博麗霊児と言う存在を計り損ねていた。
おまけにかなり用心していた事で、八雲紫は博麗霊児に関する情報は殆ど所持していない。
が、博麗霊児に関する情報は八雲紫としても欲しいもの。
だから、藍は霊児と戦う道を選んだのだ。
虎穴に入らずんば虎児を得ず、例え自分が死ぬ事になったとしても博麗霊児の人となりが主である八雲紫に術で伝えられれば良いと言う想いで。
この後、事の顛末を紫に報告すれば藍は紫にお仕置きされるであろう。
得るものがあったとは言え、霊児との戦闘は明らかに紫からの命令違反。
幾ら主の事を考えたものとは言え、お仕置きは甘んじて受けるべきであると藍は思った。
帰った後に起こる展開を予想出来た藍は溜息を一つ吐き、帰ろうとした時、
「あ……」
橙の事を藍は思い出す。
霊児達の話を聞く限り、白玉楼までの道中に気絶しているのだろうと藍は推察し、
「帰る前に橙の回収と手当てだな」
橙を回収と手当てをする為に階段に沿う形で下へと向って行った。
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