冥界で霊児が八雲紫と戦ってから、何日か過ぎたある日の事。
霊児は、

「はぁー……平和だ……」

縁側で茶を啜りながら平和だと漏らす。
あの戦いの後、紫はキチンと冥界の結界の修復を行なった。
だからか、今現在の博麗神社の敷地内に幽霊は一体も見当たらない。
と言うより、幻想郷中に大量に蔓延っていた霊達が大幅に数を減らしたのだ。
幽霊達の数が大幅に減ったと言う現状を見たら、冥界の結界は直ったと判断しても良いだろう。
おまけに、今日は青い空に流れる白い雲と言う典型的な晴れの天気。
だからか、霊児はこれが本来あるべき日の姿だと言わんばかりの表情を浮かべ、

「あー……一生こんな平和な日が続けば言う事はないんだけどな……」

そんな事を口にしながら小皿の上に乗せてある煎餅を手に取り、齧る。
そして、今日はこうやってダラダラ過ごす以外に何をするべきかと考えていく。
先ず始めに日課である修行に付いての事が霊児の頭に思い浮かんだ。
だが、今から修行をすると言う気にはなれなかった。
なので、本日の修行は日が落ちてから行なおうと言う予定を霊児は立てつつ、

「畑への水も……問題ないな」

畑に撒く水の事を考えたが、直ぐに問題無いと言う結論を下した。
畑への水遣りはにとりが作った全自動水遣り機が済ませているし、それを行う為に貯蔵されている水の量も余裕がある。
この事から、畑関連の事を霊児は頭から追い遣ろうとしたが、

「……と、そう言えば少し畑が痩せてたな」

ふと、畑が少し痩せこけていた事を思い出す。
思い出した事から、人里に行って肥料でも買って来ようかと言う選択肢が霊児の頭に思い浮かんだが、

「……あ、静葉と穣子が来てくれれば買いに行く必要は無いよな」

そのタイミングで、静葉と穣子と言う秋姉妹の存在も霊児の頭に思い浮かんだ。
秋姉妹、取り分け"豊穣を司る程度の能力"を有している穣子が居れば肥料など無くても畑は勝手に肥えていく。
しかし、

「でも、春である今の時期にあいつ等来てくれるかね……」

それは秋姉妹が博麗神社に来たらの話。
秋以外の季節では、秋姉妹の二柱は活動的とは言い難い。
春である今の季節に秋姉妹が都合良く来てくれるのかと問われたら、首を傾げてる処か首を横に振ってしまうのは確実。
秋以外の季節で秋姉妹がやって来る事を期待すると言うのは、無駄であろう。
が、何事にも例外と言うものが存在する。

「まぁ、秋じゃなくても冬の忘年会と新年会には毎年必ず来るけど……それまで待ってる訳にもいかないしな……」

例外と言うのは、年末年始に博麗神社で開かれる忘年会と新年会の事。
忘年会と新年会に関しては、冬だと言うのに秋姉妹は毎年必ず参加しに博麗神社へとやって来るのだ。
とは言え、二柱が必ずやって来る年末年始まで待つと言う気は霊児には無い。
やはり大人しく人里に肥料を買いに行くべきかと言う思考が頭に過ぎった時、

「……そうだ」

秋姉妹を呼び寄せる方法を霊児は思い付いた。
思い付いた方法と言うのは、神降ろしの応用で静葉と穣子の二柱を召喚すると言うもの。
本来、神降ろしを行なうにはそれ相応の準備や儀式が必要になって来る。
であるなば、これからその準備をするのかと思われるかも知れないがそんな事は必要無い。
何故かと言うと、霊児は準備や儀式をしなくても神降ろしをする事を可能としているからだ。
後は、それは実行に移すか否か。
少しの間、霊児はその事に付い思案した結果、

「…………やっぱり止めるか。そんな気分じゃないし」

気分では無いと言う理由で静葉と穣子の二柱を召喚する事を止める。
では、一番最初に頭に思い浮かんだこれから人里に肥料を買いに行くと言う方法を取ると言う選択肢しか残っていないのだが、

「……でも、これから買いに行くって言うのも気分じゃないんだよなぁ」

これまた気分じゃ無いと言う理由で、霊児はこれから人里に行く気にはなれなかった。
だが、秋姉妹の力を使わずに痩せた畑をどうにかするには肥料が必要。
何とか一切の労力を払わずに肥料を手に入れる方法は無いかと霊児は模索し様とした刹那、

「……あ、そうだ。お守りやお札を売りに言った時の帰りに買えば良いのか」

お守りやお札を売りに行った帰りに肥料を買えば良いと言う考えが頭に過ぎった。
流石にこれから人里に行って商売しに行く気は無いが、畑の土に関しては急を要すると言う訳では無い。
ならば、人里に商売しに行く時に肥料を買っても何の問題も無いであろう。
余り日を跨ぎ過ぎてもあれなので、三日以内に商売しに人里へ赴く事を決め、

「後は……」

他に何か懸念事項の様なものはあったかと言った感じで庭先に視線を向けると、霊児の目に花壇が入った。
目に入った花壇を少し観察し、水はもう遣ったなと言う事を思っていると、

「あ、もう芽が出てる」

花の芽が出ている事に霊児は気付く。
余談ではあるが、花壇に植えられている花の種は少し前に幽香から渡されたもの。
因みに花を育てる事に関して、霊児は結構真面目にやっている。
下手な育て方をして幽香の怒りを買い、博麗神社が倒壊し様ものなら笑い話にもならないからだ。
ともあれ、育てている花に目が行っているからか、

「……しっかし、最初は幽香にノコギリソウを渡されてその後に幽香対策で花を育てる事になったんだよなぁ。花が在れば、神社で幽香が戦いを吹っ掛けて
来ないだろうって感じで。けど、何時の間にか花を育てる事を結構楽しんでるんだよな。人生、本当に分からないものだぜ」

花を育てると言う行為に付いて抱いていた感情が変化していった事を霊児は思い返し、茶を啜る。
そして、茶を啜り終えると空になった湯飲みを床に置き、

「ふぅ……」

一息吐いて空を眺め始めた。
青い空に流れる白い雲を。
特に何かを考えると言った事をせず、霊児が空を眺め始めてから幾らか経った頃、

「こんにちは」

何者かの来訪を告げる声が霊児の耳に入って来る。
入って来た声に反応した霊児は視線を空から声を聞こえて来た方に移し、

「幽香……」

自身に声を掛けて来た者の名を口にした。
そう、来訪者と言うのは風見幽香であったのだ。
幽香がやって来たのは先程、花壇の花から幽香の事を連想したからだろうか。
と言ったどうでも言い推察を霊児がしている間に、

「あら、私の様な良い女が会いに来て上げたんだからもっと嬉しそうな顔をしなさいな」

見れば誰もが見惚れる様な笑みを幽香は浮かべ、自分が会いに来たのだからもっと嬉しそうな顔をしろと言う。
浮べられた笑みを見た霊児は何か嫌なものを感じるも、

「……何の用だ?」

単刀直入にと言った感じで幽香に何の用かと尋ねる。

「あら、釣れない反応」

霊児の反応が今一だったからか、幽香は若干不満気な表情になってしまった。
が、直ぐに表情を普段通りの者に戻し、

「ここ最近、一寸運動不足なのよね」

尋ねられた事に対する答えとして、一寸運動不足だと言う事を述べる。
述べられた答えから幽香が何を望んでいるかを霊児は理解出来てしまったのだが、一抹の希望に縋るかの様に、

「……つまり?」

もう少し直接的な表現で言う様に促す。

「私と遊んで欲しいのよ」

促された幽香は、自分と遊んで欲しいのだと言う事をはっきりとした声色で霊児に伝える。
無論、遊んで欲しいと言うのは言葉通りの意味では無く自分と戦えと言うもの。
それまで直接的な表現で言えと促したり言葉通りの意味で受け取ったりする程、霊児は幽香との付き合いは浅くは無い。
兎も角、理解した事が正しかったと霊児が思った時、

「勿論、付き合ってくれるわよね?」

再び見る者を全て魅了するかの様な笑顔を幽香は浮かべ、霊児に勿論付き合ってくれるのだろうと問う。
しかし、

「選択権を与える気が無い癖に良く言うぜ」

問うたと言っても、霊児に選択権は存在してはいない。
仮にここで断ったとしても、幽香は必ず霊児が自分と戦う道を選ぶ様に仕向けて来る。
例えば、博麗神社に攻撃を加えると言った方法で。
博麗神社に被害を出さない為にはどう足掻いても幽香と戦わなければ成らないので、

「はぁ……」

平穏は何所に行ったと言う想いを籠めた溜息を霊児は一つ吐き、立ち上がって縁側から少し離れた位置に移動する。
縁側からある程度離れられた位置まで来ると足を止め、霊児はポケットに手を入れて夢美から貰ったグローブを取り出す。
取り出したグローブを手に着けた瞬間、霊児はある事を思い出した。
思い出した事と言うのは、花壇の存在。
風見幽香と言う妖怪は、花を何よりも大切にしている。
そんな妖怪が花壇が近くに在るこの状況で花壇を、花を巻き込む様な戦い方をするであろうか。
答えは否。
風見幽香は絶対に花を巻き込む様な戦い方は絶対にしないと言う確信が霊児にはあった。
ならば、今回の幽香との戦いでは軽い運動程度のものになるのではと霊児は考え、

「さて……」

左手で左腰に装備している短剣を取り出し、構えを取る。
構えを取った霊児を見て、準備は整ったのだと判断した幽香は傘を構え、

「いくわよ」

いくわよと言う言葉と共に一瞬で霊児との間合いを詰めて傘による刺突を繰り出す。
繰り出された刺突をを霊児は短剣の腹で受け止め、

「……っと」

幽香との力比べに入る。
暫しの間、霊児と幽香は力比べをしていたが、

「……しっ」

唐突に力比べを止めるかの様に幽香は半歩後ろに下がり、左足で霊児の頭部目掛けて蹴りを放って来た。
急襲と言った感じで放たれた蹴りを霊児は涼し気な表情を浮かべながら右腕で防ぎ、

「せい」

間髪入れずに幽香の胴体目掛けて蹴りを放つ。
だが、蹴りが放たれる事を察知していたかの様に幽香は後ろに跳んで霊児の攻撃を回避する。
後ろに跳んで回避された事で幽香との距離が離れてしまったので、霊児は幽香を追う為に地を駆けて行く。
地を駆けている最中に幽香が地に足を着けたので、霊児は幽香との間合いを一気に詰め、

「……ッ」

短剣を連続で振るう。
次から次へと振るわれる短剣を幽香は全て己が傘で受け止めつつ、

「そう言えば、今年の冬は妙に長かったけど異変でも遭ったの?」

ふと、今年の冬が長かったと言う話題を出す。
出された話題に返す様に、

「ああ、春度って言うのを幻想郷中から奪って言った奴等が居てな。そのせいで幻想郷に春が来るのが遅れたんだ」

異変が起こっていた事と異変の詳細を幽香に教えながら、霊児は短剣を横一閃に振るう。
横一閃で振るわれた短剣を幽香は跳躍する事で避け、

「傍迷惑な奴も居たものねぇ」

急降下しながら傘を叩き下ろす。
叩き下ろされた傘に合わせる様にして霊児は短剣を振るい、短剣を傘に激突させる。
すると、

「でもまぁ、そのお陰で冬の花は長く見れたのよね」

激突された短剣の衝撃を少し自分に通して幽香は浮かび上がり、体勢を整えながら霊児と背中合わせになる様な形で地に足を着け、

「反面、春の花を見られる時間が短くなるのだけどね」

地に足を着けたのと同時に幽香は振り返る様にして傘を振るう。
振るわれた傘を霊児は上半身を前方に倒す事で避け、

「花で思い出したんだが、前に俺に渡した花の種は何の花の種だったんだ?」

上半身を前方に倒した儘の体勢で幽香に向けて蹴りを放つ。

「鈴蘭の花の種よ」

放たれた蹴りを幽香は腕で防御し、蹴りの威力を利用する形で霊児から距離を取る。

「鈴蘭の花?」

放った蹴りを利用して幽香が離れて行ったのを感じ取った霊児は上半身の位置を戻し、体勢を立て直して振り返ると、

「そう、鈴蘭の花。因みに花言葉は幸福の再来。貴方の幸福を祈って鈴蘭の花の種を持って来たの。優しいでしょ、私」

幽香も既に体勢を立て直しているのが目に映った。

「今、この状況の何処に幸福が在るのかを聞きたいな」
「あら、私の様な良い女の相手が出来てるのよ。十分に幸福じゃない」

今の状況の何処に幸福が在るのかと言う疑問を抱いた霊児に、幽香はそう言いながら傘を投擲する。
傘を投擲すると言う方法を取って来た幽香に霊児は少し驚くも、短剣を振るって傘を弾き飛ばす。
その刹那、霊児は右手を後頭部に持って行き、

「やっぱり防がれちゃったか」

後頭部に迫って来た幽香の足を掴む。
不意打ちとも言える攻撃を防がれたと言うのに幽香は全く気にした表情を浮べず、弾かれた傘を右手で掴み、

「所詮は貴方の技、二重結界式移動術の劣化コピーね。普通に動きは追われてたし……直接移動するのでは無く、タイムラグゼロのワープ位は出来ないと
使えないわね、これ」

所詮、霊児の二重結界式移動術の劣化コピーだと言う愚痴を零す。
零された愚痴に思うところがあったからか、

「厳密に言えば、俺の二重結界式移動術はワープとは一寸違うんだけどな」

自分の二重結界式移動術はワープとは違うと言う事を霊児は口にし、幽香を前方に投げる。
投げられた幽香が空中で体勢を立て直しながら優雅に着地した時、霊児は左手に持っている短剣を幽香に向けて投擲した。
投擲されて自身に向かって来る短剣を幽香は傘で弾き、弾かれた短剣に目を向ける。
どうせ、今弾いた短剣に跳ぶのだろうと予想しながら。
しかし、そんな幽香の予想は外れ、

「ッ!?」

霊児は幽香の足元付近に現れた。
予想外の場所に現れた事で幽香が驚いている間に、霊児は地面に突き刺さっている短剣を右手で引き抜き、

「しっ!!」

引き抜いた短剣で、幽香の顎を目掛けて斬撃を放つ。
寸前で気付いた幽香は顎を引く事でその斬撃を回避し、後ろに跳んで霊児から距離を取る。
霊児からある程度距離が取れた位置に来ると、幽香は霊児に顔を向け、

「最初に投擲した短剣は囮……と言う事ね」

弾かれた短剣を左手で掴んだ霊児に自身の推理を伝えた。

「ああ、そう言う事だ」

伝えられた推理が正しい事を霊児は呟き、右手に持っている短剣を背中に仕舞ったタイミングで、

「貴方は基本的に短剣一本で戦っているから、少し油断したわ」

霊児の基本的な戦闘スタイルが短剣一本なので少し油断したと言う事を幽香は零し、構えを解いて精神を集中し始める。
精神を集中し始めた幽香を見て、何か仕掛ける気だと判断した霊児が少し警戒していると、

「な…………」

幽香が一人増えた。

「貴方に見せるのは、初めてだったかしら?」
「私はこんな風に分身する事が出来るのよ」

その事に霊児が驚いている間に二人の幽香は自分が分身出来る事を教え、左右に散開する。
そして、霊児の両サイドに現れて傘を同時に振るう。
振るわれた傘を避ける為、霊児は前方へと飛び込む。
飛び込んだ勢いを利用して前転を行ない、反転しながら立ち上がった霊児の目には、

「ッ!!」

傘の先端が眼前にまで迫って来ているのが映った。
それを反射的に動かした短剣の腹で受け止めた瞬間、

「なっ!?」

もう一人の幽香が霊児の足を払う様にして傘を振るって来たではないか。
何もしなければ振るわれた傘が足に当たってしまうので、霊児は両足を浮かび上がらせる。
両足を浮かび上がらせたお陰で足元への攻撃を避ける事が出来たが、

「くっ!!」

踏ん張りが効かなくなった為、霊児は突き飛ばされてしまった。
突き飛ばされた霊児は地に足を着けて少しずつ減速していく。
しかし、減速している最中に霊児は何かを感じ取り、

「……ッ」

背後へと顔を向ける。
顔を背後へと顔を向けた霊児の目には、自身の得物である傘を大きく振り被っている幽香の姿が映った。
この儘では、完全に止まり切る前に幽香の傘が霊児に叩き込まれてしまう。
かと言って、振り返って短剣で防御するには時間が僅かに足りない事を霊児は理解していた。
だからか、霊児は短剣を真横に投擲して幽香が振り放った傘が自分の体に激突する直前に二重結界式移動術を発動する。
勿論、二重結界式移動術で跳んだ先は投擲した短剣だ。
ともあれ、投擲した短剣の近くに跳んだ霊児は短剣を左手で掴み、

「気付いてるぜ」

正面から迫って来ている傘を迎撃する為に短剣を振るい、幽香が振るった傘と激突させる。
短剣と傘が激突し、その儘鍔迫り合いの様な形になると、

「この前まで幽霊が大量に闊歩していたけど、あれも異変だったの?」

世間話でもするかの様に、幽香は霊児についこの前まで幻想郷中を闊歩していた大量の幽霊達の事に付いて聞く。

「いんや、あれは冥界の結界が緩んだせいだな。因みに解決まで少し時間が掛かったのは八雲紫って妖怪が仕事をサボったからだ」

聞かれた事にそもそもの原因は八雲紫がある事を霊児が語った時、

「へぇ……霊児、あの妖怪……八雲紫に会ったの」

もう一人の幽香が少し驚いたと言った様な声色で霊児の背後から近付いて来た。
背後にもう一人の幽香が近付いている事に気付いた霊児は、鍔迫り合いの形を保った儘の体勢で背後に向けて蹴りを放つ。
放たれた蹴りが幽香の手に当たったのを感じ取った後、

「ん? 幽香って紫の事を知っているのか?」

つい、霊児は幽香に紫の事を知っているのかと問う。

「ええ。まぁ、ここ数年程会った記憶は無いけどね」
「へぇー……」

問われた幽香が肯定の返事をすると、霊児は一寸した驚きと共に何処か納得した様な表情を浮かべた。
風見幽香と言う妖怪は、古参とも言える妖怪。
対する八雲紫も、古くから存在している。
であるならば、この二人が知り合いであっても不思議は無いだろう。
意外と言えば意外とも言える様な交友関係を霊児が知ったタイミングで、

「あの女、相変わらず胡散臭かった?」

八雲紫は胡散臭かったかと言う事を幽香は霊児に尋ねる。

「ああ、胡散臭かった」

胡散臭かったと言う部分を霊児は肯定し、全身の力を一瞬だけ緩めた。
すると、二人の幽香は前のめりになり体勢を僅かに崩してしまう。
二人の幽香の体勢が崩れてたのを感じ取った霊児は、勢い良く腕と脚を伸ばす。
前のめりになり、体勢を崩した状態で急激に力を籠められた事で二人の幽香は押し出される形で弾き飛ばされてしまった。
幽香が二人共弾き飛ばされたのを己が目で確認した霊児は伸ばしていた手と脚を戻し、前方に弾き飛ばされた幽香を追う。
自分を追って来ている霊児に気付いた幽香は体を一回転させて着地し、地を駆けて霊児へと突っ込んで行く。
そして、互いが互いの間合いに入ったのと同時に二人は己が得物を振るう。
振るわれた短剣と傘は激突し、激突音と衝撃波が発生した。
その瞬間、霊児は背後に向けて体全体を倒す。
何故、態々背後に体全体を倒す様な事をしたのか。
答えは簡単。
背後からもう一人の幽香が迫って来ていたからである。
正面に居る幽香と鍔迫り合いの様な形になっている状態では背後から迫って来ているもう一人の幽香に対して無防備になってしまう為、霊児は体全体を後ろに倒したのだ。
背後の幽香に備える為に。
だが、これで問題が解決したと言う訳では無い。
既に前方の幽香は構えを取り直し、後方の幽香はもう少しで霊児を自身の間合いに入れそうな距離にまで迫って来ているからだ。
何かしらの手を打たなければ、霊児は二人の幽香の攻撃を直ぐにその身に受けてしまうのは確実。
霊児もその事は理解しており、この状況下から抜け出す為に体を後方に倒した勢いを利用して頭部を地に向け、

「らあ!!」

右手を地に向けて叩き込み、叩き込んだ反動で宙へと浮かび上がる。
攻撃目標が居なくなってしまった事で二人の幽香は虚を突かれたかの様に動きを止めてしまった。
霊児は動きを止めてしまった事で生まれた二人の幽香の隙を突く様に急降下して短剣を振るう。
急降下と共に振るわれた一撃は、

「……良く、あの状態で防げたな」

二本の傘によって防がれてしまった。
防がれた事に霊児が感心している間に、二人の幽香は口元を吊り上げ、

「「それはどうも」」

どうもと言いながら傘を同時に振るい、霊児を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた霊児は体を回転させながら地に足を着け、

「おっと」

目の前に迫って来ていた傘の先端を避け、続ける様にして背後から繰り出されて来た傘も避ける。
どうやら、霊児が一回転している間にもう一人の幽香が霊児の背後に回っていた様だ。
ともあれ、前後の幽香からの攻撃を避けれたので一安心と思われるかも知れないが実はそうでは無い。
何故ならば、前後に居る幽香が傘による高速の突きを繰り出して来たからだ。
前と後ろからによる、連続で放たれる高速の突き。
並大抵の者ならば一瞬で全身孔だらけになっているであろうが、そこは霊児。
視界内からの突きも視界外からの突きも全て避けていた。
そんな霊児に対し、二人の幽香は行動を変える事なく突きを放ち続ける。

「………………………………………………………………」

繰り出される突きを避け続けながら、霊児は待っていた。
何を待っているのかと言うと、突きを繰り出している二人の幽香の隙だ。
前後に居る幽香が繰り出している突きは、傘同士がぶつかり合うと言う事を起こしてはいない。
と言う事は、二人の幽香は互いの得物がぶつかり合ったりしない様にある程度は気を使っていると言う事。
であるならば、そこに必ず隙が生まれるであろうと言う確信が霊児にあった。
だからか、霊児は反撃の素振りを見せる事無く回避行動に徹しているのだ。
兎も角、どれだけの数の刺突を避けたか分からなくなった頃、

「ッ!!」

霊児が待っていた隙が生まれた。
いや、正確に言ったら隙が生まれたのを直感的に感じ取ったと言った方が正しいであろうか。
理由はどうであれ、霊児はその感じた事に従う様にして前方の幽香が放った傘による突きを短剣で叩き落とし、

「ッ!!」

後ろから迫って来た傘を体を捻って回避し、拳と脚を前と後ろにいる幽香に向けて放つ。
放たれた拳と脚は二人の幽香の胴体に当たり、吹き飛ばす。
筈であった。
そう、筈であったのだ。
何と、二人の幽香は吹き飛ばされる直前に傘を地面に突き立て地面を斬り裂く様にして振り上げたのである。
すると、辺り一面に砂煙が巻き上がった。
巻き上がった砂煙で視界が不明瞭になった時、

「しまっ!!」

霊児は幽香の狙いに気付く。
突きによる攻撃が避けられて反撃を受けるのは幽香にとっては想定の範囲内であり、全ては砂を巻き上げて自分に一瞬の隙を生み出させる為のものであったと言う事に。
気付いたのと同時に霊児は右手で背中に隠し持っている四本の短剣の内の一本を抜き放ち、

「しっ!!」

両手に持っている短剣をそれぞれ別の場所に突き出す。
それから少しすると煙が晴れ、二人の姿が露になった。
短剣を首下に突き付けられている二人の幽香の姿と、首を挟み込む様にして二本の傘を添えられている霊児の姿が。
どちらかが何か行動を起こせば、直ぐにでも首に攻撃を当てられるこの状況下。
緊迫した様な空気が感じられる中で、

「……こんなもんか」
「「……そうね」」

霊児と二人の幽香はポツリとそう言って、自分達の得物を降ろした。
まるで示し合わせたかの様に戦いを止めた霊児と二人の幽香。
元々、戦いが本格化する前に戦いを止める気であったのであろうか。
戦いが本格化して神社に被害が出るのは霊児としては避けたいし、花壇の花に被害が出るのは幽香としては避けたいところ。
お互い避けたい部分が明確であったからか、同じタイミングで戦いを止めたと考えるのが妥当かもしれない。
理由はどうであれ、戦いが終わったと言う事で霊児は両手に持っている短剣をそれぞれの場所に戻す。
そのタイミングで幽香は元の一人に戻り、

「んー……良い運動になったわ」

良い運動になったと口にし、上半身を伸ばじ始めた。
何やらリラックスし始めた幽香を見て、

「俺にとっては良い迷惑だったがな」

自分に取っては良い迷惑だったと言う台詞を返すと、

「あら、良いじゃない。貴方にとっても良い運動になったでしょ」

シレッとした表情で幽香は霊児に取っても良い運動になっただろうと述べる。

「俺はつい最近、かなり運動をしたんだがな」

述べられた内容から冥界で紫と戦った時の事を霊児が思い出した瞬間、

「おや、神社に霊児は居るものだとは思ってたけど……まさか幽香まで居るとはね」

何者かが霊児と幽香に声を掛けて来た。
掛けられた声に反応した霊児と幽香の二人は、声が聞こえて来た方に顔を向ける。
顔を向けた二人の目には、

「「魅魔」」

魅魔の姿が映った。
映った魅魔の姿から、声を掛けて来た者が魅魔である事を霊児は考えつつ、

「そう言えば最近姿を見なかったけど、何所に行ってたんだ?」

最近姿を見なかったので、何所に行っていたのかと言う事を尋ねる。
尋ねられた魅魔は霊児の方に顔を向け、

「ん? ああ、一寸魔界の魔法を習得しに魔界にね」

魔界に魔法の習得しに行ったいた事を語り、

「そう言えば私が魔界に行った時の幻想郷は白銀の世界だったけど、今はそんな様子がこれっぽちもないね。何か遭ったのかい?」

自分が魔界に赴いた時の幻想郷は白銀の世界だったのに今はそんな様子が全く見られないので、その事に付いて霊児に聞いて来た。
別段隠して置く事では無いので、

「ああ、それは……」

霊児は魅魔が魔界に行っている間に起こった事を説明する。

「……はぁ、確かに変に冬が長いなとは思っていたけど……まさか異変が起きていたとはね。こりゅ、魔界に行くタイミングを間違ったかね」

霊児からの説明を受け、魅魔は少し残念そうな表情を浮かべた。
浮かべた表情から察するに、魅魔も一緒に異変解決に行きたかった様だ。
残念がっている魅魔を尻目に、

「そう言えば魔界で魔法を習得しに……って言ってたけど、どんな魔法を習得して来たの?」

魔界でどんな魔法を習得したのかと言う問いを幽香は投げ掛けて来た。
やはりと言うべきか、魅魔が習得して来た魔法に興味がある様だ。
そんな幽香の興味が在ると言う雰囲気に気付いたからか、

「ああ、私が取得して来た魔法って言うのはね……」

習得して来た魔法に付いて魅魔が話そうとした時、

「霊児ー!!」

何処からか、霊児の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
自身の名を呼ばれた事に反応した霊児は、声が聞こえて来たであろう方向に顔を向ける。
顔を向けた霊児の目には、

「魔理沙」

魔理沙の姿が映った。
霊児が魔理沙の存在を確認したのと同時に、魔理沙は霊児の前に降り立ち、

「よう」

霊児に挨拶の言葉を掛ける。

「おう」

掛けられた挨拶の言葉に霊児も挨拶の言葉を返すと、魔理沙は手に持っている少し大きな鍋を霊児に見せた。
見せられた鍋から良い匂い漂って来た為、

「………………………………………………………………」

ついと言うより、反射的に霊児は鍋の中身が知りたそうな勢いで鍋を注視し始める。
鍋に霊児の視線が向いている気付いた魔理沙は軽い笑みを浮かべ、

「ああ、茸のスープの作ったんだ。沢山作ったから一緒に食べ様ぜ」

茸のスープを作って来たから一緒に食べ様と言う提案をして来た。
どうやら、魔理沙は作った茸のスープを霊児と一緒に食べに博麗神社に赴いた様だ。
それはさて置き、魔理沙が持って来た鍋の中身を知れたからか、

「へぇ……茸のスープか……」

興味深そうな表情を浮かべた魅魔が、魔理沙の背後から鍋を覗き込むかの様に顔を出す。

「わっ!? 魅魔様!?」

後ろから声を掛けられた事で魔理沙は振り返り、

「魅魔様、暫らく姿を見ませんでしたが何所に行ってたんですか?」

暫らく姿を見なかったが、何所に行っていたのかと言う事を魅魔に尋ねる。
尋ねられた内容から、つい先程もその事を尋ねられたなと言う事を思い返しつつ、

「ん? 一寸魔界の方へ魔界の魔法を習得しにね」

再びと言った感じで魅魔は魔界で魔法を習得して来た事を話す。

「魔界の魔法ですか……」

魅魔の話から、魔界の魔法に興味が在ると言った表情を魔理沙が浮かべたからか、

「後で教えてやるよ」

後で魔理沙に魔界の魔法を教える事を約束する。
そう約束された魔理沙が嬉しそうな表情を浮かべたタイミングで、

「その前に、魔理沙の茸のスープを食べながら魅魔に魔界の土産話でもして貰いましょうか」

幽香はそんな提案を行なった。
行なわれた天安に反応した魔理沙は、少し驚いた表情になりながら幽香の方に体を向け、

「お前も居たのか」

今、幽香の存在に気付いたと言った様な台詞を漏らす。

「さっきから居たわよ」

やっと自分の存在に気付いたと言った感じの魔理沙に、幽香は少し呆れた表情になった。
割と霊児の近くに幽香は居たと言うのに、魔理沙は今の今まで幽香の存在に気付いていなかったのだ。
呆れた表情の一つや二つ、浮べもするだろう。
ともあれ、幽香の浮かべた表情を見た魔理沙は、

「あ、あははははは……」

思わず、苦笑いを浮かべて浮かべてしまった。
そんな魔理沙に、

「処で、そのスープは私等も食べても大丈夫な量なのかい?」

作って来たスープはここに居る全員が食べれるのかと言う確認を魅魔は取る。

「あ、はい。沢山作って来たので大丈夫です」

確認された事に魔理沙がここに居る全員が食べても大丈夫だと言い切ったからか、

「なら、さっさと食おうぜ」

さっさと食べ様と言う言葉と共に霊児は博麗神社の方に足を進めて行く。
相変わらずと言った感じで食い意地を張っている霊児を見て、

「相変わらず食い気が凄いねぇ、あの子は」
「あら、それは昔っからでしょ」
「全部食べてくれるから、作ってる側としては嬉しいけどな」

魅魔、幽香、魔理沙の三人は思い思いの感想を口にして、霊児の後を追って行った。























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