朝。
日が昇ってからそれなりの時が流れた辺りの時間帯。
霊児は博麗神社の居間で朝食を食べていた。
朝食の内容は、何時もの様に適当に切った野菜を鍋にぶち込んだ鍋料理。
そんな朝食を食べ始めてから少しすると、霊児は鍋の中の野菜を食べ尽くして汁も飲み干し、

「……ふぅ」

一息吐きながら空になった鍋を卓袱台の上に置く。
そして、霊児は居間から見える庭に目を向け、

「……どう言う事だよ」

どう言う事だと言う発言を漏らした。
何故、そんな発言を漏らしたのか。
その答えは、博麗神社の庭に在る。
昨日、冥界で霊児が戦った藍曰く今日の朝方には冥界の結界は修復されるとの事。
幻想郷中に幽霊達が大量に蔓延っていた原因は冥界の結界が緩んでいたせいなので、それが解消されたのであれば幻想郷中に居る幽霊達の数が大きく減るのは必然。
何せ、結界が直れば幻想郷中に居る幽霊達を冥界に戻すと言う様な事を冥界の管理人である西行寺幽々子が断言したのだ。
更に言えば、冥界から帰って来た後に霊児は幽々子に冥界の結界が何時直るのかと言う事を伝えている。
だと言うのに、

「何で今日も幽霊がこんな大量に居るんだよ……」

今現在の博麗神社の庭には大量の幽霊達が存在していた。
結界が完全に修復される時間が多少前後したと考えても、今も大量の幽霊達が博麗神社に蔓延っていると言うのは有り得ない。
となれば、考えられる可能性は、

「冥界で予期せぬ何かが起こって未だに結界が修復されていないか、幽々子がサボっているかのどちらかだな」

この二つ。
考えた二つの可能性の内、どちらが正しいかを判別する為に霊児は頭を回転させていく。
幽々子は冥界の管理人であるので、少なくとも現状が冥界にも幻想郷にも好ましくない事態であるのは理解している筈。
ならば、冥界の結界が直っているのに幽々子が幽霊達を冥界に連れ帰らないと言うのは腑に落ちない。
少なくとも、幽々子は幻想郷や冥界の崩壊を望んではいないのだから。
そうなると、冥界で何か遭ってまだ結界が修復されていないと考えるのが妥当だろう。
だとするならば、冥界に向かう必要性が在る。
もしこの儘放置して冥界の結界が崩壊し、この世とあの世を分け隔てている門に影響が出てこの世とあの世が融合し様ものなら笑い話にもならいからだ。
まぁ、この世とあの世を隔てている門と冥界の結界は別物であるのでそうなる可能性は限り無く低いだろう。
だが、万が一や億が一と言う事もある。
最悪の可能性の想定の一つや二つ、想定して置くべきであろう。
こんな事なら昨日、自分が冥界の結界の修復をして置けば良かったと霊児は思いながら、

「……はぁ」

溜息を一つ吐いた。
明らかに面倒臭い、やりたくないと言う雰囲気を見せつつも、

「流石に今日明日でそんな事態にはならないだろうが……急ぐに越した事はないか」

これから冥界に赴こうと言う台詞を呟きながら鍋を持って立ち上がり、台所へと向かう。
台所に着くと霊児は鍋の中に水を入れ、鍋の中が水で満たされると、

「洗うのは……帰って来てからで良いか」

鍋洗いは帰ってからする事を決め、居間へと戻る。
居間に戻った霊児は食事を取っていた時に座っていた場所に置いておいた羽織を手に取って、着込む。
基本色が白で縁の部分が赤く、赤い色で背中の部分に"七十七代目博麗"と染め抜かれた何時もの羽織を。
羽織を着こんだ後、霊児はズボンのポケットの中に手を入れて夢美から貰ったグローブを取り出して手に着け、

「……よし、行くか」

居間から飛び出すかの様に空中へと躍り出て、冥界へと向かい始めた。






















博麗神社を後にし、冥界に向かって進んでいる霊児の耳に、

「霊児ー!!」

自分の名を呼ぶ声が入って来た。
それに反応した霊児は一旦進行を止め、声が聞こえて来た方に体を顔を向ける。
顔を向けた先には魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人の姿があった。
この四人の姿を見た時、

「……ああ」

霊児は理解する。
魔法の森、迷いの竹林、紅魔館の三地点も博麗神社と同じ様に幽霊達が蔓延っている事を。
兎も角、魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人が近くにまで来たので、

「一応聞くが、お前等の所もか?」

取り敢えずと言った感じで霊児は四人にお前等の所もかと言う事を聞く。
すると、四人は同時に頷いた。
やはりと言うべきか、博麗神社以外の場所にも幽霊達が蔓延っている様だ。
ともあれ、他の場所の状況が知れた後、

「それで、お前達も冥界を目指しているのか?」

単刀直入にと言った風に霊児は四人に自分と同じ様に冥界を目指しているのか問う。

「一応合ってるけど……一寸違うかな?」
「一寸違う?」

問うた事に魔理沙が一寸違うと返した為、霊児は首を傾げてしまった。
だからか、

「ええ。朝起きたら普通に幽霊達が闊歩しているから冥界で何か遭ったと思って幽霊達を蹴散らした後、霊児の所に向ったのよ。貴方を誘って冥界に行く為にね。
因みに、魔理沙、妹紅、咲夜の三人とは博麗神社に向う途中で会ったの。皆、考えている事は一緒だったみたいね」

補足するかの様にアリスが自分達は霊児を誘ってから冥界に赴く予定であったと言う説明をする。
説明の内容から察するに、この四人は既に博麗神社へと足を運んでいた様だ。
何となくではあるが、四人が通って来た道筋に霊児が予測を立てている間に、

「だって言うのにさ、霊児は一人で行っちゃうんだもんな」

魔理沙は少し頬を膨らませながら一人で冥界へ向う事を決めた霊児に文句の言葉を掛ける。
魔理沙としては、最初っから霊児と一緒に冥界へと行きたかった様だ。
そんな魔理沙を宥めるにして、

「まぁ、霊児が急ぐ理由も分かるけどね。大量の幽霊達が未だ普通に闊歩していると言う事は、冥界の結界がまだ修復されていないと言う事。冥界で何か遭ったと
考えるのが自然よね。もし、その何かが遭った事が原因で冥界の結界が崩壊でもしたらこの世は幽霊達で溢れかえってしまうもの」

霊児がさっさと冥界に行く事を決めたであろう理由を妹紅は話す。
話された内容を受け、

「まぁ、それもあるが……俺が最悪として想定しているのはあの門に影響が出る事だな」

受けた内容を肯定すると共に、捕捉する様な事を霊児は口にする。

「あの門って言うと……この世とあの世を隔てているって言うあの大きな門の事?」

門と言う単語から、咲夜がこの世とあの世を隔てている門の事を思い浮かべると、

「ああ」

思い浮かべた内容が正しい事を霊児は一言で口にし、

「俺が想定している最悪の未来は冥界の結界が崩壊し、その影響でこの世とあの世を隔てている門が崩壊してこの世とあの世が融合する事だ」

自分自身が想定している最悪の未来を一同に伝えた。

「……確かに、そうなったら最悪ね」

伝えられた未来を想像したからか、咲夜はそうなったら最悪だと言う台詞を零した刹那、

「まぁ、あの門はかなり重要度が高いものだからな。門に何かしらの異常が出た際の保険の一つや二つや三つは在るだろうから、最悪の事態になる事は無いと
思うぜ。俺だって博麗大結界に何かしらの異常が出た時、俺が直接修復する事が出来ない場合に備えて保険を幾つか用意してるしな」

門に関しては緊急事態に対する保険が容易されている筈なので、最悪の事態になる事は無いだろうと言う発言で霊児はこの話しを締め括った。
すると、

「でも……例えこの世とあの世が融合する様な事態になって幻想郷がどうし様も無い事態に成ったとしても、霊児なら何とかしそうな気がするぜ」

幻想郷が未曾有の危機に陥ったとしても、霊児なら何とかしそうだと言う様な言葉を魔理沙は霊児に掛けた。
それに続ける様にして、

「確かに」
「霊児ならそんな状況になっても何とかしそうね」
「霊児だものね」

アリス、妹紅、咲夜の三人からも霊児なら何とかしそうだと言う言葉が発せられた。
霊児としては一応深刻的な問題としてこの話題を上げたのだが、大した危機感を四人に抱かれなかったので、

「お前等なぁ……」

少し呆れた表情を霊児が浮かべてしまう。
その瞬間、

「ま、もし……そんな事態になったらさ。私は私の力の全てを持って霊児の力になるぜ!!」

もし、本当にそんな事態に自分の力の全てを持って霊児の力になると言う事を魔理沙は断言し、

「私もだけど、お嬢様方も幻想郷と言う地を気に入っているわ。だから、そんな事態になったら私も手を貸すでしょうね」
「幻想郷は私に取っても居心地が良い場所だから、遭って欲しくは無いけどそうなったら私も手を貸すわ」
「もしそうなっても霊児一人で何とかしそうだけどね。けど、足手纏いにならない程度の力を持った味方は多い方が良いでしょうからその時は私も手を貸すわ。
私も、幻想郷と言う世界は好きだからね」

断言した魔理沙に続く感じで咲夜、妹紅、アリスの三人もそんな事態になったら力を貸すと言う様な事を述べる。
最悪の事態が起こった場合、霊児は一人で動く事を想定していたがこの分だと一人で動く事は無さそうだ。
起こって欲しくは無いが、もしそうなった時は幾らかの楽は出来そうだと言う事を霊児は思いつつ、

「……さて、少し長話もしちまったたしさっさと行くか」

先を急ぐ様に言って、冥界が在る方へ体を向ける。
そんな霊児に釣られる様にして魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人も冥界が在る方に体を向け、一同は冥界へと向かって行った。






















霊児が魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人と合流し、五人で冥界に向かい始めてから幾らか経った辺りで、

「相変わらずでっかい門だな……」

五人はこの世とあの世を隔てている巨大な門の前に辿り着いた。
門の前に辿り着いたと言う事で一同は一旦止まり、魔理沙が改めてと言った感じで門に対する感想を述べると、

「それで、門の様子はどう?」

アリスから門の様子はどうだと言う問いが霊児へと投げ掛けられる。
やはりと言うべきか、アリスも最悪が起こっている可能性を考慮していた様だ。
ともあれ、問いを投げ掛けられた霊児は、

「……見た感じ、何処にも異常は見られないな」

この世とあの世を隔てている門に異常が無い事を口にした。
口にされた内容を受け、

「と言う事は、この世とあの世が融合する……って言う最悪の事態には成らないのかしら?」

想定していた最悪の状況、つまりこの世とあの世が融合する様な事態には成らないのかと言う推察をした咲夜に、

「ああ。少なくともこの門が崩壊する様子は欠片も見られないな」

門が崩壊する様な予兆は見られないと断言する。
だからか、

「良かったじゃない。一番の不安の種が消えて」

一番不安であった要素が消えて良かったなと発言を妹紅は霊児に掛けた。
不安要素が消えたと言うのは正しいので、

「確かにな」

掛けられた言葉に霊児は異論を挟む事無く同意した。
限りなく低い可能性ではあったものの、最悪の事態が起るかもしれなかったのだ。
その可能性が払拭されたとあれば、気持ちも楽になると言うもの。
これならば、何時もの調子で行けると言う事になる為、

「それなら、何時もの調子で行けそうだな」

お気楽そうな声色で魔理沙はそう言う。

「ああ、そうだな」

言われた事に霊児はそうだなと返し、門を越えて冥界に赴く高度を上げて行く。
高度を上げて行った霊児に続く様にして魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人も高度を上げる。
そして、五人は門を超えて冥界へと突入して行った。























霊児、魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の五人が冥界に入ってから幾らか経った頃、

「昨日もそうだったけど、結界に影響が出てるって言う割りには冥界の様子に変わりは余り見られないわね。強いて言うなら幽霊の数が少ないって言う
程度位かしら」

ふと、アリスは周囲を見渡してそんな事を言う。
それに続ける様にして、

「まぁ、結界が緩んで幽霊達が冥界から抜け出し易くなっているだけだから幽霊達が少ないのは道理ね」

冥界の結界が緩んでいるせいで幽霊達が冥界から出易くなっているのだから、冥界に幽霊達が少ないのは道理だと妹紅は呟く。
アリスと妹紅の二人が冥界に存在している幽霊達の数に付いて話しているのを聞き、

「ま、幽霊などが襲って来ない確率が下がるのは良い事なのだけど……」

幽霊などが襲って来る確立が下がるのは良い事だと咲夜は言って、体を傾ける。
すると、咲夜の体が在った場所に幾つかの弾幕が通過して行った。
弾幕が通過し切ったのを確認した後、咲夜は体の位置を戻して弾幕が飛んで来た方に視線を移す。
視線を移した先には、何体かの妖精が居た。
その妖精達を咲夜は目に入れながら、

「妖精は普通に居るのね」

溜息混じりに妖精は居るのかと零す。
零された発言に、

「そりゃ妖精だからな。何所にでも居るだろうさ」

霊児はそう応えながら弾幕を放ち、攻撃を仕掛けて来た妖精達を撃ち落していく。
撃ち落されていく妖精達を見ながら、

「この分だと、この先も妖精の襲撃がありそうね」

これから先の展開を予想したアリスは、思わず溜息を一つ漏らしてしまう。

「まぁ、流石に昨日の今日で異変の影響が完全に収まって妖精が大人しくなる……って言う様に都合良くはいかないわよね」
「ま、妖精達が襲い掛かって来るのなら撃ち倒して進むまでだぜ」

アリスが予想した展開に妹紅と魔理沙がそう返すと、

「それにしても……異変時の妖精は自分達以外の存在がテリトリーに入ったら直ぐに排除しに掛かるのね。家の門番も、少しは見習って欲しいわ。良く、
パチュリー様の図書館に泥棒が入り込むしね」

異変時の妖精に置ける見敵必戦の心構えは紅魔館の門番である紅美鈴に見習って欲しいと言う事を咲夜は口にする。
口にされた内容が耳に入ったからか、

「ああ、門番の美鈴は良く眠ってる事が多いからな」

門番である美鈴が良く寝ていると言う発言を魔理沙は発した。
咲夜の泥棒と言う部分を思いっ切り無視する様に。
ともあれ、紅魔館には楽に進入出来ると言う事が分かったからか、

「……大丈夫なの? 紅魔館って」

少し心配したかの様な表情で紅魔館は大丈夫なのかと言う事を妹紅は咲夜に聞く。

「一応、敵意や殺意と言った自分や紅魔館の者に害を成す者が近くに現れたら直ぐに起きるみたい何だけどね。あの子は」

聞かれた咲夜は美鈴をフォローする様な事を妹紅に述べる。
しかし、そう述べた咲夜の表情は何とも微妙なものになっていった。
おそらく、普段から起きていろと言う様な事を思っているのだろう。
兎も角、何やら話が明後日の方向に向き始めたからか、

「……話しを戻すけど、これから先も昨日と同じ様に妖精が襲って来ると考えて良いのかしら?」

少々強引ではあるが咲夜は話を戻すかの様にこれから先も昨日と同じ様に妖精達が襲って来るのかと言う事を霊児に尋ねる。

「だろうな」

尋ねられた霊児は肯定の返事をし、

「一々邪魔されたら面倒だ。少しペースを上げて振り切れる奴は振り切るか」

少しペースを上げると言って進行スピードを上げた。
進行スピードを上げた霊児に続く様にして魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人も進行スピードを上げて霊児の後を追って行く。






















冥界を突き進み、白玉楼へと続く石段の前に辿り着いた霊児達は一旦進行を止め、

「さて、後はこの先に行けば良いだけだが……」

霊児は石段を見詰めながらそう呟くと、

「多分、この先には出て来る妖精の数はここまでの道中とは比べ物にならないでしょうね」

アリスがその様に返す。
昨日もこの異様に長い階段を移動している際に、大量の妖精からの襲撃を受けたのだ。
ならば、今回も同じ様に襲撃を受けると考えるの当然の事。
兎も角、この先の展開を予想したからか、

「やれやれ、戦いに一段落着いたら時間を止めてナイフを回収するって言うのも面倒なのに。儘ならないものね」

少しゲンナリとした表情を浮かべながら咲夜は軽い愚痴を零す。
零された愚痴を受け、

「そらなら、ナイフを投擲するのを止めて霊力での弾幕を放つ様にしてみたら?」

ナイフを投擲するのを止めて霊力での弾幕を放つ様にしてみたらどうだと言う意見を妹紅は咲夜に伝える。

「……それをしたらしたで、火力が欠ける事になるのよね」

伝えられた内容を耳に入れた咲夜は少し考えるも、ナイフの投擲でなければ火力が欠けると言う結論を下した。

「まぁ、貴女は弾幕を放ったりするよりも得物を投擲したりする方が得意そうだものね」

下された結論から咲夜なら霊力と言った様なもので弾幕を放ったりするよりも、得物を投擲したりする方が得意そうだと言う事をアリスが思った時、

「ならさ、霊児の様に投擲したナイフを掴んで回収するって言うのはどうだ?」

霊児に様に投擲した得物を掴んで回収したらどうだと言う提案を魔理沙は行なう。
が、

「一対一の場合は兎も角としても、一対多の場合は基本的にナイフを無数に投擲するからそれを戦闘の最中に一々回収するって言うのは合理的とは言えないわね」

魔理沙からの提案を合理的では無いと言う理由で咲夜は否定する。
否定した言葉に続ける様にして、

「序に言うと俺の場合は二重結界式移動術を投擲した短剣の回収じゃなくて、攻撃に繋げたり移動や緊急回避に使ったりしてるんだけどな」

二重結界式移動術を自分が戦闘時にどう言う風に使っているのかと言う事を霊児は話す。
何時の間にやら投擲した武器の回収に付いての話が広まっている中で、アリスは何かを思い付いた表情を浮かべ、

「あ、ならパチュリーに頼んで物の回収が出来る魔法の術式でもナイフに刻んで貰ったらどうかしら?」

物を回収出来る魔法の術式をパチュリーに頼んでナイフに刻んで貰ったらどうだと言う案を出す。
パチュリーは魔理沙、アリスと違ってかなり幅広い種類の魔法を十分に扱う事を可能としている。
今出した案の魔法の術式を何かに刻む程度、パチュリー取っては朝飯前だろう。
ともあれ、パチュリーに助力を求めたらどうだと言う案を出された咲夜は、

「確かにそれは魅力的な案なのだけど、この程度の事でパチュリー様のお手を煩わせるのもねぇ。それに、私の投擲用のナイフは数が多いし。そんなナイフに
一本一本に術式を刻んで貰うと言う事を考えたらねぇ……」

難色を示した。
やはりと言うべきか、紅魔館のメイド長としては主の親友に多大な労力を掛けると言うのは避けた様だ。
とは言え、投擲したナイフの回収を楽にしたいと言う想いは確かに咲夜の中に存在している。
様々な想いが咲夜の胸中で交錯していったが、

「……パチュリー様の助力を請うかは保留にして、今は投擲するナイフの量を減らす事にするわ」

これ以上時間を掛ける訳にはいかないからか、保留とナイフの投擲量を減らすと言う事を咲夜は決めた。
一応ではあるがこの話題に決着が着いた後、一同は示し合わせたかの様なタイミングで石段に沿う形での飛行して目的地を目指して行く。
再び移動を始めてから少しすると当然の様に妖精が現れ、現れた妖精達はこれまた当然の様に霊児達に向けて弾幕を放って来た。
但し、これまでの道中と違って放たれる弾幕の量も出て来る妖精の数も桁違いに多い。
だが、妖精の数が多かろうと弾幕の数が多かろうと霊児達のやる事は変わりは無い。
迫って来る弾幕を的確に避け、反撃を行って妖精達を撃ち落とす。
これだけである。
尤も、言葉にするだけなら簡単だがそれを容易くやり遂げられるのは霊児達だからであろうが。
兎も角、襲い掛かって来る妖精達を順調に倒しながら突き進んでいる霊児達の前に、

「やはり来たか……」

やはり来たかと言う声と共に八雲藍が現れた。
藍が現れた事に気付いた霊児達は一旦止まり、

「藍か……一つ聞くが、結界の方はどうなっているだ?」

一同を代表するかの様に、霊児は藍に結界の方はどうなっているのかと尋ねる。

「……殆ど昨日と変わっていないよ」

尋ねられた藍は、気まずそうな表情を浮かべながら結界は昨日と殆ど変わっていないと言う答えを述べた。

「……何でだ? 昨日確か八雲紫って奴が起きるから結界は今日の朝には修復されるって言ってたよな?」
「私からは何とも。紫様の御考えは私程度ではとてもじゃないが計り知れないさ」

述べられた答えに対して当たり前の様な疑問を抱いた霊児に、藍は自身の主である八雲紫の考えは自分程度では計り知れないと返す。
そう返した藍の表情から何かを知ってそうな雰囲気を感じたが、おそらくそれは藍自身が立てた予想なのだろうと霊児は考える。
考えたと言っても何の根拠も只の直感ではあるが、霊児は何となくではあるが自身の直感が正しいと言う事を感じ取った。
同時に、その事を追求したとしても何の意味も無いと言うのを霊児が悟った時、

「妖怪は気分屋が多いって聞くけど……その通りなのかしら?」

妖怪には気分屋が多いと言うのは正しいのかと言って妹紅は首を傾げる。
どうやら、妹紅は結界が修復されていないのを妖怪の気紛れなのではと思った様だ。
妹紅が思った事に対し、

「まぁ、否定は出来ないな……」

苦笑いを浮かべながら藍は否定出来ないと漏らす。
気分屋と言った部分は当たらずとも遠からずと言ったところか。
それはさて置き、ここまで会話でこれ以上喋っていても得られるものは何も無いと咲夜は判断し、

「……取り敢えず、私達は先へ進ませて貰うわよ」

先に進ませて貰うと口にし、進行方向先を見据える。
その瞬間、

「悪いが、ここを通すわけにはいかない」

霊児達の進行方向上に藍は移動し、ここを通す訳にはいかないと言う言葉を発した。
明らかにこちらを妨害する様な動きを見せた藍に、

「……どう言う積りかしら?」

若干敵意が籠もった目をアリスは向け、どう言う積りかと言う事を聞くと、

「紫様から、博麗霊児以外の存在を通すなと言う命を受けているからな」

八雲紫から博麗霊児以外の存在を通すなと言う命令を受けていると言う情報を藍は霊児達に伝える。

「俺以外を……か?」
「ああ、そうだ」

伝えられた内容の確認を取った霊児に、藍は肯定の返事を返す。
霊児以外通すなと言う事は、八雲紫が博麗霊児に興味を抱いていると言う事になるだろう。
妖怪の賢者とまで謳われ、能力は神に匹敵するとまで言われている妖怪に興味を抱かれている事実に霊児は面倒臭いものを感じていた。
只でさえ色々と厄介な奴に霊児は興味を抱かれたり目を付けられたりしているのだ。
これ以上、そう言った輩が増えるのは霊児として避けたいところ。
とは言え、既に興味を抱いている八雲紫がその中に追加されるのは決定事項であろうが。
ともあれ、返って来た肯定の返事からまた厄介事が増えたなと言う事を霊児が思っている間に、

「それなら、ここは私達に任せて霊児は先に行くべきだぜ」

この場は自分達に任せて霊児は先に進むべきだと言う進言を、自身の両隣に陰陽玉を佇ませた魔理沙が行なう。
何時の間にか戦闘体勢に入っていた魔理沙に続く様にして、

「そうね……ここで全員が時間を取られるのは余り宜しくないし、それが良いかもしれないわね。八雲紫って言う妖怪が何を考えているかも分からないし」

アリスも自身の周囲に何体かの人形を展開して戦闘体勢を取り、魔理沙の発言に同意を示す。

「……良いのか?」
「あら、貴方はこの程度の相手に私達がやられるとでも? 直ぐにこの狐を倒して追い付くわ」

ある意味足止めをさせる様な事をさせても良いのかと言う事を口にした霊児に、咲夜は直ぐに藍を倒して追い付くと言う意志を示した。
まるで、自分など大した敵では無いと言われた様に感じたからか、

「言ってくれるな。確かに、私は博麗霊児に大敗を規した。惨敗と言っても良いだろう。それに付いては否定しない。だが、私とて九尾の妖狐。そして我が主、
妖怪の賢者と謳われる八雲紫様の式神。君達程度の実力で私を倒せるとは思わない事だ」

不敵な笑みを浮かべ、霊児を除いた四人に対して挑発の言葉を掛ける。
掛けられた挑発に対し、

「確かに……九尾の妖狐となる程に長い年月を生き、強大な力を尽けた貴女を倒すのは並大抵の者ならば不可能でしょうね。けど、ここに居る全員は
並大抵の者ではなく一騎当千の実力者。貴女こそ、貴女程度の実力で私達を打ち倒せると思わない事ね!!」

妹紅は不敵な笑みを浮かべながら背中から炎の翼を生やし、霊力と妖力を解放しながら挑発を返す事で応えた。
そんな妹紅に続く様にして、

「そう言う事だ。生憎……私もお前程度に負ける程、柔な鍛え方はしてないからな!! さっさと倒させて貰うぜ!!」
「余り武名と言ったものには興味が無いのだけど……弱く見られ過ぎるのも考え物ね。ここは一つ、人形遣いがどの程度なのか教えて上げましょうか」
「吸血鬼であるレミリアお嬢様に仕える私が狐の一匹や二匹に舐められる訳にはいかないわね。私達程度では貴女を倒せないと言う台詞、撤回させて上げるわ!!」

魔理沙、アリス、咲夜の三人も挑発の言葉と共に魔力、霊力を解放させる。
四人から発せられている霊力、妖力、魔力は大気を大きく揺らせ始めた。
強大な力と大気が揺れている事を感じ取った藍は、

「ほう……」

感心と驚きを混ぜ合わせた表情を浮かべる。
霊児と一緒に冥界にまで来ているので四人共それ相応の実力が有ると予想していた様だが、ここまでとは予想していなかった様だ。
だからと言って、この程度で臆する藍ではなく、

「……成程、確かに君達程度と言う台詞は語弊があった様だ」

ポツリとそう呟いて自身の妖力を解放させ、

「だが、だからと言って私を倒せる程じゃない。前座の様に私を倒せると言う様な台詞……直ぐに撤回させてやろう!!」

そう言い放つ。

「「「「ッ!!」」」」

藍から解放された莫大な量の妖力を感じた魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人は表情を引き締める。
完全にこの四人が藍と戦う気であると言う事を霊児は感じ取り、

「……ここは任せるぞ」

魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人にこの場は任せると言う。

「おう、任されたぜ」
「任せなさい」
「任されたわ」
「任された以上、キチンと仕事はこなすわ」

言われた四人がそれぞれそう応えた瞬間、霊児はかなりのスピードで藍の真横を通り抜ける。
当然、紫から霊児を通す様に命令を受けているので藍は霊児を素通りさせた。
それから少しすると、霊児の背後から戦闘音が聞こえて来る。
やはりと言うべきか、四人と藍は戦いを始めた様だ。
後方から激しい戦闘音が聞こえ、力の奔流が感じられると言うのに、

「やっぱり出て来るんだな」

当たり前の様に妖精達が現れては弾幕を放って来た事で、霊児は呆れた表情を浮かべてしまう。
何せ、霊児の背後では今現れて来ている妖精達よりも遥かに強い者達が戦いを繰り広げている。
だと言うのに、妖精達はそんな事はお構いなしと言った感じで現れては弾幕を放って来たのだ。
呆れた表情の一つや二つ、浮べもするだろう。
兎も角、弾幕が放たれて来たと言う事で霊児は回避行動を取り、

「………………………………………………………………」

ある事を思う。
思った事と言うのは、弾幕が自分一人に集中しているせいで今までよりも弾幕が濃くなっていると言うもの。
今までは現れた妖精達を五人で対処していたが、今は一人で対処はしなくてはならないのだから迫り来る弾幕が濃くなるのは当然だろう。
とは言え、多少弾幕が濃くなった程度で撃ち落される霊児では無い。
迫り来る弾幕を的確な動きで避け、反撃の弾幕を放って妖精達を撃ち落していく。
一人でもこれまでと変わらずに順調と言った感じで進み始めてから幾らか経った頃、

「……ん?」

突如として、妖精の襲撃が止んだ。
このパターンは昨日も在ったなと思いながら霊児が高度を上げた刹那、つい先程まで霊児が居た場所を大量の弾幕が通過する。
通過して言った弾幕を放った者は妖精ではなく、何の前触れもなく現れた魔法陣。
現れている魔法陣は弾幕を幾らか放った後、力を使い果たしたかの様に消えていってしまう。
消えていった魔法陣を見届けた霊児は、

「昨日はこの後……」

昨日ここに来た時に現れた魔法陣の配置を思い出しながら体を動かす。
すると、霊児を取り囲む様にして再び幾つもの魔法陣が現れる。
魔法陣に取り囲まれた事を霊児が認識したの同時に、魔法陣から大量の弾幕が放たれた。
全方位から自分だけを狙って迫り来る弾幕を前に、霊児は器用に体を動かして弾幕を全てを回避していく。
予め弾幕が来る事を予想していたからか、弾幕を回避している霊児の動きには欠片の迷いも見られない。
どうって事無いと言った感じの動きで霊児が回避行動を取り始めてから幾らかすると、弾幕と魔法陣が消える。

「ふぅ……」

弾幕が消えると霊児は一息吐きながら体勢を戻し、先へと進んで行く。
妖精達の襲撃、魔法陣からの弾幕と言う昨日の焼き回しが起こったからか、

「………………………………………………」

これからの展開を霊児が何となくではあるが予想した時、

「貴方が……今代の博麗ね」

その様な声が辺り一帯に響いた。
響いた声に反応した霊児は一旦止まり、顔を動かして周囲の様子を探っていく。
しかし、幾ら周囲を探っても誰かの姿は見られなかった。
が、霊児は何も見られないある一点を見詰め、

「そこだろ」

そこだろ言う言葉を投げ掛ける。
すると、

「御名答」

御名答と言う言葉と共に霊児が見詰めていた空間に一本の線が走り、空間を裂く様にして新たな空間が開かれた。
新たに開かれた空間の中は少々薄暗く、無数の目が存在している。
しかも、その目の全てが霊児を見詰めていた。
自身を見詰めている無数の目を霊児が見返している間に、新たに開かれた空間の一人の女性が出て来る。
出て来た女性は金色の長い髪をし、紫色をしたドレスに近い形を服を着て変わった帽子を被っていた。
少々変わった風貌の女性は無数の目玉がある空間から体を完全に出し、開いていた空間を閉じる。
そして、

「初めまして。今代の博麗、七十七代目博麗、博麗霊児」

女性はそう言いながら優雅な御辞儀をした。
御辞儀をした女性から霊児は目を離さずに、

「……お前が、八雲藍の主の八雲紫か?」

お前が八雲紫なのかと尋ねる。

「あら、私の事をご存知なのですね。光栄ですわ」

尋ねられた女性は自分が八雲紫である事を肯定しながら姿勢を戻し、懐から扇子を取り出す。
取り出した扇子を開き、開いた扇子で八雲紫が口元を隠した瞬間、

「冥界の結界の修復しない理由を聞かせて貰おうか」

本題に入ると言わんばかりの態度で霊児は冥界の結界を修復しないでいる理由を聞く。

「あら、女性の秘密を聞こうだ何て……無粋ね」

聞かれた紫は妖艶な笑みを浮かべ、聞いて来た内容を煙に巻こうする。
聞いた事に答える気は無いと言う様な返答を受け、霊児は思う。
雰囲気と言う点に関しては西行寺幽々子に似ていると。
西行寺幽々子と八雲紫は友人同士との事なので、雰囲気が似ているのはある意味当然なのかもしれない。
強大な力を持った妖怪と言う括りなら、風見幽香と似た様な雰囲気ならまだやり易かったのにと言う愚痴を霊児は内心で零す。
とは言え、この儘では埒が開かないので、

「単刀直入に聞こう。何が目的だ?」

もう一度だけと言った感じで八雲紫に何が目的だと問う。
だが、

「さぁ? 何かしら?」

相変わらずと言った感じで八雲紫は霊児の問いに答え様とはしなかった。
だからか、

「……………………………………………………………………………………」

これ以上会話を交わしても得られる情報は無いと霊児は判断し、アプローチを変えると言う意味合いで八雲紫に向けて殺気を放つ。
霊児から放たれた殺気を感じ取った紫は若干ではあるが表情を引き締め、

「あら、そんなに怒ったら折角の格好良い顔が台無しよ」

お気楽さが感じられる声色でからかいの言葉を霊児に掛けた。
今放った殺気程度では動じる事は無かったが、反応が変わった事を霊児が理解したのと同時に、

「それに、力尽くの男って言うのはどうかと思うわよ」

続ける様にして紫は力尽くの男はどうかと思うと言う発言を口にする。
口にされた内容は只の挑発かこちらの出方を伺う為のものか、はたまた何か別の狙いがあるのか。
どう頭を捻っても八雲紫の狙いが分からなかった為、

「生憎、今まで起こった異変も全部力尽くで解決して来たからな。話し合いだけで済むのなら楽で良いんだが、それが無理ならぶっ飛ばした方が手っ取り早い。
今までもそうして来たんだ。これからもそうする」

霊児は自分の心情とも言えるもの紫に伝える。

「でも……毎回毎回上手くいくとは限らないんではなくて?」
「なら、毎回毎回上手くいかせる様にするだけだ」

伝えられた内容を受けて力尽くで毎回毎回上手くいくとは限らないのではと言った紫に、霊児は間髪入れずに上手くいかせるだけだと返す。
すると、

「…………本当、今までの博麗とは全然違うわね」

ポツリと今までの博麗とは違うと呟いて口元から扇子を外す。
呟かれた事が耳に入った霊児は不敵な笑みを浮かべ、

「今までの博麗がどうだったか知らないが、俺は俺だ。俺は俺のやり方を貫く」

今までの博麗のやり方がどうであろうと、自分のやり方を貫くと言う事を語り、

「何も言う気がないならそれでも良い。それなら俺はお前を倒して冥界の結界を修復するだけだ」

そう言い放つ。
これまでのやり取りで何となくではあるが霊児の性格を知った紫が、

「怖いわねぇ……」

クスクスと言う笑い声が聞こえて来そうな声色で怖いと言った時、紫の右手の後ろに先程の目玉だらけの空間が開かれた。
開かれた空間に紫は手を突っ込み、空間の中から少々変わった形の傘を取り出して開いていた空間を閉じる。
取り出された物が傘であったからか、霊児は幽香と同じで得物は傘かと考えながら左腰に装備している短剣に手を伸ばしたタイミングで、

「ねぇ、私と一勝負してみない?」

紫から一勝負しないかと言う提案がされた。

「……何?」
「だ・か・ら、一勝負しましょう。今代の博麗である貴方の実力……知りたいの」

突如として紫から戦おうと言われた事で少々困惑した表情を霊児が浮べると、紫は今代の博麗である霊児の力が知りたいのだと言う。
今代の博麗である自分の力を知りたいと言う事、異常が出ている冥界の結界を放置したと言う二つの事項から、

「……お前、俺と戦う為に冥界の結界を修復をしなかったな」

八雲紫は自分と戦う為に冥界の結界を直さなかったと言う結論を下した。

「正解。冥界の結界をその儘にして置けば必ず貴方が来ると踏んでいましたし」
「お前な……」

下した結論に対して直ぐに正解と言う答えが返って来た事で、霊児は紫に何かを言おうとしたが、

「冥界の結界はあくまで緩んでいるだけ。霊達の行き来がかなり自由になっているだけで冥界が崩壊する様な事はありません。まして、この世とあの世が
融合する何て言う事態にはね。流石に、そんな事態になるのならとっくの昔に手は打っていますわ」

先手を打つかの様に紫は冥界の結界をこの儘放置したとしても、世界がどうこうなる事は無いと断言する。
亀の甲より年の功と言うべきか。
意図も容易く自分が言おうとしていた事を封殺する様な発言をして来た紫は霊児は少し感心しつつ、思う。
こいつも自分と同じ答えを出したていたと。
八雲紫は冥界の結界修復を任せられる程なので、結界に関する知識が深い事は間違い無い。
ならば、紫が霊児と同じ答えに行き着くのはある意味当然だろう。
勿論、今断言した内容は霊児をこの場に張り付ける為の紫の嘘と言う可能性も考えられる。
が、断言された内容に嘘は無いと言う事を霊児の勘が告げていた。
少しの間、霊児が紫が断言した内容に思案している間に、

「それで、私と戦って頂けるのかしら?」

改めてと言った感じで、紫は霊児に自分と戦ってくれるのかと聞く。
同じ事を聞いて来た紫を霊児は確りと見据え、

「よく言うぜ。断らせる気何か無い癖によ」

断らせる気何か無い癖にと口にし、左腰に装備して在る短剣の柄頭に在るリングに左手の中指を引っ掛ける。
そして、引っ掛けた中指をクイッと動かして短剣を目の前に飛ばし、

「……………………………………………………」

飛ばした短剣を左手で掴み、構えを取った。
霊児が得物を手に取って構えた事で戦う意思有りと判断した紫が軽い笑みを浮かべた刹那、

「で、どうやって戦うんだ? 普通にか? 弾幕ごっこでか?」

戦闘方法に付いてどうするかと言う問いが霊児から投げ掛けられる。

「貴方と天狗達が生み出した弾幕ごっこでも良いんだけど……普通に戦った方が貴方の実力は分かりそうね」

投げ掛けられた問いと言う名の選択肢に、紫は普通に戦う事を選択して己が得物である傘を霊児に突き付け、

「今代の博麗の力……見せて貰うわよ!!」

突き付けた傘を横一線に振るう。
すると振るった傘の軌跡に光が残り、そこから幾本ものレーザーが生まれて霊児へと向って行く。
迫り来るレーザーを目に入れながら霊児は左手に持っている短剣を右腰に持って行き、

「……ふっ!!」

レーザーが目の前に来た瞬間に短剣を振るい、レーザーを弾く。
放ったレーザーを全て弾かれた紫であったが、それは想定通りであったからか紫は全く表情を変えずに自身の周囲に目玉が幾つもある空間を開いた。
それも一つ二つではなく、無数に。

「…………………………………………………………」

開かれた空間を全て目に入れ、警戒した視線を霊児が向けていると、

「如何かしら? 私の隙間は?」

自分の隙間は如何かと言う台詞が紫から発せられる。

「隙間……?」

隙間と言う単語に霊児が反応したからか、

「ええ、これは隙間と言うの」

何処か自慢するかの様な表情で紫は幾つもの目玉が見られる空間を指でさす。
どうやら、目玉が幾つも見られる空間は隙間と言う様だ。
しかし、名前が分かったからと言って隙間がどう言った能力を持っているかまでが分かった訳では無い。
隙間がどの様な攻撃をして来ても良い様に、霊児が軽く身構えた時、

「これを使うからか、私は隙間妖怪……何て呼ばれる事も在るんですのよ」

聞いてもいないのに紫から自分が隙間妖怪と呼ばれる事も在ると言う情報が語られた。

「そうかい」
「あら、女性の話しに付き合うのも男の甲斐性ではなくて?」

語られた情報に対して素っ気無い反応を霊児が示したからか、紫は不満気な表情になる。
だが、そんな紫を霊児は無視し、

「今は戦闘中だぞ」

今は戦闘中だと断じ、

「と言うか、お前さっきから口調がころころ変わってるがそれは女の甲斐性に入るのか?」

さっきから口調がころころ変わっている事を指摘した。
指摘した内容はある意味突拍子も無いものであったが、

「女心と秋の空と言うでしょ。それに、秘密の多い女は魅力的なのよ」

紫は余裕を持った態度でそう返す。
どう言う会話を投げ掛けても、悩む事なく容易に応えて来る紫に霊児はやり難さを覚えつつ理解した。
舌戦では不利だと言う事を。
これ以上会話を続けてペースを紫に握られたら良い事は無いので、強引にでも会話を続けられない状況に持っていこうと言う事を霊児が考え始めた瞬間、

「さて、長話もこれ位にして……攻めていこうかしら」

開いている全ての隙間の中に紫は無数の弾幕を生み出し、生み出した弾幕を霊児に向けて放つ。
開かれている隙間の数、放たれた弾幕の数が合わさってか霊児の視界の大半は紫の弾幕で埋め尽くされてしまった。
この様な状況下では一旦距離を取るのが定石ではあるが、霊児は定石を無視するかの様に弾幕の中へと突っ込んで行き、

「……しっ!!」

超スピードで短剣を連続で振るい、自分に当たるであろう弾幕を全て斬り払う。
圧倒的なまでの物量を有する弾幕を前にしても全く物怖じしない霊児に紫が少し感心している間に、霊児は紫を自分の間合いに入れて短剣による刺突を繰り出す。
繰り出された刺突は勢い良く紫の体に向かって行ったが、

「ッ!!」

刺突が紫の体に当たる前に紫は自身の背後に隙間を開き、開いた隙間の中に入ってしまったので霊児が繰り出した刺突は紫に当たる事は無かった。
とは言え、大きく一歩踏み込めば短剣の先端位は当たりそうな距離に紫は居る。
それに気付いた霊児が大きく一歩踏み出そうとした時、紫が入った隙間も含めて開かれていた全ての隙間が閉じてしまった。

「ち……」

完全に攻撃を空振ってしまった事で霊児は舌打ちし、体勢を戻して前後左右上下の全てを警戒する。
紫が何所に隙間を開いて攻撃して来ても良い様に。

「…………………………………………………………………………」

警戒し始めてから幾らか経った辺りで、

「ッ!!」

後頭部辺りに何かが在るのを霊児は感じ取り、背後へと振り返る。
振り返った霊児の目には、隙間から上半身を出して傘を振り下ろしている紫の姿が映った。
振るわれた傘による攻撃を防ぐ為、霊児は反射的に短剣を振るって短剣を傘に激突させる。
短剣と傘が激突し、辺り一帯に激突音が響いて衝撃波が発生すると、

「あら……」

少し驚いた表情を紫は浮かべてしまっていた。
防がれるとは思っていなかったのだろうか。
兎も角、驚いた事で紫に生まれた隙を突くかの様に、

「らあ!!」

霊児は力を籠めて短剣を押し込み、紫の傘を弾く。
傘を弾かれた事で体勢を崩した紫に再び生まれた隙を突く様に霊児は短剣を振るったが、

「あら、危ない」

短剣が振るわれる事を予想していたかの様に紫は隙間の範囲を拡張し、体勢が崩れた勢いを利用する形で隙間の中に体を完全に入れて隙間を閉じた。
お陰で、

「ちぃ……」

振るわれた短剣は空を斬る結果となってしまい、霊児はまた舌打ちをしてしまう。
二度も攻撃を外してしまったが、一つだけ霊児には分かった事があった。
分かった事と言うのは、隙間が開くのを感知する事が出来ると言うもの。
これならば感知した瞬間に攻撃を加えれば紫にダメージが与えられると思われるかも知れないが、実はそうでは無い。
何故かと言うと、感知して攻撃した隙間の中に紫が居ないと言う可能性や一度に複数の隙間を開いて来ると言う可能性が考えられるからだ。
更に言えば、隙間の中から紫が体を出していなければ攻撃を当てる事が出来ない。
が、それ等は近接戦を仕掛けた場合の話。
近距離ではなく遠距離から攻撃を仕掛ければその限りでは無いと考えた霊児は両腕を広げ、

「夢想封印!!」

体中から七色に光る弾を次々と射出する。
本来であればこれを目標に向けて飛ばすのだが、霊児には別の狙いがあるのと今はその目標が無い事もあってか七色に光る弾は全て霊児の周囲に配置されていた。
幾つもの七色に光る弾を自身の周囲に配置し終えた霊児は、何時隙間が開かれても良い様に周囲を警戒していく。
警戒し始めてから幾らかすると何かを感じ取った為、

「ッ!!」

何かを感じ取った場所に向けて霊児は顔も動かさずに七色に光る弾を一発だけ放つ。
その数瞬後、辺り一面に爆発音が響く。
響いた爆発音から命中した事を確信した霊児は更に攻撃を加え様としたが、

「消えた……」

更なる攻撃を加える前に感じていたものが消えてしまったので、霊児は追加の攻撃を行なうのを止める。
急に感じていたものが消えたのは紫が隙間を閉じたからかと霊児が推察している間に、

「……ッ」

再び霊児は何かを感じ取った。
なので、先程と同じ様に何かを感じ取った場所に霊児は七色に光る弾を一発だけ放つ事にする。
唯、今度は七色に光る弾を放った方向に目を向けながら。
すると、

「取り込まれただと……」

放たれた七色に光る弾は紫の隙間の中に入って行くのが見て取れた。
見て取れたものから判断を誤ったと霊児が思った瞬間、

「ッ!!」

霊児の死角に隙間が開き、隙間の中に入って行った七色に光る弾が飛び出して来たではないか。
死角から自分の攻撃が返された事に気付いた霊児は、自身の周囲に配置している七色に光るの弾の内の一つを死角に向けて放って距離を取る。
霊児が距離を取ったのと同時に二つの弾は激突し、爆発と爆煙を発生させた。
それから少し遅れる様にして届いた爆発の衝撃を霊児は感じつつ、隙間に付いて現時点で分かっている事を纏めていく。
隙間は紫の意思一つで自由に開閉出来ると言うのが一つ。
同時に開く事が出来る隙間の数は十を軽く超えると言うのが二つ。
紫は隙間の中に身を潜めてこちら側からの攻撃を受け付けなくする事が出来ると言うのが三つ。
隙間が開かれていなくても、隙間の中から外の状況を認識する事が出来ると言うのが四つ。
遠距離攻撃を隙間の中に入れ、中に入れた遠距離攻撃を別の隙間から出す事が出来ると言うのが五つ。
分かっているものは以上だ。
一通り頭の中で紫の隙間に付いて纏めた後、霊児は周囲を探ったが、

「何も感じない……また隠れたか」

何も感じられなかった為、隙間の中で紫がこちらの様子を伺っているのだろうと霊児は考えながら次の作戦を立てていく。
同じ様に隙間が現れた時に七色に光る弾を叩き込んでも、同じ様に返されるのがオチだろう。
ではどうするべきかと霊児が頭を回転させた時、

「……ん」

何かを思い付いたが、同時に隙間が開かれたのを感じ取った。
だからか、霊児はタイミングが良い思いながら隙間が開いた場所に向けて霊児は七色に光る弾を一発だけ放つ。
これでは先の焼き回しの様に見えたが、今度は一発目が放たれた少し後に二発目を放った。
と言っても、只七色に光る弾を二発放ったと言う訳では無い。
二発目は一発目に放たれたものよりも弾速が速いのだ。
となれば、当然一発目と二発目の距離は狭まっていく。
そして一発目が隙間の中に入った次の瞬間には二発目も隙間の中に入り、隙間の中で大きな爆発が起こった。
起こった爆発を感じ取った霊児は、軽い笑みを浮かべる。
そう、これが霊児の狙いだったのだ。
二発目に放った弾のスピードを上げる事で一発目に放った弾にぶつけて爆発を起こさせる。
これならば攻撃を返される事は無いし、上手くいけば爆発で紫にダメージを与える事が可能だろう。
そんな霊児の狙いは見事なまでに上手くいったからか、

「く……」

霊児から少し離れた位置に隙間が開かれ、開かれた隙間の中から少しボロボロになった紫が出て来た。
ボロボロと言っても左腕部分の布地が無くなっており、その部分から見える肌が多少ボロボロになっているだけ。
少なくとも、戦闘行動を行なうのに支障をきたす様な怪我は無い様である。

「…………………………………………………………」

出て来た紫の様子から七色に光る弾をぶつけて発生させた爆発は左腕で防御されたのかと言う事を予想しつつ、紫が妖怪の賢者と謳われるだけはあると霊児は思った。
何せ、全力では無かったとは言え今放った夢想封印の爆発を並大抵の者が受けたら戦闘不能になる程をダメージを負うのは確実。
並大抵では無かったとしても、戦闘行動に支障を齎す程のダメージを負うのは必至。
だと言うのに、紫は戦闘行動を行なうのに全く問題無い程度のダメージしか受けていないのだ。
妖怪の賢者と言う二つ名が過大評価では無いと思うのも、当然だろう。
ともあれ、紫の様子から改めてと言った感じで霊児が気合を入れ直している間に、

「……………………………………………………」

紫は傘の先端を霊児に向け、傘の先端から少し太めのレーザーを放つ。
放たれたレーザーは勢い良く霊児へと向かって行ったが、向かって行ったレーザーは霊児と紫の中間地点で突如として枝分かれをして数を増やしていく。
増えた数は、奇しくも霊児が自身の周囲に配置している数と同じであった。
偶然なのか狙ってやったのかは分からないが、霊児は考えるよりも先に迫り来るレーザーを迎撃する為に配置していた七色に光る弾を全て射出する。
そして、レーザーと七色に光る弾は次々とぶつかり合って爆発と爆煙を発生していく。
発生した爆煙が辺り一帯を包み込んだ刹那、爆煙を突っ切る様にして一本のレーザーが霊児へと向かって行った。
爆煙によって視界がかなり不明瞭になったタイミングで、不意打ち気味に放たれたレーザー。
誰しも当たる直前まで反応出来ないと思われるであろうが、

「らあ!!」

霊児は迫り来るレーザーに確りと反応し、レーザーに拳を叩き込んでレーザーを真下に叩き落す。
叩き落されたレーザーは真下に在る石段に激突し、爆発を起こした。
その時、

「ッ!!」

背後から何かが迫って来ているのを霊児は感じ取り、左手に持っている短剣を背中へと持って行く。
同時に、持って行った短剣から強い衝撃が霊児の左手に伝わって来た。
伝わって来た衝撃の正体を確認する為に顔を後ろに向けた霊児の目には、短剣の腹に紫の傘の先端が激突しているのが映る。

「不意打ちに続ける様にして不意打ちか……」

不意打ちを続けて来た紫の戦法に霊児が一寸した感心を抱いている間に、傘の先端からレーザーが放たれ、

「ぐう!!」

霊児は強制的に紫から距離を取らされてしまう。
どんどんと紫と距離が離れて行っている中で、

「……っと」

体を回転させて、霊児はレーザーの射線上から逃れる。
レーザーの射線上から逃れ、強制的に移動をさせられなくなった霊児が体勢を立て直そうとした直後、

「ッ!!」

今までよりもずっと速い速度で霊児の顎付近に隙間が開かれ、開かれた隙間から紫の傘が突き出されて来た。
隙間の開閉速度が大幅に上がっている事に霊児は驚くも、咄嗟に顎を引いて突き出された傘を回避する。
突き出された傘が隙間の中に戻ると霊児は顔の位置を戻し、傘が戻って行った隙間に攻撃を仕掛け様としたが、

「またか!!」

攻撃を行なう前に霊児の脇腹付近に新たな隙間が開かれ、新たな隙間から傘が突き出された。
これでは攻撃を行なう前に傘の直撃を受けてしまうので、霊児は攻撃を中断しながら体を捻って突き出された傘を避ける。
突き出された傘は又もや霊児に避けられてしまったが、そんな事は想定の範囲内と言った動きで傘は引っ込んでいく。
引っ込んだ傘が完全に隙間の中に入ったのと同時に、紫の攻勢が始まった。
攻勢と言っても今の様に隙間の開閉速度を大幅に上げた状態で、隙間から傘による攻撃を連続で繰り出すと言うだけ。
だが、これが中々に効果的なのだ。
何故ならば、霊児が回避行動を取ってから攻撃に移る前に傘による刺突を繰り出せるからである。
故に霊児は攻勢に移れずにいるのだ。
因みに、霊児が攻勢に移れない要因はもう一つある。
それは、隙間が開く場所。
幾ら隙間が開かれる位置が霊児の死角ばかりとは言え、何度も何度も繰り返されれば慣れたり次に隙間が開かれる位置を予測出来る様になると言うもの。
と言うより、霊児程の力があれ回避と攻撃の二つを同時に行なったり隙間が開かれるであろう場所に攻撃を仕込んだりと言った事は容易だ。
しかし、紫は霊児に慣れや予測させない様に時折隙間を死角と言った場所以外に開いて来たのだ。
だからか、霊児は回避行動に徹する以外の手を取れないでいる。
それでも、上下左右前後の全方位からかなりのスピードで繰り出される攻撃を霊児は全て回避していた。
とは言え、この儘霊児が回避行動を取り続けていても状況が変化する事は無いだろう。
状況が変化するとしたら、霊児が反撃を加えるか紫が攻撃パターンを変えるかの二つ。
前者なら兎も角後者の方法で状況が変わったのならば、戦いのペースを紫の手の中に入ってしまう。
隙間を使った神出鬼没を実現している紫相手に、後手後手に回るのは避けたいところ。
そう思い、状況を動かす為に頭を回転させた時、

「……ッ」

霊児の頭にある考えが浮かぶ。
浮かんだ考えと言うのは、何も考えずに自分の勘と本能に任せると言うもの。
あれこれ思考を廻らせてもこの状況から抜け出す手が思い付かなかったのだから、試してみる価値はあるだろう。
これからやる事を決めたからか、霊児は早速と言わんばかりに目を閉じて構えを解いて己が本能と勘に身を任せる。
本能と勘に任せた回避方法でも問題無いと言った感じで、霊児は隙間の中から繰り出される傘による攻撃を避けていく。
が、今までとは違って回避している霊児の動きには何処か余裕が感じられる。
余計な事を考えずに動いているからであろうか。
兎も角、余裕が感じられるだけで今までと変わらない様に思えたその刹那、

「……………………………………………………………………」

霊児は自然な動作で右手を背中へと持って行き、背中に隠し持っている四本の短剣の内の一本を掴んで抜き放つ。
そして、抜き放った短剣をある方向に投擲して霊児は目を開く。
開いた霊児の目には、投擲した短剣が隙間の中へと引っ込んでいく傘に合わせる様にして隙間の中に入って行く短剣の姿が映る。
目に映った光景から次に打つ手を霊児が決めた時、開いていた隙間が閉じ様としていた。
だからか、霊児は決めた事を実行に移す為に二重結界式移動術を発動して投擲した短剣に跳ぶ。
すると、霊児は四方八方が目玉に覆われている空間に出た。
かなり奇怪とも言える空間に出た事で、霊児が何とも言えない感想を抱いている間に、

「なっ!?」

紫は驚きの表情を浮かべてしまう。
紫からしてみたら、投擲された短剣が隙間の中に入って来たと思ったら霊児が現れたのだ。
驚きの表情の一つや二つ、浮べるのも当然と言うもの。
ともあれ、驚いている紫の隙を突くかの様に霊児は投擲した短剣を右手で掴み、

「しっ!!」

左手に持っている短剣を紫に向けて突き出す。

「ッ!!」

突き出された短剣に何とか反応した紫は傘を盾にする様に動かし、繰り出された刺突を防御する。
取り敢えず、防御には成功したものの、

「くう!!」

繰り出された刺突は紫が想定していた以上に重く、紫は体勢を崩してしまう。
これを好機と判断した霊児は刺突に続ける様にして右手に持っている短剣を振り下ろす。
短剣が振り下ろされた事に気付いた紫は、

「くっ!!」

無理矢理体を動かし、後ろに下がる。
そのお陰か、紫は肩の衣服部分を斬られただけの被害で済んだ。
後ろへ下がり、距離が取れた事で紫が一息吐くも束の間、

「今度は……こっちからいかせて貰うぜ」

先程までの意趣返しと言わんばかりに、霊児は一気に紫へと近付いて攻め立て始めた。
右手と左手、両方の手に持っている短剣を連続で振るうと言う方法で。
次から次へと振るわれる短剣を紫は己が傘で防いでいくが、

「く……」

防ぐ度に傘を落としてしまいそうな衝撃が腕に走っていく為、紫は苦痛で顔を少し歪めてしまう。
もし、ここで傘を落としてしまったら。
傘で受けている斬撃は紫自身の身で受ける事になるだろう。
そんな未来を避ける為にも紫は霊児の斬撃を止めさせたいのだが、それは出来ないでいた。
何故ならば、振るわれている短剣が余りにも重過ぎるからだ。
重過ぎるが故に力尽くで短剣を振り払う事が出来ず、重過ぎる故に振るわれる短剣を防ぐ事に集中せざるを得ない。
だからと言って、何時までもこの状況に甘んじている紫ではなく、

「女性を攻め立て続ける何て……紳士のする事かしら?」

突け入る隙を探るかの様に、紫は霊児に軽い会話を投げ掛ける。
投げ掛けられた会話に対し、

「知った事か」

紫との舌戦は不利だと判断している霊児は素っ気無く知った事かと返し、頭を回転させていく。
次の手を決める為に。
今現在の戦況は霊児に取って優位なのだからこの儘攻め立て続ければ良いと思われるであろうが、これを続けるのであれば一つのリスクをどうにかしなければ成らない。
リスクと言うのは、今居る空間が隙間の中だと言うもの。
自由自在と言った感じで紫は隙間の開閉や行き来を可能としているのだ。
となればその自由自在に行き来出来る空間内に何かしらの仕掛けを施していたり、空間内そのものを自由に操ると言った事も可能としているのかもしれない。
あくまでも可能性に過ぎないが、もしこの可能性が合っていたとしたら。
僅かでも霊児の攻撃に余裕を感じられたら確実に状況を打開する為に使って来るだろう。
仕掛けや空間内の操作を。
別にそう言った方法を取られても霊児としては負ける気は無いが、紫の能力は不明瞭な部分が多い。
思わぬ所で足元を掬われたら笑い話にもならないからか、

「しっ!!」

ここいらで勝負を決める事にし、霊児は刺突を放つ。
放たれた刺突を紫は己が傘で受け止めたが、

「くう!!」

刺突を受け止めた衝撃で紫は突き飛ばされ、霊児から離れて行ってしまう。
離れて行った紫を霊児は追い、左手に持っている短剣を振り被る。
今度は傘事叩き斬ってやると言う想いを籠めながら。
そして、霊児と紫の距離が後僅かと言った所にまで迫った瞬間、

「ッ!!」

冥界の景色が紫の背後に広がり、広がった景色の中に紫は身を投じた。
どうやら、紫は冥界と隙間の中を繋げた様だ。
兎も角、目に映った内容から紫が冥界へと逃げたのだと言う事を霊児が認識したのと同時に見えている冥界の景色が狭まっていく。
見えている冥界の景色が完全に見えなくなったら隙間の中から出れなくなると直感的に思った霊児は、右手の短剣を冥界へ向けて投擲する。
投擲された短剣が冥界に入ったタイミングで霊児は二重結界式移動術を発動し、投擲した短剣へと跳ぶ。
投擲した短剣へと跳んだ霊児は短剣を右手で掴み、正面を見据える。
正面を見据えた霊児の目には、体勢を立て直そうとしている紫の姿が映った。
刺突で突き飛ばした影響か、霊児と紫の距離は少々離れている。
今突っ込んで行けば体勢を立て直される前に斬り掛かれそうだが、誘われている様な感じを霊児は受けた。
だからか、霊児は追撃する様な事はせずに右手の短剣を背中の方に仕舞って構えを取り直す。
霊児が構えを取り直してから少しすると、紫も構えを取り直し、

「確りとこの目で見て分かったわ。先と今の移動術……二重結界を応用したものでしょ」

外から隙間の中へ、隙間の中から外へと移動した術を二重結界を応用したものだろうと言う指摘を霊児に行なう。

「ああ、そうだ」

行なわれた指摘に霊児は隠す必要が無いと言わんばかりの声色で肯定の返事をした。
すると、紫は感心したと言った表情を浮かべ、

「やっぱりねぇ。既存の術を応用した術を作るって言う博麗の巫女は何人も居た。けど、貴方の様に防御術である術を移動術にと言った感じで系統を
全くの別物に変えた巫女は居なかったわ」

防御術を移動術にと言った感じで既存の術を全く別の術に変えた博麗の巫女は居なかったと言う事を語る。
語れた内容から、

「……その口振りだと、過去の博麗の巫女と係わり合いでもあったのか?」

紫は過去の博麗の巫女と係わり合いがあったのかと推察した霊児に、

「あら、これでも何人もの博麗の巫女に修行を付けて上げた事も在るんですのよ」

係わり合い処か修行を付けた事も在ると言う情報を霊児に教えた。
八雲紫と過去の博麗の巫女の一寸した関係を知り、

「へぇ……」

霊児は少し驚いたと言った表情になる。
文の様に過去の博麗とある程度の交友関係が在ったと言うのでは無く、師弟の様な関係であったと言う情報を知ったのだ。
驚きの表情の一つや二つ、浮べもするだろう。
ともあれ、これ以上会話を続けても意味は余り無いので、

「……しっ」

霊児は一気に紫との距離を詰め、短剣を振るった。
しかし、

「ち……」

振るった短剣は空を斬る結果に終わってしまう。
何故かと言うと、振るわれた短剣が紫に当たる前に紫は何時の間にか開いていた隙間の中に身を潜めてしまったからだ。
攻撃を空振った霊児は体勢を立て直し、改めて思った。
厄介な能力であると。
何時如何なる状況下でも瞬時に、基本的に相手が進入不可能な逃げ道を作られては攻め切れないし体勢を立て直す機会や回復の機会を容易に与えてしまう。
おまけに、相手が放った遠距離攻撃などを隙間の中に入れてその儘相手に返すと言った事もして来る。
この能力さえ無かったらとっくに決着は着いていたであろうが、それを言ったところで詮無き事。

「…………………………………………………………」

少々思考がずれ始めて来た事を自覚した霊児は頭を軽く振り、

「さて、どうするか……」

どう戦うべきかを思案していく。
流石に紫も同じ手を何度も使って来ないであろうが、隙間の中に引き込まれたら少々面倒だ。
何とか紫を隙間の外に出し続ける方法は無いかと言った感じで霊児が頭を捻らせていると、

「あれは……」

斜め上空の方から一本の巨大なレーザーが向かって来ているのが霊児の目に映った。
向かって来ている巨大なレーザーに対処する為に構えを取った時、

「……いや、違う」

霊児は気付く。
向かって来ているのは巨大なレーザーでは無く、無数のレーザーだと言う事に。
どうやら、無数のレーザーが密集していた事で一本の巨大なレーザーに見えていた様である。
それはさて置き、紫は無数のレーザーを一本のレーザーの見せ掛けると言う手法を取って来たのだ。
何かあると霊児は判断し、警戒を若干強めた瞬間、

「ッ!!」

全てのレーザーが枝分かれをし、ありとあらゆる方向から霊児へ向かって行く様な進路を取った。
おそらく、霊児の意識を巨大な一本のレーザーに集中させ様としたのだろう。
巨大な一本のレーザーだと思っている相手に、行き成り無数のレーザーが襲い掛からせると言う作戦は不意を突くには持って来いだ。
しかし、その不意を突く作戦が霊児にも通用すると言う訳では無く、

「……舐めるなよ」

舐めるなと言う一言と共に霊児は短剣を超スピードで何度も振るい、迫り来る無数のレーザーを短剣で斬り払い始めた。
息を吐く暇も無いと言う勢いと速さで短剣を振るいながら、霊児は神綺と戦った時の事を思い出す。
神綺と戦った時も、今の様に大量のレーザーを斬り払うと言う場面が在った。
あの時は神綺の放つレーザーの威力が強過ぎて緋々色金製の短剣が破損すると言う事態に陥ったが、今回その兆候は全く見られない。
加減しているのか、それとも八雲紫は創造神と肩を並べる程の力を有していないのか。
今までの戦況から考えるに創造神の様な絶大な力を有してはいないと考えるのが妥当であるが、そう思わせる様に力を抑えていたと言う可能性も完全には捨て切れない。
だからか、油断だけはしない様にと言う事を霊児は心の中で誓った。
その刹那、

「なっ!!」

レーザーの雨を突っ切る様にして、何かが物凄い速度で霊児の正面に突っ込んで来た。
突っ込んで来た何かは、上半分の殆どが硝子で覆われている巨大な鉄の塊。
斜め上空から降り注ぐレーザーの雨を斬り払っているこのタイミングで、巨大な鉄の塊による突撃。
レーザーを斬り払っている要領で鉄の塊に短剣を叩き付けても弾けないと判断したからか、

「ッ!!」

斬り払うと言う行為を止め、霊児は短剣を突っ込んで来ている鉄の塊に突き刺す。
短剣を突き刺したお陰で巨大な鉄の塊の進行を止める事は出来たが、

「づぅ!!」

斬り払う事を止めたと言う事で、今まで斬り払われていた無数のレーザーが霊児の体に降り注いでいく。
レーザーが幾ら直撃しても霊児は大したダメージを負ったりはしないであろうが、問題はレーザーを受けた時に発生する衝撃。
百発二百発程度ならまだしも、千や万を超えるレーザーをまともに受けては流石の霊児も体勢を崩してしまう。
もし体勢が完全に崩れてしまったら、霊児は短剣を掴んでいる手を離してしまうかもしれない。
そうなったら最後、霊児の力で進行を止めている巨大な鉄の塊は再び進行を始めて霊児を跳ね飛ばすであろう。
巨大な鉄の塊に跳ね飛ばされた程度で霊児がどうこうなったりはしないであろうが、跳ね飛ばされた事で生まれた隙を紫が突いて来るのは確実。
只でさえ紫の能力の詳細がまだまだ不明瞭である以上、下手にペースを持って行かれたら戦況を引っ繰り返される可能性が在る。
となれば、その突く隙を生み出させ無い様にすれば良いと考えた霊児は、

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

体中から霊力を解放した。
霊力が解放された事で霊児の体中から青白い光が溢れ出し、溢れ出した光は降り注いでいるレーザーを全て弾き飛ばしていく。
体にレーザーが降り注がれなくなった事で体勢が崩される心配が無くなったからか、霊児は短剣を突き刺して動きを止めている巨大な鉄の塊に付いて思考を廻らせる。
巨大な鉄の塊から短剣を引っこ抜いて離脱しても良いのだが、そうなると巨大な鉄は再び紫に利用されるであろう。
態々紫に攻撃手段の一つを残してやる必要も無いので、霊児は巨大な鉄の塊を破壊する事を決めて右手を背中に持って行く。
そして、再び背中に隠し持っている四本の短剣の内を一本を引き抜く。
新たに引き抜いた短剣を霊児は既に突き刺している短剣の真下に突き刺し、突き刺している二本の短剣に霊力を送り込んで短剣から霊力で出来た刃を生成させる。
無論、只霊力で出来た刃を生成した訳では無い。
生成した刃の刀身を伸ばし、霊児は霊力で出て来た刃を巨大な鉄の塊に貫通させ、

「そら!!」

左手の短剣を斬り上げ、右手の短剣を斬り下ろす。
すると、巨大な鉄の塊は真っ二つに成って霊児の両隣を抜けて行く。
巨大な鉄の塊の突撃を上手く捌いた事を実感しながら霊力で出来た刃を消した時、霊児はある事に気付いた。
気付いた事と言うのは、巨大な鉄の塊の中に椅子が沢山在ると言う事。
何で巨大な鉄の塊の中に椅子がと言う疑問を抱きながら自分の両隣を抜けて行ったそれに体を向けた霊児の目に、

「あ……」

真っ二つに成った巨大な鉄の塊が隙間の中に入って行くのが映った。
真っ二つに成ったとしても、まだまだ利用価値が在ると言う事だろうか。
こんな事なら真っ二つにした後に霊力で出来た弾でも放って完全に破壊するべきだったかと言う軽い後悔をしていると、

「……ん?」

雨の如く降り注いでいたレーザーが止んでいる事に霊児は気付いた。
単純に放つのを止めたのか、それとも残りの妖力が不安になったのか。
理由はどうであれ、レーザーの雨が降らなくなったと言う事で霊児は霊力の解放を止める。
そのタイミングで、

「驚いた。まさか、今のでも仕留められない処か掠り傷一つ負わせられないとはね。本当に……強いわね。圧倒的なまでに」

霊児が居る位置よりも少し高い場所に隙間が開かれ、開かれた隙間の中から紫が現れて霊児の強さを称賛する言葉を発した。
現れた紫に霊児は警戒した視線を向けつつ、

「生憎、強くなければ博麗何てやってられないからな」

強くなければ博麗はやっていられないと返し、

「それに、俺は負けてやれないんだよ。今も昔も……そしてこれから先もな」

今も昔もこれからも自分は負けてやれないのだと続ける。

「そう……」

返された内容を受け、紫は何かを考える様な体勢を取った。
紫が取った体勢を見て、何か仕掛けて来るかと考えた霊児は全身に軽く力を入れて改めて紫の状態を確認しに掛かる。
確認した霊児の目には、

「ん……」

紫の肩から血が流れているのが映った。
映った光景から何時肩から血を流させる様な攻撃を当てたかと言う事を考え様とした霊児の頭に、つい先程の出来事が思い浮かぶ。
思い浮かんだ出来事と言うのは、巨大な鉄の塊を真っ二つにした時の事。
あの時、霊児は短剣から生成した霊力で出来た刃を思いっ切り伸ばした。
おそらく、その伸ばした刃が紫の肩に当たったのだろう。
想定外のダメージを与えられて霊児はラッキーだと思いつつ、ある事を考えた。
遠距離攻撃ではなく、近距離技の中で射程を伸ばす事を可能としている技を使えば隙間で攻撃などを返されずに済むのでは無いかと言う考えを。
無論、伸ばし過ぎたら遠距離攻撃を返された時と同じ様な状況になるのは確実なのでそこは注意しなければならないだろう。
また紫が隙間の中に身を潜め、隙間からの攻撃をし始めたら考えた事を実行に移そうと言う予定を霊児が立てている間に、

「……もう十分ね」

もう十分と言う台詞を紫は呟き、構えを解いた。
突如として構えを解いた紫に霊児は訝し気な向けつつ、警戒を強める。
そんな霊児を見て、

「私に戦う気はもう無いわ」

はっきりと、もう戦う気は無いと言う意思を紫は霊児に伝えた。
伝えられた内容が本当なのか嘘なのか。
今一つ、霊児は判断し兼ねていた。
だからか、

「私が言った事は本当よ。貴方の強さも人となりも大体解った。これ以上貴方と戦う理由が私には無いのよ。それに、これ以上戦ったら私の怪我が増えるだけに
なるでしょうしね」

再度、紫は霊児にこれ以上戦う気は無いと言う意思を伝える。

「…………………………………………………………………………」

今一つ伝えられた事を信じ切れなかったが、紫は構えを解いてるし戦意も感じられ無いと言う事もあり、

「……取り敢えず、その言葉を信じてやるよ」

取り敢えず紫が伝えて来た事を霊児は信じる事にし、両手に持っている短剣を左腰と背中に戻して構えを解く。
お互い戦闘体勢を時、一息吐こうとした時、

「霊児ー!!」

霊児の背後から霊児の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
自分を呼ぶ声に反応した霊児が振り返ると、魔理沙、アリス、妹紅、咲夜の四人が近付いて来る様子が霊児の目に映る。
四人が近付いて来るに連れ、四人共それなりにボロボロである事が分かった。
分かった事から向こうはそれなりに激戦だったのかと言う感想を霊児が間に、四人は霊児の直ぐ近くにまで来た辺りで進行を止め、

「霊児、大丈夫だったか!? 怪我とかしてないか!?」

魔理沙は霊児に怪我などがしてないかと尋ねる。
尋ねられた事に対し、

「俺は無傷だけど……お前等はそうじゃないみたいだな」

無傷だと言う答えを霊児は返しつつ、四人は怪我を負っているんだなと言う事を口にする。
怪我と言ってもそれ程重い怪我を負っている訳では無く、所々破けている衣服から見える肌が傷付いていたり、血が流れていたり、痣になってたりする程度。
尤も、そう言った傷などが見られるのは魔理沙、アリス、咲夜の三人だけであり、妹紅の破れた衣服から見える肌には傷と言ったものは一切見られない。
不老不死の蓬莱人である妹紅に取って、大きな怪我でも無ければ直ぐに回復するのであろう。
ともあれ、怪我を負っている指摘されたからか、

「まぁ、相手は九尾の妖狐だったからね。手古摺りもするわ」
「四対一だったからこの程度で済んだけど、そうじゃなかったらこの程度では済まなかったでしょうね」
「力もそうだが、頭もかなり回ってたな。戦い始めて直ぐに私達の得意分野を把握して、それに合った戦い方をして来たし」

アリスと咲夜と魔理沙の三人は溜息混じりにそんな事を漏らす。
漏らされた発言から察するに、四人と藍の戦いは結構な激戦であった様だ。
そう漏らした三人が藍との戦いを思い返している間に、

「と言うより、私達は四対一でこれだったのに霊児は一対一でも無傷で勝ったしょう。しかも、かなりの余裕を持って。貴方、本当に人間?」

少し呆れ顔になった妹紅が、霊児は本当に人間かと言う疑念を抱いた。

「失敬な。俺は純度100%の人間だ」

抱かれた疑念に霊児は心外だと言わんばかりの表情で、自分は純度100%の人間だと言う主張を行なう。
妹紅と霊児が一寸したふざけ合いをしていると、

「でも、霊児が無事で良かったぜ。ここに来るまでに物凄い光が見えたり大きな爆発音が聞こえて来たりしてたからさ」

改めて霊児の風貌を見ていた魔理沙が、霊児が無事で良かったと言って安心した表情になる。
幾ら霊児自身が無傷だと主張しても、自身の目で霊児の無事を確認しないと魔理沙としては安心出来なかった様だ。
兎も角、どちらも無事に戦いを勝利で終わらせられる事が出来たからか、

「さて、この後はどうしましょうかしら?」
「じゃ、宴会でも開くか?」
「だったら一旦帰って着替えないとね。私達の服、ボロボロだし」
「宴会開くのは良いが……何所で開くんだ?」
「そりゃ……霊児の神社じゃない? 良く皆が集まる場所だし」

咲夜、魔理沙、アリス、霊児、妹紅の五人はこれからの予定に付いての話しを始めた。






















霊児達が話し合いを始めた辺りで、紫は霊児達から少し離れ、

「藍、居るかしら?」

ポツリとそう呟く。
すると、

「ここに」

頭を下げた藍が紫の傍に現れた。
自身の傍に現れた藍に紫が顔を向け、

「あら、随分ボロボロになったわね」

随分ボロボロになったなと言う指摘をする。
指摘された藍の服はボロボロで、ボロボロに成っている部分から見える肌には傷や血と言ったものが幾つも見られた。
ボロボロと言われても否定出来る要素が皆無である為、

「申し訳ありません」

言い訳を一切せず、藍は謝罪の言葉を述べる。
謝罪の言葉を述べられた紫は、

「それ位、別に構わないわ」

少しも気にしていないと言った声色でそう言って体全体を藍の方に向け、

「……強かった?」

強かったかと言う問いを投げ掛けた。

「はい。一人は魔法使い、三人は人間……内一人は不老不死でしたが四人とも相当な強さを誇っていました。油断した積りはありませんでしたが、結果は
紫様もご存知の通り。それと、自分の未熟さを主張する様であれなのですが一対一なら勝てたと言う保障も在りませんでした」

投げ掛けられた問いに藍は素直に自分なりの感想を答え、顔を上げる。
その時、

「ッ!? 紫様、お怪我を!!」

紫が怪我をしている事に藍は気付き、慌てて紫の怪我の度合いを確認しに掛かろうとした。
何やら紫が怪我をしている事を知った藍が慌て始めた為、

「落ち着きなさい。この程度の傷、大した事はないわ」

騒ぐ程の傷では無いと言って紫は藍を落ち着かせる。
取り敢えず、今の言葉で落ち着けたからか、

「あ、はい」

藍ははいと言う返事と共に姿勢を正した。
その後、紫は楽しそうに話している霊児達に目を向ける。
それに釣られる様にして、藍も霊児達の方に目を向けた瞬間、

「……彼、強かったわね」

一言、霊児は強かったと言う発言を紫は零す。
零された発言に反応した藍は、

「はい。彼と供に来ていた者達も相当な強さを有していましたが、彼はその強さを全く寄せ付けない程の強さを誇っていました。おそらくですが、彼の
強さはまだ発展途上にあるかと」

肯定の返事と共に霊児の強さに関する自分なりの推論を述べる。

「そうね。更に言えば、私や藍との戦いでも彼は強さの底を全く見せていなかった」

述べられた藍の推論に紫は自分も異論は無いと言う事と、一寸した補足を言い、

「彼が創造神に勝っただとか、創造神と対等に渡り合ったと言う話。彼の強さをこの見るまでは話半分程度に思っていたけど、その強さを直接見たら
話半分程度では済まされないわね」

博麗霊児が創造神と互角の力を備えていると言う話の信憑性がかなり増したと言う様な事を口にした。
口にされた内容で霊児の強さに関する話題に一段落付いたと藍は判断し、

「それで……彼への今後の対応は如何なさいますか?」

今後、博麗霊児に対応はどうするのかと言う事を紫に聞く。

「彼の人となり……貴女から聞いた事と直接相対した印象から、問題無しと判断したわ」

すると、紫は少し真面目な表情を浮かべながら問題無しだと答え、

「この答えは貴女も予想出来てたんじゃない?」

今、自分が出した答えは藍も予想出来ていたのではと尋ねる。

「ええ、まぁ。彼からは下種な人間の臭いはしませんでしたし」
「下種な人間では無いにしても、女ったらしには見えそうよね。彼」

尋ねられた藍が肯定の返事と紫が出した答えを予想出来た理由を答えると、紫は下種な人間では無いにしても女ったらしには見えそうだと言ってのけた。
男一人に女四人が仲良さそうにしている。
確かに、この状況だけを見たら女ったらしに見えても仕方が無いのかも知れない。
とは言え、少し様子を見ていたら只の女ったらしには見えなかった為、

「まぁ、彼の場合は英雄色好むと言うよりは色が英雄を好んでいるんでしょうけど。それと、彼には色んな存在を惹きつける魅力が有るんでしょう。過去の
博麗の巫女にも色々な存在を惹き付けるのが何人か居たし」

訂正するかの様に紫は霊児の場合は色が英雄を好んでいるのだろう言う事と、様々な存在を惹き付ける魅力が有るのだろうと言う事を漏らす。
漏らされた内容が耳に入れた藍は、

「確かに。彼はあの者達以外にも大天狗、烏天狗、白狼天狗、神、河童、魔法使い、吸血鬼と言った様な者達とも繋がりが在る様ですしね。更に言えば、
あの風見幽香も彼と結構深い繋がりが有ると聞き及んでいますし」

同意しながら霊児と繋がりがある者達を簡単ではあるが述べ、

「それで、これから如何なさいますか?」

これからどうするのかと言う事を紫に問う。

「帰りましょう。彼と戦って、戦いで彼に勝てる可能性は限り無く零に近いと言う事が分かった。けど、同時に彼が危険人物でも無いと言う事も分かった。
おまけに、彼の人となりも凡そではあるけど把握出来た。彼と戦う事で欲しかった情報の大体を得る事が出来たし、もっと……と言った感じで欲を掻くと
火傷しちゃいそうだしね」

問われた紫は欲しかった情報の大体は手に入れる事が出来たので帰ろうと言い、自身の背後に隙間を開く。
開かれた隙間を見て、

「……処で紫様、冥界の結界の修復はもう済まされたのですか? 私が確認出来る範囲では、私が修復した後と変わらない様に感じられるのですが」

冥界の結界の修復は済ませられたのかと言う疑問を藍は紫に投げ掛ける。
その瞬間、

「あ……」

紫は何かを思い出したかの様な表情を浮かべた。
どうやら、霊児との戦いで冥界の結界修復の事を忘れていたいた様だ。
ともあれ、冥界の結界は修復しなければならないので、

「はぁ……仕方無い、さっさと終わらせましょうか」

気だるそうな表情を浮かべながら紫は開いていた結界を閉じ、冥界の結界修復に向って行った。























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